>見切り発車の小説<
>わずかな百合<
>表現能力の欠如<
>失踪しないようにがんばる<
>感想だけなら乱入どうぞ<
私より皆、儚い。
儚いから、美しい。
人って、そういうもの。
なら、私はーー、人じゃないね。
私はいつから存在していたんだろう。
老いもせず、死にもしない、存在。
あの人を見送ったのは、大体20億年前だったかな。
ーーーー最後の、人。
本当に、儚いね。
ああ、
良いな。
また、愛に触れられたらな。
なんて。私より長生きする人は、居ないのに。
少女は誰も居ない広野を歩く。
誰も居ない大陸を走る。
誰も居ない地球を眺める。
誰も居ない、この星系を。
そのまま、何年も、何年も。
何年も過ぎた。
ある時、少女は建物の残骸の影に、沈丁花が咲いているのを見つけた。
······数億年も経っているのだから、何も残っているはずがない、 と思ったのは一瞬のこと。
数億年もあれば、一つ二つは文明が誕生してもおかしくはない、と。
完全徒歩移動だったため、最近は(と言っても数千万年単位だが)この大陸から出るのが面倒になったせいだ。
どうやら少女は今の自分にとって最大の娯楽──人、もしくはそのような存在の隆盛、そして衰亡を、幾多にわたり見逃したらしい。
そして──この星系には自分だけ、と一種の自己陶酔に陥っていたようだ。
しばらく少女は沈丁花の上で泣き続けた。
歓喜、後悔、絶望、自嘲。
それらを溶かし混んだ涙が、沈丁花に落ち続ける。
花が落ちても、少女はずっとそこにいた。
(毎日が目標だったのにぃ)
また、長い時が過ぎた。
最初の沈丁花の木はもう枯れたが、その代わり、ある島の至るところに花が咲き乱れるようになった。
そう、少女が悠久の時を過ごす為に見つけた、大きな島。
少女には花の知識はほとんど無かった。せいぜい、雑草を抜いたりどこかから流れついたジョウロで水をやるだけ。流石に海水はやる訳にはいかず、ほとんど雨水であるが。
なんやかんやで、少女はこの暮らしを気に入っていた。
外の文明に興味は有るが、第一ここに来る為に不死身の力で海底を歩いてきたおかげで気力はもう無かった。
だから、このまま、肥大しきった太陽が地球を呑み込むまで。
ずっと、静謐に生きるつもりだった。
しかし、そんな時。
変化は流れ着く。
······
「何処だ、此処は?」
突然、そんな声が少女の耳を刺激する。
数億年の間、自然の音、動物の鳴き声ぐらいしか聞いてこなかった耳に、明確に入る。
数百年前にサメに食べられたのとは別の方向で、時を止める。
そして、その者たちは現れる。
「······誰か居るぞ」
「まあ、ここまで手入れされた島が無人な訳ないですよね」
「女?······まだ子供じゃねぇか」
「あら、珍しいですねブロウさん?あの見境なしはどこに行ったんです?」
「皆、そこまでだ。僕にはわかる。こいつは、ただ者じゃない」
少女は、突然現れた剣やら杖やらで武装した集団に訳がわからず、何か言おうとして──
「······ぁ······ゲホッッ!?」言えなかった。
当然である。この少女は、なんと数億年も口を利いていない。
鉄の味がする。口から血が溢れる。
しかし──倒れることは、身体が許さない。例え死んでも、死.ねない不死身だからだ。
すっ凄い!!語彙力高!!
6:水色瞳◆hJgorQc:2020/05/18(月) 17:28 ありがとう!
頑張ります!
(目標は1日一回投稿)
頑張ってください!!
8:水色瞳◆hJgorQc トリックだよ:2020/05/18(月) 19:04 >まさかの今日二回目<
>>4
少女が突然吐血したことで、まさに近づこうとしていた者たちは思わず思考を止めた。
ここで少女は痛みを無視して彼らを観察する。
手も足も二本。何やら耳の形が違う者も居るが、それもはるか昔に見た『人』と同じようにあるべき場所にある。体型も似ている。顔も。······
そして、少女は断定する。
ああ、人だ、と。
そして──思いもよらず、涙が溢れる。
「······っ、リリー、回復魔法だ」
「えっ、」
「僕には、この『少女』が敵には見えない」
「惚れたか?」
「誰が。······ああ、食べ物もあげよう。確か船に······」
その後、落ち着いた少女は彼らから様々なことを聞いた。
彼らは『勇者』のパーティーであること。
魔物の元凶である『魔王』を倒す為に旅をしていること。
この島には1日休むために立ち寄ったこと。
······だが、少女は物凄く久々に食べるパンや肉に夢中で、大体のことは聞き流していた。
魔法、勇者、魔王のことも、聞けなかった──否、聞かなかった。理解できる話ではなさそうだったからだ。
1日が明けて、彼らは旅立つ。
その時、少女はある贈り物をした。
「この花は一体?」
「······ゴールデンロッド、です。励ましと、感謝を込めて。」
勇者たちは微笑み、去ってゆく。また来ることを誓って。
>>1
批評も受け付けています❗
(まだまだ続きますよ)
>>8
次に勇者たちが島に来たのは、あれからおおよそ9ヶ月後だった。
時間感覚が長すぎる生のせいで破綻している少女にとっては、「もう来たんだ」という感想しか無かった。
だが、さすがの少女も彼らの顔つきの変化を感じ、認識を改めることにした。
勇者エイン以外、顔に傷が増えている。
少女が僧侶たるリリーに質問してみたところ、「あの人の戦闘センスは、天才です。」という。
だかその後盗賊のブロウに質問したら、「リリーのおかげさ。惚れてやんの」という答えが返ってきた。
それでいいのか、と思った少女だったが、勇者パーティーの士気は常に高いようだ。つまり、心配いらず見守れば良いだけだ。
勇者たちが去るとき、少女はまた花を贈った。
するとその返礼というべきか、魔法使いのネアが、
「実はねー、この近くにダンジョンが見つかったのー。だから、多分次からはもっと来れると思う!」と少女に話した。
「······だんじょん、?」
「あれ、知らないー?···うーん、じゃあ、今度いろいろ教えてあげるー」
お前勝手に、という視線がネアに集中するが、少女にとっては願ったり叶ったりだった。少し、この世界に興味を持ち始めていたのだ。
少女の瞳が輝きだすと、誰も何も言えなかった。
無論、ネアは片目を閉じた。
「じゃあ、またねー」
「······はい。また」
少女は勇者たちが去った後、鼻歌を歌い始めた。
その後、2ヶ月。
時間感覚が正常になりかけてきたおかげで、少女がやや待ちくたびれてきた時だった。
勇者のパーティーが到着した。
「あー、いたいた。元気してたー?」真っ先にネアが声をかけてくる。
「元気以外になりようもないですが元気です」
「······??なら良いけど」
今回は、ネアが世界について色々教えてくれるということなので、少女は何処から持ってきたのかノートを用意している。
「ネア先生ー」
「いやー、てれるぜー」
「こいつに任せて良いのか」ブロウが割って入ってくる。
「魔法は私の専門だよー。それに歴史はアルストがいるしー」ネアは今まで一言も発していない盾使いに視線を向ける。
「······呼んだか?」
「じゃ、そういうことで。まず、魔法についてだけど······」
解説はとても分かりやすくなっていた。少女が要約したところによると、記録上の魔法の始まりは、数万年前の遺跡の陰から見つかった最高純度の『魔素』によって魔法の力が散りばめられた、ということだそうだ。またその時、負の感情によって作られた魔素が魔王を、そして魔物を生み出した。
魔法についてはあまりに複雑だったため、また少女がそのちしきを全く持たなかったため、ネアは三回に分けて解説することにした。···つまり、アルストの一人損である。
「ごめんねー、ー······あ、えっと、名前···」ネアが謝ろうとしたところ、今更だが名前を聞いていないことに気がついた。
「名前···ですか。『人類最後の悪ふざけ』ですよ」
「長い。···私が決めていい?」
「えっ?······いえ、こんな私に」
「ねぇ、何で貴女は自分をそんなに下げるの?···私たち、もう友達なんだからさ。···それに、名前ないと、不便じゃん」ネアの瞳が、言葉が少女の心を射抜く。照れ隠しなど、必要ないくらいに。
少女がうなずくと、ネアは「えへー」と聞こえてきそうな笑みで、
「スミレ。どう?いい名前でしょー」
と、これからの少女の名前を言った。
「良いんじゃないかな?」エインが微笑む。
「同じくです」リリーも肯定する。
「悪くないな。まあ決めるのは本人だが」ブロウはあくまで彼らしく言う。
「······なるほど」アルストも呟く。
「······それって」少女は、ともすると泣き出しそうになる心を抑えて言う。
「うん。この前さ、いろんな花の意味教えてくれたでしょー。だから、私は···」
そうしてネアは笑顔のまま、「貴女に、この名前を授けるよ」。
スミレの花言葉は、「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」。
少女は──スミレはこの時、花が好きで良かったと、心から思った。
[ちょっとあとがき]
今回短くなりましたね。仕方ない、次回急展開だもの。
それからというもの、勇者たちは1ヶ月に一回は島、に来るようになった。
スミレは、少しずつ今の世界について理解していき、それと比例して勇者パーティーの面々は歴戦の戦士らしくなっていく。無論、勇者エインを除いて。
ある時のことだった。勇者たちが一週間滞在する、ということでやや古くなった木の家を掃除するスミレの元に、手紙が風にのって届いた。
[スミレへ]
元気?私だよ、ネアだよー。
うれしいお知らせが三つあるんだけど、どっちから聞きたいー?
「何でしょうか」思わず反応してしまうスミレ。
まず一つ目ー。なんとー!あの人がー!(焦らすよー)リリーがね、エインに告白、成功して、付き合い始めたのー!わーぱちぱち!!
「本当ですか」
二つ目ー。なんとー!あの人がー!(何かごめんねー)エインが、魔王を倒したのー!わーぱちぱち!だけど私、久々に死にかけたよー!
「ネアさん······会いたくなってきちゃいました···」
三つ目ー。なんとー!そっちの島に、転移魔法がつながったのー!「わーぱちぱち!」
「え?」
スミレが振り向くと、なんとそこにネアがいた。わずかに顔が赤い。
「えへー、大成功!」
スミレとしてはそれどころではない、みるみる顔を赤くして、「···いつから、居たんですか」となんとか絞り出す。
「んー、······何でしょうか、の辺りから」
「······うぅ、ネアさんのいじわるぅ」顔を赤くして、ぽろぽろと涙を流しながら、ネアに抱きつく。
「わっ······あ、えっと、ごめん、怒った?」不安になるネア。
その腕の中のスミレは、精一杯の笑みで言う。「···いいえ。怒ってませんよ。······無事で、よかったです」
その後、時は流れて。
勇者エインはリリーと結ばれ。その仲間のブロウ、ネア、アルスト、そして大切な友達、スミレも皆、幸せな暮らしを送りました────
とは、ならなかった。
>>13
読点間違えました→[島、に]
>>13
物語で語られる、『勇者の冒険譚』から、四年。あらゆる者が憧れる勇者とその仲間は、今。
「相変わらず素晴らしいな、この島は」
「スミレさんと出会ったのも、ここでしたよね」
「あの頃の俺らが団結できたのも、あいつのおかげだな······」
「なにブロウー。惚れた?」
「···(それはネアじゃないか)?」
「アルスト何か言ったー?」
ここは、とある海に浮かぶ島。そこには、常に色とりどりの花が咲いている。
その景色を見て、僧侶リリーの服を掴んでいる、まだ幼い子供が息を呑む。
「···ママ、ここ、凄く綺麗」
「でしょ?連れてきた甲斐があったよ」
「そういえば······アヤメはここに連れてきたのは初めてだったな」
「誰か住んでるの?」
「うん。本にも載ってないけどねー、私たちの、大切な友達が居るの」
その時だった。
アヤメを除く──つまり、勇者たち──その腕に、鳥肌が立った。
「──あなた、これ」
「······信じたくは無いな。うぅん、──全員、周囲を警戒しろ。アヤメ、この中に入りなさい」
「おいおい、何が起こったんだ、一体?」
「······え。おかしい、この気配。──そんなはず」
「──スキル発動、『守護神』。まさか、だが」
勇者エインの顔が、瞬時に鋭くなる。
それを見たアヤメは、訳は分からなかったが、咄嗟にそこにあった木の蓋を開け、その中に入り、
────直後。
「──フ。まさかそっちから来るとはな。さて。雪辱を果たさせてもらう」
「「「「魔王、カースモルグ···!」」」」
「何で?居るの!?」
死闘が始まる。
勇者達に、無数の岩塊が襲いかかる。
「のっけから飛ばすなぁ!くそが!」ブロウが吐き捨てた言葉は、しかしリリーの展開した障壁により届かない。
「『セイントプロテクト』。うっ、やっぱり強い······ネアさん?」そのリリーの視線の先には、青ざめた顔の魔法使い、ネアが。
「······え?あ、うん···あれ、何でだろー···魔力が、練れない?」
ネアの頭の中は真っ白だった。魔法を使うエネルギーとなる魔力を練るには集中が必要なのだが···今のネアは、それができない状態だった。
そして、それを見逃す魔王ではなく──
闇の腕が、
障壁を全て闇に引きずり込み──
アルストが咄嗟に構えた盾を弾き──
エインが振り下ろす聖剣を間一髪で避け──
密集陣形の中から、ネアだけをもぎ取っていった。
「なっ────────」
「何かあったのかぁ?こう簡単に拐われるとは」魔王が、戻した闇の腕、そこに握られたネアを眺めて言う。
そして、ネアは──
「······スミレを」彼女のことを考えていた。
「誰のことだ?」
「ここにいた、私達の親友を!どこにやった!?」
「ああ、母か」
「はっ?」
「みじん切りにして、海に捨てたよ」
[ちょっとあとがき]
すいませんでした
·····························。
。やっぱり、死.ねないんだ。あれだけされても。
体はしっかり痛いのに。心も粉々にされたと思ったのに。
···確か、あいつは、私のことを母と呼んだ。···何で?私、何かしたっけ。
────『数万年前の遺跡から見つかった最高純度の『魔素』──』
───え?
『またその時、負の感情によって作られた魔素が魔王を、そして魔物を生み出した。』
『しばらく少女は沈丁花の上で泣き続けた。
歓喜、後悔、絶望、自嘲。それらを溶かし込んだ涙が────』
直後。
少女の脳裏に、理解の電流が走った。
「······はぁ」ごぽっ、と音がする。
······うん。多分、全部わかった···
────早く。戻らないと。
みんなと、あの人が危ない。
スミレは、無意識のうちにネアを他から分けていた。それは······恐らく気づいていないだろうが、愛ゆえである。
────────────────────
「······ふざけてやがる」ブロウは嘆く。
「俺らはどんだけ、あいつに依存してきたんだよ······!?」
彼の周囲には、動かない、仲間たちが倒れている。アルストも、リリーも。そして、下半身を潰された、ネアも。──エインは?──消えた。謎の波動に呑み込まれて。最後まで、無傷だった。
そして、ブロウは?
────立ち尽くしていたところを背中から、無数の刃に刺されて、終わりである。
「こんなものか」後には、魔王のつまらなさそうな声が残るのみ────
「────え」いや。
今、少女が、そこに戻ってきた。
広がる景色を前にして、スミレは立ち尽くすことしかできなかった。悲鳴すらも、気づかぬうちに喉の中に飲み込まれていた。
「──────っ、ぁ、」必死に口を動かしても、それは声ではなく音になる。
と、言うより。同じ状況を目の前にしたとき、誰が冷静でいられるだろうか?
───それでも、何かに操られるようにして、スミレは歩き出す。
確かに殺したと思っていた魔王はひたすら首を傾げて、「······なぜ生きてる」と呟き、また攻撃を加えようとしたが、その時、スミレの周りに闇の魔力が生み出す特有の空間の歪みを感じた。
「これは何もせずとも堕ちるな。長かったものだ」
そんな魔王を完全に無視して、スミレはついにたどり着く。本当に大切な人、ネアの元に。
「ネア、さん?」その目は開かない。
その、大分軽い体を抱く。反応はない。永遠に。
「───ぇ。ネア、···そんな、そんな······お願い、目を開けてよ」
何もないことを理解しているのか、それとも逆か。少女の叫びは止まらない。
「ねぇ、ねぇ、ネア······愛してるから···お願いだよ······!」
───ここで、またスミレの脳裏にとある景色が蘇る。
『魔力を練るには集中が大切なんだけど、感情も影響するんだよー。強い感情ほど、たくさん練れる。だけど、暗い感情で練ると······』
(そうだ。このどうしようもない感情で魔力を練れば、魔法が使える······ふ。ふふ。)
ぐるり、ぐちゃぐちゃと。どす黒い魔力が集まり────その時。
「やめなさい。それは、違うものだ」そんな聞き覚えのある声と共に、パキン、とスミレの魔力が消え失せる。
「───厄介な。あと少しだったというのに───やはり殺しきれんか」
怨嗟の声を上げた魔王と、解放されたスミレは同時に言う。
「「勇者、────エイン」」
「「勇者───エイン」」
その瞬間、······時が停止した。
「な、なんで、貴方だけ」スミレは礼より先にそれを聞く。「まさか───」
「いや······ちょっと、筋違いだが愚痴を言わせてくれないか?間接的に、君のせいで仲間が死んだんだが」
「え?」
「······まあいい。で、だ。······そうか。そこまでだったのか······」
「え?あの、勝手に自己完結しないでください」
「じゃあ、単刀直入に聞く。ネアのことを、どう思っている?」エインの目は、ただただ優しく。
スミレは、思案に沈む。
(あぁ───そうか。忘れていたよ。ずっと感じていた、この気持ちは、······)さっきまで、正気を失っていたのは。
(ネアを、愛していたから)
そうだ。───無意識でも、愛してるからなどと口走るくらい。
「私は······ネアのことを、愛しています。大好きです。同性?そんなのは、どうでも良いんです!」
想いがあふれた。
そして、また。
「あ、ああ、うっ、ひっく······あああ、ああああぁああぁ!あぁああぁああぁあああっ!」抑えられない激情が、爆発した。
対するエインは、ゆっくりと微笑む。そして、
「よく言った。さて。その想いがあれば······君は幸せになれる。······これに、見覚えは?」
スミレは、涙を流しながらそれを見て、
「───それ。沈丁花······」
忘れもしない。もう何年前か忘れたが、その木の下で、おもいっきり泣いたのだ。その時の感情により、魔王と勇者が誕生したと言っても過言ではないのだが、
「なぜ、ここに?」
「あの闇の空間の中に沈丁花があるとはね。でも···これで、何とかなりそうだ」エインは事実を淡々と呟く。
「······そうか。魔王はこれがあったから、生き返って······あっ」
「やっと気付いたか。······さあ。始めるぞ。僕がしばらく魔王を引き付ける。···時が止まっていると魔法は使えないからな」
そして時は動き出す。エインの顔には死相が浮かんでいるが。勇者は決して諦めない。
スミレの目には決意が。愛は、最後に必ず勝つのだ。
「···勇者。身代わりになろうとする心は素晴らしいが。勝てるとでも?」
───「まあ僕一人では無理だろうな。今の力では」
「······?」
「なあ、知ってるかい。僕が、傷を受けない───いや、攻撃をひたすらかいひする理由を」
「何が言いたい?」
「お前ならわかるはずだ。···いや、力が宿ってすぐに解放した身にはわからないか。······僕が攻撃を受けたら───」
そして、勇者はおもむろに聖剣を持ち上げ。
────自分の左の肩口を、斬った。
「これまで、周囲に害があるから封じてきた、力が、解放されるんだ!
