>見切り発車の小説<
>わずかな百合<
>表現能力の欠如<
>失踪しないようにがんばる<
>感想だけなら乱入どうぞ<
私より皆、儚い。
儚いから、美しい。
人って、そういうもの。
なら、私はーー、人じゃないね。
私はいつから存在していたんだろう。
老いもせず、死にもしない、存在。
あの人を見送ったのは、大体20億年前だったかな。
ーーーー最後の、人。
本当に、儚いね。
ああ、
良いな。
また、愛に触れられたらな。
なんて。私より長生きする人は、居ないのに。
少女は誰も居ない広野を歩く。
誰も居ない大陸を走る。
誰も居ない地球を眺める。
誰も居ない、この星系を。
そのまま、何年も、何年も。
何年も過ぎた。
ある時、少女は建物の残骸の影に、沈丁花が咲いているのを見つけた。
······数億年も経っているのだから、何も残っているはずがない、 と思ったのは一瞬のこと。
数億年もあれば、一つ二つは文明が誕生してもおかしくはない、と。
完全徒歩移動だったため、最近は(と言っても数千万年単位だが)この大陸から出るのが面倒になったせいだ。
どうやら少女は今の自分にとって最大の娯楽──人、もしくはそのような存在の隆盛、そして衰亡を、幾多にわたり見逃したらしい。
そして──この星系には自分だけ、と一種の自己陶酔に陥っていたようだ。
しばらく少女は沈丁花の上で泣き続けた。
歓喜、後悔、絶望、自嘲。
それらを溶かし混んだ涙が、沈丁花に落ち続ける。
花が落ちても、少女はずっとそこにいた。
(毎日が目標だったのにぃ)
また、長い時が過ぎた。
最初の沈丁花の木はもう枯れたが、その代わり、ある島の至るところに花が咲き乱れるようになった。
そう、少女が悠久の時を過ごす為に見つけた、大きな島。
少女には花の知識はほとんど無かった。せいぜい、雑草を抜いたりどこかから流れついたジョウロで水をやるだけ。流石に海水はやる訳にはいかず、ほとんど雨水であるが。
なんやかんやで、少女はこの暮らしを気に入っていた。
外の文明に興味は有るが、第一ここに来る為に不死身の力で海底を歩いてきたおかげで気力はもう無かった。
だから、このまま、肥大しきった太陽が地球を呑み込むまで。
ずっと、静謐に生きるつもりだった。
しかし、そんな時。
変化は流れ着く。
······
「何処だ、此処は?」
突然、そんな声が少女の耳を刺激する。
数億年の間、自然の音、動物の鳴き声ぐらいしか聞いてこなかった耳に、明確に入る。
数百年前にサメに食べられたのとは別の方向で、時を止める。
そして、その者たちは現れる。
「······誰か居るぞ」
「まあ、ここまで手入れされた島が無人な訳ないですよね」
「女?······まだ子供じゃねぇか」
「あら、珍しいですねブロウさん?あの見境なしはどこに行ったんです?」
「皆、そこまでだ。僕にはわかる。こいつは、ただ者じゃない」
少女は、突然現れた剣やら杖やらで武装した集団に訳がわからず、何か言おうとして──
「······ぁ······ゲホッッ!?」言えなかった。
当然である。この少女は、なんと数億年も口を利いていない。
鉄の味がする。口から血が溢れる。
しかし──倒れることは、身体が許さない。例え死んでも、死.ねない不死身だからだ。
すっ凄い!!語彙力高!!
6:水色瞳◆hJgorQc:2020/05/18(月) 17:28 ありがとう!
頑張ります!
(目標は1日一回投稿)
頑張ってください!!
8:水色瞳◆hJgorQc トリックだよ:2020/05/18(月) 19:04 >まさかの今日二回目<
>>4
少女が突然吐血したことで、まさに近づこうとしていた者たちは思わず思考を止めた。
ここで少女は痛みを無視して彼らを観察する。
手も足も二本。何やら耳の形が違う者も居るが、それもはるか昔に見た『人』と同じようにあるべき場所にある。体型も似ている。顔も。······
そして、少女は断定する。
ああ、人だ、と。
そして──思いもよらず、涙が溢れる。
「······っ、リリー、回復魔法だ」
「えっ、」
「僕には、この『少女』が敵には見えない」
「惚れたか?」
「誰が。······ああ、食べ物もあげよう。確か船に······」
その後、落ち着いた少女は彼らから様々なことを聞いた。
彼らは『勇者』のパーティーであること。
魔物の元凶である『魔王』を倒す為に旅をしていること。
この島には1日休むために立ち寄ったこと。
······だが、少女は物凄く久々に食べるパンや肉に夢中で、大体のことは聞き流していた。
魔法、勇者、魔王のことも、聞けなかった──否、聞かなかった。理解できる話ではなさそうだったからだ。
1日が明けて、彼らは旅立つ。
その時、少女はある贈り物をした。
「この花は一体?」
「······ゴールデンロッド、です。励ましと、感謝を込めて。」
勇者たちは微笑み、去ってゆく。また来ることを誓って。
>>1
批評も受け付けています❗
(まだまだ続きますよ)
>>8
次に勇者たちが島に来たのは、あれからおおよそ9ヶ月後だった。
時間感覚が長すぎる生のせいで破綻している少女にとっては、「もう来たんだ」という感想しか無かった。
だが、さすがの少女も彼らの顔つきの変化を感じ、認識を改めることにした。
勇者エイン以外、顔に傷が増えている。
少女が僧侶たるリリーに質問してみたところ、「あの人の戦闘センスは、天才です。」という。
だかその後盗賊のブロウに質問したら、「リリーのおかげさ。惚れてやんの」という答えが返ってきた。
それでいいのか、と思った少女だったが、勇者パーティーの士気は常に高いようだ。つまり、心配いらず見守れば良いだけだ。
勇者たちが去るとき、少女はまた花を贈った。
するとその返礼というべきか、魔法使いのネアが、
「実はねー、この近くにダンジョンが見つかったのー。だから、多分次からはもっと来れると思う!」と少女に話した。
「······だんじょん、?」
「あれ、知らないー?···うーん、じゃあ、今度いろいろ教えてあげるー」
お前勝手に、という視線がネアに集中するが、少女にとっては願ったり叶ったりだった。少し、この世界に興味を持ち始めていたのだ。
少女の瞳が輝きだすと、誰も何も言えなかった。
無論、ネアは片目を閉じた。
「じゃあ、またねー」
「······はい。また」
少女は勇者たちが去った後、鼻歌を歌い始めた。
その後、2ヶ月。
時間感覚が正常になりかけてきたおかげで、少女がやや待ちくたびれてきた時だった。
勇者のパーティーが到着した。
「あー、いたいた。元気してたー?」真っ先にネアが声をかけてくる。
「元気以外になりようもないですが元気です」
「······??なら良いけど」
今回は、ネアが世界について色々教えてくれるということなので、少女は何処から持ってきたのかノートを用意している。
「ネア先生ー」
「いやー、てれるぜー」
「こいつに任せて良いのか」ブロウが割って入ってくる。
「魔法は私の専門だよー。それに歴史はアルストがいるしー」ネアは今まで一言も発していない盾使いに視線を向ける。
「······呼んだか?」
「じゃ、そういうことで。まず、魔法についてだけど······」
解説はとても分かりやすくなっていた。少女が要約したところによると、記録上の魔法の始まりは、数万年前の遺跡の陰から見つかった最高純度の『魔素』によって魔法の力が散りばめられた、ということだそうだ。またその時、負の感情によって作られた魔素が魔王を、そして魔物を生み出した。
魔法についてはあまりに複雑だったため、また少女がそのちしきを全く持たなかったため、ネアは三回に分けて解説することにした。···つまり、アルストの一人損である。
「ごめんねー、ー······あ、えっと、名前···」ネアが謝ろうとしたところ、今更だが名前を聞いていないことに気がついた。
「名前···ですか。『人類最後の悪ふざけ』ですよ」
「長い。···私が決めていい?」
「えっ?······いえ、こんな私に」
「ねぇ、何で貴女は自分をそんなに下げるの?···私たち、もう友達なんだからさ。···それに、名前ないと、不便じゃん」ネアの瞳が、言葉が少女の心を射抜く。照れ隠しなど、必要ないくらいに。
少女がうなずくと、ネアは「えへー」と聞こえてきそうな笑みで、
「スミレ。どう?いい名前でしょー」
と、これからの少女の名前を言った。
「良いんじゃないかな?」エインが微笑む。
「同じくです」リリーも肯定する。
「悪くないな。まあ決めるのは本人だが」ブロウはあくまで彼らしく言う。
「······なるほど」アルストも呟く。
「······それって」少女は、ともすると泣き出しそうになる心を抑えて言う。
「うん。この前さ、いろんな花の意味教えてくれたでしょー。だから、私は···」
そうしてネアは笑顔のまま、「貴女に、この名前を授けるよ」。
スミレの花言葉は、「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」。
少女は──スミレはこの時、花が好きで良かったと、心から思った。
[ちょっとあとがき]
今回短くなりましたね。仕方ない、次回急展開だもの。
それからというもの、勇者たちは1ヶ月に一回は島、に来るようになった。
スミレは、少しずつ今の世界について理解していき、それと比例して勇者パーティーの面々は歴戦の戦士らしくなっていく。無論、勇者エインを除いて。
ある時のことだった。勇者たちが一週間滞在する、ということでやや古くなった木の家を掃除するスミレの元に、手紙が風にのって届いた。
[スミレへ]
元気?私だよ、ネアだよー。
うれしいお知らせが三つあるんだけど、どっちから聞きたいー?
「何でしょうか」思わず反応してしまうスミレ。
まず一つ目ー。なんとー!あの人がー!(焦らすよー)リリーがね、エインに告白、成功して、付き合い始めたのー!わーぱちぱち!!
「本当ですか」
二つ目ー。なんとー!あの人がー!(何かごめんねー)エインが、魔王を倒したのー!わーぱちぱち!だけど私、久々に死にかけたよー!
