繋げてってなんかお話作って!
141:匿名:2018/06/20(水) 20:47
その夜。良治は勉強をせずに疲れ果てて深い眠りについていた。泣きはらしたあとの彼の白い肌、閉じた目は不安と悲しみに満ちてより一層美しい。
美菜子はそっとお兄さんの頬をなぞった。
それが夢の中での感触なのか現実の感触なのか曖昧なまま、彼の意識は遠のいていった。
雀の鳴き声でお兄さんは目を覚ました。朝がきたようだ。昨晩の悪夢のせいかまだ頭がぼうっとする。
ふらふらした足取りで台所に向かうと、美菜子がすでに居た。卵焼きを焼いていたようだが、こちらの足音に気が付いたのか振り返る。
「おはようございます、兄様!」
元気よく挨拶してたったったと駆け足でこっちに向かってくる。
144:匿名:2018/06/20(水) 20:54手には朝ごはんかのっていた。
145:匿名:2018/06/20(水) 20:56「おはよう」良治が微笑む。いつもの日常だ。
146:匿名:2018/06/20(水) 20:59 「美菜子、今日は...って、うわあ、焦げてるぞ!卵焼き!」
良治は今日の予定を伝えようとしたが、じゅうじゅうとフライパンの上で焼けて黒くなっていく卵焼きを見て思わず叫んだ。
「あっ、いけない!」
美菜子ははっと後ろを振り返り、慌ててその火を弱めた。そして舌を出して恥ずかしそうに笑う。
「えへへ...兄様、教えてくれてありがとうございます」
美菜子が料理の失敗をするのは珍しいことだ。
148:匿名:2018/06/20(水) 21:22 「あの、兄様」
美菜子が何か言いたそうに口を動かす。だが言葉が出てこないようだ。黙って俯いてしまった。
「美菜子、どうした?」
良治が妹の顔を覗き込んだ時だった。
「美菜子ちゃあん、学校行こう!!」
どんどんと少し乱暴に玄関の戸を叩く音と共に、美菜子を呼ぶ声がした。
「あ、の…」
美菜子が気まずそうに俯いた。「…ふっ、いいよ、学校行ってらっしゃい!」
お兄さんは美菜子の肩を笑って叩いた。「すみません、行ってきます!!」美菜子は玄関に向かって走っていった。
ドアが閉まる瞬間、美菜子の友達が「美菜子ちゃんのお兄ちゃんかっこいいのに、お料理できないのー?」と話しかけているのが聴こえてきた。
「うん、家事は私の仕事だからね!自慢の兄様だよ」
その声と同時にこんな言葉も聴こえた。
良治は少し赤くなって下を向くしかなかった。
153:匿名:2018/06/21(木) 00:06 頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めながら、美菜子はふと考えた。
兄様は今頃どうしているだろうか。
実はその兄様は海老天を食べていたのだが、スパイダーマンは知るよしもない。
155:匿名:2018/06/21(木) 22:01海老天を食べ終わると、良治はすぐに勉強を始めた。試験に受かるためには勉強しかなかった。勉強以外何も。
156:匿名:2018/06/21(木) 22:05 『良治くんは勉強以外何でもできるよねー』
『頭悪いくせしてちょっと顔がいいから調子乗ってるよな』
ふいに、昔のことを思い出した。自分を変えたかった。ずっと変えたくて、頑張ってきたのだ。
良治は俯いた。
俺は...変わることが出来たのだろうか。
『リョウ君は』
昨晩夢で見たあの子の言葉を思い出す。
『そのままのリョウ君がいいよ』
自分が見捨ててしまったせいで死んでしまった、あの子。
「忘れろ」
自分に言い聞かせるように良治は呟いた。
「忘れるんだ...忘れることにしたんだ」
深く深呼吸して窓を見る。優しく差し込む朝日が目に入る。気持ちも少し落ち着いたような気がした。
「かれん…」
落ち着いたことで、その名が口からこぼれた。
2巻へ続く!
