――この学園は、女王に支配されている。
【主な内容】
生徒会長によって支配されカースト、いじめなど様々な問題が多発した白羽学園(しらばねがくえん)。生徒会長を倒し、元の学園を取り戻す為に生徒達が立ち上がった……という話です。
【参加の際は】
好きなキャラを作成し、ストーリーに加えていただいて構いません。
ただし、
・チートキャラ(学園一〇〇、超〇〇)
・犯罪者系
・許可なしに恋愛関係や血縁関係をほかのキャラと結ばせる
は×。
また、キャラは「生徒会長派」か「学園復活派」のどちらかをはっきりさせてください。中立派もダメとは言いませんが程々にお願いします。
キャラシートは必要であれば作成して下さい。
【執筆の際は】
・場面を変える際はその事を明記して下さい。
・自分のキャラに都合の良い様に物事を進めないように。
・キャラ同士の絡みはOKです。ただし絡みだけで話が進まないということの無いように。
・展開については↑のあらすじだけ守ってくださればあとは自由です。
・周りの人を不快にさせないように。
〜恵里視点〜
今日1日いろんなことがあったな……。
私は自宅アパートの一室で、またため息をついていた。
「なんかスタンガンあてられたし、手帳のことばれちゃったし、先輩の正体知っちゃったし、月乃宮先輩のお姉さんは綺麗だったけどあの人達の話は意味わかんないし、私1人だけ1年だし……」
愚痴は次から次へと出てくる。こればっかりはどうしようもない。
こんなときは、ちょっと気分転換しないとね。
っていっても亜衣は予定があるらしいから無理。小説は読みきっちゃったし。文芸部の原稿はもう提出済み。インドアのため外出は嫌。
あーあ、やることない。つまんない。このまま1人でいたらどんどんマイナス思考になりそう。
何気なく見た机に、自分のスマートフォンを見つけた。
学園掲示板でも見ようと手を伸ばす。
『白羽学園掲示板
1生徒会反逆者に対して語る 62
2学園祭何したいか話そー 158
3文化部雑談スレ 214
4いろんなあるある教えてください 163
5好きな教師、嫌いな教師。 147
もっとみる 新スレ作成 書き込む 』
相変わらずかな……。特に新着はなさそう。
ちなみに、『いろんなあるある教えてください』のスレ主は私だったりする。文芸部の活動時に重宝するんだ、これが。
何か面白そうなスレないかなー、と探していると、スマートフォンが着信音を鳴らした。亜衣からだった。
『今ってヒマ?』
用事があるんじゃなかったっけ。ま、今はいいか。
『超ヒマー』
亜衣に返信するとすぐさまメールが返ってくる。
『病院近くの公園、来れる?』
『はーい、10分で着くと思う』
『待ってるー』
『はいはーい』
……さて。行きますか。
少し早足で公園へ。
その途中、ふとあることに気づいた。
「……もしかして、亜衣、悩み事?」
メールにいつもの元気が無い気がする。普段なら !! だの ♪ だの (o^−^o) だの、賑やかなメールなのに。
さりげなく聞き出そうと心に決めた私だった。
(>>97 拓也可哀想w)
(伏線です。しばらくしてから回収しますね)
白羽学園から少し離れたとある寺の中。
1つの墓を前に手を合わせる人影があった。
「お父さんお母さん、お兄ちゃん……」
墓に印された名は、男性のものが2つ、女性のものが1つ。
その墓に供えられている花のなかに、鮮やかな山吹色の花があった。
「キンセンカだよ、この花。……覚えてる?」
その時。こちらへ向かってくる足音が聞こえた。見れば、礼服を着込んだ男女10人ほどの集団が涙を拭きながら歩いてくる。
「あ……私、もう帰るね。また来るから」
そう言い残し、人影は寺の中から消えた。
山吹色の花は、風に揺られながら人影を見送った。
《花言葉・キンセンカ 別れの悲しみ 孤独》
(保留してた話の続きです)
でも、止めときましょう。会長に言われたら嫌ですからね…。………また4人でやりますか。その方が安全です。多重人格をどう使いますか……。ふふふ…おもしろくなりそうです。多重人格、結構使えますね…いいこと思いつきましたよ……。アイツ、どうゆう反応を知るのでしょうか…今から楽しみですよ…。
(保留します。すみません)
「……もしもし、久しぶり。元気にしてた?」
携帯機器の普及により、今や街中で見かけること自体が珍しくなった公衆電話。その無骨で大きな受話器を片手に、椎哉はどこかに電話をかけていた。
「こっちは上手くやってる。信頼できるかはまだ分からないけど、一応の仲間もできたしね。四人くらい」
「うーん、一応もう二人はいるんだけど……片方は頑固そうだし、片方は再起不能かもしれないし」
「……あはは、相変わらず心配性だな。大丈夫だよ。僕はもう、昔とは違うんだから」
いつものよそよそしい敬語を解き、時折朗らかに笑ってさえいるところを見ると、通話相手は椎哉にとって余程親しい間柄のようだ。
そうやって、ひとしきりの談笑を終えると、今度はやや声を潜めて通話口に口元を近づける。
「そういえば今日は『例の日』だけど、頼んでおいた『いつものやつ』はやってくれてるよね?」
「うん、じゃあ安心だね。いつもありがとう」
「そうだなあ、だったら夏休みにでも行こうかな。そっちも気をつけて。またね」
回線の向こう側に一時の別れを告げると、重い受話器をフックにかけて通話を終える。そうしてから自分の鞄を持って電話の前から離れようとしたとき、通りすがりの警察官と目が会った。
「おや、君はさっきの。怪我は大丈夫かい?」
「お疲れ様です。皆さんが適切な処置をしてくださったおかげで、痛みも多少引きました」
通りすがったのは、先ほど拓也を捕まえたあの警官だ。彼は心配そうな表情で、手当ての跡で痛々しくなった椎哉の顔を見る。顔に貼られたガーゼに軽く触れながら、椎哉は愛想笑いを作った。
拓也が警察の御用になったあの後。暴徒化した本人は勿論、彼の被害者である椎哉も参考人として任意同行に応じ、警察署を訪れていたのだ。傷の応急手当を受け、事情聴取が終わり、署内に設置されていた公衆電話をで所用を済ませてから帰路に着こうとしたところ、先ほどの警察官に声をかけられたのであった。
「しかし珍しいねえ。君くらいの高校生といえばスマホだってのに、わざわざ公衆電話を使うとは」
「そうですね。しかし最近の携帯端末は、便利すぎて疲れてしまうことがあるんですよ。そんなときはこの電話のような、多少不便でも風情が残っているものを使いたくなります」
「……君、歳の割には結構渋いこと言うね」
高校生くらいの若者といえば、新しいものに興味を引かれ、それを追いかけるエネルギーを秘めているもの。だがこの現役男子高校生が言うことはまるで、文明の近代化に着いていけなくなった老人の嘆きのようだ。今時珍しい感性の若者だなと、警官は苦笑いを浮かべる。
そんな彼に、廊下の向こう側からおおい、と呼び声がかかった。拓也の件の続きななのか別件なのかは分からないが、とにかく彼にもまだ仕事があるのだろう。
「呼び止めて悪かったね。外も暗くなってきたし、気をつけて帰りなさい」
「はい。本日はお世話になりました」
椎哉は警官に深々と一礼すると、出入り口の方向に向かった。そうして警察署を後にし、その保有地を一足越えたところで、首だけで後ろを振り替える。その顔に、いつもの柔らかい愛想笑いは浮かんでいなかった。
「……勘弁してくれよ。権力に屈する警察なんて、フィクションの中だけで十分だ」
(少々中途半端な終わり方ですが、椎哉の土曜日の行動はこれで以上です)
白羽学園掲示板にはとてもありがたいところがある。
それは、生徒用と卒業生用で分かれていること。一見なんの意味も持たないように思えるが、この学園に通う私達にとっては本当によかった。
卒業生は生徒用の板を見ることができない。つまり、女王の独裁や処刑制度について書き込んでも外部に漏れることはない。
なのに……。
「彩姉……なんで知ってるの……?」
学園の卒業生である彩姉のスマートフォンには 生徒用の 学園掲示板が。
なんで、どうして。今の学園の状況は、何があっても広める訳にはいかないと、それが学園での暗黙の了解になっていたのに。
「真帆ちゃんに教えてもらったの。いろいろと関わってるから。……で、コレは本当なの?」
「それは……」
笹川先輩、なんで教えちゃうかなあ。この状況をあたしにどうしろと?
疑問を見つけた彩姉が引き下がることは絶対に無い。でも、伝えてしまったらただじゃ済まないのは分かりきっている。
でもさ……。
『白羽学園掲示板
1生徒会反逆者に対して語る(62)
57 バカ、アホとしか言えないね
58 あの会長に勝てるとでも思ってんの?
59 本当にそうだったらひく。
60 もしかして反抗期?うわ、ないわー。
61 E組になってまでやりたいとは…
62 確かに 根性ありますねーあの方々
もっとみる 書き込む 新スレ作成 』
本当に、なんで見れるんだろう。
「なんであたしがコレを見れるのかって?言ったでしょ、真帆ちゃんとは仲間なの。いろんな意味でね」
文芸部長仲間、生徒会副会長仲間、''学園の姉貴''仲間。それから……?
「先に言っておくよ。あたしは百合香ちゃんに味方する。ちなみに真帆ちゃんもそう」
「っ、なんで!?あんな学園だよ!彩姉がいた頃も、あの制度はあったでしょう?あれがもっと酷くなってるの!!あたしは
「少し落ち着きなさい、亜衣」
「でもっ」
「黙って、頭を冷やしなさい」
「……っ」
ヤバい。彩姉が敬語だ。敬語嫌いの彩姉がこうなるのは余程の時か、冗談か、もしくは……。
彩姉が、本気で怒った時。
でもさ。あんな学園を許せると思う?不可能でしょ。
なんで彩姉や笹川先輩は会長に味方するわけ?おかしいでしょ。意味が分かんない。理解できないよ。
こんな状態で一生に一度の青春を終わらせるなんて、こっちから願い下げなの。
うん、決めた。
あたし、板橋先輩達の仲間になる。おかしくなってしまった学園を、もとに戻すんだから。
「亜衣、本当に何なの」
「……彩姉には、言えない」
「は?」
「事後報告はするつもり。あたしが正しいって証明してみせる」
実の姉に宣戦布告?やってやろうじゃないの。当たり前でしょ!
人生を楽しく生きるために必要なのは、美味しい食事に適度な運動・睡眠・恋愛・それから友情。あとは、自分自身を信じること。頼りになる姉に逆らってでもね!
あっけにとられる彩姉を尻目に、あたしはファストフード店から出た。
残念ながら料金は支払い済み。勿論自腹。あーあ、彩姉に払ってもらいたかったのに。後で請求しようかな。
っと、駄目だ。女王の独裁政治を終わらせるまで彩姉とあまり話すのは良くない。質問攻めになる。
でも、口止めはしなくちゃ。
急いで彩姉にメールを送る。彩姉の弱点は……コレだ!
『その掲示板、誰にも言わないでよね もし言ったら……この間のこと、ばらしちゃうから 調べるのも禁止』
多分、これで大丈夫。
仲の良い姉妹って大変だよね。
他人に知られちゃったら死にたくなるくらいの秘密を知ってるんだから。
あーあ。どうしよう。板橋先輩達の仲間になるのは決定だけど、今すぐは無理。
一言で言うと、ヒマ。
……恵里と会おう。愚痴を聞いてもらいたい。恵里は聞き上手だから。
早速あたしは恵里にメールを送る。
『今ってヒマ?』
『超ヒマー』
よかった。じゃあ集合場所はここからも恵里の家からも近い、あの公園。
『病院近くの公園、来れる?』
『はーい、10分で着くと思う』
『待ってるー』
『はいはーい』
「……ふふっ、恵里らしいや」
主に、伸びる口調が。あの子はしっかりしているようで少しふわふわしたイメージなんだよね。ま、文芸部に入っていればそんなもんか。
駆け足で、さあ公園へ。
女王より大切な、可愛い友人のもとへ。
〜日曜日 麻衣視点〜
朝、窓から光が差し込みその眩しさに起きる。
「ふぅ〜…昨日はよく眠れなかったな… 」
まああんなことがあったから仕方ないか… っさて、 今日の予定は何もない。じゃあ情報収集しに行こうかな。
もう革命を起こしてしまったのだから、私が責任を持ってリードしていかないと。
早速洋服に着替えて出かける準備をした。玄関で靴を履いていると親に「麻衣、どこ行くの?」「あー…ちょっと散歩。」
もちろん親は私が革命なんか起こしたことは知らない。こんなことを言ったら親はぶっ倒れるだろうな…
ちょっと私は気になることがあってある場所へ行った。 直接対決。 ある人の家のインターホンを押すと
《ピーンポーン》
『はい。立花です。…板橋さんね?』
『…はい。ちょっとお話しさせていただけますか?立花生徒会長。』
『…いいわ、どうぞ入って』
〜 立花邸 〜
「お邪魔します」
生徒会長の家は清潔で整理されておりいかにも敷居が高い家、というイメージがぴったりの家であった。
「さあ、二階へ。私の部屋で話しましょう、私はお茶を持ってくるから待っていてくださる?いくら反逆者でも最低限のもてなしは、ね?」
「…そうですね」 敵相手にもてなされるとはすごく変な気分だ。
さて、百合香の部屋に入るとトロフィーや賞状、メダルなどが飾られており机の上には百合の花が飾られていた。
まじまじと物色していると百合香が入って来て
「待たせてごめんなさいね、さあ座って。」
「ありがとうございます」
「あとローズヒップティーも入れてみたの、どうぞ飲んで」
百合香がこう優しいのは珍しいことではないが警戒心が解けない。囚われるも覚悟で来たのに…
「ありがとう…ございます」
その後10分間沈黙が続いた。
「…さて、そろそろ何を話したいか教えてくださるかしら?」
「聞きます。あなたは…何がしたいんですか?あなたの目には何が写っているんですか?」
私は薄々気づいていた。風花百合香の眼中にこの革命など映ってもいないこと、百合香の脳内ではほんの小さなことでしかないこと… わかってはいたけど聞いてみたくなった。 すると
「さあ? 何が写っていると思う?」と百合香は笑む。 ああ、やはり写っていないな…彼女の目はもっと先を見据えている。 そんな奴に見てもらうには…
その後会話は交わされることなく私は立花邸を去った。
【なんか意味わかんないですよね…】
「あら、いらっしゃい。遅刻なんて珍しいわね?」
「遅れて申し訳ございませんでした……面倒事の処理が長引いてしまって」
「いいのよ、別に。さあ座って、今紅茶を淹れてあげるから。今日はお客様が多いのね、紅茶がもう無くなってしまいそうだわ」
暖かな日曜日の昼間。碧い風が吹き抜け、木々は時折さわさわと揺れる。エメラルドグリーンの木々に包まれる様にして高級住宅地が潜む。そこに風花百合香の自宅は建っていた。周りの住宅より大きいという訳ではないが、普通のそれらに比べれば充分な広さがある。そして何より美しく清潔感のある外観は、住宅地の中でも一際目立っていた。白く塗られた壁は汚れの一つもなく、深い青色の屋根とよく合っている。庭には色とりどりの花々が育っており、その隙間から黄緑色の芝生が顔を覗かせた。花の状態を見る限り、手入れは日頃から欠かさず行っていることが分かる。
家のリビングには現在、百合香とその来客の姿がある。来客は本来なら午後12時きっかりに彼女の自宅を訪れる予定だったのだが、時計が今指している時刻は12時32分。およそ30分の遅刻である。
百合香の発言からも伺えるが、彼女は普段なら時間にも厳しい几帳面な生徒なのだろう。実際彼女が遅刻する事は滅多に無いが、今回ばかりは少し厄介な用事が入ったらしかった。最も、百合香に彼女を咎める気はたとえ事情があろうが無かろうが微塵もなかったのであるが。
「わざわざありがとうございます」
「もう、敬語じゃなくたっていいのに……私達、友達じゃないの」
「お気持ちは嬉しいです。しかし立場上、そういう訳にはいかないのですよ」
会話をしながらも、キッチンでアールグレイの茶葉をティーポットに入れる百合香。沸騰したお湯をその中に注ぐと、部屋に紅茶の上品な香りが広がっていく。
「お堅いんだから……せめて卒業後くらいは普通にお話しましょうね?」
「それが出来れば良いのですが」
こうして見ると、今の百合香にあの暴君女王としての面影は少しも無い。いるのは美しく優しくお淑やかな、優等生の少女でしかないのだ。そんな彼女を客人は、一体どんな目で見ていたのだろうか。
数分経った後に百合香は二人分の紅茶を運んできた。煌びやかな細かい模様が描かれたティーカップの傍らには、銀のスプーンに乗せられてローズジャムが添えてある。机の上のクッキーの缶を開けると、百合香は客人の向かい側に腰掛けた。
「それで……どうだった? 文芸部のこと」
客人に改めて向き合うと、百合香は話題を切り出した。客人はその声を聞きながら紅茶を一口飲んだ後に、小さなメモ帳をポケットから取り出す。百合香の声には落ち着きこそあったものの、その奥底では重く不穏なものが感じられる。だが客人はそれを気に留めることもなく、彼女に返答した。
「一年生の白野恵里はあちら側の人間だと確定しました。また会長が仰っていた同じく一年生の伊藤美雪も怪しいですね、会長にわざわざあの様な事を言うからには何かしら不満を抱えている事には間違いありません」
「ありがとう。そうね、白野さんはまだ放っておいても問題ないでしょう。あの子は多分、直接私を攻撃はしないだろうから」
そこまで言うと、百合香は一度紅茶に口をつける。少しの間考え込むと、角砂糖を一つカップに入れた。
「それにしても……。本当、美雪ちゃんの自信過剰は何とかならないのかしら。自分こそが正しい、自分なら何でもできるんだという考えが抜けないわね」
優しい口調で冷たい毒を吐くと、会長は相変わらずの笑顔を見せる。その笑顔はやはり汚れ一つ無い。
「従姉妹と言えども仲はよろしくないのですか? 白羽学園に彼女をお誘いになるくらいでしたのに」
「昔からあの子は嫌いなのよ、私。見ていて見苦しいのよね、ああいう人間は……私は全部お見通しだっていうのに。従順な人とそうでない人の違いなんてすぐ分かってしまうに決まっているでしょう?」
言い終わると百合香はクッキーの缶に手を伸ばす。くすんだピンク色の苺クッキーを指先で摘むと、半分ほど齧った。
「さて……どうしましょうかね、文芸部は」
そう言いかけた時、スマートフォンに通知が入る。失礼、と一度断ってから、百合香はMINEアプリを開いた。
画面見て若干小首を傾げると、百合香は客人にもその画面を見せる。
神狩美紀から送られてきたのは、数個の掲示板やRTwitter(大手SNS。世界中で利用されており、システムは現代の某SNSとあまり変わらない)のスクリーンショットだった。
『白羽学園の生徒、暴力で警察沙汰に!!』
『「会長への愛」語り出す暴力生徒』
『三角関係? 白羽学園生徒会長との関係は?』
「これは……」
「誰がこんな事広めてしまったのかしら。片原君も、後先考えずに行動しちゃって……あとで誰かにお説教でもしてもらわないと」
スクリーンショットには、これらの情報が既に十数回程度拡散されている事が示されている。美紀からは新たに会長の身を案じるメッセージが送られていた。客人は百合香の方を若干心配そうに見ている。
百合香はしばらくスクリーンショットを見つめていたが、急に顔を上げにっこりと微笑んで言った。
「ねえ、こんな『デマ』を『故意的に』流したのは誰だと思う? 『学園の評判を下げて生徒達を困らせようとした』のは誰だと思う?」
「え? ……誰と言われましても…………あっ」
客人は何かを理解した様だった。
この2つの問題を処理する方法を。
「これを流したのは文芸部の一年生達、そしてそんな事をする部は活動停止……最悪、廃部にするしかないでしょう? 『大変心苦しいけれど、校長からの命令で仕方なく』。誰が拡散したかという証拠もない、もし文芸部を庇って犯人が名乗りを上げれば一石二鳥! 犯人も、そのお仲間である文芸部が反逆者の集まりだということも、どちらも確定するわ。我ながら良い案だと思わない?」
「流石です、会長……彼女達以外の部員も、矛先はまず一年生に向けるでしょうし。一年生を擁護したところで自らが周りの標的になるだけですから」
「ふふ、私も張り切って演説しないとね。さて後は……『デマ』を消してしまうだけ。またお願い出来るかしら、××××?」
「勿論です。璃々愛さんにも協力してもらえると良いのですが」
夕方、どこを探しても書き込みは見つからなかったという。
(またまた長文すみません…!
あと百合香の苗字は風花でございますー)
(続きです)
《亜衣視点》
恵里って、本当にすごい。
改めてそう思った。
おそらくかなりしつこいであろうあたしの話に付き合ってくれるし、大抵の人と早く打ち解けてしまう。話題が豊富で飽きない。反応も良いし、とっても優しい。
成績こそD組だけど、白羽学園は進学校。全国平均からすれば上だ。外見も普通に可愛いと思うし、なにより面倒見が良いから、ついつい甘えたくなるんだよね。恥ずかしがってあたふたするのも意外性があるし、イジりがいがあって可愛い。
どうして今更こう思っているかというと、時は戻り先ほどの話へ。
少し急いで病院近くの公園まで。2,3分ほど時間をおいて恵里が来た。
「ごめーん亜衣」
「ううん、大丈夫。あたしも来たばっかだし」
「そう?」
ならよかったー、と微笑む恵里。……今日も可愛いですね。白い肌が眩しいよ。
「恵里ってさ、日焼けしないの?」
「え、私?」
「うん。将来シミができなさそう」
「インドアだからだよー。それに、日焼けせずに真っ赤になっちゃうんだよね」
それは大変そう。でも羨ましい。
「そういえば!ね、あの小説が映画化したって!」
「え、本当!?」
「でもねー、なーんか雰囲気がちがうの」
「あるある。原作ではショートカットなのにロングになってたり!」
「優しい少年がタラシっぽくなってたり!」
「やっぱり小説が一番だね」
「ねー。コミカライズするとちょっと省略されるし」
「確かに。そこはギャグシーンじゃないって感じ」
「そーそー」
こんな感じの、何気ない会話が一番好きかもしれない。
(ごめんなさい、まだ続けます)
>>111
まだ更新の途中でしたか!申し訳ないです…!
(>>112 いえ、全然大丈夫ですよ!
っていうか、うわあああああ!!文芸部がなくなるううう!犯人名乗り出ろ!
ここは笹川先輩と彩姉……学園の姉貴コンビに守ってもらわねば!!
ということで次の展開を心から待ってます!)
