思い付きのヘンテコ小説を書いていきます。
設定:中学校の生徒、教師との見えない闘い
登場人物(現時点において、随時追加)
香山怜菜……ある教師が苦手な女子生徒。
渡井政人……体育教師。怜菜が苦手とする教師でもある。怜菜のクラスの担任の先生。
前嶋結衣……音楽教師。温厚な性格だが、怒るとギャップが激しく、怖い。
怜菜はこの教師のことを信頼している。
登場人物が増えすぎてよくわからなくなったら、そのうちまとめます。
今日は、怜菜が通う緑ヶ丘第三中学校の入学式だ。
怜菜は、新入生と話すことが好きだ。
まだ中学校、という新しい環境になれていない新一年生。
彼らの緊張した表情がほぐれていき、やがて自分との新しい生活が始まっていく。
怜菜は、多くの人と仲良くすることで、生活しやすい環境の中学校を作ろうとしていた。
ただし、それは生徒会の人に頼まれたわけではない。
むしろ、怜菜が生徒会に提案したことでもある。そして、自分がまず行動に移していた。
入学式も終盤に近づいたころ、
「それでは、担任の先生を紹介します」
という先生の声が聞こえてきた。
何も入学式の途中でやらなくてもいいのにな……とは思ったが、口には出さないでおいた。
新入生たちの、少しだけ慣れてきた顔が、その一言でまた引きつった。
私は、隣にいる杏奈を見た。
杏奈は、担任の先生が誰になるのか、春休み前、確か一番騒いでいたからだ。
しかし、今は騒いでいたようには見えなかった。
私のクラスは、三年三組だ。
「三年三組担任、渡井政人先生」
ステージの上でマイクを持って、担任の発表をしていた先生がこちらを見た。
「新しく入ってきた先生です。あなたたちの方が、緑ヶ丘第三中学校に関しては、先輩だから宜しくね」
そう、三年生のクラスにはよく、転入してきた先生が来る。
逆に、新入生のクラスにはよく、新卒の先生が来る。
「意味わかんねーよ、何でまた転入してきた先生なんだよ」
ほら、出た! 先生に対する文句。
叫んでいたのは、学年でもいたずらをよくする、大毅君だ。
「まーまー、そんなこと言わずに」
杏奈が適当に慰めているのを見ていて、少しだけ笑ってしまった。
そして、転入してきた先生……渡井政人先生が入ってきた。
第一印象は、熊。
がっちりした肩、ちょっと丸い顔、黒に近い肌の色。
どこをどう取っても、ザ・熊だ。
「えーと、隣の市から来ました、渡井政人です!」
挨拶する声が無駄に大きい気がする。
そして、顔がキラキラと、おもちゃを買ってもらって喜んでいる子供のような顔をしている。
大毅君が、
「熊じゃねえか……」
と、先生に聞こえる声で呟いているのを聞いてしまい、思わず吹き出してしまう。
隣の席の杏奈を見ると、吹き出すを超えて、笑い転げている。
「俺は熊じゃねえよ」
とニコニコしながら言う渡井先生を見る私達。
「しかし、よくあのタイミングであんな事言えたね」
「だって本当のことだろ?」
何か、また新しいいたずらを考えながらわくわくしている表情で、大毅君は言う。
でも、私は渡井先生に、良い印象を抱けなかった。
理由は、自己紹介の後に話したことだ。
「えーと、それじゃ、次は渡井が目指す学級、みたいなものを話すか。
まず、規則をしっかり守る! まあそれは、時間についても同じだ。
次に、みんなが毎日笑う! まあこれは当たり前だよな!
最後に、いじめは許さない! 人を傷つけないこと!」
まあ、やたらハイテンションでそう話していたのだが。
はっきり言って、バカみたい。
規則を守るって、そりゃ当たり前のことだし。
いじめについてもそうでしょ。まあ、人と人との関わりだから、絶対に、誰一人として傷つくことのないクラス、は
流石に無理だと思うけれど……。
みんなが毎日笑う、については文句を言いたくなった。
私は、多くの人と……主に新入生との関わりを取ることで、先輩後輩の壁が、分厚くなりすぎて堅苦しい、という
環境を避けたいから、多くの人との関わりを持つ。
けれど、人間関係が苦手、という人もいるのに、そんな無神経にそんなこと言われても、反発しか生まれない。
「今年は、ハズレかもね」
杏奈がそう言って、口元だけで笑う。
杏奈は、ほとんどの先生に対し、信頼することはないし、関わろうともしない。
今年入ってきた渡井先生に対しても、恐らく、杏奈が昔会った、差別、えこひいきをする
とんでもない先生と同じ印象を抱いたのだろう。
第一印象、熊(そして当たり前のことしか言わない)イコール渡井先生の姿を見るのが、何となく嫌だった。
だから、隣の三年二組の担任、前嶋結衣先生のもとへ行くことにした。
「ああ、あの先生ね。でもまあ、大丈夫だよ、怜ちゃんなら」
結衣先生は、私のことを『怜ちゃん』と呼ぶ。
結衣先生について、私はこんな印象を抱いている。
大人しい、けれどしっかり者で、見た目は可愛い。
ちなみに、年齢は知らない。渡井先生は確か、三十歳だっけ?
「でも、初めてあんなタイプの先生来たら、結構びっくりしちゃうよね〜」
結衣先生はそう言ってほほ笑んだ。ああ、女神様みたい……。
大毅君は、結衣先生に対して
「お母さんみたい……いや、保育士さん?」
と言っていたっけ。それを、偶然通りかかった結衣先生に聞かれたんだよなあ。
「別にお母さんらしいとは思わないけどね」
と、結衣先生が後ろで呟くように言ったから、私も大毅君も驚いて飛び上がったのを覚えている。
次の日の朝。
三年三組の教室は、朝から騒がしかった。
理由は一つ。渡井先生が踊っていたから……。
それを見て、結衣先生は
「写真に撮りたい」
と言いだして、とたんに踊るのをやめた渡井先生を見て、
「熊が踊ってた! マジウケる〜」
と大毅君がSNSに乗せる時のコメントのようなセリフを言ったことで、その場は盛り上がって……。
一時間目は音楽だった。
結衣先生は、音楽室に入ってきた私達を見て
「朝の渡井先生の踊り、面白かったわね。本物のクマさんみたいで」
と、何の悪意もない純粋な目で言ったから、また笑いの渦が巻き起こった。
給食の時間になると、渡井先生はうるさい。
「給食は残すなよ! 残しても無理やり食わせるからな!」
と、それは極悪人のような顔で言ったから、少食な杏奈は困っていた。
「それは酷いなあ……」
求職が終わってすぐ、結衣先生に話した。
「流石に、給食の量くらいは自分で調節したいよね。皆がたくさん食べられるわけじゃないし」
そう、まさにその通りだ。
第一印象が熊で、言ってることは自論を押し付けているだけとは、とんでもない教師に当たったものだ。
しかし、これがまた渡井先生のすごい所で、何故か他の先生たちは知らない。
バレないようにうまくやっているんだろう、どうしようもない。
>>8の誤字訂正 求職→給食
10:さくら:2017/12/14(木) 18:39 新しいクラスにも、一週間も経てば慣れる。
しかし、私は慣れなかった。何故なら、担任があまりにも苦手なタイプだったから。
「怜菜ー、ちょっといいか?」
大毅君が小さな声で私を呼んだ。
「ん、どうしたの? 大毅君が、私に何の用?」
「実は、さ……」
どうやら、熊(渡井)先生は、私が生徒会の人に提案(前に、新入生に話しかける、という)したことが
気に食わないらしい。
「えー、じゃあ何で本人に面と向かって言わないのさ、何かやだな」
「俺にそんなこと言うなよな〜」
もう、このお調子者が! でも、今は元気でたかも!
教室に入ると、熊(渡井)先生はいなかった。
「ラッキー!」
思わず、口に出してしまった。
近くでそれを聞いていた杏奈が、
「怜菜、口に出てる……」
と、言いながら吹き出してしまった。
そして、今日はすぐに家に帰った。
もう、担任の顔を見ているとイライラしてくる。
「そりゃダメだよ」
お母さんは熊(渡井)先生のことを知らない。
だからこそ、そんなことを言える。
「へぇ!怜菜先輩にも苦手な人っているんですね!」
仲良くなった、後輩の亜依が言う。
「そりゃいるよ、だって人間だし」
亜依にとって、私は明るく良い先輩らしい。
ちなみに、お母さんとは帰ってすぐに、亜依とは電話で話した。
ここで、登場人物(追加分)をざっくり説明します。
杏奈……怜菜の友人。基本静かな割に、騒ぎたいとき騒ぐ。
大毅……三年生の中でも有名ないたずらっ子。
亜依……怜菜と仲良くなった後輩。
熊……渡井先生のあだ名。
私は次の日、杏奈と一緒に学校に行った。
「うーん、何だか、渡井ダメだよね……怜菜、ドンマイ」
そう言い、杏奈は微笑を浮かべる。
やっぱり、杏奈はすごい。
まず、渡井先生を見て
「あ、こりゃダメだ」
と直感的に思ったらしい。
そして、それが見事に的中している。
「もう、結衣先生に言えば?」
「でもさ、何だか無理そうだよ?」
「え、どういうこと?」
杏奈はキョトンとした顔で言う。
そりゃそうだろう、渡井先生に言う事のどこが無理なのか。
誰にもわからないはずだ。
……その現場を見たことが無い人は。
私は正直に言う。
「昨日の放課後、佐野愛衣さんと、秋山悠太君が渡井先生と話しているのを見たんだよ」
それは、本当に偶然のことだった。
いつものように帰ろうとしたら、渡井先生の怒鳴り声が聞こえてきた。
「何言ってるんだっ!?」
一体何事だ、と私は走り出したが、すぐに忍び足に変えた。
すぐ近くに、佐野愛衣さんと秋山悠太君がいるのが見えたから。
「先生……」
「貴方達には、僕はそんな人間に見えていたんですか?」
「っ……」
悔しそうに、下を向いて唇をかむ佐野愛衣さん。
秋山悠太君は、それでも
「でも、先生明らかに差別していましたよね」
と食い下がっていた。
だけど、渡井先生は
「僕はそんなことはしていませんからね?」
と言うと、私に気が付いたらしく
「おや、香山怜菜さん。何しているんです?」
と笑顔で言った。
私は
「あ、帰ろうと思ったら、何だか大きな声が聞こえた気がして……気のせいですよね」
と言い、辺りを見渡す。
「そう言えば、さっき聞こえたね。でもそんな事ないよ」
と渡井先生はまた笑顔で言う。
私は、愛衣さんと同じ地区に住んでいることから、
「愛衣さん、一緒に帰ろう?」
と誘う。
「あ、じゃあ……うん」
小さく、一瞬でも目を放したら消えそうな笑みを口元に浮かべ、カバンを手にする愛衣さん。
その後ろで、「僕も一緒に帰っていいかな?」という悠太君。
「じゃあ一緒に帰ろっか! 先生、さようならー!」
「はい、さようならー!」
どこからどう見ても、不自然なところが無い笑顔。
だけど、私はその時、聞いてしまった。
「何でバレた……」
という渡井先生の小さな声が。
キャラ(新登場)
秋山悠太……クラスメイト。割と大人しめ。
佐野愛衣(あい)……クラスメイト。普段は大人しいが、意見を言うときはしっかりとモノを言う。
その日の帰り道、私は悠太君と愛衣さんに、渡井先生が小声で
「何でバレた……」
と言っていたことを話した。
「ああ、やっぱり合ってたんだな」
悠太君が言うには、愛衣さんと一緒に、先生の手伝いをするように言われたが、二人とも委員会の仕事があり、
それを断ったところ、理不尽に怒られたというのだ。
「それを言ったら、周りがドン引きするくらい渡井怒ったんだよ」
まさか自己中……いや、でもそんな人先生になれないと思うけれど。
「でも、実際教師になれてるよね」
そう、そこだ。
もし、悠太君、愛衣さんが言う事が本当ならば、人間としてどうかと思うレベルだ。
教師云々以前の問題だ。
「で、でもっ……」
愛衣さんが下唇を悔しそうに噛み、うつむいた。
「わかってるよ、嘘じゃないって言う事でしょう?」
愛衣さんに対して、何をどうすればいいのかはわからないけれど。
でも、私はさっき、見ていたのだ。
だから。
「実は、さっき植え込みの陰から見てたんだよ」
私は、二人にそう伝えた。
だって、私は、あの時の渡井先生を見て思ったんだ。
――絶対に、二人の味方になってやるって。
「見てたの?」
流石に、普段リアクションが薄い悠太君ですら、私が偶然でも見てしまったことに驚きを隠せないようだ。
「まあね……帰ろうと思って、通りかかったその時に、二人の姿が見えてさ。その前に誰かの怒鳴り声が
聞こえたから、すごい気になったんだ」
でも、まさかそれが渡井先生の怒鳴り声だとは思わなかったけれどね。
そう言うと、私は二人を見つめる。
「……香山さんは、誰の味方なの?」
「え?」
突然の、愛衣さんの言葉に私は面食らった。
「どういう意味?」
「私達、いつか絶対に渡井先生に勝ちたいの。でも……」
そこで、悔しそうに顔を歪める愛衣さん。
「僕も同じだよ。あまりに渡井がひどいと思うんだ。委員会の仕事、絶対やらないといけない仕事だったし。
でも、渡井はそれを知っていて、自分の都合で僕たちを叱った」
あまりに理不尽な行動が、悠太君の口から語られていく。
「だから、僕は一緒に行動していた愛衣さんと、渡井先生の上に立とうと思った」
一体、この二人のどこが悪かったというのだろう?
これは、どう考えても渡井先生が悪いのに、何も知らない人が見たら、二人の方が悪くなってしまうのではないか?
それなら、私は。
「私、協力する」
「えっ……!?」
私の言葉に、目を見開く二人。
「だって、そんなの見捨てられないよ」
先生は、普通は生徒の味方であるべきだ。
信頼される、生徒も安心できる存在であるべきだ。
なのに、これじゃあ安心できないし、信頼なんて当然できない。
「いいの? 香山さん、人気だし大変だよ?」
あくまでも私のことを心配する愛衣さんに、私は微笑む。
「そんなこと気にしないから」
「ありがとう!」
とても嬉しそうに言う愛衣さんを見て、私はこれでいいんだ、と思った。
「ただいま」
家に帰ると、いつもは
「おかえり」
と返してくれる妹はいなかった。
そっか、宿泊学習に行ったんだっけ。
自分の部屋で、私は渡井先生に対抗する手段を考えてみた。
あまりいい考えは思い浮かばなかった。
それに、中学三年生にできることなんてごくわずかだ。
それでも、私は戦うと決めたんだ。
「怜菜、最近どうかしたの?」
朝、杏奈に声をかけられた。
どうも、いつもと違って、何かをずっと考えているような感じがしたらしい。
「あはは……ちょっと、ね」
適当に誤魔化す。
杏奈は、渡井先生のことは苦手みたいだけど、流石に巻き込みたくはないからね。
「怜菜は嘘が下手だよ」
突然ズバッと本音を言う杏奈に、私は戸惑った。
「え?」
「だって」
杏奈は冷静に指摘する。
「昨日、渡井が怒ってた。あ、これは愛衣さんから聞いた」
「で、怜菜が愛衣さんと悠太君の二人と一緒に帰ったってことも聞いた」
「それで、朝、渡井と会った時のリアクションが薄い。という事は」
「……」
成程、杏奈の言う事には一理ある。
「その二人に協力した、それが自然な答えだと私は思う。でも、大丈夫?」
「何が?」
杏奈も、大丈夫かどうかを?
「怜菜は、隠し事下手。つまり、渡井に感づかれる可能性、高い」
あくまでも冷静に指摘する杏奈。
私は、その可能性を全く考えていなかったし、思いつきもしなかった。
「私、協力しようか?」
「え?」
だから、と杏奈は少しめんどくさそうに
「私が協力する」
有無を言わせない迫力で、私に迫る杏奈に、私はただ頷き返すしかない。
「でも、どうするの?」
少しの間を開けて、杏奈は言う。
「決まってるでしょ。精神的に追い詰める」
そう不敵に笑う杏奈。
怖いよ、杏奈……。
昼休み。
愛衣さんが私のもとに来た。
「昨日の、お礼……ありがと」
少し照れたように言う愛衣さん。
「いいよ、そんなこと気にしてないから。むしろ、仲良くなれるきっかけだったと思うし」
「そ、そう?」
何だか嬉しいな、と無邪気に愛衣さんは笑う。
「ねぇ、愛衣さん。もう普通に、呼び捨てでもいい?」
「むしろ、それは私が聞きたいことだったよ」
さくらさん!頑張ってください!
この小説好きです!
真奈さん、ありがとうございます!
更新頻度はバラバラですが、宜しくお願いします!
愛衣さん、いや、愛衣は思っていたよりもいい人だ。
ただ、愛衣は、圧しに弱い所があるらしく……。
「愛衣、コレ職員室にもっていって!」
「あ、うん……」
担任にお願いをされると、断れないのだという。
「まあ、これは仕方ないよ」
「そうかなあ……」
本当は変わりたいの、と小さな声で言う愛衣。
「じゃあ、もう徹底的にやるしかないね」
「え、どういうこと、杏奈さん」
杏奈でいいよ、と言った後で
「だって、今のままじゃ、担任と潰すことはできないでしょ」
あっさりと言い捨てる。
「このままだと、私達不利だよ。秋山君にも、どこかからネタを仕入れてもらおう」
「ネタ?」
もちろん、渡井のボロが出てる話のこと、と杏奈は言い、
「ちょっと外に出て来る」
どこかへと走っていった。
※>>30は私です。(トリップ間違えました)
「ネタって言われてもな」
秋山君に聞いてみたけれど、流石に無理があるかな……と思っていた私達。
「でも、俺の家、学校のグラウンドに面してるから、担任の声聞こえるよ」
「何それ、近所迷惑じゃん」
憐れむ目をして、愛衣が言う。
「じゃあ、部活の様子が見えるってことだよね」
「まあそうだな」
そんな事でいいなら、と、秋山君は言う。
「それで、どんな作戦なんだ?」
「実は」
まだ、作戦は決まってないことを話す。
「じゃあ、野生の勘か?」
「いや、違うけどね……これといった作戦はないみたい」
何だそれ、と今度は秋山君がキョトンとする。
さくらさんすごい!