「ネアさん······会いたくなってきちゃいました···」
三つ目ー。なんとー!そっちの島に、転移魔法がつながったのー!「わーぱちぱち!」
「え?」
スミレが振り向くと、なんとそこにネアがいた。わずかに顔が赤い。
「えへー、大成功!」
スミレとしてはそれどころではない、みるみる顔を赤くして、「···いつから、居たんですか」となんとか絞り出す。
「んー、······何でしょうか、の辺りから」
「······うぅ、ネアさんのいじわるぅ」顔を赤くして、ぽろぽろと涙を流しながら、ネアに抱きつく。
「わっ······あ、えっと、ごめん、怒った?」不安になるネア。
その腕の中のスミレは、精一杯の笑みで言う。「···いいえ。怒ってませんよ。······無事で、よかったです」
その後、時は流れて。
勇者エインはリリーと結ばれ。その仲間のブロウ、ネア、アルスト、そして大切な友達、スミレも皆、幸せな暮らしを送りました────
とは、ならなかった。
>>13
読点間違えました→[島、に]
>>13
物語で語られる、『勇者の冒険譚』から、四年。あらゆる者が憧れる勇者とその仲間は、今。
「相変わらず素晴らしいな、この島は」
「スミレさんと出会ったのも、ここでしたよね」
「あの頃の俺らが団結できたのも、あいつのおかげだな······」
「なにブロウー。惚れた?」
「···(それはネアじゃないか)?」
「アルスト何か言ったー?」
ここは、とある海に浮かぶ島。そこには、常に色とりどりの花が咲いている。
その景色を見て、僧侶リリーの服を掴んでいる、まだ幼い子供が息を呑む。
「···ママ、ここ、凄く綺麗」
「でしょ?連れてきた甲斐があったよ」
「そういえば······アヤメはここに連れてきたのは初めてだったな」
「誰か住んでるの?」
「うん。本にも載ってないけどねー、私たちの、大切な友達が居るの」
その時だった。
アヤメを除く──つまり、勇者たち──その腕に、鳥肌が立った。
「──あなた、これ」
「······信じたくは無いな。うぅん、──全員、周囲を警戒しろ。アヤメ、この中に入りなさい」
「おいおい、何が起こったんだ、一体?」
「······え。おかしい、この気配。──そんなはず」
「──スキル発動、『守護神』。まさか、だが」
勇者エインの顔が、瞬時に鋭くなる。
それを見たアヤメは、訳は分からなかったが、咄嗟にそこにあった木の蓋を開け、その中に入り、
────直後。
「──フ。まさかそっちから来るとはな。さて。雪辱を果たさせてもらう」
「「「「魔王、カースモルグ···!」」」」
「何で?居るの!?」
死闘が始まる。
勇者達に、無数の岩塊が襲いかかる。
「のっけから飛ばすなぁ!くそが!」ブロウが吐き捨てた言葉は、しかしリリーの展開した障壁により届かない。
「『セイントプロテクト』。うっ、やっぱり強い······ネアさん?」そのリリーの視線の先には、青ざめた顔の魔法使い、ネアが。
「······え?あ、うん···あれ、何でだろー···魔力が、練れない?」
ネアの頭の中は真っ白だった。魔法を使うエネルギーとなる魔力を練るには集中が必要なのだが···今のネアは、それができない状態だった。
そして、それを見逃す魔王ではなく──
闇の腕が、
障壁を全て闇に引きずり込み──
アルストが咄嗟に構えた盾を弾き──
エインが振り下ろす聖剣を間一髪で避け──
密集陣形の中から、ネアだけをもぎ取っていった。
「なっ────────」
「何かあったのかぁ?こう簡単に拐われるとは」魔王が、戻した闇の腕、そこに握られたネアを眺めて言う。
そして、ネアは──
「······スミレを」彼女のことを考えていた。
「誰のことだ?」
「ここにいた、私達の親友を!どこにやった!?」
「ああ、母か」
「はっ?」
「みじん切りにして、海に捨てたよ」
[ちょっとあとがき]
すいませんでした
·····························。
。やっぱり、死.ねないんだ。あれだけされても。
体はしっかり痛いのに。心も粉々にされたと思ったのに。
···確か、あいつは、私のことを母と呼んだ。···何で?私、何かしたっけ。
────『数万年前の遺跡から見つかった最高純度の『魔素』──』
───え?
『またその時、負の感情によって作られた魔素が魔王を、そして魔物を生み出した。』
『しばらく少女は沈丁花の上で泣き続けた。
歓喜、後悔、絶望、自嘲。それらを溶かし込んだ涙が────』
直後。
少女の脳裏に、理解の電流が走った。
「······はぁ」ごぽっ、と音がする。
······うん。多分、全部わかった···
────早く。戻らないと。
みんなと、あの人が危ない。
スミレは、無意識のうちにネアを他から分けていた。それは······恐らく気づいていないだろうが、愛ゆえである。
────────────────────
「······ふざけてやがる」ブロウは嘆く。
「俺らはどんだけ、あいつに依存してきたんだよ······!?」
彼の周囲には、動かない、仲間たちが倒れている。アルストも、リリーも。そして、下半身を潰された、ネアも。──エインは?──消えた。謎の波動に呑み込まれて。最後まで、無傷だった。
そして、ブロウは?
────立ち尽くしていたところを背中から、無数の刃に刺されて、終わりである。
「こんなものか」後には、魔王のつまらなさそうな声が残るのみ────
「────え」いや。
今、少女が、そこに戻ってきた。
広がる景色を前にして、スミレは立ち尽くすことしかできなかった。悲鳴すらも、気づかぬうちに喉の中に飲み込まれていた。
「──────っ、ぁ、」必死に口を動かしても、それは声ではなく音になる。
と、言うより。同じ状況を目の前にしたとき、誰が冷静でいられるだろうか?
───それでも、何かに操られるようにして、スミレは歩き出す。
確かに殺したと思っていた魔王はひたすら首を傾げて、「······なぜ生きてる」と呟き、また攻撃を加えようとしたが、その時、スミレの周りに闇の魔力が生み出す特有の空間の歪みを感じた。
「これは何もせずとも堕ちるな。長かったものだ」
そんな魔王を完全に無視して、スミレはついにたどり着く。本当に大切な人、ネアの元に。
「ネア、さん?」その目は開かない。
その、大分軽い体を抱く。反応はない。永遠に。
「───ぇ。ネア、···そんな、そんな······お願い、目を開けてよ」
何もないことを理解しているのか、それとも逆か。少女の叫びは止まらない。
「ねぇ、ねぇ、ネア······愛してるから···お願いだよ······!」
───ここで、またスミレの脳裏にとある景色が蘇る。
『魔力を練るには集中が大切なんだけど、感情も影響するんだよー。強い感情ほど、たくさん練れる。だけど、暗い感情で練ると······』
(そうだ。このどうしようもない感情で魔力を練れば、魔法が使える······ふ。ふふ。)
ぐるり、ぐちゃぐちゃと。どす黒い魔力が集まり────その時。
「やめなさい。それは、違うものだ」そんな聞き覚えのある声と共に、パキン、とスミレの魔力が消え失せる。
「───厄介な。あと少しだったというのに───やはり殺しきれんか」
怨嗟の声を上げた魔王と、解放されたスミレは同時に言う。
「「勇者、────エイン」」
「「勇者───エイン」」
その瞬間、······時が停止した。
「な、なんで、貴方だけ」スミレは礼より先にそれを聞く。「まさか───」
「いや······ちょっと、筋違いだが愚痴を言わせてくれないか?間接的に、君のせいで仲間が死んだんだが」
「え?」
「······まあいい。で、だ。······そうか。そこまでだったのか······」
「え?あの、勝手に自己完結しないでください」
「じゃあ、単刀直入に聞く。ネアのことを、どう思っている?」エインの目は、ただただ優しく。
スミレは、思案に沈む。
(あぁ───そうか。忘れていたよ。ずっと感じていた、この気持ちは、······)さっきまで、正気を失っていたのは。
(ネアを、愛していたから)
そうだ。───無意識でも、愛してるからなどと口走るくらい。
「私は······ネアのことを、愛しています。大好きです。同性?そんなのは、どうでも良いんです!」
想いがあふれた。
そして、また。
「あ、ああ、うっ、ひっく······あああ、ああああぁああぁ!あぁああぁああぁあああっ!」抑えられない激情が、爆発した。
対するエインは、ゆっくりと微笑む。そして、
「よく言った。さて。その想いがあれば······君は幸せになれる。······これに、見覚えは?」
スミレは、涙を流しながらそれを見て、
「───それ。沈丁花······」
忘れもしない。もう何年前か忘れたが、その木の下で、おもいっきり泣いたのだ。その時の感情により、魔王と勇者が誕生したと言っても過言ではないのだが、
「なぜ、ここに?」
「あの闇の空間の中に沈丁花があるとはね。でも···これで、何とかなりそうだ」エインは事実を淡々と呟く。
「······そうか。魔王はこれがあったから、生き返って······あっ」
「やっと気付いたか。······さあ。始めるぞ。僕がしばらく魔王を引き付ける。···時が止まっていると魔法は使えないからな」
そして時は動き出す。エインの顔には死相が浮かんでいるが。勇者は決して諦めない。
スミレの目には決意が。愛は、最後に必ず勝つのだ。
「···勇者。身代わりになろうとする心は素晴らしいが。勝てるとでも?」
───「まあ僕一人では無理だろうな。今の力では」
「······?」
「なあ、知ってるかい。僕が、傷を受けない───いや、攻撃をひたすらかいひする理由を」
「何が言いたい?」
「お前ならわかるはずだ。···いや、力が宿ってすぐに解放した身にはわからないか。······僕が攻撃を受けたら───」
そして、勇者はおもむろに聖剣を持ち上げ。
────自分の左の肩口を、斬った。
「これまで、周囲に害があるから封じてきた、力が、解放されるんだ!
······さあ、こい。時間稼ぎ、身代わりどころか。────お前を倒してしまうかも知れないぞ?」
[ちょっとあとがき]
初の1000字突破。
シーズン1、残り2話
次回の更新はストーリーから一時的に外れます。
21:水色瞳◆hJgorQc:2020/05/29(金) 08:52 その人族の少女は孤児だった。大切な人も居なければ、生きる希望もなかった。
非常に重度の辱めを毎日受けながら、どうして十二歳まで生きられたのかは、誰にもわからない。そもそも、もう分かることが出来ないと言った方が正しいか。
いや、話を戻そう。
彼女が十二歳の時、王国のみならず、世界を大飢饉が襲った。それは魔王の仕業だったが────一番最初に影響を受けたのは、少女が居る街だった。
食料の得やすい港町ということが悪く働き、立て続けに盗賊(にならざるを得なかった者)達が街に侵入した。
そこからはもう、あっという間に誰も、何も残らず、空虚な建物たちとゴミ箱の中に居た少女だけが残った。
この時点でも凄まじい記録だが、ここからは、更に想像を絶する苦難を少女は味わうことになる。
「うん、まああながち間違ってはないかなー。」
やあ誰かさん。私はネア。家名は覚えなくていいよー。死者はむやみに語らないから。
で。今のは、他の人から見た生い立ちでいいんだよね?······あぁ、そうかー······本出されてるんだー······やだよー私。誰もこんな生い立ち聞いても喜ばないよね?それこそシャーデンフロイデの人でもない限り。
でさ。この空間まで来て、何の用かなー?
え?
生き返ってほしい?
······スミレが、望むんだったら、いいけど。でも貴方スミレじゃないよね。屁理屈?
良いもん別に。もう、私の愛した人は居ない。
あの子は天国に行ってるんだろうな。
私は行けないなー。ちょっと、······昔に、やり過ぎちゃったからね。
幸せに、なってね?
私が愛したんだからー。
まあ、同性の私が言っても意味ないけどね。
え?
だれ?
本当に?
