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渚「で、でも! 海はあんなに茅野と仲良くしていたじゃないかっ⁉ それも全て、ウソだったって言うの⁉ どうして殺すなんて!」
僕は切羽詰まって、勢いのまま口走った。海は僕のその勢いに、しばらくぽかんとしていたけれど、やがて納得したように頷いた。
海「あ、そういうことね。勘違いしているみたいだからあえて言うけど、あぐりさんからは、正確には『あかりを助けて』と言われたんだ。それは要するに、茅野カエデとなった原因の1つである触手を破壊すること。彼女の触手を破壊した時点で、彼女は茅野カエデではなく、雪村あかりに戻るんだ……」
あ……、そういうことか。
僕は一気に力が抜けた……。
カ「そういうことねー」
カルマくんの声に僕らはそっちを向いた。彼は何故か、出席簿を開いていた。
カ「ずっと不思議に思ってたんだ。どうして海は、前原の前に名前を呼ばれるのかって」
そう言われて、僕も思い出した。
殺せんせーが出席を確認するとき、必ずと言っていいほど、不破さんのあとに海の名前が呼ばれるのだ。そのあとに、前原くんの名前が……。
カ「要するに海は初めから、この学校の生徒だったんじゃないのぉ? だから、雪村先生の名前も知っていた。そうじゃない?」
⁉
海が、初めからこの学校の生徒⁉
僕らは驚いて海を見た。彼女は、青ざめた顔をして黙りこんでいた。
渚「海?」
海「うっ……、ゲホッ、ゲホッ……!」
いきなり、口を押さえて激しく咳き込み始めた!
僕らがあっけにとられている間に、海はよろよろと立ち上がると、自分の席に近づいてバッグから薬を取り出した。
全部で、錠剤が6粒……。
渚「海、君はいったい……?」
そのとき、着信音が教室の空気を破った。
殺せんせーが携帯を取り出す。
メールが、入っていた。
☆
茅「来たね。じゃ、終わらそ!」
すすきが揺らめく公園にて、茅野が、ターゲットを。姉の敵である殺せんせーを、にらみすえていた。
茅「殺せんせーの名付け親は私だよ? ママが『滅ッ!』してあげる……」
殺「茅野さん、その状態で触手を扱うのは危険です。このままでは命に関わる」
茅野は、なんでもないような顔をしていた……。
渚「茅野……。全部、演技だったの? 楽しいこと、みんなでしたのも。苦しいこと、みんなで乗り越えたのも……」
茅野は、にっこりと微笑んだ。
茅「演技だよ。これでも私、役者だったんだよ」
ウソ、偽りのない。そういう顔をしていた……。
海「カエデ……、人を恨むことで戦う強さには、限界があるんだ……。だから、それ以上……」
海が、弱々しくも強い瞳で訴えていた。
茅野は、唇を噛む動作をしたあと、
皆「⁉」
茅「うるさい、部外者たちは黙ってて!」
茅野の触手に火がついた!
茅「どんな弱点も欠点も、磨き上げれば武器になる。そう教えてくれたのは殺せんせーだよ? 体が熱くて仕方ないなら、もっともっと熱くして、全部、触手に集めればいい!」
殺「ダメだ! それ以上はっ‼」
茅「サイッコーのコンディションだよ。全身が敏感になってるの。今なら、どんな隙でも見逃さないっ!」
茅野の触手が、殺せんせーに襲いかかるっっ!
茅「死んで、死んで、死んで……!!」
まるで、火山弾のごとき攻撃だった。
僕らはそれをただ、見ていることしかできない!
海はもどかしそうにしながら、何もできない自分にいらだっているようで、ずっと手を握りしめていた……。
殺「みなさん!」
⁉
こ、殺せんせーの顔っ⁉
殺「協力してください。茅野さんから触手を取り除く方法を! このままでは彼女は触手に生命力を吸い取られて死んでしまうっ! せんせーが戦いながら引き抜くので、君たちはそのために暗殺から考えがそれることをしてくださいっっ!」
殺せんせーの顔が消えていった。
海「………」
猫騙し? ダメだ、あれだけ意識の波長が乱れていたら、一発きりの猫騙しはベストな状態であてられない! ナイフ、狙撃……。茅野を傷つけるものばかりだ。何かないのか! 優れた殺し屋になるために、なんでも学んできたじゃんかっ!
………………あ、ある! 教わった殺し技!
僕は、海の肩に手を置いた。彼女は、こちらを見た。不安そうに、どこか泣きそうな表情で……。
渚「行ってくる……」
殺せんせーの心臓のあるあたりに、茅野の触手が突き刺さった!
瞬間、殺せんせーは茅野の体に触手を回し、彼女を羽交締めにした。
殺「君のお姉さんに誓ったんです。どんなときでも、この触手を離さないと!」
茅野……。
僕は黙って近づき、彼女の唇に自分の唇を重ねた。
茅「……………⁉」
言わせないよ、茅野。全部、演技だったなんて。
この教室で、みんなで楽しく過ごしたこと。復讐しか頭になかったなんて、僕が言わせない‼
茅野の体が、ゆっくりと崩れた。僕は唇を離すと彼女を受け止めて、殺せんせーを見た。
渚「これで、どうかな?」
殺「満点です、渚くん! 今なら抜ける!」
殺せんせーは素早く、茅野から触手を引き抜いた……。
渚「うわっ!」
背中に強い衝撃が走って、思わず振り向くと、海が僕の背中に顔をうずめて泣いていた。
海「ありがと、渚……。ありがと、みんな……。やっと、やっと……」
僕らはこの時、悟った。
海はやっと、長い苦しみから解放されたのだと……。
☆
やがて茅野が目覚めた時、海は泣き腫らした表情で、茅野に抱きついた。
茅「海ちゃん……」
海「あかりのバカっ!」
海は茅野カエデが死んだとわかった瞬間から、茅野を「雪村あかり」と呼んでいた。
茅「……最初は、純粋な殺意だった。でも、せんせーと過ごすうちに殺意に確信が持てなくなっていって……。バカだよね。みんなが純粋に暗殺を楽しんでいたのに、私だけ、1年間。ただの復讐に費やしちゃった……」
僕は茅野に近づいた。
渚「茅野にこの髪型を教えてもらってからさ、僕は自分の長い髪を気にしないで済むようになった。茅野も言ってたけど、殺せんせーって名前、みんなが気に入って1年間使ってきた。目的がなんだったとか、どうでもいい。茅野は、このクラスを作り上げてきた仲間なんだ。だから、たとえ1人で苦しんでたとしても言わせないよ、みんなと過ごしたたくさんの日々が……。殺せんせーは、過去を話すって約束してくれた。せんせーだって成人じゃない。いいことばかりしないのは、みんな知ってる。でも、聞こうよ」
茅野は泣きながら、何度も何度も頷いていた……。
僕は、海を見た。
渚「でも、その前に。海、君は話してくれるよね? 全て。この教室の、もうひとつの真実を……」
海「ああ」
海は、ゆっくりと立ち上がった。しばらくの間、目を閉じる。
遠い、遠い過去を呼び起こすような、儀式のような行為……。
海「はじめに、みんなに謝りたいことがあるんだ……。みんな、ごめんね。1年間ずっと、騙してて……」
海は、淡く、儚く、今にも消えてしまいそうな微笑みを僕らに向けた。
海「実は私、もう……。殺し屋じゃないんだ……」
え?