更新頑張ってください!この担任最低ですね(笑)
じゃあ、と秋山君が立ち上がる。
「僕が作戦を考えようか?」
ちょっと待って、何を言ってるの?
「どうにかしなきゃいけないなら、すぐに行動すべきだろ。それに、香山さんも杏奈さんも忙しそうだし、その方が
助かるでしょ?」
そりゃ、助かるかもしれないけど。
でも、仮にも相手はあの渡井だ。
もしも、感づかれたら困る。
「その点は心配はないと思う」
それならいいんだけどね……。
>>32の匿名さん
ありがとうございます! ちなみに実話をもとにしてます(笑)
次の日の朝、杏奈が私の家に来た。
「あれ、杏奈?」
「おはよ、怜菜」
いつもより、空気がどす黒い気がする……。
「ああ、昨日渡井がうるさくてね」
それでイライラしてたのか……。
「一発、ぶっ飛ばしていい?」
いやダメだよ!
「だよね、でもそんくらいイライラする」
だから怖いって。
「おはよう」
教室に入ると、秋山君が近くに来た。
「昨日、渡井うるさかった。これ、ボイスレコーダー」
「ふーん。って、え!?」
ボイスレコーダーって高いんでしょ?
「兄が持ってた奴、もらったんだ」
何でお兄ちゃん持ってたのよ。そんで、よくバレないように録音できたよね。
「そりゃあね」
ちら、と杏奈の方を見る秋山君。多分、杏奈がとったんだろう。
「いつか、潰せるかな?」
「いやいやいや、潰すだけじゃダメでしょ」
「どうして?」
教師としてどうかと思うし、いいと思うけどな。
ちょっと糾弾するだけで。
「もっと徹底的にやらないと」
秋山君も怖いよ。味方でよかった……。
>>35は私です。
※試しに色々いじってみました。>>23の真奈さんではありません。
朝のホームルームが終わると、愛衣が悲しそうな顔をしていた。
「愛衣、どうしたの?」
愛衣は小さく微笑み、
「一時間目から体育じゃん……渡井の授業」
「あ……」
今日は厄日なのかな?
グラウンドに行くと、渡井だけがいた。
「あれ、体育の女の先生いなくね?」
大毅君がボソッと言う。
何でまだ名前覚えてないの、と言おうとしたとき
「今日は奈月先生いないから、女子と合同だぞ!」
「えー!?」
渡井がそう言った瞬間、奈月先生のことが好きな女子の何人かが悲痛な叫び声をあげた。
「もう最悪!」
「まあまあ抑えて」
渡井の顔を見た瞬間にイライラする、と杏奈は走ってきた。
愛衣は、教室にいた時よりも表情が硬くなっている。
そんな私たちの様子に気が付かない渡井は、ずかずかと近づいてきて
「頑張って走れよ!」
と言い出す。
全く、どこの誰が原因なのか、わかっちゃいないな。
グラウンドを二周走り終え、体操をやろうとしたその時、雨がぽつぽつ降ってきた。
「じゃあ、体育館に行くぞ!」
え、自習じゃないの?
「えー、何でよー! 渡井のケチ!」
杏奈がブツブツ言っている。
体育館に行き、体操を終えると、
「今日はバスケやるぞ!」
突然、バレーからバスケに帰る渡井に、バレー部員は文句を言う。
シュートの見本を見せようとして、派手に秋山君は転んでしまった。
それを見ていた渡井が、
「何だ、こんなのもできねえのか」
とニヤニヤしている。
「だから何だよ」
秋山君は、渡井の足を思いきり踏んづけていた。
秋山君が足を踏みつけたから、バランスを崩して、秋山君よりも派手に転んだ渡井。
「先生こそ何派手に転んでるんですか?」
笑顔で言う秋山君。それを見ていた杏奈は
「秋山君やるね、あれも復讐の一つだって」
堂々としていたなあ。
私なら、偶然を装って……。
「ああ、偶然を装った復讐も考えてるって」
「すごいね」
渡井を見て、それから私達を見て、秋山君は小さくガッツポーズをして見せた。
杏奈は、私に向かって
「怜菜、渡井に気付かれないように慎重に」
と、昨日十回言われた言葉をまた言った。
「わかってるよ」
と返事はしたものの、正直不安だった。
もしも、感づかれたら……。
もしも、渡井と話し合う事になったら……。
間違いなく、私は慌ててしまう。最悪の場合、秋山君、愛衣、杏奈まで巻き添えになる。
それだけは絶対に避けたい。
とにかく、今はそんなこと考えないようにしよう。
「ねえ怜菜」
体育の授業中、愛衣が話しかけてきた。
「どうしたの、愛衣」
愛衣の顔が、いつになく暗かった。
「何だかね、渡井の態度がまた悪化してる。面倒だし嫌だ」
愛衣が指さした方を見ると、美咲がいた。
美咲は、美人というよりは可愛いタイプの顔立ちで、あけっぴろな性格だ。
つまり、誰とでも分け隔てなく話す。
その美咲が、渡井と仲良く話している。
「ほら、私の時は杏奈に嬉しそうな顔しないのに……」
「それは私もだよ」
何で容姿だけで判断するのだろう。
中身がよければ、見た目なんてどうだっていいものじゃないのかな。
とにかく、こんなのは許せない!
私は、美咲のところに行き、話を聞くことにした。
「美咲、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「あ、怜菜。何?」
純粋な瞳で私を見る美咲。
少し躊躇ったが、言った。
「美咲って、渡井と仲良いの?」
突然の質問に、美咲は面食らったらしい。
目が点になっている。
少し考えて、美咲は言った。
「普通、かな? なんか渡井先生が話しかけてくるから、みんなと同じ受け答えをしたけど」
そこで、不思議そうに私を見る美咲。
私は、
「親しげだったから、元々知ってるのかと思ったんだけど、私の勘違い?」
「うん。だって、前に会っていたなら、存在感ありすぎる位だし、絶対忘れないよ」
それもそうだ。素直な美咲を疑う筋は無い。
それでも、一応確認しておきたかった。
つまり、美咲は渡井の本性を知らないということだ。
厄介なことになりそうだ。
不意に、冷たい風が吹いた。
そんな私達の会話を知るわけがない渡井は、私と美咲を見て、
「何だお前ら、バスケは余裕って感じじゃねえか」
そんなことはない。
ぶっちゃけ、私の体育の成績は普通。
バスケは、普通より少し上、といったところだ。
美咲を見て、見てるこっちが引くくらいニコニコして、
「美咲〜、今日も元気だな」
「先生もじゃないですか」
こりゃダメだ。
私達の様子を見ていたのか、愛衣が
「感じ悪い、渡井」
と吐き捨てた。
愛衣のことを、渡井は美咲より良く思っていない。
秋山君に対してもそうだ。
あの時何で、強く当たり散らす様に愛衣と秋山君に怒鳴り散らしたのだろう。
もしかして、と私は思う。
渡井は、自分にとって都合の悪いことを隠しているのではないか。
それを、愛衣と秋山君が勘づいたから、隠蔽するために怒鳴り散らしたのではないか。
こんなこと、許さない。
私に対しても、美咲のように接しない。
どんな神経をしているんだ。
私は迷っていた。
このまま、すぐにでも職員室に行くか、秋山君、杏奈、愛衣に相談してから決めるべきか。
美咲はすごくいい子だ。
それはわかった。だから、美咲を仲間に引きずり込むのはやめる。
今の状況を考えると、もう充分に渡井が差別をしている、という証拠は集まっている。
今すぐ、職員室でこれらの証拠品を見せて、渡井の素顔を暴露したい。
でも出来ない。
きっと私が意気地なしだからだ。
「そんなことないっしょ」
「え、な、聞いてたの!?」
そう言ったのは、愛衣だった。
「怜菜さ、無理しすぎなんだよ」
真っすぐに私の目を見て、どこか優しく言う愛衣。
「確かに渡井はダメダメ。だから、そんな渡井に秋山君は怒ってるし、杏奈は呆れてる。
でもさ、私も同じだし、怜菜も知ってるでしょ?」
小さく私は頷いた。
「別に怜菜一人の戦いじゃないから。私、いや、私たちがいっしょ」
愛衣が後ろを振り向くと同時に、杏奈、秋山君が出てきた。
杏奈は私を見て
「相変わらず、怜菜は無鉄砲なんだから」
という。
秋山君は
「これ、ボイスレコーダー。とりあえず中古品を見繕ってきた。学校から家、多分僕一番近いし、渡井の暴言を記録しておくから」
ついでにレシートまで見せて来る。
私たちは、図書室に集まった。
昼休みなのに、誰一人として本を読む人はいない。
グラウンドには、半分くらいの生徒がいるから、外に行くのは危険だった。
渡井も、一緒になって遊んでいる。
「ハイリスクハイリターン、ということで特攻するのはアリじゃない?」
「ナシ。危なすぎ」
確かにそうだ。
ボイスレコーダーを、みんな一つは買っておいた方がいい、という話になった。
証拠はあるけれど、私たちだけで特攻しても変わらない。
きっと笑われるだけだから。
それなら、しっかりした物的証拠をたたきつければいい。
「じゃあ、今日は解散!」
杏奈が元気に言う。ちなみに集まった時、作戦リーダーは杏奈に決まった。
「今日はって何?」
杏奈以外の三人が聞く。
杏奈は不敵に笑って言う。
「決まってるじゃない。一週間に一度は必ず、何も起きなくても集まって話し合うのよ」
「どうして?」
愛衣が首をかしげる。
「もちろん、何かあったら毎日ね。情報の共有は素早く。これに尽きるでしょ」
杏奈の言う事は一理あるように感じる。
杏奈。
前世はスパイだったのか、と疑いたくなるくらい冷静で的確な指示をする。
渡井を最初見た時の嫌悪感はどこへやら、今は復讐に燃えている。
(一応)人物紹介
美咲……クラスメイト。純粋でかわいい。
渡井のお気に入り第一号?
杏奈に意見を聞いてよかった。
でなければ今頃、私は渡井の追及の手を受け流すことはできなかったと思うから。
そう、渡井に感づかれた。
かもしれない、というだけだ。
でも危ない。
何故感がいいのかはわからないが、気を付けないと。
あ、友人のパソコンからでした(^^;
半値ミスです。。
『真奈』は友人の半値です(笑)
私は、渡井から逃げた。
文字で表すと『逃げた』の三文字。
でも、実際はそんな簡単ではなかった。
私のもとに渡井が来て
「香山さん、最近ちょっと様子が違う気がする」
と言うのだ。
まだ出会って一ヶ月の人間に何がわかる、と言い返しそうになるのを我慢した。
「ほら、今もなんか違った」
私は、そんなことはない、と普通に返事をしたが、内心ヒヤヒヤしていた。
多分、変わったということは、渡井への反抗、復讐のことだ。
それが表に出ている、ということならまずい。
愛衣、秋山君がまた怒られる。
というより、渡井の価値観を押し付ける。
教育という名の脅し(または差別)だ。
ふと思う。
なぜ、こんな酷いことをしておきながら、教師という立場でいられるのか。
露呈しないこの仕打ち。
今の段階では、味方をすぐにつくることは不可能だ。
時間をかけて、ゆっくり且つ慎重に事を進めることが苦手な私。
ああ、そうか。
だから杏奈は、私の耳にタコができるほど、気を付けて、と言ったのか。
杏奈の鋭さに、今更ながらに驚いた。
「だから気を付けてってあれほど言ったのに」
渡井と話しているところを、通りかかった杏奈に見られてしまった。
「とりあえず、目立った行動は避けよう。愛衣と裕斗に言っておいて」
「杏奈は?」
愛衣と秋山君。杏奈がその中に入っていない。
「私は、とりあえず単独でアクションを起こす」
とりあえずって……。
そんな単純にどうにか出来るわけがない。
「大丈夫。でも怜菜は動かないように」
「う、うん」
杏奈の鋭い目に、逆らえない。
次の日、私はいつもと同じ時間に登校した。
一つだけ違う事と言ったら、杏奈が朝、私の家に来なかったことだ。
杏奈が何を考えているのか、私にはわからない。
「あれ、怜菜?」
驚いた声で、私の名前を呼ぶこの声は、
「愛衣じゃん。どうしたの、今日早いじゃん」
愛衣は、いつももっと遅い時間に登校する。
だから、私と一緒に登校することはあり得ない。
「なんかね、昨日、杏奈に言われたの。怜菜と一緒に登校するようにって」
えっ……?
謎の杏奈のセリフ通り、私たちがいっしょに登校していると、今度は秋山君に会った。
「おはよう、怜菜と愛衣」
「おはよう、秋山君。秋山君も言われたの?」
何が、とは言わなかったのに、秋山君は察したようで、頷く。
「なんか、杏奈に言われてさ。すげー怖かったし、とりあえず」
一体、どういうつもりだろう。
「別に」
杏奈の返事はそれだけ。
「別にって……」
杏奈は素っ気ない顔をして
「だから、私は何も考えてない。というより、確証がない」
「つまり、どういうこと?」
私がそう聞いても、杏奈は何も言わない。
それどころか、近寄りがたい雰囲気を出しつつ、
「とにかく、今は何も話せない」
それだけ言って、杏奈は走っていった。
「ちょ、ちょっと杏奈!?」
私の声が聞こえていないかのような反応の杏奈。一体、何で……?
教室に入ると、愛衣は一人……ではなく、秋山君と一緒にいた。
「あ、愛衣。今日は秋山君と一緒?」
秋山君は頷く。「つーか、杏奈何考えてんだろうな」
そんなの私が聞きたいくらいだ。
「まあ、杏奈にも考えはあるんだよ。でなきゃ、一人で走り回るなんて無謀なことはしないはずだもん」
愛衣がきっぱりと言い切る。
愛衣が自分の意見をズバッという事なんて珍しい。
まして、つい最近仲良くなった杏奈のことだ。
「一応、人を見る目には自信があるの」
微笑を浮かべる愛衣。
今日一日、何事もなく過ごせ……なかった。
よりによって、
「怜菜さん、ちょっと来てください」
渡井に呼び出されるとは。
「何ですか?」
まさか、渡井がひいきをしていることに気付いて、復讐しようとしているのがバレたのだろうか。
とヒヤヒヤしていた私とは裏腹に、渡井はニッコリ笑って、
「うん、なんか今日、杏奈さんの様子が違うから。何か知ってるかなって」
なんだ、そんなことか。
「でも、正直分からないです。杏奈、突然素っ気なくなったんです」
「ふうん。突然、ねぇ……」
何かを考えているようだったけれど、私はすぐに解放された。
すごく久しぶりに、結衣先生のところに行った。
「あれ、怜ちゃん久しぶりじゃん。最近どう?」
前と変わらず、優しく接してくれる。お母さんみたい。
「渡井先生が、ちょっと付き合いにくくて……」
クスッと笑って、結衣先生は言う。
「珍しいね、怜ちゃんがそんなこと言うなんて」
「で、でも本当に熊みたいですし、まず、見たら笑っちゃいます」
さっきはクスリ、と笑う程度だったのに、今度は声をあげて笑う結衣先生。
「まあそうだねえ。実際黒いし。でも、クマのぬいぐるみみたいで可愛いじゃん」
く、クマのぬいぐるみって……。
結衣先生流石だなあ。座布団三枚!
「あ、怜菜」
「愛衣、待ってたの?」
昇降口に行くと、愛衣が暇そうにその辺を歩き回っていた。
「うん。秋山君も」
植え込みの陰から、ひょっこり顔を出す秋山君。
「帰ろうぜ。渡井うるさいし」
大声で渡井の文句を言う秋山君。
私は慌てて
「秋山君、そんな大声出すと渡井にバレるよ!?」
と言うが、当の秋山君は全く気にしていない様子で
「そんなもんどうでもいい。どうせあいつ一人じゃ何もしない」
フン、と鼻を鳴らしながら言う。
秋山君によると、渡井は、結衣先生や学年主任の唐沢先生、一組担任の金森先生にまで、生徒が少しでもミスをすると……。
「私がいないうちにこんなことになっていた」
「野球部の副部長が……」
といった調子で、さも自分が被害者だ、と言わんばかりに言いふらしているそうだ。
しかも、そんな事実は全くない、と秋山君は断言する。
「証拠はこれだ」
これは、カメラ?