そうかー。
ちょっと私、頑張ってくるね。
[ちょっとあとがき]
シーズン1、残り2話。
スミレは、不思議なことに───本当に不思議なことに、ひどく落ち着いていた。
魔法のことなどほとんどわからない。しかし、何か言葉で言い表せない力が、自分の体を駆け回っている。
沈丁花の若木を植えて、ネアの体をそっと、その前に横たわらせる。
「······愛する人。私は、信じるよ」
────そのとき。
ピピッ。という電子音と共に、脳内に声が響く。
『全ての感情を確認しました。
世界観をダウンロードします』
訳がわからなかった。
(世界観を、ダウンロード?え?何で?私───)
頭が混乱する。しかし、その直後。脳内に、とある景色が流れ込んできた。
『遺伝子改造できたかー?』
『完璧。あ、少し追加いいか?』
『なんじゃい、もう俺ら全滅まで時間無いんだから簡潔に頼む』
『流石にこの子を不死身だけで送り出すのは良心が痛む。······もしかしたら、この先永い永い時が経って、次の人類が文明を建てるかも知れない。そうなった時の為に、一工夫加えようぜ』
『乗った。で?どんな風にだ?』
『ひとまずなんか、世界観ダウンロード付けよう。ゲーム世界の応用だ』
『魔法世界でも出来るのかよ······まぁ、良いが。さ、さっさとやるぞ。』
ああ、そうだ。
『人類の最後の悪ふざけ』────
科学に埋め尽くされていた時代に生まれた、人類の産物に、
────科学技術が関わっていない訳がないのである。
スミレの体を、オレンジ色の0と1が覆っていく。まるで、ドレスのように。
「······そういうこと、か。少し、見直したかも」
呟き、頭脳を回転させる。
ここまで頭が回るようになったのも、
こうして感謝の気持ちが涌き出るようになったのも。
全ては─────
「スキル、蘇生『沈丁花』。······すごい、世界って、広い。」
世界には、本当に数多くの魔法が存在する。攻撃、回復、増強など。
スミレは、頭に入ってきた大量の魔法の情報に目を回しながら、世界の広さに思いを馳せた。
そして。
(ネア、一緒に色々なところに行こうね。お願いだよ。)
蘇生魔法『沈丁花』。リストには、そんなものはなかった。しかし、
(強い愛情。相手の後悔。絶対的な、意志。決意。今の私は、ネアのためなら何でもできる)
エインは、肩越しにその光景を見た。
「やっぱり、魔法を作っただけあるな」
「じゃ、そろそろ僕が限界だ。頼んだよ。······絶対善意領域、『サンクチュアリ』」
エインの体から光が溢れる。そしてそれは、今にも彼に止めを刺そうとしていた魔王を包み込み。
停止させた。
『(がッ······小癪、な)』
そして、その時は来た。
[ちょっとあとがき]
次回百合注意。
シーズン1、あと一話(ニスレ分)
百合注意
(ネア視点)
なんとなく、そんな気はしていた。
でも、まさか。伝説の魔法使いでも構築できなかった蘇生魔法を私に使って、しかも成功させるとは。
「うーん、これは頭が上がらないよ······わひゃっ!?」
私が目を開けてすぐ、女の子が抱きついてきた。感触でわかる。スミレしかいない。
「ネアぁぁ······よかった、よかったょぉ···」
······丁寧口調はどこへやら。······でも。こっちの方が、可愛い。うん、すっごく。
「ぎゅーっ」よーし、さらに強く抱き返してやろうー。
「あっ、ネア、ふぇっ」······反応すごい可愛い。
うん、本題戻らないとね。
「スミレ、ありがとう。愛してる」感謝と、私の精一杯の愛を返すよ。これでも多分、足りないけど。
「ネア······こちらこそありがとう。愛してるよ」
「いやー、私何もしてないけど」「違うの!この世に生まれてきてくれて、······私なんかを好きになってくれて、ありがとうって。···ううー、恥ずかしい······」
私もだよ。
でも、何だろう、この気持ち。これが、幸せって言うのかな。
······あれ、なんか、意識が。
「スミレ、ちょっと眠るね。また、後でね」
「うんっ。······大丈夫?」
「私が彼女置いて逝くと思う?」
「······いじわる」
大丈夫だよ。絶対、幸せになろう。スミレ、頑張れ······魔王に、勝って、
────────────────────
(視点戻り)
ネアが静かに寝息をたて始めたのを見て、スミレは息を吐く。
「······おやすみ。」
そのまま数秒寝顔を堪能していたが、
「······まだ、終わってない、よね」
振り向いた先には、ちょうど今光の結界を解除した魔王の姿が。
「よくも······やってくれたな」
その体から、瘴気が溢れ、
世界を覆っていく。
相対するは、0と1の衣に身を包んだ、少女。
その顔は、真剣である。
────さあ。
終わりの時は、すぐそこだ。
[ちょっとあとがき]
次回シーズン1最終回。
(エピローグあるかも)
世界が終わろうとしている。史上最悪の″人災″────魔王によって。
もはや、唯一の希望は魔王に相対する少女のみ。
だが、その事は一人を除いて誰も知らない。人類は何も知らないまま、滅びるのか?
────さあ。
少女の体が縦に割られ、死なない。一瞬で復元される。
頭を裂かれた。だが、死なない。
そこでようやく少女が一歩を踏み出し、
今度は三枚におろされるが、死なない。
いい加減魔王も気付く。
「······な、それは、何だ······」
少女の顔は苦痛で染まっている。だが、屈する気配などなく、
「私は、死なないよ。心も。ネアがいる限り」
「ならあの小娘を────」「させない」
静かに眠るネアの周りを光の障壁が囲む。そしてその一部が、ネアの中に入っていく。
「······ちっ」魔王は舌打ちをすると、
「なら。ここでお前を根本的に破壊してやる───母よ?」
────────────────────
(スミレ)
体が粉々になる感触。溶かされて、戻って、そしてまた悪循環。
前後左右がわからなくなり、五感が消えて、痛覚もなくなったと思えばまた戻ってきて心を苛む。
けど、まだ。まだ、それだけ?
私は、まだ死なないよ!心も、体も!というか出来ない、ネアを置いて行くって。
······でも、どうしてあの魔王を倒そう?私には魔法の知識は無限にあるけど、慣れてはいない。
どうする?さすがに愛の力だけじゃ勝てる自信、ないよ?······いや、本当に何でも出来そうなんだけど。
······
············
待って。
今の私は、善?
魔王は、純粋な悪?
もし、あの沈丁花が魔王の抵抗力を支えていたとしたら?あの沈丁花───今は浄化されてるけど、ひょっとしたら、私に対抗するためのもの?
だったら、そうか。
私は、何もしない。
待つよ、その時まで。
────────────────────
変化は突然だった。突如、魔王が停止し───光に蝕まれていく。
『ガッ───グッ、ぐぁっーーーー、な、何が』
「ふふ。やっと。やっとだ。」少女の体は血液で真っ赤に染まっていた。しかし、絶対的な五体満足でそこに立っている。
『何を、何をしたァァァ!?』
「簡単だよ。私の善に、お前の悪が敗れたの。······長かったよ」
『······何故だ。なぜ、お前が善の心を持っている!?』
「皆から、もらったの」そうして、少女は何やらモニターらしきものを創作して、
「『ディフュージョン』。もう、あの頃の私は、私じゃない」
『何故、』「お前がやっていることは!あの頃の私と同じ───自己陶酔だよ!」
電子音が鳴る。多くの魔法が、少女の手持ちから解除されていく。
魔王はそれを、恐怖しながら見ることしか出来ない。何せ、少女の後ろには、巨大な光球が形成されていくからだ。
「だから。もう。さよなら、魔王───過去の私。『ディフュージョン・オーバードライブ』」
島が。
世界が。
真っ白に覆い尽くされる。
それらは、瘴気を一掃していき、
水を浄化し、
魔物を殲滅し、
民に救済を与え、
大地を潤していき──────
そして、花が咲く。
少女は。
精根使い果たしたスミレは、最後の力を振り絞ってネアの体を家へと運ぶ。柔らかい草でできたベッドの上へ、優しく、優しく横たわらせ、
「······しばらく、おやすみなさい。大切な人」
そして、今度こそ。ぼてりと、床に倒れ、
その目は閉じられる。
長い眠りに落ちてゆく。
そして、世界は平和になった。
平和になってから、五十年後の世界。
その、花であふれる島で。
「······不死身って、凄いね」
「ネア······ごめん、嫌だった?」
「いやー、全然。というか、前に言わなかったっけ、彼女置いて死にたくないって」
不死身の二人は、和気あいあいと話をしている。
片や勇者パーティーの魔法使い、片や世界を救った真の英雄。
だが、そこには争いの陰など微塵もない。あるのはただ、幸福だけである。
そして、
「お二人さん、お茶入りましたよ」
「あ、アヤメちゃん。······相変わらず年とらないね」
「そりゃ、聖女と勇者の娘ですからね?あと、一応あそこで私も余波を受けたんですよ」
そこでアヤメは一息つき、
「不死身とまではいかないにしても、あと数千年は生きられますね」
「······本当に大丈夫なの?」
「何言ってるんですか姐さん。この幸せな世界にずっと居られるだけで、これ以上の幸せはないですよ。さ、おやつにしますよ。先に入ってますね」
そう言ってアヤメはずっと変わらない木の家に入っていく。
「ネア、私達は」
「そうだねー······五十年、か。お墓参り、する?」
「しないとね。······私が今生きている···ネアと生きているのも、あの人達のおかげだから」
勇者パーティー。ネア以外、その生き残りは居ない。その体は、この島に眠っている。
「改めて······ありがとう」
「あっちでは、こんな事にならないように、幸せになるんだよー」
二人は短い間手を合わせる。
そしてその後、手を繋ぐ。
「じゃあネア、行こう」
「うん。······私達も、どんどん幸せにならないと、ねー」
「ふふっ。うんうん!」
貴女に沈丁花を
シーズン1、
おしまい。
シーズン1のあとがきです。
はい、水色瞳です。
シーズン1終わりました。シーズン3まである予定ですがね。
書くこと無いな······えっと。
静かにこの小説を見てくれている方々、本当にありがとうございます。あなた方のおかげで水色瞳は生きています。これからもできることならよろしくお願いしますね。
さて、そうですね、シーズン2は>>150から始めようと思います。そこまでどうか、幸せになった彼女たちの日常に付き合ってやってください。
「ねぇー、スミレって料理できるのー?」
「えっ?うん、まあできる······よ。まあ数億年くらい作ってないけど」
「それってどうなのー?」
「今から作ってあげるよー」
「大丈夫かなー······」
数分後。
「できたよ。ピザトースト」
「······おー、パンに、色とりどりの具材が······」
「ネアのために、真心込めました。······うん、パンは自家製じゃないけど」
「いやいや······充分すぎるよ。······うん、おいしい!」
「よかった。······え?な、なに?」
「これこれー。エインとリリーがよくやってたやつー。やってみたかったの。はい、あーん」
「えっ、あ、うん······」
スミレの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「ほらほらスミレ、自分の分も作らないと駄目だよー。私のをあげるー」
「(······あぁ、ネアに手料理作ってあげるのに必死で自分の分作ってなかった······本当だ、おいしい)······ありがと。」
「······ネアの手料理もいつか食べてみたいな」
「うーん······下手だよ?」
「愛があれば大丈夫だよ。どんなものでもいいからさ。······今度は私があーんしてあげるね」
[時間軸、シーズン1終了後数年]
毎度のことながら百合注意
お出かけ回は何話か続きます。
今日も三人はゆるゆるまったりと過ごしている。
ある時、スミレが目を輝かせてネアに聞いた。
「ねぇネア、大陸ってどうなってるの?」
「······大陸、うーん、スミレ知ってるんじゃないー?」
その後スミレは数分かけて大陸は地味に動いているということを説明することになった。
無論今の時代のネアは知らないので、当然ながら仰天する。
「えー、そうなんだ······なんか、すごいねー。大地も生きているんだ。···あ、大陸の話?えーっと、」
ここでネアは唐突に気付く。これは、デートなのでは?と。
「······あー、スミレは本当かわいいなー」ぎゅーっと彼女の体を抱き締める。
「ふふ、気付いた?······楽しみにしてる」
お知らせです。
シーズン2開始を>>26であった150から>>70からにします。
すごい!文章と話がすごい面白いね!これからも頑張ってね!
31:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/14(日) 09:36 >>30
ありがとうございます!!!
頑張ります!!!!!!
頑張ってね!
33:匿名:2020/06/14(日) 10:11 ステキだわ!
句読点の位置で話し方変えると、雰囲気でていいかもですね。
>>32-33
ありがとうございます!!
うおおお立ってる
頑張って!しがない敗北者!(は?)
