>>552
まるで、火山弾のごとき攻撃だった。
僕らはそれをただ、見ていることしかできない!
海はもどかしそうにしながら、何もできない自分にいらだっているようで、ずっと手を握りしめていた……。
殺「みなさん!」
⁉
こ、殺せんせーの顔っ⁉
殺「協力してください。茅野さんから触手を取り除く方法を! このままでは彼女は触手に生命力を吸い取られて死んでしまうっ! せんせーが戦いながら引き抜くので、君たちはそのために暗殺から考えがそれることをしてくださいっっ!」
殺せんせーの顔が消えていった。
海「………」
猫騙し? ダメだ、あれだけ意識の波長が乱れていたら、一発きりの猫騙しはベストな状態であてられない! ナイフ、狙撃……。茅野を傷つけるものばかりだ。何かないのか! 優れた殺し屋になるために、なんでも学んできたじゃんかっ!
………………あ、ある! 教わった殺し技!
僕は、海の肩に手を置いた。彼女は、こちらを見た。不安そうに、どこか泣きそうな表情で……。
渚「行ってくる……」
殺せんせーの心臓のあるあたりに、茅野の触手が突き刺さった!
瞬間、殺せんせーは茅野の体に触手を回し、彼女を羽交締めにした。
殺「君のお姉さんに誓ったんです。どんなときでも、この触手を離さないと!」
茅野……。
僕は黙って近づき、彼女の唇に自分の唇を重ねた。
茅「……………⁉」
言わせないよ、茅野。全部、演技だったなんて。
この教室で、みんなで楽しく過ごしたこと。復讐しか頭になかったなんて、僕が言わせない‼
茅野の体が、ゆっくりと崩れた。僕は唇を離すと彼女を受け止めて、殺せんせーを見た。
渚「これで、どうかな?」
殺「満点です、渚くん! 今なら抜ける!」
殺せんせーは素早く、茅野から触手を引き抜いた……。
渚「うわっ!」
背中に強い衝撃が走って、思わず振り向くと、海が僕の背中に顔をうずめて泣いていた。
海「ありがと、渚……。ありがと、みんな……。やっと、やっと……」
僕らはこの時、悟った。
海はやっと、長い苦しみから解放されたのだと……。
☆
やがて茅野が目覚めた時、海は泣き腫らした表情で、茅野に抱きついた。
茅「海ちゃん……」
海「あかりのバカっ!」
海は茅野カエデが死んだとわかった瞬間から、茅野を「雪村あかり」と呼んでいた。
茅「……最初は、純粋な殺意だった。でも、せんせーと過ごすうちに殺意に確信が持てなくなっていって……。バカだよね。みんなが純粋に暗殺を楽しんでいたのに、私だけ、1年間。ただの復讐に費やしちゃった……」
僕は茅野に近づいた。
渚「茅野にこの髪型を教えてもらってからさ、僕は自分の長い髪を気にしないで済むようになった。茅野も言ってたけど、殺せんせーって名前、みんなが気に入って1年間使ってきた。目的がなんだったとか、どうでもいい。茅野は、このクラスを作り上げてきた仲間なんだ。だから、たとえ1人で苦しんでたとしても言わせないよ、みんなと過ごしたたくさんの日々が……。殺せんせーは、過去を話すって約束してくれた。せんせーだって成人じゃない。いいことばかりしないのは、みんな知ってる。でも、聞こうよ」
茅野は泣きながら、何度も何度も頷いていた……。
僕は、海を見た。
渚「でも、その前に。海、君は話してくれるよね? 全て。この教室の、もうひとつの真実を……」
海「ああ」
海は、ゆっくりと立ち上がった。しばらくの間、目を閉じる。
遠い、遠い過去を呼び起こすような、儀式のような行為……。
海「はじめに、みんなに謝りたいことがあるんだ……。みんな、ごめんね。1年間ずっと、騙してて……」
海は、淡く、儚く、今にも消えてしまいそうな微笑みを僕らに向けた。
海「実は私、もう……。殺し屋じゃないんだ……」
え?
海side
ビ「いいの?」
海「何が?」
カエデからのメールを見て数分後、私は裏庭で1人、物思いに沈んでいた。そこへイリーナ先輩がやって来たのだ。
ビ「全てを話すって……。あのことも、話すんでしょう?」
海「そうだよ」
ビ「あの子たちなら、きっとあなたの助けになってくれるわ。それは私も知ってる。ただ、それを話したら、あなたはより一層、苦しむと思うの……」
海「……苦しむのなんて、慣れっこだよ」
私は笑って、目を閉じた。
ごめんね、あぐりさん……。
☆(渚side)
殺し屋じゃ、ない?
渚「ど、どういうこと⁉ だって海は、ずっと僕らに色々なことを教えてきたじゃんかっ!」
海「まぁ、そういきり立たないでよ……」
海は弱々しく微笑んだ。
ビ「海の言ったことは本当よ。彼女はもう、殺し屋の仕事を引退してるの」
矢「ビッチ先生……」
………。
カ「いつから殺し屋じゃなくなったの?」
海「……小学6年生くらいかな」
渚「⁉ それって、僕と会った時期じゃ」
海「君と会う前から、すでに殺し屋ではなかったんだ。その一、二か月後に君と会ったことになるね」
僕は、なんだかわからないけれど、ショックを受けた……。
海「さて、私がどうして殺し屋をやめたのか。その理由を話す前に、何故殺し屋になったのかを教えてあげる……」
海はそう言って、また目を閉じた。
海「夏休みの南の島で、私は渚に。そしてさっき、カエデに言ったよね。『人を憎んで人殺しをするな』ってさ」
僕と茅野は互いに顔を見合わせて、うなずいた。
海「感情や欲望のまま、人殺しをするなんて本当にいけないことだ。それは、許されないこと。決して。もしも、感情や欲望のまま人なんて殺したら、その倍になって自分に返ってくる」
寺「要するに、何が言いたいんだよ」
海「まぁ、聞いてよ。……私、渚に言ったよね。『私は殺し屋を殺すために殺し屋になった』って」
みんなが驚いて僕と海を見た。
僕は、うなずいた。
海「そして、私がこの世で一番恐れている殺し屋は、『死神』だってことは、もうみんなわかってるかな?」
海のその言葉に、僕らはうなずいた。
海「私は、死神を恐れ、そして憎んでいた。そして私は、『殺し屋を殺すために殺し屋になった』……」
海は、ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩。踏みしめるように歩いていく。
そして、止まった。
皆「え⁉」
殺せんせーの、手足が……!
海「カエデだけだと思ってたの? せんせー。あんたを憎んでいる人間は」
殺せんせーは、どさっと倒れた。
海の手には、あの日本刀。
海「『死神』の『見えない鎌』とは程遠いけど、この剣技。日本では古来から、『ツバメ返し』って呼ばれてるそうだよ。刀が、見えないんだって……。久しぶりね、殺し屋『死神』さん。会いたかった……」
不敵に微笑む海を、僕らは驚きの表情で見つめた……。