自分としては限定的な体罰肯定派として話します。
58:カレー:2019/03/30(土) 23:32 ID:.BA >>57
モデルとしてはありえるが、それは国家としての教育というより、個人の投資として教育として最適化されるだろうと思う。
こういう個人の投資を最適化させる仕組みにはたして国が関与した方がいいかどうかが疑問かな。
>>57
無理無理。
第一、義務教育小学生までなんて教育水準が低下するだけ。もうちょっと勉強したほうがいいよ。
国民が認めないだろうしね。
61:カレー:2019/03/30(土) 23:39 ID:.BA ボトムアップまで含めた教育構造なのか、できる奴はできてできない奴はできないが最適化される教育構造なのかってとこだろな。
後者のできる奴は出来て、できない奴は出来ないって奴にはバウチャー制度を取り入れたものがあるが、個人的にこれは国と言うより個人でやった方がいいとは思う。
>>55
中学校が勉強面以外もいろいろ熱心に面倒を見るのは所得の格差から生じる全般的な家庭の資源の不均衡を少なくする意義もあるから、ただ勉強を教える機関にして落ちこぼれを足切るのは不同意。ぜったいにドロップアウトする子が増えるし、義務教育は最低保証だからね。
部活動に関しても、公立中学だと人手不足からそもそもそのスポーツを未経験な教員があてがわれて、技術指導もできずに基礎練習に終始するのってありがちだけど、これは教員側が奉仕の精神を持つか、生徒から部費をもっと徴収するか、クラブか何かにお金を払って行くしかないと思うよ。お金がかかるからそのしわ寄せをどこかで行わないと成り立たない。
いまは教員志望の大学生を研修みたいな名目で安くで雇う仕組みがあるって聞いた。でもけっきょくはこれも自己犠牲の一種だから、生徒側がいいものが欲しいならそれなりのお金を払うほかないと思う。
>>61
まったく同意。高い教育を希望するなら家庭の金銭的な資源を費やして、学習塾がその役割を担えばいい。でも義務教育の要点はむしろそこにはなくて、あくまで最低値保証。いわゆる「できる」子は退屈だろうけど、これは譲れない。
うーんじゃあ高校でとしたらどうなんだろう
義務教育までは保証だからいいとして
高校はそうじゃないしやる気のない子、問題のある子を留める必要もない気がする
体罰問題の裏テーマというか、根本的な問題と呼ぶべきところは、糞餓鬼を甘やかし野放し養育している保護者に責任があると俺は思っている
おそらく、今の保護者達の世代が義務教育を受けてた当時は教師による厳しい体罰や理不尽な教師の体罰にも耐えて成長し、教師を恩師などと絶対的な指導者と崇めるべき存在として教育されてきた
その反動が保護者の立場になった今、爆発し始めているのであろう
そんな形成逆転な風潮の中で育つ糞餓鬼達は教師に限らず大人をナメて成長を遂げていく
だから糞餓鬼は教師に対しても開き直った態度で接し、その保護者達も今まで逆らえず我慢してた思いを学校側にぶつける
そして今に至っては、教師を崇めてた時代なんか知らない者達が保護者の立場と成り子育てをする
またそんな形成逆転な風潮は教師側の方も然り
生徒にナメられてきた教師を目にして教育を受けてきたものだから…生意気な糞餓鬼の態度にも対処の仕方を知らない
そんな風潮から教師も生徒も保護者も三者三様にストレスが溜まり、ある日、プッツンと切れたものが問題を起こす
それが教師による体罰問題だったり…
保護者達の養育放棄だったり…
児童間のイジメだったり…に発展しているんだと思う
つか高校受験の段階で“質的な選別”はそれなりに果たされていると思うんだが。
いじめは教師が体罰しても問題にならない時代にもあったでしょ
体罰でなんか矯正させるとかは戦争時代の軍事的な影響が繋がっているって話を聞いて
戦争以前の教育では体罰なんてない教育たという話も聞いた
>>65
その時だけしのげればいいとか、一方向性だけできればいいとかの短期的利益を最適化すればいいってなら体罰は極めて有効なんだ。
だけど長期的にみたら不利益の方が遥かに上回る。
結局使い捨て前提だろう。
>>65
>今の保護者達の世代が義務教育を受けてた当時は…
いや違う、それは“今の保護者(=ゆとり)”のもう一つ上の世代だったと思う。
体罰には関与しない。ってなら便利なんだけどな。
71:無論:2019/03/31(日) 00:10 ID:9xkまぁ、俺の考えは>>65で示した通りで、体罰問題は教育の質の向上とか…そんなカンタンな問題じゃないんだと思うけどね
72:カレー:2019/03/31(日) 00:14 ID:.BA >>71
人間とか動物の根元的な問題だとは思う。
個人的に思うのは、こういう武力を教育として使いこなせるだけの知恵や英知を持ってる人がどれだけいるかってとこ。
ただ武力で決着をつけるならそこら辺の猫でもできるからな。
>>71
イジメ問題を改善して行く上では2つの選択肢が存在するのだとオレは思う。
@「いじめっ子を減らすか?」
A「いじめられない子を増やすか?」
ところでキミはどっちが実現可能だと思う?
国家とは集団である。これは軍隊のことだが、訓練の不十分な兵士が多くいると戦術単位で行動に支障を来す。そして、軍隊とは集団である。
国家も集団であるのでクズは少ない方がいい。そのクズを減らす、クズの度合いをましにする事で集団としての能力を向上する。
1匹の虎と200匹の羊より200匹のアレクサンドル・カレリンの方が強いのよ。
>>74
集団とかの話は興味深いんだけど、現状は個人の能力を最適化した内容の方が指示されてしまてんだよなー。偽の情報でも掴まされたかのようにさ。不安材料だよ。
>>73
イジメの話を持ち出すなら、たぶん数をコントロールするより、いじめの対象の方がコントロールしやすいと思うぞ。
反対派です
体罰と称していますが、結局は暴力とやっている事は
変わりません。どんな理由があれども、暴力は暴力です。
正義と法律に反する行為だと自分は考えております。
(これは一つの意見です。質問・反論あればどうぞ)
一時期『叱らない子育て』が流行ったけれど成功した例がほぼ無いのと同じ
今の学校は生徒に甘すぎる。増長し『教えて貰っている』という立場を弁えない生徒が多すぎる
『毒を以て毒を制す』『良薬は口に苦し』生徒側に問題があるなら『適度』な体罰は必要。