あごめんスレ間違えた()
37:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/14(日) 14:27了解ー
38:水色瞳◆hJgorQc スミネア:2020/06/15(月) 21:17 どこかの廃墟と化した街で。
「よいしょー。『ゲート』解除」いきなり空いた黒い穴から、ネアが出てきた。
「まずはリサーチしないとねー。だいたい十年ぶりかなー?大陸は」
廃墟に一人、パステルカラーが映える。もちろんネアは適当にここを選んだ訳ではない。強い、強い想いがあったから、だ。
だがそれも振り切り、走り出す。ネアには未来があるのだ。それも、若葉色の。
廃墟から出て、しばらく高位の身体強化魔法を使い走り続けると、大きな街が見えてきた。ここまでおおよそ数分である。
この街もネアにとって忘れられない街である。自分に魔法を教えてくれた師匠と出会った街だからだ。
(······まあ、居ないだろうけど、ねー)
ネアは公式には行方不明扱いになっているので、誤認魔法を自分に掛ける。見付かったら大事なのだ。そしてそのまま人ごみの中を歩いていく。気楽なものである。
(確かここ、クレープ屋さんあったよねー······リサーチついでに久々に行ってみようかなー)
と、考えた瞬間である。
自分に掛けたはずの誤認魔法が、消えた。
「······え?」まず、ネアが声を挙げて。
「······あれ?」「ん?あ、あの方は」「え、生きて───」「嘘!生きてたの!?」「ネア様だ!あの、勇者の一員!」
『おおおおおおおおおお!!!!!!』
「え、待って。······なんでー?」
そのネアの呟きは、群がった人々にかき消されていった。
あれから二時間。ネアは、隣の隣街───実は、王国の首都───にある王城の屋根の上で下を眺めていた。
地上約100メートル。今まで自分を追いかけていた人々が豆粒になっている。
「良い眺めだなー······そういえばあのクソガキ元気かなー。十年経ってるからー······もう二十歳?すごいねー」と、何気なく呟いた時である。
「ふぅん。お前、やっぱりネアだな。······不老不死になったという噂は、本当だったのか」
······ネアの隣に、男が立っていた。
「······『ギガシャイン』っ!?」
「おー、いきなりか。全く。俺だ、カルトナだよ」
光をものともせず、男はネアに呼び掛ける。それでネアも気が付いた。
「······えっ。カルトナって······あー、師匠!?」「そうだよこいつめ。やっと思い出したか」
カルトナ・コスモフレイル。
伝説の魔法使いで、エルフ族の男である。昔、孤児だったネアの親がわりになっていた、という経歴を持つ。
「あー······ということは、あの魔法が解除されたのも······」
「俺がやった。······ところでどうしたよ。今さら出てきて。勇者は全員行方不明扱いだぞ?」
「······ちょっと、その辺は長くなりますがー」
「んん?······わかった、深くは聞かん。で、だ。あの街に出てきた理由は流石に何かあるだろ?」
「あー、それ、は······言っちゃって、良いんですかねー」
「というか読心魔法で大体分かるんだがな」
その後、ネアは覚悟を決め、大切な人ができたことを話した。······他人に言ったことは、これが初めてである。そして、デートのためにリサーチに来たことも。
「······ほう。おめでとうだな。······そうだな、人々には俺から話を通しておく。さすがに騒ぎあったしな」とカルトナはややばつが悪そうに言う。
「お願いしますよー。······で師匠、私を引き止めたっていうことは、何か用事あるんですよね?」
「······ああ、そうだな。と言ってもお前らには関係ないかもしれないが············」
そう前置きしてカルトナは話し始める。
[次回に続きます]
「2つあるのだが。どっちから聞きたい?」
「······私達に関係ありそうな方から」
「分かった。そうだな、コズミックという人物を知っているか?」
「······コズミックって、神様なんじゃー?」
「ああそうだな。だがまずは話を聞いてくれ。コズミックは正確に言えば神などではなく、この世界の管理者だ」
「いきなり飛躍してません?それに私に言っても良い話なんですかー?」
「だから話を聞けと。で、そいつが最近機嫌悪そうだったな。近々何かあるかも知れん」
「······うーん」
本当に自分とスミレに関係あるのか理解できないネアであった。
「で、関係ない方は?」
「大陸、つまり王国で新種の病気が発生した。以上」
「それだけー?」「ああ。何だ、ユノグの愚痴でも聞くか?······まああいつは若さにしてはよくやっている方だ。つまりあまり心配しなくて良い。というか罹っても別に何もないだろ」
事務的な会話だった。だったのだが、ネアにはいくつかひっかかる部分があった。何せカルトナはいずれ未来が見えるようになるという噂の生ける伝説である。
何か、ありそうだ。
だが今はデートのためのリサーチが大切である。
ネアは自分より千年近い先輩であるカルトナに、改めてオススメの場所を聞いた。
「······まさかここまで惚気られるとは」
「だって、本当なんですよー。······」
さて、ネアもカルトナも随一の魔法使いである。そんな二人が、王城の屋根に居るのを見られたらどうなるか。
『いた!あそこ!』『カルトナ様もいるぞ!』
「······何でばれるんですかねー」
「遠視魔法でも使われたかな。······いや、それは置いておこう。
じゃネア、しばしお別れだ。じゃあな」
そう言ってカルトナは遥か百メートル下まで落下していく。
それを見届けたネアは、少ししてワープ魔法の用意を始めた。
安定の面白さ
42:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/18(木) 19:20 >>41
ありがとうございます!!
頑張ります!!
>>40
その後紆余曲折あったが、どうしてもスミレと行きたい場所の下調べをなんとか終わらせたネアだった。
「何で私、伝説みたいになってるのー······うーん、あと一週間師匠に期待しようかなー」
ひたすらスミレとのんびりしたいネアである、明るい方向で利用できるものはなるべく利用したいのだ。
今回は偶然カルトナ───伝説の魔法使い───がいたためなんとかなりそうである。
もうあとは島に帰るだけなのだが、今は散歩をしているネアだった。特に用事はない、僅かの感傷を含めて王城を眺める。
他の勇者たちとはここで出会ったのだ。
「うん、暗いのは私らしくないねー。さ、かーえろかーえろー」
ゲートではなく瞬間移動魔法を使う。ゲートは目立つのだ。
そうしてネアが消えた後に。
そこをじっと見つめる黒髪の女性がいた。
「ただいまーー!!」
「お帰り、ネア!」「あ、ネアさん」
ネアが島に帰ってきた時、二人の声がした。スミレとアヤメである。
「何か良い場所あった?」
「うんー、当然だよー。頑張って良い場所選んだからねー」
「お出かけするんですか?······そういえば私も大陸の記憶ないですね」
「まあ、仕方ないよー。あ、だけどあと一週間待って?」
「「どうして」ですか?」
「えーと、街でねー」
ネアは大陸であった出来事を話す。
「ネア、人気者」「······うーん、正直いらないんだけど······うん、まあ落ち着くまで待ってー」
「はーい」
さて、三人は一週間を手持ち無沙汰で過ごすことになる。だがあまり飽きはしない。これまでもこうしてきた上に、ネアがおみやげを買ってきたこともあった。
「まあ半分くらい食材だけどねー。スミレの料理すごい美味しいからさー、ついついいっぱい買っちゃうんだー」
「······うん、ありがと。頑張るよ」
俯いたスミレの耳が赤くなったのを見逃すネアではなかった。
「······いつも、本当に、ありがとね」
「······うん。こちらこそ、ありがとう」
さて、この木の家は二階建て、部屋は6つある。
アヤメの部屋は一階、そしてスミレとネアの部屋はその真上である。
「(······寝れない。姐さんたちのいちゃいちゃのせいで······)」
まだ一線は越えていないようだが、······アヤメは年頃の少女である。まぁ妄想は加速する訳で。
そして今度は、下から聞こえる顔を洗う音のせいでスミレとネアが眠れなくなったのだとか。
最初から見ていたのですが、とても面白いです!とても好きなので、自分のペースで良いので頑張って下さい!楽しみにしてます!
46:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/21(日) 21:57 >>45
ありがとうございます。
頑張って更新しますね。
>>44
そして一週間。お出かけの日である。
一応、1日前にネアが確認に行ったところ騒ぎは起こらなかった上であった。カルトナの人望が高いこともあっただろう。
だが、それでも消えない視線が一つ。
ネアのパートナーはスミレだ。そこには絶対的な愛がある。······そのせいで、同性愛に対する好奇の視線が発生しているのだ。さすがのカルトナもそこまでの理解を変えることは出来なかった。
一応カルトナが過激な者達を成敗したらしく(おそらく弟子に対する善意で)、何も起きなかったのだが、それでも心配なものは心配であった。
ネアが悩んでいると、スミレが傍にやってきた。
「どうしたの、ネア?」
「うーん······何でもないかもしれないしー······えっと、」
「私との関係のこと?」
「······うん、かいつまむとそうだねー。·····実はね、下調べの時······」
ネアが話し終えたとき、もう出発時刻が迫ってきていた。だが、二人は動かない。
「······えっと、ネアはどう思ってるの?」
「私はスミレ愛してるから、離れたくないなー」
「なら決まり!胸を張って歩こうよ!手を繋いで、二人で!」
「······ありがとうー。なんか吹っ切れた」
「少し恥ずかしいけどね。······あ、私もネア愛してるよ。······じゃあ行こう!」
「······ずるい」不意打ちを食らったネアは、そこで数秒悶えていた。
[ちょっとあとがき]
次回は本当にお出かけ回です。
何気に初コメ。
吐血の時も思ったけどしがらみがリアリティというか、発想が豊かというか、なんせ細やかよね。
続き楽しみにしてます!
>>48
遥架さん!感想ありがとうございます!
頑張ります!
────────────────────
────────────────────
>>47
大陸へはスミレとアヤメの希望で舟で行くことにした。────そう、舟。
勇者パーティーが最期に島に来たときの舟である。縁起は知らない。感傷旅行である。
顔を赤くしながらいち早く乗ったスミレは改めてその舟を観察する。
────特に工夫もない、至って普通の舟であった。少し違うとすれば、やや頑丈に見えることぐらいか。
そこでネアが隣にやってきた。なのでスミレは少し聞いてみることにした。
「あ、ネア。これって何か魔法かかってる?」
「んー?えーと、耐久強化、撥水、安全地帯の魔法だねー。前者は結構あるよー。安全地帯の魔法は私が掛けたー」
「結界を張らないのは何で?」
「んー、それだと速度が遅くなっちゃうからー······」言下にスミレと会いたい皆の心の現れだよーと説明したネアだった。
「それは······ありがとう」今度はスミレが照れる。
「お待たせしました。······うん、やっぱりこの舟ですよね」
何か準備があったのか、申し訳なさそうなアヤメが最後に来た。だがあまり待っていないので笑って迎える二人だった。
「準備はいいー?いっくよー!」
ややテンションが上がっているネアの掛け声と共に、魔法により舟が進み始める。
「大体大陸まで小一時間かなー。······何する?」
「何って······姐さん、道中の計画は無いんですか」
「ごめん楽しみ過ぎて忘れてたー」
「もう······」スミレはネアの髪を軽く撫でて、そして持ってきた小箱からあるものを取り出す。
「じゃじゃーん。トランプだよ!」
「あ、確かスミレが色んな遊び方教えてくれたやつー」
「確かにそれなら道中暇しませんね。えっと、ババ抜きですか?」
「私戦争がいいー」
「ダウトは······教えてないや。ダウトやる?」
「「どんなのー」ですか?」
その後、あっという間に時間は過ぎて。
大陸に到着した。
50レス突破!
皆様の応援のおかげです!