······さあ、こい。時間稼ぎ、身代わりどころか。────お前を倒してしまうかも知れないぞ?」
[ちょっとあとがき]
初の1000字突破。
シーズン1、残り2話
次回の更新はストーリーから一時的に外れます。
21:水色瞳◆hJgorQc:2020/05/29(金) 08:52 その人族の少女は孤児だった。大切な人も居なければ、生きる希望もなかった。
非常に重度の辱めを毎日受けながら、どうして十二歳まで生きられたのかは、誰にもわからない。そもそも、もう分かることが出来ないと言った方が正しいか。
いや、話を戻そう。
彼女が十二歳の時、王国のみならず、世界を大飢饉が襲った。それは魔王の仕業だったが────一番最初に影響を受けたのは、少女が居る街だった。
食料の得やすい港町ということが悪く働き、立て続けに盗賊(にならざるを得なかった者)達が街に侵入した。
そこからはもう、あっという間に誰も、何も残らず、空虚な建物たちとゴミ箱の中に居た少女だけが残った。
この時点でも凄まじい記録だが、ここからは、更に想像を絶する苦難を少女は味わうことになる。
「うん、まああながち間違ってはないかなー。」
やあ誰かさん。私はネア。家名は覚えなくていいよー。死者はむやみに語らないから。
で。今のは、他の人から見た生い立ちでいいんだよね?······あぁ、そうかー······本出されてるんだー······やだよー私。誰もこんな生い立ち聞いても喜ばないよね?それこそシャーデンフロイデの人でもない限り。
でさ。この空間まで来て、何の用かなー?
え?
生き返ってほしい?
······スミレが、望むんだったら、いいけど。でも貴方スミレじゃないよね。屁理屈?
良いもん別に。もう、私の愛した人は居ない。
あの子は天国に行ってるんだろうな。
私は行けないなー。ちょっと、······昔に、やり過ぎちゃったからね。
幸せに、なってね?
私が愛したんだからー。
まあ、同性の私が言っても意味ないけどね。
え?
だれ?
本当に?
そうかー。
ちょっと私、頑張ってくるね。
[ちょっとあとがき]
シーズン1、残り2話。
スミレは、不思議なことに───本当に不思議なことに、ひどく落ち着いていた。
魔法のことなどほとんどわからない。しかし、何か言葉で言い表せない力が、自分の体を駆け回っている。
沈丁花の若木を植えて、ネアの体をそっと、その前に横たわらせる。
「······愛する人。私は、信じるよ」
────そのとき。
ピピッ。という電子音と共に、脳内に声が響く。
『全ての感情を確認しました。
世界観をダウンロードします』
訳がわからなかった。
(世界観を、ダウンロード?え?何で?私───)
頭が混乱する。しかし、その直後。脳内に、とある景色が流れ込んできた。
『遺伝子改造できたかー?』
『完璧。あ、少し追加いいか?』
『なんじゃい、もう俺ら全滅まで時間無いんだから簡潔に頼む』
『流石にこの子を不死身だけで送り出すのは良心が痛む。······もしかしたら、この先永い永い時が経って、次の人類が文明を建てるかも知れない。そうなった時の為に、一工夫加えようぜ』
『乗った。で?どんな風にだ?』
『ひとまずなんか、世界観ダウンロード付けよう。ゲーム世界の応用だ』
『魔法世界でも出来るのかよ······まぁ、良いが。さ、さっさとやるぞ。』
ああ、そうだ。
『人類の最後の悪ふざけ』────
科学に埋め尽くされていた時代に生まれた、人類の産物に、
────科学技術が関わっていない訳がないのである。
スミレの体を、オレンジ色の0と1が覆っていく。まるで、ドレスのように。
「······そういうこと、か。少し、見直したかも」
呟き、頭脳を回転させる。
ここまで頭が回るようになったのも、
こうして感謝の気持ちが涌き出るようになったのも。
全ては─────
「スキル、蘇生『沈丁花』。······すごい、世界って、広い。」
世界には、本当に数多くの魔法が存在する。攻撃、回復、増強など。
スミレは、頭に入ってきた大量の魔法の情報に目を回しながら、世界の広さに思いを馳せた。
そして。
(ネア、一緒に色々なところに行こうね。お願いだよ。)
蘇生魔法『沈丁花』。リストには、そんなものはなかった。しかし、
(強い愛情。相手の後悔。絶対的な、意志。決意。今の私は、ネアのためなら何でもできる)
エインは、肩越しにその光景を見た。
「やっぱり、魔法を作っただけあるな」
「じゃ、そろそろ僕が限界だ。頼んだよ。······絶対善意領域、『サンクチュアリ』」
エインの体から光が溢れる。そしてそれは、今にも彼に止めを刺そうとしていた魔王を包み込み。
停止させた。
『(がッ······小癪、な)』
そして、その時は来た。
[ちょっとあとがき]
次回百合注意。
シーズン1、あと一話(ニスレ分)
百合注意
(ネア視点)
なんとなく、そんな気はしていた。
でも、まさか。伝説の魔法使いでも構築できなかった蘇生魔法を私に使って、しかも成功させるとは。
「うーん、これは頭が上がらないよ······わひゃっ!?」
私が目を開けてすぐ、女の子が抱きついてきた。感触でわかる。スミレしかいない。
「ネアぁぁ······よかった、よかったょぉ···」
······丁寧口調はどこへやら。······でも。こっちの方が、可愛い。うん、すっごく。
「ぎゅーっ」よーし、さらに強く抱き返してやろうー。
「あっ、ネア、ふぇっ」······反応すごい可愛い。
うん、本題戻らないとね。
「スミレ、ありがとう。愛してる」感謝と、私の精一杯の愛を返すよ。これでも多分、足りないけど。
「ネア······こちらこそありがとう。愛してるよ」
「いやー、私何もしてないけど」「違うの!この世に生まれてきてくれて、······私なんかを好きになってくれて、ありがとうって。···ううー、恥ずかしい······」
私もだよ。
でも、何だろう、この気持ち。これが、幸せって言うのかな。
······あれ、なんか、意識が。
「スミレ、ちょっと眠るね。また、後でね」
「うんっ。······大丈夫?」
「私が彼女置いて逝くと思う?」
「······いじわる」
大丈夫だよ。絶対、幸せになろう。スミレ、頑張れ······魔王に、勝って、
────────────────────
(視点戻り)
ネアが静かに寝息をたて始めたのを見て、スミレは息を吐く。
「······おやすみ。」
そのまま数秒寝顔を堪能していたが、
「······まだ、終わってない、よね」
振り向いた先には、ちょうど今光の結界を解除した魔王の姿が。
「よくも······やってくれたな」
その体から、瘴気が溢れ、
世界を覆っていく。
相対するは、0と1の衣に身を包んだ、少女。
その顔は、真剣である。
────さあ。
終わりの時は、すぐそこだ。
[ちょっとあとがき]
次回シーズン1最終回。
(エピローグあるかも)
世界が終わろうとしている。史上最悪の″人災″────魔王によって。
もはや、唯一の希望は魔王に相対する少女のみ。
だが、その事は一人を除いて誰も知らない。人類は何も知らないまま、滅びるのか?
────さあ。
少女の体が縦に割られ、死なない。一瞬で復元される。
頭を裂かれた。だが、死なない。
そこでようやく少女が一歩を踏み出し、
今度は三枚におろされるが、死なない。
いい加減魔王も気付く。
「······な、それは、何だ······」
少女の顔は苦痛で染まっている。だが、屈する気配などなく、
「私は、死なないよ。心も。ネアがいる限り」
「ならあの小娘を────」「させない」
静かに眠るネアの周りを光の障壁が囲む。そしてその一部が、ネアの中に入っていく。
「······ちっ」魔王は舌打ちをすると、
「なら。ここでお前を根本的に破壊してやる───母よ?」
────────────────────
(スミレ)
体が粉々になる感触。溶かされて、戻って、そしてまた悪循環。
前後左右がわからなくなり、五感が消えて、痛覚もなくなったと思えばまた戻ってきて心を苛む。
けど、まだ。まだ、それだけ?
私は、まだ死なないよ!心も、体も!というか出来ない、ネアを置いて行くって。
······でも、どうしてあの魔王を倒そう?私には魔法の知識は無限にあるけど、慣れてはいない。
どうする?さすがに愛の力だけじゃ勝てる自信、ないよ?······いや、本当に何でも出来そうなんだけど。
······
············
待って。
今の私は、善?
魔王は、純粋な悪?
もし、あの沈丁花が魔王の抵抗力を支えていたとしたら?あの沈丁花───今は浄化されてるけど、ひょっとしたら、私に対抗するためのもの?
だったら、そうか。
私は、何もしない。
待つよ、その時まで。
────────────────────
変化は突然だった。突如、魔王が停止し───光に蝕まれていく。
『ガッ───グッ、ぐぁっーーーー、な、何が』
「ふふ。やっと。やっとだ。」少女の体は血液で真っ赤に染まっていた。しかし、絶対的な五体満足でそこに立っている。
『何を、何をしたァァァ!?』
「簡単だよ。私の善に、お前の悪が敗れたの。······長かったよ」
『······何故だ。なぜ、お前が善の心を持っている!?』
「皆から、もらったの」そうして、少女は何やらモニターらしきものを創作して、
「『ディフュージョン』。もう、あの頃の私は、私じゃない」
『何故、』「お前がやっていることは!あの頃の私と同じ───自己陶酔だよ!」
電子音が鳴る。多くの魔法が、少女の手持ちから解除されていく。
魔王はそれを、恐怖しながら見ることしか出来ない。何せ、少女の後ろには、巨大な光球が形成されていくからだ。
「だから。もう。さよなら、魔王───過去の私。『ディフュージョン・オーバードライブ』」
島が。
世界が。
真っ白に覆い尽くされる。
それらは、瘴気を一掃していき、
水を浄化し、
魔物を殲滅し、
民に救済を与え、
大地を潤していき──────
そして、花が咲く。
少女は。
精根使い果たしたスミレは、最後の力を振り絞ってネアの体を家へと運ぶ。柔らかい草でできたベッドの上へ、優しく、優しく横たわらせ、
「······しばらく、おやすみなさい。大切な人」
そして、今度こそ。ぼてりと、床に倒れ、
その目は閉じられる。
長い眠りに落ちてゆく。
そして、世界は平和になった。
平和になってから、五十年後の世界。
その、花であふれる島で。
「······不死身って、凄いね」
「ネア······ごめん、嫌だった?」
「いやー、全然。というか、前に言わなかったっけ、彼女置いて死にたくないって」
不死身の二人は、和気あいあいと話をしている。
片や勇者パーティーの魔法使い、片や世界を救った真の英雄。
だが、そこには争いの陰など微塵もない。あるのはただ、幸福だけである。
そして、
「お二人さん、お茶入りましたよ」
「あ、アヤメちゃん。······相変わらず年とらないね」
「そりゃ、聖女と勇者の娘ですからね?あと、一応あそこで私も余波を受けたんですよ」
そこでアヤメは一息つき、
「不死身とまではいかないにしても、あと数千年は生きられますね」
「······本当に大丈夫なの?」
「何言ってるんですか姐さん。この幸せな世界にずっと居られるだけで、これ以上の幸せはないですよ。さ、おやつにしますよ。先に入ってますね」
そう言ってアヤメはずっと変わらない木の家に入っていく。
「ネア、私達は」
「そうだねー······五十年、か。お墓参り、する?」
「しないとね。······私が今生きている···ネアと生きているのも、あの人達のおかげだから」
勇者パーティー。ネア以外、その生き残りは居ない。その体は、この島に眠っている。
「改めて······ありがとう」
「あっちでは、こんな事にならないように、幸せになるんだよー」
二人は短い間手を合わせる。
そしてその後、手を繋ぐ。
「じゃあネア、行こう」
「うん。······私達も、どんどん幸せにならないと、ねー」
「ふふっ。うんうん!」
貴女に沈丁花を
シーズン1、
おしまい。
シーズン1のあとがきです。
はい、水色瞳です。
シーズン1終わりました。シーズン3まである予定ですがね。
書くこと無いな······えっと。
静かにこの小説を見てくれている方々、本当にありがとうございます。あなた方のおかげで水色瞳は生きています。これからもできることならよろしくお願いしますね。
さて、そうですね、シーズン2は>>150から始めようと思います。そこまでどうか、幸せになった彼女たちの日常に付き合ってやってください。
「ねぇー、スミレって料理できるのー?」
「えっ?うん、まあできる······よ。まあ数億年くらい作ってないけど」
「それってどうなのー?」
「今から作ってあげるよー」
「大丈夫かなー······」
数分後。
「できたよ。ピザトースト」
「······おー、パンに、色とりどりの具材が······」
「ネアのために、真心込めました。······うん、パンは自家製じゃないけど」
「いやいや······充分すぎるよ。······うん、おいしい!」
「よかった。······え?な、なに?」
「これこれー。エインとリリーがよくやってたやつー。やってみたかったの。はい、あーん」
「えっ、あ、うん······」
スミレの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「ほらほらスミレ、自分の分も作らないと駄目だよー。私のをあげるー」
「(······あぁ、ネアに手料理作ってあげるのに必死で自分の分作ってなかった······本当だ、おいしい)······ありがと。」
「······ネアの手料理もいつか食べてみたいな」
「うーん······下手だよ?」
「愛があれば大丈夫だよ。どんなものでもいいからさ。······今度は私があーんしてあげるね」
[時間軸、シーズン1終了後数年]
毎度のことながら百合注意
お出かけ回は何話か続きます。
今日も三人はゆるゆるまったりと過ごしている。
ある時、スミレが目を輝かせてネアに聞いた。
「ねぇネア、大陸ってどうなってるの?」
「······大陸、うーん、スミレ知ってるんじゃないー?」
その後スミレは数分かけて大陸は地味に動いているということを説明することになった。
無論今の時代のネアは知らないので、当然ながら仰天する。
「えー、そうなんだ······なんか、すごいねー。大地も生きているんだ。···あ、大陸の話?えーっと、」
ここでネアは唐突に気付く。これは、デートなのでは?と。
「······あー、スミレは本当かわいいなー」ぎゅーっと彼女の体を抱き締める。
「ふふ、気付いた?······楽しみにしてる」
お知らせです。
シーズン2開始を>>26であった150から>>70からにします。
すごい!文章と話がすごい面白いね!これからも頑張ってね!
31:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/14(日) 09:36 >>30
ありがとうございます!!!
頑張ります!!!!!!
頑張ってね!
33:匿名:2020/06/14(日) 10:11 ステキだわ!
句読点の位置で話し方変えると、雰囲気でていいかもですね。
>>32-33
ありがとうございます!!
うおおお立ってる
頑張って!しがない敗北者!(は?)