(すいません…大切なキャラクターの名前を間違えてしまうなんて…不覚ですね)
115:蒼月 空太◆eko:2017/03/28(火) 10:10 法正視点
片腹 拓也の書き込みが消されたか・・・まったく、報復する側の手口を読めてないと見えるな。
高度なハッキングが出来るのが藤野だけだと思ったか?まったく、一度破った手口はもう聞かないと見せしめするのはいいが、それ以上の技術への報復を受けきれないのは、下策しか考えられない証拠だな。
俺は左手に巻いている赤い布から、スマートフォンを取り出した。操作して、電話をある人物にかけて、言う。
「俺だ」
『ああ、アンタか』
「助けて欲しいんだろ?だったら条件を飲め」
『なんだよ?』
「お前が生徒会長に脅されてやったという報を流す。」
『会長を愛している俺なのにか?』
「行き過ぎた愛、それから生まれてしまった事件、それに気づき真の愛を取り戻す生徒会長と精神が崩壊した少年・・・彼女たちは真の愛を築き上げ、無事に幸せとなった。めでたしめでたし。生徒会長にも、お前にも悪くない条件だろう?」
『まったく、隠れ生徒会派ってのは・・・つくづく嬉しいもんだ。条件を飲むぜ。それに、安部野にも復讐はしてくれるよなぁ?』
「もちろんだ。アイツは生きているだけで邪魔だからな・・・じゃあな」
俺は不適に笑いながら、スマートフォンの電源を切り、赤い布にスマートフォンをしまう。そして左手に巻きなおす。その前に、左手の傷を見る。酷く裂傷した傷だ。俺は鮮明に覚えているトラウマを思い出しながら言った。
「この左手に込めた恨み・・・晴らす・・・」
俺はそこから、片腹 拓也の売名を始めた。
悪名としての。勝手だが経歴などを変えさせてもらった。風花 百合香のストーカー行為などな・・・いや、これは元々か。
法正視点
そう・・・俺は忘れたことがない。悪夢となり、トラウマとなった。あの頃を。
一年前―
「俺は一葉 法正だ。よろしくな」
俺は、クラスが違っても、片腹 拓也、松葉 晃と仲がよくなった。三人で笑いあった日もあった。
俺はずっと続くと思っていた。この日々が。
ある日。
「なぁ一葉、風花 百合香先輩って知ってるか?美人なんだよ!」
「確かに・・・美人だな。」
「確かに美人だよなー」
俺と松葉も、片腹の意見と同じだった。
「俺はあの人見ててよー、なんつーか、神様だと思ったぜ!」
「処刑制度がなけりゃな」
だが片腹の言っていることに、松葉は顔をしかめていた。
「俺も生徒会役員だからよ、あわよくばパンツの一枚でも・・・」
「お前首飛ばされるぞ」
二人の漫才的なやり取りに、俺も笑ってはいた。ただ。
「でも、処刑制度ってのは、独裁者みたいなものだよな・・・女王気取りなんだろうかな・・・」
この一言だった。俺が言う必要がなかった一言だった。次の瞬間、片腹はカッターナイフを取り出して、俺の左手に刺した。
「っつ・・・」
「テメエ!生徒会長を愚弄するのか?!」
「い、いやただ少し口が滑っただけで・・・」
「うるせえ!許さねえぞ!」
「拓也!押さえろって一葉も悪気があったんじゃないだろうからよ!」
松葉は片腹を押さえた。だが、俺はカッターナイフで刺された傷を押さえながら、帰宅した。そして病院に行った。医者からの一言は、無情な言葉だった。
「傷は残るよ」
「え・・」
「こんだけ深く刺されたら傷だって残るさ」
ふざけるな。何故こうなる?片腹はなんであんなクズを神様だとか言う?ふざけるな。意見の違いだけで人を殺す気か?あいつは。松葉 晃。あいつはあいつでわからない。だから放っておく。だが、俺は決めた。片腹 拓也に忠誠を誓う・・・・フリをして生徒会を滅亡させる。表向きはただの生徒、裏は隠れ生徒会・・・同時に、風花 百合香と、片腹 拓也の滅亡だ。
俺はしばらくしてから、片腹に謝罪し、その後隠れ生徒会となった。しかし片腹への報復は絶対にする。俺は左手の傷を隠すために、赤い布をまいた。そしてそこにスマートフォンを入れた。隠し武器だ。
「いずれ・・・報復する」
俺が誓った、過去の話だ。今更思い出すのは何故か。まぁいい。奴の悪名を徹底的にやってやる。
(時間が戻りまして>>111の続きになります。土曜日の午後です)
やっぱり今日の亜衣は元気がない。私・白野恵里はそう思った。
笑顔がぎこちないし、時折寂しそうな顔をするのだ。
気になるけど、むやみに聞くことは出来ない。少し待つか。
気晴らしになるような話をしたい。他人からすればどうでもいい、でも私達にとっては重要な、そんな類の話。
となると話題は―――。
学園関連はだめ。
家族についても注意が必要。
じゃあ、それ以外のこと。例えば、共通趣味である小説とか。
私の予想はあっていたのか、これといって亜衣が悲しそうな顔をすることはなかった。とりあえず一安心。
それでも浮かない顔をしていた亜衣。私に言いたくないのかもしれないし、もしかして私に迷惑をかけたくないのかもしれないけどね。それでも―――。
私は困っていそうなひとを見ると、何かしたいと思うんだよ。お節介とか、しつこいとか言われるかもしれないけど、それでも何かしてあげたいんだ。
私なんかじゃ力になれない。分かってる。でも、愚痴を聞くことぐらいならできるよ?
元E組をなめないでほしいね。聞き役なら自信あるんだから。
「……亜衣。どうかしたの?元気ないよ?」
「ちょっと、いろいろとあって……」
「学園関連のこと?それとも家族?」
「恵里はすごいね。両方、正解」
「……?」
「喧嘩、しちゃったんだ。彩姉と」
あれ、亜衣のお姉さんって、よく文芸部に来る人だよね。すごく仲が良さそうに見えたけど……。
「ねえ恵里。板橋先輩達について、どう思う?」
亜衣の眼はいつになく真剣で、ああ、亜衣の悩みはそういうことかと、私は思った。
「亜衣は、板橋先輩達の仲間になりたいの?」
「……うん」
うつむいたまま、消え入りそうなか細い声で答えた。やっぱり、ね。
「私は、いいと思うよ?」
「本当に、そう思う?」
「勿論。月曜日になったら、会おうと思ってたんだ」
これは、本当。本当にそうするつもり。
「でも、彩姉はやめろって」
「……このまま女王に従っていろ、というわけ」
「そう。あとね、笹川先輩も会長の味方」
え……笹川先輩が、女王の⁉ありえない。なんで?
私と亜衣の話は、それから数時間続いた。
私と亜衣は、学園復活派に入ることにした。月曜日に会いに行く。
E組のお二人と違い、私達にはある程度の自由がきく。それを利用するんだ。
学園を元に戻すために。
「はぁ……」
百合香の自宅から帰路につく途中、麻衣は小さな公園のベンチに腰掛けていた。子供達が活き活きとして公園中を駆け回っている中、溜息をつく麻衣の表情は重く暗い。
百合香と直接話したは良いものの、結局は何の成果も得られなかった。彼女が何を考えているのかも、何をしようとしているのかも分からない。彼女はただ闇の奥底の様な瞳でこちらを見つめては、時々微笑みを浮かべるだけ。その微笑みは何に向けられているのかさえ知る由もない。
あの女王は果たして、本当に人間なのだろうか?――麻衣はそんな事すら考えた。
人間とは思えない美貌。そして、人間とは思えない残虐性。
その姿はまるで、白い羽をもつ神の様にも、黒い瞳をもつ悪魔の様にも……。
「あの……板橋さん、ですよね?」
不意に声を掛けられ、麻衣の思考はそこで一旦途切れた。声に向かって顔を上げると、一人の少女が目の前に立っていた。彼女の姿を見ると、麻衣は一瞬拍子抜けする。大きな青い瞳、編まれた金色の髪に雪の如く白い肌。整った顔立ちの中心に見えるそばかすも、すっかり馴染んだチャームポイントになっている。
流暢な日本語は話すものの、十中八九、彼女は外国人だった。そして麻衣は同時に、この外国人に見覚えがあることに気付いた。
「……アデラ……さん?」
「はい……B組の、アデラ・ヴァレンタインです」
アデラ・ヴァレンタイン。
入学当初、イギリス生まれという事でそれなりに話題になった少女。日本生まれの周りの生徒より背丈は幾分高く、雰囲気も大人びていた。中学入学と共に日本に越してきたらしく、以前から日本語も学んでいたため白羽学園に入るまでにはほとんどの日本語を完璧に話してしまうまでになったのだ。彼女がコミュニケーションに困ることもなく、むしろ英語も話せるバイリンガルとして人気を集めた。
しかし麻衣とは、特に接点は無い筈だった。二人共クラスは違うし、委員会や部活で一緒になるという事も今まで無かったのだ。あえて言うなら掃除場所が近かったくらいか。
「少し、お話よろしいかしら?」
そんなアデラが、麻衣に話しかけたのは……やはり、あの出来事が原因だろうか。
「……良い、けど……何を?」
「……板橋さん、反逆者の貴方にお尋ねします。昨日生徒会の片原君が暴力事件を起こして……それがネットに拡散されたのは知っていますか?」
「えっ?」
突然の質問と知らない事件の内容。そして反逆者という言葉を投げかけられ、麻衣は少し困惑した。アデラがどちらの派閥かも分からない内だったというのが、それに余計煽りをかけたのかもしれない。現時点で彼女が会長に賛成しているのか反対しているかの情報はまだ無いのだ。
数秒間頭を整理させ、なるべく当たり障りのない回答を考え出した麻衣は遅れた返事をする。
「し、知らないわ……どうしてそんな事を?」
「……やはり。知らないのも無理もありません……麻衣さん。この事件の情報が、数時間経ったら綺麗に消えてしまっていたんです。私が見た時には既にある程度拡散されていましたから、麻衣さんの目にも普通なら届く筈でした。でもその前に、不自然なくらいの勢いで情報は消えてしまったんです」
流れる様に話す、敵か味方かも分からぬアデラ。だがこの様な事をわざわざ口にする彼女は、少なくとも敵ではないのだろうか?麻衣は頭をしきりに回転させつつも、アデラの話に少しずつ対応していく。
「……つまり、生徒会に不利になる情報は消されているって事ね? 何故貴方がそんな事を私に言うの? それに、どうやってそんな荒業が出来るのかしら……」
「はい、その通りだと思われます。……私が貴方にこの事を言った理由は二つです。まず一つ――私が貴方に味方する反逆者であるからです」
「……味方?」
改めてアデラの顔を見据える。その表情は極めて強く真剣なものであった。
アデラは再び話し出す。
「私は貴方の味方ですから、貴方に有利になる情報は与えなければと思ったのです。信じてもらえないかもしれませんが、私は本気です。……生徒が同じ生徒を傷付けるなんて、絶対にあってはなりません」
彼女の青い目には、確かな決意と正義の炎が宿っていた。思わず麻衣はその熱さに圧倒されかける。彼女の心で煌々と燃えていたのは、復讐心でも反逆心でもなんでもなく、ただ純粋な正義なのだろう。
「じゃあ……私達に協力してくれるの?」
「板橋さん達が受け入れて下さるのなら、是非そうしたいと思っています」
麻衣はしばらく間を置き、やがて微笑む。義心に燃えるアデラに手を差し出し、言った。
「……なら、これからよろしくね。アデラさん」
そう言われたアデラは、差し出された手を見ると太陽の様に明るく微笑む。麻衣の手を強く握り、しっかりと頷いた。
「……それで、二つ目の理由って?」
麻衣は手を離し、再び話を戻す。その問いかけに、アデラの笑顔へ影が差す。
「……貴方が月乃宮先輩の関係者だからです」
「月乃宮先輩?」
「……板橋さん……月乃宮先輩の家が裕福なのはご存知ですよね? 月乃宮先輩には財力があります……もし、その財力を使って警察に手回ししていたとしたら?」
麻衣の手に震えが走る。月乃宮いばらの顔が脳裏に浮かぶ。
「……え……? ……まさか……」
紫色のカチューシャが、きらりと輝く。
「……あんな風に情報を完全に消してしまうことが出来るのは、警察くらいなものです。風花さんにはとても出来ません……ハッキングでもすれば出来る可能性はありますが、それはただの犯罪です。……正当な、罪に問われない、ただのデマへの対処として……月乃宮先輩が、警察を使った。そう、私は考えているのです」
その晩、麻衣は少しばかり寝不足であったという。
週末が明けた、五月四週目の月曜日。休暇中の思い出話や、休み明けの気だるさによる喧騒の中、白羽学園内ではある噂が囁かれていた。
曰く、二年D組の生徒会役員である片原拓也が、生徒会長の風花百合香に抱いていた恋慕を暴走させ、同じ生徒会の書記である安部野椎哉に暴力を振るったのだという。
その噂は、共同戦線を一時張っていた翼と彼の友人たちの耳にも届いていた。言づてでも十分伝わる彼の狂気的な感情に、名状しがたい不快感を翼は覚えたのである。
「松葉の家に行ったときも十分アレだったけどよ、まさかそこまでのマジキチだったとはな……」
「しかも追加情報によりゃあ、会長のことストーカーしてたって話だぜ?」
「うっわ、マジかよ! とうとう精神異常者じゃね?」
「だよなー。独裁云々を差し引いても、あんな面白みのない完璧超人を好き好むとかあり得ねえし」
「馬鹿か。問題はそこじゃねえよ」
いつもの空き教室でぐだぐだと駄弁る友人たち。その途中に差し込まれた検討違いの回答に、翼はぴしゃりと指摘を入れた。水を差された一人は不満げに口先を尖らすが、他の友人は「当たり前だろ」「お前の好みなんざ誰も聞いてねえ」と口々に彼を茶化す。だが、そんな彼らの反応にも、翼は否定的な態度を取った。
「あのなあ。お前らの目は節穴か? この書き込みの投稿時間をよく見てみろ」
「何々? ……月曜、午前3時。それがどうかしたのか?」
「どうもこうも、最初に俺たちがこの話を知ったのは、土曜の夜の掲示板でだろ? だが今はいくら探しても、最古の書き込みがこいつしかない」
「えっ、マジで?」
驚いた友人の一人が掲示板内検索を使い、同様の書き込みを探しだそうとした。しかし翼が言った通り、拓也についての投稿は月曜の夜中から早朝以降のものしかヒットしない。つまり翼たちが見た、土曜の夜に投稿されたはずの最古の投稿が、何者かによって削除されているのだ。
「土曜に投稿された拓也の記事を、日曜に見た誰かがわざわざ削除した。そして月曜の真夜中にまた誰かが投稿し直したんだろうな」
「なるほどな。削除したのは、やっぱ会長側の奴か?」
「多分な。他の書き込みも綺麗さっぱり消えてたし、こんな大規模な削除ができるのは会長派くらいだろ。月曜の書き込みは土曜と同じ奴か、それとも別の第三者かは分かんねえけど」
机の上に足を乗せ、椅子に浅く座りながら、翼は大きく溜め息をついた。
書き込みの削除というのは通常、その掲示板を管理する者の承認が必要になる。そのため、投稿削除というものは本来そこまで積極的に行われるものではないのだ。
だが今回は違う。土曜日の時点で拓也についての書き込みは、学園掲示板以外にも、大型掲示板や有名SNSなどで発表されていた。しかしそれらも、日曜の時点で既に削除されている。
常識的には考えられない、複数の掲示板やSNSでの投稿一斉削除。こんな真似ができる何者かを味方に持つ生徒会長は、実質ネット界隈を掌握しているといっても過言ではないだろう。
「……この世はいつだって、力を持ったもん勝ちだ。そうじゃない奴は理不尽を強いられても文句を垂れることすら」
「言い掛かりはやめてください!!」
唾棄するように吐き捨てた、翼の独り言。しかしそれは、廊下からの大声によってかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
突然の怒号に、なんだなんだと翼たちは空き教室を後にする。彼らが見た廊下の先にいたのは、女生徒二人と、彼女たちの前に立ちふさがる桃色ツインテールだった。
(続く)
(続き)
◆ ◆ ◆
「だから、私たちはデマなんて流してませんって!」
「そ、そうですよ……! 片原先輩って人のことだって、今知ったばかりですし」
「そんなこと言われても、確かに聞いたんだよねえ。『一年の文芸部員が片原クンに濡れ衣を着せて、悪質なデマを広めようとした』って!」
遠くから見てもはっきりと分かる髪色の主、璃々愛が通行の邪魔をしているのは、一年生の恵里と亜依。二人は身に覚えのない言い掛かりで、糾弾を受けている真っ最中だった。
亜依ははっきりとした物言いで、恵里はやや弱々しくではあるが、それでも物怖じせずに自分たちの無罪を主張する。しかし当の璃々愛は暖簾に腕押しといったように、二人の言い分を受け流すことしかしなかった。
「大体、私たちがデマを流したっていう証拠はあるんですか!?」
「じゃあ逆に聞くけど、アンタたちが『デマを流してない』って証拠はあんの?」
「はあ? そんなの……」
「証拠が出せないなら、デマを流したって大人しく認めれば? かいちょーは優しいから、早めに観念すれば情状酌量は考えてくれるかもよ」
「ふざけないで! 誰が冤罪なんか認めるもんですか!」
「あっそう。飽くまでしらを切るってなら、アンタたちの文芸部が広報部の二の舞になっちゃっても文句は言えないよね?」
「そんな……!」
璃々愛は得意の減らず口で反論の余地を奪い、「デマを流した」と繰り返し口にすることで周囲の注目を集める。その作戦は上手く働き、集まってきたギャラリーは既に恵里と麻衣をデマの首謀者だと見なし始めていた。
このままでは自分たちが濡れ衣を着せられるか、文芸部が強制廃部となってしまう。どちらにせよそれらが実現してしまえば、以降の学園生活は周囲から苦汁を強いられ、革命に参加するどころではなくなってしまうだろう。
璃々愛からの糾弾は終わることがなく、ギャラリーからの目線は冷たくなっていく。恵里と亜依のみではにっちもさっちも行かなくなった、そのときだった。
「異端審問が悪魔の証明を振りかざしては本末転倒でしょう。結城役員」
「なに? 邪魔しないで……って、うわっ!」
不機嫌な顔をして後方を振り向いた璃々愛は、そのしかめっ面を直ちに伸ばして驚愕する。恵里と亜依、そしてギャラリーの生徒たちも同じく、目を丸くして彼女と同じ方向を見た。
璃々愛の背後にあったのは、痣とガーゼが痛々しいほど目立つ、椎哉の変わり果てたの顔だった。
(今回はやや勢いに任せて書いたので、展開が無理矢理だったり滅茶苦茶だったりするかもしれません。また、璃々愛さんの言動がチンピラみたいになってしまいすみません;)
(この後の椎哉や翼の動きで質問がありましたらお気兼ねなくお聞きください)
(>>121と同じくらいの時間です)
「ちょっと美紀!説明してもらおうか!」
3−Aの教室に響き渡る大声。生徒達は何事かと目を向けたが、聞こえてくる声から内容を理解し、それぞれ雑談や予習に励むことにしたようだった。
言い争っているのは生徒会副会長と会計。下手に仲裁したりのぞき込んだりすると後が大変になるに違いない。
「説明と言われても、私は会長の決定をそのまま真帆に伝えただけ。一年生には結城さんが、二年生には月乃宮さんが、そして三年生には私が伝えることになったから」
「違う!廃部の理由よ!」
「会長の判断」
「あ、り、え、な、いって言ってるでしょ!恵里ちゃん達がそんなことをするわけがないの‼」
「私はなにも白野さんや戸塚さんだと言っている訳じゃない」
「全員含めて、ありえない!」
ここまで聞いているとほとんどの事情がわかってくる。
要約すれば……文芸部員の一年が何か会長に背くことをやらかし、文芸部は廃部になった。それを美紀が部長である真帆に伝えたところ真帆がきれた、という感じだろう。
それにしても珍しい。真帆が感情的になっている。それ程文芸部を守りたいということだ。
「真帆、今あなたが何をしても変わらない。わかっているでしょう?」
「……そういえばさ、どうして廃部にしたの?そこまで大事ではなかったよね」
「何が言いたいの」
「いや。生徒会と文芸部、どちらも納得できそうな案を思いついただけ♪」
(でたぞ、屁理屈上手の笹川だ)
(真帆ちゃんの正論は言い返せないもんね)
(会計がどこまで反論できるか……)
(無理よ、賭けにすらならない)
生徒たちの意見は満場一致。何かしらのペナルティーは下されるだろうが、廃部にはならない。それだけ、真帆との口喧嘩は無謀なものなのだ。
「美紀、あなたはどうして会計になったんだっけ?」
「……そういうことね。でも、私一人の判断じゃ無理。会長に許可をもらわないと」
真帆は小さくガッツポーズをつくった。
こめかみを抑えながら百合香のもとへ向かう美紀のあとを意気揚々とついてゆく。
「神狩のやつ、相当ストレス溜まったな。俺生徒会入らなくて正解だったわー」
能天気な男子生徒の発言に、クラスメイト達は激しく同意したのだった。
「それで、私のところへ来たというのかしら」
「そ。簡潔にいうと―――文芸部を存続させてほしいんだ」
生徒会室では、会長と副会長の争いが繰り広げられていた。勿論話題は、文芸部の今後について。
自身の要望をきっぱり言い張った真帆に対し、
「駄目よ。あんなことが起こった以上、生徒会は対応しなければならないわ」
百合香は即刻要望を拒否する。
しかし、真帆には真帆なりの案がある。真帆は、勝利を確信したような笑顔でこう言った。
「その代わりとしてね、こちらから提案があるのさ。聞いてもらっていいい?」
自信をもつその表情に疑問を感じた百合香。提案を聞くくらいならいいだろうと思った。
「……その提案とは、どんなもの?」
「簡単だよ。百合香が許可して、美紀が書類をつくればいいだけ。生徒会と学園のメリットもある」
「参考までに、それをお聞かせ願えるかしら」
それに答える真帆の返答は、とんでもないものだった。
「……そうね。それならいいかもしれません。でも、あなた達文芸部はそれで大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるでしょ。あたしたちをなめないでよね。ほかの学校の文芸部とは格が違うんだから」
「そう。ならいいわ。美紀、私は真帆の提案をとろうと思うの」
「……問題ないよ。まだ一学期だから、つくった書類は少ないの。あとは百合香と真帆の署名、ここの二ヶ所」
風花百合香、笹川真帆と、二人はそれに署名した。
文芸部存続と、真帆の勝利が確定した瞬間だった。
「璃々愛ちゃんたちに知らせてくるわ。あとは美紀に頼みます」
「わかった。書類は提出しちゃうよ」
女王が進むところには、きっと大勢の生徒が並んでいることだろう。
「安心した?美紀」
「……別に」
「そう?」
女王が去った後の部屋では、美紀をからかう真帆の姿が見られたという。
「はっ!? ちょい、安部野にぃ……それ……!」
「ああ、この怪我ですか? いえ、先日ちょっとした揉め事に巻き込まれましてね……」
片原拓也が暴力事件を起こした、というデマである筈の噂。しかし、生徒達の目の前にいるのは正に暴力の被害を受けたのであろう安部野。この矛盾した状況に、生徒達は困惑していた。一方、罪を擦り付けられた文芸部の二人も目を丸くし、驚きを隠せないという様子だ。
「……と、というか……何? アンタ私の邪魔すんの?」
「邪魔という訳ではありませんが、その様な尋問は如何なものかと。容疑者の言い分も聞かないというのは少し横暴ではありませんか?」
璃々愛は少々分の悪そうな顔をする。これでは文芸部を葬り去ってしまおうという会長の意向が台無しになってしまうではないか。何とかしてこの厄介な男を先ずは退けなければならない……。
璃々愛が思考を巡らせていた時、生徒達が一斉に道を開けた。コツ、コツという足音が廊下に響き渡る。黒く長い髪が艶目かしくゆらりと揺れた。
「あらあら、何の騒ぎかしら?」
「……! かいちょー……」
そう、女王のお通りだ。
「安部野君、怪我は大丈夫だった? 大変だったわね、まさか交通事故に遭うなんて」
「……えぇ。まあ」
百合香は安部野の顔を覗き込み、いかにも心配そうに声をかける。だがその言動一つ一つには、余計な事を言うなという強い牽制の意味が込められていた。
安部野も今、全てを打ち明けようとする事はなかった。ここで会長の怒りを買っても何一つメリットは無い。まだ焦る必要はないのだから、あくまで自分は誠実な生徒会の一員として行動しておくべきなのだ。少なくとも今は。
「あまり無理はしないで、早く治すのよ。……それで、璃々愛ちゃん。ちょっと良いかしら?」
璃々愛は相変わらず居心地の悪そうな様子だった。それでも下を向かまいと、周囲を睨み付けるかのように強く見る。百合香はそんな璃々愛の方に歩み寄ると、小さく耳打ちをした。
璃々愛の表情は途端に変貌する。何か言いたそうにする璃々愛に向け、百合香は人差し指を口元で立てた。その「静かに」という合図を受け取った璃々愛は、急に俯き大人しくなってしまう。
彼女は一度周りに軽く礼をすると、璃々愛を連れて廊下の奥へと歩いていった。璃々愛は文芸部員達を一瞥すると、会長に着いて歩き出す。
辺りはしばらく静まり返っていた。
少なくともこの一件で文芸部員達への疑いが晴れた訳ではない。いや、疑いというのは語弊がある。彼女達に向けられたのは既に『反逆者』を見る目であったのだ。
「……余計な事考えるからこうなるんだよ。大人しくしてりゃ平和に暮らせるのに」
「白野さん、戸塚さん!」
誰かのその声に被せるかの様に、大人びた声が響き渡る。二人が声の方に視線をやると、アデラ・ヴァレンタインが駆け寄ってくるのが見えた。
廊下を歩きながら、会長と璃々愛は若干抑え気味の声で話をしていた。会長から事情を聞いた璃々愛は、複雑そうな顔をしている。
「……で、それを飲んじゃったの……」
「ごめんなさいね。せっかく用意してもらったのに……それにしてもあの子、頭高くない?」
「どうする会長、処す? 処す?」
どこぞの将軍の様なやりとりを繰り広げる会長と璃々愛。会長はにこやかに微笑んではいるものの、表情には珍しく疲弊が見え隠れしていた。資料の作成の為に印刷室へと入ると、百合香は溜息をついて椅子に座り込む。憂い気な会長の姿に、璃々愛まで元気を無くしていく。
「……気に入らないわ……これじゃあ私の計画が台無しよ。せっかくあの文芸部を潰してしまうチャンスだったのに」
百合香が弱音を吐くのは久しい事であった。というよりも、百合香の計画が邪魔されるという事自体が滅多になかったのである。
璃々愛はそんな百合香の顔をしばらく見つめると、やがて出来る限り明るく振舞って言う。空元気に過ぎないものだったが、それでもその声は華やかに響いた。
「大丈夫だよ、かいちょー!」
百合香の手を強く握ると、その目をしっかりと見つめる。
「このまま文芸部の好きにはさせない。アタシがいずれちゃんと潰してあげるし! かいちょーに逆らう奴らは、みーんなアタシが始末してあげるんだから!」
璃々愛の笑顔を会長はしばらく自信の無さそうに見つめていたが、やがてゆっくりと微笑み返すと言った。
「ありがとう、璃々愛ちゃん。……神狩さんも璃々愛ちゃんも××××も味方してくれて、私は幸せね」
明るい笑顔から一変、璃々愛は怪訝そうな顔をした。
「かいちょー、またそいつの話?」
百合香はくすくすと笑い、立ち上がって印刷機に向き合う。
「役に立つのよ、あの子? ……そうね、そろそろ活躍してもらおうかしら」
一方、学園掲示板は。
片腹 拓也(マヌケ)について語るスレ
1:名無しのエリート
片腹 拓也のせいで生徒会長の面目丸潰れだわ。
何が会長を理解してるだよ。氏ね。
会長のゴミ漁ってるとかありえんわ。夜道をついてくとか馬鹿かよ。
っつーか片腹生きてる意味ある?
