>>579
渚「でもさ、海。僕は海が殺し屋でよかったって、今でも思ってるよ。あのとき、僕を助けてくれたこと、僕は本当に嬉しかったから……」
あのとき――僕が海と出会ってしばらくしてからのことだ。
あのとき、海が僕を助けてくれなかったら、僕は今ごろ、どうなっていたことか……。
海「私は、後悔してるよ。あの日、渚に出会ったこと」
え?
海「渚に出会わなければ、よかったって……」
………っ。
カ「渚くん!」
カルマくんの声や、みんなが息を呑む声が聞こえたけど、僕は海の頬を平手打ちしていた。
渚「どうして、そういうこと言うんだよ……。僕はっ、あの日海に助けてもらったから、今ここにいられるんだ! それを出会わなければ良かったって、後悔しているだなんて言わないでよっ!」
海「うるさいっ! 何も知らないくせして、勝手なことを言わないでよっ!」
海がこちらを思い切りにらみつけて怒鳴りちらした。
でも、ここでひるむわけにはいかなかった。
僕が口を開こうとすると、海はそれを遮るように続けた。
海「私は殺し屋になるべきじゃなかった。そして、それを早めに気づければよかったんだ! 気づくのが遅すぎたから渚に会った! 渚に会ったから、あんな事件が起こったんだ!」
………。
かつて海が、ここまでして感情をあらわにしたことがあっただろうか。
海「勝手なこと言うなっ! 何も知らないくせして、何も知らない平和な世界で生きてきたくせして!」
奥「2人の間に、何があったんですか……?」
奥田さんの言葉に、僕と海は口をつぐんで黙った。
カルマくんの声が聞こえた。
カ「真実、全て話すんでしょ。そういう約束だっただろ。だったら、それも話すべきだと俺は思うけどね」
海が、僕の顔をちらりと見た。
僕は顔をそむけ、黙り続けようとして、口を開いていた。
渚「いいよ、話しても」
海「チッ……」
海は舌打ちをした。
海「……ここからが、全ての始まり。どの道、話す予定では、あったんだけど」
僕は驚いて海を見た。
海「私が、後悔してもしきれなくなった、始まり……」
海は地面を見つめ、そこに拳をたたきこんだ。
>>580「出会いの時間」
殺し屋をやめると、そうロヴロ先生とイリーナ先輩たちに言っても彼らは何も言わなかった。
ビ「日本に戻ったら?」
海「え……?」
日本……。「死神」に殺されかけて以来、一度も足を踏み入れなかった。そこでは今、私を探すために国が総力をあげているそうだから。
それに、正直……。
ビ「いいから、戻りなさい。きっと見えないものが見えてくるはずだから」
海「見えない、もの……」
☆
日本に戻り、アパートを借りて1人暮らしを始めた。
家賃とかは……、かつて仕事をしていたときのお金とか、あとはロヴロ先生たちの仕送りで賄うことにした。
学校には、通わなかった。
あぁ、やっぱり思った通りだ。
日本は、平和すぎる。平和すぎて、気持ちが悪い。
小学生の下校時間を見計らって、私は公園に行き、ブランコを漕いで1人で過ごしていた。
?「はぁ……」
ため息が聞こえてそちらを向くと、そこには髪の長い子がいた。
同い年に見える……。女子、か? 女子の服着てるし。でも、男子に見えるのは何故?
私はよく、男装をして潜入することもあった。それでたぶん、女子と男子の見分け方はだいたいできるようになっていた。
海「ねぇ、そこの。君だよ、髪の長い……」
渚「え?」
まるで、「え、僕に話しかけてるの?」みたいな顔をされた。お前以外いないだろと、私はあきれる思いでとりあえず質問をした。
海「あんた、男なの?」
渚「⁉」
ひどく驚かれた。
あ、もしかして違ったのかな。
海「悪い。気にすんな」
渚「……男だけど」
海「あ、そうなの? 女装してる趣味を持った小学生だなんて、珍しいね」
渚「こ、これは母さんの趣味……って、趣味じゃないか」
海「母さん?」
私が首をかしげると、彼は説明してくれた。
渚「うん。僕の母さんはもともと、女の子が欲しかったんだ。でも、産まれてきたのは僕で……。それで、せめて女の子らしい格好をさせてあげようって……」
私は眉をひそめた。なんていうか、不快……。
海「やめてって、言えばいいじゃない。そんなに嫌なら」
渚「お、怒ったら怖いもの……」
海「はぁ? あんた、男のくせに意気地なしなんだね」
渚「なっ!」
少年は心外だという顔をしつつ、私の言う通りだとも思ったのだろうか。そのまま静かになった。
私はクスッと笑った。
渚「?」
海「ううん、何でもない。こういう奴もいるんだなって、思っただけ。お前、名前は?」
渚「え? あ、しお……」
海「あー、やっぱなし。そうだ、偽名名乗ってよ」
渚「ぎ、めい?」
海「自分の名前じゃない名前。なんでもいいよ、芋虫でも、アリでも」
渚「い、芋虫……」
正直、本当の名前を聞いてしまったら、そいつに情が湧いてしまう。
なんでもない、ウソの名前を名乗られた方がずっといい。この先も、思い出さずにいられる。
渚「じゃあ……、えーっと……」
少年は、必死に考えているようだった。その顔が、なんだか面白くて、楽しくて、私はずっと笑っていた。
渚「海、かな……?」
海「⁉」
渚「え、どうしたの?」
海「あ……、ううん。なんでもない。そしたら私は、ジャンヌって名乗るよ」
渚「それって、フランスを救ったっていう……」
海「へぇ、知ってるんだ」
渚「一応、受験生なんで」
うん? 受験生?
海「あんた、中学生なの?」
渚「いや、小6だよ。今年、受験して私立の中学に行くんだ」
海「へぇ……」
こいつ、なんか面白いかも。
海「ねぇ、海」
渚「?」
私は立ち上がった。
海「君、学校終わったらここに来てよ。私、待ってるから。うーん、受験生だからそんな会えないかもしれないけどさ……」
渚「いいよ! 学校終わったらここに来るんだね」
海「いいの?」
渚「うん!」
それが、私と渚の出会いだった。