私は、ビデオを再生した。
「――!」
思わず、声にならない声をあげていた。
話に出てきた、野球部の副部長の様子と、渡井が話していたことが録画されていた。
「やっぱり、渡井……」
誰にも聞こえないように、小さく愛衣がつぶやく。
「こんなの、絶対に許さない。最後の方で、秋山君と愛衣の話が出ていたことも気になる。この後、どうなるかはわからないけれど」
愛衣は手で口元を覆った。
秋山君は舌打ちして、
「これじゃ、まるで俺たちが被害者みたいじゃねえか。熊に何ができるんだよ!」
登場人物のおさらい
香山怜菜……ある教師(渡井)が苦手な女子生徒。
渡井政人……体育教師。怜菜が苦手とする教師でもある。怜菜のクラスの担任の先生。 あだ名は熊。
前嶋結衣……音楽教師。温厚な性格だが、怒るとギャップが激しく、怖い。
杏奈……怜菜の友人。基本静かな割に、騒ぎたいとき騒ぐ。
大毅……三年生の中でも有名ないたずらっ子。
亜依……怜菜と仲良くなった後輩。
秋山悠太……クラスメイト。割と大人しめ。
佐野愛衣(あい)……クラスメイト。普段は大人しいが、意見を言うときはしっかりとモノを言う。
美咲……クラスメイト。素直で純粋、かわいいが少しせっかち。
唐沢雪音……学年主任。渡井の味方。
金森遥……一組担任。唐沢先生と同じく渡井の味方。鈍感。
秋山君がイライラするのはわかる。
「秋山君、ちょっと落ち着いて」
「何でだよ」
喧嘩腰の秋山君に、私は冷静に言う。
「ここで私たちが動いても、渡井と愉快な仲間たちのせいで、勝率ゼロ。むしろ、こっちが不利」
あ、と小さな声をあげて、秋山君は固まる。
イライラする。だからといって、その怒りに身を任せれば失敗するだろう。
「そうだね。とにかく、冷静に行動するしかないか……」
愛衣も言う。
秋山君じゃなくて、大毅君だったらすでに行動していて、取り返しがつかなかったかもしれない。
と思っていたら、
「よう香山!」
いつでもハイテンションな大毅君がひょっこり顔を出した。
愛衣は驚いて、私の後ろに隠れた。
「何か珍しいなあ、秋山が誰かと一緒なんてよ」
愛衣に全くお構いなしの大毅君に、何かしら注意をしようと思ったが、何も言えなかった。
そして、
「そうか?」
「だって秋山ってさ、いつも冷めてるイメージしかないんだもん」
「みんなが言うほど冷めてねえよ」
ポンポンとリズムよく会話を続ける二人。
「何か、秋山君って変わってるよね」
二人には聞こえないほど小さな声で愛衣がつぶやく。
「うーん、でもまあ、これはこれでアリかも」
何がアリなのかは、言葉に出した自分自身分かっていない。
家に近づいたころ、
「あれ、あそこにいるの、杏奈か?」
秋山君が指さす方向には、確かに杏奈らしき人影が見える。
「杏奈!」
私たちが呼ぶと、慌てたようにこちらを振り向く。
「何だ、怜菜達か」
ほっと胸をなでおろすあんなに、私は聞く。
「ねぇ、何で今日、ずっと一人で行動したの?」
渡井に捕まったことを放すと、杏奈は鼻にしわを寄せた。
「変なこと言ってないよね?」
「変なこと? うん、言ってない。」
突然態度が変わったことで驚いたけれど、当の本人は気にしていない様子。
「あれはね、渡井の気を紛らわすための演技」
「は?」
「え?」
「何だそりゃ」
予想していなかった返事に、私たちはマヌケな声を上げるしかない。
だから、と苛立たしげな声で
「渡井が、怜菜達を目にかけないようにするための演技。渡井は、自分に都合の悪いことは裏で隠ぺい工作、表ではメソメソ被害者ぶってる能無し熊野郎。
でも今、私たちが固まって動けば、必ず誰かが捕まる。そうなれば、渡井を潰すなんて到底無理。
昨日そう考えた。だから、今のところ私は学校では一人で行動する。言わば……私はおとりって訳」
いつもより口数多く語る杏奈を目の前に、一緒にいる時間が長い私でも口を開けてポカンとしてしまう。
おとりって言ったけれど、それはそれでハイリスクハイリターンな気がする。
「まあそうだね。でも仕方ないというか、都合いいっしょ」
軽く言ってのける杏奈。
おとりっていった時、渡井(クマ)の目に付けられる役(エサ)って感じがする。
同じことを杏奈と秋山君も思ったのか、
「杏奈……クマのエサ?」
「何お前からクマのエサに成り下がってんだよ」
と同時に言う。
「別にいいと思うよ。でも、かなり危ないよね」
「危ないなんてもんじゃないっしょ。ちょっとでもミスったら作戦は水の泡。それで済むならいい方でしょ。
もしも渡井が学校中にこの話を広めたら?
下手したら学校一の大問題、私たちは自宅謹慎。そしたらヤバい」
自宅謹慎はヤバいって言うレベルじゃないと思う。
「まあとにかく、私は私なりに考えがあるから気にしないように」
それだけ言うと、杏奈は走っていく。
その様子を静かに見ていたが
「とにかく帰ろうぜ、香山さん」
と秋山君に言われ、私たちは家路についた。
家に帰ると、
「あ、怜菜。後輩の亜依ちゃんから電話あったよ」
と妹に言われ、留守電から電話をかけた。
「もしもし、亜衣?」
「あ、怜菜先輩! 突然電話すみません」
元気いっぱいに出たと思ったらすぐに謝る。さすが。
「明日、先輩のクラスの担任の……ワタナベ先生? が話があるって、香山さんに伝えてくれって言われました」
「渡井先生ね。わかった」
あっ、名前間違えた、と焦った声が電話越しに聞こえてきた。
「まあ名前間違えたからどうってことはないよ。大丈夫」
「それじゃあ、また明日部活で!」
最後まで元気な声で話をして、亜衣は電話を切った。
電話を切った後、すぐそこに妹がいることを忘れてため息をついた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと担任に話があるって言われただけ」
妹はまだ小学生。中学校への期待が高まっている中、不安にさせる様な事を言ってはいけない。
「ならいいけど。あ、宿題手伝って!」
「えー、宿題くらい自分でやりなよ」
ケチ―、と口をとがらせ、地団太を踏んでいる妹を置いといて、部屋に向かった。
はぁー……。
学校では愛衣と杏奈と秋山君がいるからいいけど、家では妹がいるから逆に負担というか、気を遣う。
出来るだけ顔に出さないように努めてはいるけれど、どうしても疲れる。
ああ、早くお風呂に入ってゆっくりしたい。
なんてことを考えるから、おばあちゃんみたいって杏奈に言われるのかな。
お風呂に入り、ベットに潜ると、後輩の亜依からの電話を思い出す。
明日、渡井に何を言われるのか、内心ヒヤヒヤしながら眠りについた。
気分は、最悪。
そして次の日。
来なくてもいいよ、と心の中で文句を言いつつ、学校に行く。
「あ、おはよう怜菜」
昨日と同じで、杏奈はいない。でも、愛衣と秋山君とは一緒だ。
「なぁ、なんか今日嫌な予感がするんだけど」
「え、何で? そんな事ないよね、怜菜」
「……え? あ、そうだね?」
朝から渡井に呼び出されるという不安で上の空だった。
何となく返事をしたけれど、疑問形になっちゃってるし、どう考えても不自然。
思った通り、愛衣は
「何か、怜菜も変だよ。何かした?」
目に不安の色を浮かべる愛衣。
「うーん、不安って言うかさ。昨日、後輩に亜衣って子がいるんだけど、その子から電話があって、
『明日、先輩にワタナベ先生が話がある』って。
渡井をワタナベと間違えてたのはいいとして、正直不安で」
あー、と二人とも納得。
「それならしょうがないかも」
でもよ、と秋山君は言う。
「下手に焦って、アホな受け答えするのだけは避けてくれよ」
秋山君は何となく、杏奈と似ている気がする。
「うん、そこは大丈夫」
不安を吹き飛ばすようにそう言ったものの、断言はできない。
切り替えが早い杏奈と違って、私はどうも不器用で空回りしがちだ。
いや、だからこそ慎重になるべきだろう。
教室に入ると、渡井はそこにいなかった。
代わりに、朝早く登校した杏奈が
「あ、怜菜。渡井が呼んでたから急いで。職員室」
と、いつもと違う――つまり昨日と同じ、冷たい声でそう言うと、どこかに行ってしまった。
「杏奈、今日も変な態度取ってんな」
「まあ、でもそれは杏奈の考えがあるんだから」
そうだな、と納得はしていない様子だったけれど頷く秋山君と、それを見て安心している愛衣を見てから、私は職員室に向かう。
廊下に出ただけ。
なのに、空間が少しだけ揺らいで見える。
それは、私の不安を余計に煽るだけ。さめざめと、不安がまた募っていく。
少し息を整えて、静かに深呼吸。
……うん、大丈夫だ。今のは気のせい。
しかし、ただ渡井に呼び出されただけでこんなに気が動転するなんて……。
やっぱり、不器用と言うか、切り替えが上手にできないからかな。
うじうじ考えているうちに、職員室と目の鼻の先のところまで来てしまう。
うう、やっぱり嫌だ。でも、そんなこと考えていられない。
また深呼吸して、笑顔を作る。
よし、準備オッケー。今なら大丈夫。
「失礼します。三年三組、香山怜菜です。渡井先生に用があって来ました」
型通りの挨拶をして、渡井がこちらに向かってくるのを待つ。
「ああ香山さん。待ってました」
うん、どうも慣れない。
思わず、作り笑いが引きつる。それをこらえながら、私は必死に応対する。
「あの、私に先生が用がある、とのことでしたがどういうことですか?」
緊張して喋れなくなってしまうので、一気に言ってしまった。
「うーん、それなんだけど……」
周りの先生たちの目を気にしているようだ。
何でかはわからない。だけど、ものすごく嫌な予感がした。
その嫌な予感は的中した。
どうして、あまり当たってほしくないことはだいたい当たってしまうのだろう。
「じゃあ、資料室に来てくれる?」
私は頷くしかない。
introduction
渡井の後ろについて歩く。
ほんの一瞬、遠くを見た私は、驚きのあまりに足を止めた。
人影が見えたから。
人影は、こちらを振り向くと、薄気味悪い微笑を浮かべた。
その顔に、私は覚えがある。
そこにいた人は、
――杏奈?
おかしい。
さっき杏奈は、教室から出ていった。
だけど、教室とは反対側。職員室とも反対側になる。
なのにここにいる。
誰? そこにいるのは。
その人影は、私の心の中を見透かしたかのように言った。
「わたしは、誰でもない」
introduction out
「香山さん?」
どうやら長い時間、人影に注意を向けていたらしい。
明らかに不審だと言いたそうな渡井に、私は寝不足だから頭が重い、と言い訳する。
そして、資料室に向かって歩く
資料室に入ると、
「香山さん、貴方は杏奈さんのことを、本当に知らないの?」
と強い口調で追及してきた。
ああもう、一体何なんだ。思わずそう言いかけた。
しかし根拠はないようだ。つまり、知らないという立場にいるべき。
「はい。なんかよくわからないんです。一緒にいることは多かったのですが、突然自分一人で行動することはありました」
そこに興味を示したのか、渡井は
「へぇ。何で?」
「さあ。一人で行動した理由は教えてもらえませんでした」
これは嘘なのだ。実際、杏奈に聞いたことはなかったから。
「何だかなあ。何か知ってるでしょ?」
少し投げやりな口調になっている。
心なしかさっきより冷たい声で
「じゃあもういいよ。何かわかったら教えて」
唐突に雑に言うと、渡井は私に目配せする。
「そ、そうですか」
それだけ言うと、私は席を立つ。
すると、強引に腕を引っ張り、渡井は私を外に連れ出した。
「やめてください! 何するんですか!?」
「うるさい、腕を強く引っ張っただけだろ?」
こいつ……、陰で生徒に差別する最低教師!
私は泣きそうになり、目を伏せた。
そこに、結衣先生が通りかかった。
「あ、怜ちゃんおは……ん? あれ、渡井先生?」
結衣先生を見た瞬間、すっと体の筋を伸ばして
「前嶋先生おはようございます。少し、香山さんにお話がありまして」
何なんだこいつ、こんなコロッと態度変えてんなよ。
本気でそう思ったから、思わず私は泣き出してしまった。
「香山さ」
「怜ちゃん!? ちょっと、渡井先生!」
いつもと違い、怖い顔をして渡井に詰め寄る結衣先生。
う、と声を詰まらせ、何も言えなくなる渡井。
それをいい機会と感じたのか、渡井のそばから私を離し、職員室まで連れていった。
でもその時、私は聞いていた。
「何だよアイツら。調子乗ってんなよ。
香山怜菜、前嶋結衣」
とイライラした声で渡井がつぶやいているのを。
intermission
彼女は、ずっと見ていた。
近くで、観察するように見ていたわけじゃない。
遠くから、獲物を狙うように見つめていた。
――あの人。
あの大人は、子どものことを分かっていない。
だから平気で、子どもを泣かせる。
実際は生徒と教師なのだが、彼女は詳しいことを知らない。
「わたしが、あの子を助ける」
その声は、遠くにいる子どもには届かない。
intermission out
渡井から離れて、職員室の結衣先生の机までついてきてしまった。
流石に帰った方がいいと思った私は、結衣先生の顔を見た。
「……あの、」
「怜ちゃん、大丈夫?」
だけど、私が何かを口に出す前に、結衣先生は心配そうな目をこちらに向けてきた。
「さっきから見てたの。もう、渡井先生ったら……」
そこまで言うと、きゅ、と口元を固く結んだ。
私は、結衣先生の顔を見上げた。
凛としていて、目には怒りの色が確かにあった。
でもすぐに、心配そうな色を浮かべ、
「何て言うか、ごめんね?」
「え?」
まさか謝られるとは思っていなかったので、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
だって、と自嘲気味に続ける結衣先生。
「もっと早く先生が気付いていれば、こんなことにはならなかった……それが、悔しい」
そんな事ない、と私は言おうとした。
だけど、何かにせき止められたように、言葉はのどに引っかかったままだ。
考えが堂々巡り。
「このままじゃ、先生たちがどうなるのかもわからないの」
普段と違い、弱々しい声で呟く結衣先生に、私は
「私は、こんなのに負けません」
強く言い切る。
でも、涙をぼろぼろと落としながら言っても説得力に欠ける。
「本当に大丈夫?」
あくまでも心配だ、と言いたげな結衣先生の手を、そっと握る。
「ここで負けたら、あっちの思うつぼだから。必ず、勝って見せます!」
涙を拭いて、大声で宣言する。
そんな時、渡井が職員室に入ってきた。
渡井を見て、普段よりは冷たい目をした結衣先生が
「あら渡井先生。何か用ですか?」
まるで別人だ。しかしそんな姿を見て、バカにしたように笑い
「いや、香山さんを呼びに」
「その必要はありません」
私が何かを言う間もなく、すぐに冷たく返事をする結衣先生。
流石にカチンときたのか、
「その言い方はないのでは? 結衣先生」
「だから何。生徒を泣かせて、どこに信頼を持てる教師なの?」
黙り込む渡井に、さらに詰め寄る結衣先生。
「さっきのこと、私が見てないとでも?」
「残念ね。一からしっかり見てたわ。香山さんに理不尽な態度をとっていた。それを、学年主任の唐沢先生や金森先生に言うつもりでしょう?」
「な、何のことだか」
「ちゃんと証拠だってある。それでも言い逃れできると思わないで。さっき、怜ちゃんを連れて出ていこうとしたとき、
『何だよアイツら。調子乗ってるな』と言ったことも記録してる。誤魔化さないで」
こんなに強気で詰め寄る結衣先生、初めて見た。
それはきっと、職員室にいる誰もがそうだろう。
事実、他の先生たちは遠くから見ているだけだ。そこに生徒が泣きじゃくっていても、見て見ぬふり。
「…………何でもない、です」
しばらく言葉を探すように空中を見ていたが、私の目を見て、そう言うと逃げるように出ていった。
すると、それまで結衣先生を包んでいた、凛とした――敵に立ち向かう凛々しい戦士のようなオーラが消え去った。
「ふぅ。ちょっと疲れたわね」
ニッコリとほほ笑む結衣先生を見て、私もつられて口角をあげる。
「もう、教室なんか行かなくていいよ。今日は先生、授業無いから一緒にいる」
私は慌てて
「でもそれじゃ、他の先生に怒られちゃいますよ」
結衣先生は首を横に振って
「事情が事情だから。すぐに戻れって言われて、さっきの怜ちゃんの状態じゃ、もっとひどい目に遭うかもしれなかった。それに、偶然だけど見かけた先生としては、見過ごせないの」
私の心中を察したのか、すぐに教室に連絡をしてくれた。
「もう大丈夫」
その一言で、私はどれだけ安心したことだろう。
自分の荷物を職員室に持って行った。
結衣先生は、私を見て
「今日はゆっくり休んで。確か明日は、渡井先生出張だから、明日は一日頑張れるでしょう?」
別に私は別室登校している訳では無い。
ただ、結衣先生が渡井と私の距離を置くべきだと判断した結果なのだ。
それに、私は甘えてしまった。
「甘えって言ってもさ、正直さっきのはダメなんだよ」
聞き分けのない子どもに言い聞かせるように言う結衣先生。
「さっき、ちょっと強く言っただけで渡井先生は逃げた。つまり、自分にとって都合が悪い。
私がそんな、差別する先生なんかの味方になるわけないのにね。何をどう考えてるのか、正直考えたくもないけれど……」
「それは、結衣先生は割と大人しいイメージがあるからじゃないですか? 多分、ちょっとうまく言葉を選べば味方にできると考えたんだと思います」
そうね、と結衣先生は頷く。
「でも、偶然怜ちゃんが引きずられているのを先生が見かけた」
そうだ。
さっき、ボイスレコーダーに録音できていたのだろうか?
「え、そんなの持ってたの?」
もしものことがあったら、ってことで、こっそり持ち歩いている、と言った。
実際のところは、杏奈の指示によるものだ。
だけど、他にもたくさんの先生がいるから、下手なことを言ったら危ないのでは、と思う。
特に、三年部の先生。
誰がどんなポジションかはわからない。だからこそ、慎重になるべき。
intermission
今日のところは、彼女は大丈夫。
わたしが守る必要は、今のところはない。
だけど、と人影は言う。
――明後日からは、彼女のことをしっかり守らないと。
あの熊に何されるかわからないから。
彼女に接触する機会をうかがってはいるが、中々無い。
昔、彼女に助けられた。
だから、わたしは彼女を守る。要は恩返し。
あの熊の自由にはさせない。
彼女はわたしに隠しているけれど、わたしにはわかる。
あぁ、もう時間切れだ。
彼女に、まだ見つかってはいけない。
守るべき相手だけど。
intermission out
結衣先生と、明後日からのことを話しているうちにお昼の時間になってしまった。
「今日はもう帰っていいよ」
「え、でも」
渡井に怒られる。それ以上に、クラスメイトに心配をかけてしまう。
そう言うと
「問題ないよ。体調不良で早退って言えば」
何だか微妙な気分。
でも、地獄(渡井のいる空間)に行かされるよりよっぽどマシ。
「気を付けてね。あ、あと明日学校に来たら、先生のところに来て」
と言いながら、結衣先生は私を見送った。
家に帰ってすぐに宿題を終わらせ、録画してあった番組を見た。
妹に驚かれたけれど、学校が早く終わったって嘘をついた。
妹がそれを信じたのかはわからないけれど、仕方ない。
愛衣からメールが来た。
怜菜、大丈夫?
昨日、体調良くなかった?顔色悪かったから。
今日はゆっくり休んで、明日元気に教室に来て!
これを読んだ瞬間、大きな罪悪感が芽生えた。
もっとも、私自身がサボろうと思って帰った訳では無いのだけれど。
だから、愛衣には正直に教えた。
すると、すぐに返事が返ってきた。
驚いたらしい。そりゃそうだ。
ちなみに、渡井は明日の出張は朝早くから、だから大丈夫! と元気づけようとしてか、明るい文面だった。
眠い目をこすり、重たい足を引きずって学校へと歩く。
この小説好きです。更新頑張ってください!
