>>606
(渚side)
どのくらい時間が経ったのだろうか。視界が急に開けたと思ったら、そこは暗かった。もう、夜になったんだろうか。
僕の目の前には、いつも通りの白い着物を着た少女。けど、その着物は似ているようで少し違った。
海「なぎ、さ……。よかった、ホントに、よかった……」
そこにいたのは、ジャンヌだった。涙を流す彼女の顔を、僕はほうけて見ていた。
ジャンヌはいつも通りの白い、無地の着物を着ていた。その、白い布に、まるで花を咲かせたように、赤い斑点が、いくつもいくつもついていた……。
そこで、僕の意識は途絶えた。
☆
再び目を覚ますと、視界に飛びこんできたのは母さんと父さんの顔だった。2人とも僕のことを心配してくれていたみたいで、ずっと「大丈夫?」を連呼していた。
目覚めた場所は、病院だった。
医者や両親、警察の話によると、僕は廃工場で発見されたらしい。何故そこで発見されたかは不明らしいけど、というか。どのようにして発見されたかも不明だ。匿名の電話が警察にかかってきて、その匿名の電話をかけてきた人を今後調査するとか、云々……。
でも、僕にはその匿名者が誰だかわかっていた。きっと、あの白い着物を着た少女、ジャンヌだ。
しばらく検査入院ということで病院に泊まることになった。
その夜。
風の音で僕は目を覚ました。窓は閉めたはずなのにどうしてだろうと思って窓を見ると……。
渚「あ!」
海「元気?」
そこにはジャンヌがいた。あの赤い斑点模様のついた白い着物ではなく、紫色の着物を着ていた。
渚「ウソ……、なんでここがわかったの?」
海「さぁ、どうしてでしょう」
ジャンヌはひどく疲れているようだった。
海「今日は、君にお別れを言いに来たんだ」
渚「え?」
僕は信じられない思いで彼女を見つめた。
渚「ど、どうしてさ⁉ そんな、いきなり……」
海「……ごめんね」
渚「ごめんって……。そんなの意味わかんないよ! 何があったっていうのさ」
彼女は悲しそうな微笑みを浮かべているだけで何も言わない。僕はじれったくなって、思わず叫ぶように言った。
渚「行かないでよ!」
海「いくら君の頼みでも、聞き入れることはできないね」
そうして彼女は窓のサッシに腰をかけた。そして、空を仰ぐ。僕もそれにならった。
きれいな、満月だった。
海「……人間、別れってのは必ず来る。でもね、少年。君となら大丈夫だ」
何を言っているのか、わからなかった。
海「私たちの運命は、きっとつながってる。いつかまた、きっと会えるから」
渚「何を根拠に⁉」
海「……私、この直感だけははずれたことがないんだ」
ジャンヌは僕に近づいた。
海「誕生日プレゼントも兼ねて、君に贈り物をするよ。いつかまた、会えたときに目印になるように……」
そうして彼女は微笑み、自分のかぶっていた帽子を僕の頭にのせた。そのとき、僕の頭の中に、いつだったかの彼女との会話が思いだされた。
海「かわいいね、そのヘアピン」
渚「え?」
海「少年に似合ってる」
渚「お、女物だよ⁉ それに似合ってるってあんま嬉しくない……」
海「いやいや、他の物だったら『似合ってない』って思うけど、それだったら君にすごくあってるよ」
そう言われて、僕は顔が真っ赤になったのを覚えている。
僕は、自分の髪に手をかけた。
渚「これ、あげる」
海「え?」
ジャンヌはひどく驚いた顔を僕に向けた。
渚「男の僕より、ジャンヌのほうが絶対に似合うよ」
海「うーん」
渚「僕だけプレゼントもらうのも、なんだか分が悪いし……。4か月も先だけど、誕生日プレゼントとして受け取ってよ」
海「……わかった」
彼女はほほ笑んで、僕の手のひらにあるヘアピンを受け取って自分の前髪にさした。
渚「うん、似合ってる」
僕は嬉しくなって笑った。
そのとき、だった。たしかに見えたんだ。彼女が、一筋の涙を流しているところを。
海「好きだよ、渚」
渚「え?」
唇が優しく触れたのを、僕は茫然と見ていた……。
(海side)
渚は茫然としていた。私はいつもなら大声で笑うところを、あえて微笑むだけにした。
海「それじゃね」
渚「え、あ、待って! どうして僕の名前っ……」
私は窓から飛び降りてアスファルトの上に着地すると、もう一度渚を見た。彼は私を名残惜しそうに見ていた。
でも、戻るわけにはいかない。私は走りだした。
渚とこれ以上関わりあうと、きっと彼に悪影響を及ぼしてしまう。あの殺し屋たちは、きっと誰かに雇われたのだ。私に戦いを挑むとなったら普通は正面からやってくる。人質をとるだなんて回りくどいことは、絶対にしない。
海「要するに、誰かが私を狙ってるってわけか。いいじゃん……」
的になってやる!
☆
現在(渚side)
杉「誰かが、海を狙ってた?」
海「そう……。そうじゃなきゃ、誰かを誘拐したり人質にとったりだなんて、そんな回りくどいことするはずがないんだ」
海は歯ぎしりをして、僕を見た。
海「ね、だから言ったでしょ。私たちは出会わないほうが良かったって。じゃなきゃ、あんたは怖い思いをすることはなかったんだ」
渚「僕……、怖くはなかったよ。だって、海なら助けてくれるって、信じてたから」
海が驚いた顔をしていた。けれど、すぐに悲しそうな表情をした。
倉「結局、海ちゃんを狙っている人って誰だか、わかったの?」
海「それは……⁉ ゲホッ、ゲホッ」
渚「海っ⁉」
海はまたせき込み始めた。
海「……だい、じょうぶ」
海は手を握りしめていた。僕は気になって、海の手をとった。
海「?」
渚「僕さ、ずっと気になってたんだ」
たしか、イトナくんの3度目の襲撃後。彼を追っている最中だったと思う。シロがイトナくんをさらって軽トラで走り去ったとき、海は咳をしていた。そのとき、海の手は……濡れていたんだ。
僕は海の手を強引に開いた。
海「⁉」
片「血っ⁉」
海の手は、血で濡れていた。
渚「ねぇ、海。この血が何を意味するのかわからないけど。1つ、質問があるんだ」
海は慌てて僕の手から自分の手を抜いた。
僕はそれを見ながら、認めたくない事実を、覚悟をしながら、ゆっくりと口を開いて尋ねた。
渚「ずっと、気になってた……。海って、触手持ちなんじゃないかって。茅野たちと、同じで……」
海は驚いた顔を見せた。