アンチ板を復活希望の人、その理由を教えてください。

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27:ひ:2021/12/14(火) 00:45 ID:4bs

>>25
スマイリーキクチの事件についてだが、これは悪口という要素で、人を自殺に追い込んだ。という一見単純な構図になっているが実は違う。

悪口 + 個人の特定性 という要素によって成り立っている以上、永久暴力性が濃厚に介在していることがよくわかる。つまり、短期的暴力が永久的なものに転化する可能性は高いという論証には全く使えない材料。
許されるのは、悪口と何度も言っているだろ。文章をよく読め。

>> 別に本音を好きなだけ言える場所は確保されてるよ。5chに行くなり、鍵垢作るなりしたらいいじゃん。

これはその通り。正論すぎる。

>> まず君自身がどう感じるかなんて全く問題ではない。

まずこっちという言葉が表すのは、「俺という一人称的な意味で使ったわけではない。こっちという言葉は、自分を含む嫌がらせや悪口を言うアンチ側という意味で使用した。

文脈上、相手は「人叩いて悦に浸る可哀想な奴らに、なりたいと思うの?」という加害者(アンチ)すらもダメになるという、主張に対する答えでもある。

>> 社会規模で考えてみて問題ではない、とする根拠がわからない。木村花さんが(略

現実の個人特定性という濃度の高い永久暴力性が介在している事件である以上、悪口禁止の根拠にはならない。

>>誹謗中傷する側はそう思うかもしれないけど、誹謗中傷される側はむしろ後者の方を望んでいる。議論をするのなら自分の立場だけでなく相手の立場に立って双方向から思考しましょう

これは正論すぎる。
しかし、被害者と加害者とは明確にすることはできない。時間的に見れば、被害者と加害者の双方の性質をおおむね人間は有する。したがって加害者を語ることは一般人を語ることと等しいのではないかと屁理屈付けておく。

>>では暴力性が社会的に良い方向に働いた事例を提出してみてください。

まず人類の歴史。暴力性があったおかげで、対立が生まれたり、議論が生まれたり、あるいは暴力のおかげで、ここまで社会は発展できた。
そして、暴力性を行使した大勢の人間の心はその時、満たされていること。
暴力性とは、贈与論にあるように、極めて明確なメッセージであること。特に赤ん坊や幼い子供はこの暴力性を頻繁に駆使して、保護者やお友達に訴えかけ、ある種の社会的コミュニケーションをとる。
それから暴力性を行使した幼稚園生から高齢者に至るまで、暴力性という過ちがあるおかげで、反省という行為に取り組める。
まだある。暴力性は明確であり、加害者と被
害者という明確な区別を作り出せること。これは社会秩序の可視化にとって大きなメリットととなる。
悪口や皮肉、揶揄といったものは、ラップの文化面や、政治・報道の領域で強い役割も果たしていると言える。
それから、悪口陰口を言って愚痴を吐くことで親友や友達、ネット友達などの絆を高める効果もあるんじゃないか。(これは人はなぜ悪口を言うのか?という書籍の内容にあるから参考にさせてもらった)
90年代まで単純な暴力という序列化手段によって、いわゆる不良と呼ばれる多くの少年少女たちの居場所を提供してきたこと。
暴力性によって正義は理屈付けられたり、裏付けられたり、正義について論証・再補完してくれる。今みたいな感じで。


どろーん:2021/12/15(水) 18:00 ID:stM [返信]

>>28 最後の一行、うん、そうだな。その手の輩や「同じ板のムジナでありながら自分だけは正常」って顔してるやつよりかはまだ「ひ」のほうが好感持てるわ。
ただ、俺は「そもそもアンチ、悪口なんかしない奴」が一番立派だと思うのでそこら辺でちょっと彼と食い違うかね。

>>27 >悪口 + 個人の特定性 という要素〜
ここはわかりやすい。悪口の対象が自分だとわからないなら言われてないのと同じ。>>10にしたって作品を経由して信者を攻撃しているのであって、信者を直接攻撃しているわけではないしね(こういう解釈で合ってる?)


ここからは全く関係ない話
>>26に書いてある「運営にとっては損でしかない」葉っぱからアンチ板が消えたのはこれに尽きると思う。ラスト2年くらいはサポート板のアンチ板絡みの依頼は対応かなり杜撰だったし、倫理道徳以前に管理が面倒になったからとかあるんじゃないですかねー


ひ:2021/12/16(木) 19:05 ID:tmY [返信]

A
「他者から不当な扱いを受けるかもしれない」「自己の社会的な位置付けが底辺へ下落してしまうかもしれない」
こうした不安や恐怖の心理が作用する状態になることを、「傷つく」と呼ぶ。

そしてここまでから、導き出される傷つく条件というのが二つ。
一つは、悪口を言われて傷つくプロセスの中には、自己を認識する他者の存在が必ずあること。
もう一つは、悪口という評価を下された自己を、他者が認識すること。

決して「悪口を言われた」だけで傷つくわけじゃない。必ず他者がいて、それを他者が認識することで、傷つくのだ。

しかし、悪口を言われた自分を、そもそも認識する他者がいなければ、どうか。

ネット掲示板の場合、基本的に他者はリアルの自分を特定することができない。

特定ができなければ、認識もできない。

ネット掲示板で得られるのは基本的には、せいぜい「掲示板上での名前」「文体」「アイコン」などといったもので、リアルの自分は特定できない。

だから、個人の特定性の観点を除いて、ネット掲示板で悪口を言われたとしても、リアルの自己を他者が認識できないのだから、
リアルの自己の評価が脅かされず、傷つかないと言える。
このことについて、おそらく>>30では、「悪口の対象が自分だとわからないなら言われてないのと同じ」と表現したのだろう。

