小説として書いてしまっていたのでこちらに移しました💦
663:多々良:2020/08/30(日) 19:56
ガクンと頭を垂らした魔耶から、念のため少し離れる。悪魔が飛び出して急に襲ってくる...なんて事があるかもしれないからだ。
カルセナ「.....魔耶...」
魔耶が意識を失い、太陽が顔を殆ど隠した暗く広い草原にポツンと一人佇む。これまで僅かに吹いていた風が急に止み、辺りには静寂が訪れた。それはまるで、これから悪い事が起きようとしているかのような雰囲気だった。
そんな事を考えながら周りを見渡した後、言葉を発しないまま胸に手を当てる。久々の孤独に小さな恐怖を感じた故にした行動だった。そのとき、カルセナの手にコツンと何か固いものが当たった。
カルセナ「.....あ、そう言えば預かってたな....」
おもむろに胸ポケットから取り出したペンダントは、事前に魔耶から預かっていたものだった。辺りが暗くなってもなお、紅い輝きを放っている。
カルセナ「.......」
静かにそのペンダントを握り締める。そうする事によって、何故かいつも感じている安心感を得られる気がしたのだ。
カルセナ「....どんと来い!」
魔耶「…んぅ……ん…?」
悪魔耶「…あ、目が覚めた?おはよー…いや、もう外は夜だからおはようはおかしいか?」
うっすら目を開けると、自分と全く同じ顔が魔耶を覗き込んでいた。
いきなりの光景にびっくりして後ずさりしようとするが、なぜか動くことが出来ない。そのかわりに、ジャラジャラという重いものが動く音が聞こえた。
…これは…鎖…?私は今、鎖に繋がれている…?
魔耶「…ッ…⁉な、なにこれ…どうなって……」
魔耶は混乱しきった声を出し、鎖から逃れようと体を動かす。しかし、魔耶の体にしっかりと絡みついた鎖は彼女を離そうとしなかった。その光景を見た悪魔耶は軽く微笑んで説明をしてくれた。
悪魔耶「あはは、この状況に混乱してるみたいだね?…じゃあ、大サービスで説明してあげましょう。君は現実世界で意識を手放したよね?そこまでは覚えてる?」
魔耶「……うん」
悪魔耶「よしよし。それで、意識を手放した君はこの空間にいるわけだ。んで、今は君と私が入れ替わる直前?みたいな状態。君が鎖に繋がれてるのは、私が鎖から外れたからだね。私が寝ちゃえば、もう君と私は入れ替わり完了!もう会うことはない!って感じよ。感謝してよね?最後に話す時間あげてるんだからさ〜」
魔耶「……」
つまり、今私は現実世界から離れてこの空間にいるということか。
さっきまで混乱していたはずだったが、悪魔耶の説明を受けて妙に納得できた。そして、少しだけ冷静さが戻ってきた。この状況を飲み込めたからかもしれない。
魔耶「…なら、今これは私と君の最後の会話、だよね…」
悪魔耶「…うん。そうだね」
魔耶「…ならさ、教えてくれない?君の目的。わざわざ私と入れ替わって、なにをするつもりなの?カルセナに、何かするつもりなの?」
これは、魔耶の単純な疑問だった。最後の会話なら、教えてくれるかもしれないと思っていたのもあった。
魔耶の質問に最初は驚いたような表情をしていたが、やがてゆっくりと語り始めた。
魔耶が意識を落として数分経ったが、何も起こる気配がない。そんな状況に、少しだけ困惑した。
カルセナ「ほんとに入れ替わっちゃうのかな....魔耶、大丈夫...なのかな」
まだ悪魔になるような予兆はない....カルセナは少し、魔耶に近付いてみる事にした。
すぐ目の前まで近付き、顔を覗き込む。眠っているかのような表情を見せているが、寝息は聞こえない。不思議な感じだ。
カルセナ「.....あいつはまだ寝てるのかな....」
あいつとはすなわち、ブラッカルのこと。前まで魔耶の中の悪魔に、敏感に反応していた事が記憶に残っている。似た者同士とでも言うからなのだろうか。
カルセナ「...『私たち』で、魔耶をしっかりサポートしないとね」
悪魔耶「…そうだね…今の君は何にもできないんだし、最後の会話サービスで教えてあげてもいいかな。私の目的はね……私達の同類…悪魔を、生き物のトップに立てることだよ」
魔耶「…悪魔を、トップに…?」
悪魔耶「うん。今この世の中は人間が牛耳ってるじゃない。人間なんて、己の幸福しか考えてないような愚かな生き物なのに、なんで人間なんかがトップにたってるのかな…なんて思った私は、悪魔の地位をあげようと思ってるんだ」
魔耶「……なるほどね…その計画では、どんなことを…」
悪魔耶「ストップ!これ以上は言わないよ?目的は言ったもの。方法とかは話してあげるなんて言ってないでしょ?」
魔耶「……狡いなぁ」
魔耶がボソリと不満気に呟くと、悪魔耶は「悪魔ですから」と明るく笑った。自分は笑ってないのに自分の笑顔を見るなんて、変な感じだ。
悪魔耶「……ふぅ。じゃあ、私はそろそろ行かせてもらうよ。最後に目的まで話したんだし、これでいいでしょ?この空間は辛いだろうけど、私が死ななければ死にはしないから大丈夫だよ〜」
魔耶「…⁉ちょ、そんな…いきなり…」
唐突に別れを切り上げられ戸惑う魔耶。まだ聞きたいことがたくさんあったのに…心の準備も、できていない。なのに、この悪魔は私と別れを告げようとしている。唐突に別れを言うことで私に引き止めさせないつもりなのだろうか?もしそうなのだとしたら、本当に狡い悪魔だ。
悪魔耶「あはは!ばいばい、魔耶!元気でね〜」
魔耶「待って‼まだ……」
魔耶の叫びにも近い言葉は、悪魔の耳には届かない。私が言葉をかけたにも関わらず、悪魔耶はその場に座って目を瞑った。そして、魔耶が瞬きをした次の瞬間には、悪魔の姿はきえていたのだった。
魔耶「……っ……カルセナ…」
カルセナ「....何か今、一瞬動いたような....」
ピクッ、と体を震わせたように見えた魔耶の顔を改めて覗き込む。
カルセナ「いつ悪魔化してもおかしくないとはいえ、これだけ時間が空くと怪しくなるな〜......」
と、そのとき、ずっと閉じていた魔耶の目がゆっくりと開いた。
カルセナ「魔耶!!......ッ?!」
一瞬、いつもの魔耶だと感じ、思わず喜んだが....何か異様な雰囲気を感じ取った。いつもの魔耶にはない、威圧するかのような気配。それを警戒し、後ずさった。
悪魔耶「ふぅ.....やっとこのときが来たよ」
垂らしていた頭を上げ、軽く背伸びをする。それを見て、確信した。あれは魔耶ではない。本当の「悪魔」だと。
カルセナ「........」
悪魔耶「....君がカルセナだね?私と君は、初めまして..かな?」
カルセナ「.....そうだよ...」
初めて見る本当の悪魔に、顔が強張る。
悪魔耶「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでよ。...折角頼りにされてるみたいなんだしさ」
カルセナ「...そこまで知ってるんだね」
悪魔耶「ふふ、一応外の様子は把握してるからね。特に君は私(魔耶)との交流が深かったから、よく知ってるよ」
カルセナ「…魔耶は、今どうなってるの?無事なの?」
悪魔耶「………無事っちゃあ無事だけど…そんなの気にしてどうするのさ。もうあの人は外に出てこれないんだよ?無事かどうかなんてどうでもいいじゃん」
そう言い切ると、パッと身体を起こしてカルセナに視線を向けた。
悪魔耶「…今から私が【魔耶】なんだしね」
カルセナ「…ッ」
悪魔耶の発言にザワッとするカルセナ。悪魔耶の発言から、もう魔耶に身体を返すつもりはないのだと理解できた。
カルセナ「……残念だけど、そうはいかないよ。力づくでも魔耶を返してもらうから…!」
悪魔耶「…あぁ、やっぱり戦う気なんだ?まぁその方がこっちとしても都合はいいし、別にいいけどね〜」
カルセナ「…都合がいい…?」
悪魔耶「うぅん、こっちの話だよ。……じゃあ、始めよっか」
悪魔耶の不可解な発言に疑問を持ちながらも、カルセナは能力を発揮して構える。
悪魔耶「君に私の動きが読み取れるかな?...肩慣らしのつもりで、最初だけ軽く遊んであげるよ」
余裕な表情を浮かべながら、スタスタと歩み寄って来る。
カルセナ「(........来る..っ?!)」
数秒先の未来を読み、とっさに右へ避けた。悪魔耶の動きはとても素早く、先読みして避けても頬に傷を付けられてしまった。
横を通り過ぎた悪魔耶の手には、小さな果物ナイフのようなものが握られている。恐らく能力でつくり出したものなのだろう。
