>>571
海は「事件」のことを話す前に、中村さんに向かって頭を下げた。
海「ごめんね、莉桜。あの文化祭の日、ぶっちゃって……」
中「……だから、気にしてないって」
中村さんがあきれたようにつぶやいた。
中「服、仮に引っぺがしてたら、その……、傷が」
海「うん……。プールの時も、ダイバースーツ着てたのは、そのせい。傷、見られたくなかったから。でも、やっぱり不安でさ。透けたらどうしようとか、余計なこと。散々考えた……。だから、泳げないってウソ、ついてた……」
そして、なおも海は語り続ける……。
☆(海side)
11歳、4月
ロ「今まで彼は、500人もの人を殺してきた……」
今度の依頼は、かつて殺し屋だった人だそうだ。名前は、ロベール。一見、どこにでもいるような優しい人に見えた。
調べ上げた情報によると、現在は殺し屋を引退していて、妻・アンジェラと8歳になる娘・エリナと3人で暮らしているそうだ。
海「行ってきます」
ビ「待って、海」
イリーナ先輩が近づいてきた。
ビ「これ、忘れてるわよ」
それは、からくり職人である如月家にて私が初めて作った仕込み刀だった。一見、ただの棒だけどボタンを押すとそこから刀が飛び出して、日本刀になるというもの。頭(とう)には、私のかつてのイニシャル、U.Kが彫られている。
海「どーせ、今回も使わないよ」
直接手を下すのは、私じゃないんだから……。
ビ「いいから、持っておきなさい」
先輩に言われて、私はしぶしぶそれを愛用しているウェストバッグに入れた。
今回の仕事も、順調だった。ロベール一家にみなしごのフリをして近づき、早々に彼の家でお世話になることになった。
海(潜入は成功した……)
3歳年下のエリナは、私によく話しかけてくれた。
エ「ウミは何が好きなの?」
海「何って?」
エ「お菓子だよ」
彼女に小首を傾げてそう言われ、私はふと考えた。
海「マカロン、かな……」
エ「何それ」
海「めっちゃ美味しい砂糖菓子だよ! カロリーは高いけど……」
エ「へぇ……。ねぇ、ママ。わたしもマカロン食べたぁい」
エリナの言葉に、アンジェラは優しく微笑んだ。
ア「今度、買ってくるわね」
私は慌てた。
海「ごめんなさい、私が余計なことを言ったから……」
ア「いいのよ。だってウミはもう、私たちの家族みたいなものだから」
そう言って微笑んだアンジェラに、私は開いた口が塞がらなかった。
家族……。
でも……。
海「……アンジェラさん、少しいいですか?」
ア「?」
私はエリナに1人で遊んでもらっている間、アンジェラに耳打ちした。
海「ロベールさん、浮気してるみたいですよ」
ア「え?」
海「それも、けっこうな額を貢いでいるとかで……。いいんですか? このままだと彼、心がその浮気相手に傾いて……、この家庭を壊してしまうかもしれませんよ……」
ア「そ、そんなの見間違えよ!」
チャンス!
隙を見つけ次第、そこを全力で押し切る。
それが、この私の戦い方だ。
海「この前、見ちゃったんです……。その浮気相手と、キスをしている彼を……」
ア「⁉」
海「……彼を、この家に留めておく方法を、あなたにのみ心が行く方法を、私は知っていますよ。知りたいですか?」
今思えば、きっとこの時の私は、相当な悪人ヅラをしていただろう。
アンジェラは、疑う余地すら見せずに、私の次の言葉に耳を傾けていた……。
>>577「後悔の時間」
アンジェラは、ロベールを殺した。
正しい、これで正しいんだ。
殺し屋なんて、この世界で生きている価値なんてない……。
それはもちろん、私もだ。
海「………」
アンジェラは驚きの表情で、自分の手元を見つめていた……。
ア「私が、やったの……?」
私はその様子をクローゼットの中で見つめていた。
ア「あ、ああ……」
アンジェラは、ゆっくりと崩れ落ちて。
海「チッ」
自らの喉を刺した。
こういう行為は、よく見る。
最初は自分の起こした行為に茫然とする。そして、泣き崩れ、最期は自分を殺すのだ。
何回も、何回も、見てきた。
エ「ママ……?」
海「⁉」
なんで、ここでエリナが入ってくるんだ。彼女が寝たのは確認済みだ。どうして、この部屋に入ってくるんだ!
どうする。でるべきか……。
まずい。こっちに来る!
ガラッ
エ「ウミが、どうしてここに……? まさか、ウミが、こんなことしたの……?」
海「……アンジェラがロベールを殺したよ。私はその、一部始終を見ていた」
エ「どうして、ここにいるの……?」
この目……。
この目の名前を、私は知っている……。
エ「あんたのせいで、ママが、パパがっ‼」
うるさい、うるさい。
黙れ、黙れっ!
☆
目を開けると、エリナが倒れていた。
大量に、血を流して。
海「死んでる……」
突如、私の脳内に入ってきたのは、持っていた日本刀でエリナを殺す瞬間だった。
それは、私ではなかった。
海(誰よ、あんた……)
心でそっと問いかけた。
声は、答えた。
もう1人のお前だ、と――。
海(どうして、エリナを殺した)
すると、そいつは答えた。
お前が殺したがっていたからだ、と――。
海(私が……?)
そうだ、お前が――私が殺した。
目の前にいた、あの少女が、かつて私が「死神」に殺されかけたときに抱いた思いと、同じ思いを抱いたから。
殺し屋が憎いという、目を。私に見せたから。
どう、いうことよ……。
結局、私のしてきたことは、「死神」と大して変わらなかったんじゃないの? 殺して、殺された奴と周囲の人間を不幸にして……!
殺し屋を殺すために殺し屋になった私の判断は、間違えだったんじゃないの?
私はその日から、自分がいったいどういう立場の人間か、わからなくなった……。
☆
現在
海「結局、私がしてきた行為は、全て無駄だったんだ。殺し屋を殺すために殺し屋になったところで、そんなの殺し屋であることに変わりはしない。だから、私は、殺し屋をやめたんだ。まぁ、それだけが理由じゃないんだけど……」
海は自分の手を握りしめた。
海「私の中に、もう1人の私――カイが、でてきたから。カイはまるで、『死』という文字を、体にそのまま表したような奴だったから……。
あのときのこと、私は今でも夢に見る。殺さなくても良かった子を――エリナを、殺したことを……」
僕は思わず、口を開いた。