────────────────────────────────────────
着いた場所は寂れた港。だが一応人はいた。
「はーい、大陸、ホロコースト港によう······こそ。ええ、ごゆっくり」受付の青年が一瞬ぎょっとしたが、さすがの営業スマイルで送り出してくれた。
「大丈夫かなー。······まずどこから行くー?」
「スミレ姐さんが決めていいですよ」
「じゃあお言葉に甘えて。······ううん、観光と私事混同しちゃうけどいい?」
「どこにするんですか?」
「大聖堂」
「······うん。いいよー!行こう!」ネアは一瞬でスミレの考えを理解した。
歩くこと40分。繁栄している場所に近い港を選んだため、さほどかからなかった。
「あれだよー。あの王城くらい大きいやつー」ネアはスミレの手を引きながら言う。
「本当だ、すごい······」こちらも、この世界で初めて出会う人混みに流されないように、ネアの手をしっかり握る。
アヤメは均整の取れた体によって、楽に人混みの間を縫いながら二人についていく。
······周りからは、何もなかった。
その幸せを、ただ見守るだけだった。
さて、王国最大、ひいては大陸、世界でもかなり大きい部類に入る大聖堂に到着した。
一言で言うと、荘厳なれど自由だった。聖職者(信者)に対する極度の戒律などはない。
神───この世界の管理者、コズミックの性格を表しているのだろうか。
三人は壁際で休憩しているらしきシスターを見つけて、声をかける。
「あのー、今いいですか?」
「はい?······あ、ネア様。ご無事で。······聞きましたよ、リリーお姉さまは亡くなったのですね」
「んんー?あ、コトミさん······」
シスター・コトミ。どうやら彼女はリリーを慕っていたようだった。リリーは大聖堂出身で、神から『聖女』に選ばれたおかげで勇者パーティーに同行していたほどである。まあ、後輩から慕われるのも無理のないことだろう。
「······近日中に、最大級のお祈りを捧げたいのです。遺品等は、ないでしょうか」
「ネア」「うん。こちらに」
ネアは空間収納魔法の中から、いくつかのものを取り出した。それは────
輝きをなお失わない剣。癒しを与える、ぬくもりに満ちた長杖。使いやすく、だがそれゆえに力強いダガー。傷に満ちているが、貫かれることを知らなかった盾。
「────これは、勇者たちの」
「そう。とっておいた、思い出の一部」
「私達には、もう要りませんから」
「よろしく、お願いします」
「············わかり、ました。必ずや、必ずっ······!」
泣くのを必死で抑えて、コトミは絞り出す。
そして、笑顔。
三人は彼女に礼を言い、自らも祈りを捧げて大聖堂を出た。
沈丁花、やっぱおもしろいなぁ
52:水色瞳◆hJgorQc:2020/06/27(土) 21:22 >>51
感想ありがとうございます!頑張って面白い小説を書いていきます!
───────────────────────
[会話中心です]
>>50
大聖堂を出た三人は、大きな市場にやって来た。
食料、衣服、道具、露店。それらが雑多に集まり、ものすごく大きな規模になっているのだ。
「おおーっ、すごい!」スミレは思わず声をあげる。
「ふふー。ここでご飯にしようかー」
「いいですね。おすすめってありますか?」
「ネアのおすすめならどこでもいいよ!」
「よーし。とっておきのお店に連れていってあげるよー!」
数分後。
「いらっしゃいま────って、ネア様じゃないですか!ようこそ!!ご注文は!?」
「あの、いいですってそういうのー······」
「お得意様なの?」スミレはわずかに目を見張らせる。
「ここ、本当にいいお店だからねー」
「おや、貴女たちは。噂になってましたよ」初老のウェイターが水を持ってきて言う。
「あ、お久しぶりですー。······そうですか、何かありましたかー?」
「いえ、特に何も。ただ、一部の人が暴発してたそうですよ。お気をつけください」
「······迷惑なんだけどなー」
「やっぱりネアって人気者なんだね」
「大丈夫、私の一番はいつまでもスミレだよー」
(あの、ウェイターさん)アヤメはテーブルに伏せながら呟く。
(何でしょうか)ウェイターも応じた。
(平気なんですか)
(早く慣れた方が良いでしょう)どこか遠い目をして彼は答える。
(······うう······)
その時。
「いらっし······へ?カルトナ様!?」
────「え?」「ん?」「あ」「あれ?······よう」
カルトナが偶然、そう、本当に素晴らしいタイミングで入店した。
「······ああ、貴女がスミレか。ネアがお世話になってるな」
「あー、この人は私の師匠だよー。伝説の魔法使いって言われてるねー」
「······はじめまして。スミレです」スミレはぺこりと頭を下げて、「いえ、むしろこっちがお世話になってるくらいです」と付け足す。
「仲がいいようで何よりだ。で、こっちの突っ伏してるのがアヤメだな。······おいどうした、酒でも飲んだのか?」カルトナは帽子を傾けて黒髪を見る。
「······なんで平然と······いやまあ、いいですか。はじめまして、アヤメです」
「ああ、なんとなくこいつらのことはわかってるからな······あ、そうだ。ついでだ、相席していいか?」
「「「どうぞ」ー」」
[ちょっとあとがき]
変な所で切りました、すいません。
六人のテーブルだったので、カルトナが入ってもまだ余裕があった(アヤメはカルトナの対面の席に移動)。まあ、これでまた誰か来たらおかしいのだが。
「注文どうするー?」
「あ、これ、このピザ!二人で食べようよ!」
「私は無難にパスタですかね。このバジルのやつ」
「まさかこれ、俺が奢るパターンか······?まあ良いがね。じゃ、お前ら野菜も食べろー。」
「「「親ですか」ー」」
「良いじゃないか別に」
そのような感じで時間は過ぎる。ここは外の喧騒を遮断する魔法が掛けてあるため、心地よい空気が流れている。
そんなどこか懐かしい心地よさが、この店の大きな売りだ。
「······ほっとする」スミレはピザをもぐもぐやりながら呟く。
「でしょー。なんか、良いよねー」ネアは柔らかく笑う。そしてスミレの差し出したピザをそのままぱくっともらった。
「お母さん······お父さん······はっ。何でしょう、なんか、······懐かしいな」いつの間にか夢を見ていたアヤメだった。その瞳はわずかに濡れている。
「······」
カルトナは黙ってサラダを食べている。老い始めた顔から伺えるものは何もない。
そして、また時間は過ぎて。
「いら────え?」
また誰か来たようだ。
「おい、お忍びなんだから声出さないでくれるか」
「あっ、申し訳ありません」
「良いのだ。私はここの店を気に入っているのでな。さて、席は────」
そこで。
「あれー?」ちょうどこちらを見たネアの視線と、
「ん?」見回す彼の
>>53
途中で送ってしまいました、すいません!!!!
──────────────────────────
見回す彼の視線がぶつかり、
「え?」「あっ?」一瞬の瞬間の後で、
「あ────ユノグー?ここで何してるのー?」
「ね、ネア姉!?なぜここに!?」
「こっちの台詞だよお前王様じゃないの、ねえー!?」
店の空気が、揺らいだ。
〜しばらくお待ちください〜
「······ネア、この人は?」スミレが上目遣いでネアを見る。
「あー、こいつはねー、ユノグ。この国の王様で、私の腐れ縁ー」体を揺らしながらネアは答える。その姿はやや苦笑しているように見えた。
「「······王様?」」アヤメも加わり、二人で目と口を丸くする。
無理もない。
彼は······どこにでも居るような、町民の格好をしていたのだ。
「そうだ!私こそが!この王国の当代王!ユノグ=レイヴンだ!」
「いや、格好ついてないからな?それにここで叫んでいいのか阿呆」ここまで無言だったカルトナが口を開く。その瞬間、
『え??』『ユノグ様だ!』『ここにいる!ユノグ様ー!』『こっちを見てくださーい!』『応援してますよ!』
どやどやと、店の中に居た人達がテーブルに集まって来た。
カルトナはため息をつく。固まっている女子陣が動き出す前に、パチン、と指を鳴らして、
「『帰化』」
魔法を発動させた。
その瞬間、人々はまるで巻き戻し動画のように、元の位置に戻っていく。そして、何事もなかったようにまた食事と空気を楽しみ始めた。
カルトナはその光景を一瞥してから、冷や汗を流している青年を眺めて────
「さて。ユノグ?少し、説教を受けてくれないか?」笑う。凄惨な笑みを浮かべながら。
[ちょっとあとがき]
申し訳ありません。
すっごく。(土下座しながら)
数十分後。
あの初老のウェイターの干渉もあり、カルトナは矛を納める。
「······はぁ、もういい、長々とすまないな」
「本当にごめんなさい」
ただ凍りついた空気は消えない。スミレとネアは肩を寄せあってしばらく震えていた。
ユノグはそちらを見て申し訳なさそうな顔をする。
「まぁだがお前の有能さと人望は認めてるからな。こんなエピソードがあればかえって良いかも知れん」
「へ?」「え?」
ユノグとネアは同時に声をあげた。
「有能ー?こいつ昔クソガキでしたよー?」
「それは酷くないかな!?」
「時としてこういうことがあるんだ。俺も千年生きてるからわかる」
そこでユノグは突然表情を歪めて、カルトナに尋ねる。
「あと、何年ですか」
「ん?あと長くても三十年だ。結局時間は打ち破れなかったな」
言っている意味はほとんどわからなかったが、アヤメはそう答えた彼の顔に陰りが差したのに気が付いた。
ネアも「······そうですか」としか言わない。
微妙な空気が流れていた。
「············そうだ、詫びといっては何だがね、ここの飲食代は私が持つ」ユノグは、やにわに再び席について宣言した。
「いいのー?」
「詫びだからな」
「ねえネア、どうする?」「うーん、もうお腹いっぱいなんだよねー」「いや追加する前提なんですか」
そんな風に少しばかり話し合ったところで、
「じゃあ、これで」アヤメが代表して伝票を渡す。
「······ふむ、3996レイか。もっと食べて良いのだぞ?」「いや要らないー」
ぴしゃり。
「じゃあユノグよろしくー」「「ごちそうさまでしたー」」
四人は店から出た。太陽はすでに傾きつつある。
「さて、俺もお別れだな」
「師匠、あれは······」
「勇者の力が解析できない。俺の力不足ゆえだ。ここで死んでも文句は言わんよ」そう言ってカルトナはさっさと歩いて行ってしまう。「じゃあな」という言葉を残して。
カルトナの後ろ姿を見送った三人はしばらく無言だった。
そして顔を見合わせる。
「······どういうこと?」
「師匠はもっと凄い魔法使いになりたいんだってさー。今度は時間に干渉したいらしいけど······その前に、寿命が」
「···うん。あ、だから勇者って······」
スミレはエインの最期を思い出す。あの時自分と話した時、時が止まっていた覚えがある。
「『絶対善域』、かぁー。私も分からないよ」
うーん、と二人で首をかしげる。しかしそのままここに居ても邪魔なので移動することにした。ちなみにここは人で賑わう市場である。
二人の後を追いながらアヤメは歩き出す。その時、リィン、というベルのような音が聞こえた────ような気がして振り向く。
「······?」
「アヤメちゃん、どうしたの」
「······いや、なんか、ベルの音がしたんですけど」
「うんー、この辺結構ベル売ってるお店多いからねー。そうだ、記念に買ってくー?」
───────────────────────
りぃん。
「はぁ、危ない、バレるところだった」
「本当?うーん、何であの人はこんなに危険な仕事任せるんだろうね」
「職権乱用、みたいな」
「うんまあ乱用されるのが私達なんだけど」
「皆、無事?じゃあいくよ。次はあっち。」
鈴の音を鳴らしながら、少女たちは消えていく。
───────────────────────