2:名無し様だぞあがめてろついでにパスタよこせ
>>1
確かにwwwwアイツの親の顔見てえわwww
3:アホです
>>1マジキチだからなー。(ーдー)会長のパンツ欲しいって言ってるくらいの変態だからなー。
さっさと氏ねばいいのにー
ってことで殺ってみた
. ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(;´Д`)< お片づけお方付け
-=≡ / ヽ \______________
. /| | |. | ←俺氏
-=≡ /. \ヽ/\\_
/ ヽ⌒)==ヽ_)= ∧_∧
-= / /⌒\.\ || || (´・ω・`) ←片腹 拓也
/ / > ) || || ( つ旦O
/ / / /_||_ || と_)_) _.
し' (_つ ̄(_)) ̄ (.)) ̄ (_)) ̄(.))
oノ
| 三
_,,..-―'"⌒"~⌒"~ ゙゙̄"'''ョ ミ
゙~,,,....-=-‐√"゙゙T"~ ̄Y"゙=ミ L____
T | l,_,,/\ ,,/l | ゚ ゚
,.-r '"l\,,j / |/ L,,,/
,,/|,/\,/ _,|\_,i_,,,/ /
_V\ ,,/\,| ,,∧,,|_/
4:皆のアイドルではない何か
>>3マジか。アイツもう犯罪者予備軍・・・っつーか犯罪者だったわ。
5:生きてる人
>>4それな
6:匿名でしかない人
>>4マジか。片腹ってアイツ偽善者じゃん。
7:もっさもさな毛
片腹「会長をwww理解してるのはwww俺wwww」
やべえ書いてて笑ったわ
このように、悪口が飛び交う一方で。笑みを浮かべるものが二人。
「いいぞ・・・どんどん広がれ・・・」
不適な笑みを浮かべる一葉 法正。
「っしゃ!拓也の奴これ見てどうなるかなー・・結果が楽しみだぜ!」
喜びの笑みを浮かべる松葉 晃。片腹 拓也は、学園掲示板を見る気にすらならない状況。しかし、後一歩まで追い詰めれば、拓也をどん底へ落とせる。お互い知らなくとも、考えがまったく同じ晃と、法正は。更なる追撃に出た。
8:座布団です座らないでください、立ってください
俺今日片腹 拓也の様子覗かせてもらったら会長って連呼してたwwwwワwロwスw
9:報復マン絶対マン
片腹 拓也きっと会長のこと想像してくっだらねえ夢見てんだろうなwwww思ったら授業集中できないwwww助けてwwww
10:座布団です座らないでください、立ってください
>>9しwるwかwwwwwふぁーwww
8と10が晃、9が法正。彼らは更なる追撃をかけ、レスを上げていく。完全に拓也を潰すために。生徒会の面目を潰すために。風花 百合香へと泥を塗るために。
そうして彼らは、スマートフォンをタップする。このスレッドを上げて行き、反逆者を優先するよりも。
晃は、管理者の権限を使い、スレッドを固定かつ、削除不可の設定を施した。
(なんつーか、笑えない冗談になったけれど、こうして行く・・・というのになってしまったのです。不満があったらすみません。)
(放課後、自室の晃くん視点です)
(椎哉の考えを伝えたかっただけなので、字の文とメール本文のバランスがおかしなことになっています、ご了解ください)
掲示板をリロードすれば、分単位でレスが増えていく。時折煽動するようなレスを落とせば、面白いくらいに同調者が集る。すっかり大盛況となった拓也に対しての罵声スレッドを前に、晃は満足げな笑みを浮かべていた。
「はっはっはっ、ざまあ見やがれってんだ! 真の裏切り者め!」
かつて拓也は、友人だったはずの晃に裏切り者だと吐き捨てた。しかし今度は、とても友人相手にはしない所業を、晃が拓也に平気で行っている。これが友情をないがしろにした拓也の因果応報か、あるいは晃が彼の二の轍を踏んでいるだけなのか。二者の区別は晃本人には判断できなかった。
炎上の燃料となるようなレスをいくつか投稿し、そのネタが尽きて晃の気も済んだ頃。傍らに置いていたスマホが震えながら机を這う。スマホを捕まえて画面を見ると、表情されているのは千明名義の椎哉のメール。
『情報拡散のご協力、ありがとうございます。つきましては残っている片原役員についての書き込みを、現在炎上している片原役員についてのスレッドと共に、可能な限り全て削除してください』
『なんでだよ? あんただって拓也に散々ボコられてただろ。病院のときはあんだけ意気込んでたのにビビってんのか?』
反逆者となった自分をあっさり見捨て、自宅の玄関も破壊し、果てには自分に本気の殺意を向けた。そんな元友人のクズを、コテンパンに打ちのめせる折角のチャンスだというのに。
すっかり気が大きくなったところに水を刺され、不貞腐れた晃は否定的な疑問符をつけて返信する。椎哉の回答は、それからやや長い時間を置いた後に届いた。
『協力していただいた調査の結果、本日未明に再投稿されたものを除く、片原役員についての書き込みが数時間以内に全て削除されていました。ネット上の掲示板やSNSは、ほぼ全て風花百合香のテリトリーだと言っても過言ではありません。
そんな場所で犯罪同然の行いをすれば、風花百合香側の人間に「処刑に値する正当な理由」を与えることになります。反論材料をたった一つでも向こうに渡してしまえば、狡猾な彼女たちはそれを最大限に利用し、あなたたちを徹底的に追い詰めることでしょう。
争いとは、先に手を出した方が悪となり、やり返せば両成敗となるものです。革命を成功させたいのなら、今は「処刑制度の被害者」でいることをお勧めします。「こんな人間は処刑されても仕方ない」と判断されないよう、清廉潔白な無実の犠牲者であるように努めるのです。
追伸:これは感情論になりますが、折角復讐を行うのなら、与えるダメージはより大きい方がいいと思います。複数回に分けて少しずつ追い詰めるより、一度で奈落に突き落とした方が受けるショックは強いですし、何よりその方が復讐の達成感も大きくなるのではありませんか?』
「…………はあ」
椎哉のメールが長文であるのは今更な話ではあるが、それを差し引いても今回のメールは長文だ。加えて自分の感情的な行いを否定するような内容と、文面だけからでもありありと伝わる復讐への執着心に、晃は胸焼けのような不快感を覚えたのであった。
(椎哉のメールの内容に従うかどうかは晃くんにおまかせします)
(放課後、文芸部にて)
白羽学園、文芸部室。ワープロソフトの入ったパソコンや資料となる本が並べられた部屋の中で。
月に一度の話し合いのために、部員全員が集まっていた。
普段通りなら進み具合を報告し、一年間の見通しをたて、次の締切を確認して終わりになるのだが、この日は違った。それは、部長である真帆の発言のせいだろう。
「さて、これにて終了!と言いたいところだけど、ちょっと時間もらうね。我らが文芸部の今後に関わる重大発表なのでしっかり聞くこと」
『文芸部の今後に関わる重大発表』。部員達には心当たりがあった。
二年女子がそれについて質問した。
「笹川先輩。今朝月乃宮先輩から聞きました。文芸部は廃部になってしまうのですか?」
彼女の発言を合図としたように、部員達は不安と疑問を口にする。
「せっかく仲良くやってたのに……。そんなの嫌」
「私も聞いたよ。でも理由は教えてくれなくて」
「結城先輩は、誰かがデマを流したからって言ってました」
「なんか、会長の判断らしいよ」
「そんな!」
「じゃあ、もう……」
その声は次第に収まっていき、部員の視線は真帆に集まっていく。
真帆は暗い表情のまま、口を開いた。
それは、この話の一部始終。
時間も無いし簡潔に話したいけど、それじゃあんまりだろうからきちんと話すね。
片原ってやつ知ってる?三年なんだけど。知らない人が多いだろうね。
デマを流したってのは本当だよ。そいつの悪評を流した犯人が文芸部の一年生だっていうんだ。
こんなのあたしは信じてないからね。文芸部の子達がするわけない。みんなも、信じないでよね。大切な仲間なんだから。
でもさ、それを理由に文芸部は廃部にされたわけ。
ああ、ここで終わりじゃないよ。
それで、会長と会計に直談判したのね。文芸部を存続させてくれって。やっぱり駄目だったけど。
だからあたしね、条件をつけたの。廃部の次に厳しくて、でもあたしたちなら大丈夫なやつ。
そうしたらなんとね、文芸部は存続させていいって!一安心!
暗い表情を一転させ、屈託のない笑顔でそう言った真帆。
しかし、部員達はその表情に嫌な予感しか抱けない。
「真帆、その条件ってなに?」
「え、簡単だよ?ただ―――」
「―――学園から文芸部に与えられる資金がゼロになるダケ♪」
部員達の思考が停止した。
(続きます)
(続きです)
「……は?」
「え、ちょ、本気ですか?」
「真帆、なんてことを……」
部員達はいっせいにまくしたて始める。真帆は手を打ち鳴らしてそれを無理矢理止めた。
「確かにね、大変なことだよ。それは分かる。でも、もう後戻りできない。書類は作成済みだよ」
「でもっ、ゼロにしなくてもいいじゃないですか!」
「そうよ。半分なら黙って受け入れるのに」
「廃部のかわりだよ。半分じゃあ認められない」
「……っ」
「これに異論がある人は退部していいよ。誰かいる?」
真帆はそう言ったものの、名乗り出る者はいなかった。
当たり前だろう。真帆がここまでして守ったのだし、何よりも、部員達は文芸部に誇りを持っていた。
「……いないのね。じゃあ最後に、あたしからのお願い」
「みんな、もう分かったよね。生徒会に逆らったら、周りにも迷惑がかかるんだよ。いまこの白羽学園には、革命とか言ってる反逆者がいるよね。間違ってもあんなことをしないように。そりゃあ、不平不満はあるだろうさ。でも、生徒会に反逆するのはやめて。それが、あたしからのお願い。―――じゃ、話し合いはここまで!お疲れ様!」
「お、お疲れ様でした?」
真帆はそう言うと、文芸部室を後にした。
残ったのは、混乱したままの部員達。ざわつく彼女らをまとめたのは、副部長の三年だった。
「えっと、解散しよっか!あとから詳しく話すね!」
部員達はそれぞれ帰宅の準備を始めた。その顔には不安の色がででいる。
「亜衣……」
小さな声で亜衣に呼びかけた恵里にいたっては、泣き出しそうになっている。真帆の『お願い』と自分の決断の板挟みになっているのだろう。
笑って励ましたいが、亜衣はそこまで器用な人ではなかった。
「笹川先輩が大丈夫って言ってるし、きっとそうなんだよ」
「でも、資金がゼロになっちゃうんだよ?」
「それは……頑張るしかないよ」
「あはは……。そう、だね」
恵里はなんとか笑みを浮かべるが、すぐに落ち込んだ表情に戻ってしまった。
「大丈夫……だよね?」
そんなつぶやきが、文芸部室全体から聞こえていた。
「ったく、百合香に反逆とか意味わかんないし。ま、処刑制度はおかしいけどね。でもさ―――」
廊下を歩きながら愚痴をこぼすのは真帆だった。
「―――百合香を守る人がどんな思いで守ってんのか知っちゃったら、反逆なんかしようと思わないよ。それぐらいの覚悟は見せてもらわないと、ね……」
スマートフォンを取り出し操作すると、戸塚彩美からのメッセージを見た。
『from:彩美さん
亜衣は反逆者に味方するらしいよ 気をつけてね(^ ^♪
オマケ情報 文芸部を守りたいなら美紀ちゃんに協力してもらうとイイよ
いくら百合香ちゃんの決定といっても、あの子は文芸部を捨てることは絶対にしないから』
今朝登校している時に届いたものだ。なぜこのことを知っているのかは定かではないが、とりあえず利用させてもらった。文芸部は守れたので、お礼のメールを送る。すると、すぐに返事がきた。
『to:彩美さん
謎の情報ありがとうございます 文芸部は無事です
美紀が文芸部を……ってことは、やっぱりアレですか?』
『from:彩美さん
ん、まあそんな感じ?ただ、文芸部以外だと百合香ちゃんが全てだからね
アレを考えると納得だけどさ
じゃあまたね(*^ ^)』
『to:彩美さん
はい
またなにかあったらよろしくお願いします』
「確かに、美紀はすごいなー」
そう呟き、スマートフォンをしまった。
(今回は場面を分けて書かせていただきます。長文となり読みにくいかもしれません…申し訳ございません)
「しっつれいしまーすっ!」
夕日の光が差し込む病室に、ピンク色のツインテールを揺らしながら立ち入る少女。白い部屋を優しい橙色の光が淡く彩り、その中に黒いシルエットを映し出す。両手で造花の(匂いが不快になるといけないから、と百合香が買わせたのだった)花束を抱えた彼女は、目先の患者に元気よく笑いかけた。
機械のコードと点滴のチューブに縛られ、刻刻と眠り続ける患者に。
「やっほー、お久しぶり。元気にしてた? ってしてるワケないか」
まるで子供の様な声は、無機質な電子音に重なって患者の、千明の耳をすり抜ける。彼女には何も聞こえていないのだ、それがたとえ愛する家族の嘆きであれ。ましてや小生意気な後輩の声などが彼女の思考を再び動かすはずもない。
「全く、かいちょーに逆らうとか……何なの? 馬鹿なの? 自分の平和を自分から壊しておいて自殺? 後処理大変だったんだからさぁ、どうせなら跡形もなく蒸発すれば良かったのに。ムカつくわぁ……あんまり迷惑かけないでくんない?」
それにも関わらず、璃々愛は横たわる少女に語り続ける。というより、少女を嘲笑い見下したという方が正しい。現に璃々愛の口元は可愛らしい顔に似つかない程歪んでいるのだった。
「ま、かいちょーがお見舞いしてあげてなんて言うから来てあげたけどー。感謝してよね、アタシにもかいちょーにも。かいちょーってばマジ優しいよねっ、神すぎ!」
花束を机に置くと、ちいさなメッセージカードがはらりと落ちた。落ちたカードを拾い上げて花束に添えると、璃々愛は改めて患者に向き合う。
「……かいちょーの言う事大人しく聞いてたら、助けてあげたのにさ」
ただ眠っているだけの様だった。ほんの少しうたた寝をしているだけで、数十分もすれば目を覚ましてしまうのではないだろうか。そして机の上の花束を見て……。
「私さ、千明ねぇって嫌いじゃなかったんだよ。意外と」
煌々と輝く夕日が、建物に沈んでいくのが見える。電灯がまだ灯らない病室が、徐々に暗く染まっていく。
「中学の時の千明ねぇ、ちょっと好きだったし。アンタはアタシなんて知らなかったんだろうけどさー、アタシは密かに憧れてたんだから」
千明の心拍に合わせて刻まれる電子音は、ごく無機質に、ごく機械的に響いていた。刻まれる音の一つ一つが、彼女の生きている証であった。
璃々愛は一度言葉を切った。いくらギャルと呼ばれる璃々愛であれ、彼女もまた進学校の生徒なのだ。自分の意思を明確に伝えられるほどの語彙力は持っている。
「あんな風になれたらなって思ってた。芯が強くってしっかりしてる、千明ねぇみたいになりたいとか考えてた。せめて人前で顔上げて話せるくらいになって、そしたら千明ねぇとちょっとでも話してみようとか。卒業する前に挨拶くらいはしてみようとか。できたら仲良くしてみようとか……結局卒業式の日にお祝い言っただけだったけど。面識ないアタシに笑って返してくれた辺り、親切なんだなって思ったよ。白羽学園に行くって聞いて、ついそっちに惹かれちゃった。頑張ってるんだろうなって期待してたのに、さ」
白から黒へと移り変わった病室で、その悪魔は妖しく微笑んだ。桃色の髪がふわりと揺れ、幼い瞳は哀れな一人の少女を映し出す。少女はただただ、眠り続ける。
「――こんな身の程知らずの偽善者だとは思わなかった」
璃々愛が立ち去った後の病室には、赤黒いクロユリの花束とカードが残された。白いカードの周りには、ご丁寧に黒い装飾がなされている。
『どうぞ安らかなお眠りを 白羽学園生徒会一同』
クロユリ 花言葉:呪い
「花井さんは、モンテ・クリスト伯をご存知かしら?」
放課後の生徒会室へ訪れた生徒に、百合香は問いかけ言葉を投げかけた。彼女の身体は本棚の方に、彼女の視線は完全に自分の手元の本へと向いている。
「モンテ・クリスト伯、またの名を巌窟王ことエドモン・ダンテスはね――元は優秀な船乗りだったの。美しい婚約者と結婚して、船長になるはずだった……のに、そんな彼を疎ましく思う人間によって、無実の罪を着せられてしまうのよ。彼はモンテ・クリスト島の監獄島に投獄され、14年間の月日と婚約者を奪われた」
パラパラと百合香はページを捲りながら語り出す。相手の生徒、花井愛夏……の、『もう一人の方』は、黙ってその話を聞いていた。
「彼は同じ塔に監禁された神父と話す内に、自分が嵌められた事を知る。ダンテスは復讐に燃え、本来なら生涯幽閉されていたであろう牢獄……シャトー・ディフから脱獄し、モンテ・クリスト島の財宝を手に入れてパリの社交界に現れたわ。自分に手を差し伸べた人間に恩返しをしながら、嵌められた経緯の調査を始めた。そして遂に、自分を陥れた人間達に九年間かけて復讐を成し遂げたの」
ざっくりとあらすじを説明すると、百合香は本を木製の本棚に戻した。
「私はこの話が大好きでね。数年前から何度読み返したことか……今の日本ではなかなかお目にかかれない、あの独特な文章スタイルはとても興味深く魅力的だったわ。そして」
愛夏の鞄ではスマートフォンのアプリがその音声を録音していた。今のところまだ核心に迫るような情報は得られていない様だが。
「彼の復讐の在り方に、私は強く惹かれたのよ」
愛夏の眼が見開く。
振り向いた百合香は、相変わらずの笑みを浮かべている。
「ダンテスは復讐鬼となりながらも愛を忘れることはなかった。恩も仇も全てきっちりと返して、最後には娘の様に可愛がっていた元貴族の奴隷のエデと結ばれた。これこそ正に理想の復讐というものだと思ったの。年月を犠牲にし緻密な計画を立てて、それでも人間の心は捨てきれない。なんて素晴らしいと思わない?」
「つまりさ、生徒会長……あんたは復讐鬼になりたいわけ?」
愛夏がそこで口を挟む。
「あら、そうじゃないわ。ただね……私に刃向かう人間の半数が自分は『復讐をしている』のだ、と訴えかけたのよ。笑っちゃうわ……そんな薄っぺらい行為で復讐の名を穢してもらってはたまらない。彼らは復讐の言葉だけを借りて感情任せに行動しているだけだもの。現に板橋さんも松葉君も、ただ感情に縛られているとしか言えないじゃない。あの二人は何が目的だか知らないけど……そういう人達が復讐だと叫ぶのを見てると、どうしても滑稽に見えてしまうのよ」
「ふーん……で、結局何が目的なのさ?」
席についた百合香は、両肘を机に付けて手を組み微笑んだ。
「ふふ、教えると思って?」
生徒会長と多重人格女子の片面が、かの有名な復讐者について語らっている頃。校長室へ至る廊下を、美紀はため息をつきながら歩いていた。文芸部の部費に関わる書類に、校長からの判を押してもらうためである。百合香が学園一の権力者であるとはいえ、それでも彼女は一介の生徒。校則や校費など、学園の根底に関わる決定事項は、今でも校長の許可をもらう必要があるのだ。
「手続き上必要なこととはいえ……。はあ、やっぱり煩わしいわね」
自分にも降りかかりかねない処刑を恐れ、今や百合香の言いなりになっている校長だ。どうせ二つ返事で判を押すのだから、わざわざこちらから出向いて許可をもらいに行く必要性を感じられない。いっそ校長が持つ権限も百合香のものになれば、このような面倒な手続きは発生しないだろうに。そもそも百合香はこの学園で既に絶対的な存在なのだから、近い将来にでも是非そうなるべきだ。
そんな現実味を帯びた美紀の仮定的空想は、ガラッという窓の開閉音と共に立ち込めた刺激臭によって中断されたのであった。
「おおう、びっくりしたわー! 美紀ちゃんか!」
「倉敷さん……。また換気しないで油絵描いてたの? 酷いわよ、絵具のにおい」
「ホンマか? 堪忍なあ、集中してまうとついつい忘れてまうねん」
廊下に面する美術室の窓から身を乗り出してきたのは、三年C組に籍を置く美術部員「倉敷良」。暇さえあれば、あるいは暇がなくとも美術室に籠り、感性の赴くまま筆を走らせ続けるという根っからの芸術家だ。彼の才能はプロも目を見張るほどのもので、実際に彼の作品はあらゆる絵画コンクールで高い評価を得ている。尤も、学力第一の進学校で芸術的功績が評価される機会はあまりないのだが。
シンナーのような悪臭に顔をしかめる美紀をよそに、良は廊下側の新鮮な空気を肺いっぱいに溜めた。その動作の途中、美紀が腕に抱える書類に彼の目が留まる。
「何や? そのシンプルイズ重要そうな紙」
「文芸部の部費についての書類よ。学園の評判を貶めるデマを流した責任として、活動資金を取り上げたの」
「うっわあ、えげつないことするなあ。でもそのデマって確か、二年坊が会長をストーキングしたって話やろ? 百合香ちゃんの決定にしては温(ぬる)ない?」
「勿論、最初は強制廃部にする予定だったわ。でも部長の懇願と会長の慈悲のおかげで、部費なしという条件で存続を認めることにしたの。部費を取り上げれば、その分の金額を他に有効利用できるメリットもあるしね」
「そうかいな? 字並べて部誌作るだけの文化部にかかる資金なんぞ、ぶっちゃけ高が知れとるけどなあ。その程度の金をケチケチするくらいやったら、潔く強制廃部にしたった方が処刑制度的にも良かったと思うで?」
「簡単そうに言わないで。こっちにも事情があるのよ」
(続く)
(続き)
文芸部の強制廃部が最も理想的な処分であることは、美紀にもよく分かっていた。しかし生徒会の一因ではなく個人として、幼馴染の百合香にも打ち明けていない妥協の理由が彼女にはあったのである。そんな複雑な心境も露知らず、理想論を口だけで言ってのける良を美紀は睨みつけた。容赦ない彼女のきつい目線に良は僅かにおののくも、確かにそれは仕方ないという風に肩を竦めてみせる。
「まあ、部費ゼロが最善手っちゅうんなら、是非ともその方向で頑張ってほしいわ。俺がこうして作品作れんのも、一重に百合香ちゃんのおかげみたいなもんやし!」
「会長を応援してくれるのは構わないけど、絵ばかり描いてないで少しは自分の心配もしたら?」
「俺、実は『一日十枚は絵描かんと画力とセンスが衰える病』を患っとってな……」
「話はそれだけ? じゃあ私、これから校長室に行かなきゃいけないから」
「あー待って! ごめんて! もうちょいだけ聞いて!」
つまらない良のジョークをばっさり切り捨て、美紀はその場を後にしようとする。無慈悲にもその場に置き去りにされそうになった良は、慌てて彼女を引き留めた。彼の無様な呼びかけに、あからさまにうんざりしたような顔を向けながら、それでも美紀は立ち止まった。
「百合香ちゃんに伝えてくれへん? 『俺の絵のモデルになってくれんか』って! 構図ラフができ次第になるから、実際に見て描かせてもらうんがいつになるかは分からんけどな」
「伝えるだけなら別に構わないわ。でも、どうして会長の絵を?」
「さっきも言うたけど、百合香ちゃんのおかげで俺は絵が描けるねんて。せやから、そのお礼みたいなもんとしてな? それに……」
――女王なら、肖像画の一つくらい描いてもらうんが嗜みやろ?