悪魔耶「お、避けたね。やっぱりただの人間じゃないだけあるのかな?」
ナイフをくるくる回し、ポンッと消した。その間に頬を伝う、細く温かく赤い筋から伝わる感覚が涙と似ていて少し嫌気が刺した。
カルセナ「..褒め言葉なんて結構だよ....」
悪魔耶「はは、冷たいな〜。...あ、あと君の横を通り過ぎたときに感じたけど....変なもの持ってるよね?」
カルセナ「...?何のこと?」
カルセナがそう言うと、悪魔耶はうーんと考え込む。
悪魔耶「ん〜、なんて言えばいいんだろ…私と似て非なるもの…と言うのかな……」
カルセナ「(……ブラッカルのことかな…もしかして、悪魔耶はブラッカルのことを知らない…?)」
悪魔耶は自分の第2の人格であるブラッカルのことを言っているのだろうか…まぁ、魔耶がブラッカルと過ごした時間は少ないだろうし、知らなくとも不思議ではない。第2の人格であるブラッカルは、確かに悪魔耶と似ているが異なる存在だろう。
悪魔耶「あ、教えてくれないの?まぁいいけど」
カルセナの沈黙を教える気がないのだと勝手に解釈し、独り言を進める悪魔耶。
悪魔耶「……んじゃあ、お喋りはほどほどにして…ちょっと本気でいくよ〜?今度はついてこれるかな?」
そう言い放つと、悪魔耶は右手に太刀らしき剣を持ち、再びカルセナに向かってきた。
カルセナ「...!!速ッ......」
悪魔耶のスピードに戦き、判断が僅かに遅れた。悪魔耶が凪ぎ払った一太刀目は何とかかわし、次の攻撃に備える為に悪魔耶の横に回り込む。しかし、その判断が大きな仇となった。
横に回り込もうとしたカルセナに気付いた悪魔耶は、重そうな太刀をいとも簡単に持ち変え、カルセナを狙って突いた。
カルセナ「「 うわぁあッ!!! 」」
その鋭い太刀先はカルセナの右肩を易々と貫いてしまった。感じたことのない激痛に思わず後ずさる。その拍子に、肩を貫いた太刀は鮮血を纏いながらズポッと抜けた。
カルセナ「.....ッ〜〜!!」
ズキズキと痛む傷口を手で押さえながら悪魔耶の追撃を警戒する。しかし、悪魔耶は襲ってこなかった。太刀を地面に突き刺し、狂気を纏った笑みを浮かべながらこちらを見ている。魔耶に似ているせいか、その笑みがとても恐ろしく感じた。
悪魔耶「一発目を避けた事は褒めてあげるよ〜。次も頑張って避けれるかな?....まぁ、その感じじゃ無理だと思うけどね...」
軽く背伸びをし、僅かにずれた帽子を整えながら言葉を続ける。
悪魔耶「君ならもっとやれると思ったんだけど...意外と期待外れ..だったかな?まぁ私の...悪魔のスピードに着いてこれないのは当然っちゃ当然か。...やっぱり、あっちの私が言ってた事は間違いだね。愛とか絆?ってやつとかに感化されなくて正解だったよ」
カルセナ「ーー〜っ……」
悪魔耶の言葉になにか言い返そうとするが、肩の痛みのせいでうまく頭が回らず、何も言い返せなかった。魔耶の姿でそんな言葉を言われたことに、少なからずショックを受けてしまったのもあったかもしれない。そんなカルセナとは裏腹に悪魔耶は淡々と言葉を続ける。
悪魔耶「あっちの私ったら、愛と絆は存在する〜とか言って…なんで同じ私なのに考え方が違うんだろ?そりゃあ、多少は種族間の考え方の違いってのもあるとは思うけど……」
カルセナ「…………」
悪魔耶「どんな善人だって、いざ自分が危なくなったら自分のことを一番に考えるに決まってるのにね〜。ほんと、戯言はいい加減にしろ?って感じ」
カルセナ「………ちがう…」
悪魔耶「ずっと信じていた相手にも、いつかは裏切られる。それはもう道理のようなものでしょ。私達(悪魔)は、そんな人間をずっと見てきた。だからこそ、愛とか絆なんて存在しないって知って……」
カルセナ「「違うッ‼」」
悪魔耶「……!」
魔耶の口からそんな言葉が流れてくることが耐えきれなかったのか、それ以上悪魔耶の言葉を聞きたくなかったのか…気づいたら、カルセナは自分でも驚くくらい大きな声で悪魔耶の言葉を否定していた。感情に流されるまま、カルセナは次の言葉を繋げる。
カルセナ「愛も絆も!確かに存在してる‼じゃなきゃ、私は魔耶を助けようとなんてしてない!私と魔耶の間には絆が…愛があるから、私は魔耶を助けようとしてる!私が魔耶を助けたいって気持ちは、確かに存在してるんだからッ‼だから…だから……」
悪魔耶「…………あー…もういいよ。分かった分かった」
カルセナが更に言葉を続けようとしたが、悪魔耶の制止に遮られ、それ以上言葉を続けられなかった。…悪魔耶は、自分の言ったことを理解してくれたのだろうか…?微かな期待を含めて悪魔耶を見る。
…しかし、悪魔耶への期待は無残に散ることとなる。
悪魔耶「…君の言いたいことはよく分かったよ。愛、絆は本物…そう言いたいんだね。でも、私は言葉なんかじゃ理解できないからさ…ちょっと、取引してみない?」
カルセナ「…取引…?」
悪魔耶「そう。今君は、肩に怪我を負ってるね?そして、君はもう私の攻撃を避けられないだろうね。だから、次私が攻撃すれば、簡単に君を倒せる」
カルセナ「…だから…なに…?」
悪魔耶「君はまだ死にたくないよね?もっと生きてたいよね?…だからさ、こんな取引はどう?」
悪魔耶「私は、君を逃がしてあげる。そのかわり、君は私を封印しない。…自分の命と魔耶の人格…君は、どっちを取る?」
カルセナ「.....ッ!!?」
悪魔耶が提示した取引内容を聞いて、背筋にぞわっとした寒気を覚えた。
悪魔耶「簡単な話だよ。君がこの場から逃げるか、逃げないか。...今君が逃げて、どこかに行ったって私は追いかけないよ」
まるで、カルセナに逃げる事を催促するかのような語りを見せる。
悪魔耶「命なんて一つしかないんだから。幽霊の君なら分かるでしょ?命の大切さが....さぁ、どうする?」
カルセナ「......ない」
悪魔耶「...?」
カルセナ「私は、逃げない.....!!...だって、魔耶と約束したんだから....ッ!」
振り絞るような声で宣言すると、悪魔耶は溜め息を吐いて体制を立て直す。
悪魔耶「そっか。.....まぁそう言うと思ったよ。...そんなに私に終わらせて欲しいんだね」
地面に突き刺していた太刀を抜き、ヒュンヒュンと目の前で回す。
悪魔耶「人間...いや、幽霊の愛なんかが見れて良かったよ。...それが戯言だって事を、あの世でよーく見ておいてね」
狂気の光を目に宿すと、カルセナの元へまっしぐらに向かってきた。
カルセナ「......ッ!!」
カルセナ「.....やっぱ無理かも...」
ブラッカル「おいおい....大口叩いといてこんな結果かよ」
カルセナ「ごめん....」
ブラッカル「....終わったら、お前には死ぬほど反省してもらうからな」
カルセナ「...ありがとう」
カルセナの体に、悪魔耶が太刀を思い切り振りかざした。
悪魔耶「......!!」
ブラッカル「...もう終わらせちまうのか?もっと楽しもうぜ」
そこには、悪魔耶が振りかざした太刀を素手で掴んでいるブラッカルの姿があった。
悪魔耶「……へぇ…君、さっきとは違うね…誰かな?」
冷静な表情をしながらも、カルセナの急な変化に違和感を感じる悪魔耶。初めてカルセナ(?)に対して警戒を見せ、太刀を消して距離をとった。
ブラッカル「私は、コイツの心の住民ってやつだ。お前は悪魔耶…とか呼ばれてたっけか」
悪魔耶「……うん、私は確かに悪魔耶なんて呼ばれてたねぇ。ま、魔耶って呼んでくれてもいいけど」
ブラッカル「バカ言うな。魔耶は魔耶だけだろ」
悪魔耶「もう私が魔耶だよ?」
ブラッカル「…まだ魔耶は救えるってのに、なんで魔耶の存在を消さなきゃいけないんだよ。魔耶は魔耶、お前はお前だろ」
悪魔耶「…あと数時間でこの体は私の体になるんだよ?魔耶を救うってことは、その前に私を倒して封印するってことだね。………その前に私を倒せるとでも?」
ブラッカル「……あぁ。約束、したからな」
悪魔耶「………ふぅん…じゃあ、もう少し楽しもっか」
先程太刀を仕舞った悪魔耶は、今度は大きな斧を出した。斧の刃はギラギラと光っていて、触れるもの全てを傷付ける事が出来る、と自ら主張しているかのようだった。
悪魔耶「そう言えばさぁ....」
ブラッカル「何だよ」
悪魔耶「君の気配も感じ取ってたけど、もう一つ何か違うもの持ってるよね〜....何て言うんだろう....」
それを聞いたブラッカルは、魔除けの塩の事だろうとすぐに察した。