「······買ってしまった」
アヤメは小さな鈴を揺らして呟く。その色は黒。彼女の髪の色と調和している。
「何でしょうかこれ、どこか懐かしいような」
店主がくれた髪飾りに付けて、そこで髪をまとめると。
「おおー、すっごい似合ってる」
「······えっと、数億年前に日本っていう国があったんだけど、なんか、そこで言う和風美人っぽい」
これで刀を持たせたらどうなる、とか言うレベルであった。二人に褒められたアヤメは一瞬にして照れる。
「······うん、私達も何か買っちゃう?」
「やっぱり髪飾りだねー。選んであげるよー!」自然とネアの言葉に熱がこもる。
「あ、じゃあ私は少しこの辺見て回りますね」
「アヤメちゃん良いの?」
「邪魔しちゃ悪いでしょう」
分かりやすくスミレは顔を赤くする。そしてネアの手を引いて、「じゃあ、行ってくるね」と呟いて曲がり角に消えていった。
「私は。······そうです、あれを買いましょうか」
残されたアヤメは、金色の目に決意を湛えて歩き出した。
[百合要素はありません]
二人から別れたアヤメはある建物に入る。
途端、中から溢れ出す熱気に圧倒される。
その他にも、煙、男達の掛け声、金属が打たれる音、つんとする金属の匂い。それら全てが、この建物を象徴しているかに見える。
そう、ここは鍛冶場。ここにアヤメは用があった。
「おや嬢ちゃん。ここに何の用だい?ここはケーキ屋さんじゃないぜ?」
「······そもそもここがケーキ屋さんだったらとっくに世界は終わってますよ」
受付のマッチョ男の冗談にそう言い返す。言下に真面目な用です、と告げながら。
「ほう?······あぁ、確かに似合わんな、すまねぇ。でだ、用は?」
ケーキが似合わないと言われて一瞬頬がひきつったが、確かにここに直行するあたりそう思われても仕方ないと考えてしまったアヤメだった。
「武器を作ってくださいな」短く要件を伝える。
「何のために?平和だぜ?」
「大切な人達を、守るため」
金の目は、真っ直ぐ相手に向ける。心から、願う。
「······わかった。どんなのが良いんだ?色々あるが······流石に戦斧やハンマーは無理だろう?」
「ええ。ですから、こういうの」
アヤメはよく磨かれて銀色になっている、飾り刀を指差す。
「カタナか。正直言って、これの造りは少し妙でな。確か────首にベルを提げた変な奴がこれを置いていったんだ。よく斬れるが、それ以外は分からん」
────ここにスミレが居れば固まったことであろう。だがアヤメはもちろんこの文明の住民である。
特に意味は感じられなかったので、そのまま頷いた。
と────そこで。
「おや」
「ん?あ、アンタは確か······」
ひょっこりと。首から黄色のベルを提げて、黄色の衣服に身を包んだ少女が現れた。
「ふぅん、これを?」
彼女はイエローベルと名乗った。そして、つかつかと刀のそばまで来る。
「······君は、知ってるの?」おもむろに、アヤメに対して質問を投げる。
意味が分からないので、答えは一つ。
「······何のことですか?」
「ふぅん、ならいいや。特別だよ、作ってあげる」
またもや、意味が掴めない言葉。
しかしどうやら作ってくれるらしい。
「あの、お代は?」少女が持っていた荷物を下ろしたタイミングで、アヤメはあわてて言った。
「ふぅん、きっちりしてるね。無いよ。別に、何も使わないし」
どういうことですか、とアヤメが言い出しかけたその時。
「そもそも、もう遅いと思うよ」
そんな声と同時に、虚空から刀が落ちてきた。イエローベルはそれを難なく掴み、これもどこからか取り出した鞘に納める。
「······はい、どうぞ」
「え?────っと、あ、ありがとう、ございます?」
全体的に訳が分からなかったが、とりあえずお礼は言う。
そんなアヤメを一瞥した彼女は薄く笑い、
「じゃあね」
次の瞬間には、消えていた。
「························」
アヤメは自分の手に納められている刀と虚空を交互に見る。これまで様々な魔法を見てきたので、消えたことと刀を出現させたことは特に気に止めない。
それよりも、なぜ何もなかったのか、という考えが頭を埋め尽くす。
それに、最後の意味深な言葉は、一体何だったのか。もう遅いとは、一体何のことだろうか。
とりあえず用件は終わった。試し振りもしたいが、まずは二人と合流することを優先したアヤメだった。
───────────────────────
「待って何でカルトナ居るの!?」
「嘘だ!流石に勝てない!断念しよう」
「っというかそもそもスミレだけでも怪しいよね」
「それは言わないで、早く逃げるんだよ!」
ちりちりりんりん。
───────────────────────
カルトナはベルを首から提げた少女達が逃げていった先をゆっくりと見つめる。
それらが完全に視界から消えていった時、ようやくため息をついた。
「全く、何を考えているのやら······」
彼の後ろには何も知らずに駄弁っているスミレとネアが見える。
「流石にこれは見過ごせないな······そろそろ処刑も辞さないぞ?」
「ねえネア、何か来てたっぽいよ」
「ん、知ってるー。大丈夫、いざという時は絶対守るからさー」
「信じてるよ?」
「まあ、近くに師匠居て良かったかな。流石にここで魔法撃っちゃうと騒ぎになるしー」
「大きい魔法前提なんだ······」
「スミレを傷つける人は許さない。たとえ不死身でも、ねー」
「あ、いたいた······ってクレープ。のんきですね······」
アヤメは二人を見つけるや否やジト目になる。
「ん、それは刀!いいじゃん」
「似合ってるねー!」
腰に差した刀はすぐさま見破られて褒められた。そもそも隠そうとしていないというのもあったのだが。
そして三人は、日が暮れかけるまで大陸を楽しみ尽くした。
[ちょっとあとがき]
次回の視点はメインキャラから外れます
ユノグ=レイヴン。
大陸の、強大で平和な王国の当代王である。
彼を一言で表すと、『有能』が真っ先に来るような名君だ。
そんな彼は昔、王国最大、伝説の魔法使いカルトナの世話になっていたという。それも、カルトナの弟子で勇者パーティーの一員であるネアとほぼ同じ時期に。
そして、彼は今────
「くそう多忙だなぁ私は!一体何があったんだ!?」
「いやユノグ様が抜け出したせいでしょう、はいさっさと片付けますよー」家臣のツッコミと共に、溜まっていた職務を片付けていた。
「はい、貴族関係は僕がやっておきますからこっちやってください」
「すまないな······」
そう言いつつも、素晴らしい早さで────具体的には二秒でなにやら要望書などに目を通し、三秒で思考をまとめ、サインで一秒。
合計6秒で一枚の仕事を片付ける。
だがそれでも山なので、すぐには終わらない。
ユノグの抜けで溜まった職務は日が暮れる頃に終わった。奇しくもスミレ、ネア、アヤメの三人が帰る頃だった。
「······ふぅ」
「陛下、見送りはよろしいのですか?」
「子供か。もう二度と会えない訳ではないぞ」
「失礼しました」
その家臣は薄く笑って頭を下げる。しかし、その一瞬後、ユノグの言葉によって凍りつく。
「······ふむ、そうだ。許すかわりに少し剣の特訓をしようではないか」
「······えっ?」
分かりやすく顔に恐怖を浮かべて、「い、いえ僕はこれから婚約者と······」などと。
「そうだったな。いや、逆にそれで良いのか······?」
少し残念そうにしながらユノグは呟いた。
そして、城の窓から空を見上げる。
「(これが、幸せの世界か。)」
その思いは、深くなりつつある闇に吸い込まれていった。
さて、大陸へのお出かけから一夜が明けた。
ネアが朝起きると、島の中央からアヤメの素振りの音がする。花を斬ったりしないか心配なのだが(ただし斬っても不死属性なので一瞬で復活する)大丈夫だろうかとか考えていると、スミレが側にやってきた。
「おはよー」
「ネア、おはよう」
二階の大きな窓の前でくつろぐのもいつものことになっている。
しばし二人は流れる空気を堪能する。
「······どうだった?」
「楽しかったよ!でも、毎日は大変かな······」
「島から出たことほとんど無いもんねー······」
「やっぱり、ここに居るのが幸せだなぁ」
すすす、とスミレはネアの方に体を寄せる。
二人はそのまま一時間程度、寄り添って花を眺めていた。
「······幸せの空気。はい?虚しくなんかないですよ」
アヤメは家に入るとき、静かに呟いた。
そう、彼女はこの幸せを自分の過度の干渉で壊したくないのだ。
だからせめて、守りたい。
自分は不死身ではないが────それこそ命を賭けてでも。
「二人とも、お茶が入りましたよ。······そうですね、朝食は私が作りますね」
「スミレー」
「なに?」
「行こうかー」
「そうだね。アヤメちゃんが作ってくれると言っても、手伝わないと」
今日もこの島は、世界は平和だ。
幸せに満ち溢れて、輝いている。
[ちょっとあとがき]
続きますよ()
「······」
ある日の昼下がりのこと。珍しくネアがキッチンにいる。
······かなり前に、彼女はスミレから手料理を食べたいなどと言われたのだ。
そして実のところ、あれからずっと料理の練習をしているのだが────
「うー、また味付け間違えたー」
スープを一口すすってそのまま突っ伏す。
見た目はなかなか良いが、その代わりに味は正反対で、とても人に食べさせられるレベルではなかった。
なので仕方なく自分で処理する。相思相愛のスミレであれば、笑顔でネアの料理を食べてくれただろうが、流石に負担はかけさせられない。
······だが、もう一つ切羽詰まった問題が。
「これ、このままだったら太るかもねー」
何時ものように語尾は伸ばすが、その一言にはわずかな絶望感すらあった。
ネアの体型は良くも悪くも平均的である。かなり細いスミレはともかく、普通の体型のネアが毎日三食より多く食べているとどうなるか。
当然、先ほどの呟きのような感想に行き着く。
本来なら料理が上手い人に師事すれば良いのだろうが、最近になるとアヤメなどは外でひたすら稽古をしているし、スミレは何か気恥ずかしい。
カルトナは理解は示してくれそうだがそれ以外は何もかもわからないところだ。ユノグは知らない。
そのようなことを考えながら食器を洗っていると、体感の一瞬で全てが片付く。本来であればここで反省会をするところなのだが、色々と別のことを考えてしまうネアだった。
「ばーんごはん、ばんごっはん。あ、ネアいた!」
しばらくすると、椅子に座ってうつらうつらしているネアの元にスミレがやってくる。
「(なにこれ可愛い)あ、スミレー」一瞬幻覚で天使に見えたネアだった。
「何か相談事とかないー?」
「えー?······うーん、大きかったり緊急のものはないねー」
「いつでも聞くよ!」
「ありがとー。ご飯楽しみー!」
小躍りしながらスミレはキッチンに向かう。その後ろ姿を見て、色々学ばないと、と思うネアだった。
花の島に冬が来た。
大陸で買った地図を見たスミレは頬に手を当てる。
「(······国名はわからないけど、多分これがユーラシア大陸の名残だと思う。なら、ここは······)冷帯寄りの温帯、かな······」
スミレがこの島に来たときには不死身の体を生かして深海を歩いてやってきたのだ。地理的知識もあったものではない。
「(なんか、一緒に過ごす人がいると、こんな日常の気候まで感じられるんだね。凄い······)」
口の中で呟いてから、そういえば暖炉あるんだった、と思い出して、そろそろつけようかなーとそこに着いた時、
「あ、燃料無いよ······」よりによって、今さらの事実に気が付くのだ。
「ネアーっ!」
「ほいほいどうしたのー?」呼ばれたネアは直ぐにやって来る。
「暖炉に燃料がない!」
「······あー」
魔法があるではないか、と思われがちだが、『すずっと火を点けたままにする』のは相当難しい。
魔力を常に練ってなければならないし、それにずっと同じ火力のまま調節することもなかなか集中力を削る作業なのだ。
