「洗い髪のヴイナス」
ぼうと見やる庭の先道に
カランコロンと
下駄の音
石鹸の香り
たなびく黒髪
洗い髪のヴイナス
はと気づくと
ヴイナスは消えた
喫茶処で茶をしていても
学び舎にて学業を積もうと
浮かぶのは
洗い髪のヴイナスの事ばかりだ
胸中が熱い
ヴイナスの事を考えると
顔は如何だろうか
判らない
洗い髪のヴイナスよ
願わくば
もう一度 我が前に
そして顔を
見せてくれ
友にヴイナスの事を話す
友は鼻で笑ふ
何が可笑しい
人を想う事が
そんなに
庭前の道に
カランコロンと
下駄の音
ヴイナスだ
ヴイナスの下へ
私は駆け寄る
洗い髪のヴイナスの足先に
小動物がいた
ヴイナスは邪魔だと
蹴ろうとす
私は庇い
ヴイナスに蹴られた
ヴイナスは
知らないと
足早に去る
麗しかった
だが麗しくなかった
小動物を蹴ろうとす時の
顔はまるで
鬼女であった
自分は恋をしていたのだ
洗い髪のヴイナスに
だが其れは
私の理想の中だ
私は眠り泣いた
女中は心配そうに
私を見ていた
私は鈍感故に
知る由もなかった
第拾部
『兎に思ひ 角も人』
>>85
『洗い髪のヴイナス』
>>87
『桜花の正腐虫』
>>88
『泥壺』
>>89
『大正明暗混々』
>>91
『惰する操人ノ形』
>>92
『嫉蛇妬犬』
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『金満虚心』
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『王は故に である』
>>118
『喜亡生叫』
>>119
『人形が遊ぶ』