ブラッカル「さーな。自分の体で確かめてみるか?」
悪魔耶「どうしよっかな〜。....いや。君が、私に勝てないって思ったときにでも使いなよ。きっと最終手段みたいなものなんでしょ」
ブラッカル「....半分正解って感じだな」
悪魔耶「そっか、まぁいつか正体が分かるかな。遊んでれば..ね」
右手に斧を持ち、地を蹴って再びブラッカルの元へ迫ってきた。
ブラッカル「っしゃあ、何でも来やがれ!」
手をポキポキと鳴らすと、悪魔耶が振りかざした斧の刃を躊躇いなく受け止めた。
悪魔耶「....ふぅん、結構強いね。もしかしたら期待以上かも。...無傷ではなさそうだけど」
止めていた斧を突き放す。ブラッカルの手には、うっすらと切れたような後が残っていた。
ブラッカル「ふん、こんなの無傷に等しいよ」
悪魔耶「そっか。……まぁ、このくらいで喚いてたりしたら、とんだ期待はずれものだもんね」
悪魔耶はあははっと笑いながら斧をクルクルと回す。斧が悪魔耶の手を離れるたびに月明かりで光る様がなんとも不気味だった。
ブラッカル「こんなんで喚くような私じゃねぇよ。………さて、そろそろ私も攻撃させてもらおうか。ずっとお前と遊ぶのも楽しそうだが、ちんたらしてたらあいつに怒られちまうからな」
悪魔耶「あいつ……君のもう一つの人格かな?」
ブラッカル「さぁ、どーだかね…」
準備運動代わりに地面をトントンと軽く叩くと、悪魔にも負けず劣らずのスピードで悪魔耶に向かっていくブラッカル。そのままの勢いで、悪魔耶に猛烈な蹴りを繰り出した。
悪魔耶「わぉ」
悪魔耶はその蹴りを持っていた斧で受け止める。
悪魔耶「凄いね〜。君、ほんとに元人間?」
ブラッカル「はは、さぁな。…あと、一つお前に教えておいてやる…」
斧で蹴りを受け止められたブラッカルはそのまま斧を足で蹴って空中で一回転すると、地面に着地して再び蹴りを繰り出した。
ブラッカル「「私の名前は…ブラッカルだッ‼」」
悪魔耶「…!」
その強力な蹴りは悪魔耶の腹部に当たり、流石に耐久性のある悪魔耶も後ろに退いた。
悪魔耶「ッ.....はぁ〜、なかなか良い蹴りだね.....」
ブラッカル「思い知ったか?悪魔耶...いや、悪魔!」
そう言い直して、睨み付ける。
悪魔耶「うん...良かったよ、君に....ブラッカルに出会えて」
ブラッカル「どうだ、素直に封印される気になったか?」
悪魔耶「封印か....またあんなつまらない所に行くのはゴメンだな〜.....」
ブラッカル「....まぁ、封印しようがしまいが、取り敢えず私はお前をぶっ飛ばすけどな」
悪魔耶が屈めていた体を起き上がらせ始めたため、警戒して構える。
悪魔耶「ふふ....あははっ」
ブラッカル「.....?何笑ってやがる」
悪魔耶「ごめんごめん...面白い絵空事だって思ったから。...ほんとに倒されるのは君の方だろうに」
体を立たせ、鋭い瞳でブラッカルを見つめる。
悪魔耶「知らないよね...?本物の『悪魔』の本領....」
ブラッカル「.....あぁ」
悪魔耶「やっぱり。....特別に見せてあげるよ」
悪魔耶「…とりあえず、これは邪魔だから脱がせてもらうよ」
そう言うと、悪魔耶は着ていた上着と猫耳付きの帽子を地面に投げ捨てた。地面に叩きつけられた服達は、くたっとして地面に横たわる。
ブラッカル「…何をするつもりだ?」
悪魔耶「さて、私はこれからなにをするんでしょうね〜。……今の私のまま倒されてれば、痛い目をみることはなかっただろうにね…いや、むしろ瞬殺されたほうが痛くなくていいかな……ま、どっちにしても命が無くなることに変わりはないし、どうでもいいか……」
ブラッカル「何をブツブツ言ってやがる。この間は、お前に攻撃してもいいですよっていう意味なのか?」
悪魔耶「わ、好戦的だねぇ…怖いなぁ…。別に攻撃してもいいけど、多分君の攻撃は当たらないしおとなしく見てたほうがいいと思うけど?」
ブラッカル「…寝言は寝て言ってくれ。隙だらけの相手がなにかしようとしてるのに、それをおとなしく見てろって?…そんなことを私がすると、本気で思ってるのか?」
悪魔耶「……はは、だよね〜。じゃ、攻撃してみなよ。吹き飛ばされても知らないよ?」
ブラッカル「ぬかせ…‼」
隙だらけの悪魔をめがけて再び走り出すカルセナ。悪魔耶が何かしようとしていることは一目瞭然……なら、その『なにか』をする前に阻止してしまえば良い話……‼
ブラッカル「くらえっ‼」
今度は蹴りではなくパンチを繰り出そうと、右の拳を前につきだす。
…すると、悪魔耶は身を守ろうとしているのか、己の蝙蝠のような漆黒の翼を使って自分の身体を包み込んだ。…しかし、あんな柔らかそうな翼に攻撃が通らないはずがない。翼ごと殴り飛ばしてやる……そう思ったブラッカルだったが……
悪魔耶「…ーーー。」
ブラッカル「……ッ⁉」
次の瞬間、ブラッカルの体は大きく後方へ吹き飛ばされてしまった。
悪魔耶「…ハァ、だから言ったのに…。…この姿になったばっかりなんだし、もう少しくらい遊べるよね?…ブラッカルさん」
大きな風圧で巻き散らかされた塵や砂埃が晴れ、悪魔耶の姿が確認できた。しかし、その姿は先程とは大きく違っていた。
茶髪の頭には黒く細長い二本の角がたち、背中には先程よりも一回り大きな翼が付き、スカートの下からはライオンを思い出させるような尻尾を生やしている。
その姿は、正に悪魔そのものだった。
先程吹き飛ばされたブラッカルは、辛うじて受け身を取り、体勢を立て直していた。
ブラッカル「ゲホッ...くそ、何だ....?あんな姿じゃあまるで、本物の悪魔じゃねぇか」
悪魔耶「いや、本物の悪魔だって言ってるじゃん」
ブラッカル「あぁ....そうだったな。今のところ、姿が変わっただけか」
悪魔耶が見せた変化を、まじまじと見つめる。
悪魔耶「ふふ....見かけ倒しだと思う?」
ブラッカル「どうだかね。ま、今のところ、見かけを恐ろしくしただけで動かずとも敵が退く...って事を主張してるように見えるな」
悪魔耶「つまり見かけ倒しだって思ってるんだね。...良いよ、そうしてても」
掌を下に向け、その中にパッと鎌をつくり出す。その刃は相変わらず大きく、威圧感を演出していた。
悪魔耶「その内、そうじゃない事に気が付くだろうから」
次の瞬間、斧を持っていたときとは段違いの速度でブラッカルに向かってきた。
ブラッカル「(速くたって関係ねぇ...!受け止めさえすれば....ッ!?)」
鎌の刃を再び素手で受け止めようとしたとき、何かを感じ取りとっさに横へ避けた。鎌は空振ったが、その斬撃のせいか奥にあった岩に大きな切れ込みが入った。
悪魔耶「....よく瞬時に避けたね。あのまま受け止めてれば、楽に逝けてたんじゃない?」
ブラッカル「......既に一回逝ってるさ。...成る程、見かけ倒しじゃねぇことはよーく分かった」
悪魔耶「あはは、わかってくれたようで良かったよ。…さて、君はこの力を見ても、まだ私に勝てると思ってるの?」
ブラッカルの動きに注目しながらも、挑発するような言葉をかけて反応を伺う。
ブラッカル「…さぁな。私はお前の力をしっかりと見れてねぇし、お互い探り合いを続けてる……勝敗なんて予想できないな」
悪魔耶「…そっか、君らしい答えだね。…確かに、多少は探り合いもしてたかも。…でも、もう必要ないんじゃない?私のスピードだって見せたし、君の戦闘スタイルも分かったから…」
ブラッカル「…つまり、何が言いたいんだ?」
悪魔耶「簡単なことだよ。…そろそろ、探り合いなんてしてないで、真っ向からぶつかろうよ。君はまだ私に一撃しかいれられてないし、このままだと防戦一方になっちゃうよ?」
ブラッカル「……なるほど…」
確かに、今ブラッカルは一撃しか攻撃を入れられていない。このまま観察ばっかりしてれば、悪魔耶の言う通り防戦一方になってしまう。耐久戦では勝てないだろうし、ここは……
そこまで考え、ブラッカルはニヤリと笑った。そして、悪魔耶に向かってこう言った。
ブラッカル「…よし、のってやる。様子見なんてまどろっこしいことやってらんないからな。…後悔…するなよ?」
悪魔耶「はは、そっちこそ」
悪魔耶は不吉な笑みを浮かべた。それはまるでブラッカルに対しての余裕、もしくは力の差を見せつけているかのように思えた。
ブラッカルはその笑みを頭から掻き消し、悪魔耶に向かって走った。
悪魔耶「そうそう、最初から君がそうやって攻撃して来ればよかったのに」