160:匿名:2018/06/21(木) 22:35
薄いこげ茶の肩まで伸びた髪。吸い込まれるような赤朽葉色の瞳。『リョウ君!』と手を振る1人の女の子を、良治はまたもや思い出してしまっていたので
↑でじゃなくて だ。
162:匿名:2018/06/21(木) 22:41 椅子から立ち上がり、いつもより少し早いが学校に行くことにした。あの子のことを早く忘れたい。彼の頭の中はそれだけであった。
時計の針が午前七時三十分を指した。それを確認してから、身支度を整えた良治は玄関の引き戸を開けた。ガラガラという乾いた音ともに、外の光が彼の全身をさす。
「行ってきます」
自転車に跨りぼそりと言う。良治は学校へ向かってペダルをこぎ出した。
(>>160 なんか>>138の名前の意図を分かってくれて嬉しい)
164:匿名:2018/06/22(金) 21:24 冬の冷たい風を頬に受けながら良治は自転車で通学路を走り続ける。
青空を見上げた。今日は快晴のようだ。
あの子と出会ったのも、こんな冬の朝だったな。
そう思ってから、結局家を出発してもあの子のことを考えてしまっているじゃないかと気が付く。彼は乾いた唇をかみしめた。
163←あってた?(笑)
166:匿名:2018/06/22(金) 21:57 「あぁ、会いたいなぁ」
忘れようとすればするほど人は想ってしまうものだ。
下り坂に入った。彼は足をペダルから離した。冷たい風が顔に当たって彼は右目を閉じた。髪の毛がサラサラと風にふかれた。
168:匿名:2018/06/22(金) 22:15下り坂の右側に赤毛の女の子が見えた。彼女の名前は二階堂吟。かれんの友達だ。
169:匿名:2018/06/22(金) 22:23 「あっ」吟が振り返った。
「良治くん、おはよう!乗せてってくれるー?」
彼は自転車を止めて後ろに吟を乗せた。
彼女はかれんと違って落ち着きがない子だ。
171:匿名:2018/06/22(金) 22:39「いえーい!」吟が良治のお腹に手を回して叫ぶ。「おい、目立たないで乗ることはできないのか?まったくー…」良治はため息をついてゆっくり下って行った。
172:匿名:2018/06/22(金) 23:10 「良治くん、川だよ。止まってこ!!」吟が後ろからハンドルを手にとってぐんっと曲げる。「う、うわぁ!」自転車は吟の思うままになって曲がった。
「冷た!!」吟は水に手を突っ込んで思いっきり笑った。真冬の川の何が嬉しいのか。良治は吟を見てるだけで疲れた。
「…良治くんはさー、かれん覚えてる?」
吟がいきなり聞いてきた。
「当たり前だろ…。」
良治は触れられたくないところを突かれて何を言ったらいいかわからなかった。
「あの子とね、小学校の時よくここに川遊びに来たんだ」
川の流れを見つめたまま、吟は言う。
「え...椛怜がよく川遊びを?」
良治の思い出にあるあの子からは想像し難い姿であった。そんな驚いたような彼の顔を見て、面白そうに相手は笑う。
「あはは、良治くんは私達が中学校に上がった時この町に引っ越して来たんだから知らなかったでしょ?あの子、ああ見えても小さい時はとっても活発だったんだから」
本当に知らなかった。自分の知るあの子はいつもつんと澄ましていて、その成績の良さ故に嫌味ったらしいところもあって、それでも時々見せるとても小さな子供のような無邪気な笑顔が眩しくて...