68:さくら◆aI:2018/03/22(木) 17:56 >>67
ありがとうございます。<m(__)m>
いつもより早く家を出たからだろう。通学路を歩いている人が少ない。
私が家を早く出た理由は一つ。
昨日、結衣先生に言われたことを思い出したから。
結衣先生のことは、妹によく話す。
妹は
「お姉ちゃん、その結衣先生って人、本当に大好きで信頼してるんだね」
とニコニコしながら言う。
昨日のことを思い出してしまう。気が重い。
下駄箱で靴を履き替えていると、
「おはよう、香山さん!」
奈月先生が元気いっぱいにあいさつしてきた。
「おはようございます。あの」
「結衣先生なら職員室にいるよ」
エスパーか、奈月先生はと思いながら、職員室に向かう。
「失礼します」
職員室には、朝早くから大勢の先生がいる。
だから、今日出張に行く渡井の姿もそこにあった。
「……」
昨日のことが鮮やかに思い出される。
と思ったら
「怜ちゃんおはよう! 今日は早いね」
と渡井を一度睨むように見てから微笑んだ。
「昨日、朝職員室に来てと言われたので……」
そう言うと
「怜ちゃんにお話があるの。あ、大丈夫だよ変な話じゃないから!」
渡井への皮肉か、それとも怒りからかはわからないけど、結衣先生は大声でそう言った。
結衣先生は、昨日と同じように職員室の自分の机まで私を誘導した。
運が悪い。
結衣先生の机の隣は、渡井の机だから。
「それで、話って何ですか?」
少し間を開けて、
「今日のこと。昨日教えたから覚えてると思うけど、渡井先生は出張。だから何も起こらないと思うけど……。万が一のことを予測するべきだと考えたの」
万が一? 渡井が私に差別的な行動を取ったこと?
「今日は、先生が一日中怜ちゃんのクラスにいるから大丈夫」
ラッキー!
結衣先生が一日中クラスにいるなんて!
私が喜んでいると、後ろから冷たい視線を感じた。
「……」
無言でじっと睨みつけてくるこの視線。渡井だ。
それに気が付いたのか、
「あれ、渡井先生どうしたんですか?」
と、いつから後ろにいたのかわからない奈月先生が顔を出す。
「いや、小さなことですがね。どうも香山さんが私のことを意味もなく避けてい」
「それは嘘ですから。話をねつ造しないでくださいね、渡井先生?」
渡井が被害者であり、自分可哀想アピールをしている最中に、結衣先生はあっさり割って入る。
ニコニコしながら、強い圧力をかけているのが分かる。
「だから、私はそんなこと」
「そんなことしていない? ならどこにその証拠があるんですか。すぐにバレる嘘をついて同情してもらって嬉しいんですか。
愛衣ちゃんや裕斗君にも差別をしているように見えること、それも私の勘違いだと言いたいんですか?」
さらに詰め寄る結衣先生。
私が驚いて、渡井と結衣先生、訳が分からず立ちすくむ奈月先生を見ていた。
すると、
「失礼します、三年三組の佐山杏奈です……。ん?」
杏奈が職員室に入ってきた。
私を一瞥すると、すぐに杏奈は走ってきて、
「怜菜、どうしてこうなった?」
と鋭い声で質問してきた。
この状態を見るだけだと、私が強制的に連行された悪ガキのように見える。
つまり、渡井への復習計画がバレたと思ったのだろう。
私は昨日のことを、一から丁寧に話した。
杏奈はため息をつき、
「怜菜が悪ガキなわけないもんね」
と言いながら、
「で、どうして結衣先生は怜菜を背中に庇って渡井と対峙してるの?
渡井は何で結衣先生と怜菜を睨み付けながら黙ってるの?
少し離れたところに立って、茫然と渡井と結衣先生を見てる奈月先生はなんか関係あるの?」
ストレートに疑問をぶちまける杏奈。
いやでも、これ私答えられないんだけど……。
私がどう答えたらいいものか、と考えていると
「それなら、とりあえず私が説明するよ。怜ちゃんは補足してくれればいいから」
杏奈の方を向いて、細かく説明した。
話を聞き終えた後で
「つまり、怜菜は悪くない。で、偶然見かけた結衣先生が怜菜をかばった。渡井は意味不明だけど。
奈月先生は偶然そこにいただけ。そういうことかな、怜菜」
私は頷く。
杏奈は冷たい怒りを目に浮かべながら
「渡井先生、怜菜にまた何かしたら許しませんから。生徒だからって舐めないでください!」
そしてその後に
「本当はそんな教師なんかに敬意を表したくない。人間として問題あると思う。警察呼ぶけど、それでいい?」
幼なじみって訳では無いけど、それに近いくらいの関係であることは間違いない。
だから、敬語を外した杏奈が今、相当イライラしているのが分かった。
始めはそんな杏奈に怯えていたようだが、敬語を外したのをいい機会と思ってか
「いくら嫌いだからって、そんな態度取るもんじゃねえだろ!」
と大声で反論した。
鼓膜が破れるかと思うほどの大声。
耳が、キーンって鳴っている気がする。
しかし杏奈は怒り心頭に達したのか
「だから!? 教師なら何してもいいのかよ!」
と大きな声ではないが、低くしっかり聞き取れる声で強く言う。
「あ、あのちょっといいかな」
と怯えながら割り込んでくるのは、唐沢先生と金森先生。
「何か、全然ついていけないんだけど、何が起きてる?」
そう言うと、私たちを見つめる。
結衣先生がはっきりと言う。
「渡井先生が香山さんを差別するような態度をとっていた。それについて昨日追及したら逃げられた。
でも、いくら私がそう主張したところで、唐沢先生たちは渡井先生の味方だから信じませんよね」
シーン、と職員室が静まり返るのが分かった。
だから、長い沈黙が続く中、一人の小さな女の子が職員室に入ってくるのもわかった。
「すみません、そこにいるの、香山怜菜さんですよね」
見知らぬ小さな女の子は、私の方をしっかりを見ていた。
私が困惑していると、今度は渡井を見て
「――ッ」
何かをつぶやいたらしい。しかし、あまりにも声が小さすぎて聞こえなかった。
「な、何?」
ただ、何をしているのか聞こうとしただけで声が震える。
「あれ、怜ちゃんの知り合いじゃないの?」
「いいえ、知らない人です」そう言って私は首を横に振る。
小さな女の子は、
「そう。わたしは香山さんの知り合いって訳じゃないの。でもね、香山さん」
一息入れて、先を言う。
「わたしは、貴方に会ったことがある。あ、夢じゃなくて、現実で。まあ、とりあえず香山さんは、わたしのことを覚えていてくれればいいよ」
一方的にそう言うと、女の子は立ち去ろうとした。
「待って!」
気が付いたら、私はその女の子を引き止めていた。
そして気が付いた。
引き止める理由なんてないのに。相手が私のことを知っているなんて、普通なら怖いし、多分突き放している。
だけど、自然と引き止めてしまった。
女の子は一度だけ、こちらを振り向いた。
「香山さん、そこのやたらでかくて黒い、熊そっくりさんに気を付けて。後、クラスメイトのお調子者も」
「え、ちょっとどういうこと?」
今度は、声をかけても振り返らなかった。
「怜菜」
素っ気ない声。杏奈だ。
「さっさと教室、行こう? 怜菜、さっきから顔色悪い。離れるか、休む」
そして、一度渡井を強く睨むように見つめると、
「私がどんな態度取ろうと、怜菜には一切関係ない。何なら三日間くらいの記録があるボイスレコーダー、聞けばいい」
それでも怜菜とか疑うなら超アホだ、と冷たく突き放すように言うと、職員室を出ていく杏奈。
渡井は悔しそうに私をにらみ、
「お前……覚えてろよ」
と言ったのを、しっかり私は持っていたボイスレコーダーに録音した。
渡井は出張に出かけていった。
杏奈に腕を引っ張られ、教室に私たちは行った。
教室の目の前まで来ても、しばらく杏奈は無言だった。
「あの」
「何も言わないで」
声をかけようとしたら、すぐに遮られた。何かを考えていたらしい。
「さっきの」
……?
「近いうち、多分渡井と私たちは対峙する」
「え?」
何かを決めたのだろうか?
キリっとした目には固い意志が見える。
「だけど、まだその時じゃない。今、私たちが動いたところで、何になる?」
その問いに答えようとして、口を開いたけれど、何も言えなかった。
あまりにも、杏奈の顔が歪んでいた。ショックだった。
用事がある、とだけ言うと、杏奈はどこかへ行ってしまった。
私は一人で教室に入る。
「あ、怜菜」
「おはよう、香山さん」
みんな、私を見てる。何があったのか、とは一言も言わない。
ただ、温かい目をして、受け入れてくれる。
「おはよう、みんな」
秋山君が来て
「怜菜、昨日大丈夫だったか?」
とだけ言う。
「うん。って、昨日、私はどういう理由でどうなったことになってるの?」
愛衣が来て
「怜菜が体調不良を訴えて、熱があったから早退したって聞いたよ」
なるほど、これは結衣先生の指示だ。
愛衣と秋山君には、昨日のことを全て話しておくことにした。
結衣先生の指示、ということを離すと
「余程結衣先生、怜菜のこと気にしてたんだな」
「ふうん。でも、それ結衣先生がちゃんと怜菜のことを考えてくれてるってことだね」
二人とも、うんうんと頷きながら聞いてくれた。
「まあこれで、渡井がクズってことはわかったな」
「クズって……」
私も愛衣も笑いをこらえながら言う。
クズとは思わなかったけれど、それでも人間としておかしいとは思う。
杏奈は、一日中帰ってこなかった。
どこに行ったのだろう。学校に荷物を置いたまま。
帰り際、唐沢先生に呼び止められた。
「ああ、ごめんね香山さん。ちょっと話があるの」
愛衣は怯えた。秋山君は強気に出た。
「あのね、香山さんたち、渡井先生に歯向かってたでしょ?」
・・・・・
歯向かった?
「で、何でそんなことがあったのかって」
私は心底呆れた顔をした。
intermission
彼女は安心してる。
今は、わたしが何かをすることはない。
・・・・・・・・・・
わたしが何かをする必要はない。
まぁ、わたしが行動するときは。
――彼女を脅かす相手を、破滅させるとき。
intermission out
唐沢先生に向き合うと
「昨日、佐山杏奈さんのことについて聞かれました」
「それで?」
「わからなかったので『わからない』と答えたんです。そしたら……」
あのことを思い出したくはない。
それでも、怒りの方が強く、ハッキリと言ってやる。
「渡井先生に腕をつかまれ、引きずられました。でも、結衣先生が現れた瞬間に態度を急変させました」
沈黙が痛い。
唐沢先生は、意表を突かれた顔で
「……その証拠、はある、の?」
声が震えている。
そうだ。一生騙されていればいい。
だって。
完璧ではないのに完璧に見せかけている渡井の演技。
継ぎ接ぎで不完全なもの。それでも真実に気が付かない。
だから、どれだけ訴えても虚言で終わらせようとする渡井と同類なんて。
……絶対、許せない。
「これですか?」
ボイスレコーダーをポケットから取り出し、その場で再生する。
「……え。………………嘘、だよね?」
「嘘ならこんな手の込んだことはしません」
冷たく突き放すように言う。
しばらく現実を受け止められなかったのか、動かずにただ一点だけを見つめて黙る唐沢先生。
ああそう。ショックなの。
私は冷めた目をして見つめていた。
愛衣と秋山君は、唐沢先生を責めるように見つめ続ける。
私は唐沢先生を一瞥し
「まあ、証拠を出したところで、唐沢先生は渡井先生の味方をしますよね」
と嫌味っぽく言うと、無言で歩き出した。
そんな私の肩に、弱々しい手で唐沢先生は触れた。
「……何ですか」
もう用はない、と明確に言おうとした。
「……ッ」
小さな声でぼそりと、何かをつぶやく唐沢先生。
愛衣が
「怜菜、唐沢先生が、このことを広めないでって言ってる」
はぁ? 何を言ってるんだ、この人は。
「だって……わたし、もう…………」
「何都合のいいこと言ってるんですか? いい加減にしてください!」
怒りのメーターが吹っ切れた私は、これまでにない大声で怒鳴りつけた。
「おい」
素っ気ない声で、秋山君が言う。
「唐沢先生泣いてるぞ」
確かに、その言葉通りだった。
唐沢先生は、静かに泣いていた。
「そんなの卑怯だ。女だからって言う理由なんかいらねぇし、言い訳にすぎない。自分が何をすべきか、ちゃんと考えて行動に移せよ。一応大人だろ」
私は怒りを抑えて、ただ冷たい目を向け続けた。
intermission
あーあ、あの大人泣いちゃったよ。
弱いね、というよりあれは上に訴えてるね。
彼女が怒るのもよくわかるよ。
わたしが誰なのか、そんなのはどうでもいい。
彼女が、幸せに毎日暮らせるならばそれでいい。
だからわたしは、彼女を助けない大人に制裁を下す。
intermission out
その日は家に帰った。
家に着くと、杏奈から電話があった。
「あれ、杏奈?」
「怜菜。唐沢から連絡があった。明日呼び出し」
淡々と無表情に言う杏奈。
「え、呼び出し?」
「渡井の野郎のおせっかいだよ」
杏奈によると、私たちが帰ってすぐ、何故かそこにいた渡井が唐沢先生のところに行き、原因を聞いた。
原因が私たちにあるとわかった瞬間、何故か明日呼び出す、という方向に行ったらしい。
「私以外の三人。つまり、怜菜、愛衣、裕斗君は呼び出し」
適当な受け答えすればいいっしょ、と気楽に言うと、杏奈は電話を切った。
な、何だか一方的……。
明日のことは気になるけれど、とりあえず提出物は終わらせないといけない。
書き取りが一番苦手。
別に国語そのものが嫌いって訳じゃないけれど。
漢字を書くのに時間がかかるし、手は痛くなる。
妹が前に、私の書き取り長を覗いていたことがあった。
「そう言えば、お姉ちゃんって字上手いよね」
「いや、下手だよ」
「って、字の大きさ小さくない!?」
小学生の妹からすれば、確かに小さいだろう。
どうやら、ご飯を食べ、早めにお風呂に入ったことが影響して、書き取りをやりながら寝てしまったみたいだ。
時計を見ると、午前五時。
「えっ、ヤバ!」
慌てて書き取りを終わらせた。良かった、残りあと半ページで。
ジリリリリリッ
朝からうるさく鳴る目覚まし時計を止め、私は身支度を整える。
今日は、朝から職員室に行かなければ。
通学路で、愛衣と秋山君に会った。
「あ、おはよう」
「おはよう。今日最悪だな」
朝から機嫌が悪そうな理由はそれか。
「ま、うじうじしていてもどうしようもないけどな」
でもー、と文句を言いたげな顔をする愛衣。
嫌だけど、いつも通りを心掛けなければ。
「おはようございます」
すれ違う先生たちにあいさつをする。後輩にも、いつも通り接する。
「あ、怜菜先輩!」
「おはよう、亜衣ちゃん」
後輩の亜依と部活の話をしていたら、後ろから
「ちょっと職員室に来て」
聞きたくない嫌な声――渡井の声がする。
私は愛衣と秋山君と目を合わせて頷き合い、歩き出した。
愛衣は職員室に、呼ばれてきたことが無いという。
私も、渡井が担任になるまではなかった。しかも、呼ばれた理由は雑用を押し付けるため。
秋山君は
「オレは何度か呼ばれてるよ」
と、何でもないことのようにあっさりと言う。
「え、そうなの?」
説明しようと、秋山君が口を開いたその時
「お前ら名に駄弁ってんだ。早く来いって言っただろ」
私たちを睨み付けるようにして、渡井は後ろに立っていた。
すみません、と言おうとして私は考える。
・・・・・・・・・・・
さっき、渡井は早く来いって言っただろと言った。
でも、私たちが下駄箱にいた時には、ちょっと職員室に来てって言った。
私は聞き間違いではないと確信して
「先生、さっき、ちょっと職員室に来てっていっただけです。『早く来い』とは一言も言っていないはずです」
渡井は
「だからちょっと職員室に来てって言ったよ」
とあっさり返す。
筋が通っていないことに気が付いていないのだろうか?
呆れた顔で秋山君が
「ふーん。じゃあ、『早く来い』っていつ言ったんです?」
その問いに、渡井は口をパクパクさせただけで黙る。
少しの間、沈黙が私たちの間を流れた。
「ちょっと、いいかな?」
後ろから唐沢先生が歩いてきた。
この押し問答を聞いていたのだろう。その目は鋭く、昨日の弱々しさを感じさせない。
「渡井先生、やっぱり、昨日のことは、私も悪いです。それに、結衣先生、嘘を言っていないじゃないですか」
と責めるように矢継ぎ早に質問する。
結衣先生、嘘を言っていない。
その言葉に違和感を感じた私と愛衣は、唐沢先生の方を向き、
「あの、さっきの言葉、どういう意味ですか?」
「さっきの……? ああ、結衣先生のこと?」
私たちは頷く。
唐沢先生は、
「あなた達を、裏切るようなことをしてしまってごめんね。やっぱり、信じられなかったの」
丁寧に謝ってくる。それに驚いたのか、秋山君は目を見開いた。……すぐに戻っちゃったけど。
「私は」
「朝から相談会でも開いているのかしら」
唐沢先生が口を開きかけたその時、結衣先生が後ろから現れた。
渡井を無視して正面に立つと、
「昨日のことはね、渡井先生が、怜ちゃんたちが悪いってことにしようとしてたの」
とバッサリ言う。
ちょっと待ってよ。
「それじゃあ、私たちが意味もなく唐沢先生を責めたってことに?」
愛衣が、信じられないという顔で渡井を見てから、結衣先生に先を促す。
「そう言う事ね。でもね、私が持っているボイスレコーダー、唐沢先生に聞かせたの」
いつの間に、結衣先生もボイスレコーダーを持ってたんだ。
「あれには、怜ちゃんが渡井先生に引きずられたときの音声が一から録音されてる」
それを聞いた時の、渡井の顔。
「それは、盗聴なんじゃ」
「じゃあ他にどうしろと? ほかの先生が見えないところで生徒を嬲って、目上の先生たちに媚びを売る。そんなサイクルを断ち切るなんて、並大抵のことをしても出来るわけないのに」
何も言えない渡井には目をくれず、
「怜ちゃんたちは、教室に行ってて大丈夫だからね」
と、いつか私が見た、あの優しい笑顔を浮かべて結衣先生は職員室に入っていく。
唐沢先生は、結衣先生の後をすぐに追わずに振り返ると、
「昨日のこと、許してもらえなくてもいい。本当にごめんなさいね」
と言うと、渡井を置き去りにして、資料室に向かった。
確か、あそこは普段、テスト個票が置いてある。
「あ……」
私は小さな声をあげた。
「何、怜菜」
愛衣が首をひねる。
「今日、テスト個票返ってくる日!」
「うわ、ヤバい!」
それを忘れようとして、私たちは教室に走って向かった。
教室に入ると、朝日が眩しく感じる。
「なあ、香山」
振り返ると、秋山君は複雑そうな顔をしている。
「さっきの話だけど、唐沢先生どう思う?」
私たちは、教室に行く途中、先生たちをどう思うか話した。
ちなみに三人とも、結衣先生は好き、渡井はもはや黙るしかないレベル、という意見だった。
「あの時は時間が無くて、途中で切れちゃったけど、唐沢先生についてはどう考えてるか気になって」
私は一呼吸おいて
「あくまで私の意見だからね」と念を押すように言ってから
「正直、微妙なところだけど。でも、結衣先生が説得したみたいだし……」
「怜菜は、唐沢先生のことは大丈夫だって思うんだ」
後ろから杏奈がひょっこり顔を出す。
愛衣は、杏奈の後ろにいた。
「あのね、正直唐沢先生は微妙だと思う」
実は私もそう思っているのだが、それは言わないで置いた。
「どうするかは怜菜の自由だけど、後後困らないように」
あの素っ気ない態度はまだ続けるらしい。
私は何とも思わない――と言うと嘘になるけれど、杏奈が考えていることはわかっている。
だから考えないようにしている。
けれど、秋山君はそうではない。
「何だかさあ、杏奈に避けられている気がする」
「避けてるわけじゃないの」
諭すように愛衣が言う。
「多分、杏奈は私たちを巻き込まないようにしようとしてるんだと思う」
「巻き込まれてばっかだぞ」
「だから、最小限の被害で済むように、だと思う」
秋山君が納得したかどうかはわからないけれど、議論してもわからない。
まあ、ここで俺たちが議論しても意味無いからな、と言い秋山君は席に戻った。
朝のホームルームの時間になっても、渡井は現れない。
「怜菜」
周りに聞こえないように、愛衣が耳打ちしてくる。
「熊、来ないね。結衣先生に狩られたのかな」
「狩るって……」
吹き出しそうになりながら、私の隣の席にいた大毅君が言う。「結衣先生を狩人にするなよ」
「じゃあ猛獣使いとか?」
何だそれ、と大毅君と私が愛衣にツッコミを入れようとしたら、前の方にある教室の扉がガラリ、と音を立てて開いた。
入ってきたのは、唐沢先生だ。
「おはようございます。今ね、ちょっと渡井先生は用事があって来れないから代わりに来ました」
あれ、ひょっとして、本当に渡井、結衣先生に狩られたんじゃ?