ブラッカル「馬鹿野郎、最初が肝心なんだよ...喧嘩ってのはな!」
悪魔耶の懐に素早く潜り込み、再び拳を繰り出す。またそれに素早く反応した悪魔耶は、腕で自分の顔を守った。それで出来た一瞬の隙に、ブラッカルの背後に鎌を構える。先程の、岩をも斬った鎌だ。食らってしまえばひとたまりもない。
ブラッカル「食らうかよ...っ!!」
殺意を感じ取り、柔らかい体で足を後ろに蹴り上げる。足は鎌の刃に当たり、鎌の切っ先が逸れた。
悪魔耶「へぇ....」
声を漏らした悪魔耶をギロッと睨み、残っていたもう片方の足で地面を蹴る。懐に潜り込めていたのが良かったのだろう。ブラッカルの繰り出した頭突きは見事に悪魔耶の額に直撃した。双方、後ろに後ずさる。
悪魔耶「ッ.....う〜、結構効くなぁ....そんな下らない技なのに....」
ブラッカル「どっかでも言われたぜ、その言葉....」
額を擦る悪魔耶が、急に話を始めた。
悪魔耶「...君はさぁ、そのままで居ようって思わないの?」
ブラッカル「あ?どう言う事だ?」
悪魔耶「簡単に言えば私みたいに、外と中の役割を交代しないのかなって。もし君が強いんだったら、外にずっと出てないと意味が無いよ?」
ブラッカル「うるせぇな。私はお前みてぇに悪い事しようとする気にはなんねぇんだ。それに、ずっと外に出てても意味ねぇだろ」
悪魔耶「そうかなぁ....やっぱ価値観の違いなのかな。私と君の」
ブラッカル「そうだな。生憎、テメェとは考えが合わねぇようで」
悪魔耶「ふふ.....じゃあ、考えが合わない人とは仲良くしないようにしないとね....」
ブラッカル「...最初から仲良くしようなんて思ってねぇよ」
もう一度立ち向かおうとすると、今度は悪魔耶から向かってきた。
悪魔耶「酷いなぁ。ま、別にいいけどさ」
そうすねたように呟くと、先程と同じように物凄いスピードでブラッカルに向かっていく悪魔耶。その両の手には鎌の柄が握られていたため、鎌で攻撃されるのだと考えたブラッカルは反射的に横に避ける……が
ブラッカル「…‼」
悪魔耶「フェイントってやつだよ、ブラッカルさん」
悪魔耶は鎌でブラッカルを斬りつけるのかと思いきや、走っていったままの勢いで跳んだあと空中で一回転して方向転換し、瞬時にブラッカルの背後をとったのだ。どうやら走ってきて斬りつけようとしていたのはフェイントだったらしい。
そして、ブラッカルの隙だらけの背中にヒュッと鋭い鎌の刃が降り下ろされる。
悪魔耶「…ははっ、じゃーね‼」
ブラッカル「……ッ‼‼」
あんなに鋭い鎌で斬りつけられたら一たまりもない。悪魔耶の急な攻撃転換に頭が追い付けず、避けきれないと思った。このままでは攻撃を喰らってしま……
「(やらせないッ‼‼)」
悪魔耶「…ッ⁉」
ブラッカル「…うおっ‼」
間一髪、攻撃はブラッカルのすぐ隣を掠めた。ギリギリ避けることができたようだ。
ブラッカル「(……今…悪魔耶の攻撃が一瞬だけ止まったような…)」
悪魔耶「〜〜ッ……いいとこだったのに…邪魔してほしくないな、魔耶…」
ブラッカル「(魔耶....?まさか、内側にいる魔耶が直接肉体を制御したのか?そんな事....)」
顔を強張らせる悪魔耶から距離を取って考える。
ブラッカル「......まぁいい、よく分からねぇけど助かったぜ」
悪魔耶「全く、根性だけは強くて困るよ....人の戦いに手を出さないでほしいね」
愚痴を溢しながら肩をグルグルと回し、体を解す。
ブラッカル「....そうか。お前は一人で戦う派の奴なんだな。....ま、当然っちゃ当然か」
何かを思い付いたかのように間を開けた後、言葉を続ける。
悪魔耶「...?まぁ、一緒に戦う人もいないしね」
ブラッカル「可哀想な奴だな」
悪魔耶「そりゃどうも。...でも、君だって一人じゃない」
ブラッカル「あぁ、これまではな。....お前、攻撃を魔耶に止められたんだよな。魔耶は内側に居るってのに....つまり、人によっちゃ内側とコンタクトを取ることも可能って事になる」
悪魔耶「確かにね....それがどうしたの?今更君になす術があるとは思えないけど」
そう言うと、ブラッカルは悪魔耶と同じような薄ら笑いを浮かべた。
ブラッカル「....戦ってるとき、何でいちいち距離を取ってたか分かるか?」
悪魔耶「さぁ?私は反撃に備えてたように見えたけど」
ブラッカル「それもある。.....私はその間、あいつを起こしてたんだ」
悪魔耶「.....あいつ?」
ブラッカル「...もう一人の、私をな....!」
言葉を言い放った瞬間、ブラッカルの両手両足が黒い炎のような、光のようなものに包まれた。これまで受けた傷もじわじわと癒えていっているように見えた。
ブラッカル「外と中の役割を交代するんじゃなくて、協力しねぇと意味がねぇ。お前の考えが間違ってること、思い知らせてやるぜ」
悪魔耶「へぇ.....協力なんてもので、そんな大きく変わるとは思えないけどね」
ブラッカル「戦ってみれば分かるだろ」
??「ーー攻撃を、阻止…できた…‼」
壁と床の境界線も分からないような、果てしない空間……その中で、「やったぁ!」と嬉しそうに叫ぶ少女の声が響いた。
少女は鎖によって身体の自由を奪われており、身動き一つできそうにない状態であった。
??「つまり、まだ完璧に身体の主導権を奪われたってわけじゃない…ってことだよね…!頑張れば内側からブラッカルの援護が出来るかも……!」
そんな状況下でも、少女……いや、彩色魔耶は前向きになっていた。なぜなら、彼女は、先程自分の身体の自由を奪った犯人である悪魔耶の動きをとめ、ブラッカルへの攻撃を一瞬だけ中断させてみせたのだ。そしてその結果、悪魔耶の攻撃は不発に終わった。
魔耶自信もそんなことが可能とは思っていなかったので、成功したときは大きく驚いた。そして、同時に喜んだ。
この空間では、外界の様子は大体伝わってくるものの、そこに内側から干渉する術がなかった。しかし、外側からは干渉できるようで、ブラッカルが悪魔耶を攻撃したときには、魔耶にも多少のダメージがあった。そこで、魔耶は「外側のダメージがこっちにもくるなら、私がなにかをすれば悪魔耶にも影響が出るハズ」と思い、悪魔耶の攻撃がブラッカルに届こうとしたその瞬間、身を強張らせてみたのだ。それが項をなしたのだろう、悪魔耶の動きを止めることに成功した。
魔耶「…でも、今身体を強張らせてもなんも起きないなぁ……悪魔耶の意識が薄れるとき…ダメージを食らったあととかじゃないとダメなのかな…?」
魔耶「ーーま、なんにせよ、私もサポートができそうなことは分かった‼カルセナ、ブラッカル…頑張れッ‼」
悪魔耶「.....ッ!」
鎌での強烈な一撃が拳で弾かれ、大きく逸れた。
ブラッカル「食らえっ!!」
隙が出来た悪魔耶の脇に蹴りを入れる。倒れることはなかったが、パワーアップしたブラッカルに思いの外圧倒されているようだった。
悪魔耶「ケホッ....驚いたよ...まさか本当にパワーアップしてるなんてね」
ブラッカル「悪魔に嘘なんか吐いても意味ねぇだろうしな。しっかり注意しただろ?」
悪魔耶「...うん、そう言えばそうだったね」
ブラッカル「このままテメェを追い込んで、ちゃちゃっと封印してやるよ!」
悪魔耶に殴りかかろうと走ったそのとき、悪魔耶が言葉を発した。
悪魔耶「あ、そうそう。君は知らないだろうけど....君が私に与えたダメージは魔耶にも行くシステムになってるんだ。さっきの蹴りもそう。....これは私の命乞いなんかじゃない。....『注意』かな」
しかしブラッカルは勢いを止めず、そのまま悪魔耶を殴った。悪魔耶は腕で庇い、結局この攻撃は失敗に終わった。
ブラッカル「チッ、入らなかったか....まぁいい、次は殴る」
悪魔耶「....魔耶の事を想って止まるかと思ったよ、君なら」
ブラッカル「バーカ、想ってるから止まらねぇんだ。あいつの為だったら、私は何発でも殴ってやるぜ」
右手をパキパキと鳴らしながら悪魔耶を睨んだ。
悪魔耶「…へぇ…仲間想いだねぇ…」
ブラッカル「当たり前だろ。魔耶とは少しの間だったが一緒に過ごしてきたんだ。たとえこれが魔耶を傷つけることでも、それで結果的に魔耶を救えるんだったら、別にいい。迷って救えずに終わるよりかはましだろ?」
悪魔耶「…思ってたより利口だね」
ブラッカル「そりゃどーも」
悪魔耶は苦虫を噛み潰したような顔で、負けじとブラッカルを睨み返す。