「でね、今の時期こんなに水があるのが嬉しくって、つい止まってもらっちゃったんだ」
吟の声で良治ははっとした。
そういえば真冬に川の水がこれほどあるのも珍しい。
良治は水に近づいた。サラサラと水の流れる音が耳に響いて心地よい。
176:匿名:2018/06/23(土) 15:06 https://i.imgur.com/jeO2Aly.jpg
吟のイメージこんな感じ
「私はねー、ここに来るとかれんと繋がってる気がするんだー」吟が赤髪を揺らして口角を上げる。
178:匿名:2018/06/23(土) 18:00 良治は微笑んだ。
学校に着いて吟をおろした。
「ありがとねー」
吟が走って先に行く。
「俺もここなんだけど…」良治も自転車を止めて学校に入って行った。
良治の下駄箱と吟の下駄箱は一例とばして隣だ。良治が下駄箱のドアを開けると、何通か手紙が落ちてきた。彼は無言でそれらを拾いカバンに入れると「なんで良治くんばっかそんなもてんの?!」と、吟が頬を膨らませていた。
181:匿名:2018/06/24(日) 17:53 「あはは...二階堂の大好きな寺川先輩が高校でもちっともモテないからって、俺に僻みか?」
良治がからかい気味に笑うと、吟が目の色を変えて飛びかかってきた。
「何い?!先輩を馬鹿にしないで!いいの!先輩はとっても純粋だし、高校で野球も上達してだんだん日の目を見始めたらしいんだから!」
悪い悪いと言いながら自分より頭一つ分ほど小さな吟の頭を抑える。
「けれど、俺も始めから皆と上手くいっていた訳じゃないんだ。二階堂は中学校に上がってすぐイギリスに行っていたから知らないだろうけど...」
ぴたりと吟が暴れるのをやめた。決まりの悪そうな顔で良治から目をそらす。吟は中学校入学後すぐに家庭の都合で渡英し、日本に帰ってきたのはつい半年前であった。...そう、あの子が死んでしまう2ヶ月前。
「俺がこんなに皆と仲良くなることが出来たのも、全部椛怜のおかげだよ」
寂しそうに良治は笑った。
「…ふーん」吟が気まずそうにバンっと良治の背中を叩いた。「いった!!お前少しは力弱くしろよ、女子らしくない」
「うっさい!」さっきよりも強い力で吟は良治を叩く。
ぎゃーぎゃーと2人が騒いでると、「何やってんだよーまた夫婦喧嘩かー?」と本条がニヤニヤと近づいてきた。
本条みなと。良治の幼馴染だ。
良治は幼稚園生の時までこの町に住んでいた。だがその後、とある事情で卒園とともに別の街に越すことになった。
その彼の幼稚園の時までの幼なじみがみなとだ。
「何言ってんのみなと。」
「ちょっとやめてよみなとー!」
ややこしいことに、みなとは吟の元彼でもある。
「みなと、違うって」
慌てて良治は吟から体を離す。そして少しの間黙って、深刻そうに言った。
「いや、でも実際の夫婦喧嘩もこんな感じなのかもしれないな...恐ろしい」
ぶふっと吟とみなとが同時に吹き出す。
「何真面目に考えてるんだよリョウちゃん、お前はいつもこう他人の冗談を本気にするんだからさ、言ったこっちがおかしくなるよ」
みなとは本当に腹を抱えて笑っている。
「可愛いー!」
「良治すきー!」という声が飛び交った。
「ああ、そうだよな...俺はどうしてこうなんだろう」
顔を赤くして良治は黙る。その反応もまた二人にとっては面白かったようだ。
一通り笑った後、みなとは職員室に用事があるからと言って去って行った。
吟と前後並んで廊下を歩く。
「でも、私嬉しいな」
突然相手が良治の目を見つめて言った。
「何が?」
良治も吟を振り返る。朝方の廊下の空気は冷え切っている。早くストーブのついた教室に入りたいという思いから、先頭を歩く良治の足は速まっていた。
「良治くんと、また普通にあの子の思い出話が出来て」
一呼吸間をおいてから、吟は続ける。
「ほら、椛怜が死んじゃってからの良治くんはさ...あの時の私から見てもすごく心配だったし...もちろんみんなも心配していたし...。けれど、こうしてまた楽しくお話出来て嬉しいなあってこと!」
「おいおい、見せ物じゃないんだぞ!散れ散れー」
みなとが騒ぎを聞いて近づいて来た野次馬たちに手を振る。
(誰かイラスト描くのが上手くて暇な人、気が向いたら良治のイメージ像描いてください〜)
190:匿名:2018/06/25(月) 22:16189→それな!
191:匿名:2018/06/25(月) 22:18 188送るの遅くなっておかしくなった(笑)
抜かして!