あごめんスレ間違えた()
37:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/14(日) 14:27了解ー
38:水色瞳◆hJgorQc スミネア:2020/06/15(月) 21:17 どこかの廃墟と化した街で。
「よいしょー。『ゲート』解除」いきなり空いた黒い穴から、ネアが出てきた。
「まずはリサーチしないとねー。だいたい十年ぶりかなー?大陸は」
廃墟に一人、パステルカラーが映える。もちろんネアは適当にここを選んだ訳ではない。強い、強い想いがあったから、だ。
だがそれも振り切り、走り出す。ネアには未来があるのだ。それも、若葉色の。
廃墟から出て、しばらく高位の身体強化魔法を使い走り続けると、大きな街が見えてきた。ここまでおおよそ数分である。
この街もネアにとって忘れられない街である。自分に魔法を教えてくれた師匠と出会った街だからだ。
(······まあ、居ないだろうけど、ねー)
ネアは公式には行方不明扱いになっているので、誤認魔法を自分に掛ける。見付かったら大事なのだ。そしてそのまま人ごみの中を歩いていく。気楽なものである。
(確かここ、クレープ屋さんあったよねー······リサーチついでに久々に行ってみようかなー)
と、考えた瞬間である。
自分に掛けたはずの誤認魔法が、消えた。
「······え?」まず、ネアが声を挙げて。
「······あれ?」「ん?あ、あの方は」「え、生きて───」「嘘!生きてたの!?」「ネア様だ!あの、勇者の一員!」
『おおおおおおおおおお!!!!!!』
「え、待って。······なんでー?」
そのネアの呟きは、群がった人々にかき消されていった。
あれから二時間。ネアは、隣の隣街───実は、王国の首都───にある王城の屋根の上で下を眺めていた。
地上約100メートル。今まで自分を追いかけていた人々が豆粒になっている。
「良い眺めだなー······そういえばあのクソガキ元気かなー。十年経ってるからー······もう二十歳?すごいねー」と、何気なく呟いた時である。
「ふぅん。お前、やっぱりネアだな。······不老不死になったという噂は、本当だったのか」
······ネアの隣に、男が立っていた。
「······『ギガシャイン』っ!?」
「おー、いきなりか。全く。俺だ、カルトナだよ」
光をものともせず、男はネアに呼び掛ける。それでネアも気が付いた。
「······えっ。カルトナって······あー、師匠!?」「そうだよこいつめ。やっと思い出したか」
カルトナ・コスモフレイル。
伝説の魔法使いで、エルフ族の男である。昔、孤児だったネアの親がわりになっていた、という経歴を持つ。
「あー······ということは、あの魔法が解除されたのも······」
「俺がやった。······ところでどうしたよ。今さら出てきて。勇者は全員行方不明扱いだぞ?」
「······ちょっと、その辺は長くなりますがー」
「んん?······わかった、深くは聞かん。で、だ。あの街に出てきた理由は流石に何かあるだろ?」
「あー、それ、は······言っちゃって、良いんですかねー」
「というか読心魔法で大体分かるんだがな」
その後、ネアは覚悟を決め、大切な人ができたことを話した。······他人に言ったことは、これが初めてである。そして、デートのためにリサーチに来たことも。
「······ほう。おめでとうだな。······そうだな、人々には俺から話を通しておく。さすがに騒ぎあったしな」とカルトナはややばつが悪そうに言う。
「お願いしますよー。······で師匠、私を引き止めたっていうことは、何か用事あるんですよね?」
「······ああ、そうだな。と言ってもお前らには関係ないかもしれないが············」
そう前置きしてカルトナは話し始める。
[次回に続きます]
「2つあるのだが。どっちから聞きたい?」
「······私達に関係ありそうな方から」
「分かった。そうだな、コズミックという人物を知っているか?」
「······コズミックって、神様なんじゃー?」
「ああそうだな。だがまずは話を聞いてくれ。コズミックは正確に言えば神などではなく、この世界の管理者だ」
「いきなり飛躍してません?それに私に言っても良い話なんですかー?」
「だから話を聞けと。で、そいつが最近機嫌悪そうだったな。近々何かあるかも知れん」
「······うーん」
本当に自分とスミレに関係あるのか理解できないネアであった。
「で、関係ない方は?」
「大陸、つまり王国で新種の病気が発生した。以上」
「それだけー?」「ああ。何だ、ユノグの愚痴でも聞くか?······まああいつは若さにしてはよくやっている方だ。つまりあまり心配しなくて良い。というか罹っても別に何もないだろ」
事務的な会話だった。だったのだが、ネアにはいくつかひっかかる部分があった。何せカルトナはいずれ未来が見えるようになるという噂の生ける伝説である。
何か、ありそうだ。
だが今はデートのためのリサーチが大切である。
ネアは自分より千年近い先輩であるカルトナに、改めてオススメの場所を聞いた。
「······まさかここまで惚気られるとは」
「だって、本当なんですよー。······」
さて、ネアもカルトナも随一の魔法使いである。そんな二人が、王城の屋根に居るのを見られたらどうなるか。
『いた!あそこ!』『カルトナ様もいるぞ!』
「······何でばれるんですかねー」
「遠視魔法でも使われたかな。······いや、それは置いておこう。
じゃネア、しばしお別れだ。じゃあな」
そう言ってカルトナは遥か百メートル下まで落下していく。
それを見届けたネアは、少ししてワープ魔法の用意を始めた。
安定の面白さ
42:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/18(木) 19:20 >>41
ありがとうございます!!
頑張ります!!
>>40
その後紆余曲折あったが、どうしてもスミレと行きたい場所の下調べをなんとか終わらせたネアだった。
「何で私、伝説みたいになってるのー······うーん、あと一週間師匠に期待しようかなー」
ひたすらスミレとのんびりしたいネアである、明るい方向で利用できるものはなるべく利用したいのだ。
今回は偶然カルトナ───伝説の魔法使い───がいたためなんとかなりそうである。
もうあとは島に帰るだけなのだが、今は散歩をしているネアだった。特に用事はない、僅かの感傷を含めて王城を眺める。
他の勇者たちとはここで出会ったのだ。
「うん、暗いのは私らしくないねー。さ、かーえろかーえろー」
ゲートではなく瞬間移動魔法を使う。ゲートは目立つのだ。
そうしてネアが消えた後に。
そこをじっと見つめる黒髪の女性がいた。
「ただいまーー!!」
「お帰り、ネア!」「あ、ネアさん」
ネアが島に帰ってきた時、二人の声がした。スミレとアヤメである。
「何か良い場所あった?」
「うんー、当然だよー。頑張って良い場所選んだからねー」
「お出かけするんですか?······そういえば私も大陸の記憶ないですね」
「まあ、仕方ないよー。あ、だけどあと一週間待って?」
「「どうして」ですか?」
「えーと、街でねー」
ネアは大陸であった出来事を話す。
「ネア、人気者」「······うーん、正直いらないんだけど······うん、まあ落ち着くまで待ってー」
「はーい」
さて、三人は一週間を手持ち無沙汰で過ごすことになる。だがあまり飽きはしない。これまでもこうしてきた上に、ネアがおみやげを買ってきたこともあった。
「まあ半分くらい食材だけどねー。スミレの料理すごい美味しいからさー、ついついいっぱい買っちゃうんだー」
「······うん、ありがと。頑張るよ」
俯いたスミレの耳が赤くなったのを見逃すネアではなかった。
「······いつも、本当に、ありがとね」
「······うん。こちらこそ、ありがとう」
さて、この木の家は二階建て、部屋は6つある。
アヤメの部屋は一階、そしてスミレとネアの部屋はその真上である。
「(······寝れない。姐さんたちのいちゃいちゃのせいで······)」
まだ一線は越えていないようだが、······アヤメは年頃の少女である。まぁ妄想は加速する訳で。
そして今度は、下から聞こえる顔を洗う音のせいでスミレとネアが眠れなくなったのだとか。
最初から見ていたのですが、とても面白いです!とても好きなので、自分のペースで良いので頑張って下さい!楽しみにしてます!
46:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/21(日) 21:57 >>45
ありがとうございます。
頑張って更新しますね。
>>44
そして一週間。お出かけの日である。
一応、1日前にネアが確認に行ったところ騒ぎは起こらなかった上であった。カルトナの人望が高いこともあっただろう。
だが、それでも消えない視線が一つ。
ネアのパートナーはスミレだ。そこには絶対的な愛がある。······そのせいで、同性愛に対する好奇の視線が発生しているのだ。さすがのカルトナもそこまでの理解を変えることは出来なかった。
一応カルトナが過激な者達を成敗したらしく(おそらく弟子に対する善意で)、何も起きなかったのだが、それでも心配なものは心配であった。
ネアが悩んでいると、スミレが傍にやってきた。
「どうしたの、ネア?」
「うーん······何でもないかもしれないしー······えっと、」
「私との関係のこと?」
「······うん、かいつまむとそうだねー。·····実はね、下調べの時······」
ネアが話し終えたとき、もう出発時刻が迫ってきていた。だが、二人は動かない。
「······えっと、ネアはどう思ってるの?」
「私はスミレ愛してるから、離れたくないなー」
「なら決まり!胸を張って歩こうよ!手を繋いで、二人で!」
「······ありがとうー。なんか吹っ切れた」
「少し恥ずかしいけどね。······あ、私もネア愛してるよ。······じゃあ行こう!」
「······ずるい」不意打ちを食らったネアは、そこで数秒悶えていた。
[ちょっとあとがき]
次回は本当にお出かけ回です。
何気に初コメ。
吐血の時も思ったけどしがらみがリアリティというか、発想が豊かというか、なんせ細やかよね。
続き楽しみにしてます!
>>48
遥架さん!感想ありがとうございます!
頑張ります!
────────────────────
────────────────────
>>47
大陸へはスミレとアヤメの希望で舟で行くことにした。────そう、舟。
勇者パーティーが最期に島に来たときの舟である。縁起は知らない。感傷旅行である。
顔を赤くしながらいち早く乗ったスミレは改めてその舟を観察する。
────特に工夫もない、至って普通の舟であった。少し違うとすれば、やや頑丈に見えることぐらいか。
そこでネアが隣にやってきた。なのでスミレは少し聞いてみることにした。
「あ、ネア。これって何か魔法かかってる?」
「んー?えーと、耐久強化、撥水、安全地帯の魔法だねー。前者は結構あるよー。安全地帯の魔法は私が掛けたー」
「結界を張らないのは何で?」
「んー、それだと速度が遅くなっちゃうからー······」言下にスミレと会いたい皆の心の現れだよーと説明したネアだった。
「それは······ありがとう」今度はスミレが照れる。
「お待たせしました。······うん、やっぱりこの舟ですよね」
何か準備があったのか、申し訳なさそうなアヤメが最後に来た。だがあまり待っていないので笑って迎える二人だった。
「準備はいいー?いっくよー!」
ややテンションが上がっているネアの掛け声と共に、魔法により舟が進み始める。
「大体大陸まで小一時間かなー。······何する?」
「何って······姐さん、道中の計画は無いんですか」
「ごめん楽しみ過ぎて忘れてたー」
「もう······」スミレはネアの髪を軽く撫でて、そして持ってきた小箱からあるものを取り出す。
「じゃじゃーん。トランプだよ!」
「あ、確かスミレが色んな遊び方教えてくれたやつー」
「確かにそれなら道中暇しませんね。えっと、ババ抜きですか?」
「私戦争がいいー」
「ダウトは······教えてないや。ダウトやる?」
「「どんなのー」ですか?」
その後、あっという間に時間は過ぎて。
大陸に到着した。
50レス突破!
皆様の応援のおかげです!
────────────────────────────────────────
着いた場所は寂れた港。だが一応人はいた。
「はーい、大陸、ホロコースト港によう······こそ。ええ、ごゆっくり」受付の青年が一瞬ぎょっとしたが、さすがの営業スマイルで送り出してくれた。
「大丈夫かなー。······まずどこから行くー?」
「スミレ姐さんが決めていいですよ」
「じゃあお言葉に甘えて。······ううん、観光と私事混同しちゃうけどいい?」
「どこにするんですか?」
「大聖堂」
「······うん。いいよー!行こう!」ネアは一瞬でスミレの考えを理解した。
歩くこと40分。繁栄している場所に近い港を選んだため、さほどかからなかった。
「あれだよー。あの王城くらい大きいやつー」ネアはスミレの手を引きながら言う。
「本当だ、すごい······」こちらも、この世界で初めて出会う人混みに流されないように、ネアの手をしっかり握る。
アヤメは均整の取れた体によって、楽に人混みの間を縫いながら二人についていく。
······周りからは、何もなかった。
その幸せを、ただ見守るだけだった。
さて、王国最大、ひいては大陸、世界でもかなり大きい部類に入る大聖堂に到着した。
一言で言うと、荘厳なれど自由だった。聖職者(信者)に対する極度の戒律などはない。
神───この世界の管理者、コズミックの性格を表しているのだろうか。
三人は壁際で休憩しているらしきシスターを見つけて、声をかける。
「あのー、今いいですか?」
「はい?······あ、ネア様。ご無事で。······聞きましたよ、リリーお姉さまは亡くなったのですね」
「んんー?あ、コトミさん······」
シスター・コトミ。どうやら彼女はリリーを慕っていたようだった。リリーは大聖堂出身で、神から『聖女』に選ばれたおかげで勇者パーティーに同行していたほどである。まあ、後輩から慕われるのも無理のないことだろう。
「······近日中に、最大級のお祈りを捧げたいのです。遺品等は、ないでしょうか」
「ネア」「うん。こちらに」
ネアは空間収納魔法の中から、いくつかのものを取り出した。それは────
輝きをなお失わない剣。癒しを与える、ぬくもりに満ちた長杖。使いやすく、だがそれゆえに力強いダガー。傷に満ちているが、貫かれることを知らなかった盾。
「────これは、勇者たちの」
「そう。とっておいた、思い出の一部」
「私達には、もう要りませんから」
「よろしく、お願いします」
「············わかり、ました。必ずや、必ずっ······!」
泣くのを必死で抑えて、コトミは絞り出す。
そして、笑顔。
三人は彼女に礼を言い、自らも祈りを捧げて大聖堂を出た。
沈丁花、やっぱおもしろいなぁ
52:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/27(土) 21:22 >>51
感想ありがとうございます!頑張って面白い小説を書いていきます!
───────────────────────
[会話中心です]
>>50
大聖堂を出た三人は、大きな市場にやって来た。
食料、衣服、道具、露店。それらが雑多に集まり、ものすごく大きな規模になっているのだ。
「おおーっ、すごい!」スミレは思わず声をあげる。
「ふふー。ここでご飯にしようかー」
「いいですね。おすすめってありますか?」
「ネアのおすすめならどこでもいいよ!」
「よーし。とっておきのお店に連れていってあげるよー!」
数分後。
「いらっしゃいま────って、ネア様じゃないですか!ようこそ!!ご注文は!?」
「あの、いいですってそういうのー······」
「お得意様なの?」スミレはわずかに目を見張らせる。
「ここ、本当にいいお店だからねー」
「おや、貴女たちは。噂になってましたよ」初老のウェイターが水を持ってきて言う。
「あ、お久しぶりですー。······そうですか、何かありましたかー?」
「いえ、特に何も。ただ、一部の人が暴発してたそうですよ。お気をつけください」
「······迷惑なんだけどなー」
「やっぱりネアって人気者なんだね」
「大丈夫、私の一番はいつまでもスミレだよー」
(あの、ウェイターさん)アヤメはテーブルに伏せながら呟く。
(何でしょうか)ウェイターも応じた。
(平気なんですか)
(早く慣れた方が良いでしょう)どこか遠い目をして彼は答える。
(······うう······)
その時。
「いらっし······へ?カルトナ様!?」
────「え?」「ん?」「あ」「あれ?······よう」
カルトナが偶然、そう、本当に素晴らしいタイミングで入店した。
「······ああ、貴女がスミレか。ネアがお世話になってるな」
「あー、この人は私の師匠だよー。伝説の魔法使いって言われてるねー」
「······はじめまして。スミレです」スミレはぺこりと頭を下げて、「いえ、むしろこっちがお世話になってるくらいです」と付け足す。
「仲がいいようで何よりだ。で、こっちの突っ伏してるのがアヤメだな。······おいどうした、酒でも飲んだのか?」カルトナは帽子を傾けて黒髪を見る。
「······なんで平然と······いやまあ、いいですか。はじめまして、アヤメです」
「ああ、なんとなくこいつらのことはわかってるからな······あ、そうだ。ついでだ、相席していいか?」
「「「どうぞ」ー」」
[ちょっとあとがき]
変な所で切りました、すいません。
六人のテーブルだったので、カルトナが入ってもまだ余裕があった(アヤメはカルトナの対面の席に移動)。まあ、これでまた誰か来たらおかしいのだが。
「注文どうするー?」
「あ、これ、このピザ!二人で食べようよ!」
「私は無難にパスタですかね。このバジルのやつ」
「まさかこれ、俺が奢るパターンか······?まあ良いがね。じゃ、お前ら野菜も食べろー。」
「「「親ですか」ー」」
「良いじゃないか別に」
そのような感じで時間は過ぎる。ここは外の喧騒を遮断する魔法が掛けてあるため、心地よい空気が流れている。
そんなどこか懐かしい心地よさが、この店の大きな売りだ。
「······ほっとする」スミレはピザをもぐもぐやりながら呟く。
「でしょー。なんか、良いよねー」ネアは柔らかく笑う。そしてスミレの差し出したピザをそのままぱくっともらった。
「お母さん······お父さん······はっ。何でしょう、なんか、······懐かしいな」いつの間にか夢を見ていたアヤメだった。その瞳はわずかに濡れている。
「······」
カルトナは黙ってサラダを食べている。老い始めた顔から伺えるものは何もない。
そして、また時間は過ぎて。
「いら────え?」
また誰か来たようだ。
「おい、お忍びなんだから声出さないでくれるか」
「あっ、申し訳ありません」
「良いのだ。私はここの店を気に入っているのでな。さて、席は────」
そこで。
「あれー?」ちょうどこちらを見たネアの視線と、
「ん?」見回す彼の
>>53
途中で送ってしまいました、すいません!!!!