そう言って良は、垂れ目の目尻をさらに下げてにっと笑う。彼の笑顔は、女王の繁栄を願う者のそれであった。
(>>132のその後)
「失礼します、学校長」
そう言って、校長室の扉を閉める。その思考は様々な愚痴のオンパレード。
……ほんと笑えるわ、なんなの、あの校長の表情。表面上とはいえ大切な生徒っだっていうのに。しかも、この書類。まとめにくいったらありゃしない。普通箇条書きなんてないでしょ。今度百合香に頼んで改訂してもらおうかしら。
文芸部は廃部、と百合香に聞いた時。危うく百合香に反論しそうになった。
いくら百合香の決定とはいえ、文芸部だけは譲れない。真帆の奇想天外な提案は、美紀にとって渡りに船だった。
『美紀、あなたはどうして会計になったんだっけ?』
真帆の質問が蘇る。
『ねえねえ、美紀ってさあ、どうして会計になったの?百合香の傍にいたいなら副会長の方が良くない?』
これは、美紀が会計になった直後に言われたことだった。
「私が会計になった理由、ね……」
人通りのない廊下で一人、つぶやいた。
「そういうことが得意なのもあったけど、それよりも……会計になれば学園の資金はほぼ私―――ひいては百合香のものになるから、かな……」
美紀が文芸部を守りたいと思っていることは誰も知らない。
幼馴染の百合香でさえも。
幼馴染。
たしかに美紀と百合香は、まだ言葉を知らない頃から知り合いではあった。でも友人ではなかった。百合香は風花家の令嬢で、美紀は―――。
(中途半端でごめんなさい!本日の美紀はこれでしゅうりょーです)
(ハンドルネームまちがえましたああああ)
135:文月かおり:2017/04/15(土) 23:08 (同時刻)
「っあー、詰んだ詰んだ、今日は無理」
握りしめていたシャープペンシルを机に投げ出す。
文字のないノートに一本の黒線が書かれる。そのままシャープペンシルは勢いよく床に落ちた。
それを気にも留めず、ある写真を見つめるのは戸塚彩美。
「……樹の、バカ野郎。なんで置き去りにしちゃうの。」
樹、と呼ばれたその写真の人物。
今はもういない、大切な人。
「駄目だ。あんたの顔見ると泣きそうになる」
目を覆ったけど、それでも涙は一筋頬をつたう。いささか乱暴にそれを拭い、椅子に座りなおした。
その顔は、いいことを思いついたという笑顔。
落ちたシャープペンシルは無視して、別のものを取り出す。無造作に持ったそれは、白い花の絵があるペン。
彩美は顔をゆがめた。
「しつこいって、もうやめてよ……」
『誕生日、いつなの?』
『10月12日。前も言ったよ』
『あれ、そうだっけ。ごめん』
『あやまんのテキトーすぎ。許すけど』
なんでもないように思えた会話。今になってみればその意味が分かった。
「10月12日は、ガーベラの日。2月15日はスイートピーの日。9月28日は……」
知らないうちに、花に詳しくなっていたのだろうか。そういえば、一ヶ月ほど前に書き上げた小説にもそんなことがあったかもしれない。
「……あーあ、こうなったらもうやけくそね。あんたとあたしたちを題材にしてやる。勿論、感動の再会はナシね。あたしの物語は現実的なんだから」
シャープペンシルの線がついたままのノートに、ネタを書き込んでいく。
樹と、彩美と、真帆と、美紀と、百合香。
当事者も知らない、もう一つの物語。
刊行されたら驚くだろうなあ、と。
思い浮かべたのは誰なのか。
「ったく………しゃーね。」
晃は、早速掲示板の書き込みを消し始めた。
自身へのセーブか。それとも正気になったのか。
「拓也………俺ってなんで空いたと友達になったんだろ………」
友達。そのワードに、晃は、ハッ、と気づいた。
一年間忘れていた友達。
「アイツ今でも元気かな………よし、駄目元だけど…」
晃は早速MINEを操作し、ある友達を、公園に呼び出した。
「何のようですか、松葉 晃」
一葉 法正。左手に赤い布を巻いている男。
「本当にすまねえ!俺が………ちゃんと拓也を止めていたら!」
晃は頭を下げた。
その行動に法正は驚いたが。
「貴方は風花に復讐をするんですか」
法正の問い。晃は。
「あったり前だ!」
法正は。
「そうか………なら、貴方に協力しますよ」
学園復活派。一葉 法正の誕生。
>>130の続き
「じゃあ…会長にとって『復讐』は長い年月をかけて、大規模……ってこと?だから、二人のしていることは『復讐』ではない、ってこと?」
「そうですね」
「会長、どうやって処刑制度を作ったの?」
〔ごめんなさい。一回保留します〕
(>>123の直後、>>124と同時期くらいの話です)
「白野さん、戸塚さん! お二人とも大丈夫ですか!?」
「はい、大丈夫です。ええと……アデラ先輩、でしたっけ」
デマの真偽とその出所は曖昧にしたまま、百合香が璃々愛を連れて消えた後。未だに緊張冷めやらぬ恵里と亜衣の元に駆け寄ってきたのは、黒や茶ばかりの人混みでは一層目立つ天然の金。英国からの留学生アデラ・ヴァレンタインの名は、別学年の生徒の間でも有名だった。
アデラは二人の体や顔色を観察し、怪我や精神的ダメージが見受けられないことを確認すると、ほっと安堵の息をつく。それから未だに騒々しい周囲を見渡してから、パンパンと手を叩いた。恵里と亜衣に侮蔑的な目線を向けていた生徒たちの注目がアデラに移る。
「皆さん。学園が貶められるような情報が流れてお怒りなのは分かります。しかし感情に任せて、何の根拠もなしにお二人を責めるのはおやめください」
「で、でもアデラちゃん! 確かに文芸部の一年がデマを流したって、生徒会が……」
「生徒会の証言なら全て鵜呑みにすると? いくら信頼しているからといって、彼女たち名義の情報が常に正しいと判断するのは軽薄ですよ!」
「はあ? お前、会長が嘘ついてるっていうのか!?」
「そのような色眼鏡がいけないと言うんです。風花先輩が嘘つきかどうかは今の論点ではありません」
飽くまで問題は生徒たちの先入観であり、百合香を悪者に仕立て上げる意図はない。アデラが置いた前提は、しかし無意識下で百合香を妄信している生徒たちにはぬかに釘であった。彼女がいばら率いる風紀委員会の一員であるため炎上こそしないものの、彼らとアデラの間に剣呑な空気が漂い始める。そんな一触即発な二者の間に、挟まれる口があった。
「残念ですね、ヴァレンタインさん。僕たちがあなたの信頼に値しない存在だったとは」
「安部野先輩まで何を言っているんですか? 問題はそこではないと言っているでしょう。それにあなた……」
「ええ、存じております。全面的な信用を置いていただけないのは生徒会として非常に遺憾ですが、それはそれ。他者からの情報を頭から信じ切ることの是非については、僕も同意しましょう」
生徒会である椎哉が口にしたのは、不敬に対する叱責ではなく、意見の限定的な賛同。アデラの言動を反逆だと定義するものとばかり思っていた生徒たちは、彼の予想外な対応に思わず耳を疑った。一斉にどよめく生徒たちを一瞥し、椎哉は言葉を続ける。
「進学校の生徒である以上、皆さんは利発な方々であるはずです。それなら得た情報の信憑性を自分の力で調べ直すことなど、造作もないでしょう。まさか事実確認なんて初歩的なことを怠るなど、白羽学園生として恥ずかしい真似はいたしませんよね?」
学園の名前を引き合いに出され、生徒たちの大多数が言葉を詰まらせた。自分たちに反抗的なアデラの言い分を支持したのは気に喰わない。しかしここで彼に反論すれば、自分が事実確認もできない愚者だと主張することになる。そうなれば白羽学園に、延いてはその生徒会長である百合香に恥をかかせかねない存在だと、他の生徒に見なされてしまうだろう。
剣呑な様相が鳴りを潜め、気まずい静寂がその場に満ちる。やがて椎哉の論破は不可能だと断念した生徒たちは、一人また一人と人混みから離れていった。悪意に満ちた視線から解放され、恵里と亜衣はようやく緊張を解く。だが一方アデラは椎哉に、傍からでも分かるほどの疑いの目を向けていた。
「安部野先輩。あなたは一体何がしたかったんですか」
「何が、といいますと?」
「風花先輩と文芸部一年のみなさん、どちらを支持するつもりだったのかということですよ。風花先輩の味方であれば、そんな怪我だらけの顔で結城さんを止めなければ良かった。文芸部の味方であれば、その怪我が片原さんによるものだと説明すればよかった。なのにあなたはそのどちらも行わず、曖昧な物言いでその場しのぎをしているようにしか見えませんでした」
(続く)
(続き)
アデラの正義感は、学園内でも話題になることがあるほど強い。そんな彼女にとって椎哉の付和雷同さは、百合香の独裁政治と同等に許容できないものだった。どちらの味方とも明言しない彼の態度が、アデラの目には不愉快に映ったのである。対して当の椎哉は、相変わらず感情が見えない笑顔をアデラに向けるだけ。そんな彼を問いただそうとしたアデラを、恵里が慌てて止めた。
「待ってくださいアデラ先輩! 安部野先輩を責めないでください!」
「ですが、白野さん……!」
「だ、大丈夫ですよ。本当だったらあのまま結城先輩に丸め込まれて、そのまま反逆者にされてたかもしれないのに、それを少しでも庇ってくれただけで十分助かりましたから……」
椎哉の事情を把握している恵里は、どもりながらも必死に弁解を紡ぐ。学園では会長派を名乗っているとはいえ、彼も自分たちと同じ復活派(一切の犠牲を厭わないという相違こそあるが)なのだ。アデラは知り得ていないとはいえ同じ派閥同士が争うのは無意味であるし、彼女によって学園における椎哉の心証が悪くなってしまえば、自分たちも不利な状況に陥ってしまうだろう。
あまりにも必死な恵里の弁解に、このまま椎哉を問い詰めるべきかアデラが躊躇ったとき、見計らったように朝礼の予鈴が校舎に響き渡った。
「おや、もうこんな時間ですか。それではこの話は、また別の機会ということで」
アデラと恵里、亜衣に一礼し、椎哉は踵を返してその場を後にする。恵里と亜衣は同じく一礼して彼の背中を見送るが、アデラはやはり最後まで懐疑心を外すことはなかった。
「……全く。彼は本当に困ったコウモリ男ですね」
◆ ◆ ◆
「コウモリ男……。留学生とは思えない語彙だね」
去り際にアデラが呟いた独り言は、椎哉の耳にしかと届いていた。学園では会長派を名乗っているとはいえ、ただ生徒会に従属しているだけでは意味がない。真の会長派の目を盗みつつ、自分や他の復活派の人間が少しでも有利になるよう、密やかに行動する必要があるのだ。そのような言動の境界を何も知らない者が見れば、彼が軽佻浮薄な人物に映るのは当然のことだろう。だが椎哉はその批判的な比喩表現に憤ることはなく、むしろ自分に似合いの言葉だと感嘆した。
「まあ、万が一彼女一人が騒いだとしても、大多数の人たちは僕を信用してくれているからね。だから心配はいらないよ、姉さん」
とうに日も暮れた真っ暗な病室の中。街灯の明かりが窓から差し込み、真っ白な千明の腕を照らし出す。椎哉はその手を取ると、おもむろに自分の頬へ触れされた。死体のように一切の力が込められない彼女の手は、それでも辛うじて体温を滲ませている。この温もりが椎哉にとって、千明を生者たらしめている唯一の証だった。もし、この温度が失われることがあれば――。
「あら、しいちゃん! こんな真っ暗な中でなにやってるの?」
「!」
陽気な中年女性の声とともに、病室が真っ白な明かりで照らされる。慌てて顔から手を離し扉のほうに振り返ると、そこにいたのはふくよかな看護師だった。突然の第三者の介入に、彼にしては珍しく驚いた様子を見せるが、看護師は彼の挙動を訝しむことはせず、代わりにサイドテーブルに置かれた黒い花束を見て顔を顰めた。
(続く)
(続き)
「やだこれ、黒百合じゃないの。冗談でもお見舞いに持ってくるような花じゃないわよ」
「すみません。一緒に贈られていたメッセージカードによると、どうやら僕と同じ学園の生徒が持ってきたもののようですね」
「ああ、そういえばうちの同僚が言ってたわね。白羽の制服を着た派手なピンク髪の子が、真っ黒な花を持って歩いてたって。まさかとは思うけど、その子が?」
「なるほど。そんな派手な色の人を見間違えるとは思いませんし、おそらく彼女が届けてきたもので間違いないでしょう」
「いやあねえ。いくら進学校の生徒でも、こういう一般常識を弁えてないのは最近の都会っ子って感じだわ」
「あまり酷い物言いはいけませんよ。その女子生徒が偶然、花に対しての知識がなかっただけかも知れません」
この看護師は、良くも悪くも正直な性分なのだろう。椎哉が嗜めるのも構わずに、彼女は花束の贈り主への嫌悪感を隠そうともしなかった。もしここが白羽学園の真ん中であれば、会長派の生徒たちによって容赦ない処刑が下されていたかもしれない。そんな白羽の暗黒面を知ってか知らずか、看護師は花束を手に取ると自分の小脇に抱える。
「どちらにせよこんなものが置いてあるなんて縁起が悪いし、私が片付けておいてあげるわよ。もしピンクの子がまた来たら、あたしが適当言っておいてあげるから」
「……ありがとうございます。実は僕も心苦しかったので、助かります」
心苦しいのは、贈り主の好意を無碍にすることか。それとも姉の病室に悪意の花を放置することか。椎哉は明言しなかったが、彼の意思を汲み取った看護師は、自分に任せろと言いたげな笑みを見せる。
「さーて。面会時間もそろそろ終わりだから、さっさと帰ってご飯食べて寝なさい。明日も学校でしょう?」
「ふふ、まるで母親みたいな物言いですね。それでは、千明をよろしくお願いします」
「やっだあ、どうせまたすぐに来るくせに何言ってんのよ!」
堅苦しい椎哉の挨拶を、うるさいくらいの声量で笑い飛ばす看護師。彼女の言葉に彼は苦笑じみた表情を浮かべるも、二人の様子は中睦まじい親子のようであった。
(今回出てきた看護師には少々伏線を仕掛けているので、登場させることがあればABNに一声かけていただけると助かります)
翌朝。8時に始まる朝学習の10分前の昇降口には、生徒達がわらわらと集まっていた。
この時間帯だと、A組の生徒達は既に席に着いて授業の予習や先日の復習に励んでいる。しかしC組やD組の生徒達は、彼等の様にそこまで厳しいスケジュールを送っていない者が大半だ。
恵里と亜衣もまた、例外ではなかった。彼女達も他の生徒と同じ様に、会話に花を咲かせながらのんびりと靴を履き替えている。
「おはようございます、白野さんに戸塚さん」
不意に後ろから声をかけられ、雑談に興じていた二人は思わず肩を跳ね上げた。慌てて上履きにしっかりと足を入れると、顔を上げて声の主を見返す。
「あっ……ば……ヴァレンタイン先輩?」
「アデラで構いませんよ、皆そう呼びますから」
そう言って、二人の前でアデラは微笑んだ。
「昨日はごめんなさい、余計なことをしてしまったみたいで……大丈夫でしたか、お二人共?」
「いえ、気にしないでください! 先輩が庇ってくださったおかげで、あたしも恵里も処刑されずに済んだんですし……」
昨日のあの一騒動の後、アデラは周囲をもう一度説得し直しなんとかその場を収めたのだった。勿論不満気な生徒達も少なからずいたのだが、風紀委員長が例の月乃宮いばらだという事もあり、彼等は渋々身を引いたのだ。
「そうですか……なら良かった」
「そ、それより先輩……確か、B組でしたよね? 朝の学習は……」
「ああ、それなら。私は生憎夜型でして、朝はどうしても早起きできず……夜に必要な勉強は全て済ましてしまうのです、暗記には夜の方が向くと言いますし」
彼女の言葉の流暢さは、やはりとても英国人とは思えない程のものだった。口を開けばすらすらと言葉が流れていくその様は、アナウンサーでも志望しているのかと思わせてしまう。
「そうだったんですか! ご立派ですね、ちゃんと夜に」
「ちょっと失礼」
亜衣の言葉を、一人の男子生徒の声が遮った。聞き覚えのない静かな声に、三人は振り返る。
ひょろっとした痩せ型の男子生徒が、こちらを見据えて微かに微笑んでいた。日に焼けていない肌とその体型が、いかにも病弱という雰囲気を醸し出す。その顔を見るなり、アデラは青い目を大きく見開いた。
「ぶ、部長……!? あの、お身体は……」
「もうすっかり大丈夫だよ。華道部の方はどう? 昨年から皆に任せっきりだったけれど」
「はい、お陰様で……」
部長と呼ばれたその生徒は、一年生の恵里と亜衣にとっては見覚えのない人物だった。だが周りを見廻すと、辺りがやけにざわついている。恐らく彼は上の学年の間では有名人なのだろう。
「なら良かった。ところで、安部野君はいるかな」
「私は今日は見ていませんが……何かご用事が?」
「いや」
そこまで言うと生徒は一旦顔を背け、コホコホと咳をする。弱々しい咳がますます彼の病弱な雰囲気を強めた。ある程度呼吸を落ち着けてから、再びアデラに向き直った。そして若干声を潜めて言う。
「怪我したって百合香から聞いたから。ちょっと心配でさ」
「あの、アデラ先輩……あの方は?」
生徒が去った後に、恵里はアデラに問う。
「……彼は私の部の先輩なんです。元々お身体が弱かったのですが、昨年の2月に体調を崩してしまって……しばらく休学されていたのですよ。彼こそが華道部の部長、北条智さんです」
「へえ、華道部の……その、北条先輩は生徒会長とお知り合いなんですか?」
「百合香」という単語に反応した亜衣が、アデラに問いかける。
アデラは少し困った様な表情を浮かべた。しばらく頬に片手を当てた後、微かに溜息を吐いて話し出す。
「そうでした……一年生のお二人は彼を知らないんでしたね。彼はこの学園の……生徒会長に恋心を燃やす、副生徒会長なんです」
アデラの発言に、同時に「えっ!?」と声を出す二人。
入学当初から密かに語られていた謎の副生徒会長の存在。その正体は、つい先程まで自分達の目の前にいた男子生徒だったのだ。
まさか、彼が噂の副生徒会長だったとは――。
アデラはやはり重苦しそうな表情をしていた。それに気付いた二人は最初こそ頭に疑問符を浮かべていたものの、徐々にその理由を察し始める。
副生徒会長、ましてや会長に恋する人物。となれば、自分達に協力するという事はまず有り得ないだろう。百合香と連絡も取り合っていれば、当然反逆者の事も知っている筈だ。彼が復活派の敵となる未来は、とても避けられそうにもない。
「……生徒会の中でも、彼はかなり穏和な人物です。直接処刑に加わることもほとんど無いようですし……ただ、協力はしてもらえないでしょうね。彼はいつも言っていますから……『百合香の為なら何だってするよ』、と」
SHRの始まりを告げるチャイムが鳴る。
だが三人は、しばらくその場を離れはしなかった。
(>>142の朝から)
『はーい、彩美さんどうされましたー?原稿なら受け取りましたよー』
「ふみちゃんオハヨー。いや、次の打ち合わせしたいなぁと」
『……えええ、早くないですか⁉もう⁉』
「アハハ。今日できる?」
『今日は……あ、大丈夫です。10時から第二会議室でお願いしますー』
「りょーかい、じゃあバイバイ」
『失礼しまーす』
「さて、準備するとしよう」
自室で一人呟いたのは彩美だった。
打ち合わせは10時からなのでまだ時間はあるが、もう少し構想を練っておきたかった。なんの構想かというと、勿論次の小説について。
樹という人物に関する実話を基に書こうと決めたのが数日前。当事者であったおかげでネタはすぐにまとまってしまった。
そういうわけで出版社の担当さんに連絡した訳だが……。
「……さすがにアレをそのまま書くわけにはいかないなー」
問題が一つあるのだ。
あれこれ自問自答しながら時間を浪費していると、いつの間にか家を出る時間。
担当さんにも聞いてみようと思い、とりあえず出かけることにした。
「物語にはハッピーエンドを入れるべきか、ですかー……」
「そーなのよ。ふみちゃんどう思う?」
「えええ、私ですかー?」
ここはとある出版社の三階。第二会議室という立派な名前こそあるものの、収容人数は多くて6人の小さな部屋だった。
そこにいるのは彩美と、ふわふわの茶髪とパステルカラーの服を着た女性。文香という名の彼女は、愛らしい見た目や緩く伸びる口調とは裏腹に、手際の良い仕事ぶりで評判だ。……どうやら彼女が担当した作家は締切を破れなくなるらしい。
「んー……今の段階ではちょっと分からないですねー。ストーリーやジャンルによります」
「そっかー、ちなみにどんな感じ?」
「……恋愛小説なら十中八九必要です。青春小説はある程度あった方がいいですねー。推理小説は解決がハッピーエンドだから置いといてー。えっと、ホラーはどちらでもアリじゃないでしょうかー?」
彩美は腕を組んで頷いた。そのまま自分の世界に入り込んでいく―――
(あー、彩美さん思考中?集中力すごいからしばらく待つかー)
文香は彩美を見てそう考えた。こんな時は他に手段がないのだ。
手元にあるのはあらすじと登場人物のリスト。
(男の子と父、母、妹、その友達と……女の人?あ、成長した男の子のカノジョ!ま、まさかの恋愛系ですかあ、彩美さん⁉文香さんは聞いてませんよー‼あらすじ読まないとー!)
慌てて紙をめくると、ライトグリーンのメモが挟まっていた。
一応これ、実体験なんでよろしくねー♪ 彩美
(な、なななんですとー⁉彩美さんの実体験‼超レアですー!)
文香は物凄い勢いであらすじを頭に入れていくのだった。
晃が法正と仲を取り戻してから翌日。
晃は、白羽学園のB組の前の廊下に呼ばれた。
そのために、朝時間から晃はB組前の廊下に法正と対面する。
「で・・・法正、用ってなんだ」
晃の一言に、法正は。
「別に・・・貴方にとってはどうでもいいかもしれませんがね・・・ただ、俺的には伝えたいから伝えるだけです」
「なんだよ?」
「実は俺と貴方・・・種違いの子ですよ」
・・・。
晃は一瞬固まった。
顔も違う、似ているところなど何もない。
しかし、一つだけ共通していた。
法正はやられたらやりかえす。
もちろん、晃もその精神を持っている。
つまり。
”負けず嫌い”
が一致していたのだ。
母親が同じというところが、負けず嫌いが同じで、昔は親近感の沸くような性格だったのだ。
「おいおいおいおい・・・・どういうことだよ!?」
「俺の父親は姓が一葉です。貴方の姓は松葉。しかしですね、母の旧姓は俺も貴方も、全て一致しています。名前に誕生日、身長に体重も。全て一致しています」
法正の一言に、晃は目がくらんでいた。
「おいおい、そりゃあないだろ・・・?」
「まぁ、なんにせよ、義理の兄弟です。だから、仲良くやっていきましょう―」
法正の一言に、晃は。
「ったく・・・友人どころか、それ以上じゃねーかよ・・・」
と言いながら、E組の教室へ向った。
―その影では。
「見つけたぁ・・・反逆者の弱点。」
そう呟きながら、スマートフォンの録音アプリを閉じる、一人の駒。
ピンク色の悪魔―。
>>137の続き
「ふふ、教えるわけないでしょう?
