>>723
5月。私は椚ヶ丘中学校3年E組にやってきた。
烏間先生という、実は防衛省の人だと自己紹介をした彼は、私に。ある依頼をしてきた。
それは、月を三日月に変えて地球を滅ぼすと脅迫している謎の生命体を暗殺する依頼だった。
海「暗殺、ですか…」
私はポカンとした。
まさか、ここに来てまで「暗殺」という単語を聞くとは思わなかった。そうか。理事長がE組に対して言葉を濁していたのはこういうことだったのか。
烏「その暗殺対象者がもうそろそろ来るはずだ」
烏間先生が言い終わらないうちに、校舎の外で激しい爆発にも似たような音が聞こえた。
海「何ですか、あれは」
烏間先生が困ったように眉をひそめて、
烏「あれが、暗殺対象者だ…」
そして、職員室の窓がガラッと開き、そこから黄色い頭の超生物が現れた。
どうして、こいつが……。「死神」がE組に……? 顔も形も随分変わったけど、間違いない。こいつは「死神」だ。
殺「ヌルフフフ。ようこそ、あなたが転校生の本郷海さ……」
私は気が動転して……、そこから先のことはあまり良く覚えていない。気づいたら、職員室で寝転がっていた。
柳沢はたしか「『死神』は椚ヶ丘にいる」と言っていた。これはそういう意味だったのか。
烏「大丈夫か?」
海「はい、すみません……」
殺「にゅぅ……」
見違えた。なんで、こんな未確認生物になっているのかは理解できなかった。もしかしたら、柳沢の実験で頭のネジが飛ばされたのかもしれない。
烏「とりあえず、お前は待機だ」
殺「にゅやぁ⁉ 何故ですか⁉ 私だけのけ者だなんてひどいですよぉ……」
ビ「いったい何の騒ぎよ、朝から騒々しいわね」
この、声……。
職員室のドアが開かれ、そこに現れたのはイリーナ先輩だった。再会するのは約3年ぶりだ。彼女は私の姿を見るなり、目をみはった。私たちは互いに顔を見合わせてしばらく茫然としていた。
烏「イリーナ、彼は本郷海。このクラスに転校してきた生徒だ。本郷さん、彼女はイリーナ・イェラビッチ。E組で外国語を教えているがプロの殺し屋でもある」
海「……よろしくお願いします」
私は頭をさげた。彼女は私を見てしばらく沈黙していたけれど、やがて「ええ、よろしく」と言った。
まさか、先輩がいるとは思わなかった。
あぐ「中学校生活を全力で楽しんで」
あの言葉が再び耳に木霊した。
そうだね、せっかく入れたところだもの。かつて、あなたが教師をしていた場所で、私は本校舎の生徒としてではなく、E組の転入生としてこのクラスに行くことを選んだ。その選択はきっと間違っていない。
あぐ「あかりを、助けて……」
絶対に、助ける。自分の命に代えても、絶対に。雪村あかりを助ける。
あぐりさん、あなたが私にくれた言葉。私はこの教室で学び続ける限り絶対に忘れない。
たとえ、この学校を卒業して、また以前のように行くあてもないままモルモットとして過ごすことになったとしても。
あなたが、私に勇気をくれたから。私は、あなたのために。全てをなげうってでも頑張れる。
教室が見えてきた。教壇に立つとみんなが私に注目していた。
このクラスメイトが、あぐりさんの生徒……。
ちょっと緊張したけれど、勇気を持って。
海「はじめまして、本郷海といいます。よろしくお願いします」
>>724「守りたい時間」
渚side
海「これが、私の全て。私の真実だよ……」
僕らは黙り続けた。いや、黙り続けるしかなかった。
海「にしても、本当に驚いたよ。この教室に来たらさ、あかりはいるわ、渚はいるわ。どんだけ知り合い多いんだよって」
茅「私がいつ、あかりだって気づいたの……?」
海「見てたらわかったよ。だって、そっくりだもん……」
茅「お姉ちゃんに似ているところなんて、1つもないのに……」
海「ハハッ。なんでだろうね。でも、なんでかな。なんか、雰囲気かな。似てるなぁって、思ったんだ……」
海は涙を流した。
海「この教室に来てからさ、本当に毎日、毎日楽しくって退屈しなかった。きっと、あぐりさんの言葉がなくても楽しめたと思うけど、彼女のあの言葉がなかったら、私は学校に通う気さえ起こらなかった。……最初は、素人の寄せ集めに『暗殺』とか無理だろ〜って思ってたし、ナイフにも銃にも、2度と触りたくなかった……。でもさ、あんなに嫌いだった暗殺が……、何故だか、すごく。楽しかった……」
海は、初めからこの教室の真実を全て知っていた。知っていたのに、あえて何も言わず、僕らの隣にい続けた。
僕らが楽しいとき、海は笑っていた。僕らが苦しんでいるとき、海は支えてくれた。鷹岡先生やもう1人の「死神」が僕らを人質にとったとき、本気で怒って、触りたくないナイフと銃を手に取ったのだ……。
渚「海は、この学校を卒業したらどうなるの……?」
海「忘れたの? 私の首の後ろには発信機があるんだよ。これがある限り、私はどこにも逃げられない。きっと卒業したら、また行くあてもないままモルモットとして過ごすんだろうね」
皆「⁉」
そんな、そんなのって……。
海「でも、それでも別に良い気がする。だって、私には触手細胞があるんだよ? この液体が完全になくなったとき、私は触手持ちになる。そしたら、心を触手に侵食されて、みんなを襲っちゃうかもしれないよ……」
僕は奥歯をかみしめた。
そのとき、だった。
茅「触手ってね、聞いてくるんだ」
渚「茅野……」
茅「どうなりたいかって……。私はね、『殺し屋になりたい』って願ったの。殺せんせーを、殺すために……」
イ「俺は、『強くなりたい』と願った」
イトナくん……。
イ「そう願ったら、それしか考えられなくなった」
茅「……海ちゃんだったら、何を願うの? もし仮に、本当に触手を持ってしまったら、何を、触手にお願いするの……?」
海「私、だったら……?」
すると、海は一筋、また一筋と。涙を流し始めた。
海「私は、守れる人になりたい……。誰かを傷つけることで守るんじゃなくて、誰も傷つけず、普通に、大好きな人を、仲間を、守りたい……。私はただ、それさえできればよかったんだ……」
茅「そう思っているんだったら、海ちゃんは大丈夫だよ……。絶対に、心を触手に侵食されることなんて、ないよ……」
茅野はゆっくりと立ち上がると、海に近づき、彼女の手をとった。
海「……っ、うっ、ううっ……。ありがと、あかり……。ありがと、みんな。このクラスに来られて、このクラスでみんなに会えて……。本当に、本当に、良かった……。ありがと、ありがとう……」
茅「何、言ってんの……? お礼を言うのはこっちのほうだよ……。ありがとう、海ちゃん。ずっと、私を心配してくれて。お姉ちゃんの、最期のお願いを、聞いてくれて……。本当に、ありがとう……」
僕はそんな2人のやりとりを見て、僕自身も泣きそうになった。
あちこちですすり泣きが聞こえる。
やっと、海は解放されたのだ。色々な呪縛から、思いから。