(187からいきます。)
「…うん、俺もだよ。ありがとな。」良治も一呼吸して笑った。
(187からいきます。)
「…うん、俺もだよ。ありがとな。」良治も一呼吸して笑った。
↑うん、ダブった!
195:匿名:2018/06/25(月) 22:34(良治くんかっこいい、いい人だしかっこいい。まじ現実にいないかな)
196:匿名:2018/06/25(月) 22:43↑ほんとそれ。
197:匿名 hoge:2018/06/25(月) 22:48朝会が済んだ時、丁度1時間目の予鈴が鳴った。
198:匿名:2018/06/25(月) 22:49良治は席について黙々と数学の予習をしていた。
199:匿名:2018/06/26(火) 19:40「おーまーえーなー!勉強しか頭にないのかよー。たまには俺とデートしようぜ、デート!」職員室から帰ってきたみなとが良治に絡む。
200:匿名:2018/06/26(火) 21:22いかにも嫌そうな顔をした良治には目もくれずみなとは、はははっと笑っている。
201:匿名:2018/06/26(火) 22:15 「みなと、俺より成績が良いからってずいぶん余裕だな?明後日の数学の単元テスト、俺は負けるつもりはないよ」
良治の言葉でみなとの顔が青くなった。
「うおっ、それって明後日だっけ?すっかり忘れてた」
「…ムカつくわぁ。なんでこんなに努力してるのにみなとに勝てないんだ…」
良治はみなとを上目遣いで睨んだ。
「おーこわ。」みなとがニヤっとした。
人は生まれながらにして才能を持つ人と持たない人がいる。だから仕方ないことなのだ。
けどそれを自分の前で見せつけられるのはどうも気にくわない。
「まぁ俺は天才だから良治は俺には勝てねーよー(笑)」とみなとが得意げだ。
良治がみなとの頭を思いっきりぐりぐりしていると、吟が「座ってー授業始まるよーそこのカップルさん」と冷たい目で見ていた。
「はーい」とみなとが両手を上げて席に座った。良治が吟をチラッと見ると、吟はくすっと笑って舌を出した。
吟の瞳はどこか椛怜に似ている。落ち着いたような、自信に満ちたような…
205:匿名:2018/06/29(金) 22:32(最近美菜子ちゃん出てこない…寂しい)
206:匿名:2018/06/29(金) 22:49 その日の放課後を無事に迎え、良治は家路についていた。一人でである。吟は地元の図書館で、みなとは彼の通う進学塾で勉強するらしい。
朝、吟と来た川原沿い。ここは自転車を降りて歩く。何故そうする気になったのかは良治自身にもよく分からなかった。いや...本当は分かっている。あの子と縁がある場所だと知ったからだ。
俺はやっぱり、君のことを忘れられそうにもないよ。
対岸を見つめて良治は心で呟いた。
夕日が川面に反射してキラキラと光っている。夕焼けが綺麗だった。
明日はきっと晴れるだろう。美菜子が喜ぶだろうな。
ぼんやりとそう思った。
「おかえりなさいっ」美菜子が満面の笑みを浮かべて抱きついて来た。「ただいま」良治は小さな頭を撫でて癒された。
208:匿名:2018/06/30(土) 22:49 何もかも満ち足りていて幸せだった。父もいた。母もいた。周りに温かさもあった。美菜子は今以上によく笑う子だった。
8年前までは。そう、母が死んでしまったあの年までは。
母が死に、父は変わってしまった。もうそれ以前のように温かい笑顔を向けてくれることはなくなった。頻繁に酒を飲むようになった。良治と美菜子によく暴力を振るうようになった。美菜子に父の手が振り上げられる度に、良治は妹を庇ってその拳を受けた。変わってしまった父の前に兄妹はいつも怯えていた。父から受け取るものは、ただ冷たく憎しみの満ちた視線だけ...。
そして8年前のあの日、突然父がこの家を出るぞと言った。良治が酷く驚いてなぜかと尋ねると、金が無くなったからだと彼は答えた。美菜子が3歳。良治はもうすぐ小学校に上がるという冬の日だった。
そんな父であったのに。苦しい思い出の方がはるかに多いはずの父なのに。
なぜあの事件の時、父は自分達を庇ったのだろう。
はっと我に返る。いつのまにか日がだいぶ沈んでいた。
...また俺はあのことを思い返していたのか。
良治がやや焦って周りを見回すと、午後五時を告げる町のチャイムが鳴った。
(作り方うまくね?)