「…あっそう」
「他の人には言ッたノ?」
「いえ、言ってませんよ」
「フ〜ん、ジゃあモウいいヤ」
そう言って、出ていった。しなしなになったオダマキを置いて…。
≪花言葉≫
オダマキ 愚か
看護師という職業は多忙である。必要とされる知識や経験は膨大で、人命を預かる仕事である以上一切のミスは許されない。加えて緊急の呼び出しや患者の都合に振り回されることもしばしばあり、規則的な生活リズムを保つことさえ難しい。そんな看護師たちにとって、休憩時間というのは非常に貴重な憩いの時だ。
廊下からは見えづらいナースステーションの死角。備え付けのエスプレッソマシンで作られたコーヒーを啜りながら、中年看護師は全体重を椅子に預けてくつろいでいた。一端の女性としては流石にだらしない姿勢の彼女に、苦笑を浮かべながらすみれは声をかける。
「お疲れ様です、島江(しまえ)さん」
「あら月乃宮さん、お疲れ様。悪いんだけど、ちょっと聞くだけ聞いてくれる?」
「はい、なんでしょう?」
すみれの姿を認めるなり、空いている近くの椅子を引き寄せて手招きをする。島江に勧められた通り、彼女はその椅子にそっと腰かけた。
島江がこういう言い方をするときの話題は、決まって仕事や対人関係の愚痴だ。その話の内容自体に益はないが、心の中に溜まった鬱憤を他者に発散し同意してもらう行為は良いストレス発散になる。医療知識の一環としてそれを理解しているすみれは、二つ返事で島江の愚痴に付き合うことにしたのだ。
「月乃宮さんも知ってるでしょう? 意識不明の天本千明って子。あの子にお見舞いの花を持ってきた子がいたんだけど、その花がよりによってクロユリだったのよ!」
「そうなんですか。クロユリを持ってきた子の話は聞いていましたが、天本さん宛てだったんですね」
「酷いと思わない? 花の知識に疎い人でも、普通患者に黒い花を贈ろうだなんて思わないわ! しかもその子、白羽学園の生徒だっていうじゃない。それほど賢い頭の持ち主ならなおさら分かることだろうし、あのクロユリは絶対に確信犯よ!」
「白羽の生徒さんが? まさか、あんな立派な学園の子が……」
「学校の名前なんて関係ないわよ。あの年頃の子供って言うのは大体、何の力もないくせに自尊心だけは一丁前で、それなのに他者を敬うってことをしない。だからあんな不吉な贈り物だって、平気な顔で届けられたんでしょうね。そういう生意気で非情な生き物なのよ、あいつらは!」
「は、はあ……」
(続く)
(続き)
表情はにこやかな笑顔を保ちつつ、すみれは内心で「またか」と密かに溜め息を吐いた。
島江の子供嫌いの話はこれが初回ではない。というのも、彼女はどういうわけか子供、特に十代の少年少女を理不尽に嫌悪しているのだ。島江自身は常に朗らかで精神的にも丈夫という中々の人格者であるだけに、その致命的な一点だけを周囲は非常に残念がっていた。尤も職務上、患者たちの前で若者嫌いをひけらかすことはしていないため、仕事を妨げるような問題にはなっていないのだが。
けれども自分には、丁度十代の妹がいる。本人にその意図はないだろうが、大切な家族の一員を「あの年頃の子供」というカテゴリで一括りにして非難されるというのは、とても気持ちのいいものではない。島江の愚痴を否定するわけではないが、せめて妹の人柄だけは弁解したい。そう思って反論を紡ぎかけたすみれの言葉を、しかし島江は食い気味に阻止した。
「それに今は私が片付けちゃったけど、花にはメッセージカードがついてたの。その内容がね……」
「……えっ?」
――どうぞ安らかなお眠りを。白羽学園生徒会一同。
声量を絞った声で伝えられた言葉に、すみれは耳を疑った。喪中のような白黒デザインのカードに書かれていたという文章は、明らかに白羽学園の生徒会が千明の死を期待、祝福しているような内容。それが重体患者に相応しくない色の花に添えられていたとなれば、贈り主の悪意を疑う余地などない。
だがすみれは、その意図を理解はしても納得はできなかった。名門進学校と名高い、しかも自分の妹が通っている学園の生徒会が、いじめにも等しい所業を行っているという事実を彼女は飲み込めなかったのである。半ば呆然とするすみれに構わず、島江は思い出したように話題を続ける。
「そういえば月乃宮さん、あなたの妹さんも白羽学園の生徒だったわよね?」
「は、はい」
「生徒会が直々にあんな嫌がらせみたいな真似をしてるんだったら、その学園の風紀も高が知れてるはずだわ。そこんところどうなの? 学園について、妹さん何か言ってたりしない?」
「え……ええと……」
あの白羽学園が、実は生徒会ぐるみのいじめを黙認している問題校かもしれない。衝撃の推論で混乱冷めやらぬ頭を抱えながら、すみれは島江の回答に対する言葉を必死に模索するのだった。
燃えている
わたしのいえ
燃えていく
わたしのかぞく
燃えて、燃えて、燃えつづける
おねがい
わたしをおいていかないで……
行かないで
逝かないでよ
なんでいっちゃうの……
今からもう、ずっとずっと前。
私の両親は燃えきって、灰と煙と、焦げた骨になりました。
その時はまだ、私は独りじゃなかった。
兄がいた。私にとって唯一の、最後の家族。
花に詳しくて、勉強はできるけど運動はダメで。
いつも、何があっても笑ってて、とても優しくて。
あのヒトが大好きで、話しているとすごく嬉しそうで。
そんな兄も、死にました。
これで私は、独りです。
なんででしょう。
何か、悪いことをしてしまったのでしょうか。
なら、悪いのは誰ですか。
お母さんですか。 いいえ、お母さんはとてもいい人でした。わたしの憧れる、強い人でした。
お父さんですか。 いいえ、お父さんはとてもいい人でした。わたしの頼れる、大きな背中でした。
ならどうして、吹けば舞い散る燃えかすになってしまったのでしょう。
教えてくれますか。
わたしの大好きなお兄ちゃん。
すると、兄は言いました。
きっと、あっちで元気にしてるよ。
違います。わたしが求めるのは、お母さんとお父さんが死んでしまった理由です。
なのに、兄は答えてくれませんでした。
そうですか。ならいいです。
悪いのは、わたしなんだ。
そういうことにしておきましょう。
誰にも言わず、ひっそりと。
私は独り、決めました。
そして、兄は死にました。
『ブルースターの日に死んだお兄ちゃん。』序章より
「……実体験を他者目線で、か。うん、いいかもしれない」
戸塚彩美、執筆開始。
7月下旬、刊行予定。
「私は、特に……いばらも、学園のことはとても楽しそうに話してくれますし」
「楽しそうに?」
「え、ええ……風紀委員長として頑張ってるみたいですよ? 『皆仲が良いし仕事もやりやすい』って喜んでましたわ。生徒会の会長さん……百合香さん、だったかしら? 彼女とも仲が良いみたいでしてね。一度家に遊びに来たのだけど、美人で穏やかだし礼儀正しくて。とても悪い人には……いばらも付き合う友人はかなり選ぶタイプですしね」
あの妹さんが楽しそうにねえ、という言葉を島江は飲み込んだ。
すみれの妹、いばらとは彼女も面識がある。
しかし姉妹ながらその性格は正反対。愛想の良く優しげなすみれとは反対に、いばらは常に冷たく刺々しい雰囲気を醸し出していた。
決して態度が悪いことはなかったのだが、彼女の立ち振る舞いはどこか距離を感じさせるものがある。院内でもその姉妹の差は度々看護師達の話の種になっていた。
あのいばらが楽しそうに話すということは、学園や生徒会を相当気に入っているのであろう。……だがあのクロユリとカードを見た島江は、いばらもまたその類の人間だと疑わずにはいられない。ましてや彼女は風紀委員長。その様な立場の人間が生徒達の非常識な行いを見逃すとは考えにくい。彼女自身が生徒会ぐるみのいじめに加担している可能性も充分にあったのだ。
更に彼女が仲良くしているという生徒会長。あんな事をする学園の、しかも生徒会の会長と仲良くするなどとても考えられなかった。当の会長は一体何をしているのだろう。自分達と同じ学園の生徒があんな目にあっているというのに、心が痛まないのだろうか? この件に対して怒りを抱きはしないのだろうか?
「……いじめとか、本当に起きてないの? そこまで行かなくともトラブルとか」
「いえ、何も……大丈夫だと思いますよ。多分ただの悪戯でしょう、大方喧嘩でもした生徒がいたんじゃないでしょうか? いばらに注意するよう私からも言っておきますから」
そう言ってすみれは軽く微笑んだ。
悪戯で済まされる話じゃない、と言いかけた時、別の看護師が駆け込んでくる。
「月乃宮さん、電話……学校の生徒さんからみたいだけど」
「あら、妹かしら……ありがとうございます。すみません、失礼致しますね」
島江に申し訳なさそうに告げると、すみれはその場を後にする。紫色のバレッタが、照明の光を反射してきらりと光った。
「……やっぱり、妹さんも好きになれそうにないわ……月乃宮さん」
残された島江は、一人呟く。
「もしもし、姉さん? ごめんなさいね、仕事中に呼び出して」
「いえ、休憩時間だったから良いのだけど……どうしたの? わざわざ学校から電話するなんて。忘れ物?」
昼休みの学園は、いつも少し騒がしい。
一コマ65分の窮屈な授業から一時的に解放された生徒達は、背を伸ばし思い思いに自由時間を楽しんでいるのだ。ある者は会話に花を咲かせ、ある者は職員室に質問へ行き、ある者は何をするまでもなくぶらぶらとうろついている。
そんな中、月乃宮いばらは公衆電話の前に立ち、姉のすみれと話していた。携帯電話を使うという手を選ばなかったのは、あくまで風紀委員長としての立場の為だ。校則で一応は許されているとはいえ、校地内でスマートフォンを使うのはやり抵抗がある。その声は普段通り、非常に落ち着いていて冷たく静かだ。
「いえ、ちょっとね。……北条君、学校に来たわよ。もう大丈夫なの? 一応元気そうだったけれど」
「ああ、智くんなら……もう安心していいわ。大分調子も戻ったし、流石に体育とかはまだ見学してもらうことになるけれどね。風花さんとはどうだった? 会うのも久々でしょう」
「お互い嬉しそうだったわよ……安部野君とも挨拶したみたいだし。今年は副生徒会長を二人にして正解だったわね、北条君の身体の負担も大きいだろうから……まあ、風花さんにとっては北条君相手の方がやりやすいのだろうけど。あの人、風花さんの言うことには従うしね。自分の部が潰されたって何とも思わないんじゃないかしら」
「うふふ……確かにそうかもしれないわね。北条君、風花さんのことあれほど大好きなんだもの」
いばらの片手の十円玉は、次から次へと減っていく。最初は山積みになっていた小銭は、気付けば十枚程を消費してしまっていた。もっとも、普段から財布に万札が数枚入っている様な彼女にとって、こんな金額ははした金でしかないのだが。
すみれの声に若干微笑んだ後、いばらは一度周りを見渡した。顔付きを変えるとより声を潜めて言う。
「……クロユリの件、大丈夫だったの? 何か言われなかった?」
「……一応、ね。大丈夫、私が場を収めておいたから。貴方は何も心配しないで……面会なら私に言うように伝えておいてちょうだいな」
「そう……なら良かった」
いばらはそう言った後、軽く息を吸い込んだ。覚悟を決めた様な顔をすると、重い口ぶりで告げる。
「姉さん――そろそろ、花瓶の水の入れ替え時よ」
「……あれ?………ここは…ま、まさか…!?」
何で!私さっきまで自分の部屋にいたよ!?何でこんな所にいるの!?私が一番嫌いな所……。
「さぁ、今から裁判を始めます!」
あぁ、『今日』も始まった。『裁判』という名の処刑が……。今日……裁かれるのは、誰?
「うふふ…貴方は何をしたのか、分かってる?」
……また、濡れ衣を着せられたのか。どんどん排除する、自分にとって『邪魔な存在』を……。
全員参加の狂った『裁判』。また、生徒が、先生が―――
狂いだしたのはいつだろう?
学校で『裁判』が始まったのはいつだろう?
あの狂った人が会長になった日だろうか?
それともあの『事件』が起きた時からだろうか?
それとも―――。
『狂いだしたのは、いつ?』プロローグより
華藤 美咲、今月の最新作登場。
氷ノ宮 氷雪の最新作。
朝。上履きに履き替えながら雑談するD組の生徒たち。
なんでもない日常のワンシーン。
誰もが一度は耳にしたことのあるチャイム音が響く。
『文芸部員にお知らせー。本日放課後、部員会議を開くので、どんなに忙しくとも顔を出すことー。
繰り返し連絡しまーす。文芸部員は本日放課後、必ず会議に参加してくださーい。以上、文芸部長からー』
「……だってさー、亜衣」
「ん、りょーかい。一緒にいこ」
「はいはーい」
のんきに会話する部員。
これからの学園生活がどうなるのかも知らずに―――
白野恵里―――私と亜衣が部室に来た時は、既にほとんどの部員が集まっていた。
正面にホワイトボード、部員会議の大きな文字。
ざわつく室内、部員たち。議題はもう、分かっている。
今後の課題
どうすればいいのかなんて、誰も知らない。
部費をゼロにされたのに、焦ってなかった私達が悪いのだろう。
怒涛の五月はもう過ぎ去ろうとしている。
「全員、集まった?始めるよ」
笹川先輩が雑談を遮り口を開く。
「分かってるよね、今回のテーマはこれからどうやっていくか、について」
「……あ、あの。部費がストップするのは六月分から、ですよね?いいんですか?なんか、いつも通りなんですが……」
私と同じ一年生の人が質問を投げかけた。
「あ、それアタシも思ってた!」
「ああ、そういうのは全然大丈夫。三ヶ月くらいなら余裕だよ」
「……はあ?三ヶ月も?」
「意味わかんないし」
「いくらなんでもそれは……」
「奇想天外どころの話じゃないです」
「事実は小説より奇なり……」
「それな。さすが真帆ちゃん」
いっせいに始まるブーイングの嵐。うん、まあ……
私も、ソレはないと思った。
三ヶ月分て、どこから来たんですかそんなお金。
みんなの反応からみて、誰も知らなかったらしいし……。
「いやコレ本当だからね?嘘はつかないよ?とりあえずさ、落ち着いてって。ちゃんと話すから」
そう言って、笹川先輩は立ち上がった。マーカーペンを持ちホワイトボードに向かう。
部員たちはひとまず黙り、笹川先輩のことを見つめる。勿論、私も亜衣も。
「六月から三月まで、学園からの支給停止。他生徒及びその保護者、もしくは外部からの寄付も禁止。つまり、これからの活動費は自分たちで手に入れろ。これが生徒会長から言い渡されたことね。
ああ、廃部を防いだだけマシよ。あの百合香相手にね。
でさっきの話だけど、私が稼いだ今までのバイト代でしばらくはやっていける。だからその間に、資金稼ぎ頑張ってもらうからねっ!勿論、全員で!」
「……」
「笹川ちゃん無謀だねえ」
「ちょっと無理があるかな、と」
「うちらで稼ぐって、どーすんのよ」
「努力はしますが……」
そんなので、やっていけるわけがないと。
だれもが、そう考えてた。
……いや、正確には、笹川先輩と―――あともう一人を除いて。
「なーに?随分と暗い雰囲気じゃない。せっかくの里帰りだっていうのにさー」
初めて聞く、女の人の声。聞こえた先は、奥のドア。
「あ、彩美さんっ⁉」
「リアルでは久しぶりー真帆ちゃん。話は聞いたよ、協力しよっか?」
彩美さん……て、まさか?
思い当たることがあり、私は隣の亜衣にささやきかける。
「……ねえ亜衣。もしかしてさあ、あの人」
「……そのまさかだよ恵里。なんで来るんだし」
やっぱり。
突然現れたあの方は、私の親友と冷戦中のお姉さんでした。
「彩美さんお久しぶりです!」
「見たよーあの新刊。面白かった」
「次は七月の下旬だっけ?」
「相変わらず早いですねえ先輩」
三年生の先輩方が親しげに集まっていく。以前の部長とは聞いていたけど、ここまでとは……。
「えーっと、センセイ?なぜこちらに?」
先輩の一人が疑問をぶつける。すると、彩美さんはこう答えた。
「そんなの、可愛い後輩をヘルプしに来たに決まってるでしょ」
「「「「「ヤッタ―――――‼‼‼」」」」」
「ね、先輩たちなんであんな喜んでるの?」
「さあ?」
「強力な助っ人とか」
「だといいね!」
騒然となる部室。あとで確実に文句を言われるだろう。
っと、それは置いといて。
「……亜衣、大丈夫?」
沈んでいる亜衣に話しかける。そりゃあビックリだろうなあ。冷戦中のお姉さんが、部活に来たんだから。
「おおい、あーいーさーん?」
「今日はツイてないわ……」
「……じゃ、続きをドーゾ、現部長さん」
「はいはい了解しましたっと。
ゴメンねみんな。そこの人はあとで説明するから、会議に戻るよ。座ってー」
「「「はーい」」」
よくわからないが、とりあえず笹川先輩のほうに注目する。
ホワイトボードに書かれた、活動費調達の大きな文字。
「みんながそれぞれバイトするのもアリだけど、それじゃあ効率が悪いので。
文芸部らしい調達方法でいこう!」
「それって、つまり?」
「色々なコンクールに小説を応募したり、部誌の制作を拡大したり」
【いったんストップします】
「まずは確認から。
この中で、応募経験のある人は挙手」
笹川先輩に言われ、私は右手を挙げる。うなだれたままの亜衣も。
「……八割ってとこかな。よし、じゃあ次。
一次選考を通過した人?」
その後は二次選考、最終選考と続き、挙がる手の数はどんどん減っていく。
私は最終選考まで、亜衣は二次選考までで手を降ろす。
【またまたストップ】
「最終選考が一割……思ったよりも成績良いみたいだね。一安心。
では最後の質問。最終選考も通過し、賞を取った人はいる?」
私は最終選考で落ちてしまったので、少し落ち込む。通知が届いたときはうれしかったけど、後になってみれば、もう少しだったのにと、それしか思えなかった。
私の更に上をいく、最終選考を通った人は……
「三年が二名、二年も二名、一年が一人か……。
大丈夫。これならいける」
それをみた笹川先輩は不敵に笑う。
笹川先輩は、何を考えているんだろう。
前から知りたかった。
生徒会長に味方する理由、資金ゼロでも文芸部を続けたい理由。
よく分からない人だなあ……。
「OK 最初に言ったように、みんなには、創った小説をコンクールに応募してもらうよ。
手短に、ある出版社のコンクールが丁度期末テストの頃だから、当分はそれに専念してね。
で、ここでやっとゲストの登場ってわけ。彩美さん、あとは頼みました」
「あいよ。―――文芸部員のみんな、こんにちは。二年前、文芸部の部長やってた戸塚彩美。今は専門学校に行ってて、作家活動もしてるよ。いろいろとあって、ちょくちょく顔出すんでよろしくねー。あ、そこで死んでる亜衣の姉だよ」
「以上、最近売れ出し中の作家さんでしたっと。読んだことない?『朝顔の観察、現実的に進む恋心』とかさ。最近だと『四つ葉をみつけたおんなのこ』が刊行されたんですよね?」
「さっすが、アタリさ」
彩美さんの、ちょっと満足げな表情。笹川先輩と似ていた。
ていうか、さっき、『朝顔の観察、現実的に進む恋心』っていってた?それ……読んだ!
「あのっ、私、読んだことありますっ!」
思い切って少し大きめの声で言ってみた。みんなの視線が一気に集まってくる。
いつもだったらひるんじゃうけど、今はそんなこと気にしていられない。本に関することなら……全然平気!
「彩美さんの―――天色アオイさんの小説は全部!」
ちょっと、嬉しかった。好きな作家さんに会えたことじゃなくて、たくさん人がいる中で、離れたところにいる人に話せたことが。
私は、変わったのかな?他人からすれば当たり前かもしれないけれど、とても嬉しい、今の自分。
「アオイ……そっか、君は読んでくれてるんだ。お名前は?」
「え、えっと……?」
だめだめ、自分から話したんだから、きちんと答えないと。それにこの人は……あの、天色アオイさんなんだ!
「白野恵里、です!」
「ん、恵里ちゃん?もしかして亜衣の友達って子?次の小説に出てもらえない?名前は変えるからさ」
…………え、えええ⁉私っ!
「はーい彩美さーん、うちの子を勧誘しないでくださーい?」
あたふたしてたら、笹川先輩が止めてくれた。正直、ちょっとほっとしたよ……。
「あ、真帆ちゃんも出るからね?美紀ちゃんと風花ちゃんも出るんでよろしく」
……先輩方も?
「あー、なんとなく分かりました。つまり、実体験をってことですか?メインは誰にするんです?」
実体験……笹川先輩の?どうして私が?
「そんなの決まってんじゃん。アイツだよ?」
「ま、さか……。立ち直ったんですか?まだでしょう⁉なのにどうして
「真帆ちゃん、後でちょっと話したい。だから今は文芸部に専念してて。あたしは帰る」
「……っ」
「失礼しましたー」
そう言って、彩美さんは帰ってしまった。
「……」
「ま、真帆……?」
「……ごめん、取り乱した。もう大丈夫。
―――さ!気を取り直してジャンル確認から始めるよっ!」
部室の空気は一見明るくなったように感じた。
たぶん、みんな気を使ってる。
文芸部に暗い雰囲気は似合わないと。
そう言っていたのは誰ですか?
私たちに気を使っているようだけど。
逆効果だと気づいてますか?
あなたたちの過去には一体―――
何があったのですか?
【以上です。長々と失礼しました!】
「氷雪、早いよ〜。まだ書いてるのにー……………よしっ!終わったぁ〜〜!」
「よかったじゃん、あえかちゃん」
「麻美先輩、やっと終わったのにちょっと冷たいですよぉー」
「あえか、早く校閲に持っていかないと、明日締め切りでしょう?」
「氷雪、それ早く言って!」
今、私の部屋にいるのは、麻美先輩、和希先輩、氷雪の3人。私、あえかはたった今、出版予定の物語が書き終わったところだ。
「あえかちゃん、麻美はもうすぐコンクールだから、そのことでいっぱいなんだよ」
あぁー、だから上の空だったのか。
「ねぇ、あえか。ペンネーム、教えて」
「あ、そっか。今、氷雪と美雪以外知らないのか。えっと、『青島 美希』でーす!」
「分かったー。じゃあ、超楽しみにしてるよ!」
「えぇーー!そんなに期待しないで下さい!」
「じゃあ、時間だから帰るねぇ」
「あっ、私も帰るね」
「はーい、バイバーイ!また明日ー!」
先輩たちと氷雪は帰った。
「相変わらず、氷雪は書くのが早いなー。推理小説なんて結構めんどくさいのに。流石優等生」
「何で、捕まってるの?」
「――黒髪、黒い瞳…。そなたはどこから来た?」
言葉が違うのに、何で言ってることが分かるんだろう?
「どこって言われても……ここは【日本】ですか?」
「二ホンとは?」
え……。服装は完全に日本なのに!和服なのに!あっ、でも……髪と瞳が違う。こんな色日本人はありえない。
〔ちょっとストップ〕
〔止めてすみません!続き〕
「まぁ、いいだろう。私が面倒を見る。名前を言え」
「私は青井茉莉です」
「そうか。茉莉、くれぐれも会長に捕まらぬようにな」
え、何で?それが顔に出ていたのだろう、答えてくれた。
「会長は『処刑』という地獄のようなことをするからな。会長に逆らったらもう終わりだ」
もうすでに地獄のような生活が始まっていたことを、その時の私は気づいていなかった――
ある日の放課後。私白野恵里はある人物に呼び出され、屋上への階段を上っていた。
これから、何が起こるんだろう。呼び出しの手紙、差出人不明。理由も不明。
ほんの少し暗いこの空間に、靴音はよく響く。
私は―――
―――なーんてことはさらさらなくって、ここは普通の公園。
私は、木製に見せかけた金属のベンチに座っていた。近くには親友の―――もう親友って言っても、いいよね?―――亜衣もいる。
呼び出しを受けたというより、呼び出した側かな?
そうなんです。私たちは今、とある二人をお待ちしているのです。
超有名人のお二人ですよ。知らないという学園生はいないでしょうね。
「恵里っ、急いで、公園っ!」
いきなり言われた。驚いたどころの話じゃない。
慌てつつも問い詰めて問い詰めて、やっと分かった。
どうやら、準備が整ったようです。
ちょっと気になって、亜衣に質問した。
「どうやって呼び出したの?」って。
そしたらね、亜衣は、あっけらかんと笑ってこう答えた。
「んっとね、【ラブレターを渡すための、古典的で典型的な代表例】って言ったら通じる?」
つまり。先輩方の靴箱に手紙を仕込んできたんですね……。よく考えるなあ、亜衣は。
とにかく、【ラブレター】で指定した時間まであと10分をきった。
もう、後戻りできないんだ。
そう実感して、改めて事の重大さに気づいた気がする。生半可な決断でしていいことじゃない。みんなを、裏切ることになるかもしれない。
それでもいいの?私なんかに、そんな覚悟がある?
亜衣が計画者。私は協力者であり、共犯者であり、発案者だから。
いいですか?風花百合香生徒会長?
女王陛下には分からないでしょうね。
私たち下っ端の努力と結束力。
文芸部きってのグリム童話好きが教えてあげる。
物語をより感動的なハッピーエンドにするにはね、一度暗闇にいくといいんだって。
灰かぶり姫も髪長姫も白雪姫も人魚姫も、みんな暗いどん底から抜け出した。
なら、私たちも大丈夫。
暗闇なら、もう慣れたから。
私をE組に降格しますか?それは、私にとってただの里帰りですよ?
「……」
亜衣が小さく笑ったような気がした。
「……きっかり五分前行動ですか?白羽学園生として手本となりますね、先輩方」
「亜衣?」
「恵里、いこっ。賓客様のお出迎え!」
いつになく元気な亜衣が、少し羨ましい。
私も、慌ててゲストの方へ駆け寄った。
どうかこの想いが届きますように
(遅くなり申し訳ございません!続きになります)
「……もしかして、これ二人の?」
「正直、また処刑関係かと思ったんだがー?」
色白でかわいい先輩と、すっごい睨んでくる先輩。先日のことで一躍有名になった、板橋先輩と松葉先輩です。
今回のゲスト、御登場というわけ。
「初めまして、1年D組の戸塚亜衣です。こっちは―――」
「ぁ、白野恵里と申します……」
「ご丁寧にどうも。知ってるだろうけど私は板橋麻衣。よろしく」
「2−E、松葉。よろしくするつもりはないからな」
なんか……物凄い警戒されてるなあ。
こんな状況で、ひょうひょうとしていられる亜衣は何なの?
