シューティングゲームで最も大事なことは、一秒たりとも油断しないこと。常に危機感を持っていないと、前から後ろから、上から下から……ゾンビのように湧いてくる敵(本当にゾンビの時もあるけど)に攻撃されてしまう。それはゲームの中だけではない、現実世界も同じ。
「突然だが、抜き打ちテストを決行する」
「えええええええ⁉」
私は完全に、油断していた。
「大丈夫? 貴音」
「見て分かんないの……だいじょばないに決まってるでしょ」
理科準備室の中央、不自然に2つ置かれた机の、左の席で眩しすぎる昼の太陽の熱エネルギーを背中で受けていた。右側では唯一のクラスメートの遥が、おそらく気遣いからくる言葉を投げかけていた。再生紙1枚に惨敗した私にとっては、全く何の癒しにもならなかったけど。
ここにマシンガンがあるなら、目の前で魔王が如くニヤけ面を顔に張り付けている担任――楯山研次朗の、その額ど真ん中を寸分の狂いもなく撃ち込むのに。なんて妄想をしつつダメ教師を睨みつけるも、効果はない様子。
「いや……マズイぞ? お前流石に11点ってのは」
「だあああああなんで言うんですか⁉」
「だって遥と交換して採点したろ? みんな知ってんだしいいじゃねえか」
「口に出されると分かっててもショックなんです!」
ああもう二次元にでも行きたい。日々モンスターを撃ち墜としている方が私は生き延びられる気がする。目が覚めたらスーパープリティー電脳ガールになってたりしないかな……。
「遥はよくできてるな。同じ授業受けてるのになんでだ」
「遥に聞いてくださいよ〜……」
ちらと遥を盗み見る。つい先程テストが、しかも抜き打ちであったとは思えない程、平穏な表情をしている。いつだってニコニコしているけど、その裏に何か――絶望を全て受け入れたような、儚い淋しさを感じてしまうのは、私だけなのか……。
「どうしたの?」
「えっ⁉ い、いやなんでもないよ⁉」
しまった、まるで写真でも眺めているような気分に浸ってたけど、目の前の遥は実物だった。あんなに見つめて、しかも不自然な焦り方までして、遥になんて思われるか!
「そんなに気になるなら遥に直接教えてもらったらどうだ? 100点近く取ってるわけだし、俺より教えるのうまいんじゃないか」
「それ教師としてどうなんですか」
ったくこの人は……。
私の問いかけから逃げるように、先生は名簿やらプリントやらをまとめて、手を振って教室を出て行った。私のため息が教室を満たす。
「じゃあ、いつにする?」
「……は?」
突然の質問に、ゆうに5秒を越える沈黙を挟んで、芯のない返事をしてしまう。いつ? なんのこと?
「だから、いつ勉強教えよっか?」
「……え、あんた本当にやるつもりだったの⁉」
「だって11点って、マズくない?」
「うっ……」
返す言葉もないです。
いやでも待って、遥に勉強を教えてもらうって、それって二人っきりでってことだよね。場所によっては――
「僕の家ちょっと遠いから、貴音の家でもいいかな?」
――結構心臓もたないかも⁉
>285 からの続きです。
緊張しすぎで耳が敏感になっていたのか、騒音力の変わらないただ一つの掃除機で部屋の埃を一掃していた中でも、インターフォンの音はすぐそばで鳴っているように聞こえた。高鳴る胸を潰れるほどに押さえつけ(元から潰れてるとかは気にしないことにする)、階段を駆け下りる。
「あ、おはよう」
玄関のドアを開けると、途端に蝉の重唱が熱気を伴って押し寄せてくる。それを指揮するように、あまり見ない私服の遥が立っていた。側には自転車が置いてある。この暑さの中漕いできたのを想像すると、私の為だけにそんな思いをさせたのが申し訳なくなってくる。
「もう昼だけどね。あがって」
「もしかして体調悪い? 顔赤いけど」
「うっさい! 早くあがって!」
心配そうな遥を直視しないようにしつつ、部屋に招く。全く、いい加減気づけ。いや気づくな、バカ。
「おお〜……」
「……何にそんな感心してるの」
「意外と女の子の部屋みたいだなっ……ひぃっ」
ああもう、なんで照れると睨みつけるしかできなくなるのかなあ、私。
「……どこが女の子っぽいのよ」
「ほら、窓のとこのぬいぐるみとか! 可愛い〜」
「ああ、こないだの大会でもらった景品ね。そんなに可愛いならあげるよ?」
「いいの⁉」
「まあ、私には似合わないしね……」
なんで同級生の男子の方が私よりぬいぐるみが似合うんだか。女子力で完膚無きまでに負けているのは、とうの昔に諦めているとはいえ、やはり悔しい。
でも実際似合ってるし……なんだこのゆるい空間は。遥が喜ぶならぬいぐるみだって本望のはずだ。
「うーん、やっぱりいいや」
「えっ、なんで」
遥は、赤ちゃんでもあやすように丁寧に抱いていたぬいぐるみを、何故か私に返した。よくわからないけどとりあえず受け取ると、2歩ほど下がって全身を眺められる。
「……うん、やっぱりこういうのは女の子の方が似合うよ。かわいい」
「なっ⁉」
フリーズしていた頭が一気に解凍される。それはもう、頭のてっぺんから湯気がたってないか心配になるくらいに。
「じゃあそろそろ勉強しようか」
「うん……」
無邪気な笑顔が憎い。それでいて憎めないこの感情がなんなのか、私はずっと前から気づいていた筈だ。それなのに心の叫びから、ヘッドフォンで耳を塞いで逃げている。
「ごめんね、せっかくの日曜日なのに」
「なんで遥が謝るの。こっちこそ、わざわざ同級生に教えてもらうなんて……」
珍しくセンチになっていた私にかける言葉を探していたのか、ほんの少し休止符を挟んで遥は言葉を続けた。
「僕が好きでやってる……から? あと……」
突然、言いづらそうに俯く遥。
「えっ、何?」
「ほ、ほら、貴音の点数がやっぱり心配で……」
「余計なお世話よ!」
反射で怒鳴ると、遥は何故だかほっとしたような表情になった。そんなにさっきの私は変だったのか。
「何からする?」
「うーん……数学にする。一番苦手だから」
「わかった。じゃあ95ページの章末問題の、問1から問8までやってみて。30分……40分あったらできる?」
「げっ、2時間はかかりそう」
意外とスパルタだな、なんて思いながら、記号だらけの三角形を睨む。軽く気合を込めてシャーペンをノックすると、「がんばれー」なんて呑気な声がした。
嫌いなはずの勉強も、今日は不思議と辛くない。幸せ、なんて言葉が脳裏を掠めるくらい。
相変わらず、全然掴めない。見慣れない定理も、霞みがかった私のココロも。そして、きみのこと。
ちょうどいい区切りが無いという
>>285
>>290
>>303
>>311
>>326
結構長くなったwww
遥貴でメランコリック、完結です!
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