ブラッカル「…あぁ、そういやお前、そういうの嫌いなんだっけ?明らかに嫌そうな顔だな?」
悪魔耶「……うん。大っ嫌いだよ」
吐き捨てるように言い放つと、悪魔耶は自分の回りに剣をつくりだした。その数は…3本だ。
ブラッカル「…なにをしてるんだ?」
悪魔耶「…攻撃の準備。…覚えてるかな?私は、能力でつくったものを操れる。それがぬいぐるみだろうが、剣だろうが関係ない」
ブラッカル「………まさか…」
悪魔耶「ふふ、そのまさかだよ。これから、この剣達で君に攻撃する。いくら君でも、この量をかわしながら私を攻撃するのは難しいんじゃないかな?」
悪魔耶「「さぁ、切り刻まれてしまえ‼」」
悪魔耶がそう言い放つと同時に、3本の剣がブラッカル目掛けて飛んできた。
ブラッカル「ッ...!!こんなもの....!」
始めに飛んできた剣を手で弾き、残りの2本を何事もなくかわして悪魔耶の元へ向かう。しかし、避けきった筈の剣が全て立ち直り、再びブラッカルに刃先を向けて飛んできていた。
悪魔耶「つくったものは自由自在。どんなに逃げても弾いても、逃がさないよ」
剣に対する反応が僅かに遅れたのが悪かったのか、3本の内の1本がブラッカルの左足をかすってしまった。
ブラッカル「....くそっ」
剣の切れ味は抜群で、少しかすっただけでも鮮血がじわりと滲み出てくる。だが怯むブラッカルに容赦などなく、剣はまた向かってきた。
ブラッカル「(....ここからあいつまで大した距離はねぇ...あの操れる剣に隙が出来れば....!)」
頭の中で大雑把な作戦を考え、向かってくる剣に立ちはだかる。
悪魔耶「ずっと追いかけっこしても意味ないよ。...さ、どうするつもりかな?」
頭を一瞬だけ冷やすため、大きく息を吸う。
ブラッカル「そんなに怪我して欲しいんだったら...この体くれてやるよ!!」
勢いよく飛んできた剣に突っ込み、なんと全ての剣を左半身に食らった....いや、食らわせたのだ。
悪魔耶「!?何を...!!」
ブラッカル「〜〜ッ....!!へへ...これで隙が出来ただろ!」
剣が貫通した体を走らせ、悪魔耶を渾身の一撃と言えるくらいの力で殴った。その結果、悪魔耶は大きく後ろに吹き飛ばされた。
悪魔耶「ぐっ....!!」
ブラッカル「ハァ、ハァ....う...くっそ....やっぱ痛ぇ.....もっとやり方あったかもな」
激痛が走る腹部や左足に刺さった剣を抜く。地面に放った血塗れの剣は悪魔耶がかなり怯んだせいか、フッと消えてしまった。
悪魔耶「…ッ…」
吹き飛ばされた悪魔耶は、そのまま後ろにバク転して威力を殺し、なんとか体制を立て直す。…しかし、相当ブラッカルの一撃が効いたようで、フラフラとおぼつかない足取りだった。
先程よりも弱々しい声で、ブラッカルに話しかける。
悪魔耶「…ゲホッ…今のは、だいぶ効いたよ…」
ブラッカル「……はは、効いてないなんて言われたらショックだったよ…ここまでしたんだもんな…」
悪魔耶「……なんで、そこまでして…自分を犠牲にしてまで……?」
ブラッカル「お前を殴るために決まってんだろ…?こうでもしなきゃ、殴れなかったもんな…」
悪魔耶「……違う」
ブラッカルの返事を聞くと、悪魔耶はうつむいてブラッカルの言葉を否定した。
悪魔耶「なんでそこまでして……魔耶を救おうとするの…?」
ブラッカル「はぁ…?」
悪魔耶「だって……君達人間は、いっつも自分の損得しか考えてないじゃない…!自分のために、他人を平気で裏切るような、そんな愚かな種族……のハズなのに…君は、文字通り自分を犠牲にしてまで魔耶を救おうとしてる…‼なんでそこまでするの⁉人間なのに…!人間なら、人間らしくさっさと見捨てちゃえばいいじゃない!」
声を荒げ、そんな言葉を言う悪魔耶。
悪魔耶は、ブラッカルが自分を犠牲にしてまで魔耶を救おうとする行動が納得できないらしい。…きっと、悪魔としての本能と自分の見た光景が矛盾しているからであろう。
ブラッカル「....うるっせえなぁ。...もしかしてお前..そんな奴らしか見てこなかったのか....?」
悪魔耶「.....!」
図星を突かれたかのように、ブラッカルの言葉に反応する。
ブラッカル「人間をそう評価するって事はそう言う事だよな....確かに、そう言うモンだよな。人間は...」
血が止まることのない痛む腹を押さえながら話を続ける。
ブラッカル「実質私だって、こんな状況に置かれたら見捨てて逃げるに決まってんだろ....あんな約束しなけりゃ」
悪魔耶「....約束...」
ブラッカル「あぁ。....『必ず魔耶を救おう』って、あいつに言われた。....言っちまえばあいつの強い意志が、私の体を動かしてる...のかもな」
悪魔耶「...だから.....何で、そんなに....」
拳をぎゅっと握り締め、大きな疑問を投げかける。
ブラッカル「そう言えばそんな質問だったな.....寂しいんだろ。あいつも」
悪魔耶「寂しい...?そんな事で、ここまで出来る訳ないじゃない....!」
ブラッカル「.....知らねぇよ、あいつの本当の気持ちなんか。...でも、あいつからしたら正真正銘最後の命よりも....魔耶を見捨てたときの後悔の方が大きいんだろ。.....一人で寂しく暮らす生活を知ってるからこそ、な...」
悪魔耶「......」
目を細め、睨むような表情でじっと前を見る。相変わらず拳は握られたままだった。
ブラッカル「....ま、お前を説得でねじ伏せる事なんて考えてねぇ...体をあいつに動かされてようが、私は私のやり方でやってやる....!」
曲げていた背を伸ばし、悪魔耶と対面する。
悪魔耶「……ッ…そんな体で、まだやる気満々みたいだけど…流石にそれじゃあ、心はよくても体がついていけないんじゃない…?」
ブラッカル「…そんなの、今は気にしたってしょうがねぇだろ。やらなきゃやられる、だからお前を殴る!それだけだ!」
そう言って、斬りつけられて痛む左半体に鞭をいれ、悪魔耶に向かっていくブラッカル。
一歩地面に足をつけるたびに、重力によって傷に負担がかかり、新たな鮮血が滲み出る。しかし、ブラッカルはそれを気にも留めなかった。
悪魔耶「ッ…」
悪魔耶「(いくら戦闘中でアドレナリンが出てるっていっても、流石に少しくらいは痛み感じるでしょ…⁉こんなに深手なのに…なのに、まるで傷なんて負ってないかのようにこっちに向かってくるなんて……無茶しすぎ……)」
ブラッカル「考え事してる余裕があんのか?」
悪魔耶「‼」
ブラッカルは棒立ちになっていた悪魔耶に、思いっきりパンチを繰り出した。ハッとした悪魔耶は、それを右手で受け止める。両者共に衝撃で後ろに下がったが、目はしっかりと相手を見すえていた。
悪魔耶「……ははっ…君は、ほんとに末恐ろしいよ…。約束したなんていったって、そんな無茶をしてたら果たせる約束も果たせないんじゃない…?深手なんだし、もう少しセーブしないと、ほんとに死ぬよ…?」
ブラッカル「うるせぇ!!私は私のやりてぇようにやる!...邪魔すんじゃねぇ....!!」
退いてもなお、再び悪魔耶に向かって攻撃を繰り出す。その言動からは、勢いで痛みを吹き飛ばしているかのように思えた。
悪魔耶「邪魔...勢いを止めるなってこと?じゃあ、君のその気力はやっぱり無茶なんだね」
攻撃を受け止めながら核心をつく言葉を放つ。ブラッカルが戦闘を重ねていくにつれ、息遣いが荒くなっている事にも気付いていた。双方が再び後ろに下がる。土埃が舞うその戦場には深手を負い、血が足りず意識朦朧とするブラッカルと、多少の攻撃は食らったもののまだ余裕がありそうな悪魔耶が立っていた。
悪魔耶「....もう随分弱ってきてるみたいだね」
ブラッカル「ハァ......ハァ....ッくそっ...!!」
重傷とも言える傷がブラッカルの動きに着いていける筈がなく、もはや勢いだけでは悪化を食い止めることが出来なくなっていた。
悪魔耶「そりゃあそうだよ。君が耐えられると言っても、体のベースはもう一人の方でしょ?...そんなんじゃ、耐えられる訳がない」
ブラッカル「......」
悪魔耶「...魔耶だって、君が傷付くことなんか期待してない筈だよ?そんなの、ある意味約束を守れてないんじゃない?」
言い返す言葉が思い当たらず、ただただズキズキと痛む傷を押さえる。特に足は既に限界を超えていたようでガクガクと震えていた。
悪魔耶「…辛そうだね………ブラッカル、カルセナ。…そろそろ、終わらせてあげる」