「で、こんな手を使ってまで私たちを呼び出した理由を教えてくれない?」
板橋先輩の視線は相変わらず厳しい。私は、黙ったまま縮こまることしか出来ない。
「……簡潔に言うとですね」
「協力者になりませんか?」
松葉先輩の顔に驚きの色が見えた。しかし、何も言わない。
亜衣が、その沈黙を破った。
「メリットもデメリットもあります。先輩方が拒否されるのなら、それでこの話は終了です。どうしますか?」
面白いことを見つけた、という小さな笑みは、彩美さんとよく似ていた。
でも、いつもの亜衣ではない大人びた表情は、あまり見ていたくない。私が知らない亜衣を見るのは、ちょっと怖い。
……しっかりしなきゃ。私が発案者だってことを忘れちゃいけない。
「ならもう解散だな。俺らはお前たちと組まない」
きっぱりと言われた。亜衣は少し悔しそう。
私が言い返さなきゃ。
「いいんですか?メリットもあると、先ほど申しましたよね」
私たちの切り札はコレ。
学園での革命が有利になる、いくつかの情報。
一部教えられないこともあるけど、それ以外なら―――この人たちなら。
本当は、切り札を使いたくなかった。だって、そうすると、『あの人たち』の過去を広めることになるから。たった数人でも、嫌なんです。
でも今は、そうしないと意見が通らない。何としても避けたいんです。
「……じゃまず、デメリットは?」
板橋先輩が聞いてきた。やっぱりそっちからなんですね。
これには亜衣が答える。
「会長にばれる確率が上がるおそれは、無いとは言えません。」
「そりゃそーだ。芋づる式になったら元も子もない」
松葉先輩の的確な言葉が返ってくる。
「メリットは?人数が増える以外に何かあるの?」
「情報交換、です……!」
これならいける。自信をもって答えた。
「学園の中には、いくつかの派閥が存在していますよね―――
会長さんに賛成する人、私たちのように反対する人、中立の立場に立つ人。
でもそれだけじゃないんです。極々少数派ではありますが、
『会長さんに賛成しながらも反発する方』
がいるのをご存知ですか?私が知る範囲では……学園内、それも生徒会に2人と、学園外に1人います。
―――もう一度お聞きします。どうしますか?」
「……」
先輩方は、さすがに驚いたようだった。
「情報ありがとね。でもごめん、すぐには決められない」
ハーフアップの髪が左右に揺れる。
ちょっと、残念だった。
平均的な学校と比べ、一コマの授業時間が長い白羽学園では、合間の休み時間も多少長めに取られている。次の授業で使用する教材を机上に並べ、不備がないか再三確認してもかなりの時間が余るほどだ。随分ゆとりのある休み時間を、成績優秀者の集まりであるA組は揃って勉学に有効利用しているのかというと、実はそうでもない。
方や、天賦の才だけで高度な知識をいとも簡単に理解する者。方や、血が滲むような努力を以てA組の座にかじりついている者。あるいはそのどちらでもなく、何かしらの特例によってA組への在籍を許されている者も存在するかもしれない。現在の成績に至った背景が個々によって違えば、休み時間の使い方も必然的に多様化する。よって天下のA組も、他のクラスと比べればさほど変わらない教室風景となるのだ。
閑話休題、A組教室の休み時間にて。椎哉は自分の席に座ったまま、しきりに鉛筆を紙上で動かしていた。傍から見れば自主勉強をしているようにも見えるが、よく観察すると時折自分の手帳に目を移しては電卓を叩いている。そんな彼の違和感に気を引かれ、声をかける同級生がいた。
「おや、北条副会長。何かご用でしょうか」
「そういう訳じゃないんだけど、さっきから何を計算してるのかと思ってね」
「これですか? 前回の期末考査の平均を割り出していたんですよ。次の考査もそろそろ迫ってきていることですし」
「前回って、安部野君が前にいた学校での成績?」
智は首を傾げた。つい先日まで学園を休学していた彼も、椎哉が新年度からの転入生であることは百合香からの情報で知っている。ならば椎哉が言う「前回」とは、彼が前年度まで通っていた学校での最終考査なのだろうと予想した。しかし、ここは地方でもトップレベルの進学校。椎哉の出身校がどこかまでは把握していないが、並大抵の高校のテストでは、この学園での考査の対策材料にはなり得ないはずだ。
そんな彼の疑念に気付いたのか、椎哉は手帳の一ページを開き、智に見えるようにして掲げる。その罫線上には人物名、クラス、そして五教科の点数と思しき数字とその合計が、上から下までびっしりと埋まっていた。
「いいえ、前回というのは『白羽学園の前年度最終期末考査』のことです。生徒会たるもの、生徒の皆さんの成績の推移を把握し、より効率的な学力向上の助力に努めなければいけないでしょう?」
「生徒の皆さんって……まさかこれ全部、全校生徒の前回の点数かい?」
「ええ。精密なデータを得るには、正確な値が必要不可欠ですから」
言いながら椎哉は手帳を智に見せたまま、もう数枚ページをめくる。新たに開かれたそこにもやはり、生徒一人一人の成績が同じように綴られていた。
(続く)
(続き)
元よりこの学園では考査終了後、得点順に並べた成績を個人の名前付きで掲示するのが定例だ。加えて処刑制度が執行されてからは、「見せしめ」目的で最下位の生徒名まで発表されるようになった。そのため、椎哉が全校生徒の点数を把握していること自体になんら問題はない。だが、学園内での公開が許されているとはいえ、一歩間違えれば生徒個人のプライバシーにも関わる情報が、一冊の個人手帳に全てまとめられているというのはいかんせん不気味である。
図らずしも覚えた底気味悪さを表に出さないようにしながら、智は苦笑交じりに自分の感情を誤魔化した。
「そ、そうなんだ。熱心なのはいいけれど、その手帳を外で落としたりしないようにね」
「心配には及びません。ベルトに繋いだストラップをつけていますので、不注意で紛失することはまずあり得ませんよ」
「なら安心だけど……。ところで、平均点をまとめて何か分かったことはあった?」
「そうですね。やはり目立つところと言えば、クラスごとの成績格差でしょうか」
椎哉は開いていた手帳を制服の内ポケットにしまうと、今度は鉛筆を走らせていた方の紙を見せる。書かれていたのは各学級別、学年別、学年を無視したクラス別、そして学園全体の平均点をまとめた統計表だ。そのうちクラス別の点数に注目すると、A組から段々と下るように平均点が下降していることが分かった。尤も、この学園ではそもそも成績を基準にクラス分けを行うため、このような結果になるのは必然なのだが。しかし椎哉はそれだけで話題を完結させることはせず、表の下の空白に簡易的な棒グラフを描きながら話を進める。
「A組からC組までは問題視するほどの点数ではありません。しかしC組とD組を比較すると、それまでと比べて点数の開きが大きいのです。さらにD組とE組では、その格差がより顕著に現れています」
「本当だね。グラフの先端を線で結ぶとさながら放物線みたいだ。つまり、学園全体の平均点が下位の二組によって著しく下げられているってことか」
「仰る通りです。加えて、D組とE組の成績を一人一人確認してみたところ、D組の一部とE組の多数の生徒が学園の平均点を大きく下回る成績でした。このように大多数の真面目な生徒が、ごく少数の不真面目な生徒によって足を引っ張られるということは、由々しき事態なのではないかと僕は思います」
成績劣等生への懸念を以て話を結論付けると、椎哉は鉛筆を置いて智の方に顔を向ける。真っ直ぐな目線で相手を見据えると、智へ一つの質問を投げかけた。
「この二組の成績不振を改善するため、生徒会としては何かしらの対策を取る必要があると考えています。そこで一つお聞きしたいのですが、北条副会長はD組、E組の成績向上を妨げているものは何であるとお考えでしょうか?」
「成績低下の原因、かぁ……」
智はしばし目を細めると考え込む動作をする。骨ばった細く白い手が、紅い唇に触れている。白い手先の長い爪に、椎哉はその間視線を移していた。
「……もしかしたら……そうだねぇ、やっぱり百合香に手出しをする様な人間が多い事じゃないかな」
ゆっくりと口を開き言うと、智は軽い笑みを浮かべる。彼の笑顔は非常に優しげで、穏やかで、そしてどこか女王と似ていた。
「と、言いますと?」
「ほら。百合香の定めたルールを破る人間がいたら、僕らはその人間を処刑しなきゃいけないだろう? 学園の平和の為に、そして百合香の為にね。でも処刑にばかり気を取られてしまうと、やっぱり勉強に専念できなくなる人も少なからず出てきてしまう……B組やC組の人達にしたら、処刑制度は適度なストレス発散になるんだろうけど。D組辺りになってくると、処刑だけに全力を注いでしまう人達がちらほら現れるみたいだね。……どうしたものか……百合香に逆らう人間をなるべく減らせればいいんだけど……」
饒舌にこう話すと、再び智は目を細めた。
椎哉はその様子をごく冷静に見つめている。……しかし、内心この副生徒会長に薄気味悪さを感じていたのは言うまでもない。
彼の話は要約してしまえば、『百合香に逆らう人間がいなければ、処刑も発生しないし成績問題も解決する』ということになる。あくまで彼にとって、全ての原因は女王に歯向かう反逆者であった。女王の定めた規則に逆らえば、処刑されるのは当然だ。ならばどうやって反逆者を減らそうか……その話は、『百合香は何一つ間違っていない』という前提のもと成り立っていた。今の処刑制度には何の疑問も感じていないのだ。
「……特に百合香に平手打ちをする様な生徒は見逃せないなぁ……何か対策をとろうか、どんな形であり百合香が傷つくのは何より辛いしね」
「ふむ……しかし、成績不振についても解決を優先させるべきでは? 風花生徒会長の安全が第一なのは同意致しますが」
心にも無い言葉を並べ終えた椎哉の目を、智はすっと覗き込む。やがて、くすりと微笑んだかと思うと、暖かな笑顔を保ったまま平然と言い放つ。
「まあ、いいじゃないかそんな事は。だって、百合香が一位なことには変わりないんだから」
「…………なるほど」
その直後だった。席を空けていた百合香が教室へと再び戻ってきたのだ。
その美しい顔に、普段の笑顔はどこにも無かった。
「皆さん、少々聞いてくださるかしら」
A組の生徒達は一斉に百合香に視線をやった。百合香がこうして教室内で発言することは決して珍しくはないが、ここまで重苦しい雰囲気を醸し出すことは早々にない。智はというと、百合香の方へ歩み寄り、不安げな表情で彼女の様子を伺っている。
百合香はそんな智をちらりと見ると、大丈夫よと言うかの様に若干表情を和らげる。
2人の間にはやはり何かしらの信頼関係があるのだろう。何かしら異常なまでの。
「木嶋さんが……お亡くなりになったそうです、白羽病院で」
真っ先にしたのは、1人の生徒が立ち上がる際の机の揺れる音だった。
「……何ですって?」
「木嶋さんが亡くなったのよ、月乃宮さん。……仕方ないわ、あの状況下なら何か重い症状を患わってもおかしくないもの」
「だって、そんな……姉さんがついていたのに……!」
あの冷静沈着ないばらが、ここまで取り乱すのはそれこそ滅多にない。周囲は驚きを隠せない様子だったが、百合香の方は一切動じていなかった。
姉の診ていた患者が死んだというのは、やはり妹にしては受け入れ難いのだろうか。
「そうね……大変残念な事だわ。まさかあの白羽病院で、ね」
「……何かしら? まさか貴方、姉さんを疑ってるんじゃないでしょうね?」
いばらが荒々しい足取りで百合香の元に歩み寄った。彼女の瞳は更に鋭さを増し、その目はしっかりと百合香の姿を映している。
百合香の顔つきもまた、どことなく悪しきものがあった。まるで目の前の相手を見下したかの様な。
「別に……疑ってるわけじゃないのよ、月乃宮さん。ただ、あくまで視野の範囲に入れているだけで」
「いい加減にして!!」
百合香の声を遮り、いばらは大声をあげた。百合香の傍らにいた智が、目を見開いたのが見える。
「貴方は……どうしていつまでもそう悠々としていられるの!? 彼女だって貴方が余計な手出しをしたのはほぼ確実でしょう!? 彼女だけじゃない……今まで何人もの人を殺しておきながら、貴方はまだ自分の罪を擦り付ける気!?」
静まり返った教室に、ただいばらの声が響いていた。
いくら寄付金絡みの件があるといえ、ここまではっきりと逆らってしまえばどうなるかはわからない……処刑まではいかなくとも、何かしら罰を受けることになってもおかしくはなかった。誰もが息を潜めて見守る状況の中、百合香は静かに溜息をつくと、その口を開いた。
「月乃宮さん……私は誰も殺したことはないわよ? ましてや、誰かを傷付けたことも……」
「……じゃあ、天本さんの件はどう説明するつもり? 風花さん」
天本という名に、椎哉が少しながら反応した。しかしそれに気づいた者は恐らくこの教室にはいないであろう。
「天本さん? ああ、あの広報部の……」
百合香はそう呟くと、やがてまた笑顔を浮かべる。いや、笑顔というよりは口元を歪めたに近い。その黒い瞳は笑ってはいなかったのだから。
「私が彼女を追い詰めたと決めつけるのはあまりにも不道理だわ……自殺未遂を私の責任にされても、私は何も出来ないわよ? あの件は誰も悪くないの、天本さんが考え過ぎてしまっただけ……」
「貴方は……何も感じないの?」
いばらのその問いかけに、女王はしばらくの間黙り込む。彼女の姿を黒い瞳で見据えると、途端に普段通りの笑顔を浮かべた。
「感じるって……何を?」
がん、と、頭を強く殴られたような気がした。
「処刑制度」などというくだらない規則が確立してから早一年以上。ある者は暴行の末に再起不能の体となり、ある者は精神を蝕まれた後に自ら命を絶ち、ある者は何の動機もなく突然行方不明となり、ある者は家族もろとも不可解な死を遂げ……。数え出したらキリがないほどの犠牲者が、決して長くはないこの期間で次々と積み上げられていった。だが、制度を取り決めた当の百合香はというと、ただ犠牲者を憐れむ姿勢を見せるだけで、処刑制度や自分の裁定を省みることは一切しない。それどころか「悲劇」の原因は飽くまで自分には存在しないと、犠牲者本人やその周囲の人々を盾にしながらのたまってみせるのだ。
学園の風紀、生徒一人の命や人権、そして自分の大切な家族を冒涜され。しかし抗議の応酬は、まず抗議自体の意味が分からないといった当然顔で。まるで人間の価値観が通用しない宇宙人を前にしているような感覚に、流石のいばらも言葉を失う他なかった。――この女には、何を言っても無駄だと。
「落ち着いてください、月乃宮風紀委員長。あなたのご姉妹がそのような真似をするような方でないことは、僕も存じております」
「安部野くん……」
百合香に対して激昂している間に席を立ったのだろうか。いつの間にかいばらの斜め後ろに立っていた椎哉が、落ち着いた語調で声をかけてくる。姉の名誉を擁護してくれるような台詞にいばらは僅かに安堵し、しかし同時にそれ以上の不快感を抱いた。何しろ椎哉は彼女から見て、ある意味では百合香以上の不審の塊であったのだ。
転入して間もないにもかかわらず、学園に貢献したいという理由での生徒会入会。生徒会への忠誠を誓っているかと思えば、一概に百合香の益にはならないような言動も行う付和雷同さ。彼にとっては赤の他人であるはずの、天本千明の病室への訪問。そんな怪しい行為を積み重ねている人間に庇われたところで、裏で何かを企んでいるのではないかと勘ぐってしまうのが正直な心情である。
そんないばらの心情をよそに、百合香の意志を支持するようにして、今度は智が椎哉の言い分に異を唱えた。
「月乃宮さんの気持ちは分かるよ。でも、どんなに優秀な人でも医療ミスをすることはあるんじゃないかな」
「確かにその可能性も否定はできませんね。ですが。外因なく木嶋さんの様態が悪化しただけという可能性も同様に存在するでしょう」
「とは言っても、あの白羽病院だろう? 様態が急変したとしても、即座に対応できる技術や人員が揃っているはずだよ。それに、百合香だってそう言ってるし……」
「……まあ、僕たちがここで言い争っても、木嶋さんの死因が判明するわけではありません。餅は餅屋、死者は医者に任せておきましょう」
(続く)
(続き)
智の主張から僅かに間を空けて、討論の中止を椎哉は提案する。彼の言う通り、専門的な医学の知識を持たない学生が、見てもいない死者の死因を推測するのは無謀だろう。姉の名誉にかかわる議論が流れてしまうのは不本意だが、その一点に関しては流石にいばらも賛同した。これでいばらと百合香の一触即発は解消されたと、教室にいた生徒たちは安堵のため息をつく。
「皆さん、お騒がせしてごめんなさいね。木嶋さんのお葬式などのお知らせは、決まり次第また連絡しますから。それでは……」
「お待ちください、生徒会長」
「……何かしら、安部野くん?」
一礼して教室から立ち去ろうとした百合香を、議論を中止させた張本人である安部野が引き止める。訝しげな声色を若干含ませながら、それでも相変わらずな笑顔のまま百合香は振り返る。対して椎哉は、やはりいつも通りの微笑みを浮かべながら、目尻の下がりが浅い彼女の表情を見据えた。
「先ほど、月乃宮風紀委員長との会話に出てきました『天本さん』について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
途端、日常的な雰囲気に戻ったはずの教室に再び緊張が走る。先ほどの険悪な会話の内容から、「天本さん」が処刑によって葬られた犠牲者の一人であること、つまり百合香がいるこの場にとって地雷とも言える話題であることは、学園に転入して数ヶ月経たない生徒でも理解できるはずだ。にもかかわらず、そんなデリケートな質問を遠慮もなしに投げかけた椎哉の蛮勇に、周囲の生徒たちは勿論いばらと智も目を見開いて驚愕した。その中でただ一人、百合香だけが笑顔を崩さずに返答する。
「それは今、聞かなければいけないことかしら?」
「いえ、回答に急を要するような質問ではございません。しかし月乃宮風紀委員長がああも取り乱していたとなると、よほど重大な事件だったのだろうとお見受けします。そのような出来事が過去にあったなら、僕も生徒会の一員として知っておく義務があるのではないでしょうか」
――あなたが知る必要はない。――いいえ教えてもらいましょう。
譲る気はない本意を敬語というオブラートで厳重に包み、互いに言外で牽制し合う。厚い仮面を被った二人同士のプレッシャーは、教室の空気を不必要に研ぎ澄ますのだった。
1.真空玲奈の特等席
ただ何となく歩いていたわけじゃない。直接的、間接的、二つの目的を持ってそこに向かっていた。
木陰に隠れた木のベンチ。あたしだけの特等席。
なのに。
誰かがそこで眠っていた。肘掛けに倒れこむように居眠りするそいつは、おそらく別のクラスか違う学年。見たことのない顔だった。
あたしはその時イラついてて、呟くようにこう言った。
「It is my ringside here.Would you get out,Mr.doze?」
寝ているし、起きていてもたぶん通じないだろうな、と思っていた。
でも違った。そいつは答えてくれた。
「I am sorry.But It is my ringside here,too.And I am not『doze』.」
驚いた。そして、それ以上に嬉しかった。
クラスの誰に言っても通じないであろう英語が通じた。たったそれだけであたしは直観的に思った。
『こいつはきっと話が合う』って。
「……とりあえず、どいてもらっていい?」
彼は目をこすりながら場所を空けた。
このベンチは三人掛け。二人で座っても間はある。
「で、ここは僕の特等席って言ったよね?」
まだ寝ぼけてそうな顔。寝不足なのか?
「その前に、あたしの特等席ですがって言ったでしょ」
あーはいはい、というマヌケな返事が返ってくる。男子にしてはやわらかめの声だった。
ちょっと意外。もうちょいシャキッとしてそうなイメージだったのに。
「じゃ、僕ら二人の特等席ってことで。あ、でも所有権は僕だからね」
勝手に言われた。とりあえず嚙みついておく(慣用句的表現)。
「ひっどい!唯一の逃げ場所なのにっ」
言ってから、あっと思った。しまった。本音が少し混じっちゃった。
「逃げ場所?」
彼は目ざとくそれに気付く。
「……そ、逃げ場所。何か?」
お願い、何も言わないで。あんまり人に言いたくないの。
そんな思いは伝わったのか、彼は興味なさそうにまた目を閉じた。
あたしは安心して伸びをする。グーッと腕を伸ばしたら右の指先が樹にぶつかった。……地味に痛い。左手でさすりながら樹をにらんでおく。
「……」
「……ねえ」
「んー?」
「ここがあんたの特等席って、いつから?」
「僕が入学してから数ヶ月かなー」
今は六月の中旬。あたしがここに通うようになってから彼に会ったことは無い。
そう話したら、彼は溜息混じりで答える。
「あー……部活が忙しくて、時間がなくってさあ」
「何部なの?」
「……一応、文芸部」
……文芸部っ!?初めて聞いたんだけど!
「文芸部なんて、うちの学校にあるの!?」
「え、ああ、そうだけど」
「転部したいっ」
「そりゃまあ大歓迎ですけど……」
「〜〜〜っ!」
チャイム音が鳴り響く。
いつもなら、憂鬱になるだけの無機質なその音。
確かに授業は嫌だけど。でも今は気にならない。
あたしの特等席は無くなったけれど、気の合う話し相手が出来たから。
その後あたしは、名前聞いてないや、と気づいた。
わたしはその原稿をバサッと机に置いた。滝ちゃん(センパイ編集者さん)が怪訝なカオしてるけどそんな場合じゃナイんです!
文香さん(わたし)は今現在、ひっじょーに興奮しているのですよっ!
コレは、わたしが担当している作家さん――天色アオイさんの原稿です。最初の方だけ出来たということで見てましたが……『真空玲奈』ちゃんて、センセイがモデルですよねぇ?なんか、授業が嫌みたいだけど、センセイは超絶優等生ですよね?なんでなのぉ……?
頭に付けたパステルグリーンのリボンをいじりつつ考えるけど、んと、やっぱ無理ぃ!
こーゆーのは本人に聞くべきですよねっ。
よし、そうと決まれば早速センセイに電話しよーっと。
……ん、スマホケースについてる飾りがとれそうかもぉ。むー、ウチにあるかな手芸用ボンド。……じゃなくてじゃなくて。電話だってば!
その後わたしは
『そのうちわかるよー♪』
なんていう、イタズラゴコロ満載な言葉をもらい、更に悩むことになりましたっと。むむむむむ……うあっ、リボンが左に傾いちゃったし!
「安倍野君、あんまり百合香を困らせるのはだね……」
「いえ、いいのよ智君……彼にだって知る権利が無い訳ではないわ、天本さんの件については」
椎也を制そうとする智の言葉を遮り、百合香は真っ直ぐに椎哉を見た。相変わらず彼女は微笑んでこそいるものの、その目はやはり目の前の相手を軽蔑し見下している様に伺える。張り詰めた空気の中で悠々と立ちすくむ女王の周囲には、無数の薔薇の棘がちらついた。
「そうね、まあ……良いでしょう……ある程度なら……」
一人呟いた後、百合香は数歩足を進めた。不敵に微笑む椎哉に近寄ると、改めて彼の瞳を覗き込む。
「では、お話ししてくださるんですか?」
優しげな筈の彼の声も、今の百合香にはどこか耳につく。その穏やかな顔の中に、一体彼は何を隠し込んでいるのか。今の百合香にそれを知る術はまだ無い。
「簡単に、だけれどね? 全部話していたら休み時間が終わってしまうわ……昔、広報部という部活がこの学園にあったのは、貴方もご存知?」
「ええ、勿論……昨年度までの予算資料もある程度拝見させていただきましたので」
「なら良かった。その部活の部長として活動していたのが、天本千明さん。彼女、とても優秀な人だったのよ? 正義感が強くて、いつも真っ直ぐな……私も彼女には期待していたの。それなのに……」
自分は無関係とでも言いたげな口振りでそこまで言うと、百合香は憂いげに溜め息を吐いた。彼女の表情の陰りは、果たして何を意味してのものなのか。
「――彼女、ちょっとしたトラブルで精神が不安定になってしまったのよ。周りにも冷たくあたる様になってしまってね? それが新聞記事にまで影響して……周りも手に負えなくなってしまったの。仕方が無いから広報部は一旦活動停止にして、彼女が落ち着いてくれるのを待つことにしたのよ。……だけど……」
やがて百合香は、白いハンカチで目元を押さえ始める。見かねた智は、百合香にゆっくりと歩み寄ると、その背中を優しく撫でた。
「まさか、あんな事に……あそこまで思いつめていたなんて……」
「大丈夫、百合香は悪くないさ……百合香は正しい事をしたんだから」
それは本当の事情を知る者からすれば、非常に滑稽な茶番劇であっただろう。その茶番劇を良く思うか悪く思うかは人それぞれではあったが。少なくとも大多数のクラスメイトは、なかなかの誤魔化し方だと考えたに違いない。
「……生徒会長、ありがとうございます……申し訳ございません、辛いことを話させてしまって。僕の配慮不足でした」
椎哉は詫びを入れ頭を下げるものの、彼の本意など周りは誰も知らなかった。当然の事だ。皆、彼があの天本千明の関係者だなど少しも考えはしないのだから。
「いえ、大丈夫……ごめんなさいね、みっともない姿見せちゃって……智君も」
「百合香がみっともないだって? 君はいつだって凛としてるじゃないか……たとえ今みたいに泣いててもね」
百合香を宥めるように言う智に、女王は涙を拭いた顔でくすりと微笑む。
「あら、智君……いつからそんなにキザになったの?」
百合香が立ち去った後の教室には、再び普段の騒がしさが戻った。
「はぁー……」
「……しょうがないよ、ね?」
「ん、でもなぁ」
先日のことでテンションがイマイチな亜衣。溜息のくせ、移ったかな。
「マグネット、全員はったー?」
先輩の声が聞こえてくる。大変、早くしないと。
そう思って私は亜衣の手を引き、ホワイトボードへ向かおうとする。抵抗されたので、ほんのちょっと強めに。
「ほら亜衣、行くよっ」
「恵里ちょいストップ手え痛いからっ」
「大丈夫、私の握力は20だよ」
「絶対違うって!あんた壊れたヤツで量ったでしょっ」
ひどいなあ、本当に20なのに。
まあとにかく今は、亜衣を連れていくべきだ。
「漫才はいいから急げー」
「ご、ごめんなさい!」
ほら言われちゃった。残念だね亜衣さん。
本格的に活動を始めた文芸部。今日はネタ合わせの日です。
出版社に応募することよりも、本当は、部誌の発行・販売がメインなんです。
ジャンルごとに集めた部誌を何種類かと、長編連載もの、投票結果集なんてのもある。
その中でもストーリーや設定、キャラなどが被らないように合わせるのがこの日。
私はいつも通り、日常系小説を書くつもり。というか、それ以外にネタがない。
日常系は人数が少ないけれど、内容がどうしても重なりやすい。だから私は設定に工夫してるわけだけど……
「よし、全員集合ね。じゃあ各自で始めてー」
笹川先輩の合図で、部室は一気に騒がしくなった。
「恋愛系こっちー」
「あ、連載中のはドア付近ね!」
「二次創作したいやつ!」
「言っとくけど、3L禁止!白羽生徒は純粋ちゃんが多いんだから!」
「そういうのは同人で書きますってセンパイ」
「異世界系書きたい人、チートか日常か転生か選んでおいてねー」
「ホラー書いてる方、いませんか!」
「こっちこっち、ロッカー前!てかミステリーは推理かホラーかはっきりしろ!」
「青春と日常は集まって話した方がいいよ、あと恋愛も」
「あの!青春で、恋愛要素アリなんですが!」
「名前決まったらボードにかけよ!過去の資料は棚三段目!」
「佐藤、田中、高橋、斉藤、高木、鈴木、山田、中村は使いすぎに注意!」
「ねえちょっと静かに!研究部に怒られたから!」
まあ、こんな感じにうるさいのが文芸部―――
「白野さんって連載じゃないよね?名前被ってないか確認しよ」
「あ、はいっ」
―――なんだろうな、と思った。
≪執筆予定作品≫
白野恵里 『こちらの原子が擬人化したとします。(仮題)』
戸塚亜衣 『トリップ女子は帰還を推奨、そして拒否(仮題)』
笹川真帆 『Make a school festival HERE,please!(仮題)』
えふぇwfwfwふぇwふぇwf
175:藤井美鈴 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/01(土) 15:06 「ハーイ!今から半音階のロングトーン始めまーす、8拍でーす」
「何で先生、いないんですか?」
「3人とも出張です。行きまーす、1、2、3」
コンクールまであと2ヶ月。課題曲はあと少しで完成だ。自由曲はやっと3分の1までいった。
「トランペット、少し高いから下げて!ホルンとクラ、音小さいからもっと大きくして!」
「「「ハーイ」」」
「パートで基礎練したと思うので、課題曲します」
コンクールの期日も迫っているというのに、今日はなぜか、顧問も部長もいない。顧問は出張だから仕方ないが、その上部長も欠席となると……。私の負担も考えて休んでほしい。
「クラとフルート、ピッコロ、Jから連符のところ転んでるから焦らないで。もう一回します」
「麻美先輩、ここ教えて下さい」
「ここは――」
1年生、これぐらいわかるだろう!?こんな簡単なのに!中学でも吹部でサックスやってたって言ったよね!?