210:匿名 主:2018/06/30(土) 23:11上手いね
211:匿名:2018/07/01(日) 14:29「兄様〜?ご飯できましたー」美菜子の声が聞こえてきた。彼はシャーペンを置いて居間に出た。
212:匿名:2018/07/01(日) 19:12「兄様、受験勉強の調子はどうですか?」
213:匿名:2018/07/01(日) 19:26 (やべ、途中書き込みしちまったわ)
↓続き
食卓に座ると美菜子がそう尋ねてくる。
「うん、はかどっているよ。明後日にも数学の単元テストがあるんだけれど」
そこまで言って、良治は不意に黙った。
今日のみなととの会話が頭に浮かんでくる。
『まあ俺は天才だから、リョウちゃんは俺に勝てないよ』
あの時は笑いながら答えることが出来たが、今になってなんだか無力感が湧き上がってきた。
そうだ、俺には元々の才能がない。そもそも生まれついた環境だってみなととは大きく違うんだ。俺みたいなのが努力したところで高が知れている。
「...美菜子。一昨日ね、先生に言われたんだ。俺はこのまま頑張ればあの県立一番の学校へ受かる学力も十分つくだろうって」
美菜子が箸を置いた。じっとこちらを見つめてくる。良治は続けた。
「でも...俺には自信がないんだ。俺なんかがこんなに頑張っても、この先元々の才能がはるかに上の人達には到底及ばないだろうから」
ずっと腹の底に溜まっていたものが口をついで出てくるようだ。
こんなこと、美菜子にだから言えるんだ。美菜子にだから...。
「俺は、このまま頑張り続けることが出来るのかな?」
美菜子はじっと黙っていた。その時間はたった数秒だっただろう。だが、良治にはとてつもなく長く感じた。
215:匿名:2018/07/01(日) 20:39「兄様は努力家で、一生懸命で、人一倍頑張れる人です。だから、だからこそさみしがりやで心配性なんですね。」ふふふっと美菜子が良治に笑顔を向けた。
216:匿名:2018/07/01(日) 20:44 「絶対兄様なら大丈夫です。でも、決して無理はしないでくださいね!」
美菜子が再び箸を持って食べ始める。
ほんとに、美菜子には毎回助けられる。
美菜子は昨日も言ってくれたじゃないか。
『わたし、本当はいいんですよ。兄様があの一番の学校に受からなくても。』
昨日美菜子と並んで帰った時のことが蘇ってくる。
『わたしは・・・兄様とこうして楽しく暮らして、そして兄様が側で笑っていてくれればそれでいいんです』
もう美菜子だけでいい。美菜子が側に居て、こうして微笑みかけてくれるだけで十分じゃないか。
「美菜子、俺もだよ」
良治の口から思わず声が漏れた。妹はきょとんと首をかしげる。
「俺も幸せなんだ。美菜子がこうして側で笑っていてくれるだけで。でも、そうしているためにはもっとお金が必要なんだ。...美菜子にずっと笑顔でいてもらうために、もっと生活を良くしたいんだ。だから俺は頑張れるんだよ」
最後まで言い切ると、ああ、俺はこんな風に考えていたんだと思った。頭の中の霧が少し晴れたように感じる。良治は顔を上げ美菜子の目を見た。
「美菜子。お前だけは絶対に俺が守るからね」
美菜子の瞳が大きく見開かれた。そこから涙が溢れてくる。
「あーあーもう、泣くなよー」
良治が笑いながらティッシュを何枚かとって美菜子に渡した。
「...ご、ごめんなさい。兄様がわたしのこと、そんなに思っていてくれてたなんて」
美菜子が途切れ途切れに言う。
美菜子がこんなに感情的になるのは滅多にないことだ。
「大丈夫?美菜子…」彼が美菜子の頭を撫でる。
221:匿名:2018/07/02(月) 21:48 美菜子を宥め、夕食を終えてその日良治は床に就いた。勉強は早起きして取り組むことにしたのだ。
そしてその夜彼が見たのは優しい夢だった。
『...リョウ君...リョウ君』
自分を呼んでいる声がする。
あれはきっとあの子だ。あの子が、自分を呼んでいるのだ。
優しい声...。君は怒っていないの?俺のせいで死んでしまうことになったのに。君は許してくれているの?