──────────────────────────
見回す彼の視線がぶつかり、
「え?」「あっ?」一瞬の瞬間の後で、
「あ────ユノグー?ここで何してるのー?」
「ね、ネア姉!?なぜここに!?」
「こっちの台詞だよお前王様じゃないの、ねえー!?」
店の空気が、揺らいだ。
〜しばらくお待ちください〜
「······ネア、この人は?」スミレが上目遣いでネアを見る。
「あー、こいつはねー、ユノグ。この国の王様で、私の腐れ縁ー」体を揺らしながらネアは答える。その姿はやや苦笑しているように見えた。
「「······王様?」」アヤメも加わり、二人で目と口を丸くする。
無理もない。
彼は······どこにでも居るような、町民の格好をしていたのだ。
「そうだ!私こそが!この王国の当代王!ユノグ=レイヴンだ!」
「いや、格好ついてないからな?それにここで叫んでいいのか阿呆」ここまで無言だったカルトナが口を開く。その瞬間、
『え??』『ユノグ様だ!』『ここにいる!ユノグ様ー!』『こっちを見てくださーい!』『応援してますよ!』
どやどやと、店の中に居た人達がテーブルに集まって来た。
カルトナはため息をつく。固まっている女子陣が動き出す前に、パチン、と指を鳴らして、
「『帰化』」
魔法を発動させた。
その瞬間、人々はまるで巻き戻し動画のように、元の位置に戻っていく。そして、何事もなかったようにまた食事と空気を楽しみ始めた。
カルトナはその光景を一瞥してから、冷や汗を流している青年を眺めて────
「さて。ユノグ?少し、説教を受けてくれないか?」笑う。凄惨な笑みを浮かべながら。
[ちょっとあとがき]
申し訳ありません。
すっごく。(土下座しながら)
数十分後。
あの初老のウェイターの干渉もあり、カルトナは矛を納める。
「······はぁ、もういい、長々とすまないな」
「本当にごめんなさい」
ただ凍りついた空気は消えない。スミレとネアは肩を寄せあってしばらく震えていた。
ユノグはそちらを見て申し訳なさそうな顔をする。
「まぁだがお前の有能さと人望は認めてるからな。こんなエピソードがあればかえって良いかも知れん」
「へ?」「え?」
ユノグとネアは同時に声をあげた。
「有能ー?こいつ昔クソガキでしたよー?」
「それは酷くないかな!?」
「時としてこういうことがあるんだ。俺も千年生きてるからわかる」
そこでユノグは突然表情を歪めて、カルトナに尋ねる。
「あと、何年ですか」
「ん?あと長くても三十年だ。結局時間は打ち破れなかったな」
言っている意味はほとんどわからなかったが、アヤメはそう答えた彼の顔に陰りが差したのに気が付いた。
ネアも「······そうですか」としか言わない。
微妙な空気が流れていた。
「············そうだ、詫びといっては何だがね、ここの飲食代は私が持つ」ユノグは、やにわに再び席について宣言した。
「いいのー?」
「詫びだからな」
「ねえネア、どうする?」「うーん、もうお腹いっぱいなんだよねー」「いや追加する前提なんですか」
そんな風に少しばかり話し合ったところで、
「じゃあ、これで」アヤメが代表して伝票を渡す。
「······ふむ、3996レイか。もっと食べて良いのだぞ?」「いや要らないー」
ぴしゃり。
「じゃあユノグよろしくー」「「ごちそうさまでしたー」」
四人は店から出た。太陽はすでに傾きつつある。
「さて、俺もお別れだな」
「師匠、あれは······」
「勇者の力が解析できない。俺の力不足ゆえだ。ここで死んでも文句は言わんよ」そう言ってカルトナはさっさと歩いて行ってしまう。「じゃあな」という言葉を残して。
カルトナの後ろ姿を見送った三人はしばらく無言だった。
そして顔を見合わせる。
「······どういうこと?」
「師匠はもっと凄い魔法使いになりたいんだってさー。今度は時間に干渉したいらしいけど······その前に、寿命が」
「···うん。あ、だから勇者って······」
スミレはエインの最期を思い出す。あの時自分と話した時、時が止まっていた覚えがある。
「『絶対善域』、かぁー。私も分からないよ」
うーん、と二人で首をかしげる。しかしそのままここに居ても邪魔なので移動することにした。ちなみにここは人で賑わう市場である。
二人の後を追いながらアヤメは歩き出す。その時、リィン、というベルのような音が聞こえた────ような気がして振り向く。
「······?」
「アヤメちゃん、どうしたの」
「······いや、なんか、ベルの音がしたんですけど」
「うんー、この辺結構ベル売ってるお店多いからねー。そうだ、記念に買ってくー?」
───────────────────────
りぃん。
「はぁ、危ない、バレるところだった」
「本当?うーん、何であの人はこんなに危険な仕事任せるんだろうね」
「職権乱用、みたいな」
「うんまあ乱用されるのが私達なんだけど」
「皆、無事?じゃあいくよ。次はあっち。」
鈴の音を鳴らしながら、少女たちは消えていく。
───────────────────────
「······買ってしまった」
アヤメは小さな鈴を揺らして呟く。その色は黒。彼女の髪の色と調和している。
「何でしょうかこれ、どこか懐かしいような」
店主がくれた髪飾りに付けて、そこで髪をまとめると。
「おおー、すっごい似合ってる」
「······えっと、数億年前に日本っていう国があったんだけど、なんか、そこで言う和風美人っぽい」
これで刀を持たせたらどうなる、とか言うレベルであった。二人に褒められたアヤメは一瞬にして照れる。
「······うん、私達も何か買っちゃう?」
「やっぱり髪飾りだねー。選んであげるよー!」自然とネアの言葉に熱がこもる。
「あ、じゃあ私は少しこの辺見て回りますね」
「アヤメちゃん良いの?」
「邪魔しちゃ悪いでしょう」
分かりやすくスミレは顔を赤くする。そしてネアの手を引いて、「じゃあ、行ってくるね」と呟いて曲がり角に消えていった。
「私は。······そうです、あれを買いましょうか」
残されたアヤメは、金色の目に決意を湛えて歩き出した。
[百合要素はありません]
二人から別れたアヤメはある建物に入る。
途端、中から溢れ出す熱気に圧倒される。
その他にも、煙、男達の掛け声、金属が打たれる音、つんとする金属の匂い。それら全てが、この建物を象徴しているかに見える。
そう、ここは鍛冶場。ここにアヤメは用があった。
「おや嬢ちゃん。ここに何の用だい?ここはケーキ屋さんじゃないぜ?」
「······そもそもここがケーキ屋さんだったらとっくに世界は終わってますよ」
受付のマッチョ男の冗談にそう言い返す。言下に真面目な用です、と告げながら。
「ほう?······あぁ、確かに似合わんな、すまねぇ。でだ、用は?」
ケーキが似合わないと言われて一瞬頬がひきつったが、確かにここに直行するあたりそう思われても仕方ないと考えてしまったアヤメだった。
「武器を作ってくださいな」短く要件を伝える。
「何のために?平和だぜ?」
「大切な人達を、守るため」
金の目は、真っ直ぐ相手に向ける。心から、願う。
「······わかった。どんなのが良いんだ?色々あるが······流石に戦斧やハンマーは無理だろう?」
「ええ。ですから、こういうの」
アヤメはよく磨かれて銀色になっている、飾り刀を指差す。
「カタナか。正直言って、これの造りは少し妙でな。確か────首にベルを提げた変な奴がこれを置いていったんだ。よく斬れるが、それ以外は分からん」
────ここにスミレが居れば固まったことであろう。だがアヤメはもちろんこの文明の住民である。
特に意味は感じられなかったので、そのまま頷いた。
と────そこで。
「おや」
「ん?あ、アンタは確か······」
ひょっこりと。首から黄色のベルを提げて、黄色の衣服に身を包んだ少女が現れた。
「ふぅん、これを?」
彼女はイエローベルと名乗った。そして、つかつかと刀のそばまで来る。
「······君は、知ってるの?」おもむろに、アヤメに対して質問を投げる。
意味が分からないので、答えは一つ。
「······何のことですか?」
「ふぅん、ならいいや。特別だよ、作ってあげる」
またもや、意味が掴めない言葉。
しかしどうやら作ってくれるらしい。
「あの、お代は?」少女が持っていた荷物を下ろしたタイミングで、アヤメはあわてて言った。
「ふぅん、きっちりしてるね。無いよ。別に、何も使わないし」
どういうことですか、とアヤメが言い出しかけたその時。
「そもそも、もう遅いと思うよ」
そんな声と同時に、虚空から刀が落ちてきた。イエローベルはそれを難なく掴み、これもどこからか取り出した鞘に納める。
「······はい、どうぞ」
「え?────っと、あ、ありがとう、ございます?」
全体的に訳が分からなかったが、とりあえずお礼は言う。
そんなアヤメを一瞥した彼女は薄く笑い、
「じゃあね」
次の瞬間には、消えていた。
「························」
アヤメは自分の手に納められている刀と虚空を交互に見る。これまで様々な魔法を見てきたので、消えたことと刀を出現させたことは特に気に止めない。
それよりも、なぜ何もなかったのか、という考えが頭を埋め尽くす。
それに、最後の意味深な言葉は、一体何だったのか。もう遅いとは、一体何のことだろうか。
とりあえず用件は終わった。試し振りもしたいが、まずは二人と合流することを優先したアヤメだった。
───────────────────────
「待って何でカルトナ居るの!?」
「嘘だ!流石に勝てない!断念しよう」
「っというかそもそもスミレだけでも怪しいよね」
「それは言わないで、早く逃げるんだよ!」
ちりちりりんりん。
───────────────────────
カルトナはベルを首から提げた少女達が逃げていった先をゆっくりと見つめる。
それらが完全に視界から消えていった時、ようやくため息をついた。
「全く、何を考えているのやら······」
彼の後ろには何も知らずに駄弁っているスミレとネアが見える。
「流石にこれは見過ごせないな······そろそろ処刑も辞さないぞ?」
「ねえネア、何か来てたっぽいよ」
「ん、知ってるー。大丈夫、いざという時は絶対守るからさー」
「信じてるよ?」
「まあ、近くに師匠居て良かったかな。流石にここで魔法撃っちゃうと騒ぎになるしー」
「大きい魔法前提なんだ······」
「スミレを傷つける人は許さない。たとえ不死身でも、ねー」
「あ、いたいた······ってクレープ。のんきですね······」
アヤメは二人を見つけるや否やジト目になる。
「ん、それは刀!いいじゃん」
「似合ってるねー!」
腰に差した刀はすぐさま見破られて褒められた。そもそも隠そうとしていないというのもあったのだが。
そして三人は、日が暮れかけるまで大陸を楽しみ尽くした。
[ちょっとあとがき]
次回の視点はメインキャラから外れます
ユノグ=レイヴン。
大陸の、強大で平和な王国の当代王である。
彼を一言で表すと、『有能』が真っ先に来るような名君だ。
そんな彼は昔、王国最大、伝説の魔法使いカルトナの世話になっていたという。それも、カルトナの弟子で勇者パーティーの一員であるネアとほぼ同じ時期に。
そして、彼は今────
「くそう多忙だなぁ私は!一体何があったんだ!?」
「いやユノグ様が抜け出したせいでしょう、はいさっさと片付けますよー」家臣のツッコミと共に、溜まっていた職務を片付けていた。
「はい、貴族関係は僕がやっておきますからこっちやってください」
「すまないな······」
そう言いつつも、素晴らしい早さで────具体的には二秒でなにやら要望書などに目を通し、三秒で思考をまとめ、サインで一秒。
合計6秒で一枚の仕事を片付ける。
だがそれでも山なので、すぐには終わらない。
ユノグの抜けで溜まった職務は日が暮れる頃に終わった。奇しくもスミレ、ネア、アヤメの三人が帰る頃だった。
「······ふぅ」
「陛下、見送りはよろしいのですか?」
「子供か。もう二度と会えない訳ではないぞ」
「失礼しました」
その家臣は薄く笑って頭を下げる。しかし、その一瞬後、ユノグの言葉によって凍りつく。
「······ふむ、そうだ。許すかわりに少し剣の特訓をしようではないか」
「······えっ?」
分かりやすく顔に恐怖を浮かべて、「い、いえ僕はこれから婚約者と······」などと。
「そうだったな。いや、逆にそれで良いのか······?」
少し残念そうにしながらユノグは呟いた。
そして、城の窓から空を見上げる。
「(これが、幸せの世界か。)」
その思いは、深くなりつつある闇に吸い込まれていった。
さて、大陸へのお出かけから一夜が明けた。
ネアが朝起きると、島の中央からアヤメの素振りの音がする。花を斬ったりしないか心配なのだが(ただし斬っても不死属性なので一瞬で復活する)大丈夫だろうかとか考えていると、スミレが側にやってきた。
「おはよー」
「ネア、おはよう」
二階の大きな窓の前でくつろぐのもいつものことになっている。
しばし二人は流れる空気を堪能する。
「······どうだった?」
「楽しかったよ!でも、毎日は大変かな······」
「島から出たことほとんど無いもんねー······」
「やっぱり、ここに居るのが幸せだなぁ」
すすす、とスミレはネアの方に体を寄せる。
二人はそのまま一時間程度、寄り添って花を眺めていた。
「······幸せの空気。はい?虚しくなんかないですよ」
アヤメは家に入るとき、静かに呟いた。
そう、彼女はこの幸せを自分の過度の干渉で壊したくないのだ。
だからせめて、守りたい。
自分は不死身ではないが────それこそ命を賭けてでも。
「二人とも、お茶が入りましたよ。······そうですね、朝食は私が作りますね」
「スミレー」
「なに?」
「行こうかー」
「そうだね。アヤメちゃんが作ってくれると言っても、手伝わないと」
今日もこの島は、世界は平和だ。
幸せに満ち溢れて、輝いている。
[ちょっとあとがき]
続きますよ()
「······」
ある日の昼下がりのこと。珍しくネアがキッチンにいる。
······かなり前に、彼女はスミレから手料理を食べたいなどと言われたのだ。
そして実のところ、あれからずっと料理の練習をしているのだが────
「うー、また味付け間違えたー」
スープを一口すすってそのまま突っ伏す。
見た目はなかなか良いが、その代わりに味は正反対で、とても人に食べさせられるレベルではなかった。
なので仕方なく自分で処理する。相思相愛のスミレであれば、笑顔でネアの料理を食べてくれただろうが、流石に負担はかけさせられない。
······だが、もう一つ切羽詰まった問題が。
「これ、このままだったら太るかもねー」
何時ものように語尾は伸ばすが、その一言にはわずかな絶望感すらあった。
ネアの体型は良くも悪くも平均的である。かなり細いスミレはともかく、普通の体型のネアが毎日三食より多く食べているとどうなるか。
当然、先ほどの呟きのような感想に行き着く。
本来なら料理が上手い人に師事すれば良いのだろうが、最近になるとアヤメなどは外でひたすら稽古をしているし、スミレは何か気恥ずかしい。
カルトナは理解は示してくれそうだがそれ以外は何もかもわからないところだ。ユノグは知らない。
そのようなことを考えながら食器を洗っていると、体感の一瞬で全てが片付く。本来であればここで反省会をするところなのだが、色々と別のことを考えてしまうネアだった。
「ばーんごはん、ばんごっはん。あ、ネアいた!」
しばらくすると、椅子に座ってうつらうつらしているネアの元にスミレがやってくる。
「(なにこれ可愛い)あ、スミレー」一瞬幻覚で天使に見えたネアだった。
「何か相談事とかないー?」
「えー?······うーん、大きかったり緊急のものはないねー」
「いつでも聞くよ!」
「ありがとー。ご飯楽しみー!」
小躍りしながらスミレはキッチンに向かう。その後ろ姿を見て、色々学ばないと、と思うネアだった。
花の島に冬が来た。
大陸で買った地図を見たスミレは頬に手を当てる。
「(······国名はわからないけど、多分これがユーラシア大陸の名残だと思う。なら、ここは······)冷帯寄りの温帯、かな······」
スミレがこの島に来たときには不死身の体を生かして深海を歩いてやってきたのだ。地理的知識もあったものではない。
「(なんか、一緒に過ごす人がいると、こんな日常の気候まで感じられるんだね。凄い······)」
口の中で呟いてから、そういえば暖炉あるんだった、と思い出して、そろそろつけようかなーとそこに着いた時、
「あ、燃料無いよ······」よりによって、今さらの事実に気が付くのだ。
「ネアーっ!」
「ほいほいどうしたのー?」呼ばれたネアは直ぐにやって来る。
「暖炉に燃料がない!」
「······あー」
魔法があるではないか、と思われがちだが、『すずっと火を点けたままにする』のは相当難しい。
魔力を常に練ってなければならないし、それにずっと同じ火力のまま調節することもなかなか集中力を削る作業なのだ。
「一緒に買ってくるー?」
「そうするしかないかあ······」
大丈夫このくらいー、とネアは微笑むがわずかに申し訳なさを感じるスミレだった。
「あれ、姐さん方どこか行くんですか?」アヤメが手をこすりながらやって来る。
「ちょっと暖炉の燃料を······」スミレは苦笑する。
「あー、使わないのかと思ったら······行ってきてください、二時間なら耐えられます」
「そんなにかかるの前提なのー?うん、行ってきまーす」
─────────────────────
瞬間移動。
二人は大陸の街角にいた。
行き交う人々も暖かい格好をしていたり、その他にも手を繋いだりして暖をとっている。
「なら、私達も······」
「うん」
スミレとネアは互いに手を繋ぎ、寄り添いながら街を進んでいった。
>>62訂正
すずっと火を →ずっと火を
─────────────────────
「薪とかなら市場に行った方が早いよー」
互いにぴとっとくっつきながら街をゆくスミレとネア。
一応二人とも長袖の服を着ているのだが、それでも生地の関係で寒さはあまり防げない。
「市場市場······」
速くなる鼓動を無理やり抑えながら市場に駆け込む。
途端に色々と暖かい物の誘惑が襲いかかってくるが、アヤメを待たせているので屈してはならない。
「すいません薪くださいー」
数分後、二人は鍛冶屋の前にいた。そう、アヤメも訪れたここである。
「んー?あいよ。······で、どうした、普通薪屋に行くだろ」
「裏ルートって言うやつですよー」何気なくネアは答える。
大量の薪を空間収納魔法に片付けて代金を払った時、島を出てから二十分程度。余裕の時間だった。
「どうするー?どこか寄るー?」
「いや大丈夫。流石にくっついてても寒い······」
「うん。じゃあ帰ろうかー」
そしてネアは一瞬だけスミレを抱き締める。
戻ったか戻らないかのうちに、瞬間移動。
「ただいまー」
「·········うん」
「はーい」体を抱え込むようにして二人を迎えたアヤメは、過去最大級に赤くなっているスミレを見て苦笑する。またやったんですか、と。
アヤメの視線を避けてスミレを見つめるネアも、やはり恥ずかしそうだった。
「薪出してください、火を起こしてきます」
紙と五十本程度の薪を持ってアヤメは奥へと消えていく。
家が暖まるまで、スミレとネアは寄り添っていた。
─────────────────────
どこかの建物。いや、建物と称するには少し立派すぎるかも知れない。もはや城だ。
それも、緑がかった碧色である。目立つも目立つ────はずだった。
しかし、これまでの記録には登場しない。恐らくは、これからも。
なぜなら、それは遥か上空に存在していたから。それも空気がかなり薄くなり、人間など到底立ち入れない高さに。
そして、そんな謎が詰め込まれた城に、十人は下らない少女達が集まっていた。
その姿は、とにかく十人十色を体現していた。茶髪に茶色の服に首に提げているベルも茶色、また白髪に以下略。
そのような、二重の意味で異色の少女達はぽつりぽつりと喋り出す。時々ちりんちりんとしながら。
「これ無理じゃない?」白の少女が最初に口を開く。
