>>566
海「女の子にとってさ、体に傷がつくことがどれだけ辛いことか。別にこの学校に来たとき、女子の制服でも良かったんだ……。でもさ、こんな傷じゃん? 隠すためには男子の制服を着るしかなかった……」
海は、ぽろぽろ涙を流していた。
僕は眉をひそめた。
海は、殺せんせーの胸ぐらをつかんで、思い切り引き寄せた!
海「なんで、あのとき。私を殺さなかったの? あのとき、あんたが私を殺してたら、こんな、辛い思いはしなくて済んだ! ねぇ、どうしてよっ‼」
殺せんせーは、相変わらず読めない表情で、黙り続けていた……。
海「答えて、くれないんだね……」
殺「……怖かったんです」
!?
殺せんせーがゆっくりと語る真実に、海は驚きの表情を浮かべた。
そう言うということは、殺せんせーはかつて死神で、海を傷つけたことを認めることになる!
殺「あの、すれ違った瞬間……。言いようもない恐怖に襲われました……。まるで、虎に後ろから食い殺されるような、恐怖……。そして、思わず……」
虎に後ろから食い殺されるような、恐怖……。
それの名前を、殺せんせーは。そして僕らは知っている。
おそらく、殺気だ……。
海「殺したんだね……? 如月海を……。いや、違うか。結局のところ、如月海を殺したのは、私自身だ。あのとき、あんたを憎く思わなければ、私は本郷海にはならなかった。あんなことには、ならなかったんだから……」
海は、崩れ落ちた。
渚「海っ!」
海「近づくなっ!」
その声に驚いて、僕は思わず立ち止まった。
海「……私が殺し屋になって2年くらいしてから、私は世間から『死神もどき』と言われ、恐れられるようになった。私が標的としたのは、全て。殺し屋だった……。殺し屋が憎いから、殺し屋をこの世界から消そうと思った。ただ、それだけ……。でも、私は決して『死神』にはなれなかった」
その言葉は、かつて海が言っていた言葉だ。
『死神』には、なれなかった。
海「『死神もどき』の殺し方はね、第三者に殺しを実行させることだった。例えば、私が殺せんせーを殺したいとする。でも、それはあえて自分ではやらない。何気ない風を装って標的に近づき、それと同時に、私はその標的と仲のいい人を見つけ、その仲のいい人に暗示をかけ、標的を殺させる。それが、『死神もどき』の殺し方だった。『死神』は自分で手を下すけれど、『死神もどき』は自分ではなく、他人にやらせた。そういう、残酷な殺し屋だったんだ。私は……」
海は、うずくまって言った。
海「そしてある日、事件は起こったんだ……」
海は「事件」のことを話す前に、中村さんに向かって頭を下げた。
海「ごめんね、莉桜。あの文化祭の日、ぶっちゃって……」
中「……だから、気にしてないって」
中村さんがあきれたようにつぶやいた。
中「服、仮に引っぺがしてたら、その……、傷が」
海「うん……。プールの時も、ダイバースーツ着てたのは、そのせい。傷、見られたくなかったから。でも、やっぱり不安でさ。透けたらどうしようとか、余計なこと。散々考えた……。だから、泳げないってウソ、ついてた……」
そして、なおも海は語り続ける……。
☆(海side)
11歳、4月
ロ「今まで彼は、500人もの人を殺してきた……」
今度の依頼は、かつて殺し屋だった人だそうだ。名前は、ロベール。一見、どこにでもいるような優しい人に見えた。
調べ上げた情報によると、現在は殺し屋を引退していて、妻・アンジェラと8歳になる娘・エリナと3人で暮らしているそうだ。
海「行ってきます」
ビ「待って、海」
イリーナ先輩が近づいてきた。
ビ「これ、忘れてるわよ」
それは、からくり職人である如月家にて私が初めて作った仕込み刀だった。一見、ただの棒だけどボタンを押すとそこから刀が飛び出して、日本刀になるというもの。頭(とう)には、私のかつてのイニシャル、U.Kが彫られている。
海「どーせ、今回も使わないよ」
直接手を下すのは、私じゃないんだから……。
ビ「いいから、持っておきなさい」
先輩に言われて、私はしぶしぶそれを愛用しているウェストバッグに入れた。
今回の仕事も、順調だった。ロベール一家にみなしごのフリをして近づき、早々に彼の家でお世話になることになった。
海(潜入は成功した……)
3歳年下のエリナは、私によく話しかけてくれた。
エ「ウミは何が好きなの?」
海「何って?」
エ「お菓子だよ」
彼女に小首を傾げてそう言われ、私はふと考えた。
海「マカロン、かな……」
エ「何それ」
海「めっちゃ美味しい砂糖菓子だよ! カロリーは高いけど……」
エ「へぇ……。ねぇ、ママ。わたしもマカロン食べたぁい」
エリナの言葉に、アンジェラは優しく微笑んだ。
ア「今度、買ってくるわね」
私は慌てた。
海「ごめんなさい、私が余計なことを言ったから……」
ア「いいのよ。だってウミはもう、私たちの家族みたいなものだから」
そう言って微笑んだアンジェラに、私は開いた口が塞がらなかった。
家族……。
でも……。
海「……アンジェラさん、少しいいですか?」
ア「?」
私はエリナに1人で遊んでもらっている間、アンジェラに耳打ちした。
海「ロベールさん、浮気してるみたいですよ」
ア「え?」
海「それも、けっこうな額を貢いでいるとかで……。いいんですか? このままだと彼、心がその浮気相手に傾いて……、この家庭を壊してしまうかもしれませんよ……」
ア「そ、そんなの見間違えよ!」
チャンス!
隙を見つけ次第、そこを全力で押し切る。
それが、この私の戦い方だ。
海「この前、見ちゃったんです……。その浮気相手と、キスをしている彼を……」
ア「⁉」
海「……彼を、この家に留めておく方法を、あなたにのみ心が行く方法を、私は知っていますよ。知りたいですか?」
今思えば、きっとこの時の私は、相当な悪人ヅラをしていただろう。
アンジェラは、疑う余地すら見せずに、私の次の言葉に耳を傾けていた……。