と思っていたら、
「それじゃあ、テスト個票返しますね。出席番号一番の人から順番に来てください」
返って来なくていいのに……なんて本音は置いておこう。
正直、テストはあまりいい順位とは言えない気がする。
まあ、平均よりは上だけど、前より下がったしなあ。
去年は結衣先生のクラスだった事もあってか、結構順調だったんだよね、いろいろと。
何故か、渡井のクラスになってからの初テスト、部活の大会は不調。
よっぽど渋い顔をしていたのだろう、心配そうに愛衣が近づいてきた。
「怜菜ー、何かヤバそうじゃん。大丈夫?」
私は慌てて口角を上げて、
「大丈夫」
と答えたけれど、愛衣に顔色が悪いよ、と言われてしまう。
隣にいた大毅君まで、
「あれ、怜菜なんか不調? アーユーオーライ?」
ふざけた口調だけど、一応大毅君なりに心配はしてる……と思う。
「死ぬほどオッケー」
と言いながら私は笑う。
「ま、死ぬほどオッケーなら大丈夫……なのか?」
誰に向かってはいた言葉でもない。きっと、自問自答している。
愛衣がそんな大毅君に、
「もう、そんなんじゃやっていけないでしょ!」
と言いながら背中を軽く叩いている。
愛衣って、そんなことするっけ?
何だか、最近どうも、みんな調子がおかしい。
自分の感覚を、見失っている。別の人間になっている。そんな風に思えてくる。
「何言ってんの、怜菜」
素っ気ないこの声。杏奈だ。
「それは怜菜の錯覚。多分愛衣はちょっと疲れてる」
「そう?」
杏奈はため息をついた。
「いい? よく考えてみて。今まで真面目な人がいました。その人が突然羽目を外しました。そしたらどう思う?」
唐突に投げかけられた質問に、私はすぐに返事をできなかった。
必死で考えて、
「何か、変だなあって思う」
「それだけ?」
うん、と私は返事をする。情けない声だ。
「まあ、とにかく気をつけなよ。あの能無し熊センコー、何を仕掛けてくるかわからないから」
前よりも、渡井に対する当たりが強くなっていると思うのは、多分気のせいじゃない。
intermission
彼女はどうするつもりなんだろうね。
あの女の子は気が強いし、彼女にとっては刺激になると思うけど。
わたしがこっそり見守っていること、彼女が知ったら嫌がると思うんだよ。
だけどわたしは、彼女のことを守るって決めたんだよね。
昔の話になるんだけど。
彼女、小さい子どもの相手が上手でさ、わたしも当然、彼女と一緒に遊んだんだ。
彼女は、ボランティアでよく保育園に来てくれたんだ。
でもわたしは、彼女は普通に保育園で働いているものだと思い込んでいた。
だってほとんど毎日いたんだよ。それなら、そう思うよね。
ほかの保育士さんたちも、彼女のこと大好きで。
わたしたちも彼女のことが大好きで。
彼女は、わたしたちと保育士さんたちが大好き。
毎日、わたしたちは幸せだった。
でも、避けられない事もあるんだろうね。
ある日、彼女とわたしたちが、外に散歩に出かけたんだ。
あれは悪夢だと信じたい。
突然、一緒にいた子たちの方に向かって、車が突進してきた。
彼女は、わたしたちを庇ったんだ。
わたしのことを庇って、彼女は車に轢かれた。
逃げろ、と言われて、わたしたちは保育園に戻ったんだ。
それ以来、彼女がどうなったかの課は何も知らなかった。
でも、ある日街で彼女とすれ違った。
多分彼女の友達といたんだと思うんだけど、彼女の名前を知ってた。
怜菜。
だから、彼女のそっくりさんが『怜菜』と呼ばれていたのを聞いて、わたしは嬉しかった。
彼女は、あの時のわたしの命の恩人だとわかったから。
彼女の中学校とかは、名前を聞いて調べた。
彼女が今、大人に対して敵意を抱いているのを知った。
また、彼女がその大人に、生活の安全を脅かされているのを知った。
どうしても許せなかったんだよ。
どうなるかはわからないが、彼女の動きに合わせてわたしは動くつもりだ。
あの時の恩を返さないわけにはいかないのだ。
inteemission out
唐沢先生が出ていったのを確認してから、私達は集まった。
「しかし、なーんか俺は嫌だな、唐沢」
秋山君は本音をズバズバと言う性格らしい。
だけど、本人に面と向かって言う事はない。
「また泣きだされて、熊に呼び出されたくないから」
それを聞いた愛衣は、
「そうだよね。でもさ、私はとりあえずは普通に接したいと思う」
「ホントかよ!?」
クラスの皆が聞いて驚くほどの大きさではないけれど、驚いたのはわかる声。
いや、驚いたというよりも、想像していなかった答えってことかな?
「唐沢先生のことか……」
考える時の癖で、ついつい声に出してしまう。
苦手って訳では無い。だけど、何となくそれっぽいことを言ってのらりくらりとして逃げようとしている気がする。
そう考えてしまうのは、私の性格がひねくれてるからだと思う。
怜菜達を見た。
秋山君は割とバッサリと言うんだなあ。愛衣はオブラートに包んでる。
怜菜はその時による。何してるのって言いたいときもある。
私が何をどう考えているのか。
他人に話したことはないし、これから話すつもりもない。
私の性格はかなりひねくれてるらしい。だから何って思う。
唐沢とか、一番そんな感じ。
表ではまあ普通な人を演じていて、裏は悪魔の化身のような性格。
そんな風に見えているってこと自体、クラスメイトからすればかなりズレてるんじゃないかと思うらしい。
怜菜が何をどう見ているかはわからないけど、危ない。
見ていてよくわからない時もあるけど、あの能無し熊センコーに感づかれてるはず。
ま、結衣先生がいるし、相当アホなことはやらかさないと思うけどさ。
どうなってもいいなんて訳じゃない。
能無し熊センコーのことなんか正直目の前を鬱陶しく飛んでいるハエ。
あ、ハエが可哀想だ。
だって、前の学校では保護者ともめて、熊が悪いってことになって捨て台詞吐いて、厄介払いされたんだもの。
その前には、生徒のことを馬鹿にして、信頼を裏切ってどん底に叩き落したんだもん。
――いい加減にしろよ。
その生徒、私の幼なじみだったんだ。
なのにあいつのせいで、あの子は追い詰められた。
何してくれたんだよ、あの子の保護者も、熊、お前が完全に嘘を信じ込ませたせいで、話を聞いてもらえず、何も対処されない。
そんな風に生徒をボロボロにする教師なんて教師じゃない。
いや、むしろ同じ人間とも思いたくない。
返してくれよ。
あの時の、いつも楽しく笑っていたあの子を、優しかったあの子の両親を返してくれよっ!
私は愛衣の方を向いて、
「私も、今は普通に接するべきだと思う」
はっきりと言う。秋山君はちょっと考え込んだのか、
「…………怜菜、はそれでいいのか?」
かなり間を開けて聞いてくることに違和感を感じた私は
「何で?」
何でもない、という感じで聞く。
秋山君は声のトーンを落として、
「唐沢はどうなのか知らないけど、どうも杏奈の様子がさっきから変だ」
と、杏奈の方をちらりと見て言う。
「変?」
言われて私も杏奈を見る。
確かに、いつもは感じない強い怒りのオーラが杏奈を取り巻いている気がする。
そう見えるからなのか、いつもよりも目つきが鋭く見える。
「何だか近寄りにくい雰囲気だね」
愛衣が心配そうに言う。
別に私は、杏奈のことをどうでもいいと思ってはいない。
むしろ、何が原因で杏奈は怒っているのか気になるし、何か手助けができるならと思う。
でも、もしそれは杏奈にとって言いたくないことだったら?
言いにくいことで、杏奈にとっては辛いことだったら?
気になるけれど、下手につついて余計に杏奈がいらいらする、ストレスが溜まるようにはしたくない。
「今は見守る」
私たちの意見は一致した。
もっとも、秋山君は始めから関わる気はなかったらしいけれど。
愛衣は、優しい性格の持ち主なだけあって、
「でも、杏奈はそれで本当にいいのかな……」
ずっと、というわけではないけれど気にしていた。
私は、気にならないわけじゃないけど、杏奈は関わってほしくないときは距離を置く。
そういう時に干渉しすぎると、怒りの炎が飛んでくる。
だから今は、心配でも見守っているだけにしようと思うんだ。
まあ、怒っても仕方ないけどさ。
それでも振り切れないことだってあるよ。
だってもう、あの子は……。
うん、ダメだ。考えていたって変わらない。
怜菜たちと一緒に行動(今は距離を置いているけど)するようになって、前よりは楽しいって思う。
でも、やっぱりあの子を奪った能無し熊センコーは許せない。
謝れば許される?
そんな簡単な問題なの?
本当に一瞬で。
散って。
バラバラになって。
建物の取り壊しと同じ。
壊れるのに時間はかからない。
そのまま朽ちて。
色彩を失う。
私は間違っているかもしれない。
個人の復讐なんか、全体で見たらちっぽけなものだ。
分かっている。だからこそ……。
割り切れ、後ろを向くな。
そんな言葉は、多分今の杏奈には届かないんだろうな。
「あ、怜ちゃん」
廊下に出ると、結衣先生が近寄ってきた。
「大丈夫? やっぱり、あんな事が急にあって……」
「大丈夫です」
そう答えたものの、確証はない。
だって、またいつ、渡井が私たちに攻撃してくるかわからないから。
でも私は、すぐに渡井が行動に移す確率は低いと思っていた。
……実際、そんな甘い考えなんて通用しないのだけど。
「気を付けて、先生が見れないときを狙ってくると思うから」
どうしてかはわからないけれど、そう言われるとそんな気がする。
昼休み。
外に出ると、曇天の空が私を包み込む。
今の杏奈の心も、天気で表すならこんな天気なのかな。
根っからの、というわけではないけれど性格は割と明るい方。
今のこんな天気でさえ、私はポジティブに捉えている。
曇り空だって、いつかは晴れる。
今すぐにどうにか出来なくたって、いつかは良い方向に向く。
……正直、綺麗事って言われることもある。
でも、そう言う風に割り切って、前を向いたもん勝ちじゃん?
別に能天気って訳じゃないよ。でも、そうしないと渡井と戦えない。
だってあれだよ!?
表では善人ぶって、裏では気に入らない生徒を徹底的に嬲ってくるあの渡井。
あんな奴と、正当な戦い方で勝てるわけなんてない。
だからと言って、陰湿なことをしようとは思わない。
同等レベルに成り下がるなんて、こっちから願い下げ。
でもな……。
私一人じゃ絶対に負ける。何て言うか、正直に言いすぎて不利にしてしまう。
あ、これただの自業自得だ。アホだな私。
「何やってんの、怜菜」
「秋山君!」
一人でブツブツとつぶやきながら考えている私のもとに、秋山君は歩いてきた。
「って言うかさ、何でずっと『秋山君』て呼ぶの?」
「えっ?」
唐突に言われて、意味が分からないとも思ってしまう。
ああ、名字で君付けで呼ぶ理由か。
「えっと、なんか呼びやすいから、かな」
「じゃあ俺の名前、下の名前で呼んでくれる?」
「別にいいけど……」
秋山君って、結構大人しいタイプだと思ってた。
実際大人しいけれど、正義感が強いなあ、我が道を貫くドライなタイプだな、なんて考えていた。
「何か珍しいよな、怜菜が一人で考え事してるの」
「そう?」
実際、私は誰かと一緒にいて、大抵は笑顔を振りまく……というレベルではないけれど、ニコニコしている。
考え事するのは、多分家に帰って宿題をしている時かな。
「あれだろ、熊のせいだろ?」
まさか一発言い当てられるとは。
そんなに、私はわかりやすい思考回路をしているのか? ミドリムシか?
「顔に出てるし、ミドリムシが何で出てくるんだよ」
秋山君は笑ってる。
「口に出してるんだもんなあ」
「えっ!?」
恥ずかしいというレベルを通り越して恥ずかしいの二乗のレベル。
あー何を考えてるんだ私は。
クスクス笑いながら、
「そんなんだと、あの熊に笑われるぞ」
う、それは絶対に嫌だ。
「変な勘違いされたくねえし、俺もう行くわ。怜菜も何となく元気でたっぽいし」
じゃあな、と言ってから反対側に早歩きで秋山君は行った。
何だろう、特に何もしていないけど、気にかけてくれていたんだ……。
それなら私は、くよくよしている暇なんてない。
自分らしいかどうかはわからないけれど、とりあえずいつも通りでいよう。
帰りになると、愛衣と秋山君が来る。
二人と帰る方向が一緒という事もあって、最近はよく一緒。
「帰ろうぜ、熊に捕まる前に」
「捕まる要素あるの?」
いや普通にあるだろ、と秋山君がツッコミを入れる。
「だってあれだぞ、何してきてもおかしくないし」
確かに、そうかもしれない。
「しかし、今日はアイツいなくて良かったわ」
「へぇ、秋山君は結構バッサリ型なんだね」
愛衣が笑う。
愛衣は、たとえ苦手なことがあってもオブラートに包んで喋る。
だから、苦手な人に懐かれてしまう事もよくあると言う。
「いやダメだろ」
「ダメだけど!」
「まぁ、それも魅力でしょ」
私たちが一緒に帰ることは、これまでほとんどなかった。
けれど、いつの間にか一緒にいるようになった。
というよりも、熊が現れたせいと言うか、熊が来たからかな。
「何にせよ、熊に対して、俺たちは何もしない方がいいよな」
「ホントは何かしら、個人制裁を加えたいんだけどね」
私が二人に向かってそう言うと、
「怖いこと言うなよ」
「怜菜を敵に回したら大変」
なんて言われた。
でも、一番怖いのは杏奈だと思うんだけどなあ。
楽しい時間が過ぎるのは速く感じる。
「おっと、もう俺の家のすぐそばだ。それじゃあな」
玄関に走っていく秋山君を、私達は見送った。
「ねぇ、怜菜」
突然、愛衣が周囲の目を気にしながら切り出す。
「今日、怜菜の家に行っていい?」
「え?」
驚いて聞き返す。
愛衣は
「今日……帰れないの」
理由はあえて聞かないでおいた。話したくなさそうだったからだ。
いつもは大人しいけれど、芯が強い愛衣。
でも今日は、そんなイメージが全くなく、頼りなさげだ。
泣きそうな顔をしているのを見て、私は帰った方がいい、と言えなくなってしまった。
お母さんに何と説明したらよいものか、と必死に考える。
考え事が苦手なので、いい考えが浮かばない。
「ごめんね、無理を言って」
さっきから愛衣は謝り続けている。
「そんなこと気にしなくていいから」
実際、お母さんは割と器が大きいというか、深入りしてこない。
困ることもしょっちゅうあるけれど、こういう時は多分、深く理由を聞いてこないはずだ。
「ただいま」
「あら、今日は遅かったじゃない……?」
お母さんは私と愛衣の顔を交互に見た。
「怜菜、その子は?」
私は愛衣をちらっと見てから、
「友達なんだけど、今日親が出張で帰ってこないのに、家に鍵を忘れちゃったんだってさ」
実際、出張に行くことが多いから、何となく適当に考えた言い訳だ。
「あらそうなの。じゃ、お布団出さなきゃね」
自分でも驚くほどすんなりと納得したお母さん。
私は、すぐに夕ご飯を愛衣と食べてから、部屋に案内した。
「何だか、信じらんない。怜菜のお母さん、優しい」
愛衣の両親は、愛衣にあまり構うことが無い為、家に帰ると必然的に一人になると愛衣は言った。
「なんかさ、今日宿題を学校で出来たし、暇だね。何かゲームでもやる?」
「やりたいけど、ちょっと話もしたいな」
「ん、ひょっとして熊の話とか?」
「うん、気になるからね」
熊が何を企んでいようと、私たちに何か危害を加える気ならば迎え撃つ。
……いや、ボコボコにはしない。私にそんな力はないから。
でもまあ、ちょっと私たちが怖いなって思うくらいのことをしたいなあ。
じゃあやり返す?