「言わないの。でも何でよりによってブルーベルはいないんだろう」赤の少女はたしなめると同時にここに居ない、恐らくはリーダー格であろう少女への愚痴をこぼす。
「ここ以外に終末が近い世界ってあったっけ?ブルーベルは何してるんだろう」黄色の少女は賛同するように言う。
「そもそもコズミック様は?」「知らないよ。管理者は管理できないよ」「あの方と増援が来るまでこのまま?流石にきついよ」「寒いんだったらぎゅーっ」「ちょっと私も混ぜてよグリーンベル」
どやどやどや、と一気に騒がしくなった。最初の葬式のような雰囲気は消え失せた。だが流石にこれではいけないと思ったか、黒の少女が全員の前に歩み出る。
「とりあえず、私たちは警戒されてる。それは確実。この中でカルトナとガチでやり合って勝てる子はいる?いないよね。だったら、コズミック様から次の方針を伝えられるまでは潜伏して情報収集しよう」
「戦うのはブルーベルが来てからかな?」
「そうだね。じゃあ、定期連絡終わり、解散」
─────────────────────
はい、一週間ですね。
申し訳ありません(ユノグ式土下座)
─────────────────────
十年という時間は長い。この世界の住人、ほぼ全てがそう答えるだろう。それは寿命が真人族の数倍にまで及ぶ小人族、エルフ族にも当てはまることだ。
だが何事にも例外は存在する。あるいは管理者であり、あるいはとある島に住む三人であり。
そして、時の流れは残酷である。長いようで、しかし過ぎてみると結局は一瞬なのだ。
そう、一瞬。
「十年かー」
とある島で、例外の一人がもう二人の例外に向けて呟く。
「どうだった?」
「あっという間だったよ。ネアと過ごしてると、本当に」
「結構早いものですね。」
彼女らは不老不死。唯一アヤメのみはその範疇を下回るが、それでもこの世界の法則からは十分逸脱している。
────何年か前の話だが、とある者が彼女らに尋ねた。「いい加減退屈にはなりませんか、島に籠ってたら」と。
返答は三者三様に見えて、実は大まかには同じだ。
「確かに、自分以外誰も居なかったらそうなるかもね。だけど、一緒に過ごす人が居たら、案外飽きないものだよ」「これ以上はいらないよー。大切な人と永遠に一緒に居られるからねー」「別に退屈でも構いません。することがあるうちは、ですね」
────尋ねた者は後に、どうしても理解に苦しむということを語ったそうだ。
返答は簡潔。
「だって不老不死になったことないもんね」だった。
今日も三人は暖かな空の下、流れるように過ぎていく毎日を生きていく。
その進む道はたまに誰かと交差しながら。また、数本の線に積極的に交差されながら。
もうね、はい。
ゆるしてくださいなんでもしまs
・・・・・・
ある日の昼下がり。
スミレは日向ぼっこをしながら本を読み、ネアはその隣でうつらうつらし、アヤメは島の植物の手入れをしていた。
そしてついでに、なぜか。
「本当に俺が居て良いのか、これ」
「あの二人が許可したから良いんですよ」
カルトナがいる。アヤメに心配そうに話し掛ける姿には伝説の威厳などない。そう、ただ白髪の混じったエルフ族のおじさんである。
だが流石と言うべきか、「そうか、なら少しゆっくりしていくか。ダンジョンには明日行くか」と答えた。
······忘れている者も居るかも知れないが、この島はダンジョンの近くに位置している。だから勇者達が立ち寄ることができたのだ。
「そういえば、勇者達と言えば、お祈りは済ませましたか?」
「いや」
アヤメの問いに簡潔に答えるカルトナ。
アヤメは一瞬反応に困るような顔をしたが、
「何故です?」と訊ねる。
「······嫌な予感がする。最近は管理者の動向も不安だ。あとはいまだに流行り病が終息しない······」
そのまま独り沈思に沈む彼を、一体どうしようかとアヤメは数秒考える。
出てきたのは至って普通の答え。
「あの二人なら大丈夫ですって。それより休まないんですか、お疲れでしょう?」
「······まあな」
過保護だなぁ、とカルトナは苦笑する。
その何気ない言葉に、アヤメは答えない。
そして次の日、カルトナはダンジョンへ行った。······なんと、たった一人で。
「え、ダンジョンって一人で攻略するものなの?」
「······」スミレの独り言に反応したのはネアではなく、青い顔で首を振るアヤメだった。
「まあ師匠は伝説だからねー。肉体の衰弱始まってるのによくやるよー」とネアはあくまで何でもないように言った。そして、
「そういえばここ数年実戦やってないやー」
······人によっては猛烈に深刻な言葉を、呟く。
「で、何でこうなるんですか」
「実戦だよ」
「いや確かにそうですけど!」
島の南端に猫の額ほどの荒れ地がある。そこは植物が何も生えていない。そこで、真剣な顔のネアと冷汗を流すアヤメが向き合っていた。
「えーと、とりあえず全力で私に攻撃してきてー。頑張って防御するからー」
「えぇ······うーん、勝てる気がしない······」どっちの特訓なのかわかりませんよとアヤメのぼやき。
「頑張ってー」
観戦者はスミレ一人である。審判は当然だが居ない、どちらかが音を上げたら終わりである。
「まずは······っていうか私からじゃないと始まりませんね、いきますよ」
アヤメの刀が容赦ない速度で大上段から振り下ろされる。流石に鞘はつけているので安全であるが、まあ食らったら相当痛いはずだ。ネアはその迫る刀を杖で受け止め、······そして押される。
「っ······!?思ったより、威力がー」
それでも余裕と見え、口調は特に変えない。対するアヤメも何でもないような顔をして、次の攻撃にかかる。
それからしばらくの間、空気を斬る音、受け止める鈍い音が響く。やがて二人の顔に汗が浮かんでくる。いくら季節が季節とはいえ、暑い時は暑く、疲れる時は疲れるのだ。
「ここから本気でいきますよ」アヤメの声が響く。
「いいよー」宣言を受けてもネアに変化はない。
「ネア、頑張って」スミレは当然恋人を応援する。
そして最初と同じように刀が振られる······が、心なしかわずかに速い。だがネアに余裕で防がれ、
「あまいっ」────アヤメが跳んだ。なんと、触れている刀と杖を支点にして。
片手に重さを受けてネアの姿勢が崩れる。それを見逃さずにアヤメの突きが入り、
「『リフレクト』。······うーん、やられた」
刀は弾き飛ばされた。
「······予想外だったよー」
ネアが右手をさすりながら言うと、アヤメは得意気な笑みを浮かべる。
「身体強化魔法をフル活用しましたからね。······で、結構容赦なく体重かけたんですが······大丈夫ですか」
「大丈夫ー。スミレに湿布貼ってもらうよー。ありがとねー」「こちらこそ」
「······ネア」
「スミレ、何ー?」
「······すごく、格好良かった」
「···ありがとう。スミレのおかげだよ。」
[中途半端ですが切ります]
街。そう、いつもの城下町である。ユノグの前から何世代にもわたって外敵やその他の厄災をはね除けてきた歴史を持つ。
その中に、世界的にも大きな市場がある。毎日人の往来が途切れない。それは冬であっても夜であってもほぼ的確だった。
さて、そんなある冬の夜。
市場にスミレとネア、アヤメがいた。見えないが、カルトナとユノグもどこかには居るのだろう。そういう者たちなのだ。
「寒い······」
軽く震えるスミレの首に、ネアは微笑んでマフラーをかけてやる。
「あったかくなったー?」
「······え、あれ、うん、あったかくなった。けど、マフラーっていつの間に?」
「流石に手作りは無理だったよー······」
「······嬉しい」
「······あ、ありがとう」
アヤメは思う。この王国では同性の結婚は何故か認められていない。ユノグも認める運動をしているらしいが、大臣がうるさいという愚痴を、この前の訪問で聞いた。
そう、この王国は、光の王国等と言われるくらいには栄光と平和、そして自由に溢れているが、それでも影は差す。
その影は、彼女たちの光も覆い尽くしてしまうのだろうか。あんなにも、あんなにも────
と、二人を眺めようとした、その視線はいつの間にか周囲に向けられていた。特に何か殺気を感じた訳ではない。ただ、何か違和感を感じた。
冬の夜ということもあるだろうが、どことなく人通りが少ないような気がする。アヤメが強いだけかも知れないが、寒いのは寒いのだがそれほど耐えきれない訳ではないのだ。
本来であれば、周囲が固められるくらいには人がいたはずだ、と記憶を呼び起こす。答えはすぐに見つかった。確か、ユノグだかカルトナだかが流行り病とか言っていたような気がする。それの影響だろうか。
数秒の間をおいて、アヤメは決断する。
────嫌な予感がする、今回は早めに切り上げさせよう、と。
夕方に到着したばかりだが、勇者と聖女の血、そして鍛えた洞察力が警鐘を鳴らしている。
何処かから、長い黒髪が覗いた。
三十年という時間は、とても長い。だが、振り返ると短かったりする。それは、種族に関係なく、生けとし生きるもの全てが感じることだ。
ある王は言った。
『所詮我々の命は短い。エルフでも、必ずどこかで終わりがある』
『永遠を望むか、だって?いや、幸せ無しでの永遠は存在できない。私は未熟だからな、幸せになる権利は無い』
『逆に言えば、幸せになったら永遠になる────そういうことだ。来世でもどこかで繋がるだろうからな。』
『死後の世界には定説は無いが、これは言える。
永遠は、ある。······まあ、海の真ん中にな』
あるシスターは言った。
『子供の頃から英雄譚の勇者に憧れてたんです。······実際、私の偉大なお姉さまもなんだかんだで憧れてたみたいですし、選ばれた時はこっちまで嬉しくなりましたよ』
『確か、私が入りたての頃でしたね。戻りたくないと言えば嘘になりますが······』
『でも、どんな人も居なくなる。はい、あの時までどうして知らなかったのでしょうかね······』
『それでも、なぜかあの人たちは居なくなる気がしませんでした。不思議ですね。やっぱり、幸福は偉大ですね』
ある老ウェイターはこんな言葉を遺して逝った。
『結局私の命は終わるんです。伝えておいて下さい、今を生きている皆様に。』
『一人も伝え漏らしてはいけませんよ。』
『この幸せを、決して忘れないでください』
『そして、終わりがあることと、ないことを忘れないでください』
ある魔法使いは言った。
『終わりが近付いてくる。ま、こんなものか。したいことをやれなかったしな』
『果たして俺は、あいつらの魂の記憶に名を刻めただろうか······』
『分かってる。証拠などはどこにもない。だが、知りたくてな。』
『······さあ、最後の数年だな。俺には永遠と幸せは無かった。だから、あいつらには、どっちも与えてくれるか────コズミック』
天空の城、摩天楼にて、黒髪の長髪が揺れる。そして、薄く笑う。
『私の性格と、世界の現状を見てから頼むんだな。』
彼女の周囲には、首からベルを提げた数十人十色の少女たち。
『そろそろか。壊すぞ』
『ブルーベルは?』
『知らないな』
幾重の感情を向けられる三人は、
最後だけ、気づかないままだった。
次回>>70から、シーズン2開始です。
(補足説明しますが、シーズン2はシーズン1から三十年後の世界です。)
今回はストーリーはありません。
シーズン2の注意点を言います。
>わずかとは言えないような百合<
>そこそこ重度な残酷な描写<
>ご都合主義あるかも<
>ほぼアドリブゆえの意味不明表現<
>なるべく失踪しない<
>感想だけなら乱入どうぞ<
と言うわけで、もし見てくれる方がいるならば、『貴女に沈丁花を』シーズン2、よろしくお願いします。
[シーズン2スタートです]
一昨日も平和。今日も平和。多分明日も平和、明後日も。このまま永遠────いや、正確に言えば、数千年後のアヤメの寿命まで、この平穏で幸せな毎日は続くであろう。
たまに大陸に行って、カルトナが来たりして、······そして、あのレストランのウェイターのように少しずつ、知り合いが居なくなる。そんな平和が。
────話題の中心となっている二人は別に気にしていないように、もしくは割りきっているように見える。スミレとネア、どちらも互いに相思相愛、恋人以上婦妻以下の関係なのだ。それは、決して切れないような錯覚さえ抱かせるのだ。そして命は永遠、ほとんど絶対的な存在である。
しかし、何事にも例外はあり、その例外というものは大抵が人智を超えた現象、物等によって起こされる。
ならこれも、そうなのであろうか。
「······?」花の手入れをしていたスミレは、突如感じた違和感に首を傾げた。
······違和感。とにかく、言葉ではとても言い表せない感覚が、四肢の末端から中央へと、ゆっくりと伝ってくる。
ここでスミレは思考する。自分の体は致死以上、つまり少しでも命の危機だと何かにより判断された場合、不死身が発動するようになっている。それは外傷でも、病気でも同じだ。つまり、これは騒ぐほどのことではない、と彼女は判断した。······同時に、これが病気だったらネアは看病してくれるのだろうか、とも思う。いっそバカップルじみてきた。
そしてスミレは、数日が経過するまで、このことを脳裏から完全に追い出してしまった。
数日が経過し、スミレは自分の迂闊さを後悔した。その違和感は、彼女の痩せた身体を確実に蝕み、歩行すらも困難にさせていたのだ。
「(な、なんで。これは、何?すごくだるい······息が苦しい······)」
次第に立っていられなくなり、とん、と背中を壁に落とす。そしてそのまま、深いが弱い呼吸を二度行う。それだけで倦怠感は加速し、締め付けられるような感覚も変わらない。
あ、これまずいやつだ、とスミレは今更に思い知る。原因は不明だが、不死身が発動していないようなのだ。道理でここまで悪化するはずである。
「とにかく······ネアのところに」
そうして一歩進もうとした瞬間、突然身体から力が抜ける。足がふにゃりと音をたてそうな感じで曲がる。そしてスミレは────それに、対応できなかった。
どさっ、という音と共に、彼女の意識は闇に落ちていった。
──────────────────
「······はっ」
スミレが目を覚ましたのは、いつもの寝室だった。なら、今までのことは夢だったのか?いや、そんなはずはない。身体の倦怠感はさらに強くなっていた。······もういっそ、動けなくなりそうなくらいに。逆に言うと、なぜこれで立ててたのか分からない。
さて────このようなことを思考でぐるぐる回していても仕方がない。ともかく、何故こうなったのか?それを突き止めるのが大切である。そこまで、気力が保てば、の話だが。
いや、そもそも彼女がこのようなことになっていて、放置するような者は周囲には居ない。その証拠に今、ネアが寝室に飛び込んできた。
「スミレっ!大丈夫!?」口調から余裕が消えている。
「あ、ネア。······ちょっと、訳がわからないけど······まずい、かも」そんな一生懸命な彼女がいるからこそ、スミレは思ったままに伝える。
「······流行り病」
ネアが呟いたその言葉は、スミレの脳に突き刺さった。
「······どうして?私、不死身だよね」
「······」
ネアは無言のまま、スミレのすぐそばに来る。そしてスミレの手を取り、
「大丈夫だから。色々使って、絶対何とかする」
そう、宣言する。
無期限更新停止します。
こんな私の下水以下の小説を読んでいる方、喜んでください。
↑
75:水色瞳◆hJgorQc hoge:2020/07/30(木) 00:44復帰しました。
76:水色瞳◆hJgorQc hoge:2020/07/30(木) 00:58 (しばらくネアです。)
さて。
ネアが絶対に助ける、と誓った以上、その名の通りスミレは助かるべきである。
だが、どうやって?
とりあえず彼女は、アヤメを呼ぶことにした。
「えっえっ、どういうことなんですか」
駆け付けたアヤメは秒で右往左往する。────彼女は聡明だが、まだネアほど死線をくぐり抜けた経験はない。責められることではない。このような状態でこうなるのはある意味仕方ないのかも知れない。
そんな彼女を一瞥し、ネアは思考を巡らす。
「師匠呼んできて」
「あっ、分かりました!」
ネア一人では何もわからない。スミレの不死身が消えた理由も、外界から遮断されているはずの島に流行り病が発生した理由も、そして自分とアヤメが感染しない、いや、症状がない理由も。だから、知っている────もしくは、″知ることが出来る″者に協力を仰ぐのだ。
ネアは急いで貯めてあった薬草を鍋に突っ込み味を付けて煮込む。薬膳スープ、と呼べば良いかもしれない。
スープばっかり作ってるなぁ、と彼女は今更ながらに苦笑する。だが、基本の基本であるスープの調理が上手くいかない彼女はこれ以上望まない。
魔法も交えての全力調理でスープは瞬く間に完成した。一応味見をしてみたが······普通に美味しかった。火事場の愛の力ってすごい、とネアは純粋な喜びと共に思う。
さて、少しでも症状が楽になればいい、とスープを持った彼女がスミレの部屋に向かおうとしたときである。
どたどたどた、という音と共にアヤメが出戻ってきた。その顔は焦りで真っ赤である。
ただ事ではない、と感じたネアは足を止める。
「どうしたの、」
「ね、念話魔法と······ワープ魔法が······使えなくなってます······!」
アヤメは食いぎみに話した。それだけではない、船も忽然と消えて、周囲を泳いでいた魚も見えない。そして、極めつけに────城。蒼の城。それが、遥か遠くの水面に、″建っていた″。
「······確か、師匠ってダンジョンだよね」それでも。冷静さを失わないのが、昔とは違う、今のネアである。
「はい、ダンジョンですが······」
「なら、いいよ。どっちにしてもワープ魔法を使うことになるでしょ?」
「そうですが······」
「だったら、師匠が気付かない訳がない」
ネアはそのまま部屋に入っていく。残されたアヤメは少しの間呆然としていたが、ふと外を見た時である。
何とも言えぬ威圧感が、迫ってくる。
(hogeてました、申し訳ございません)
78:水色瞳◆hJgorQc:2020/08/10(月) 16:21 [約二週間。本当に申し訳ありません。]
カルトナは後悔していた。彼らしくないことに。
こうなることは予測できていたはずなのに、と。
ついに耄碌したか、と自嘲する。しかし、自嘲には意味がないことを彼は知っている。何時だって、後に続く者には意味のあることを残そうとする、無意識の賜物だった。
が、今度は意識無意識の問題ではない。最悪の場合、世界が終わる。ほとんど自業自得と言っても変わらないが。
水面を蹴る。魔法で巧みに身体能力を高めたり、水の粘性を極限まで弱めたりといった努力があって初めて水上歩行が可能となるのだ。そしてカルトナにとって、そんなことは造作もない。
そんな伝説の魔法使いが、走る。何かが起きていなかったとしても。それが、彼の責任なのだ。
蹴られるようにして木の家の扉が開かれる。本当に蹴らなかったのは彼なりの配慮だろうか。だが流石に大きな音が出た。丁度手持ち無沙汰になっていて玄関にいたアヤメは肩を跳ねさせる。
「ほ、本当に来た······」
「ん?······いや、その事はいい。″間に合った″か?」
「············少なくとも期待している結果にはなってないです」アヤメは首を振る。
「その言い方だと······間に合ってないが間に合ったのか。それで、どうした?」
カルトナが目を細めたその時、丁度ネアが部屋から出てきた。
「師匠。······」
「お、ネア。状態はどうだ」
「······3日、ですかね。······師匠、質問があります」
ここでカルトナはネアの目を見る。それは、いつかの目とは違う。必ず大切な人を助けようとする、勇気と決意の瞳。
彼は薄く微笑む。······そして、心から、
「······良いぞ。何を聞きたい?」と。即答だった。
彼はネアに魔法のみならず、数えきれないほどの教訓を与えた。そのうちの一つ────『辛いなら誰かを頼れ』。
(いいじゃないか。俺も安心して逝けるな。大体のことは教えたしな····························································本当に?)
