>>703
海「なんで、なんでよ……」
ずっと信じていたのに、どうして、あの研究所にあいつがいたんだ……。
☆
1週間後
ここ1週間、私を追ってくる者は現れなかった。でも、きっと時間の問題だろう。
行くあてもないまま、道を歩く。町は夜だからかすごく静かだった。こんな時間に外を出歩いていたら補導されるだろう。私はなるべく人目のつかないところを歩くことにした。
途中の道で公園を見つけた。あの少年と会った公園ではなかったけれど、私はふとあの頃に戻りたいと思った。いや、小1の夏休み。もしも時を戻せるのなら、あの頃に戻りたい。
近くで車が止まった。
海「?」
車のドアが開かれた。
海「⁉ お前……」
柳「やぁ、久しぶりだね」
そこから現れたのは、白装束をしている柳沢だった。片眼が義眼になっていた。いったい何があったのやら、いや。今はそんな状況じゃない。
私は後退した。後ろに人の気配はない。あのときみたいに、ヘマをするわけにはいかないんだ!
柳「お前に帰る場所はあるのか?」
海「………」
柳沢の言葉に、ギクリとした。でも、私は逃げなきゃいけない。あいつと、「死神」と対面するくらいなら。
柳「あぐりが死んだ」
海「え……?」
あぐりさんが、何だって。
海「なんで……」
柳「奴が……『死神』があぐりを殺した」
海「⁉」
「死神」が、あぐりさんを?
柳「そこでだ。私と協力して奴を倒さないか?」
海「……居場所は、わかるの?」
柳「おそらく、椚ヶ丘中学校だろうな」
⁉ 椚ヶ丘、だって……?
柳「さぁ、どうす……」
海「断る」
柳沢の言葉をさえぎって、私は続けた。
「死神」があぐりさんを殺したなんて、そんなことあるはずない。あるはずが、ないんだ。
何故なら……。
海「『死神』は私の獲物だ。お前のような奴と協力もごめんだ」
柳「私から逃げられるとでも思っているのか?」
海「逃げるさ。どんな手を使っても」
私はウェストバッグから催涙ガスのボールを取りだした。気配は、していた。
海「ここで、捕まるわけにはいかない!」
地面にボールをたたきつけてガスを爆発させた。
A「な!」
柳「チッ」
周囲に5人。殺し屋の雰囲気ではなかったけれど、人がいる気配はしていた。
私は走りだした。
☆
あぐ「海、中学校生活を全力で楽しんで」
何言ってんのさ、あぐりさん。
そう言おうとしたけれど、声にでなかった。話せなかった。
あぐ「それとね、海。もう1つ……」
あぐりさんの横腹に、血がにじんでいた。顔も、よく見たら泥だらけになっている。周囲の景色が変わっていく……。壁も天井も壊され、空には不自然な形をした三日月が浮かんでいた。
あぐ「あかりを、助けて……」
そう言って、あぐりさんは目を閉じて崩れ落ちた。
海「あぐりさん!」
そこは、異臭がした。
海「くさっ!」
鼻につく匂いをかぎ、初めてここがどこだか気がついた。
海「そうか。下水道に逃げ込んだのか」
柳沢から必死に逃げて、地下なら電波も届きにくいだろうと思って下水道に逃げ込んだ。そこで力尽きて、寝ていたんだ。
私は、涙を流した。涙を流すなんて、いつ以来だろうかと。そんなことを思いながら私は泣いた。
「死神」があぐりさんを殺すなんて、ありえない。何故なら、殺し屋「死神」はかつて殺し屋だった「死神もどき」と違って、関係のない人を殺すなんて、ありえないから。それに、もし仮に「死神」があぐりさんと接触していたのなら、彼はわかっただろう。あぐりさんの、あの温かな優しさに。きっと……。
海「うっ、うっ、うあああああああああああああああああああああ!」
あぐりさんが、私を裏切ったんじゃない。あぐりさんの言葉を聞いて全てを信じられなくなった私が、彼女を裏切ったのだ。
海「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
誰に言えばいいのかわからない、「ごめんなさい」という言葉を、私は何度も何度も口にしていた。
>>711「誓いの時間」
いつまでもこんなところにいたら、気分が悪くなりそうだ。そう思って、私はそっと地上にでた。外は暗かった。雨粒がぽたぽたと頭の上に落ちてきた。私は急いで近くにあった橋の下に移動した。
あぐりさんが言っていた、「あかりを助けて」あれはいったい何なのだろう。妙に心に引っかかった。でも、所詮は夢。そのくらいで片づけられる気がする。
あぐ「中学校生活を全力で楽しんでほしいの」
全力で、楽しむ……。
密かに、学校にはいつか通ってみたいと思っていた。でも、そんなの永遠に叶わないとも思っていた。それに、今さら学校に通ったところで何の意味もない。だって、私が学校に通うと決めた本来の目的は、あぐりさんに教師の仕事を続けてほしかったからだ。
あぐ「あかりを、助けて……」
声が、よみがえった。というか、隣で聞こえたような気がした……。私は、また涙を流した。
海「ごめん、なさい……。ごめんなさい……」
謝ることしかできない。でも、その謝る方向がどこに向ければいいのかもわからない……。
海「どうすれば、いいの……。あぐりさんは、私にどうしてほしいの……?」
「死者と会話ができたなら」そんな一文を何かの本で読んだことがある。まさに、今の私はそれだった。私は、何をすればいいんだろう。
A「いたぞ!」
海「⁉」
まずい、見つかった。
私は急いで走りだした。
逃げなきゃいけない。どこまでも、どこまでも、行くあてもないまま。でも、どうして逃げなきゃいけないんだろう。柳沢の言葉から察するに「死神」はもう研究所にいないことはわかっている。それなのに、どうして……?
頭がだんだん痛くなってきた。意識も朦朧としている。休もうにも、休む暇さえない。私の体力は限界だった……。
☆
現在
海「発信機がある限り、私は永遠に自由にはなれない。そして、私は気づいたんだ。たとえこの学校を卒業してもまた行くあてがなくなる。目的もなくなる。だから、私は未来がわからないんだ。描けないんだ。自分がどうなりたいのかもわからない。自分が、何になりたいのかも。学校、卒業したら、また私は以前の生活に逆戻りだ。私の考えからするとね、未来も希望もない。そんな中で生きるくらいなら、いっそ地球が爆破してもかまわなかった……」
海……。
海「でも、色々と後悔してこの世からいなくなるくらいなら……」
☆
私があのときあぐりさんの言葉をしっかり聞いていれば、「死神」の名前に怯えていなければ、あぐりさんを救うことができたのかもしれない。
海「雪村、あかり……」
そうだ、彼女はどうしたんだ? あぐりさんがいなくなったら、彼女はどうなるんだ? 雪村家の家族構成をしっかり聞いたことはなかった。ただ1つ。雪村あかりという妹がいるということ以外は。
もしかして、雪村あかりは本当に。何か危ない目にあってるんじゃ……。「あかりを助けて」あの言葉の意味は、もしかして……。
海「ごめんなさい、気づいて、あげられなくて……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。私が、絶対に、絶対に、助けるから。私の命に代えても、絶対に……、雪村あかりを、助けるから……っ」
私はゆっくりと立ち上がった。雨は依然、激しく降り続いている。頭も、痛い。きっと、首の後ろの発信機につけられた変な液体のせいだ。それでも、そんな状況でも、立たなくてはいけない。
あぐ「中学校生活を全力で楽しんで」
あの言葉を、胸に抱いて。
私は、椚ヶ丘中学校へと向かった。