朝。良治は目を覚ました。
つーっと頬に涙が伝っていた。
「はぁ…椛怜…」口からその名が溢れて余計に涙が出てきた。
優しい声がまだ頭に残っている。『リョウ君、私は……』
椛怜は何を言おうとしたのだろう。良治はケホッと咳をしてから涙を拭いた。
『リョウ君、リョウ君は私のこと、どう思ってる?』
記憶がバッとよみがえった。あの時、あの時椛怜はそう言ったんだ!たしかにそう…
俺は…何て返した?ちゃんと好きだって返した…?
閉じてしまった記憶の扉を開けたくなった。
いや、今日はこのまま眠ってしまおう。そんな気分だった。
226:匿名:2018/07/03(火) 21:42くっ…思い出しかけの記憶が気になって眠れない…
227:匿名:2018/07/03(火) 21:53 良治は洗面台に立って水を出した。こんなに気にしてたらダメだ…
冷たい水を顔にかけて彼はぶるっと震え上がった。
「兄様」
「うわっ?!」
良治がタオルで顔を拭いていると突然背後から声がした。仰天して振り向くと美菜子が立っている。
驚いた顔のままの良治の頬に手を伸ばし、綺麗な指先ですうっとなぞった。
「兄様...また苦しんでいたのですか?あの人のことで」
苦しいよ、美菜子。
その言葉を呑み込んで良治は首を振る。
そっ気ない素振りだった。
良治は足早にに立ち去ろうとするが、後ろから美菜子が強い力で手を引く。
「何で隠すんですか?!何年兄様と一緒にいると思ってるんですか!嘘ついてることなんてすぐにわかります!」
美菜子は良治の目をじっと見つめた。
「…わかったよ、美菜子にはかなわない」
良治はははっと笑ってはなしをそらす。
「も〜兄様は…」
美菜子は呆れたように良治を見た。心地いい。こんなやりとりでさえも彼にとって心地良かった。
美菜子がいる。友達がいる。それで良かった。今の弱りきった良治には、それぐらいがちょうどいい。
234:匿名:2018/07/05(木) 23:36 でもそう思っていても椛怜の姿が何度も頭に浮かんでくるのだ。
…好きだからだった。心から、椛怜のことを想っていたから…
凛として、赤朽葉色の瞳が美しいさわやかな女性だった。いつも良治が悩むと、一緒に悩んだ。とてもいい人で、椛怜に心を奪われる男は多かった。
236:匿名:2018/07/06(金) 20:45自分もその1人だったのだ。
237:匿名:2018/07/06(金) 22:53 先程から椛怜のことばかり考えているのにも関わらず、良治が一つだけ思い出せないことがあった。
それは、あの子が最期に自分にくれた言葉。
『リョウ君...私は』
良治はどうしてもその続きが思い出せないでいるのだ。
もうこれ以上考えるのをやめようと決意する。
考えたところでどうしようもないのだから。あの子は二度と帰ってこない。
「兄様、ご飯…」
「あ、大丈夫。俺ちょっとみなとの家で勉強してくる。午後には帰ってくるからね」
勉強をして、気持ちを切り替えようと思った。
「わかりました。気をつけてください!」
美菜子はニコッとして彼を見送った。
「よー」
「良治おっすー」みなとはドアを開けて片手をあげた。
「どこまで進んだー?」みなとが机にお茶を置いて良治と目を合わせた。
「あんがと。 √のとこまで。」