「師匠?」
「あ、すまんすまん、次は?」
「······スミレの不死性のことなんですが」
「あぁ······って、······なるほど分かった、不死性消えてるから感染したのか?」
「多分そうかもしれません。スミレの不死は致死と判断したらそれを無効にするものなので······」
「じゃあ致死性さえ戻せば治るのか。······待て、それなら何故お前とアヤメは感染していない?いや、ネア、何故不死性が消えていない?」
「そこ、ですね。私は知りません。師匠、処刑とか何か言ってましたよね?······何か、あるのでしょう?」
ネアの視線、そして決意を全身に受けて問い詰められたカルトナは、大きく息を吐く。その仕草は、果たして是非を考えているのか、それとももう言うことを整理しているのか。
いや────この現状。そして、知っていることが、前者の選択を無かったことにする。
「いいぞ······何でも聞いてくれ。聞かれなかったことは話さないからな」
ネアは容赦をしなかった。
「世界の管理者について。何者なんですか?また、師匠との繋がりは?」
「この世界を管理しているのは、コズミック・グレーデという奴だ。おそらくスミレより長く生きてるぞ。······世界の管理者の役目は、世界全般の管理······例えば魂の数を一定に調節したりな。そして俺は······管理者がへまをした時に処刑する······『処刑者』の当代だ」
「············こうなった理由、とか······予測できますか?」ネアは努めて平静に尋ねる。
カルトナはそれを聞いて微笑み、あくまで予測だぞ?と前置きして、
「そう······だな。スミレは不死だろ?つまり、魂がかなり大きくなってる。最も、最近まではほぼ何もなかったから、コズミックも何もしなかったみたいだが······さて、ここに来て誰かのお陰か、魂がまた肥大してきてしまった。さあ、面倒臭がりのあいつは大変だ。それに、またこうやって不死の存在が誕生してしまった。······実力行使に出てもおかしくないだろうよ」と、わずかに冷笑を交えて語る。
「子供なんですかね?」とネア。
「後天的だろうよ」とはカルトナの苦笑である。
「さて────ネア。俺に策があるぞ。······いやな?そうしょんぼりするな。お前は何も知らなかっただろ、仕方ないさ」
「······私は、」「大丈夫。お前の決意は、きっと伝わってるさ。······何より、スミレが」「いいです、分かりましたよ、わかりましたから·······」
このままだと劣勢になると見て、ネアは強引にカルトナの話を遮る。何より、······分かっているのだ。······
そして一分後、カルトナは口を開く。それを聞いて、アヤメはおろか、ネアまでも驚愕した。······当然である。
[切ります]
『神殺し』────それは、世界の中で二人しか知らない魔法。その名を聞いても、ネアは首を傾げるだけ。
「ん?あー、なるほどな。」とカルトナは呟く。「まあ大層な名前ついてるだけなんだが······要は世界の管理者を処刑するために使う魔法だ」
処刑。カルトナが、管理者に対してそれを実行するための者だということは今知った。だが、
「何故私に?」
「まあ待て。順に話してやる。まずはどうして教えなかったについてだが。」
カルトナによると、処刑者以外がその魔法を管理者に使う、というか『撃つ』と全身から血を吹き出して死んでしまうらしい。だから教えなかったのだ、とも。
そしてカルトナは、
「実際に見てもらおうか。『神殺し』」
ネアは、今までほとんど見たことがなかったカルトナの杖が、彼の右手に握られていることに気づいた。その黒と銀の杖が────変形する。ぐにゃり、ではなく。ぶわぁ、かちゃり。と、ゆっくりなようで、一瞬。
その形は、今まで誰も見たことがないようで────しかしスミレは知っているであろう形だった。引き金を引き、金属でできた弾を放ち相手を殺傷する凶器の形、と言えば分かりやすいだろうか。
そう、銃である。
カルトナの手に収まったそれを、ネアとアヤメは興味津々に眺める。
「一回撃ってみるか?」
「え、ちょ師匠、これを使ってどうするんですか」
「当たり前だろ?少しあいつは痛い目に遭わせてやらないとな」
「神『殺し』······」アヤメが久々に口を開いた。「それ、当たりどころが悪いと······」
「死んでもいい。まあ処刑用だからな、もう俺は諦めた」
さらっとその一言。これでなかったようなものの、許可は降りた。だが、ネアにはまだ疑問がある。
「師匠?これで、本当に終わるんですか?そもそも、そのコズミックとやらはどこに居るんですか?」
カルトナは黙然と大規模索敵魔法を発動する。そしてそれを、ちょうど均一な壁に投影した。二人がそれを見ると────ある。縮尺は分からないが、蒼い城が、北に。
「ここ、だ。ちょっと前までは無かったはず」トントン、と指で示す。
「ここに、傍迷惑な奴がいる。痛め付けてこい······ということだ。で、そのためにはこれが必要になる」拳銃を手のひらで回しながら、しかも厳かにカルトナは言った。
「そしたら······スミレは」
「不死を取り戻すはずさ。何だかんだでコズミック、あいつは義理堅いところがあった······でもな。もしあいつが何もしなかったら。容赦なしで殺せ。あいつを魔王だと思え。それでも管理者の制限は無くなるはずだ。」
ただ、と彼は一拍開ける。
「『神殺し』を修得する必要がある······三日で。しかもだ、処刑者ではない者が。失敗したら全身から血が噴き出るぞ?」
────「師匠?」
その時。ネアの放つ雰囲気が、目に見えて替わった。カルトナは、思わず気圧されるのを実感した。
「私がそれしきで止まるとでも?大切な人を危険に晒されて?もう二度とあんな思いをしたくないのに?······」
「「······」」二人に、絵に書いたような『沈黙』が降りた。
「いいですか?私は何故かまだ不死身です。つまりは────文字通り、スミレのために、何でもできるんですよ」
それを聞いたカルトナは思わず、暴発した。
「よーし、言ったな何でもするって言ったな??」
「ええ言いましたとも、生理的に無理なこと以外は」
「あるじゃねぇか、ともかくそれで失敗したら練習の時点で身体中から血が噴き出るぞ?今から脳内に投影してやるから待ってろよ?」
「いや師匠あなた止めたいのかやってほしいのかどっちなんですか」
「·····························すまん。」
「いえ、私も少し熱くなっちゃいました」
「────覚悟は出来てるんだな?」「スミレのために。」
「アヤメ」「はいっ」「お前もサポートする覚悟はあるか?」「···皆のために」
抵抗せよ。
大切な人のため。
[ユノグ回です。]
王国の中心にそびえる城。そこには、職務を行う最低限の家臣達が集められて、毎日王国の面倒事を片付けている。もう中年と言ってもいい賢(剣)王、ユノグ・レイヴンと共に。
「中年は余計だ」
「一応貴方負け組なんですよ陛下?妃居ないでしょう?」
「······王が私でよかったな、大臣とかだったらとっくに処刑されてるぞ」
いつものように遠慮しない側近に適当な返しをする────が、状況は芳しくない。何せ、ワープ魔法や念話魔法、その他いくつかの魔法が、突然使えなくなったのだ。当然国民からは困惑の声が上がる。
「······それに乗じて大臣が何かしてくるかも知れないしなぁ······」ユノグはこめかみの辺りを揉みながら呟く。
大臣はユノグのことを快く思っていない。そのため、今回の混乱に乗じて悪辣な手段を取ってくることが予想される。
例えば料理に毒を混ぜる、単に暗殺者を送り込むなど様々だが────前者は侍女が普段から何とかしてくれている上にそもそもユノグ自身の毒耐性もかなりのものなのでほぼ意味はなく、暗殺者もユノグに勝てるとは思えない。いくら年齢を重ねても強い者は強いのである。
「そう考えると可愛いものですねぇ」
「言ってあげるな」
本人が居ないことをいいことに好き放題言う王国の重要人物たちであった。
─────────────────
とすっ。
「────」
直後······側近の首から鮮血が迸る。
そこには、棒のようで、先端が鋭利なもの────つまり矢があった。
ユノグの体は、思考を置き去りにして動く。
座っていた体勢から一瞬で立ち上がりつつ玉座の後ろに回る。そこに、一瞬前まで彼の頭があった場所に矢が突き刺さる。それには頓着せず、側近を長い腕で玉座の後ろまで引っ張る。
────側近が射られてからここまで、わずか五秒。
彼の顔面は失血で蒼白になり────そして呼吸困難になっていた。
ユノグは少し考える。今の状況では回復したとしてまた射られるのがオチだ。なので、ここは。
彼は玉座の真後ろの壁にある宝剣を手に取る。そして襲撃者を玉座の影から見る。
やはりというか、大臣だった。しかも単体。だが神器レベルの弓を持っている。そして大臣が何かを唱える。すると、事前に後ろに下がっていたユノグの目の前で、玉座が火球に包まれて吹っ飛んだ。なかなかの威力である。
だが、大臣はそこで油断してしまった。
まだ煙が晴れないうちに、ユノグ達の生死を確認しようとしてそこに近付き、
金属音と共に吹っ飛ばされた。その音は、宝剣と弓が衝突した音である。
「かはっ······」
化け物を見たかのような目になる大臣は、しかし弓を手放さない。折角安全圏に吹き飛ばされたことだ、安心して狙える······と馬鹿な思考をした。
結末は、周りの誰も予想していない形で訪れた。
『────大規模浄化光魔法『裁き』!』
光の柱と共に、消えた。
跡形もなく。
ユノグが目を開いた時、辺りにはおよそ20人程度のシスターが右往左往していた。ついでに何故か侍女も混じっている。
ひとまず侍女に、すでにある程度治療された側近を休養室に運んで欲しいと頼んだ。まだ若い彼女は軽く顔を紅潮させてうなずく。
それを見送った後────シスター達の中に、見知った顔を見付けた。
「シスター・コトミ」
「はい、何でしょうか」
「貴女方がやってくれたんだな。感謝する」
「どうも。でもこれはついでなんですよ。ユノグ様、教会にいらしてください。······詳しくは後で説明します。」
そういえば教会には蒼い王城の絵が飾られてあった、と何故か思うユノグだった。
[ちょっとあとがき]
二話連続で1500文字超えた······
[自分でも書いたことが意味不明だと分かります。ご注意ください。]
何処か遠くで悪が消えたような気がして、アヤメは見当をつけてそちらを眺める。
島から大陸は見えない。当然、そのようなものも見えなかった。
一瞬首を傾げた後、また素振りを再開する。────そう、彼女は両親ほど強くはない。下手をすると、スミレより弱いかも知れない。
だが、今動ける人数は限られている。そもそも、そうでなくとも。こんな状況で、真っ先に動かなければ、両親に示しがつかない。たまにネアが何も食べずに練習していることもあり、そのサポートも加わって今までで最高に忙しい時間となった。
さて、ネアはというと。
「(どうすれば実体化できる?杖を変形······というか、そもそもあの形は何だろう?明らかに今の時代には無い形。······そうか、処刑だから正義と、覚悟が必要············)」
持てる魔法知識と技術、経験を総動員。それでもまだ、何かしら足りない────というか、根本的に少しズレている気がするのは、きっとネアの方向性とは違う魔法だからだろう。
絶対的強者を倒そうという考えなど、彼女はこれまで全く持ったことが無かった。
だから。
考え方を変えよう。
この世界に絶対は無い。
でも。
私達なら、法則を超越して、絶対を作ってみせる。
「(············嘘だろ)」
カルトナは静かに、驚愕の嵐に呑み込まれていた。
「(俺が先代から教わった時なんて一年だぞ?······ははっ、どうしてこんな秀才が真人族なんだと思ってたが······なるほどな)」
未来は誰にも想像がつかない。だが、過去と現在にあった偶然の集合体であることは確かだ。つまり、起こった事は、確実に未来にも影響する。
こうしてネアが不死身になって、最強の魔法使いになるのも────何処かで決まっていた未来なのかも知れない。
そして今日も日が暮れる。夕暮れの太陽が、光と闇を伝えてきた。
[久々の百合。注意です。]
「······少し聞きたいんだが」
「何でしょうか?私に答えられることなら」
「あの時何故大臣を消し飛ばした?」
「え、駄目でした?」
「そうじゃない。理由を聞きたい。まさか私怨とか私が心配だからとかでは······いや、だけではあるまい?」
「············そうですね。前々から言おうと思ってたんですけど、大臣に魔王の魔素が組み込まれてました」
「はあ?」
「魔素には善と悪があるって習いませんでしたかね」
「それは馬鹿にしてるだろ。仮にも王が習っていなかったらその国は終わりだ」
「ですね。失礼しました。とにかく、このままでは新しい魔王になる可能性があったので消させていただきました。」
「なるほどな············所でだ、············絵に入るのか?」
「私に聞かないでください、と言えれば良かったのですが図星です。さあ、大聖堂ですよ」
「····································」
日が完全に暮れた。それでもなおネアはやり続ける。一秒でも時間が惜しい、という風に。
試して、試して、試し続けて············月も傾き始めた頃。
ついに魔力が練れなくなったネアは肩で息をする。
数秒考えた後、周りに誰も居ないことを悟り、そそくさと家の中へ。
念の為に取っておいた魔力結晶(魔力が封じ込めてある。恐ろしく高い)の欠片を砕き、お湯を温めて1人で入浴する。
スミレに教わったこの入浴という行為はとてもリラックス出来るものだった。
しかし今はスミレが居ない。
ぶくぶく、とやって頭の中の考えを大体排除し、そのまま出る。お湯は収納魔法に収めておく。どうやら何かに使えるらしいから。
そして風呂場から出た所でネアの記憶は途切れている。
次に彼女が目を覚ましたのは部屋だった。
ぱっ、と飛び起きるとすぐ側にはスミレがいた。苦しそうだが、しかしどこか安心したような顔をして、眠っている。
何故か一週間以上会っていないような感覚がして、思わず愛しい彼女の額を撫でていたネアだった。
しばらくした後で、もしかしたら自分をここまで運んできたのはスミレかもしれない、とネアは考えた。とても申し訳ない気分になる。
せめて彼女の額に、冷たい氷の入った袋を当てて感謝する。
空が明るくなっていく。時間だ、とネアは家を飛び出し、また練習を始める。
「············まけないで」
そんな声は、誰の声だっただろうか。
[はい、本日三つ目。相変わらず意味不明ですが興味無ければスルーしてください。]
「────『神殺し』」
そうネアが唱えると、彼女の杖が変化していく。棒状から縮まり、持ち手が曲がり。······カルトナよりも変形時間はかなり長いが、しばらくすると、その手には拳銃が握られていた。
練習時間はたったの二日半、予定よりも半日早かった。
「······マジか」
カルトナは、もはや絶句するしかなかった。
それでも気を持ち直し、軽く息を吐いて、
「······よし。少し貸してみろ」
「どうするんです?」
「撃てるかどうか確かめる」銃を受け取りながら彼は言った。
先を持ち、軽く振ってみて、
「撃てるな。ほい」
と一瞬で返す。重さの問題だったようだ。
「お疲れさん。多分これで俺が教えることは······本当に無くなった。······安心して逝けるぜ」
「こちらこそ、今までありがとうございました」
ネアもそれを了解し、お辞儀と型通りの謝礼を返す。
と、その時。彼女の重心が軽く揺らぎ、倒れそうになる。近くに来ていたアヤメが慌てて支えたため倒れなかった。だが、
「やっぱり負担がかかるか······仕方ないな。ネア、時間まで休んでろよ」
ネアは反論しようとした。が、こうなった以上外で時間まで待つ理由もない。
ありがたく休ませてもらうことにしたようだ。
「······さてと。」
カルトナは、大陸にある大聖堂を思い浮かべていた。それは懐古ではない。あくまでも彼らしく────
「あいつらは、果たしてあの絵に気付くのだろうかね?」
「ここですよ」
「これか。······あー、予想はしてたがね、やっぱり浮いてた城が着水してるなぁ!」
大聖堂の中だと言うのに叫ぶユノグ。だがここには、案内してきたコトミと数名のシスター、そして何故かついてきた侍女しか居ない。徹底的に人払いがされている。それは、この後起こることを秘匿するためである。
そして、ユノグも絵の中に飛び込むことになるのだが────ここで問題がある。王の不在中、国政をどうするか?
「異変解決に時間がかかった場合······そうだな、側近、······ヴァンスに頼むか。あいつ今頃は起き上がってきて何食わぬ顔で仕事しているだろうよ」
「分かりました。ええとアニー、そのようにヴァンス様に伝えてください」
コトミは近くにいた三つ編みのシスターに言伝する。と、ここでユノグが気付く。
「待て?シスター・コトミ、貴女もなのか?」
「そうですよ?何ですか、私にはおねえさまの仲間と友達を見捨てることなんて出来ませんよ」
「はっ?」
ユノグは混乱した。コトミがおねえさまと呼ぶのは、『聖女』リリーのみだ。そしてその仲間というと、勇者達しか居ない。つまりはネアのことである。そして友達とは?────スミレだ!
「····························································」
何となく、何があったのか察する。彼のため息は深い。
そして、瞳に炎を宿した。
「了解。行くか。············はっ?いやいやいや、アリシア!?」
······侍女がユノグの後ろに着いてきて離れない。このまま一緒に行きます、という覚悟が伝わってくる。
「······えーと」
言葉もない。ユノグは軽く頭を掻く。
そして、死ぬんじゃないぞと念を押して、絵に飛び込んだ。
水の中に居るような感覚────しかしそれは長続きしない。後ろから着いてくる、アリシアを含めた何人かが見えた頃。蒼い城に一番近い陸地に、道が繋がった。つまり、そこは············島だった。
「························································································································」
長い時が過ぎた。そう言っても気が立っている状態のカルトナの感覚なので実際は6時間程度である。
だが状況から言って少々まずい状態であることには変わりなく────そろそろ、スミレの精神力次第では衰弱するリスクがあるレベルまで到達する。その先は············言わなくても分かるはずだ。
だから余計に気が立つ。待たなければどうしようもないと考えつつも。
突如、彼の視線の先で、空間が歪んだ。
ぐにゃりという音はしない。
水が跳ねる音が聞こえる。
その直後、ちょうど蒼の城が一番大きく見える場所に、水色の板が現れる。
ちょうど、空気とコップの水が触れ合う場所をそのまま切り取ったような────そんな板が。
「······来たな。気付いたらしい。············ふぅ、賭けは成功か」カルトナは大きく息を吐いた。
その数秒後、板から男が出てくる。······彼の名はユノグ=レイヴン。王国の当代王である。
「来たかユノグ。よし、わけは後で話すから少し作戦を練ろうや」他の何人かが出てくるのを眺めながら、カルトナは手を叩く。
「それは後で良いんですかね?············何なんですか一体?」「単刀直入に言う、あの城を攻めて管理者を降伏させろ」「すいません、わけも話しやがれください」
スミレが不死生を失い流行病のピンチ、という内容を大体把握したユノグは、いくつか引っ掛かりを感じたのでカルトナに質問する。
「早計過ぎないか、という事だな。······まあ、気持ちは分かる。だがな、普通考えてみろ?この島は他の大陸から隔絶されている。病気など入ってくるわけが無い」
「お出かけはどうでしょう」
「ちょっと過去の記録を調べてみたんだが、感染から症状の発現までは一週間弱······確かアヤメが、最後に行ったのは三週間前と言ってたな?」
「······ふむ。」
「あ、一応ですが全員清めておきましたよ。」コトミが横から入ってきた。
「それはありがたい」
夜が迫ってくる。
────夜は、目が利かなくなり一見不利なのだが、実は魔法が見やすくなるという利点もある。そこに高度暗視魔法をかければ、完璧と言っても良いほどになるのだ。
日が落ちて────コトミの光魔法が周囲を淡く照らす。
嵐の前の静けさ、と言うべきなのだろうか······今少し、安寧が訪れた。
[ご都合主義が嫌いな方は見ないようにお願いします。]
[百合があります。]
スミレが目を覚ましたのは、周囲が薄暗くなってからだった。
外は夜の抱擁が迫りつつある。そして、スミレには死の抱擁が。────まだ精神力で回避できる。だがそれもいつ折れるか分からない。ネアが近くに居なければ折れてしまいそうだった。
倦怠感と筋肉痛、頭痛と息苦しさ、そして寒気と疲労感。······つまりは、この病気は完全に心を折りに来ている。今現在でも少しずつ大きくなっていくそれに、抵抗も風前の灯火に······
────じゃあ、何故スミレは折れない?