ブラッカル「…‼」
悪魔耶はニヤリと笑うと、大きな翼をはためかせて宙に浮いた。
満月をバックにし、真っ暗な夜空に向けて右手を上げる。
悪魔耶「楽しい一時だったよ。ありがとう。…お礼に、とっておきを見せてあげるね」
そう言い放つと、悪魔耶は右手から光の玉のようなものを出した。最初はピンポン玉くらいの大きさだったが、徐々に、しかし確実にだんだんと大きくなっていく。
初めて見る技に、ブラッカルが警戒を示す。
ブラッカル「……なんだそれ」
悪魔耶「これは、私の魔力をエネルギーに変換したもの…とでもいうのかな。ま、エネルギー弾だね。私の残りの全魔力を入れたから威力は凄いだろうね」
ブラッカル「……いいのか…?全魔力なんか使っちまって…私がこれを避けたら、お前はもうなんもできない…ぞ?」
悪魔耶「ははっ、そうだねぇ。……でも、君が避けれるとは到底思えないなぁ。今は立つこともままならないような状況でしょ?そんな人が、この攻撃を避けて、しかも私を攻撃するなんて出来るわけないだろうし」
クスクスと笑いながら大きなエネルギー弾を持つ悪魔耶。それは、もうすでにバックの月を覆い隠すほどの大きさになっていた。
悪魔耶「……さよなら、ブラッカル、カルセナ」
そして、エネルギー弾は真っ直ぐにブラッカルの元へと投げられた。
『...て....早く...』
カルセナ「...!!?な、なに...!?」
ブラッカルの戦いをサポートしていたカルセナは、自分に何かを呼びかける声に気が付いた。
『早く....走って...!!』
カルセナ「走って....?だ、誰なの?どこに走れば良いの!?」
『真っ直ぐ....早く....』
カルセナ「で、でも今は手が離せないよ....!」
『『 ーー走れッ!! 』』
ふと気が付くと、真っ正面に向かって一目散に走る自分がいた。止まろうとしても、別の意志に勝手に体が動かされているかのように止まることは出来なかった。息を切らし辿り着いた場所には、前に見た覚えのある白い光の玉が微動だにせず浮いていた。
カルセナ「ハァ...ハァ.....!これって....」
それを見た瞬間、ブラッカルの忠告と表情を思い出した。「絶対に触るな」と、焦っているかのような表情でそう言われたのだ。
『触れて....早く...!』
聞き覚えのあるような声がかの脳内に響く。
カルセナ「ッ....!!だけど、触っちゃいけないって....きっと、いけないものだよね...!?だから....」
『早く!!!』
カルセナ「...!!?うぁっ...!!」
瞬間、のたうち回るような強い頭痛が走り、無意識の内に手を伸ばし、その白い光に触れていた。
悪魔耶「.....ふぅ...流石に起き上がって来ないよね」
先程放ったエネルギー弾は物凄い爆風と共に地面を抉り、景色を一変させた。硬い地盤には大きな穴が空いてしまっていた。
悪魔耶「.......ちょっと休まないと...私も過労死しちゃうね.....」
地面に降り立ち、その場に座り込もうとしたそのとき、何かを感じ取り再び視線を穴に向けた。
悪魔耶「...そんな馬鹿な...!?あの弾を受けて生きてる筈が......ッ!!」
夜空に吹く冷たい風で、少しずつ土埃が晴れて行く。その中に感じる強い気配の主は、紛れもなくカルセナーーいや、その姿は土埃の中に居ようとも汚れることのない、髪まで真っ白なカルセナだった。悪魔耶を見るなり、カルセナとブラッカルが混じったような声で宣戦布告した。
カルセナ「....まだまだやってやんよ!!」
悪魔耶「ど、どういうこと…⁉私の全魔力を喰らったのにまだ生きてるなんて……それに、姿が変わってる…⁉」
自分の予想していた結末の遥か上をいく事実に混乱する悪魔耶。
…それは悪魔耶だけでなく、中にいる魔耶も同様だった。
魔耶「ーーッ⁉………か…カル、セナ…?」
悪魔耶を制御することができず、エネルギー玉を飛ばされたときはもうだめだと思った。なのに、カルセナは吹き飛ぶことはおろか、怪我一つさえおっていない。それに、カルセナのあんな姿は見たことがない。
いつものカルセナの姿、黒くなったブラッカルの姿が脳裏に浮かぶが、それともまた違う姿。
…もしかしてまた別の人格…⁉突拍子もない考えだが、あり得なくもないな…なんて、混乱した頭で考えを巡らせる。
魔耶「…カル…」
カルセナ「本当はこの姿になりたくなかったけどなぁ....こればっかりは仕方無いか」
真っ直ぐな瞳で視線を悪魔耶に向ける。
悪魔耶「...これは油断したよ、まだ手段があるなんてね。...でも、それも『完璧』ではない。何か欠点があるでしょ?」
カルセナ「ありゃ、バレたか....そうなんだよね〜....まぁ、ハイリスクハイリターンなんで!」
そう言って隙のない構えを見せる。
悪魔耶「そっか....だけど、いくらパワーアップしようと私に...本物の悪魔に敵う筈がない!」
大きく羽を広げ、僅かに残っていた本当の最後の力を振り絞る。
カルセナ「うげ、まだ戦えるの....?..よし、上等だ!」
意気込んだ直後、悪魔耶がカルセナに向かって一直線に飛んできた。右手には魔力の節約の為なのか、小型のナイフが光っている。その刃をかわし、右手首を掴んで悪魔耶の顔を狙う。しかし、悪魔耶もそれをもう片方の腕で防ぐ。
そんな攻防が暫く続いた後、戦いに変化が現れた。魔力を全て使いきったと言っても過言ではなかった状態の悪魔耶が、パワーアップした白いカルセナを圧倒し始めていた。
悪魔耶「...かなり息が乱れて来てるけど、最後のパワーアップはそんな温いものなの?」
カルセナ「ッ....!!..まだまだ....!」
戦いの土壇場で、悪魔の本性を見せつけられている気がしてならなかった。そのとき、腕での防御が弾かれたカルセナの真上にナイフの刃が光った。
悪魔耶「今度こそ、さよならッ....!!」
カルセナ「....!!....まだまだって言ったでしょ!」
咄嗟に胸ポケットに手を突っ込み、そこに入っていた小さな紙包みの中身を悪魔耶めがけて放った。
悪魔耶「…ッ⁉こ、粉…⁉」
驚いた悪魔耶は後ろに後退し、自分の状態を伺う。
悪魔耶「……これ…塩、みたいだけど……目眩まし…?」
カルセナ「どうだと思う?」
悪魔耶「は?何をいって…………ッ⁉」
カルセナの言葉に嘲笑しようとしたその時、悪魔耶がガクンと崩れるように地面に膝をついた。
急に自分の身体に力が入らなくなり、困惑する。
悪魔耶「………な…力が、抜ける…」
カルセナ「清めの塩だよ。君と戦うまでに私と魔耶で色々準備したんだよ」
悪魔耶「……ぐッ…」
カルセナ「…形勢逆転、だね」
悪魔耶は負けるものかと無理矢理立ち上がるが、もう戦うどころか歩くことも辛そうな状態になってしまっていた。
これは塩の効果もあるだろうが、なにより今までの疲労や魔力切れの反動なども重なっているだろう。
カルセナは塩を仕舞っていた胸ポケットに再び手を突っ込むと、今度は深紅に輝くペンダントを取り出した。
悪魔耶「....!!それは.....」
カルセナ「...魔耶の大事なペンダントだよ」
弱々しく立つ悪魔耶に近づくと、肩を下に押した。すると悪魔耶は力が抜けたかのように呆気なく地面に膝をついた。その顔にペンダントを向ける。
悪魔耶「ぐっ.....こんな所で...封印なんか....!」
伸ばされたカルセナの腕を掴み、有り余る僅かな力を込める。しかし魔力を消費し切ってしまった悪魔耶にカルセナの腕を痛める力はなかった。
悪魔耶「........ッ」
カルセナ「....もう、終わりにしよ。私ももうすぐしたら...動けなくなっちゃうから....」
悪魔耶「....君を...君たちを勝たせたのは.....一体何なの...?」
額にペンダントを当てようとしているカルセナに、消え入りそうな声で問い掛ける。
カルセナ「......『絆』だよ。魔耶と私...ううん、もっと色んな絆。...悪魔に言っても、そんなの信じないだろうけど...」
悪魔耶「.....絆....か...相変わらず...意味が分からないなぁ.....」
カルセナ「いいよ、まだ分からなくて。きっと、そのうち....ね、魔耶....」
そう呟いて、ペンダントを額に当てる。大きく広げられていた羽は縮み、頭から生えていた角は跡形もなく消え始める。悪魔耶の体は眩く光を放ち、悪気のような暗い光がペンダントに吸い込まれていった。その光景は悪魔から感じられる悪意とは裏腹に、心が清められるくらい輝かしいものだった。
