>>9
スマホによってパソコンが淘汰されるかどうかは、はじめから論点にしていない。
手軽さについて反論すると、スマホの手軽さはクオリティを代償とする必要があるという考えをこちらは持ってる。
小さな画面によって迫力に欠けたり、一画面ごとの文字が少なすぎて非効率だったり、スピーカーが貧弱だから音響で感動できなかったり。
もちろん教養へたどり着くまでのハードルは低いに越したことはないんだけど、今のように外へ出る必要が減ってる時に、モバイル性がどれだけ関係あるのかについても疑問がある。
>>8 で食事で例えられてるのがけっこう感覚として近くて、カロリーメイトの利便性は美食の素晴らしさを凌駕しないという考え方なのよね。こっちは美食という教養を得るのが大事だって話をしてるわけだから。
家の中で使うとなればパソコンの方が良いだろう。
それこそ、リモートワーク、授業だったりは大画面で高画質な方がやり易い。
ただ、普段使いやちょっとした外出だったりではパソコンは邪魔でしかない。
ていうのも、正直な話手軽さ、使いやすさの点ではスマホの方がやりやすい上、コンパクトだ。
普段使いでスマホしか持ってない人が多いってことは、ほとんどの人はそこに質とかってあまり求めてないと思うんだな。
それに、情報へのアクセスと情報処理能力は、現代においてはパソコンもスマホも(画面の大小とか音質とかは抜きにして)大差ないから、そこら辺で文化資本に差が開くことは無いんじゃないかな?
で、パソコンは必要か否かと聴かれたら、当然だけど必要だよ。
こっからは僕の勝手な邪推なんだが、スレ主はパソコンへの絶対な信頼と、スマホへの多少なりの蔑みみたいなのを持ってないですか?
「パソコンは必要か」というタイトルのスレにおいて>>2のようなコメを見ると、どうもパソコン至上主義的な感じに見えるんですよね…
この議論で、文化資本の定義って重要な立ち位置なの?
重要なのであれば、ちゃんと定義したほう良さそうだよね。
そもそも文化資本は資本なんだから、教養なんかの芸術的な知識とか感性とは別モノ。
>>11を読む限り、論点は文化資本ではなく高品質な娯楽を享受できるのはどちらか?ってことっぽい。
スマホとPCのどちらがエンターテイメントを楽しめるか?という問いであればPCだと思うよ。
あ、申し訳ない。>>10>>11の間違いです。