>>577「後悔の時間」
アンジェラは、ロベールを殺した。
正しい、これで正しいんだ。
殺し屋なんて、この世界で生きている価値なんてない……。
それはもちろん、私もだ。
海「………」
アンジェラは驚きの表情で、自分の手元を見つめていた……。
ア「私が、やったの……?」
私はその様子をクローゼットの中で見つめていた。
ア「あ、ああ……」
アンジェラは、ゆっくりと崩れ落ちて。
海「チッ」
自らの喉を刺した。
こういう行為は、よく見る。
最初は自分の起こした行為に茫然とする。そして、泣き崩れ、最期は自分を殺すのだ。
何回も、何回も、見てきた。
エ「ママ……?」
海「⁉」
なんで、ここでエリナが入ってくるんだ。彼女が寝たのは確認済みだ。どうして、この部屋に入ってくるんだ!
どうする。でるべきか……。
まずい。こっちに来る!
ガラッ
エ「ウミが、どうしてここに……? まさか、ウミが、こんなことしたの……?」
海「……アンジェラがロベールを殺したよ。私はその、一部始終を見ていた」
エ「どうして、ここにいるの……?」
この目……。
この目の名前を、私は知っている……。
エ「あんたのせいで、ママが、パパがっ‼」
うるさい、うるさい。
黙れ、黙れっ!
☆
目を開けると、エリナが倒れていた。
大量に、血を流して。
海「死んでる……」
突如、私の脳内に入ってきたのは、持っていた日本刀でエリナを殺す瞬間だった。
それは、私ではなかった。
海(誰よ、あんた……)
心でそっと問いかけた。
声は、答えた。
もう1人のお前だ、と――。
海(どうして、エリナを殺した)
すると、そいつは答えた。
お前が殺したがっていたからだ、と――。
海(私が……?)
そうだ、お前が――私が殺した。
目の前にいた、あの少女が、かつて私が「死神」に殺されかけたときに抱いた思いと、同じ思いを抱いたから。
殺し屋が憎いという、目を。私に見せたから。
どう、いうことよ……。
結局、私のしてきたことは、「死神」と大して変わらなかったんじゃないの? 殺して、殺された奴と周囲の人間を不幸にして……!
殺し屋を殺すために殺し屋になった私の判断は、間違えだったんじゃないの?
私はその日から、自分がいったいどういう立場の人間か、わからなくなった……。
☆
現在
海「結局、私がしてきた行為は、全て無駄だったんだ。殺し屋を殺すために殺し屋になったところで、そんなの殺し屋であることに変わりはしない。だから、私は、殺し屋をやめたんだ。まぁ、それだけが理由じゃないんだけど……」
海は自分の手を握りしめた。
海「私の中に、もう1人の私――カイが、でてきたから。カイはまるで、『死』という文字を、体にそのまま表したような奴だったから……。
あのときのこと、私は今でも夢に見る。殺さなくても良かった子を――エリナを、殺したことを……」
僕は思わず、口を開いた。
渚「でもさ、海。僕は海が殺し屋でよかったって、今でも思ってるよ。あのとき、僕を助けてくれたこと、僕は本当に嬉しかったから……」
あのとき――僕が海と出会ってしばらくしてからのことだ。
あのとき、海が僕を助けてくれなかったら、僕は今ごろ、どうなっていたことか……。
海「私は、後悔してるよ。あの日、渚に出会ったこと」
え?
海「渚に出会わなければ、よかったって……」
………っ。
カ「渚くん!」
カルマくんの声や、みんなが息を呑む声が聞こえたけど、僕は海の頬を平手打ちしていた。
渚「どうして、そういうこと言うんだよ……。僕はっ、あの日海に助けてもらったから、今ここにいられるんだ! それを出会わなければ良かったって、後悔しているだなんて言わないでよっ!」
海「うるさいっ! 何も知らないくせして、勝手なことを言わないでよっ!」
海がこちらを思い切りにらみつけて怒鳴りちらした。
でも、ここでひるむわけにはいかなかった。
僕が口を開こうとすると、海はそれを遮るように続けた。
海「私は殺し屋になるべきじゃなかった。そして、それを早めに気づければよかったんだ! 気づくのが遅すぎたから渚に会った! 渚に会ったから、あんな事件が起こったんだ!」
………。
かつて海が、ここまでして感情をあらわにしたことがあっただろうか。
海「勝手なこと言うなっ! 何も知らないくせして、何も知らない平和な世界で生きてきたくせして!」
奥「2人の間に、何があったんですか……?」
奥田さんの言葉に、僕と海は口をつぐんで黙った。
カルマくんの声が聞こえた。
カ「真実、全て話すんでしょ。そういう約束だっただろ。だったら、それも話すべきだと俺は思うけどね」
海が、僕の顔をちらりと見た。
僕は顔をそむけ、黙り続けようとして、口を開いていた。
渚「いいよ、話しても」
海「チッ……」
海は舌打ちをした。
海「……ここからが、全ての始まり。どの道、話す予定では、あったんだけど」
僕は驚いて海を見た。
海「私が、後悔してもしきれなくなった、始まり……」
海は地面を見つめ、そこに拳をたたきこんだ。