しかし、リアルの自分を特定されなくても、傷ついたことがあると言う人もいるかもしれない。
それは、ネットで創り上げた架空の自己と、そのネットの自己を認識するネットの他者という虚構があったからで、
傷ついたのは、ネットの自己の方である。

だが一般人は、あくまで ネットの自己 < リアルの自己 という優劣性を含んでいることを強調させてもらう。
たとえ、ネットの自己が傷ついたとしても、修復能力は早く、短期的で、さらにはゲームのサブデータみたいに消しては創りというやり直しが効く。所属団体もリアルと違って、容易に変えられるし、自分自身で容易に団体を創ることさえできる。

だから、一般人にとっては、ネット掲示板等で創り上げたネットの自己が、悪口によって毀損されても、永久性はないと言える。
あくまで>>12で示したように、ネットの掲示板の悪口は短期的暴力性である。
したがって、ネットでの作品や作品の信者に対する攻撃もまた、短期的暴力性であり、それぞれの自己が永久的な損害を被ることはない。

※ネットが舞台となる歌い手や配信者は、リアルの自己 = ネットの自己という等式が成り立ち、優劣はないから、彼らに対するアンチは、永久性があるのかもしれない。

兎にも角にも、そういうわけで結論としては、ネットでのアンチにおいて、単なる悪口は短期的暴力性であり、永久性はない。
そして悪口とは短期的暴力であり、修復が効き、むしろ人間にとって必要な活動なのだという次にの段階に続く話は、>>23>>27なんかの上記で散々述べた。

一方で、単なる悪口ではなく、個人の特定性が加わった場合の悪口は、
悪口を言われるリアルの自己と、その自己を認識(特定)できる他者という関係性が成り立ち、
その結果、そのリアルの自己の社会的位置付けを永久的に毀損しうる可能性があるから、してはならないことになる。

そんなわけで、>>12の主張や>>27に移行する。


◆zq1J3PY:2021/12/16(木) 20:54 ID:7xc [返信]

スマイリーキクチの事件についてだが、これは悪口という要素で、人を自殺に追い込んだ。という一見単純な構図になっているが実は違う。
おそらく勘違いだと思うのですが、スマイリーキクチは自殺していません。

>短期的暴力が永久的なものに転化する可能性は高いという論証には全く使えない材料。
>許されるのは、悪口と何度も言っているだろ。文章をよく読め。
個人の特定性は別に暴力性でも何でもない。個人の特定性を利用しようとする作用によって初めて永久的な暴力性を持つ。スマイリーキクチだって、誹謗中傷がなければただの一芸人だった。
悪口が単体で永続性を持つことはないにせよ、他のものに永久的暴力性を持たせる作用を強く持つならば、ある一定の規制は必要だと思う。

>こっちという言葉は、自分を含む嫌がらせや悪口を言うアンチ側という意味で使用した。
これはこちらが誤読した。申し訳ない。

>時間的に見れば、被害者と加害者の双方の性質をおおむね人間は有する。したがって加害者を語ることは一般人を語ることと等しいのではないかと屁理屈付けておく。
確かにそれはそう。ただ、個々の事案ではそれぞれ明確に加害者と被害者に別れるし、私はそこを一般化して述べたというだけです。

>暴力性があったおかげで、対立が生まれたり、議論が生まれたり、あるいは暴力のおかげで、ここまで社会は発展できた。
それは暴力性ではなく、向上心や競争本能ではないかな。例えば、チンパンジーは人間のような暴力性を持つものの、ただの畜生にすぎない(ただ、競争本能の根幹が暴力性だと言うのなら、それは否定できない)

>暴力性を行使した大勢の人間の心はその時、満たされていること。
心が満たされることを無条件に良しとするなら、覚醒剤や殺人も大いに許容されるべきということになるが。

>(略)ある種の社会的コミュニケーションをとる。
この点では必要かもしれない。たしかに、幼い子供は適切な言葉で感情を説明できない。だが大人がやるべきことではない。

>反省という行為に取り組める。
それは暴力特有の性質ではない。例えば怠惰も反省する理由に足るものである。

>社会秩序の可視化
暴力に依らずとも、貯蓄においては貧者と富者、学歴においては賢者と愚者というように、秩序の可視化は他の枠組みにおいて充分なされているので、必要性はない。

>ラップの文化面や、政治・報道の領域で強い役割
これは肯定するしかない。新聞なんてもともと揶揄するためにできたようなものであるし。

>絆を高める効果
なんなら仮想敵という形で、国家単位でも行われているので、否定できない。

>不良と呼ばれる多くの少年少女たちの居場所
不良に虐げられる側からしたら迷惑でしかないし、更生する機会を失ったとも言えるので、メリットではない。

>暴力性によって正義は理屈付けられたり、裏付けられたり、正義について論証・再補完してくれる。
正義という概念は暴力性よりも自己肯定感の作用の方が大きそう。

うーん、暴力性が有効性を含むことは否定できないが、デメリットも多いので、時と場合によって必要悪として認められる程度にしか思わない。


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