簡単だ。『大切な人が頑張っているから』。
「······ん」
混濁した意識を無理やり戻す。体の芯から倦怠感が襲ってきて力が抜けそうになる。手を突こうとするがその手もふにゃり。がくがく震える手で何とか起こした上半身を支えた。
気が付けば、涙が出てきていた。もはや昔のように無感情などではないのだ。············それも逆効果になりつつあるが。
ゆっくりと体を動かして、全体的に力が抜けていく。筋肉痛で様々な場所が痛い。そして何する気力も無くなって、ぽすっと横になるのがいつもの流れだ。
何故か今日は下半身が重い。つまりは動けないという事だ。
はー、とため息をついて、毛布を被ろうとした時、気付く。感覚も失われているのだろうか、今まで分からなかった······ネアが腰の辺りに抱きついたまま、眠っていた。
びっくりした。いや、それよりもネアの足がベッドから出ている。姿勢を調整して、また毛布を掛ける。
少し元気が出てきたので、まじまじと彼女の寝顔を見詰める。世界でも有数クラスの魔法使いとは思えないような、可愛く、無防備な表情────スミレにしか見せない顔だった。
外にはなぜだか光球が浮かんでいる。どっぷりと日が落ちても、そのまま緩やかに時間が過ぎていった。
[ゴミ文章注意。]
[百合が苦手な人はブラウザバックしてください。]
無限に続くと思えた時間は、しかし数分で終わった。ネアが目を覚ましたのだ。彼女は寝起きでぼんやりとしながら自分の位置を慎重に把握して、
数秒間ぽかんとしていて、······
「······わーっ!?ごめん、本当にごめん!」
ぱっとベッドから離れようとして、
「待って」スミレの手に、その動きが止まる。
「いかないで」
「······うん」
ネアは微笑み、スミレの隣にもぞもぞとたどり着く。
ここで彼女はちらりと外を見た。次第に薄暗くなってきている。それは光球があっても、空を見ればわかる事だ。······まだ、大丈夫。真っ黒になるまでは、ここにいられる。
それまでは。どうかお願いだから、この時間がゆっくり流れますように。
気付けば二人は眠っていたようだった。いつの間にか手が繋ぎ合わされていた。
今度は早く起きたのはネアの方だった。スミレの愛しい手を握りつつ、顔色を見る。
やや青ざめているが、······ネアがいるからか、流行り病に抵抗できているらしい。その顔色は重病とはとても思えないほどだった。
────だが、一時的だろう。根本を絶たなければ、どんどん悪くなるだけなのだ。
スミレの髪を撫でつつ、ネアの心は静かに燃えていた。冷たい炎、熱い氷。矛盾しているが、暴発はしない。人は誰でも矛盾を抱えているからだ。
······だから、不死者の恋人の命が助かることも、許容されると思うのだ。
実の所、ネアは頭が良いとは言えない。だから考えも安定せず、正しいことを選べない可能性が大いにある。
これも本当は間違っているかも知れない。············けれど。
反論されようと、もう止まらない。彼女を救うまでは。
「············ん」
スミレが目を覚ます。決していい目覚めとは言えないたろうが、あっという間に霧散したらしかった。
「おはよー、スミレ」
「ん、おはよう······どのくらい寝てたのかな」
「うーん······」空を見てみると、ほとんど黒であった。「結構寝てたかもねー」
そろそろ起きなくちゃ、とネアがベッドから離れる。スミレは追わなかった。なんやかんやでもう、タイムリミットが近いのだ。自分の体で痛いほどわかる。
ネアが休んでいたのは数時間だったが体は固くなるし疲れは取れる。いくらか体を伸ばしつつもあちこち歩き回る。名残惜しそうに。
丁度その時、アヤメが入ってきた。
「なにか食べます?」
「ごめん食欲無い······」
「失礼しました······」
入ってきたと思ったら直ぐに出ていく。案外一番の苦労人はこのアヤメかも知れなかった。
アヤメは色々と考える。ギリギリで決められる構成のこと、相手のこと、そして······恐らく、今までに出会った何人かのベルを提げた少女たちが相手になるであろうことも。その中に、黄色髪の、あの大人びた少女もいる。
時間はあと30分程度。それまでに各々やるべき事をして、······皆は一人のために動く。一見奇妙だが、······それだけの価値はあるのだ。
[お久しぶりです、作者の百夜です。]
[今回は多分過去最大の百合なので、ご注意ください。]
日は完全に落ちた。だが辺りは白く、明るい。
少し窓から外の景色を覗くと、それはまあ光の反射などでモノクロに染まっていた。······ネアは普段のカラフルで綺麗な感じも好きだったが、このような白黒も逆に趣があってなかなかいい。
······それはスミレも感じている事らしく、ベッドから上半身を起こしながら外を見つめる。······命の危機が迫ると急に自然が美しく見えるらしく、半ば陶然としていた。
······病気はそうそうかかるものでは無いが、思わずその姿に見とれてしまうネアだった。
「スミレ」
「······なに?」
振り向く暇を与えずに、後ろから抱き着く。
当然ながらスミレは耐えられなかったので一緒にベッドに倒れ込む。つまりは押し倒す格好になった。
「··················」「··················」
双方どうしたものかと固まる。
少しの間抱き合った後、ネアはスミレを起こす。そのついでにひょいとお姫様抱っこで抱える。······軽い。
「······遊んでない?」
「ないよー。」
「本当に?」
と、スミレがややジト目になる。まあ一連の動作で体力は消耗するので当然のことだろう。いくら愛があっても僅かに辛いものがあった。
すると、ネアの動きが止まった。
「······ごめんやりすぎた」素直に頭を下げる。
「············えーと」
正直なところ少しの意地悪のつもりで行ったのだが、結構重く捉えられていた事に微妙な気分になるスミレ。その時、身体のことは一時的に思考から追い出されていた。
考えるより先に心と体が動く。
出会ったばかりの時の心で、ますます強くなる愛の心で。
大丈夫、あなたは私の大切な人だから。私、絶対恨まないからね。
その場でネアに突進し、頬に唇を押し付ける。
────矛盾のようだが、数秒間だけ時が止まった。
廊下から足音がする。それを聞き、お互い慌てて我に帰って離れる。
頭がふわふわして働かない。多幸感に満ち溢れる。
「姐さん、そろそろ」
アヤメがノックもせずに現れ、久しぶりに姐さん呼びをしてくる。······何か察したのだろうか?ほとんど呆けたまま動いているネアにはわからない。
頭を振って無理矢理働かせる。だがその代わり謎の感情に満たされて、またもやふわふわと、ともすれば浮かびそうになる。
「······行ってきます」
「······うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
扉が閉められた直後、スミレは勢いをつけて思いっきりベッドに倒れ込み、ネアは意味もなく階段を数段飛ばしで駆け下りた。
彼女らが我に返ったとき、一体何を思うのだろうか。
[寝ぼけながら書いたのでおかしい部分が多々あります。]
ネアが家から出ると、見慣れたようで見慣れない面々が勢揃いしていた。
アヤメ、カルトナ、ユノグとその侍女、コトミとシスター六名。合計ネア含めて十二人────人数に僅かに不安があるが、全員戦闘は出来るだろう。······ただ、不安なのがユノグの侍女、アリシアである。
「アリシア?申し訳ないが······」
「いや行きますよ、人数は多い方がいいでしょう?」
「死ぬぞ?軽く」
「やってみないと分からないでしょう。······一応私結界魔法と回復魔法マスターしてますし!それに剣技だって、ユノグ様のおかげで上手くなってる事も実感してます!······それに」
ここでアリシアは言葉を切って俯く。
「······それに、もし貴方が居なくなってしまった時······知らない事が怖いのです」
その言葉に対して、ユノグは答えを持っている。
「悪いな、私は有能な部下······つまりお前の方が大切なんだ。······死んで欲しくないのはお互い様だ」
このような台詞を恥ずかしげもなく言えるところがまた半端ではない、とネアはまだぼんやりとしている頭で思う。
······だがアリシアも引かないようだ。······自滅しそうな事など眼中にない。そして、その事を的確に突いてくるカルトナの存在も。
やはりというか、カルトナの柏手が素晴らしいタイミングで決まる。
「はいはい、お前らの主張はよく分かった。······だがアリシア、考えてみろ?······ユノグは今何て言った?」
それを聞いたユノグは思わず頭を抑えた。
······まあ、アリシアがきょとんとしていたのは救いだっただろう。······もう少し思考を戻せば言質を取れるレベルだったのだから。
「······?えーーと······」口を開けば疑問符だけのアリシアに、ユノグは向き直る。
「··················これ以上言わせるなよ、王族命令出さなきゃいけなくなる」
彼の雰囲気が変わったことを何とか把握したアリシアは頷くしかない。そしてようやく思考が追い付いたのかここで顔を赤くする。
その景色を無心で見ていたシスター達は戒律で禁止されている、そのようなことについて自分たちの将来を考えてしまった。神が居ないと助かりますね、と聖職者の立場はどこへやら。
それをこれまた無心で見ていたコトミが聞き、······教皇になった時は独断で戒律をねじ曲げてやろうと思ったのだった。
想いはどうであれ、時間である。大分小さくした光球はアリシアに手渡され、残りは全員闇に紛れつつ城を目指す。舟は使わず、風魔法の応用で飛ぶか、または水上を走るか。
······その点でユノグはアリシアを護れるか心配だったので、そっと息をついた。
一面は魔法でも使ったかのような闇。
後ろにある光を見失わないようにして、城へと急ぐ。
[ゴミ文章]
「────来るぞ」
上位暗視魔法と索敵魔法をかけていたカルトナが真っ先に気付く。
「どこから?」「正面、『範囲暗視』────ほら、アレだ」
カルトナの警戒は一瞬。その数秒の間に、飛んできた。
「ベルシリーズ一番槍ぃ、オレンジベル!いっくよーー!」
────オレンジの少女が単身、突っ込んでくる。
「うわきた」
その勢いを使った剣の一撃はユノグに止められる。だが、なかなか重い。しかも動きが早い。
「まだまだこれから!『縦回転』!」
そう唱えたオレンジベルの四肢の先が刃に変化し、······そのまま前に、空中で回転する。············刃の車輪である。
「目が回るーっ!でも、ここでお前らには消えてもらうんだよー!」
一瞬スカートが危なかったがもはや気にしていられる回転ではなかった。油断すれば細切れにされる。
だが、ユノグは落ち着き払っている。策でもあるのだろうか。
「(······回転は一方向。なら楽だ。)······さて。それで終いか?」
必殺級の回転斬撃を全ていなしつつも喋る事ができる彼に、オレンジベルは僅かに戦慄した。······
「······でも押されてるよね?ここから何ができるの?」
それは確認と挑発を兼ねる呟きだった。······実は無意識のうちに気休めの要素も入っていたが。
ユノグはそれには取り合わず、魔法を発動させる。
「『マジックパリィ』」
ガキンッ!という音がして、オレンジベルの回転がぶれ────左に弾かれていった。
その一瞬の隙を見逃すユノグではない。大剣を持ち替え、剣の腹を叩きつける。
「はぐっ······ぁ············」
オレンジベルの肋骨が嫌な音を立てた。その細身に衝撃が余すことなく伝播し、耐えられずに気絶する。······そしてそのまま、海へと真っ逆さまに倒れていった。
「······こんなものか」
落としたオレンジの少女が浮いてきたこと、そして気絶していることを確認し一同は軽く息をつく。
「······水飲んでるかもしれませんよ?いいのですか?」
「いや、そこまでは。いちいち時間取られる上に相手が相手だ。······せめて峰打ち程度にするのが精一杯だろう」
もはや戦闘と言っていいのか分からないほど短時間で決着がついた。
だが、これは前戯も前戯。本番は、蒼の城にたどり着いてからである。
蒼の城内部。薄暗いが、数名を除いて集まるベルシリーズの全員がよく見える場所に、他とは明らかに雰囲気が違う少女が二人立っていた。
方や青のロングヘア、やや鋭い目、青のノースリーブ······そして首のベルに僅かな光沢と、服装もやや違う。彼女こそ、これまで話題にも出ていた、戦闘のブルーベルだった。どうやら間にあったらしい。
そしてもう1人、その隣にいる少女······こちらはさらに異色だった。水色の髪、服は他の少女の場合と大して変わらないが······深めの帽子を被り、そして本来なら首元にあるはずのベルが、持っている杖の先にあり······丁度羊飼いの杖のようになっている。
こん、と床を突くとちりん、と鳴る。その目は瞑想だろうか、薄く閉じられている。
······眺めていると、どこか幽玄とした風を感じる。彼女の名前はアクアベル。後衛向きなのだろうか?
そんなアクアベルが目と口を開く。
「オレンジベルがやられたよ」
交信か、千里眼でもしているのだろうかという的確さである。そして隣のブルーベルに視線を送る。
「まあ 仕方ないね。······さてと······城に入ってきたらよろしく そこからは分断して······1対1ならいけるよね。カルトナは私がなんとかする」このやや特徴的な話し方はブルーベルだった。
『了解ー』
全員が思い思いの配置につく。ブルーベルは遊撃にまわるようだ。······アクアベルは全員にこんな声をかける。
「皆、私たちはコズミック様の手駒だよ。だけど具体的には指示されてない。皆なんでもいいから戦って、危なくなったら逃げてもいいんだよ。······あと、自分の良心には従うこと」
「お母さんかな」ブルーベルが茶々を入れる。それに対して彼女は意味ありげなほほ笑みでこう言うのだ。「だってお母さんだもん」片目を閉じる。
「······そう」
それきりブルーベルは駆け出していく。それを見送ったアクアベルは、「············ね」と一息ついてから、また目を閉じる。
鈴の音と、杖が床を叩く音が響いた。
─────────────────────
城に向かう者たちの中で、一番後ろにいたコトミは目撃した。遥か後ろで浮いていたオレンジベルが突然の波に攫われたこと。······そして、城の入口に着いた時······突然出口がなくなり、部下のシスター以外の者、全員が消える瞬間を。
「────────······っ、警戒!」
たった一秒で我に返り号令。その間に、どこかで轟音が響く。まだ遠いが、いずれこちらにも同じような事態が起こるだろう。部下のシスターたちが我に返ったことを確認して、落ち着くように、と言い聞かせる。自分も戦闘経験はさほど無かったが、年長者、聖女の跡継ぎ(これはコトミが勝手に自負しているだけである)たる者はそう何度も狼狽するものではない、と。
覚悟に関係なく、声は響く。
『さて。私たちにどこまで戦えるか、見せてもらおうか?』
「············やあ」
「······黄色······貴女は」
アヤメが邂逅したのは────いつしか刀を自分に作ってくれた、黄色の少女だった。
「······まあ見た目で分かるだろうけど。私はイエローベル。······巡り合わせは不思議なものだね」悠然と、ほほ笑みつつ彼女は言葉を発する。
「························」
アヤメは軽く額を押さえた。というのも、目の前の少女から、敵意はあれど害意は感じなかったから。······と言うよりは、彼女自身は口調から気付いていないだろうが────揺れている。
刀のせいか、とも考えたが、あの時の彼女の態度からそれは考えられない。物に愛着がないような軽さだったのだ。
······なら何だ?
そんなアヤメの内心を見てとったか、彼女は目を閉じる。そして口を開けばこんなことを。
「············実はアクアベルに良心に従えと言われててね。······君は知らない人じゃないし、丁度私の刀も持ってる。······出来れば退いてもらえないかな?」
アヤメは言いたいことがいくつかあったのだが、まず今浮かんだことを自然と口に出していた。
「いや出口わかりませんし、他のベルシリーズが見逃すとも限りませんよ」意地悪である。
「······君、変わったね。······じゃあ、ちょっと心苦しいけど、やろうか?」
「見逃すと言ってもその程度なんですか。······いいですよ。言っておきますが、私あまり弱くないですよ?」
イエローベルが微笑んだ、と思った直後、鼻先に殺気を感じたので後ろに跳ぶ。一秒おいて、上からギロチンが落ちてきた。
「(······殺気大ありじゃないですか!)」
心の中で毒づくと、今度は前方から、もしくは後ろから、左右から刃物が飛んでくる。
数分が経った。飛んでくる刃物やギロチンを避けつつ、アヤメはイエローベルの能力について考える。
「(······全部刃物ですね······なら、刃物を召喚する魔法······能力、でしょうか)」
この世界は魔法の世界だが、相手が管理者の部下?である以上魔法ではない可能性もある、とはカルトナの言である。ならば魔力切れは狙えないだろうし、そもそもこの相手に時間をかけていたら色々と怖い。
また、もう一つ分かったことがある。一回刃物を出現させると、それはもう操作できない。ただ出したらそのまま飛んでいったっきりだ。そこにどうにか活路を見出せないだろうか?