――なんてことは勿論言わない。ほら、表面上は良い先輩だから、私。
「次、自由曲しまーす。前できなかったHの6小節目から、96でやります。少し早いけど頑張ってね!」
「えー」
「バス、みんなを支えるパートだから、指揮見て。それからパーカス、少しずれてるから気を付けて」
やっぱり自由曲は難しい。金管がメインだけど、木管のソロも多い。どうしようか――
「すみませーん‼遅れましたー!」
大声と共に、女子生徒が飛び込んでくる。ああ、遅刻の子か。誰だろ……って!部長じゃん!
やっと部長来たー‼救世主来たー‼ってことは――私の負担が減る―――‼
「あっ、部長来た!」
「おー」
「あとは部長!お願いします!」
「私、今来たばっかだよ!?」
「遅刻するから悪いんです。さっさと、準備してください!」
「は〜い、それまでやってて。そんなに時間かかんないけど」
「当たり前だよ!?トランペットでしょう!?……気を取り直して、Hからやりまーす」
「ハーイ」
みんなが真っ黒な笑顔なのはなぜ?と思いつつ、私もそうなっているだろう。
「部長、Hからソロまでやってください」
「「「やってくださーい」」」
真っ黒な笑顔、その理由は簡単。ただただ、部長をいじりたいだけ。
やってくれと言ったところ――Hからソロまで――は、一番難しいところ。遅刻したからと言って、そこの手本を見せてほしいと言っているようなものだ。いつも失敗して、笑われていていつも悔しそうにしている。今回もそうなるだろう。
「いいよー」
また、いつものところを間違える――と思ったが、間違えずにちゃんとできていた。
「え―――!?」
「何で‼」
何もかも完璧にできていた。1週間前までできなかったのに。
>>174 荒らしはやめましょうねー。迷惑になりますよー。
177:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/01(土) 18:28 「嘘でしょう?」
「何でだと思う?」
「練習したの?」
「当たり前じゃん。だって、ちょー悔しいんだよ?」
「ハイ。じゃあ、部長が来たのでまた、課題曲をしたいと思いまーす」
「「「ハーイ」」」
流石、部長。トランペットの音が良くなった。
あの1年生、役立たずだねー!コンクール、出ないでくれないかなー、表面上だけの奴がっ!音が雑すぎるんだよ!2,3年生の邪魔をするなー!
――勿論、表面上には出さない。
まぁ、いろいろあるが、楽しい……かな?――そう、思っていたらどうやら、お昼休みみたいだ。今日は1日練だから大変だ。
「1時に練習開始でーす」
「「「ハーイ」」」
上下関係はあるが、仲のいいメンバーでよかった――と思った。
(>>165-170と>>172の放課後、かつ>>173、>>175、>>177とこの話がほぼ同時と仮定しての話です)
赤みが混ざり始めた夕暮れ空を背景に、天に向かって高々とそびえ立つ白羽学園の学び舎。その一角、音楽室から聞こえてくるのは、多数の管楽器による騒々しい音色。恐らく吹奏楽部が個人で、あるいは楽器別に各々練習をしている真っ最中なのだろう。そんなことを思案しながら、剣太郎は校舎の、音楽室がある辺りをぼんやりと見つめていた。
かつては広報部に所属していた剣太郎だが、昨年執り行われた強制廃部によって、現在はどの部活にも所属していない。また、いたずらに学園やその周辺街を徘徊すれば、別の生徒にいちゃもんをつけられ、理不尽な恫喝や暴力を受けてしまう。学園に残る理由などなく、得られるものもなければマシな方。ゆえに終礼のホームルームが終わり次第、誰からも声をかけられないようにして速やかに逃げ帰る。それが現在、学園中から迫害されている剣太郎の、日常的な放課後だ。
――もしも、風花百合香が広報部を潰さなければ。あるいは部長の千明が、処刑制度や百合香に対する取材を諦めていれば。自分は今でも、部員たちと新聞を作り続けていられただろうか? 今のようなみすぼらしい思いを味わうことなく、青春の一ページを綺麗な思い出で飾れていただろうか? 溢れんばかりの後悔に塗れた仮定は、いつしか過去の情景を剣太郎に想起させていた。
◆ ◆ ◆
「部長、そろそろ深追いはやめた方がいいんじゃないですか?」
「そうですよ! このままじゃ俺ら全員、生徒会に処刑されてしまいます!」
広報部が強制廃部となる数週間前。青ざめた顔の部員たちが必死の剣幕で、千明に詰め寄る光景が部室内で見られた。当時はまだ百合香直々の声明こそなかったものの、部活動の妨害や度重なる嫌がらせなど、明らかに広報部の動向を良く思わない存在からの脅迫をじわじわと受けていたのである。遠回しの通達とはいえ、声なき牽制をそこまで受ければ、通常の人間は身の危険を察して自らの活動を自重するものだ。だが残念なことに、千明の精神は良くも悪くも非常に丈夫であった。
「大丈夫だって! 向こうに気付かれる前に、バーっとネタ集めてガーっと記事書いてダーっと配布すればいけるいける!」
「そういう次元の問題じゃないんです! 俺たちの取材先に先回りしてくるような奴ら相手に、先手を取れるわけないでしょう? あいつらはこっちの考えを見通してるんですよ!」
「何でも調べたがる部長の悪癖は私たちも分かってます。でも、その弊害が広報部自体にも降りかかったとしたら、部長は責任を取れるんですか?」
「あー、責任かあ……。それ言われると確かに辛いな」
生徒会側からの度重なる牽制にも負けず、処刑制度や百合香周辺の独自調査を続けてきた千明。その核心にこそ触れられてはいないが、今や彼女は百合香の目論見を、部外者の中では恐らく最も真相に近い形で知る存在となっていた。だからこそ、制度の犠牲者が強いられる処刑内容の凄惨さも十分承知している。その上で広報部を率いる者としての責務を引き合いに出されると、流石の千明も閉口する他なかった。
言葉に詰まってそのまま数分。いつもは喧噪の中心である千明が黙り、部室内にもしんとした静寂が下りる。普段はアットホームな部活内の雰囲気に馴染み切っていた部員たちは、慣れない緊迫感に身を固くしつつ、それでも無意識に共通の期待を千明へ向けていた。彼女が自分の無謀さを自覚し、百合香の機嫌を逆なでするような取材をやめてくれると。
それからようやく考えがまとまったのか、千明は天井を仰ぎ見ていた頭を部員たちの方に向け直す。――直後、向きを戻したばかりの頭の前方に、合掌した両の手を勢いよく差し出した。
「すまん、責任は取れない! でも取材をやめるのも無理だわ!」
「はあ!? 部長、それ正気で言ってます!?」
「うん正気。マジ正気。真っ当なたっぷりSAN値で考えた上でこの結論よ」
「じゃあ部長は、自分のせいで広報部が潰されていいとでも!?」
「まあ、ものすごく端的に言ったらそうなっちゃうな」
「ふざけんな!!」
(続き)
バキッ、と鈍い音が、部員たちのどよめきを割った。続けて椅子が倒れる音と、女性部員たちの甲高い叫び声。千明の回答に激昂した男子生徒の一人が、彼女の顔面を手加減なしに殴り飛ばしたのである。そして感情に任せた彼の暴力を皮切りに、部室はたちまちパニックに陥った。千明の人格を疑い、彼女を手酷く攻撃する者。過激な暴力は慎めと、感情的な部員を嗜める者。自分の感情に精一杯で、まず周囲が見えていない者。信頼と統率が致命的に失われ、このままでは生徒会が手を下さずとも、広報部は自然崩壊してしまうのではないかとさえ思われた、そのとき。
「し、静かにしてください!」
彼の一声で、騒々しかった部室内は、水を打ったようにしんと静まり返る。発言主の方を見た部員たちが、その人物の意外性に驚いて喧噪を引っ込めたからだ。一様に目を丸くした彼らの眼差しに、発言主――当時一年生だった筆崎剣太郎は思わずたじろいた。
普段の剣太郎であれば今のような恐慌状態に巻き込まれても、気の弱さゆえに何をすることもできないまま、その場に立ち尽くしていただけだろう。しかし、広報部が失われるかもしれない危機を前にして。そんな状況の中で協調性を失った広報部の惨状を見て。何より、説明の余地もなく部員たちから一方的に詰め寄られる千明の姿を目の当たりにして。内に抱えていた混乱が爆発し、頭が真っ白になった剣太郎が気付いた時には、既に無意識で声を張り上げた後だった。
自分がこの騒乱を中断させた張本人なのだから、何か言葉を続けなければならない。我に返ったばかりの頭で、剣太郎は次の句を必死に考える。だが、元々口下手な彼にとって、もっともらしい台詞を咄嗟に引き出すという行為は非常に難易度が高かった。空回りする頭に反比例して、口からはええと、その、などといった、中身のない思案語しか漏れ出てこない。自分の意見を言い出せずにいる剣太郎に、部員たちが苛立ちを募らせ始めたころだった。
「剣ちゃん、無理すんな。言いたいことは大体察したから」
「ぶ、部長……」
「むしろ皆を鎮めてくれてありがと。あのままじゃあ、弁明の「べ」の字も話せないままだったろうし」
片目の周りにできた青あざを意に介しない笑顔で、千明は剣太郎の天然パーマを軽く叩くように撫でる。そして彼の勇敢さに対する労いを伝えると、服についたほこりを払ってから、部員たちの顔を今一度しっかりと見据えた。こんな状況でもやはり自信に満ちた千明と、対して彼女に猜疑心を向け続ける部員たち。二者に挟まれるような立ち位置となった剣太郎は、不安げな面持ちで両者の顔を交互に見ていた。
「語弊を招く言い方しちゃって悪かった。確かにあたしは副会長ちゃん関連の取材をやめる気はない。けど、広報部の皆をないがしろにしていいと思ってるわけでもない。この二つの考えが矛盾してるのは分かってるけど、どっちもあたしにとっては譲れない選択なんだ」
「ということは、私たちのことは大切に思ってくれてるんですよね? なのにどうして、部が犠牲になるかもしれない危険を冒してまで取材を続けるんですか?」
「なら、無礼を承知で逆に聞こうか。あたしがこの取材を諦めたら、一体誰が処刑制度の全容を広報する?」
「しなくていいですよそんなの! 世の中には知らなくていいことがあるんです。誰も副会長に逆らわなければ、これ以上犠牲者は増えません。余計な真似をしなければ、皆平和に暮らせるんですよ!」
「平和、平和か。いい言葉だ。しかしそれは、これまでの犠牲者に二度目の死と屈辱を与えた上での平和なんだぜ」
「……っ!」
女子部員の言う通り、ここで処刑制度の真相追及を放棄すれば、自分たちの身の安全を確保することはできるだろう。だがそれには、これまでに名誉や命を奪われた犠牲者の存在をさらに「黙殺」しなければならない。存在する真実をなかったことにし、犠牲者を踏みにじって獲得した平和を、果たして甘んじて受け入れていいのか? 自己保身の観念から見れば合理的で、しかし道徳の観念から見れば非情な自分の意見を再認識し、女子部員は千明を説得しようとした口をつぐむ。
(続く)
(続き)
「これまでの調査で既に分かっていることだけど、どういうわけか副会長ちゃんには警察とか裁判所とかも通用しない。その上で広報部までもが真実追及を諦めてしまえば、処刑制度やその犠牲者は実質「存在しないものとして扱われてしまう」。だからあたしは、この学園で確かに起こった事象を「殺さない」ために、これからも制度の取材を続けるつもりだ」
「……部長の考えは分かりました。ですがそんな状況じゃ、処刑制度の情報を広めることなんて……」
「そだね。見栄切って大口叩いたはいいけど、ぶっちゃけこれ無理ゲーだわ」
「ちょっ、認めるのあっさりすぎるでしょう!?」
「しゃーないしゃーない。まあ、だからって副会長ちゃんへの挑戦の意思がない子たちまで巻き込もうとは思ってないさ。だからだね」
公的機関さえ無力化するような存在との対立を前にして、それでも千明はカカッと軽やかに笑う。百合香からのプレッシャーを気にも留めない態度が逆に部員たちの不安感をあおる中、千明は一束の紙を取り出すと机の上に勢いよく置いた。紙の上部に整った明朝体で書かれているその題名は「退部届」。部長直々から惜しげもなく提案された選択肢に、部員たちが一様に目を丸くしたのは言うまでもない。
「自分の命が惜しい奴は、早めにこの広報部から脱出してくれ。これがあたしが皆に対して取れる、最上級の責任だ」
◆ ◆ ◆
それから広報部は、いつもより早めの解散となった。日がまだ昇っているうちに閑散となった部室で一人、千明は受け取った退部届の提出者名を眺める。あの後、感情的、あるいは判断が早かった数名の部員がその場で退部届を提出。他の部員の大半も、一応考えておくといった感じに書類を持ち帰ったのだった。解散前の部員たちが揃って臭わせていた、百合香への恐れの感情を鑑みれば、手元の書類が翌日以降増えることは目に見えている。自分から勧めたこととはいえ、これまで活動を共にしてきた部員たちと袂を分けた現実を前に、千明は煙草の煙を吐くような呼吸法でため息をついた。そんな彼女の横から、弱々しい声がかけられる。ほのかな冷気を感じたその方を見ると、遠慮がちに冷却材を差し出す剣太郎の姿があった。
「こ、これ、良かったら……。殴られたところ、少しは痛くなくなるかと」
「おお、剣ちゃんサンキュー! ひえっ冷たっ」
キンキンに冷えた冷却材を受け取ると、痣ができた目にぴたっと当てる。零度に近い冷たさに震えながらはしゃぐ千明の様は、禁忌事項の取材への決心を真剣な顔で宣言した広報部部長とは思えない。つい先刻と現在の彼女の落差に内心困惑しつつ、剣太郎はおずおずと千明の顔を見上げた。
千明が入学直後から、広報部の一員として熱心に活動し続けてきたという経歴は、彼女より後から入学した後輩たちの間でも有名な話だ。入部から一年経っていない剣太郎でさえ、彼女と何度か取材を共にした際、その並々ならぬ熱意を思い知る機会に何度も遭遇している。つまり千明にとって広報部は、高校生活のほとんどを賭けた青春と同義のはずなのだ。しかし今、彼女は自分に同調できない部員に退部を勧めてまで、処刑制度と百合香の調査を強行しようとしている。下手を打てばその広報部すら奪われかねないリスクを背負いながら、それでも千明を突き動かす熱意の根源は一体何なのか。自分の中で渦巻く疑念に耐えかねて、剣太郎は恐る恐る口を開いた。
「あの……部長は、怖くないんですか? もし部長の取材が実際にバレて、副会長から処刑命令が出されたら……」
「処刑については大丈夫だよ。だからさっきも退部届を皆に渡したんだし」
「そ、そうじゃなくて……! 部員の皆は大丈夫でも、部長は絶対に処刑されてしまうんですよ? 部長は強いから、いじめとかは平気かもしれませんが、それだけじゃ済まなかったら……」
「あ、そっちか。うーむ」
(続く)
(続く)
自分の身に関わる事態に今しがた気付いたような軽さで、千明は間延びした返事を返した。この調子だと本当にこれまで、広報部に降りかかる損害は危惧していても、自分自身の安全に対するリスクは毛頭考えていなかったのだろうか。その思慮の浅さは部長としては誉められたものではないが、やはり彼女は疑いようもない根っからの広報部員なのだと、呆れにも近い敬意を剣太郎は改めて感じた。それから、熟考と呼ぶにはやや短い程度の間を開けて、千明は彼の問いに答える。
「実はだね。あたし、親がいないんだよ」
「そうなんですか……って、ええっ?」
「物心ついたときには既に、今のお爺ちゃんお婆ちゃんたちに保護されててね。皆もあたしたちがどこの子なのか、さっぱり分からないんだとさ」
「えっ、えっ、ちょっと待って! そんな重大告白をさらっと済ませないでください!」
「言ってそんなに重大なことでもなくない? 「実は邪神を崇拝する魚人の末裔」とか「人肉を食べる怪物の取り換え子」とか、そんな背景と比べりゃ親が分からないくらい些細だって」
「比較の例えが随分名状しがたく冒涜的じゃありませんか」
物心ついたときから親の顔も分からない環境に置かれていたのなら、千明にとってはそれが当たり前の日常なのだろう。そして本人がその背景を苦にしていなければ、第三者が彼女へ同情を向けるのは見当違いだ。頭では分かっていながらも、両親と同じ屋根の下で暮らすことを日常とする剣太郎にとって、千明の家庭環境はとてもショックを隠し切れないものだ。だが、当の千明は剣太郎の反応に傷付いた様子もなく、むしろ彼の大げさなリアクションを楽しんでいる様子さえ見えた。
「とにかくだ。親がいないことに対しては別に、寂しいとかそういうのはないんだけどさ。その分興味が湧くわけだよ。「あたしたちの親は、一体どんな人なんだろう」って」
「は、はあ……」
「けど残念ながら、親の正体に至れるような手がかりはないし、調べる手段も分からない。だからその反動かな。「自分の出自が分からない分、他の分からないことは余すことなく解明したい」と思うようになったのは。まあ、命の危険が分かってるのに危機感の欠片も感じてないのは、流石にそれだけ知識欲が育ちすぎたかとは自分でも思うがね」
「…………」
住む世界が違う。剣太郎は心の奥底から思った。元より剣太郎自身は、何かしらの大層な目標を持って広報部に入ったわけではない。しかし自分の志の低さを差し引いたところで、千明との差異はほとんど縮まらなかった。処刑制度の真相究明や、学生時代の功績作りなど、彼女の目標はその程度のレベルには存在しない。以上の目標が「その程度」だと思えてしまうほど、彼女が目指す終着点は、通常の人間には思い至れない次元のものだ。あるいはそもそも、終着点など最初から視野に入れていないのだろうか。
とにもかくにも、千明が真実にこだわり続ける理由。それは彼女の根底に関わる、いっそ宿命とさえ形容できてしまうものだったのだ。その一端を垣間見た剣太郎の心臓は、きゅっ、と何かに掴まれるような感覚に襲われ――。
◆ ◆ ◆
在りし日の記憶に剣太郎がふけている間に、短くない時間が過ぎていたようだ。吹奏楽部が奏でる音色はひとまとまりのクラシック曲に切り替わり、夜闇が迫り始めた空は禍々しい赤に染まっている。あの日の彼女の横顔も、確かこんな色の夕日に照らされていただろうか。
剣太郎は帰路への歩みを進め、思い出から距離を取った。あのとき、心臓に覚えた感覚の正体が何だったのか、今の彼にはもう分からない。
(続き)
でも、そう思うのは一瞬だけ。
凛ーー部長ーーもそう思っているだろう。私を裏切っていなければ。
大抵の部員はーー7割ーーは生徒会が大嫌いだが、残りはどうかわからないから。
(一回ストップします、ごめんなさい)
誰もいない一つの教室の中。
そこには、風花 百合香がいた。
常に冷静、同時に冷血な彼女が。
そこに、一つの影が。色で例えれば、黒。
2字の言葉で例えれば、下衆。
「会長………お会い出来ましたねェ………」
そこには、痩せ細り、目にはくまが。
完全に狂人と化していた、片原 拓也が。
「………誰かしら?」
百合香にとって、どうでも良い手駒。
それどころか、足を引っ張るだけの塵の顔など、記憶する必要もなくなった。
「俺ですよ………生徒会、片原 拓也………へへへへ………」
「本当に覚えのない人ですから、立ち去っていただけないかしら。」
「覚えて………ないい?」
「ええ。」
「駄目じゃあないですか会長!」
拓也は机を蹴り倒し、百合香へ歩み寄る。
じりじりと、じりじりと、少しずつ距離を積める。
「俺のことを忘れちゃ、会長は駄目ですよ。
俺が、貴方のことを一番知っていて、貴方の理解者ですから。」
まさにストーカー。
拓也はやや後退りする、百合香へ歩み寄る。
色欲な目をして。
>>182続き
凛は、みんなの、この部活の、理解者だから。
復活派の人は皆、吹部の人が相談する。私もその一人。
「麻美。私、会長に訴えようかなー」
「え!?やだ!やめてよ!そうしたら、―――」
「そうしたら、何?」
「―――ううん、何でもない。でも、やめて。お願いだから」
ここにいるのが2人だけで良かった。
「でも、一回だけ言ったことあるよ?ここはいかれてるって」
……!嘘…!?
「じゃあ、何で吹部が潰れてないの?」
「そりゃあ、いきなり強豪が潰れたらおかしいからだよ」
それはそうですけど…ねぇ。あいつなら何かと攻撃しそうだからねぇ。頭いかれてるしー。
「今年のコンクール、終わったら何かしてきそうだねー」
「凛!嫌なこと言わないでよ。美雪だって、フルートソロ全国まで行って、大会がコンクール終わってからなんだから」
「美雪ちゃん、すごいよねぇ。今回、フルートとピッコロの持ち替えでしょ?」
「うん。とにかく、あいつに訴えるのはやめて」
「……はーい」
これなら大丈夫…かな。
―――美雪❅視点―――
部長、遅れすぎです……!
でも、あそこ完璧とか流石です!
これじゃ、褒めてんのか、けなしてるのか……。
まぁいいでしょう。
❅ ❅ ❅
部長が、一回あいつに言ったあ!?
ハァ、何してんの!?
あぁ、やばいやばいやばいーーーどうしよう!
一応、あいつの秘密、知ってんだけど本当かわからないからなぁ。どうしよう。
とりあえず、観察――情報収取――しますか。
何の特徴もない、普通のお寺の、お墓の前。
ほんの数日前も、私はここに来ていた。その時は形ばかりの親戚がいて、一応十回忌ということになっていた。で、今日は私だけ。好きなだけここにいることができる。
「でね、文芸部は部費ゼロなの。大変だけど、部長は楽しそうだったよ。すごいよね……」
あーあ、これって他人から見たら私、幽霊と話してるみたいかな。……まあ、それでもいいかも。幽霊、いたらいいのに。話せたらいいのに。
浮世とは無関係な幽霊ならさ、なんでも話せちゃうじゃん?言っちゃいけない陰口とかも、小さな誇りとかも。
「……やっぱ私、変だね。なんか駄目だ、もう」
もともと悲観主義な私だけど、それ以上にお墓前というこの場所は、私を更に暗くしてくれる。
でも、既に決めたことなので……
「守るよ、私。守りながら、壊すの。どの生徒とも違う方法で、私が壊す。……見守っててね?お兄ちゃん。約束なんだから」
宣戦布告、参戦布告。
あいつらは、みんな馬鹿。守りたいものが多すぎるのよ。だから混乱してる。ホントに、馬鹿。
私の守りたいものは二つだけ。それなりに優先順位をつけて、割愛して。
準備もそろそろ整う。大丈夫。私の方がよっぽど有利。
今現在対立している双方を、どちらも利用すれば……いける。大丈夫。
ゼラニウムの花が風に揺れ、私は少し微笑んだ。
❀ゼラニウム/geranium 真の友情、決意、君ありて幸福❀
>>184続き
「美雪ー!早く練習するよー」
「ハーイ……で、麻美先輩、ピアノ完璧にできるようになりましたか?完璧に、ですよ?」
「う………ま、まぁ…アハハハハ……」
乾いた笑いが出てくる…イヤー!!美雪!何故、完璧ではなかったとわかるんだ!?