ここで秋山君がいたら、すぐに復讐してたね。
杏奈はボロクソに罵倒してるよ。
とにかく、愛衣と私は話した。一気に話しすぎて疲れるなんて何時ぶりだろう。
「今日は寝ようか」
「そうだね、明日も一応学校だし」
別にいかなくてもいいんだけれど、成績が心配ならば出られる授業がある。
私の成績は平凡。今は結構危ないと思うから、この授業には頻繁に出ている。
愛衣は、私も危ないから出てるよ、なんて言ってる。
杏奈は成績いいし、多分来ないだろうな、と思いながら眠りについた。
眠い。土曜日の朝なのに早起きするなんて。
だるい体を引きずる。
「あれ、怜菜起きたの?」
同じく眠そうに目をこすりながら、愛衣が私の部屋に入ってくる。
「愛衣、トイレ?」
「うん。でもさっきは怜菜、ぐっすり寝てた」
確かに、まだ頭がボーっとしている。
「寝息が可愛かったよ」
「何言ってんのさ」
寝息が可愛いなら、愛衣の寝顔も可愛かった。
いや、寝顔にとどまらず、愛衣は可愛い。
「怜菜ー、起きてるー?」
お母さんだ。朝は私の目覚めが悪いから、すぐに起きてこないと心配して見に来る。
「うん、起きてるよ。何?」
「何、じゃないよ。今日は特別授業行くの?」
「行くつもり。あ、愛衣も一緒に行くから」
じゃ、弁当作っておいたからね、と言うとお母さんは仕事に出かけていった。
お弁当を持って、通学路を歩く。
「まさか弁当作ってくれるなんて」
「まあ、それがうちのお母さんだから」
いつでも忙しいことを何故か好むお母さん。だから、頼まれなくても作る。
愛衣が少し、寂しそうな顔をして
「うちの親も、怜菜のとこのお母さんみたいな人だったらいいのに」
「へぇ、佐野んとこの親はそんなに無関心なのか?」
「うわっ!」
情けない声を出して、私は飛び跳ねる。
後ろからひょっこり顔を出していたのは、秋山君だった。
「ま、でもそんな酷いって訳じゃないから……」
愛衣は人に対して、気遣わせるようなことをしないタイプ。
秋山君はそれに気づいてか、
「わかってるよ」
と言って笑う。「俺は子どもとして見られてないもん」
本当に何でもないことのように言う秋山君。
でも私と愛衣は、
「どういうこと?」
聞いてはいけないと思った。だけど聞かずにはいられなかった。
秋山君は、
「俺が生まれてから、両親は俺にあまり構ってくれない」
「家事を一任され、間違えると怒鳴られたし、家から追い出された」
少し間を開けて、無表情に淡々と言う。
でもそれ、愛衣の家よりマズいと思う。
愛衣の家は、両親の仕事が忙しい。
でも秋山君は、無関心なんだ、親が。
「ま、慣れたらそんなもん気にしないよ」
なんて秋山君は笑ってる。
だけど、普通の人なら慣れても気にならないことはないと思う。
教室に入ると、
「おはよう。怜菜」
杏奈が一人でメモ帳とボールペンを持って、窓際に座ってた。
「杏奈、来ないかと思った」
別に来る気はない、と杏奈は言う。
「ただ、渡井の行動監視のため」
誰かが聞いていることを気にしてか、声のトーンを低くして杏奈は言った。
「ま、そんだけだから」
それじゃ、と杏奈は笑ってた。
小さく手をあげて――誰かに合図をしたのかもしれないけれど――いつの間にか、いなくなってた。
「杏奈は別に、特別授業を受けには来ないんだよ」
「だからって、監視のために来るか?」
「……来ない、よね」
私たちは、お互いの顔を見てため息をつく。
私たちが渡井のことが苦手という事実は変わらない。
でも、別にわかる範囲で差別しているとわかる情報を集めようと思うだけ。
杏奈は、違う。
多分本気で苦手というか、ひょっとしたら憎んでいる。
そこで、休みの日にも登校したんだ。
今日は運がよく、特別授業をやってくれるのは結衣先生。
「あれ、怜ちゃんなんか苦手な教科あるの?」
不思議そうな顔をしている結衣先生。
正直、私は数学が苦手だ。
いつからかはわからないけれど、テストで思うように点数が取れなくなった。
「あー、でもそんな感じだなあとは思ってた」
流石結衣先生。
「愛衣ちゃんは英語?」
愛衣は驚いた顔で
「はい、長文問題が苦手です」
「じゃ、悠太は理科と社会?」
「……エスパーですか先生。確かに俺は理科と社会苦手ですけど」
それじゃあ、と結衣先生は
「主要五教科の要点を絞って、受験に向けた授業をやっていこうかな」
今更感があるけれど、結衣先生の受け持ち授業は音楽。
だけど、何故か国語を教えることもあるし、数学の問題を教えることもある。
「じゃあまずは英語から行くよ」
英語は同じような単語を見つけて……、と説明していく結衣先生の言葉を、ノートに書き写していく愛衣。
きれいな字だなあ。
intermission
あの子は、かなりの切れ者みたいだね。
まさか、わたしの存在に気が付くなんて。
わたしを助けてくれた彼女。
でも、多分彼女はわたしのことを覚えてないんだろうな。
だって、大勢子どもたちはいたんだもん。
たまたま引かれかけたのがわたしだった。
彼女からしたら、その程度の問題だと思うんだ。
ストーカーって訳じゃないよ。
盗撮してるわけじゃないし、たまに目で追いかける程度。
近くにいるけれど、偶然を装っている。
……やっぱり、ストーカーと言われてもおかしくないね。
わたしは学校に通っている。
当たり前だけど、いつでも彼女を見守ってるわけじゃない。
だから何が起きてるのかわからない、空白の時間がある。
彼女がおびえている相手の情報が足りない。
でも、彼女と割と親しい人がわたしの存在に気が付いた。
それが、さっき手をあげて合図してきたあの子。
意外なことに、あの子は熊そっくりさんに深い恨みを抱いているらしい。
さっぱりした性格だから、そこまで恨む対象がいることにも驚き。
大抵はいいんだけど、これは許せないって言ってたなあ。
彼女のことを、けなす奴は許さない。
彼女の明日を汚させない。わたしが守るんだ。
intermission out
特別授業を怜菜たちが受けに来た。
違和感はない。
むしろ、今まで行きたがらなかったのは何で? と思うくらい。
まあ余計なお世話だね。
あの能無し熊センコー、今私が突撃したらどんな顔するのかしら。
嗤う?
無理だね、あれは。笑うのなら頭逝かれてる。
とにかく、私はアイツ嫌い。
嫌いってレベルじゃない。
許されるなら、地獄に叩き落してやりたい。
この手で復讐してやる。
怜菜たちを傷つけた。
私の親友を奪った。
私の心も、親友の家族も傷つけた。
それなのに、渡井は笑っていられる?
そんなの許さないから。
見てなさい、私の復讐劇を。
泣いて誤ったって許さないわ。
追い込んで、生き地獄に叩き落して、ボロボロにしてやる。
特別授業を終え、少し理解できた。
テストの点数を気にするこの時期、授業はありがたい。
特に、結衣先生に会えるし。
「このくらいでどうかな?」
「ありがとうございます、これでどうにかできそうです!」
私に、笑顔で答える結衣先生。
「別にいいよ」
愛衣は、幸せそうな顔をしている。
「もう、今日の担当が結衣先生で本当に良かった」
「お前ずっと言ってたもんな」
秋山君に言われ、
「何で言っちゃうのー!」
顔を真っ赤にしながら、慌てる愛衣。
この小説好きです!
更新、がんばってください!!
>>99
アレンさん、ありがとうございます<m(__)m>
「そう言ってもらえると、先生は嬉しいな」
結衣先生が笑う。
その言葉を聞いて、愛衣も表情を和らげる。
私も笑って、
「先生のこと、私たち大好きですから」
「あんな熊なんか絶対信用できないからな」
秋山君もそう言って笑う。
結衣先生は心配そうに、
「うーん、やっぱり渡井先生何するかわかんないもんね。
怜ちゃんは暴力振るわれてるし、愛衣ちゃんと悠太君は屁理屈を押し付ける、差別されてるし。
それでも信用しろ、自分は正しいなんて言うのはあり得ないもんね」
「別に、それは」
「できる限り、先生も協力するから」
力強くそう言って、結衣先生はにっこりとほほ笑む。
私たちが教室を出で、しばらく歩いていると
「何かいるぞ」
突然秋山君が言う。
秋山君が指さす方を見てみるが、何も見えない。
ちょっと、と言おうとしたら秋山君は走り出した。
「おい、何してくれてんだよ!」
大声で怒鳴る秋山君。
「結衣先生に、何してんだよ!?」
「……!」
結衣先生は、渡井に腕をねじ上げられ、床に倒されていた。
「結衣先生っ!」
「愛衣! ダメ!」
愛衣が駆け寄ろうとするのを、私は必死で止めた。
無言で持っていたカメラを取り出し、写真を撮る。
それからすぐに、結衣先生のもとに駆け寄る。
「怜菜!」
「怜ちゃん!」
「香山!?」
私は迷わず、渡井にタックルした。
「子どもの分際で舐めてんのか!」
よろけて、体勢を崩した渡井に私は
「証拠はあります。ちゃんと写真を撮ってあるので、訴えますよ」
渡井は慌てて「今のは違う、間違いだ!」
「へぇ、あんたサイテーだね」
「……奈月、先生」
冷たい目で、渡井を見下ろす奈月先生が、後ろにいた。
「怜菜、ちょっとどいて」
奈月先生は冷たい視線を渡井に向けながら、私に言う。
普段は怒らず、諭すように言うだけの普段の姿とはあまりにもかけ離れていて、怖い。
恐怖を感じるのは、ギャップもあるんだろう。
私の脇を通り、渡井の目の前に立つと、
「あたしは無駄な時間は省く主義なんだ。さっさとそこをどきな」
そう言って、渡井を睨みつける奈月先生。
「……」
何かを口の中でボソボソと言いながら、結衣先生から離れる渡井。
結衣先生は、渡井に押さえつけられていたにもかかわらず、そこから離れない。
「結衣先生?」
愛衣がいぶかしげに言う。
「……ねぇ」
小さい、けれどその場にいるみんなが息をのむ迫力を込めて結衣先生が言う。
「生徒を差別して、気に入らない人がいれば力ずくで追い落とそうとする。それが、本当に正しいとでも思ってんの?」
「だって、あれは香山が」
「人のせいにするなよ!」
我慢の限界だといわんばかりに、秋山君が突っかかる。
「生徒の分際で、とかそんなもん関係ねえよ。
陰で校長に媚び売ってみたり、俺たちの悪口とか散々垂れ流して。
証拠がないとでも思ってんのか、この間抜け!」
そういいながら、ボイスレコーダーとカメラを取り出す。
「俺は戦うからな。あんたの名誉とかそんなもん爪の垢以上に興味ねえよ」
まあ、と一呼吸おいてから
「どのみち恥を晒すことにはなるんだから」
ニヤリと笑って言った。
奈月先生は、秋山君を遠くで見ていたが
「ああ、その辺にしときな。あいつ、あんたの家に行くつもりだろう。今すぐ帰んな」
秋山君は無言でうなずき、走っていく。
愛衣は、さっきから結衣先生を気にしていたが、泣きそうな顔をしている。
「愛衣、休んだら?」
「……そうする。ごめんね、怜菜」
愛衣も、家に帰っていった。
残った私は、まず奈月先生にお礼を言った。
奈月先生は笑って、
「どうってことない。それより、怜菜は大丈夫?」
「はい」
そっか、と言ってから
「あたしはこれで失礼するよ」
職員室に奈月先生は歩いて行った。
私は結衣先生を見た。
落ち着いて気が抜けたのか、廊下に座り込んでいる。
「結衣先生」
私が呼びかけると、
「……怜ちゃん」
普段通り、というわけがなく、弱々しい声で
「ごめんね」
と言ってきた。
「さっき、渡井先生に捕まれてさ。後ろから抑え込まれて……。抵抗できなくて」
泣きそうな顔で続ける。
「それで、襟を閉められた。ほとんど首を絞めてるようなもの。怖かったよ……怜ちゃんがタックルをしてくれたから助かった」
ありがとうね、と目に涙をためながら笑う結衣先生。
私は結衣先生の真正面に座り、
「いつも、私は先生に助けられていますから」
かっこよく決めたいと思ったから出てきた言葉だけど……。
実際は、何だか自然にタックルしてたんだよね。
正直、怖かった。
いくら何でも、力ずくでどうにかしよう、と渡井が考えるわけがない。
そんな風に思い込んではいけなかった。
思い込みって、怖い。
「結衣先生!」
愛衣と秋山君が走ってくる。
私はブイサインを見せて、大丈夫だと示した。
「よかった、怪我無くて……」
秋山君は
「いつかぶっ飛ばしてやる!」
なんて息巻いてる。
「ぶっ飛ばさなくてもいいよ……大丈夫、だから」
涙は止まっているけれど、恐怖心はまだ消えていないだろう。
私はすぐに感じ取った。
結衣先生のそばに、寄り添うように座る。
「渡井、あれでも自分は正しいって思いこんでるのかな」
愛衣がぼそりとつぶやく。
ああ、そうだった。
渡井は自分大好き熊だった。
「だろうな、一度脳病院に連れていくべきだと思うぜ」
いや、無理でしょと私はツッコミを入れる。
「だって、他の人から見たら正常だもん。どうにもなんない」
みんな、そうは思いたくなかった。
でも、それは現実だ。受け入れるしかない。
「とにかく、結衣先生のことは守って見せる」
私は力強くつぶやく。
「そんな、先生は大丈夫だから」
気にしないで、とでも言おうとしたのだろうか。
先生の言葉が出てくる前に、
「そんなことないです。それに、何かあってから、じゃもう遅いですし」
私は結衣先生のことだけを、先生の中では信頼してる。
だから、絶対に傷つけたくない。
それがたとえ、私のエゴだったとしても。
私は、絶対に守り抜く。
異性であろうと、同性であろうと。
大切な人の笑顔だけを見ていたい。
くすくすと笑う声が聞こえてきて、隣を見ると
「怜ちゃんは、いつも気丈に振舞うよね」
結衣先生が笑っていた。
渡井と違う。
バカにして、蔑んで嗤う渡井。その笑顔の卑しいこと!
でも、結衣先生はクスクスと笑っていても、それが厭味ったらしいものではないってわかる。
むしろ、誰かを気遣う優しさが滲み出ている。
だから、私は結衣先生が好き。一緒にいて、安心するし、人間として尊敬する。
「気丈っていうか……思い付きで行動しているんですよね」
「衝動的ってこと?」
一瞬、キョトンとしてから
「でも、とっさの判断で、その時に必要なことをどうにかできるってすごいよ」
「すごいですか?」
何だか恥ずかしい。
というより、アホか私は。
「たまに、怜ちゃん、表情に出てるからね」
何を考えているのかわかるよ、と結衣先生は言う。
ええ、顔に出てたのか……。
なんかショックだなあ。
「ううん、ちゃんと理解できるから、私はその方がいいな」
笑う。無垢な笑顔、と言える。
そのあと、しばらく結衣先生と一緒にいた。
でも、変える時間になったので、帰ることにした。
廊下を曲がった時、何かが視界をかすめた。
……何かいるの? この先に。
intermission
わたしの姿、彼女は見ちゃったのかな?
まあいいや。
どうせいつかはバレる。ばれないようにするってこと自体が違うかもしれないし。
わたしのことをどう思うのかは知らない。
悪いことって思うかもね。
だから何?
だって、彼女に何ができた?
