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海side
ビ「いいの?」
海「何が?」
カエデからのメールを見て数分後、私は裏庭で1人、物思いに沈んでいた。そこへイリーナ先輩がやって来たのだ。
ビ「全てを話すって……。あのことも、話すんでしょう?」
海「そうだよ」
ビ「あの子たちなら、きっとあなたの助けになってくれるわ。それは私も知ってる。ただ、それを話したら、あなたはより一層、苦しむと思うの……」
海「……苦しむのなんて、慣れっこだよ」
私は笑って、目を閉じた。
ごめんね、あぐりさん……。
☆(渚side)
殺し屋じゃ、ない?
渚「ど、どういうこと⁉ だって海は、ずっと僕らに色々なことを教えてきたじゃんかっ!」
海「まぁ、そういきり立たないでよ……」
海は弱々しく微笑んだ。
ビ「海の言ったことは本当よ。彼女はもう、殺し屋の仕事を引退してるの」
矢「ビッチ先生……」
………。
カ「いつから殺し屋じゃなくなったの?」
海「……小学6年生くらいかな」
渚「⁉ それって、僕と会った時期じゃ」
海「君と会う前から、すでに殺し屋ではなかったんだ。その一、二か月後に君と会ったことになるね」
僕は、なんだかわからないけれど、ショックを受けた……。
海「さて、私がどうして殺し屋をやめたのか。その理由を話す前に、何故殺し屋になったのかを教えてあげる……」
海はそう言って、また目を閉じた。
海「夏休みの南の島で、私は渚に。そしてさっき、カエデに言ったよね。『人を憎んで人殺しをするな』ってさ」
僕と茅野は互いに顔を見合わせて、うなずいた。
海「感情や欲望のまま、人殺しをするなんて本当にいけないことだ。それは、許されないこと。決して。もしも、感情や欲望のまま人なんて殺したら、その倍になって自分に返ってくる」
寺「要するに、何が言いたいんだよ」
海「まぁ、聞いてよ。……私、渚に言ったよね。『私は殺し屋を殺すために殺し屋になった』って」
みんなが驚いて僕と海を見た。
僕は、うなずいた。
海「そして、私がこの世で一番恐れている殺し屋は、『死神』だってことは、もうみんなわかってるかな?」
海のその言葉に、僕らはうなずいた。
海「私は、死神を恐れ、そして憎んでいた。そして私は、『殺し屋を殺すために殺し屋になった』……」
海は、ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩。踏みしめるように歩いていく。
そして、止まった。
皆「え⁉」
殺せんせーの、手足が……!
海「カエデだけだと思ってたの? せんせー。あんたを憎んでいる人間は」
殺せんせーは、どさっと倒れた。
海の手には、あの日本刀。
海「『死神』の『見えない鎌』とは程遠いけど、この剣技。日本では古来から、『ツバメ返し』って呼ばれてるそうだよ。刀が、見えないんだって……。久しぶりね、殺し屋『死神』さん。会いたかった……」
不敵に微笑む海を、僕らは驚きの表情で見つめた……。
海は刀をおろした。
海「なんて、ごめんね。殺せんせー。カエデに心臓やられて、ただでさえ弱ってるのに」
殺「……海さん、君は……」
海「如月って名前、知ってる?」
その名前に、僕らはハッとした。
この名前を知らない人は、この日本にはたぶんいない。
僕らが小学1年生の頃、とある町で同じく小学1年生の女の子がでかけたまま行方不明になったという事件が起こった。最後に目撃されたといわれている場所には、大量の血痕があったと言われている……。
その事件は日本じゅうを震撼させた。僕ら小学生は親同伴の登下校がしばらく続いたほど……。
海「本郷っていう苗字はね、私が殺し屋になってから自分で考えた苗字なんだ。如月が……、私の本当の苗字」
速「ちょっ!」
速水さんが驚いて声をあげた。
僕らは慌てて視線をそらそうとした。
海「そらすな、バカ。ここからが本題なんだから……」
そらすなって言われても……。
海は、制服を脱ごうとしていた。
誰だってそらすって!
そう、抗議をしようとして、僕らは声を詰まらせた。
海は、ブレザーを脱いで、ズボンをたくしあげた。
海「これ、『死神』なら、見覚えあるでしょ?」
海の体は、無数の切り傷で刻まれていた……。
☆(海side)
8年前、夏休み
あー、宿題終わらない……。
さんすーとかわかんない。どーして52−38が14になるの……。
あとはどくしょかんそーぶんと……。
わたしの家は、ひいおじいちゃんのときから、からくり箱という物を作るしょくぎょーをしているんだ。かけたピースをはめて、それをパズルのようにかちゃかちゃ動かすと、箱になって、開くんだ。
ママのじっかは、けんどーをやっていて、わたしは今、その帰りだった。
正面から、帽子をかぶった優しそーなおにーさんとすれちがった。
すれちがった瞬間、背中に寒気が走った。
そう、寒気、だった。
海「あ……」
血が、でた。
それも、今まで見たこともないくらい、大量に……。
海「たす、けて……」
わたしは、手を、精一杯、のばした。
すれちがったおにーさんは、信じられないような顔をしながら、手に、ナイフを持っていた。
血が、たくさんついた、ナイフ……。
意識は、そこで途絶えた。
病院
ロ「大丈夫か」
海「だ、れ?」
ロ「わたしは、ロヴロだ。殺し屋をしている」
ころし、や?
目覚めたそこは、くすりのにおいばかりして、なんか、きもちわるかった。
わたしは、さんそマスクをつけられていた。
体じゅうを見回すと、無数の、傷……。
海「わたし、刺された。やさしそーな、おにーさんに刺された……」
ロ「この日本で今、街中を歩いている殺し屋がいる。『死神』と呼ばれている、殺し屋だ」
海「……そいつが、こんなことしたの?」
ロ「おそらく、そう思われる……。奴は神出鬼没だ。気づいたら、そこにいる。そして、誰も知らない」
そのとき、幼い私の心を支配したのは、憎しみだった。
こんな体にしたあいつを、心の底から殺したいと思ったのだ。
海「ねぇ、殺し屋って誰にでもなれる?」
ロ「……つらい仕事だぞ」
海「いい、構わない。あいつを、殺せるんだったら、つらくても、苦しくても!」
☆
海「私は、私を殺そうとした『死神』が憎くて、殺し屋になったんだ……」