「一緒に買ってくるー?」
「そうするしかないかあ······」
大丈夫このくらいー、とネアは微笑むがわずかに申し訳なさを感じるスミレだった。
「あれ、姐さん方どこか行くんですか?」アヤメが手をこすりながらやって来る。
「ちょっと暖炉の燃料を······」スミレは苦笑する。
「あー、使わないのかと思ったら······行ってきてください、二時間なら耐えられます」
「そんなにかかるの前提なのー?うん、行ってきまーす」
─────────────────────
瞬間移動。
二人は大陸の街角にいた。
行き交う人々も暖かい格好をしていたり、その他にも手を繋いだりして暖をとっている。
「なら、私達も······」
「うん」
スミレとネアは互いに手を繋ぎ、寄り添いながら街を進んでいった。
>>62訂正
すずっと火を →ずっと火を
─────────────────────
「薪とかなら市場に行った方が早いよー」
互いにぴとっとくっつきながら街をゆくスミレとネア。
一応二人とも長袖の服を着ているのだが、それでも生地の関係で寒さはあまり防げない。
「市場市場······」
速くなる鼓動を無理やり抑えながら市場に駆け込む。
途端に色々と暖かい物の誘惑が襲いかかってくるが、アヤメを待たせているので屈してはならない。
「すいません薪くださいー」
数分後、二人は鍛冶屋の前にいた。そう、アヤメも訪れたここである。
「んー?あいよ。······で、どうした、普通薪屋に行くだろ」
「裏ルートって言うやつですよー」何気なくネアは答える。
大量の薪を空間収納魔法に片付けて代金を払った時、島を出てから二十分程度。余裕の時間だった。
「どうするー?どこか寄るー?」
「いや大丈夫。流石にくっついてても寒い······」
「うん。じゃあ帰ろうかー」
そしてネアは一瞬だけスミレを抱き締める。
戻ったか戻らないかのうちに、瞬間移動。
「ただいまー」
「·········うん」
「はーい」体を抱え込むようにして二人を迎えたアヤメは、過去最大級に赤くなっているスミレを見て苦笑する。またやったんですか、と。
アヤメの視線を避けてスミレを見つめるネアも、やはり恥ずかしそうだった。
「薪出してください、火を起こしてきます」
紙と五十本程度の薪を持ってアヤメは奥へと消えていく。
家が暖まるまで、スミレとネアは寄り添っていた。
─────────────────────
どこかの建物。いや、建物と称するには少し立派すぎるかも知れない。もはや城だ。
それも、緑がかった碧色である。目立つも目立つ────はずだった。
しかし、これまでの記録には登場しない。恐らくは、これからも。
なぜなら、それは遥か上空に存在していたから。それも空気がかなり薄くなり、人間など到底立ち入れない高さに。
そして、そんな謎が詰め込まれた城に、十人は下らない少女達が集まっていた。
その姿は、とにかく十人十色を体現していた。茶髪に茶色の服に首に提げているベルも茶色、また白髪に以下略。
そのような、二重の意味で異色の少女達はぽつりぽつりと喋り出す。時々ちりんちりんとしながら。
「これ無理じゃない?」白の少女が最初に口を開く。
「言わないの。でも何でよりによってブルーベルはいないんだろう」赤の少女はたしなめると同時にここに居ない、恐らくはリーダー格であろう少女への愚痴をこぼす。
「ここ以外に終末が近い世界ってあったっけ?ブルーベルは何してるんだろう」黄色の少女は賛同するように言う。
「そもそもコズミック様は?」「知らないよ。管理者は管理できないよ」「あの方と増援が来るまでこのまま?流石にきついよ」「寒いんだったらぎゅーっ」「ちょっと私も混ぜてよグリーンベル」
どやどやどや、と一気に騒がしくなった。最初の葬式のような雰囲気は消え失せた。だが流石にこれではいけないと思ったか、黒の少女が全員の前に歩み出る。
「とりあえず、私たちは警戒されてる。それは確実。この中でカルトナとガチでやり合って勝てる子はいる?いないよね。だったら、コズミック様から次の方針を伝えられるまでは潜伏して情報収集しよう」
「戦うのはブルーベルが来てからかな?」
「そうだね。じゃあ、定期連絡終わり、解散」
─────────────────────
はい、一週間ですね。
申し訳ありません(ユノグ式土下座)
─────────────────────
十年という時間は長い。この世界の住人、ほぼ全てがそう答えるだろう。それは寿命が真人族の数倍にまで及ぶ小人族、エルフ族にも当てはまることだ。
だが何事にも例外は存在する。あるいは管理者であり、あるいはとある島に住む三人であり。
そして、時の流れは残酷である。長いようで、しかし過ぎてみると結局は一瞬なのだ。
そう、一瞬。
「十年かー」
とある島で、例外の一人がもう二人の例外に向けて呟く。
「どうだった?」
「あっという間だったよ。ネアと過ごしてると、本当に」
「結構早いものですね。」
彼女らは不老不死。唯一アヤメのみはその範疇を下回るが、それでもこの世界の法則からは十分逸脱している。
────何年か前の話だが、とある者が彼女らに尋ねた。「いい加減退屈にはなりませんか、島に籠ってたら」と。
返答は三者三様に見えて、実は大まかには同じだ。
「確かに、自分以外誰も居なかったらそうなるかもね。だけど、一緒に過ごす人が居たら、案外飽きないものだよ」「これ以上はいらないよー。大切な人と永遠に一緒に居られるからねー」「別に退屈でも構いません。することがあるうちは、ですね」
────尋ねた者は後に、どうしても理解に苦しむということを語ったそうだ。
返答は簡潔。
「だって不老不死になったことないもんね」だった。
今日も三人は暖かな空の下、流れるように過ぎていく毎日を生きていく。
その進む道はたまに誰かと交差しながら。また、数本の線に積極的に交差されながら。
もうね、はい。
ゆるしてくださいなんでもしまs
・・・・・・
ある日の昼下がり。
スミレは日向ぼっこをしながら本を読み、ネアはその隣でうつらうつらし、アヤメは島の植物の手入れをしていた。
そしてついでに、なぜか。
「本当に俺が居て良いのか、これ」
「あの二人が許可したから良いんですよ」
カルトナがいる。アヤメに心配そうに話し掛ける姿には伝説の威厳などない。そう、ただ白髪の混じったエルフ族のおじさんである。
だが流石と言うべきか、「そうか、なら少しゆっくりしていくか。ダンジョンには明日行くか」と答えた。
······忘れている者も居るかも知れないが、この島はダンジョンの近くに位置している。だから勇者達が立ち寄ることができたのだ。
「そういえば、勇者達と言えば、お祈りは済ませましたか?」
「いや」
アヤメの問いに簡潔に答えるカルトナ。
アヤメは一瞬反応に困るような顔をしたが、
「何故です?」と訊ねる。
「······嫌な予感がする。最近は管理者の動向も不安だ。あとはいまだに流行り病が終息しない······」
そのまま独り沈思に沈む彼を、一体どうしようかとアヤメは数秒考える。
出てきたのは至って普通の答え。
「あの二人なら大丈夫ですって。それより休まないんですか、お疲れでしょう?」
「······まあな」
過保護だなぁ、とカルトナは苦笑する。
その何気ない言葉に、アヤメは答えない。
そして次の日、カルトナはダンジョンへ行った。······なんと、たった一人で。
「え、ダンジョンって一人で攻略するものなの?」
「······」スミレの独り言に反応したのはネアではなく、青い顔で首を振るアヤメだった。
「まあ師匠は伝説だからねー。肉体の衰弱始まってるのによくやるよー」とネアはあくまで何でもないように言った。そして、
「そういえばここ数年実戦やってないやー」
······人によっては猛烈に深刻な言葉を、呟く。
「で、何でこうなるんですか」
「実戦だよ」
「いや確かにそうですけど!」
島の南端に猫の額ほどの荒れ地がある。そこは植物が何も生えていない。そこで、真剣な顔のネアと冷汗を流すアヤメが向き合っていた。
「えーと、とりあえず全力で私に攻撃してきてー。頑張って防御するからー」
「えぇ······うーん、勝てる気がしない······」どっちの特訓なのかわかりませんよとアヤメのぼやき。
「頑張ってー」
観戦者はスミレ一人である。審判は当然だが居ない、どちらかが音を上げたら終わりである。
「まずは······っていうか私からじゃないと始まりませんね、いきますよ」
アヤメの刀が容赦ない速度で大上段から振り下ろされる。流石に鞘はつけているので安全であるが、まあ食らったら相当痛いはずだ。ネアはその迫る刀を杖で受け止め、······そして押される。
「っ······!?思ったより、威力がー」
それでも余裕と見え、口調は特に変えない。対するアヤメも何でもないような顔をして、次の攻撃にかかる。
それからしばらくの間、空気を斬る音、受け止める鈍い音が響く。やがて二人の顔に汗が浮かんでくる。いくら季節が季節とはいえ、暑い時は暑く、疲れる時は疲れるのだ。
「ここから本気でいきますよ」アヤメの声が響く。
「いいよー」宣言を受けてもネアに変化はない。
「ネア、頑張って」スミレは当然恋人を応援する。
そして最初と同じように刀が振られる······が、心なしかわずかに速い。だがネアに余裕で防がれ、
「あまいっ」────アヤメが跳んだ。なんと、触れている刀と杖を支点にして。
片手に重さを受けてネアの姿勢が崩れる。それを見逃さずにアヤメの突きが入り、
「『リフレクト』。······うーん、やられた」
刀は弾き飛ばされた。
「······予想外だったよー」
ネアが右手をさすりながら言うと、アヤメは得意気な笑みを浮かべる。
「身体強化魔法をフル活用しましたからね。······で、結構容赦なく体重かけたんですが······大丈夫ですか」
「大丈夫ー。スミレに湿布貼ってもらうよー。ありがとねー」「こちらこそ」
「······ネア」
「スミレ、何ー?」
「······すごく、格好良かった」
「···ありがとう。スミレのおかげだよ。」
[中途半端ですが切ります]
街。そう、いつもの城下町である。ユノグの前から何世代にもわたって外敵やその他の厄災をはね除けてきた歴史を持つ。
その中に、世界的にも大きな市場がある。毎日人の往来が途切れない。それは冬であっても夜であってもほぼ的確だった。
さて、そんなある冬の夜。
市場にスミレとネア、アヤメがいた。見えないが、カルトナとユノグもどこかには居るのだろう。そういう者たちなのだ。
「寒い······」
軽く震えるスミレの首に、ネアは微笑んでマフラーをかけてやる。
「あったかくなったー?」
「······え、あれ、うん、あったかくなった。けど、マフラーっていつの間に?」
「流石に手作りは無理だったよー······」
「······嬉しい」
「······あ、ありがとう」
アヤメは思う。この王国では同性の結婚は何故か認められていない。ユノグも認める運動をしているらしいが、大臣がうるさいという愚痴を、この前の訪問で聞いた。
そう、この王国は、光の王国等と言われるくらいには栄光と平和、そして自由に溢れているが、それでも影は差す。
その影は、彼女たちの光も覆い尽くしてしまうのだろうか。あんなにも、あんなにも────
と、二人を眺めようとした、その視線はいつの間にか周囲に向けられていた。特に何か殺気を感じた訳ではない。ただ、何か違和感を感じた。
冬の夜ということもあるだろうが、どことなく人通りが少ないような気がする。アヤメが強いだけかも知れないが、寒いのは寒いのだがそれほど耐えきれない訳ではないのだ。
本来であれば、周囲が固められるくらいには人がいたはずだ、と記憶を呼び起こす。答えはすぐに見つかった。確か、ユノグだかカルトナだかが流行り病とか言っていたような気がする。それの影響だろうか。
数秒の間をおいて、アヤメは決断する。
────嫌な予感がする、今回は早めに切り上げさせよう、と。