カルセナ「......終わっ...たのか...な....」
頭をガクンと垂らしている魔耶を前に、悪魔を封印したからか、更に深紅に染まったように見えるペンダントを地面に転がす。それとほぼ同時に、カルセナは眠りに就いたかのように地面に倒れ込んだ。
悪魔耶の封印が終わったと同時に、魔耶のいた空間にも変化が起きていた。
魔耶「…あっ!鎖が…」
魔耶を頑丈に封じていた鎖が、次の瞬間『パリン』と音を立てて崩れ去り、ほぼ同時に鎖に繋がれた悪魔耶がこの空間に連れてこられた。
魔耶「…!悪魔耶…」
悪魔耶「……」
魔耶「……また会ったね」
魔耶が多少の皮肉を込めて言うと、悪魔耶はゆっくりと視線をこちらに向けた。
悪魔耶「…そうだね。もう会わないと思ってたのに…残念だなぁ」
魔耶「誰かさんが封印されちゃったからね」
悪魔耶「……ほんと、最悪だよもう………」
そういって項垂れる。魔耶はその様子を伺っていたが、ふと悪魔耶は言葉を続けた。
悪魔耶「…だけど、なんでだろ…ちょっと、楽しかったな」
魔耶「…そっか…」
悪魔耶「……君は、きっとまた戦うよね。この世界から出るために」
魔耶「うん。そのつもりだけど…」
悪魔耶のいきなりの質問に首をかしげる。
悪魔耶「…そしたら、きっと高い壁も待ち受ける。私より強い奴等だっているかもしれない」
魔耶「…だから?」
悪魔耶「……カルセナと、二人で…頑張ってね、魔耶」
魔耶「!………言われなくたって、二人で頑張るよ」
悪戯っぽくニヤリと笑って返すと、彼女はうんうんと頷いた。
悪魔耶「ふふっ、そうだろうね。……じゃあ、早く行ってあげなよ。カルセナのところへ」
魔耶「…うん」
魔耶が返事を返すと、いつものように空間が歪みはじめた。白い空間と悪魔耶の青や茶色、色んな色が混ざって、濁って、黒くなっていって…
そして、魔耶は目を開けた。
魔耶「......」
意識が現実へ引き戻されたばかりだったからか、暫く空間を見つめながら上の空でいた。その内意識が段々はっきりとしてきて、視界に入る景色はより鮮明に映し出された。
魔耶「....!!カルセナ!」
ふと地面に視線を移すと、さっきまで一生懸命戦ってくれていたカルセナが紅く輝くペンダントの隣で倒れていた。急いで側に寄り、意識があるかを確認する。
魔耶「ねぇ、カルセナ!大丈夫!?」
カルセナ「......う〜ん...」
寝起きを思わせるような重たい声を出すカルセナに、一安心した。
カルセナ「...あっ、魔耶......?」
魔耶「...うん。そうだよ、私だよ...!」
自分が自分であることを噛み締めるかのように、カルセナに訴えかける。
カルセナ「...!!お帰り、魔耶....」
魔耶「...ただいま、カルセナ.........ありがとう」
双方とも瞼が熱くなり、思わず零れそうになった涙を堪えて笑った。月は沈みかけて東の空は青碧色になり、間もなく夜明けを迎えようとしていた。
魔耶「....帰ろ、カルセナ。...立てる?」
北街へ帰ろうとカルセナに促す。が、カルセナは1ミリも動く気配がない。
カルセナ「いやーそれが....」
ブラッカル「だから触んなって言ったんだ....!これじゃあ体は1日使い物にならねぇし...私も丸1日寝ないといけねぇし.....」
カルセナ「....って言われて...つまり全然動けないの.....」
申し訳なさそうに言葉だけを発する。
魔耶「そっか…ま、あんな力を使っておいてまだ全然動けたらそれはそれで怖いしね。…よっと」
カルセナ「わっ」
魔耶はカルセナをヒョイと背負い、北街まで戻ろうとする。
カルセナ「ちょ、魔耶……魔耶、大丈夫?歩けるの…?」
魔耶「一応……まぁ調子がいいとは言えないけど、人一人背負うくらいなら大丈夫」
カルセナ「う、うぅむ……でも、体動かないしなぁ……重くない…?」
魔耶「魔族をなめないでほしいね。このくらい余裕よ余裕」
カルセナ「…なら、いいけど…」
そうして、二人は街に向かって進み始めた。
魔耶達が街への道を歩いているうちに大陽がだんだんと昇り始め、薄暗かった空が光を纏う。
魔耶「…そういえば、あの白いカルセナ…?はなんだったの?…また別の人格とかではなさそうだったけど…」
カルセナ「あーあれね....う〜ん....よく分かんない」
背中の上で首を傾げる。
魔耶「えぇ...?私はてっきりカルセナが意図して変身したものかと.....」
カルセナ「いや...確かにあの状態にしたのは私なんだろうけどさ。何て言うんだろ.....強制的に変身させられたって言うか....知らない声が聞こえて...それで、その声に導かれて.....」
あやふやな説明が魔耶の疑問を更に深める。
魔耶「知らない声....?ほんとに、聞き覚えなかったの?」
カルセナ「んー.....知ってるような知らないような....多分、女の人の声だと思うけど。で、言われるがままに白い光を触ったらあんなんになった......のかな?」
魔耶「ふ〜ん....ま、私はカルセナが無事ならそれで良いんだけどね」
カルセナ「ほんとほんと....ギリギリなところがいっぱいあったんですからね〜....」
小さな不満を溢すその顔は、喜びと嬉しさに満ち溢れていた。
魔耶「あはは、ありがと。お疲れ様」
それからしばらく歩くと、見覚えのある大きな壁が見えてきた。辺りの草木がすっかり日の光を浴び、緑々しい色に染まった頃だった。
魔耶「…ふぅ、やっと着いた…」
安堵と疲れのため息を一つ溢し、ようやく見えてきた北街に向かってサクサクと進んでいく。
カルセナ「ごめん、お疲れさま…」
魔耶「はは、いーのいーの。カルセナには命救ってもらったんだから、これくらいはさせてもらわないと」
カルセナ「命救ったって…そんな大袈裟な…」
魔耶「大袈裟かな…?少なくとも私という人格は守ってもらえたんだから、命の恩人ですよカルセナさんは」
カルセナ「そ、そうかな…?よくわかんないや」
自分の背中にいるカルセナがなんとなく赤面したんじゃないかと思った魔耶だったが、さすがに後ろを振り返るのは野暮だと思い、先を急いだ。北街に帰ったら、まずは休むべきだろうか、病院に行ってみるべきだろうか、ご飯を食べるべきだろうか……選択肢が多すぎて、最初に何をすればいいか分からないな、なんて考えながら。
門番A「....ん?あれは...」
二人いる門番の内の一人が、カルセナを背負う魔耶に気が付いた。それに続き、もう一人も目を凝らして気が付いたようだった。
門番B「あー....この前話題になってた二人だな。こんな朝っぱらに帰ってくるなんて....依頼でもこなしに行ってたのか...?」
暫くして、魔耶が大きく開く門の前まで辿り着いた。
魔耶「おはようございます」
門番A「あぁ、おはよう。どうしたんだ、朝帰りなんて」
魔耶「えっと....まぁ、二人でクエストみたいなものを...」
チラッとカルセナの顔を覗く。疲労からか、いつの間にかすやすやと寝息を立てて眠っていた。
門番B「...見る限り二人とも怪我を負ってるな。病院にでも行った方が良いんじゃないか?」
魔耶「そうですね....検討しときます」
門番A「そうしときな。んじゃあ、お疲れ。良く休めよ」
そう言って門の奥へと通してくれた。大して時間は経っていないのにどこか懐かしく感じる北街は、まだ早い時間だったからか人気が少なかった。魔耶は大きく息を吸い、カルセナを背負い直した。
魔耶「....さて、どうしよっかな」
とりあえず、病院に行くにしてもご飯を買うにしても今はお金を持っていないため、まずは宿屋に向かったほうがいいだろう。それから先については宿屋に着いてから考えよう…
そう思った魔耶はいつも通り宿屋に行く道を歩き出した。行き慣れた道なので、意識しなくても勝手に足がその方向へと導いてくれる。
魔耶「……もうこの街にもすっかり慣れたね…」
宿屋に向かいながら、ふとそんなことを思う魔耶。
……今はこの世界にきてどのくらいたったのであろう…なんだか、生まれたときからずっとこの世界で暮らしているような気持ちだ。でも、ちゃんと自分の世界の記憶もあるのだから、なんだか故郷が二つになったような変な気分だ。
きっと、この世界で色んなことが起こり過ぎて、時間の感覚が麻痺してしまっているのだろう…
魔耶「…問題も解決できたし、あとは帰る方法を探すだけ…だね」
…そう呟いた自分の声が、どこか寂しげに聞こえたのはきっと気のせいだろう…