「『リフレクト』」
目の前に中くらいの大きさの、のっぺりした板を出す。これは物理攻撃を反射するものだ。
予想通り、前から飛んできた斧がそのまま跳ね返されてあらぬ方向に飛んでいく。が、その代わり背後から槍が飛んできて────間一髪、避けた。
その時、ありえないような跳ね返り方をした槍が、それを出したらしい魔法陣に吸い込まれるのをアヤメは見た。そして、イエローベルが体勢を崩したところも。
[ちょっとあとがき]
投稿量多いって出たので断腸の思いで分けます。
瞬間、アヤメは彼女の前に飛び込む。
刀と慌てて出したらしいダガーがぶつかる。────力の差は分からないが、そもそも刀とダガーの鍔迫り合いなど成立するはずがない。
イエローベルは何をしてくるのだろうとアヤメは警戒する。
次の瞬間、後ろから何かが飛んできた。それはまあ確実に刃物、当たると刺さる。なので離脱しようとした────────イエローベルが刀を掴んで離さない。
一瞬思考が止まる。
刀はびくともしない。
「(······まずっ············────ならっ!)」
この時アヤメには刀を手放してでも避けるという、ほぼ一つしかない選択肢があった。だが、アヤメはあえて選ばない。
背中に大型のナイフが三本刺さり────そして、『体内に出しておいた』リフレクターが、ナイフの向きと勢いをひっくり返す。
もう一度身体が抉られるが、それは問題ではない。むしろ体内のリフレクターで内蔵が圧迫、もしくは傷つく方が問題だった。
だが、イエローベルにも三本のナイフが刺さる。
────そう、魔法陣にそのまま返せば、それは相手にも影響を及ぼすという弱点を、アヤメは一瞬で見抜いたのだ。
血を吐きそうになりながら、ふらつくイエローベルを渾身の力で投げ、そして喉元に刀を突きつける。何故か彼女は抵抗しなかった。
「······負けたよ。油断してたね。······さ、やっちゃっていいよ」
半ば諦めた彼女の言に、しかしアヤメは首を振る。
「············できません」
「どうして?」イエローベルは本当に、本当に不思議そうに聞く。
「······だって貴女は恩人なんですから」
「············それだけなら、」
「いいえ。とにかくなんでもいい、貴女は斬りたくないんですよ······」
刀を鞘に収める。
「············後悔するよ」
「とか言って、もう殺気ないじゃないですか」
またもや意地悪が炸裂した。······今度こそ、イエローベルは天を仰ぐ。
「························あぁ、もう······」
両手で起き上がり、散乱した刃物を魔法陣に収めていく。当然ながら、アヤメの刀はそのまま。
そしてあらかた終わった時、
「いや、もうさ。······恥ずかしくないの?あと、疑わないの?」
「······目を見れば分かりますよ」前者の質問は完全無視。スミレやネアと接するような暖かさで、金の瞳と黄の瞳を合わせる。
顔を背けるのはイエローベルである。
「······天然怖い······」
「ふふふ······」
アヤメの微笑みは止まらない。イエローベルは心臓が動くのを感じて、そそくさと立ち去っていく。
「······じゃあね、今度は敵じゃないといいね。」
それを見送ったアヤメは、最後まで後悔はしなかった。
その代わり、色々あって傷ついた体の治療を始めた。
所変わって。
カルトナは伝説の魔法使いである。彼を超えるような存在は、不死身でもない限り現れないだろう············丁度、ネアのように。
だが彼にも脅威は存在するのだ。
「おい出て来い。見てるのは分かっているんだ」そう、今のように。
彼は全神経を索敵に集中させる。その位置からは見えない、上の死角に誰かがいる。まあ間違いなく敵だろう。それも、かなり有能な。
軽く左に跳ぶと、丁度そのゼロコンマ数秒後にカルトナがいた場所へと、寸分違わずに青髪の少女のドロップキックが炸裂する。亀裂が走った。
「ブルーベルか。面倒な」
「それはこっちの台詞 ······すっごく面倒」
決戦のゴングは鳴らない。その代わり、城中余すことなく轟音が響いた。
ブルーベルの全力の蹴りを、カルトナは岩を出して防御する。しかしそれは一瞬で砕け散った。だが、カルトナには当たらない。ブルーベル共々涼しい顔である。
そのまま飛び蹴りが放たれるが、カルトナとて黙ってはおらず、相手の顔面が通るルートに火球を放ち爆発させる。
······下をくぐり抜けるか上半身を反らすかして避けられたら串刺しにする予定だったのだが、しかしブルーベルは上に跳ぶ。
常人を遥かに乖離した反応である。······が、それでは終わらず、あろう事か魔法陣からもう一人のブルーベルを生成した。
一人、二人、四人────カルトナを包囲しようと、浮いたままじりじりと距離を詰めようとして────
一瞬後、本体を残して、噴き上がる炎により彼女の分身が全て、消し炭になった。
また、それは一本などでは無い。彼女の逃げ道、もしくは攻撃の手を塞ぐようにして、何本も、何本も。
だが、彼女は笑っていた。
「────あまり見くびってもらっても困る」
「(······まあそうだよな。せいぜい時間稼ぎか)」
カルトナは心の中でため息をつき、次の魔法の準備にかかる。いや、正確にはかかろうとしていた。······丁度そこに、炎を裂いてブルーベルが飛んできた。
────その手にはいつの間にか斧が握られている。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「想像以上だまったく!『身体強化』!」
砲弾のようになったブルーベルが飛び込んでくる。首を落とすつもりだったらしい斧の軌跡は、しかしとっさに身を引いたカルトナの肩を抉る。
肉が裂かれ、血が噴き出すが、斧は骨を通らない。十分な威力があったはずなのに。
「身体強化······ そういうことか」
ブルーベルに大きな隙ができたその瞬間、彼女の体が竜巻に呑み込まれる。
数秒間耐えたが······『竜巻が』敗北した。
廊下を埋めていた風の奔流が、刹那の声無き悲鳴の後に消え去った。
······そのまま向かってくる姿に、流石に余裕が崩れ始めるカルトナだった。
「(······怪物だな······相変わらず············)」
······だが、全ての実行者たる彼女もかなり傷を負っている。全身に軽い火傷、切り傷。わずかにふらつく。
だが、決して倒れなさそうな芯がその大して筋肉質でも大きくもない体に宿っていた。
さて······傍目から見たらどちらが悪役に見えるだろうか······?······そもそも『絶対善と絶対悪の戦い』が存在しない以上、この現象は時たま起こりうるものなのだ。
今度の彼女は魔法陣から衝撃波を出してくるようだ。身体強化をかけているカルトナにはあまり効果がないが、それが解かれると軽く吹き飛ばされそうな威力があった。······しかも、見えない。
しかし、まだ彼には手が無数に近いくらい残されている。
「(この場合は読心だ。これでどこに来るのか見えるぞ!)」
人の心を読むのは僅かに残っていた良心が痛むが、やむを得ない。
······次第に状況が悪くなってきたことを察したブルーベルは、一度カルトナから距離をとる。そして気付いた────彼女の戦闘に特化した感性で無ければまず気付くことのないような、読心魔法特有の不快感に。
「························」
そのまま慎重に距離を計るブルーベルに向けて、大分余裕を持ち直したカルトナは一歩踏み出す。その身に伝説の魔力を宿しながら。
「さて、相手が悪かったな············!」
鈴の音が響く。
彼が我に返ったとき、そこにブルーベルの姿はなかった。
【ちょっとあとがき】
ベルシリーズの裏話書きたくなってきた
【軽いグロ注意】
······血が、散らばっている。
ネアがその長い長い廊下に出た時には、大軍と大軍がぶつかったのだろうかと思うほどの有様だった。······何故だか死体や臓器はないが。
先程味わった、この城は何が待っているか分からないという教訓を胸に進む。血を避けながら。
「························痛っ」
その時だった。左手の子指が小さく切れていたことに気付く。
強く押せば血が出てくる程度の、軽い傷だった。それこそ日常でいくらでもあることのような。
実際ネアは一瞬立ち止まったくらいで気にも留めない。
そのまま歩いて行こうとして、
────索敵魔法に強烈な反応があった。どこ、と一瞬の時間の中、その方へ目を向けると。
いつの間にか立っていた赤黒い見た目の少女が、血溜まりだったものを、ネアに向けて伸ばした所だった。軽く、早く。
咄嗟に避けようとしたが、指を押さえていたためか、左手の動きが一瞬遅れた。
そのままそれは小指の傷に到達し、
【記録削除済み】
「(────············っ!?)」
ネアには今の一瞬で何があったのかは分からない。······だが、思わず両手を交互に見てしまう。······それは元のようにしっかりとしていた。
────だが、一つ確かなのは。
どこかから聞こえる鼓動が、恐ろしい音を奏でているということだ。
ドグン、という焦燥感を誘う音に責め立てられ、一瞬で決断する。
あの少女の色は赤黒────つまりは血の色だった。なら先程、一瞬見えた光景のように血に関係した魔法か能力が大体だろう。
それなら、炎で血を焼き尽くせば解決だ。
【投稿量が大きいと出たので断腸の思いで切ります】
【続きです】
先程ネアに最高威力の攻撃────自らの血を接続させ、その血に乗り移り『破裂』させる────をお見舞いした血の少女は、まだ相手が動けることに驚いていた。
肉体面では不死があるのでまあ再生されるだろうとは思っていたが、その攻撃がが精神に与える影響は計り知れないであろうと思い込んでいた。
それが蓋を開けてみると、まだまだ動けるように見える。ともかく、今度はどうしてやろうと血を先程の攻撃で出来たもう少し大きな傷に向ける。一瞬でも血液が混じればこちらの勝ちである。
『炎陣』
突然焼き払われた。
ネアを中心として、恐るべき範囲が。
思わず血の少女は足元の血の中に逃げ込もうとするが、焼かれるということで思いとどまる。そして血溜まりがない場所まで下がる。
その目の前で全てが焼かれていった。相手が撒き散らしたものも、苦労して撒き散らした己の血も、全部。
焼いた張本人であるネアは知る由もない。今焼いた有機物の中に、自らの記憶を自らの手で操作した証拠があったことを。
······そうだ。そうなのだ。あれだけのことがあって、普通なら無心では居られないだろう。
··················だが、もしどこかで自分がした事を知ったとしたら、彼女はどう思うのだろうか。
烈火と煙が晴れた時、そこには血の少女はいなかった。燃え尽きたか、逃げたか。血溜まりはほぼ燃やしたので、あるとすればその二択だろう。
だがともかく、さしあたっての恐怖は消えた。
やや安心したネアは大切な人のことを思い出して士気を上げようとして、頭痛を感じた。
別にスミレを思い出したからでは無い、事実他のことを考えていても痛みは浮き上がる。
······だったら多少痛くても大切な人の事を考えてれば良いよね、との思考でいろいろと思い返す。
············あれはどういうつもりだったのだろうか?そう考えると頬が熱くなる。
立ち上がってまた歩き出す彼女の姿は、当然のようにアクアベルの知るところだった。だが、様子がおかしい。
「······いくら不死身でもあんなことできる人って限られてると思うんだけどなぁ············」
その呟きには畏怖が含まれていた。丁度そこに『戻されてきた』血の少女────ブラッドベルも、それに同意の頷きを見せた。
ネアは無意識だったが、大切な、平和な毎日の為にはなんでもするという心があったのかもしれない。
「······ふむ?············三人か」
ユノグは煙の中に居た。と言っても何かが燃えた煙ではなく、視界を奪う目的らしい。灰色に染まる。
······だがここは魔法の世界。索敵魔法が使える以上、敵の位置は明白である。
「(······左)」
おおよその気配から、左の敵は細剣を持っているらしい。······タイミングを読んで避け、相手の手を掴んでその勢いで投げる。············スミレはこれを見て合気道みたいだと思うかも知れない、そんな立ち回りだった。
数秒、煙が晴れる。
ユノグの視界に映ったのは、無表情でこちらを眺めている灰色、受け身に失敗して今まさに顔面から床に落ちた桃色、そして好戦的な笑みを浮かべる肌色。
────────の、少女たち。
最早そのはっきりと分かる色がトレードマークである。
灰色のグレーベルと目が合った瞬間、また煙が周囲を包み込む。······その時、彼女が微笑んだような気がした。
「(······索敵魔法が使える以上、マシか············なら、グレーベルから潰す······)」
色合い的に、おそらくグレーベルを倒せば鬱陶しい煙も晴れるはずだ。······だが、そのためにはピンクベルとパールベルの攻撃を受けないようにしなければならない。まあユノグは躱すなら気配だけでできる境地まで達しているのだが。
「せいっ!」
「声だけは可愛らしいなぁ!わざわざアリシアに合わせやがって!」
再びのレイピアを躱した直後、ピンクベルの腕を蹴り上げる。腕が棒のように伸びきっている。ユノグにとっては格好の的であった······が。
第六感のおかげで避けた彼が一瞬前までいた場所に、パールベルが何かを投げていた。······何かが焼けるような音。酸だろうか?
再び煙が晴れる。
そのまま消えていく。······と思っていたら、グレーベルが翳した手から、いくつかの灰色の玉が出てきた。
「死煙球。······包み込んだ相手は窒息して死んでいくんだよ」無言、無表情を貫く彼女の代わりに、予想通り床を溶かしたパールベルが言う。
······その彼女も、周囲を酸で埋める準備は出来ているらしい。
そしてまた立ち上がったピンクベルもそれに倣う。
「(お遊びは終わりか。······なら、私も本気でいくか」
自身の体に身体強化の魔法をかけようとする。······すると、ピンクベルが顔に満面の笑みを浮かべて、
「『ハートキャンセル』」
······途端、魔法が使えなくなった。
「······························」
ユノグは思わず一歩下がっていた。体がわずかに重くなってる。
「······なるほど、こんな感じなのか············」
飛んで来た灰色の球を走って避ける。······普段から身体強化魔法をかけていたツケで、跳んで避けるということに慣れてしまっていたのだが、ここは冷静に判断できるあたりユノグだった。
もし跳んでいたら、確実に先読みして投げられていた酸の球にぶち当たっていただろう。
じゅっ、という音が響く。
「(······さて、どうしたものか······流石に全員を一度に相手するのは無理がある······)」
避け続けながら思考を進めていく。······息が少しずつ上がる。スタミナも人間離れしているユノグだが、あまり時間はかけられないようだ。
「(────まずは)」
左で様子を伺っていたピンクベルを強襲する。彼女の気配を感じて今思い付いたので、本当に付け焼き刃の作戦である。
だが効果はあったらしい、驚いた彼女は防御もままならずユノグの近くから跳んで離れる。
······だが、スイッチだと言わんばかりに他の二人も突撃してきた。
「(······まあそうだろうな。······その展開は読めてた)」
真っ先に懸念要素のパールベルを狙う。突撃してきてもグレーとピンクからは一歩下がったところに居たので、格闘は苦手らしい。
それでも持っていた剣で鍔迫り合いしようとするが、ユノグが持つ剣は大剣の宝剣である。······そもそも、身体強化がかかっていなくとも彼は強い。
パールベルが体勢を崩し、隙と時間が出来た瞬間に、頭に回し蹴りを食らわせる。容赦などなかった。
その時、脇腹に激痛が走る。
······追いついてきたピンクベルのレイピアが炸裂したらしい。
わずかに顔を歪めつつ、吹っ飛んで行ったパールベルの行き先を一瞬見て、
「そこは心臓狙えよ!」
返す刀で、背後にいた少女に肘打ちを食らわせる。······と、その時、正面から灰色の球が飛んできたのでわざと屈む。
······当たった。
ピンクベルが悶え苦しんでいるのを見て、グレーベルも流石に無表情を崩す。やったのは自分であるが、原因はユノグなので、ちょうど刺さったレイピアを抜いた彼に向けて今までにない密度の煙を放つ。
「······黒雲煙。帯電してるよ」
「雷雲、って所か」
「逃げても意味ないよ、まとわりつくから」
「············へぇー······」
煙で視界が消える寸前、グレーベルの正面にたどり着き、······そこで『金属』らしき何かに止められる。
「あって良かった盾······!」
「············阿呆か」
その時、雷が生まれた。
「えっ?」
グレーベルに炸裂した。
彼女は、消えていく視界の中で何を思ったのだろうか?
「············」
ゆっくりと煙が晴れていく。
周囲には、倒れて動かない、もしくは動けない少女三人が転がっていた。
100レス!
(100話ではないですが)
ありがとうございます!マイペースですが、これからも更新していくのでよろしくお願いします!
───────────────────
アヤメは身震いする。
······それは悪寒だった。
先程の傷を抉られるような────そんな、激烈な悪寒だった。
強者からの圧迫感、······カルトナや、ユノグの比ではない。いや、彼らは味方だ。
なら、この感じる視線は?簡単だ、敵だ!強い!
「『マッハスピード』!『タイタンパワー』!」
「っ、ブルー······!!」
ベル、までは言わない。
咄嗟に刀を地面に着け、そのまま力を込めて跳ね上がる────瞬きしないうちに、地面が抉り取られていった。
アヤメの数十センチ下だった。間一髪······というか、もはや別の何かを感じる。
ブルーベルのオーラが消えたのを確認したと同時に、空中で一回転······そして、下に回ってきて迎撃しようとする彼女に向かって刀を投げる。
切っ先は下に。つまり彼女の顔に。
まさか投げてくるとは思いもよらなかったらしい、反射的に避ける。······その隙に着地、刀を掴んだ。
······やや乱暴な使い方をしているが、刀は決して折れない。アヤメのように。······また、作者の願いのように。
そして跳んで距離を取り、
「······やるね。 ······さて、本気出そうかな······」
ブルーベルはまだ本気ではない。
魔力が凝縮される。
ぴょん、とそこで一回跳ねる······そして、両手に剣を持ち、アヤメに殺到した。
連撃、······鉄と鉄、元より材質は互角······ならば、速く、多い方が勝つ事は目に見えている!
しかし、それをするには相手も黙っていない。
ちょうどアヤメが、連撃に辟易して一歩下がる。
それを追おうとしたブルーベルは反射的に身を引いた。······一瞬前まで彼女がいた場所に、リフレクターのギロチンがあったのだ。
「······っ!」
リフレクターを避けてブルーベルが突っ込んでくる。障害はもはや何も無かった。
アヤメもここは正々堂々と受けようとして、······二十秒。······それだけで、体幹が崩れ、姿勢がガタガタになった。
その一撃は体の芯を壊す。
「『身体強化』」
容赦などなかった。
「(············これは、きついですかね······)」
一瞬、アヤメの意識が浮上した。向かってくるブルーベルには勝てる気がしない。······なら、自分の出来ること······すなわち、やるべき事とは?