この現状を打開するには、非現実的なことをしないと無理。
そんなこと、きっと考えなくてもわかる。
所詮はきれいごと。
自分の目的の達成のためだもの。
intermission out
私はそのあと、一人で帰った。
もともと、杏奈と一緒に帰ることはなかったから、愛衣、秋山君と一緒に帰るようになるまでは
必然的に一人だった。
歩きながら、私はずっと考えていた。
さっきの影は、何なんだろう。
多分、知らない人だ。だって、ちらっと見ただけとはいえ、着ている服くらいはわかった。
その服を持っている知り合いはいない。その影の背格好の人物で。
まさかストーカー……。
なわけがない。
私の顔は、どう考えても平凡並だし、女子らしい体つきでもない。
ショートヘアだから女子だとみられるけれど、もっと短いと男子と間違われる。
全く知らない人、とも考えにくい。
私は割と、顔が広い方だ。
小さい子とはよく遊ぶから、自分より小さい子どもの知り合いも多い。
でも、私の知っている子にあんな子はいなかった気がする。
流石に顔までは見えないし、背格好が似ている子なら何人もいる。
何だかモヤモヤする。とりあえず、似ている子に学校に来たのか聞いてみようかな。
そうしよう。さすがに中学校の人ではなく、知り合いでもないと思うと怖い。
とりあえず、今はもう考えないようにしよう。
家に帰ってからも、さっきのことを思い出してしまい、落ち着かなかった。
妹には笑われてしまう。
自分の部屋にずっといる。
何故かそのことが夢に出てきて、うなされて起きた。
思わず、笑いが込み上げてきた。
私の神経って、こんなに弱かったっけ、と考えると自然と笑えて来て仕方がなかった。
目を覚ました。
頬に水分を感じて、触ってみるとかなりべたべたした。
どうやら、眠りながら泣いていたらしい。
「……ははっ、情けないなあ」
自嘲気味につぶやいて、布団を剥いだ。
学校に行ってまで、昨日のことを引きずるのも格好が悪い。
せめて、クラスメイトの前では笑っていないと。
だって、昨日のことを説明できないから。
そんな些細な事を気にする性格じゃないし。
「おはよう!」
元気に声をかけてきたのは、愛衣だ。
「おはよう、愛衣。今日は早いね」
まあね、と愛衣は言う。
「朝早ければ、多分他のクラスメイトがいないし、話しやすいと思って」
「ん、誰と?」
「杏奈」
愛衣が答えた瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
「あれ、怜菜もいたの」
杏奈はゆっくりと歩いてきて
「ま、その方が都合がいいか。とりあえず、ちょっと来て」
指さす方向を見ると、資料室があった。
「怜菜には悪いけど、ここは誰も来ないから」
杏奈はそう言いながら、内側から鍵をかけた。
「ああ、渡井に引きずられた時のことは気にしないで。それより、話って?」
促すと、杏奈は一度深呼吸して
「昨日、秋山君の家に渡井が現れた。それで、秋山君はケガ。今日は休み」
端的に言う杏奈。
「ちょっと待って、どういうこと?」
「どういうもクソもない。秋山君は、急に家に来た渡井を追い返そうとして、逆に渡井から襲撃された」
ええ、と私たちは驚きと呆れが混じった声をあげる。
「怪我の様子は?」
「腕から出血、顔に痣。それと、渡井からの襲撃をよけようとして転んで、足を怪我したらしい。症状は知らない」
何だか、思ったよりも派手……。
「大丈夫。それより、これからの作戦を伝える」
私と愛衣はうなずき合い、視線を杏奈に戻した。
「これからすぐに、私と一緒に動いて」
どうしたらいいのか、何も言わせない迫力で言う杏奈に、私たちは頷くしかない。
杏奈についていくと、職員室の目の前に着いた。
それまでは早歩きで進んでいた杏奈が、急停止して私たちを振り返る。
「これから、渡井に突撃するよ」
ひそひそと杏奈は言う。
「は、今から!?」
驚いたけれど、声を大きくしすぎないように気を付けながら私と愛衣は言う。
杏奈は頷く。
「ま、賭けだから」
賭けって言われても……。
それ、ハイリスクハイリターンでしょ。
と言おうとしたその瞬間、
「失礼しますっ」
杏奈は大きな声で言い、職員室の扉を勢い良く開けた。
唐沢先生は驚き、奈月先生は見て、結衣先生は小さくうなずいた。
金森先生は青筋を顔に浮かべている。
それを見て、渡井はニヤリと笑った。
私は隠し持っていたカメラで録画をしている。
渡井は杏奈を見て
「今は職員会議中ってことは、馬鹿でもわかるだろ」
と嘲笑う。
それを聞いて、杏奈は怒りを爆発させたのだろうか。
「フン、所詮一人じゃ何もできない粋がりクソ教師の癖に、生徒を馬鹿にするとか頭逝っちゃってるんですか?」
売り言葉に買い言葉、これじゃ何もできない。
「大人に向かってそんな口の利き方はないんじゃない?」
「あ? 誰が熊に敬語なんか使うんだよ?」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「それはこっちのセリフだ、このクズ!」
杏奈はさらに一歩歩み出た。
愛衣が、杏奈の後ろから顔を出す。
「先生……最低です。私と秋山君を差別しているくせに」
「どこに証拠がある?」
「お前ら、話はあとで聞く。教室にすぐに戻れ」
「それが先生のすることなんですか?」
「いいから戻れって言ってんだろ!」
私は廊下で頭を抱えた。
こんなんで、本当に何か効果があるのだろうか?
廊下に出るなり、杏奈は大声で
「あんたらには失望したよ、能無し熊野郎の仲間はやっぱり能無しだな! この間抜け!」
「ちょっと杏奈!」
私たちは慌てて杏奈を制する。
愛衣は、杏奈の指示であの時に口を出したらしい。
でも、今の怒り狂ったようにしか見えない杏奈を見て、慌てるというレベルではないほど慌てている。
私はとにかく、杏奈を引きはがそうとした。
この場に私と愛衣がいるという事は、後で勘違いされる可能性が高い。
まあそれはまだいいけど、杏奈がボロクソに罵倒しているから、親を呼ばれる。
後から土下座させられるとか一番勘弁してほしい。
まあ、実際一度火が付いた杏奈をどうにかするのは難しい。
一緒にいることが多い人間ですらそう思う。
「お、怜菜おはよ」
階段を上ると、秋山君がいた。
「あ、おはよー……」
何だ、元気ないなという秋山君に、私は後ろでイラついている杏奈を手で示した。
「ああ、何かやらかしたんだろ?」
合ってるだろ、と言いたげな顔で私を見つめる秋山君。
「うん、何で分かったの?」
「顔がやばいぞ、朝から疲れ切ってるし、教師どもが来るの遅いし」
ああ、なるほど。
まあさっきのあの騒ぎがあったのに、すぐに上がってくるわけないよ。
生徒が反抗的な態度をとる、罵倒するなんて数十年前じゃあるまいし。
校内暴力のあらしが吹き荒れた時代でもない限り、大体は適当に意見を押し付けて
ゲームで生かされているような向上心のない生徒をつくる。
「ま、所詮は自分の利益しか考えないししょうがない」
「しょうがない、か……」
諦めたくないけど、あきらめようかな。
秋山君はそんな私を見て、ニヤッとした。
「革命でも起こそうぜ」
革命?
意味が変わらず、ポカンとした私を見て
「決まってんだろ、あいつをぶっ飛ばすんだよ」
「渡井を?」
「他に誰がいるんだよ」
秋山君は真顔で
「はっきり言やあ、これは正当防衛だろ」
そうかなあ……。
「また渡井に引きずられて、殴られてもいいのか?」
「それを、どうして」
「俺が知らないと思うか? ちゃんと知ってるし、その辺は本気で考えろ」
いつもの飄々とした雰囲気はどこにもなく、肉食獣のような眼をしていた。
私はそれに気が付き、おびえた顔をしたのだろう。
すぐに目を戻し、ふっと笑う。
「俺は本気であいつをぶっ飛ばす。もう、怜菜も杏奈も俺も愛衣も、誰も傷つかないようにするんだ」
「……」
私は何かを言おうとした。
しかし、言葉にならなかった。
それは緊張からか、それとも本気の目を見てかはわからない。
「革命、つまりこのことだ」
私が何かを言おうとした瞬間、
「何やってんの、怜菜?」
杏奈が歩いてきた。
「ああ、秋山君と革命の話をしてて」
ふうん、と杏奈。
「まだその話、途中だったんだけどね」
「途中?」
首をかしげる、私と愛衣に杏奈は
「うん、途中。どうしようか、計画途中だったけど……」
私たちの顔を一度見まわしてから
「いっちょやって見るか」
とひとり呟く。
「は? 何を?」
私は間抜けな声を出す。
杏奈はニヤリと笑って
「決まってるじゃん。渡井をぶっ潰すんだよ」
怖いよ、杏奈……。
杏奈が秋山君と一緒に行ったのを確認して、
「何考えてるのかな、杏奈」
と愛衣が言う。
そんなの、私だって知りたい。
一方で、怖くて聞けない。
愛衣も同じなのだろう。
少し、怯えた顔をして
「私は、怖い。杏奈がどこか遠くに行っちゃったみたいで……」
悲しそうな声が響く。
私は何も言えずに、ただ黙っていた。
愛衣の悲しげな視線が、杏奈と秋山君をとらえていた。
休み時間、秋山君は私のもとに来た。
「ちょっといい?」
「いいよ、何?」
席を立つと、廊下の隅に行く秋山君。
そして、制服をまくって見せた。
「――!」
私は声にならない声で叫んだ。
制服の下の足は痛々しいほどの痣があり、腕には包帯が巻かれている。
顔も、よく見ると青あざができている。
「これ、聞いたか?」
「あの、渡井にやられたっていう……?」
「ああ、そうだよ」
あっけらかんという秋山君。
何でもないよって顔をしてるけど、そんなことないでしょう?
「おい、そんな大ごとじゃねえんだから気にすんな」
「で、でも……」
私は思わず、声を大きくしていた。
「だって、こんな酷い……! 自分の思い通りにいかないからって、生徒を徹底的に差別して、それを指摘した秋山君が怪我しなきゃいけないなんて……っ」
「落ち着け」
冷静な声。私を見て、静かにはっきりと断言した。
「俺は自分が変だとは、今回のことでは思わない。怜菜もそう、それが普通だ。
だけど認めてもらえず、いっぱいいっぱいになっちゃってるんだ」
私はハッとして、秋山君を見上げた。
そうなんだろ? と言いたげな顔をして秋山君はじっと見ている。
intermission
流石。
あの男の子は、彼女にとっていい意味で刺激になるね。
わたし?
わたしは何にもならないよ。
しいて言えば、護衛。
そうそう、わたしはこっそり、賭けに出てみたんだ。
さて、どうなるかなあ?
intermission out
――認めてもらえないから、いっぱいいっぱいになってる。
秋山君……。
「だけど、大丈夫だ」
本当に、大丈夫かな?
なんて、信じたいのに疑ってしまう。
「……トモダチ、だろ?」
そうだ。
私は一人で、あんな悪魔と戦ってるわけじゃない。
杏奈、愛衣、秋山君がいる。
「だから大丈夫だ。俺は絶対、あいつからお前を守る」
「ちょ、自分の心配はしなくてもいいの?」
「俺がやられるわけないだろ」
真っ白な歯を見せて、ニッと笑う。
でも、昨日熊にやられた人がそんなに自信満々だなんて。
「あれは不意打ちだ、汚ねぇ手使いやがってあの野郎!」
「怒らないで」
ここで怒っても、あいつの思うつぼだ。
「こちらのペースに巻き込んでやろうよ」
「そうだな。……じゃ、怜菜やって見るか?」
「は?」
どうして私なのか、何度も聞いてみたけれど、何となくだって。
意味わかんない!
何で私がおとりなの?
「じゃあ、廊下で熊の悪口言いまくって」
「ええ、何でよ?」
「あとは俺と愛衣がどうにかするから」
強引に決められた。
「ねぇみんな、聞いて聞いて!」
何々?とみんな不思議そうに集まってくる。
「何、どうしたの怜菜?」
私はここぞとばかりに大声で叫ぶ。
「渡井先生ってねぇ、生徒を差別するんだよお!」
は、何言ってんのこいつ、気が狂ったのか……?
戸惑うみんなを、私は真顔で見つめ返す。
「何、怜菜大丈夫頭?」
「何なのマジで!?」
私はみんなを見てた。
無表情に、何も言わずに。
「何やってるんですか!?」
渡井が血相を変えて走ってくる。
「おい怜菜、こっちだ!」
同時に、秋山君が私を呼んでいる。
秋山君の指さす方向に向かって走った。
「杏奈!」
「怜菜?」
杏奈がそこに立っていた。「よくやったじゃない、ほら見て」
杏奈は、さっきまで私がいた場所を指さしている。
「私は差別などしていません! 香山怜菜、いい加減にしなさい!」
「みんな落ち着けー! 俺たちの経験談とボイスレコーダーが何よりの証拠だ!」
「そうよ、あなた散々差別して、たまに私にド変態発言しておいて、許されると思わないでよ、この幼女好き変態!」
少し聞いているだけで、お互いに罵倒し合っているのがわかる。
「うわぁ……すごい」
「まあ、そんくらいされて当たり前ね。やられたらやり返す。……私の親友を傷つけといて、ただで済むと思うんじゃねえよ」
いつになく低い声で言う杏奈に怯えて、私が距離を置くと
「ああ、ごめんごめん。いつもこんな声出さないもんね」
いつも通り、元気な杏奈がにっこりと笑って立っていた。
杏奈ちゃん怖いけどかっこいい!
スレ主さん頑張ってください!!
>>117
ありがとうございます<m(__)m>
杏奈は、秋山君と愛衣を見て
「なんなら、ボイスレコーダー再生しちゃえばいいんじゃない?」
と大声で言った。
私たち四人と、結衣先生が持っていたボイスレコーダー。
それらを、愛衣はみんなにしっかり見えるように持って
「これが証拠だよ!」
と言いながら再生した。
渡井は、
「違う、違う、私はそんなことはしていない」
と必死に繰り返している。
それを聞いた結衣先生が
「いい加減に認めたらどうなの、怜ちゃんたちを苦しめたこと」
さっきの杏奈みたいに低く、冷たい声で言う。
「だって、あれは香山怜菜が」
「杏奈ちゃんが考えていたことを知らなかった、そう素直に言った怜ちゃんが悪いの? どこが!?」
普段の優しいまなざしはどこへやら、と誰かがつぶやいた。
私は遠くから、杏奈と一緒に見ている。
「ねぇ、この後どうするの?」
「決まってんじゃんよ。怜菜がビシッとあの能無し熊に文句を言うんだよ」
えー……。
流石に、私の言葉じゃ……ともじもじしながら言う私に、
「いいんだよ。ダメなことを教える教師から、ダメなことを学ぶ生徒は増やしちゃいけない。
それに、わたしからもあいつに言いたいことはある」
そういうと、杏奈は私の前に進み出た。
怯えたように杏奈を見上げて、
「何をするつもりだ?」
と聞く渡井に対し、
「もう我慢できないから言う。……この人殺しっ!」
私はもちろん、周りのみんなも、秋山君も、愛衣も、結衣先生も、みんなが驚いた。
ポカンとする私たちに構わず、杏奈は叫んだ。
「わたしの、大事な幼馴染を追い詰めた最低熊野郎!」
私は杏奈の悲痛な叫びを、黙って聞くしかない。
「まさか、佐山凜のことか?」
「そうだ! あの子は、つい最近死んだんだよ、あんたのせいで!」
言葉の途中からあふれてくる涙を拭うこともせず、ただ叫ぶ杏奈。
「あんたが! 嘘を広めて、凜と凜の両親を壊した! 凜の両親はあんたを信じて疑わなかった!
あの後どうなったか知ってるのかよ?」
「……知るわけないだろ」
「凜は人形みたいになっちゃったんだよ! 凜の両親は凜のことを責めて、耐え切れずに凜は死んだ!
だけどあんたは、そんなの俺のせいじゃないって顔して、今もわたしの、親友である怜菜を
壊そうとしたし、秋山君と愛衣を差別したんだ!」
それまで、聞いたことのなかった杏奈の過去に、私は絶句した。
それでは渡井は、間接的に人を殺したのだ。
杏奈はさらに、
「同じ名字でさ、いつも一緒にいて、本当に楽しかったんだよ!
なのに、あの子の人生を奪いやがった!」
そこまで言うと、膝から崩れ落ちた。
杏奈は大声で泣いていた。
結衣先生は、茫然として杏奈を見つめている。
杏奈がもともと、渡井を病的に嫌っているのはわかってた。
でも、まさか幼馴染が奪われたという理由だなんて思ってもいなかったはずだ。
「……そんな」
私は思わず、言っていた。
「そんなの、酷い……!」
杏奈のもとへ走っていき、震えている杏奈の肩を抱きしめた。
「……怜、菜…………」
杏奈がこっちを見ているのがわかる。
「杏奈……よく、頑張ったね」
また、杏奈の肩が震えた。
顔を見ると、目を大きく見開いている。
そして、
「う……うわあぁぁぁ!」
我慢の限界だといわんばかりに、叫んで、大粒の涙をボタボタとこぼした。
頑張って
123:さくら◆aI:2018/07/14(土) 19:38 >>122
萌夏さんありがとうございます<m(__)m>私もよく、萌夏さんの小説を読ませていただいています!
今まで杏奈が背負ってきたものは、きっと私たちが想像している以上に大きいものだ。
わかるわけがないんだ、と私は思った。
冷たいことを考えてしまう。
だって、自分の気持ちは、自分にしかわからないから。
それでも私は、杏奈を強く抱きしめた。
例え他人でも、痛みを共有することはできる。
「怜菜ぁ……」
杏奈が、弱々しい声で私の名前を呼ぶ。
「杏奈」
私は優しく返す。
今の杏奈に、何をどう言えばいいのか、私にはわからない。
だけど、いや、だからこそ、寄り添うんだ。
私も、渡井から受けた痛みはいくつもある。
別に杏奈のように、知り合いを間接的にも直接的にも壊された、というわけではない。
そこまで重くはない。
私は杏奈を抱きしめたまま、渡井を強く睨みつけた。
「何ですか、香山さん。その反抗的な目は!」
私は冷たく言う。
「反抗的? そりゃそうでしょう。
私も、あなたのせいで家族を壊されたんですから。
常に周りに怯えて暮らす、私の母を見ても、きっとあなたは何も感じないでしょう。
理由もわからず、突然壊れた母を見て、単身赴任中だった父が帰ってきて、それを嘆く姿が浮かびます?」
本当は怒鳴りたいし、感情に任せて報復したい。
でも、私は嫌だった。そんな気力すらわかない。
「……それは、私が悪いっていうんですか? 香山さんがそんなだから」
「いい加減にしてください!」
結衣先生が強く言うのを聞き、慌てて黙る渡井。
「この期に及んでまだそんな戯言言うつもり?
怜ちゃんが何をしたのよ? 逆に自分が生徒を差別しておいて、その態度なの!?
それ見なさい、今だって私が怒鳴った瞬間だんまり。何逃げてるの!」
私は、結衣先生を見て、軽くうなずいた。
「母がおかしくなったせいで、妹も壊れてしまいました。父も、結構必死に耐えてます……」
感情を押し殺していたけれど、体は素直だ。
涙があふれてきて、どうしようもない。
「責任とってくださいよ。私の大好きだった家庭を、返してくださいよっ!」
もう我慢できない。
気が付けば私は、渡井の肩をつかみ、激しく揺さぶりながら訴えていた。
123さん
あ、そうなんですか?!嬉しいです。良かったらあっちのコメントで感想など書いてくれたら嬉しいです❤応援してます!
この日、渡井は早退した。
私が落ち着いて、教室に行くと
「怜菜、大丈夫?」
と何人か声をかけてくれた。
「うん、大丈夫だよ」
本当は、すごく怖いよ、不安だよ。
でも、『大丈夫?』って聞かれたら『大丈夫』って返すしかなくない?
だって、知らない人に話すといろいろ勘違いされるし。
「怜菜さん、奈月先生が呼んでるよ」
私が買えり支度をしていると、クラスメイトの御月さんが近くに来て、そういった。
「え、本当? ありがとう」
御月さんはうっすらと笑いを浮かべて、私を見つめ返した。
廊下に行くと、
「お、怜菜」
いつも通り、クールな奈月先生と、何故か大毅君がいた。
「何つーか、お前スゲーことしてんな……」
「つい、抑えきれなかったの……」
まずいよな、と思って下を向いて答えると、
「気にするな」
奈月先生が笑って、私の頭をグシャグシャと撫でた。
「あーあ、怜菜いいなあ」
いつのまにか隣にいた秋山君がボソッという。
「え、何が?」
秋山君が私をうらやましがる要素なんかあるのか?
なんて不思議に思っていると、
「だってさ……」
何かを言おうとして、口を開いた秋山君を遮って
「そうだ! 秋山、お前親に『いらない』って言われてたもんなァ!」
まだあきらめていなかったのか、渡井が嗤いながら言う。
「……はぁ!?」
私が怒り交じりの怒鳴り声を出すと、
「香山だって、ただのいい子ぶりっこじゃねえか、なぁ?」
周りに呼びかける。
どうしてそんなこと言うの?