人々が着々と開店準備を進める商店街を通り、途中に差し掛かるまだ子供たちのいない広場を横目に見ながら歩き、ようやく宿へと戻って来る事が出来た。
自分たちの部屋へ向かい、鍵が開いたままの無用心なドアをそっと開けた。
魔耶「ただいま〜.....」
中には当然返事をするものは居らず、前の世界で一人暮らしをしていた頃を思い出した。
魔耶「とりあえずカルセナは....ベッドでいいかな」
何とか靴を脱ぎ、安眠しているカルセナの帽子を取りベッドに寝かせた。帽子はそのすぐ側、枕元に置いておくことにした。
疲弊した体を伸ばし、ベッドに仰向けに倒れ込む。薄く降り注ぐ日の光が僅かに反射した天井を見ていると、事が一段落した安心感がどっと押し寄せてきた。
魔耶「ふぅ......私も、眠くなってきたな....」
内側にいたものの、一夜漬けで戦ったのだ。眠くない筈がなく、今目を閉じたら一瞬で眠りに落ちてしまいそうだった。
魔耶「…でも、先に病院に行って怪我を治してもらわないと……」
そう思い直し、疲弊しきった体に鞭を打って体を起こす。スヤスヤと寝ているカルセナを少し羨ましく思った。
愛しいベッドから体を浮かせ、病院にいくためにお金の入った財布を探す。…案の定、いつもと同じテーブルの上に置いてあった。一応のため中身も確認しておく。
魔耶「……うん、このくらいあれば多分大丈夫だね。ちょっと休みたいところだけど……怪我が化膿なんかしたら大変だし、早く行かなきゃ……」
これ以上の事態を防ぐため、まず病院にいくことが優先だ。カルセナがたくさん戦ってくれたんだし、もう少しくらいは私が頑張らないと……
魔耶「よいしょ.....っ」
財布をポケットに入れ、寝ているカルセナを再び背負う。そのままふらふらと覚束ない足取りで宿を出た。
朝の気温の移り変わりは早いもので、帰って来ているときよりもいくらか暖かくなっていた。人々が活動を始めようとする中、魔耶は最寄りの病院へと足を運び始めた。
魔耶「はぁ.....はぁ........」
夜間を通して戦い、北街までの長い距離を歩いた魔耶は今にも倒れてしまいそうな程疲労困憊しきっていた。どんどん足が重くなっていくのを感じる度に自分を奮い立たせ、一歩一歩をしっかりと踏みしめるように歩いた。
ーーしかし、そう長く持つものではなかった。
倦怠感と眠気、足の痛みに段々耐えられなくなってきたのだ。その証拠に、冷や汗が体を伝っているのが分かる。
魔耶「う.....こんな所で...倒れる訳には.....」
あと数歩歩いたら倒れるかもしれない。そんなことを感じてしまっている。もう駄目かもしれない.....そう思って立ち止まったとき、近くに慣れたような気配を感じた。
???「....魔耶?」
魔耶「...ひま..り....!?」
ひまり「魔耶…ッ!」
限界だった足の力が抜けてフラリと前に倒れこみ、ひまりにもたれかかる形になった。
魔耶「…ひまり……なんで、ここに…」
ひまり「イベントの打ち合わせがあって、これから行くとこだったんだけど……そしたら、カルセナを背負ってる魔耶が見えて…なにがあったの、魔耶…?」
明らかに疲れきった魔耶と、後ろのカルセナをみてうろたえるひまり。
なにかあったのかと魔耶に質問をするが、今の魔耶には質問に答えられるだけの体力が残っていなかった。なので、今最も伝えるべき重要な事柄をひまりに伝える。
魔耶「……ひまり、お願い…カルセナを病院に連れていってくれない……?私、ちょっと……疲れちゃって…」
ひまり「病院………べ、別に構わないけれど…魔耶は…?」
魔耶「私は…ちょっと休めば大丈夫…だから、先にカルセナを…」
ひまり「大丈夫って……でも、魔耶を置いてったりなんて…」
カルセナを病院に連れていけと言われても、流石にこのまま魔耶を置いていくわけにはいかない。しかし、ひまりが二人を同時に背負うことなんてできない…。
ひまりが選択肢に迷っていると、不意に少女の声が聞こえてきた。
??「…魔耶さんも病院に行くべきですよ。私がカルセナさんを運びます。お姉ちゃんは魔耶さんをお願いします」
ひまりとは違う声に驚いた矢先、フッと背中が軽くなった。
ひまり「みお……!ありがと、助かったわ。早く病院に連れていきましょう‼」
魔耶「......ありがとう....」
担がれた矢先体の力が抜け、眠りに落ちるように次第に意識も闇に沈んでいった。
魔耶「........」
最初に見えたものは少し薄暗い世界だった。しかし段々と視界にかかっていた靄が晴れ、見えているものが橙色の光を浴びた天井だという事が分かった。何故橙の光が反射しているのか....カチコチと音が聞こえる方向へ、ゆっくり顔を傾けた先にあった壁掛け時計でその理由が判明する。二人が北街に帰ってきた時間帯からおよそ半日過ぎた、夕刻だからであった。
ひまり「...魔耶!!」
隣で椅子に座り、眠たげに首を傾げていたひまりが跳ね起きる。
魔耶「ひまり......」
ひまり「良かった〜.....ずっと寝てるから心配してたのよ!ね、カルセナ!魔耶が起きたよ!!」
魔耶の奥の方面に視線を合わせ、そう嬉しがる。
カルセナ「魔耶...!ほんとに起きてる....!?」
左隣から聞こえた声に思わず目が冴える。ぐるっと首を動かして見た隣のベッドには、体をピクリとも動かしていなかったが確かにカルセナがいた。意識はしっかりあるようだった。
魔耶「…!…うん、起きてるよ」
動かずとも元気そうな声を発するカルセナを見て安堵した魔耶。その拍子に自然と表情がほころぶ。
カルセナ「よかった…ごめん、無理させちゃったかな…」
魔耶「いやいや、カルセナは動けなかったんだし、私がやるって言ってやったんだから…カルセナが謝ることじゃないよ」
そう告げると、ふっと表情を和らげるカルセナ。
カルセナ「…そう言ってもらえると安心できるよ」
魔耶「…どういたしまして。まぁ、ほんとのことなんだからカルセナが気にすることでもないけど……」
ボソリと付け加えたあと、「それに…」と言葉を足す。
魔耶「結局、病院まで連れていってくれたのはひまりだよ。……ひまり、ほんとに助かった……ありがとう」
カルセナ「え、そうだったの?んー、だけど、どっちもありがとうね」
二人に素直にお礼を言われ、少し照れた素振りをひまりが見せる。
ひまり「いやいや、別に良いのよあんな簡単な事で....でも、何であんなになってたかは、後できっちり聞かせて貰おうかな〜....なんて」
魔耶「あはは...考えとこうかな。.....でも、助かったのは本当だからね」
ひまり「お役に立てて何よりでーす。...っと、そろそろ夕飯の準備しないとかな?じゃあ、私は帰るからお大事にね」
魔耶「うん、じゃあね」
壁掛け時計を見るなり、照れ隠しをするかのようにそそくさと病室から帰っていった。
魔耶「....ふぅ、いつ退院出来るのかな〜」
カルセナ「魔耶ならすぐ退院出来るよ。だって、魔族の回復速度は尋常じゃないんでしょ?」
魔耶「まぁ...でも、悪魔戦の直後で疲労もかなり溜まってるし.....いつもよりは時間かかるかも」
溜め息を一つ吐いて、薄暗くなった天井を見上げる。そろそろ照明をつけようか...そう思い、枕元のリモコンを取ろうとしたとき、カルセナが口を開いた。
カルセナ「.....温泉」
魔耶「ん?」
カルセナ「退院したら、温泉行きたいなぁ....この街にあるかは分からないけど....」
魔耶「…そうだね」
前にした会話を思い浮かべ、微笑みながらうなずく。
魔耶「今度ひまり達が来たら、温泉のこと聞いてみよっか」
カルセナ「うん!……あ、でも…温泉って何?とか言われないかな…?」
魔耶「え、そんなことあるかな…………まぁ、きっと大丈夫でしょ。今のところ、前の世界とそんなに違いはないし」
カルセナ「そういえばそうだね…なら大丈夫か」
魔耶の言葉に安堵したような表情を浮かべるカルセナだったが、ふと何かに気付いたようにこちらを見る。
カルセナ「…言われてみれば、この世界って前の世界とほとんど同じって言ってもいいくらい似てるよね。もちろん文化とか環境とかの違いはあるけどさ」
その言葉に、魔耶も今までの生活を思い返す。
魔耶「…確かに…ちょっと古いけど、乗り物とかは同じだったよね」
カルセナ「うんうん。…もしかしてだけど、私達の世界とちょっとした関わりがあったり…?」
魔耶「うむむ……そうだったらいいけどねぇ…」