麻美先ぱーい、県大会の決勝戦の時、若干テンポ遅かったんですよー。しかも、目立たない程度で1,2箇所間違えてましたし、フルートでカバーするの大変でしたよー。
お互いの思っていることが部長に伝わっている……と、2人以外の部員は思っているだろう。
「2人の思ってることは、わかるから早く練習しようねぇ?」
「「…ハァーイ」」
((部長、怖いです……!))
「1、2、3!」
静かに流れだすピアノの音。フルートの洗礼された音が聞こえてくる。
(ストップしまーす)
>>186続き
「うん、いいんじゃない?」
「そうですか?」
「部長、何で疑問形?」
「別にいいじゃん」
「「ふーん」」
「さぁ、復讐の開始だ」
誰もいない放課後。
一人の生徒が決断する。
自分の家族を、ある人に奪われたことを恨んで――。
>>187続き
「明日のコンクールについて話します。服装は長袖で制服。パーカスと男子は半袖。当たり前だけどローファー。午後なので9時から10時半まで練習。10時半から昼休み、11時半から楽器運び開始。12時45分には出発したいです。3時15分が本番です。2時47分からリハ、3時1分からチューニング。遅れないように行動してください」
「「「はい」」」
「じゃあ今日はこれで解散します。明日、遅れないように」
「鍵当番、トランペットだよ!部長!」
「えっ!?ヤダ」
「ダメ」
「……ジャンケンで決めるよー」
「今日は部長ですね」
「麻美、はいあげる」
「いらないです」
「道連れ」
どんだけ嫌なんだよ。じゃあ美雪も道連れ。
「美雪!あんたもね♪」
「え、嫌です」
逃げるの早っ!
「早くして、凛」
「ハーイ」
(>>183の続きとなります。間が空いてすみません;)
「おー、ここにおったんか! 探したで!」
スパーンと窓が開け放たれた音と共に、場違いなほど明朗な男子の声が百合香と拓也の間を分かつ。二人が音と声の発生源の方を振り向くと、そこには廊下側の窓から教室の中へ身を乗り出す倉敷良の姿があった。驚きのあまり、それまで百合香へ向けていた執着心はどこへやら。突然の乱入者の登場に拓也は言葉も出ないまま、ひたすら目を白黒させる。一方、百合香は良のこの登場方法に慣れているのか、あるいは彼女の肝が最初から据わっていたのか。大した驚きも見せないまま、いつもの愛想よい笑顔を良に向けた。
「あら、倉敷くんじゃない。何かご用かしら?」
「せやでー。でも今はお取込み中やったみたいやな。後で出直すわ」
「構わないわよ。私はただ、この部外者さんに絡まれて困っていただけだから」
「か……会長? 冗談言わないでくださいよ、俺とあなたの仲でしょう?」
「折角なら倉敷くん、部外者さんをここから摘まみ出してくれる? そうすれば邪魔者なしにゆっくりお話しできるわ」
「会長!?」
拓也の声など最初から聞こえていないというように、百合香は彼の発言に一切反応しなかった。よもや意中の生徒会長から、自分の存在を明確に無視されるとは思わなかった拓也は、その顔を真っ青に染める。
今まで長らく抱き続けてきた狂おしいほどの恋慕の情を、会員と役員という間柄もろとも呆気なく切り捨てられた。百合香のすぐ近くで発した悲痛な叫びも、彼女の耳には届いているはずなのに返事は全く返ってこない。そもそも先ほどから百合香は、自分の姿さえ視界から故意に外している。片原拓也という人間を間接的に、かつ徹底的に否定する百合香には最早、言葉通り取り付く島もない。そんな彼女の薄情な態度は、十分すぎるほどの絶望を拓也に叩きつけた。
どうして百合香に相応しいはずの自分が無視を受け、彼女と無関係同然のあいつが普通に認知されるのか。理不尽だ。不条理だ。不公平だ。こんなことはあり得ない。あり得ていいはずがない!
自分の想いを裏切られたと思い込んだ拓也は、しかしその憎悪を百合香ではなく良に向けた。この思考が公になっていたなら、あり得ないのはお前の八つ当たりだと十人中十人に指摘されていたことだろう。どちらにせよ、自分の一方的な感情を俯瞰視することもせず、拓也は通りすがり同然の良に殺意が籠った眼差しを向け――。
「何言うてんねん。こいつ、百合香ちゃんとこの役員やろ? 全然部外者やあらへんがな」
「そうなの? 学園に迷惑をかけるような子なんて、生徒会に入れた覚えはないのだけれど」
「ひっどいなー。そんな『お前なんぞうちの子ちゃうわ』みたいな、おかんの定番台詞っぽいこと言わんといてな。二年坊が可哀想やろ。なあ?」
「……へ?」
敵視した相手から返されたのは、同情の態度と援護の言葉。予想外だった良の反応に拍子抜けした拓也は、思わず彼の顔を二度見する。その視線に気づいて向けられた笑みには、やはりマイナスの感情は一切感じ取れない。意外な人物が自分の味方についたという事実に、拓也は戸惑いを隠すことができなかった。
一方百合香は、自分が定めた邪魔者の定義を他者に否定されたためだろうか。彼女の貼り付けられていた笑顔が、僅かだが不服そうに萎んでいた。
(続く)
(続き)
「誰にでも優しく接するのは良いことだと思うわ、倉敷くん。でもね、その部外者さんみたいに悪いことをした自覚のない人は、甘やかしても反省せずに付け上がるだけよ」
「厳しいなあ百合香ちゃんは。でもこの二年坊、言うほどの悪いことはしてへんのとちゃう? あの暴力事件は結局デマやったんやし、ストーキングかて百合香ちゃんのことが好きやさかいに暴走してしもただけやろ」
「言い返すようで申し訳ないけど、それが甘やかすということなの。もし本当に彼のことを思うのなら、これ以上周りに迷惑をかけないように、処刑制度によって更生させるべきよ。分かるでしょう?」
「勿論分かっとるで。でもまさか百合香ちゃんが『心苦しいはずの処刑を自分から進んで選んでまう』とはなあ? てっきり『優(やさしゅ)うて慈悲深い生徒会長さん』やったら、『救いようのないゴミムシにも手え差し伸べる』もんや思うとったけど」
「…………」
良の台詞には、確かに一理ないこともない。人間として理想的な百合香は、人柄も同じく理想的。ゆえに、本来なら例外なく迫害されるべき処刑対象に対しても彼女は逐一心を痛めている――というのが、百合香を肯定する者たちから見た彼女の評判だ。拓也の処刑を止めたがっているように聞こえる彼の言葉は、そんな体裁の崩壊を危険視したがゆえの意見なのだろう。
だが、既に全校生徒の大半が百合香に対し妄信、盲従している現状では、体制崩壊の心配など些事に過ぎない。にもかかわらず、わざわざ提唱された良の発言は、百合香の裁定に異を唱えたようにも取れる。その点に着目すれば、逆に良こそが処刑対象となり得るのではないだろうか。
どちらとも取れる彼の発言の真意は一体どちらなのか。量るような眼差しで、百合香は良の表情をじっと見る。だが、そんな観察眼に気付いていないような素振りで、良は窓枠から教室内に侵入すると、おもむろに拓也の体を羽交い絞めにした。
「ま。なんやかんや言うてもうたけど、その辺の最終裁定は任すわ。いくら優しい会長さんでも無慈悲な決断を迫られるときかてあるし、どの道百合香ちゃんが二年坊を迷惑思うとるんは不動みたいやしな。っちゅうわけで」
「ちょっ、おい!? 何してんだテメエ! 離せ! 離せっつってんだよ!!」
「はいはい、お前はちょーっとクールダウンしよか。ほな百合香ちゃん、俺は二年坊を隔離してくるさかい、あとはゆっくりしとってな!」
「勝手に決めんじゃねえ! 俺はまだ会長との逢瀬の途中だって……!」
ぎゃあぎゃあと喚く拓也をよそに、良は彼の体を引きずるようにして教室から後ずさっていった。甲高い叫び声が教室までの距離と比例してフェードアウトし、しばらくするとようやく辺りに静寂が戻る。そうして自分一人だけが残された教室の中、百合香は思い出したようにぽつりと呟いた。
「……そういえば倉敷くん、結局なんの用事だったのかしら?」
◆ ◆ ◆
ところ変わって、元いた教室からは遠く離れた男子トイレ。百合香から強制隔離された拓也は、出入口の前で立ち塞がる良と押し問答を繰り広げていた。ここの扉は内側から見て内開きであるため、彼が退かなければ拓也はトイレから脱出できないのだ。
一刻も早く教室に戻らなければ、会長が気長に自分の帰りを待っている保証はない。そう焦る拓也は意地でも目の前の障害を突破しようと、死に物狂いで良に掴みかかる。だが、そんな彼の憤りなどどこ吹く風といった風に、良は通せんぼを続けたままヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。
(続く)
(続き)
「とっとと退けや! 会長が帰っちまったらどうすんだよ!?」
「んなこと言うたって、もうとっくに帰っとるんちゃうん? とにかくまずはクールダウンしいや。顔と脳みそが一足早い猛暑状態になっとるで」
「うっせえ!! お前に会長の何が分かるってんだよ! 会長が俺を置いていくわけねえだろ!?」
「いやいやいやちょい待ち、言うとること支離滅裂やで二年坊。百合香ちゃんがお前を放置せん言うなら、急いで戻る必要なんぞあらへんやん」
「そ、そりゃあ……」
「大体、今百合香ちゃんとこ行ったって、どのみち反応されんと置いてかれるんちゃうの? さっきかて百合香ちゃんに徹頭徹尾シカトされとったし」
「………」
拓也の脳裏に、先ほど見た百合香の端正な横顔が想起される。良が教室に乱入してから、百合香はずっと彼の方を向いていたため、必然的に彼女の正面顔を見ることができなかったのだ。額から鼻筋、唇にかけての輪郭は、美術室に置かれている石膏胸像のように完璧で。しかしその美しい記憶は、自分が明確に百合香から見捨てられたことの証明で。そんな百合香の態度を目の当たりにした直後の拓也には、いつものように激情に任せて暴力を振るうことはできなかった。彼ほどの盲目さを以てしても、百合香からの無関心を否定することは難しかったのである。
最早自力ではどうしようもできない現実を実感し、拓也は悔しそうに黙りこくる。一気に鎮静した彼の様子に、それまで暢気だった良も流石に気まずさを覚えた。
「あー……なんか、堪忍な。図星やったか」
「図星とか言うな、俺が惨めみてえじゃねえか……!」
「え、今の状態はどう見たって惨めとちゃうの?」
「お前は俺を慰めたいのか貶したいのかどっちなんだよ」
「勿論慰めたいに決まっとるやん。お前をここまで引きずってきたんもそのためやし、ちゅうかそもそも俺が用事あったんはお前の方やしな」
「は?」
てっきり百合香の方に用事を持ってきたものと思っていた拓也は、不覚にもぽかんと口を開けた。自分は良が熱心な美術部部長であることくらいしか知らないし、向こうも自分のことは暴力事件のデマを流された被害者(実際は加害者だが)だということしか知り得ていないはずだ。お互いに接点など皆無であるはずなのに、こいつは自分に一体何の用があるというのだろうか?
全く思い当たる節がなく、クエスチョンマークを頭上に浮かべる拓也。そんな彼の疑問に答えるように、良は台詞を続ける。
「単刀直入に言うて、お前と百合香ちゃんに脈ないのは見え見えやん?」
「ハッキリ断言すんな! そ、それにまだ脈なしって確定したわけじゃねえだろ!?」
「諦めへんなあ。ま、その辺の追究はええわ。脈あっても結ばれんときは結ばれんし。どっちにせよ二年坊的には、百合香ちゃんと結ばれる一択しかあらへんのやろ」
「当たり前だ! で、それとお前となんの関係があるってんだよ」
「んな勘ぐらんでもええて。単純に俺の頼み聞いてくれたら、百合香ちゃんと結ばれるようお前の恋路を応援したるっちゅう簡単な話やさかい」
「応援だあ?」
正直いらない。それが良の提案を聞いた瞬間、拓也の頭に浮かんだ感想だった。相手が読心術や心理学のプロであるならまだしも、空気の読めなさに定評のある良が恋慕の橋渡しをするのでは、その限界など高が知れている。むしろ良が何かしらの失態を犯し、自分の心証を悪化させられる可能性の方が大きい。
とは言うものの、どの道拓也には良の提案を蹴るという選択肢はなかった。百合香から完全な無視を決め込まれている現状では、自分一人で行えるアプローチなど皆無に等しい。それなら博打を打つことになってでも、百合香との接点がある良の協力を得た方がまだ希望があるのではないだろうか。そう拓也は判断したのだった。
そうなれば、残る問題は良の頼み事だ。自分が叶えられる範疇の交換条件ならいいが、無理難題を押し付けられた場合は涙を飲んで協力を諦めるか、あるいは無理をしてでも条件を飲むしかない。一体この男は自分に何を求めているのか。その内容が容易なものであることを祈りながら、拓也は訝しげに口を開いた。
(続く)
(続き)
「……お前の頼みってなんだよ。金か? 使い走りか?」
「みみっちい予想やなあ。そんなんやのうてな、二年坊には俺の絵の題材になってほしいんや!」
「題材? 俺の絵を描くってことか?」
「間違(まちご)うてへんけどニュアンスがちゃうな。俺が書きたいのはモブ顔の肖像画やのうて抽象画やねん」
「誰がモブ顔だ失礼な! ってか、なんで俺で抽象画なんだよ」
「今度は恋愛をモチーフにした絵描きたい思うとったんやけどな、俺じゃあ恋はピンと来(け)えへんし、そんじょそこらのリア充程度じゃ描き甲斐があらへん。てなわけで、ストーキングしてまで百合香ちゃんを慕っとるっちゅうお前に白羽の矢を立てたわけや!」
「あー、そういうことかよ。俺の恋路を手伝うってのは、お前の作品を作るための参考にする意味もあるってことだな?」
「その通り! 難しい条件ちゃうし、二年坊にとっても悪い話やあらへんやろ」
「……仕方ねえなあ! そんなに言うなら、絵なんていくらでも描かせてやるよ。その代わり、ちゃんと俺と会長が結ばれるように手伝ってくれよな?」
「おう! 合点承知の助や!」
確実性はないにしろ、自分の感情を絵の題材として提出するだけで、百合香との恋愛成就の確率を上げることができる。藁にも縋るような状態であった拓也にとって、良の交換条件は美味しい話であった。こうして狂った狂信者といかれた芸術家は、利害の一致により互いに手を組むことになったのである。
「……なんか今、不穏な計画が始まった気がする」
「厨二発言はやめようね?」
「違う! 絶対そうだって! 嫌な気配がどこからか
「その前に挿絵でしょ。入れるの、入れないの?」
「入れたいよ! 当然っしょ! でもオリは無理だって!……あ〜もう」
……はい、毎度おなじみ恵里と亜衣です。部活中です。
そして現在、絶賛挿絵画家捜索中。ま、部誌にかかわる話ってことで。
「……なんていうか、文芸部がこんなに大変だとは思ってなかったよ」
「だねー。でもさ、野球部とかの体育会系よりはマシかも」
えー、文字オンリーの部誌は読みずらいという理由で、数年前から挿絵を入れることになったらしいです。当然、挿絵を描いてくれる人は自分で探すわけですが……。
無名の新人である私たち1年に描いてくれる人などそう多くはいません。まず、プロの方々など到底不可能。自分で描ける部員はほぼゼロ。
そうなると、インターネットで著作権フリーのものを探したり、知り合いで描ける人に依頼したりになるわけです。あ、作品共有サイトで探すのもアリだと聞きました。
部誌をつくるのはだいぶ先なんでまだ決めなくてもいいのですが、こればっかりは時間を要するので、今のうちに検討しています。
家といい部活といい学校といい……。ホントに忙しすぎて!
『反抗期してられるほど高校は楽じゃない!』
『俺の青春は充実してるよ!いろんな予定でな(涙)』
『進学校にはリア充が多いやと!? んなのデマや!少なくともうちは違うで!』
学園の掲示板にあった書き込みたち。深く共感したのは、私だけではないはず。
「あ、恵里。明日って空いてる?」
「……うーん、たぶん」
「ならちょっと付き合って」
「……どこへ行くつもりで?」
「知らない」
え、ちょっと何それ! 自分から誘って行先不明!?
疑問を亜衣にやわらかーくぶつけると、意外と嬉しいお誘いだった、私にとっては。
「や、なんてゆーか……彩姉に呼び出された。恵里も一緒にねって」
「それ……本当に?」
「うん。マジで」
亜衣と仲良くてよかったと、その時私は思いました。
理由は……亜衣のお姉さんの仕事と私の趣味を考えて見てください。
>>171 の続き、です。でも、私が書きたいことを書いただけなんで、本編との関係がうっっっすいです。
番外編とか舞台裏とか、そんな気持ちで見てくれると嬉しいです。流し読みでもノープロブレムです。
.゜・ ☽。゜.
2.ヒポクラテスの月は綺麗?
「……」
「………」
「…………………。」
(……暇だなぁ)
本当に、ものすごく、暇だ。
それに加えて、途轍もなく眠い。
こんなにも眠気が私の強敵となっている。大変大変、緊急事態だ(真顔)。
今までの梅雨の冷気は嘘のように消え、体にゆるく絡むような温暖な気候があたしたちの周りに漂っている。
加えて今は、給食後の英語の授業。生徒を気にしているのか疑いたくなるような、黒板しか見ていない教師の授業、真剣に聴くのは……せいぜい4割かな。
しかも皮肉なことに、あたしの席は窓際の一番うしろ。居眠りし放題の特等席ってワケ。
……いや、しませんよ?
一応授業中ですしね? 今までもしたことないですよ?
それに、居眠りだなんてあたしの矜持が許さないよ、Maybeだけど。
「レイちゃんレイちゃん。これ、ちょっとスペル教えて。あと熟語もヘルプしてくれると嬉しいっ」
「え、あ、うん。どれ?」
隣に座る若葉に声をかけられ、我に返る。セーフセーフ、すごいボーっとしてた。
「――あー! 今初めて理解したよこの文章! 助かったぁ、ありがと!」
きちんと授業を受けている、ようでちゃっかり塾の宿題をやってしまえるのがコイツだ。要領の良さで努力を半減できちゃう、得なタイプ。
「……あ、ね、若葉」
「……」
「わーかーばーさーーーーーーーん?」
「………あ、何?」
どうやら本当に聞こえなかったようだ。してやったり、みたいな表情ではない。
「……難聴だねぇ」
「なわけあるか、このキチガイ野郎ッ‼」
――ペシンッ
あまり遠くへは響かないが、それなりに威力のある音。
平たく言えば、若葉が私の右腕をたたいた音。地味に痛いし、ジンジンしてるよ……。
「……若葉、痛い」
「私はイタイ人じゃないよー」
涼しい顔で言い放つ若葉。
とりあえず言い返す。
「あたしの腕が、痛いの」
「そっか。でもねレイちゃん、理不尽なことがたくさん起こるこの世で生きていくためには、他人よりも自分を優先することも大切なんだよ?」
なにやら英語の授業中に、名(迷)言を言い出した。
内容は分かるが、いきなりどうしたんだ。
「……つまり?」
「レイちゃんが痛くっても、私は私自身が痛くなければそれで問題ないんだよ*」
あどけなさの残る顔いっぱいに笑顔が広がる。天使とかほころびる蕾とか、そんなイメージ。
だが、その表情に隠れる本音は……アンタは魔王か、それとも悪魔なのか!?
あーもう、ここまで腹黒いと逆に清々しさを感じるね。
さいですか、と適当に話を打ち切った。
眠気と暇はどこかへ消えていた。ま、こんな風に無駄な時間が流れていくのが、中学校生活なんだと思う。
……不満を言ったらきりがないけれど、それでもあたしは十分幸せな人間の部類に入ると自覚してる。
なんだかんだいって、楽しいんだ。
あの日までは、の話だけどさ。
「あ、で、何?」
若葉がそう聞いてきたのは、放課後のこと。
「へ、何が?」
「5時間目、私になんか言おうとしてたでしょ?」
……ああ、アレか。
「別に、暇つぶしで聞こうとしただけだし、いいよ」
「えー? 結構気になったんだけどなぁ」
ふてくされたように頬を膨らませ、追求してくる。
とはいってもなぁ、本当にどうでもいいことなんだよね。
「……若葉は知ってるよね、『ヒポクラテスの月』」
「え? あ、あのよくわかんない三角形? 一応知ってるよ」
「それ、どう思う?」
「どうって、意味不明だなぁとか、証明ってどうやるんだろうとか、それくらい?」
何を言っているんだろう、と小首を傾げる若葉。
最初から最後までを説明すると長くなるので、あたしは簡潔にまとめた。
「『ヒポクラテスの月』が綺麗とかいう変人がいてさ、ちょっと気になっただけ。――あたし鍵当番だからもう行くね」
またいろいろと聞かれると面倒なので、あたしはその場を後にした。
あたしがラクに話せる数少ない友人である若葉は、そのまま手を振ってくれた。
た、タイミングが……
198:文月かおり ◆CDE:2017/09/15(金) 22:51>>197 ……?
199:文月かおり◆DE:2017/10/09(月) 20:12>>197 あ、い、いつでも!大丈夫です!
200:ABN 六月第一月曜日/講堂→E組教室:2017/11/28(火) 22:25 見慣れたブレザーが姿を消し、夏用の指定シャツが目新しくなった、六月最初の白羽学園。その日の全校集会は、ある一人の生徒の訃報から始まった。
「既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが……。先日、二年生の木嶋京子さんが、入院先の白羽病院でお亡くなりになりました」
百合香が神妙な顔でそう告げると、生徒たちの間にどよめきが走る。以前の失踪事件と少し前のニュースによって、京子の名前が不特定多数に認知されていた分、動揺する生徒の数もひとしおだ。その中には、かつて白羽病院を訪れた麻衣も含まれていた。ついこの間、自分があの場所にいたときには、少なくとも生きてはいたかつての同級生。彼女が帰らぬ人となった衝撃は、まだ若い麻衣にとっては強烈なショックだったのである。
そんな麻衣を含め、同じ白羽学園生の訃報にざわめきを抑えられない生徒たち。しかし百合香がスッと手を上げれば、すぐさま彼らは口を閉じ、彼女が立つ演説台に視線を向ける。
「木嶋さんが発見されたニュースを聞いたときには、例え時間はかかっても、彼女にはもう一度学園に帰ってきてほしいと思っていました。しかしそんな願いが叶うことなく、このような形でのお別れとなってしまったことが本当に残念でなりません。せめて皆さん、彼女のために黙祷を捧げましょう」
彼女の言葉に促され、生徒たちは無言で俯く。麻衣も彼らに倣い、黙って目を閉じた。今に限っては百合香の演説も響かない、しんとした静寂。いつも以上に張りつめた空気が麻衣の胸中に呼び寄せたのは、哀悼ではなく後悔の念だった。
当時は京子が衰弱していたため早々に諦めたものの、あわよくば彼女が回復次第、革命仲間に引き入れられればと思っていたのだが。しかしその可能性は、京子の顔を見ることもなく潰えてしまった。
もしあのとき、いばらの反対を押しきってでも京子に面会していれば、彼女を自分たちの仲間に引き込むことができただろうか? それが無理でも、失踪事件の真相、延いては百合香の目的や本性に繋がるような手掛かりを得ることはできたのではないか? 会話すら難しい状態だったとしても、京子の状態そのものから分かることがあったのではないだろうか?
次々と膨れ上がる後悔に耐えかねて、麻衣はふっと目を開けた。しかし黙祷時間の一分はまだ経過していなかったようで、周りの生徒たちはまだ下を向いている。一足先に顔を上げてしまい、人知れず気まずさを覚え。だが一度やめた黙祷をやり直すというのも何となくばつが悪く。とりあえず時間まで頭だけは下げておこうと思ったそのとき、斜め前方に自分以外にも頭を上げている人物を見つける。
「……?」
生徒から教師まで、講堂にいる全ての人間が俯く中。一人だけステージ上の女王を見上げていたのは結城璃々愛だ。彼女と麻衣の立ち位置上、こちらが頭を上げたことに向こうは気づいていないらしい。百合香のお気に入りである彼女なら黙祷を無視しても大して咎められないのだろうが、それはそれとして人の死を悼む素振りも見せないのは不謹慎だ。――と思ったところで、麻衣は璃々愛の表情筋が歪んでいることに気付く。
横顔が覗く程度の角度からであるため、彼女の表情の全容は分からない。それでも、璃々愛の口角が異常に吊り上がっている様はしっかりと確認できた。かつて京子に手酷くいじめられていた璃々愛からすれば、彼女の死はこの上ない吉報なのだろう。普通に考えれば笑みの理由はそれで結論がつく。しかし麻衣の推測はそこで止まらず、ある一つの疑念を胸中に抱いていた。
(続く)