っていう悲しい気持ちと、
何で、そんな情報を――秋山君の家庭の問題を――渡井が知っているの?
っていう驚きとで、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
驚きの方が強かったからか、何も言えない私に
「香山、秋山、佐山! お前ら全員に復讐してやる! まずは秋山からな!」
唐突な宣戦布告とともに、渡井は走り去っていった。
しばらく驚いて、ポカンとしていた。
「なあ」
唐突に秋山君が口を開く。
「なんで、愛衣の名前は言わなかったんだアイツ」
「そんなの、知らないよ……きっと、言い忘れだよ。わたしのことも、きっと渡井潰すつもりだよ」
弱気な愛衣に、
「なわけ。愛衣は可愛いでしょ。だから」
杏奈がぴしゃりという。
ああ、そっか。
アイツ、面食いかー。って、ロリコンじゃないの?
「おい、怜菜」
急に名前を呼ばれ、後ろを振り向くと大毅君がいた。
「お前さ、何考えてんの? すげー不気味」
「あ、そうか。大毅君渡井のこと大好きだもんねー。そりゃそう言いたくなるでしょうね。
それとも、それは渡井からのお願いかな?」
あえて意地悪に言ってみる。
すると、
「ん、んなわけねーだろ!」
顔を真っ赤にして必死に反論してくる。
「説得力ないね。どうでもいいけど邪魔だけはしないでね?」
「何でだよ!」
何で、って……まったく、大毅君ったら。
「ま、アイツの肩持つなら勝手にしてね? でもそれは、差別を認めないことと同じだからね?」
「だってよお、美咲だって信じてないぜ?」
「ほらやっぱり。可愛くて聞き分けのいい子にはすごーく甘い顔。
要はご都合主義なんでしょ?」
さらに詰め寄る。
正直、こんな言葉がさらっと出てくるわけじゃないんだ。
ここで引き下がったら、きっと納得できないから。
ごめんね、大毅君。
でも、そんな私の気持ちは通じていなかった。
「怜菜……お前、そんなコロッと変わっちまうほどのショックがあったのか?
それがあいつのせいだって言いたいのか?
でも、だからってやり返していいのかよ……」
大毅君の気持ちもわかる。
わかりすぎるってくらいにわかる。だからこそ、つらい。
「…………ごめんね」
さんざん迷った。
もうここで、大毅君にすべてぶちまけてやろうか。
それとも、振り切って逃げるか。
でも意味はない。謝ることしかできない。
「怜菜……」
何か言いたげな大毅君を無視して、私は走り出した。
走ったところが廊下だった。
目の前にいた人にも気づかず、思い切り正面衝突してしまった。
「いったー」
何か聞いたことある声だなあ、と思っていると、亜依だった。
「わ、ごめん亜依ちゃん」
「怜菜先輩が前方不注意? 何かしたんですか?」
迷ったが、亜依ちゃんも渡井のことが嫌いだという。
すべてを話すことにした。
聞き終えた後「渡井サイッテー!」
と怒鳴る。
「怜菜先輩、実は私の友達も渡井に差別されてるんです!」
「え、そうなの!?」
「なので呼んできました。怜菜先輩のことを気にしていましたし」
亜依ちゃんの友達は、陽子というらしい。
「えっと、陽子ちゃんだっけ?」
「はい。初めまして、怜菜先輩」
大人しそうな陽子ちゃんを見て、一瞬迷ったが聞くことにした。
「渡井のこと苦手って、亜依ちゃんから聞いたんだけど……」
すると、それまで黙っていた陽子ちゃんは
「そうです。私はあの悪魔に壊されたんです」
と叫んだ。
聞いているこっちが悲しくなるような声。
私は思わず、
「アイツに何をされたの?」
と聞き返した。
どう言うべきか、と迷っている陽子ちゃんを見て
「私は、友達のこと聞かれたときに、引きずられたの。途中で一発殴られたし」
「え、何でそんな」
亜依ちゃんが驚くのも無理はない。
「きっと、私の答えが気に入らなかったのよ」
「それだけで……ひどい」
陽子ちゃんはこのやり取りを黙って聞いていた。
そして、
「私は、渡井に、体育の時間に差別されます」
とはっきりと言い切った。
「体育の時間? あれ、奈月先生が担当じゃないの?」
「違うんです」
陽子ちゃんはただ、首を横に激しく降る。「奈月先生がいないときです」
「どういうこと?」
詳しく聞くため、私はさらに聞いてみる。
「そうですね……渡井は、私が体育が苦手なことをネタにして、みんなの前でからかうんです。
私、長距離走は喘息持ちで無理で……なのに、渡井は
『サボり』だのなんだの難癖付けてきました。『どうせできないから言い訳してる』と」
う、うわ……流石にひどいな。
「それで? ほかに何かある?」
「その時ではないんですけど、走り幅跳びとかって砂ぼこりがすごいじゃないですか。
それでできないって説明したのに……」
一呼吸おいて、陽子ちゃんはきっぱりと言い切る。「頬をぶたれたんです」
驚きで、しばらく何も言えなかった。
「……アイツ、そんなことを」
私のつぶやきに、陽子ちゃんは一度首をかしげて聞いてくる。
「あ、あの……私の話、信じてくれるんですか?」
「うん」
私は優しく微笑む。
「陽子ちゃんの顔は、嘘を言っている顔じゃない。……それに、足の傷も、渡井がつけたんでしょ?
傷跡が残ってるよ……」
陽子ちゃんは、はっと自分の足を見る。
明らかに誰かが転ばせることでできた傷。
私は、それを秋山君を見た時に見つけてしまった。
「あのね、私のクラスメイトに、同じことされた男の子がいるの。その子と同じ傷。それが証拠」
「っ、あ、ありがとうございます……!」
陽子ちゃんは、今までで一番うれしそうな顔をしている。
こんな荒唐無稽な話、きっと亜依ちゃん意外に信じなかったに違いない。
陽子ちゃんの話を、私はボイスレコーダーに記録した。
陽子ちゃんと私を交互に見て、亜依ちゃんは
「あ、あの……私にも、何かできることってありますか?」
わたしたちを心配して、気遣うそぶりを見せた。
私は迷った。
亜依ちゃんを巻き込むのは嫌だ。
しかし、亜依ちゃんも渡井のことは嫌い。
そこだ。
嫌いならば、それなりの理由があるだろう、きっと。
だって、亜依ちゃんは周りをよく見て判断する。
単に見た目が無理とか、そういう理由で嫌うことはないから。
わたしはきくことにした。
「亜依ちゃんが、渡井を嫌いな理由って?」
『渡井』という言葉を聞いただけで、誰が見てもわかるというレベルで顔を歪ませる亜依ちゃん。
そうですね、と一度区切ってから
「アイツ、陽子にもそうですけど、とにかく差別するんです。例えば怜菜先輩のクラスにいる美咲先輩とか、かわいい子には甘い顔」
そう、確かにその通り。
「自分のこと責める子には差別」
それもそう。
「私が陽子にしたことを言ったら、渡井とにかく怒鳴って否定して、吐くほど殴られました」
…………!
「もうこれ体罰として訴えられませんか?」
陽子ちゃんは必死だ。
亜依ちゃんも、
「どうにか……」
二人とも泣きそうだ。
私だって泣きたい。
こんな教師がいるのに許す校長が一番嫌い。
「結衣先生なら聞いてくれるよね……」
「怜菜先輩庇って啖呵切っててかっこよかった」
「あーあれか……」
今のところ、教師軍の中で完全な味方と取っていいのは結衣先生だけ。
他の教師は……。
「あてにしないこと」
「うわっ、杏奈!」
いつの間にか、杏奈がいた。
「陽子ちゃんと亜依ちゃんだね。わたし、杏奈。よろしく」
杏奈は
「渡井が証拠を出せってやかましい」
と開口一番に言った。
「つまり、陽子ちゃんたちから証言を集めようと?」
「そう思ってる」
さらっと返された。
「でもどうやって……」
「そう、問題はそこなんだ」
「まあ、どうせあいつはもう逃げられないよ」
証拠を出せ、という割に味方は全然いない、と杏奈は言う。
「うそ」
「だって私だよ?ちゃんとアイツの見方をこっちの味方か中立にしたし」
……杏奈が起こると怖いんだ。忘れてた。
「わたし、何かするべきことありますか?」
陽子ちゃんの必死な姿。
「わたしも何かしたいです!」
亜依ちゃんまで!?
「じゃあさ」杏奈はにやり、と笑って言った。
「校長先生たち丸め込みに行こうか」
「校長先生を丸め込みに行くって……」
ピンとこなかったのか、亜依ちゃん、陽子ちゃんはポカンとした。
私は一応、なんとなくだけど分かった。
「ほらほら、ポカンとしない」
「よくわかりません……」
そりゃそうだ。
私だって全部わかったわけじゃない。
たぶん一割もわかっていない。杏奈の考えていることはそれくらいしっかりしてる。
「じゃ、ざっくり話すからざっくり覚えて」
杏奈はそういうと、にっこり笑った。
「まずさー、校長先生たちって絶対権力にしがみつくのよ。あ、あと世間体に。
それってつまり、逆手に取ればそれらを壊せるほどの材料があれば
校長先生あたりもサクッと味方につけられるんだよね。
ついでにこの際、下手なことされたら困るから先手先手を打つ必要があるし、
やばそうなら時間稼ぎでもして、とりあえず足止めする必要もあるのよ」
うん、久しぶりに杏奈が怖いって思える話だこれ。
同じことを亜依ちゃん、陽子ちゃんも思ったのだろう。
さっきとは違って、畏怖の視線に変わっている。
「でも、足止めって……?」
陽子ちゃんの質問に、杏奈は
「まあ、何かしらの噂でも流して」
「それって……、逆上されません?」
大丈夫よ、と杏奈は笑う。
「だって本当のことを噂にするんだもの。根拠を示せばかなり焦るでしょ」
それは大丈夫なのかどうかはさておき、と杏奈は続ける。
「とりあえず、怜菜は校長先生の所に乗り込んできて。亜依ちゃん、陽子ちゃんは私と一緒に」
「ちょ、何で!?」
わ、私が校長先生の所に……?
「だって怜菜は先生からの信頼も厚いし」
杏奈が言うほどじゃあないと思うけどな……。
「それに、怜菜を嫌いなのは渡井くらいでしょ」
「それは大げさだよ!?」
あ、あと生徒からの人気もあるし、とのこと。
どこまでが本気なのかわからない杏奈の提案に、私は不安になった。
「……おい、香山」
「何?」
「せめて内緒話は静かなところでやれよ?」
呆れた顔をしながら悠太君が近寄ってくる。
「つーか、お前何か考えあんの? まさかノープランってことはないよな?」
「そ、そのノープランですが何か」
何かもくそもねえだろ、とさらに渋い顔をされた。
「アイツ相手にするのに面倒じゃね? だったらせめてもうちょい考えろよな」
「じゃあ、手伝ってもらえないかな……」
思わず勢いでつぶやいてしまったが、しっかりと悠太君は聞いていたようだった。
「なら、もうちょい頑張るわ。手始めに学校の裏サイト使うぞ」
「裏サイト?」
どうやら何かしらの情報を集めるのには最適らしかった。
すぐにインターネットを開いて、ファイルを見せてきた。
「これが、今ある中で有力な情報。とりあえずコピーしてあるけど、もう一回更新してみる」
私も一緒になってサイトを全部見たが、かなり意外だった。
「生徒の人気ランキングとか勝手に作ってたんだね……」
「うちのクラス人気ランキング一位が何を言うか」
「人気も何もないって」
勝手にランク付けされるのはあまり気分がよくなかったけれど、今あるうわさもすべて見ることができた。
「生徒だけが見てるわけじゃないだろうが、連絡を取れば詳しい話が聞ける」
「え、それってもう連絡網じゃない?」
とにかく、と悠太君は画面を見せてきた。
「今仲間にできそうな先生にも目星をつけておいた」
私はありがとう、と言って悠太君と別れた。
「そう、悠太君がね」
杏奈に悠太君のことを話すと、あっさり受け入れた。
「彼も怜菜と同じように人気があるからね。情報の扱いもうまいし」
「人気とかいいんだよ……渡井が潰せれば」
「それはそうね。さっき、陽子ちゃんと亜依ちゃんから聞いたよ。アイツ、女子の着替えを覗いたんだって」
ただの犯罪者じゃん……。
「それをネタにするつもりよ」
杏奈は強いから何かあっても大丈夫だろうけど、心配だ。
「気を付けてよ? 杏奈は大事な友達なんだから」
「大丈夫。ありがとね、怜菜」
名前バグったぁぁ
141:さくら□aI:2021/08/21(土) 23:37 登場人物のおさらい(追加しました)
香山怜菜……ある教師(渡井)が苦手な女子生徒。
渡井政人……体育教師。怜菜が苦手とする教師でもある。怜菜のクラスの担任の先生。 あだ名は熊。
前嶋結衣……音楽教師。温厚な性格だが、怒るとギャップが激しく、怖い。
杏奈……怜菜の友人。基本静かな割に、騒ぎたいとき騒ぐ。
大毅……三年生の中でも有名ないたずらっ子。
亜依……怜菜と仲良くなった後輩。
秋山悠太……クラスメイト。割と大人しめ。
佐野愛衣(あい)……クラスメイト。普段は大人しいが、意見を言うときはしっかりとモノを言う。
美咲……クラスメイト。素直で純粋、かわいいが少しせっかち。
唐沢雪音……学年主任。渡井の味方。
金森遥……一組担任。唐沢先生と同じく渡井の味方。鈍感。
陽子……杏奈の後輩。しっかりもの。
ちなみにこの話しは私の実体験が大本になっています。
香山怜菜……ある教師(渡井)が苦手な女子生徒。
渡井政人……体育教師。怜菜が苦手とする教師でもある。怜菜のクラスの担任の先生。 あだ名は熊。
前嶋結衣……音楽教師。温厚な性格だが、怒るとギャップが激しく、怖い。
杏奈……怜菜の友人。基本静かな割に、騒ぎたいとき騒ぐ。
大毅……三年生の中でも有名ないたずらっ子。
亜依……怜菜と仲良くなった後輩。
秋山悠太……クラスメイト。割と大人しめ。
佐野愛衣(あい)……クラスメイト。普段は大人しいが、意見を言うときはしっかりとモノを言う。
美咲……クラスメイト。素直で純粋、かわいいが少しせっかち。
唐沢雪音……学年主任。渡井の味方。
金森遥……一組担任。唐沢先生と同じく渡井の味方。鈍感。
陽子……杏奈の後輩。しっかりもの。
(自分が忘れているので改めて書き直しました)
学校裏サイトには、渡井のことを嫌っている生徒が意外と多いということがデータで示されていた。
139:w井マジXね
140:>>139伏字の意味なくね?www
141:>>140だってしゃあないじゃん。あいつRKに差別してるし
142:もしかして香山?
143:最近w井の香山をいじめろ的な発言頭おかしすぎて草
まだまだ続いていたが、とりあえず私はこれを書き込んだと思われる人のもとに向かうことにした。
えー、文字化け解消できないかなあ……。
144:さくら■aI:2023/07/13(木) 22:43 香山怜菜……ある教師(渡井)が苦手な女子生徒。
渡井政人……体育教師。怜菜が苦手とする教師でもある。怜菜のクラスの担任の先生。 あだ名は熊。
前嶋結衣……音楽教師。温厚な性格だが、怒るとギャップが激しく、怖い。
杏奈……怜菜の友人。基本静かな割に、騒ぎたいとき騒ぐ。
大毅……三年生の中でも有名ないたずらっ子。
亜依……怜菜と仲良くなった後輩。
秋山悠太……クラスメイト。割と大人しめ。
佐野愛衣(あい)……クラスメイト。普段は大人しいが、意見を言うときはしっかりとモノを言う。
美咲……クラスメイト。素直で純粋、かわいいが少しせっかち。
唐沢雪音……学年主任。渡井の味方。
金森遥……一組担任。唐沢先生と同じく渡井の味方。鈍感。
陽子……杏奈の後輩。しっかりもの。
(自分が忘れているので改めて書き直しました)
学校裏サイトには、渡井のことを嫌っている生徒が意外と多いということがデータで示されていた。
139:w井マジXね
140:>>139伏字の意味なくね?www
141:>>140だってしゃあないじゃん。あいつRKに差別してるし
142:もしかして香山?
143:最近w井の香山をいじめろ的な発言頭おかしすぎて草
まだまだ続いていたが、とりあえず私はこれを書き込んだと思われる人のもとに向かうことにした。
陽子ちゃんでしょう?と聞くとあっさりそうですよ、と返事が来た。
「大体、前からあいつうざかったんですよ、人のこと変な目で見て」
「まあそれは否定できないねえ」
わたし、いつの間にか性格悪くなってるかも。
まあでも、あいつのせいだ。
「やつのこと嫌いだっていう子、予想以上に多いんですよ」
「陽子ちゃんの情報はどこから? やっぱり杏奈?」
はい、と陽子ちゃんは返事をした。
「一応相手は教師ですから、気を付けるに越したことないですし」
「そりゃそうだね。わたしのこと嫌いなのは知ってたけどなんでかな」
うーん、と陽子ちゃんは考えていた。
「多分ですが、前嶋先生に気に入られているのが嫌なんですよ。前嶋先生、結構人気あるから」
「……ねぇ、それ本気?」
ふざけてないですよ、と陽子ちゃんはまじめな顔をしたまま言った。
とりあえず味方を作りましょ、と陽子ちゃんは言っていたが、何をする気だろう。
下手に動いて陽子ちゃんがターゲットになったりしたら嫌だ。
杏奈に申し訳ないし。
まあ、味方と言っても唐沢先生や金森先生は味方にできない。
渡井の事信じ切ってるし。
何でこんなことになったんだろうな、わたしから何かしたわけじゃないのに。
人気だからっていう理由なら、ほかの子だって十分当てはまる。
例えば美咲。
美咲はクラスの中でも人気が高いし、何より美人だ。
あ、だからか。
ふと思った。
わたしは別にかわいいほうじゃないと思っている。
その判断が間違いないってことを、渡井自身が示してるんじゃないか?
つまり、自分の好みの女子だったら優しい顔をするんだ。
名前の文字化け消えたかな
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