夕方に到着したばかりだが、勇者と聖女の血、そして鍛えた洞察力が警鐘を鳴らしている。
何処かから、長い黒髪が覗いた。
三十年という時間は、とても長い。だが、振り返ると短かったりする。それは、種族に関係なく、生けとし生きるもの全てが感じることだ。
ある王は言った。
『所詮我々の命は短い。エルフでも、必ずどこかで終わりがある』
『永遠を望むか、だって?いや、幸せ無しでの永遠は存在できない。私は未熟だからな、幸せになる権利は無い』
『逆に言えば、幸せになったら永遠になる────そういうことだ。来世でもどこかで繋がるだろうからな。』
『死後の世界には定説は無いが、これは言える。
永遠は、ある。······まあ、海の真ん中にな』
あるシスターは言った。
『子供の頃から英雄譚の勇者に憧れてたんです。······実際、私の偉大なお姉さまもなんだかんだで憧れてたみたいですし、選ばれた時はこっちまで嬉しくなりましたよ』
『確か、私が入りたての頃でしたね。戻りたくないと言えば嘘になりますが······』
『でも、どんな人も居なくなる。はい、あの時までどうして知らなかったのでしょうかね······』
『それでも、なぜかあの人たちは居なくなる気がしませんでした。不思議ですね。やっぱり、幸福は偉大ですね』
ある老ウェイターはこんな言葉を遺して逝った。
『結局私の命は終わるんです。伝えておいて下さい、今を生きている皆様に。』
『一人も伝え漏らしてはいけませんよ。』
『この幸せを、決して忘れないでください』
『そして、終わりがあることと、ないことを忘れないでください』
ある魔法使いは言った。
『終わりが近付いてくる。ま、こんなものか。したいことをやれなかったしな』
『果たして俺は、あいつらの魂の記憶に名を刻めただろうか······』
『分かってる。証拠などはどこにもない。だが、知りたくてな。』
『······さあ、最後の数年だな。俺には永遠と幸せは無かった。だから、あいつらには、どっちも与えてくれるか────コズミック』
天空の城、摩天楼にて、黒髪の長髪が揺れる。そして、薄く笑う。
『私の性格と、世界の現状を見てから頼むんだな。』
彼女の周囲には、首からベルを提げた数十人十色の少女たち。
『そろそろか。壊すぞ』
『ブルーベルは?』
『知らないな』
幾重の感情を向けられる三人は、
最後だけ、気づかないままだった。
次回>>70から、シーズン2開始です。
(補足説明しますが、シーズン2はシーズン1から三十年後の世界です。)
今回はストーリーはありません。
シーズン2の注意点を言います。
>わずかとは言えないような百合<
>そこそこ重度な残酷な描写<
>ご都合主義あるかも<
>ほぼアドリブゆえの意味不明表現<
>なるべく失踪しない<
>感想だけなら乱入どうぞ<
と言うわけで、もし見てくれる方がいるならば、『貴女に沈丁花を』シーズン2、よろしくお願いします。
[シーズン2スタートです]
一昨日も平和。今日も平和。多分明日も平和、明後日も。このまま永遠────いや、正確に言えば、数千年後のアヤメの寿命まで、この平穏で幸せな毎日は続くであろう。
たまに大陸に行って、カルトナが来たりして、······そして、あのレストランのウェイターのように少しずつ、知り合いが居なくなる。そんな平和が。
────話題の中心となっている二人は別に気にしていないように、もしくは割りきっているように見える。スミレとネア、どちらも互いに相思相愛、恋人以上婦妻以下の関係なのだ。それは、決して切れないような錯覚さえ抱かせるのだ。そして命は永遠、ほとんど絶対的な存在である。
しかし、何事にも例外はあり、その例外というものは大抵が人智を超えた現象、物等によって起こされる。
ならこれも、そうなのであろうか。
「······?」花の手入れをしていたスミレは、突如感じた違和感に首を傾げた。
······違和感。とにかく、言葉ではとても言い表せない感覚が、四肢の末端から中央へと、ゆっくりと伝ってくる。
ここでスミレは思考する。自分の体は致死以上、つまり少しでも命の危機だと何かにより判断された場合、不死身が発動するようになっている。それは外傷でも、病気でも同じだ。つまり、これは騒ぐほどのことではない、と彼女は判断した。······同時に、これが病気だったらネアは看病してくれるのだろうか、とも思う。いっそバカップルじみてきた。
そしてスミレは、数日が経過するまで、このことを脳裏から完全に追い出してしまった。
数日が経過し、スミレは自分の迂闊さを後悔した。その違和感は、彼女の痩せた身体を確実に蝕み、歩行すらも困難にさせていたのだ。
「(な、なんで。これは、何?すごくだるい······息が苦しい······)」
次第に立っていられなくなり、とん、と背中を壁に落とす。そしてそのまま、深いが弱い呼吸を二度行う。それだけで倦怠感は加速し、締め付けられるような感覚も変わらない。
あ、これまずいやつだ、とスミレは今更に思い知る。原因は不明だが、不死身が発動していないようなのだ。道理でここまで悪化するはずである。
「とにかく······ネアのところに」
そうして一歩進もうとした瞬間、突然身体から力が抜ける。足がふにゃりと音をたてそうな感じで曲がる。そしてスミレは────それに、対応できなかった。
どさっ、という音と共に、彼女の意識は闇に落ちていった。
──────────────────
「······はっ」
スミレが目を覚ましたのは、いつもの寝室だった。なら、今までのことは夢だったのか?いや、そんなはずはない。身体の倦怠感はさらに強くなっていた。······もういっそ、動けなくなりそうなくらいに。逆に言うと、なぜこれで立ててたのか分からない。
さて────このようなことを思考でぐるぐる回していても仕方がない。ともかく、何故こうなったのか?それを突き止めるのが大切である。そこまで、気力が保てば、の話だが。
いや、そもそも彼女がこのようなことになっていて、放置するような者は周囲には居ない。その証拠に今、ネアが寝室に飛び込んできた。
「スミレっ!大丈夫!?」口調から余裕が消えている。
「あ、ネア。······ちょっと、訳がわからないけど······まずい、かも」そんな一生懸命な彼女がいるからこそ、スミレは思ったままに伝える。
「······流行り病」
ネアが呟いたその言葉は、スミレの脳に突き刺さった。
「······どうして?私、不死身だよね」
「······」
ネアは無言のまま、スミレのすぐそばに来る。そしてスミレの手を取り、
「大丈夫だから。色々使って、絶対何とかする」
そう、宣言する。
無期限更新停止します。
こんな私の下水以下の小説を読んでいる方、喜んでください。
↑
75:水色瞳◆hJgorQc hoge:2020/07/30(木) 00:44復帰しました。
76:水色瞳◆hJgorQc hoge:2020/07/30(木) 00:58 (しばらくネアです。)
さて。
ネアが絶対に助ける、と誓った以上、その名の通りスミレは助かるべきである。
だが、どうやって?
とりあえず彼女は、アヤメを呼ぶことにした。
「えっえっ、どういうことなんですか」
駆け付けたアヤメは秒で右往左往する。────彼女は聡明だが、まだネアほど死線をくぐり抜けた経験はない。責められることではない。このような状態でこうなるのはある意味仕方ないのかも知れない。
そんな彼女を一瞥し、ネアは思考を巡らす。
「師匠呼んできて」
「あっ、分かりました!」
ネア一人では何もわからない。スミレの不死身が消えた理由も、外界から遮断されているはずの島に流行り病が発生した理由も、そして自分とアヤメが感染しない、いや、症状がない理由も。だから、知っている────もしくは、″知ることが出来る″者に協力を仰ぐのだ。
ネアは急いで貯めてあった薬草を鍋に突っ込み味を付けて煮込む。薬膳スープ、と呼べば良いかもしれない。
スープばっかり作ってるなぁ、と彼女は今更ながらに苦笑する。だが、基本の基本であるスープの調理が上手くいかない彼女はこれ以上望まない。
魔法も交えての全力調理でスープは瞬く間に完成した。一応味見をしてみたが······普通に美味しかった。火事場の愛の力ってすごい、とネアは純粋な喜びと共に思う。
さて、少しでも症状が楽になればいい、とスープを持った彼女がスミレの部屋に向かおうとしたときである。
どたどたどた、という音と共にアヤメが出戻ってきた。その顔は焦りで真っ赤である。
ただ事ではない、と感じたネアは足を止める。
「どうしたの、」
「ね、念話魔法と······ワープ魔法が······使えなくなってます······!」
アヤメは食いぎみに話した。それだけではない、船も忽然と消えて、周囲を泳いでいた魚も見えない。そして、極めつけに────城。蒼の城。それが、遥か遠くの水面に、″建っていた″。
「······確か、師匠ってダンジョンだよね」それでも。冷静さを失わないのが、昔とは違う、今のネアである。
「はい、ダンジョンですが······」
「なら、いいよ。どっちにしてもワープ魔法を使うことになるでしょ?」
「そうですが······」
「だったら、師匠が気付かない訳がない」
ネアはそのまま部屋に入っていく。残されたアヤメは少しの間呆然としていたが、ふと外を見た時である。
何とも言えぬ威圧感が、迫ってくる。
(hogeてました、申し訳ございません)
78:水色瞳◆hJgorQc:2020/08/10(月) 16:21 [約二週間。本当に申し訳ありません。]
カルトナは後悔していた。彼らしくないことに。
こうなることは予測できていたはずなのに、と。
ついに耄碌したか、と自嘲する。しかし、自嘲には意味がないことを彼は知っている。何時だって、後に続く者には意味のあることを残そうとする、無意識の賜物だった。
が、今度は意識無意識の問題ではない。最悪の場合、世界が終わる。ほとんど自業自得と言っても変わらないが。
水面を蹴る。魔法で巧みに身体能力を高めたり、水の粘性を極限まで弱めたりといった努力があって初めて水上歩行が可能となるのだ。そしてカルトナにとって、そんなことは造作もない。
そんな伝説の魔法使いが、走る。何かが起きていなかったとしても。それが、彼の責任なのだ。
蹴られるようにして木の家の扉が開かれる。本当に蹴らなかったのは彼なりの配慮だろうか。だが流石に大きな音が出た。丁度手持ち無沙汰になっていて玄関にいたアヤメは肩を跳ねさせる。
「ほ、本当に来た······」
「ん?······いや、その事はいい。″間に合った″か?」
「············少なくとも期待している結果にはなってないです」アヤメは首を振る。
「その言い方だと······間に合ってないが間に合ったのか。それで、どうした?」
カルトナが目を細めたその時、丁度ネアが部屋から出てきた。
「師匠。······」
「お、ネア。状態はどうだ」
「······3日、ですかね。······師匠、質問があります」
ここでカルトナはネアの目を見る。それは、いつかの目とは違う。必ず大切な人を助けようとする、勇気と決意の瞳。
彼は薄く微笑む。······そして、心から、
「······良いぞ。何を聞きたい?」と。即答だった。
彼はネアに魔法のみならず、数えきれないほどの教訓を与えた。そのうちの一つ────『辛いなら誰かを頼れ』。
(いいじゃないか。俺も安心して逝けるな。大体のことは教えたしな····························································本当に?)
「師匠?」
「あ、すまんすまん、次は?」
「······スミレの不死性のことなんですが」
「あぁ······って、······なるほど分かった、不死性消えてるから感染したのか?」
「多分そうかもしれません。スミレの不死は致死と判断したらそれを無効にするものなので······」
「じゃあ致死性さえ戻せば治るのか。······待て、それなら何故お前とアヤメは感染していない?いや、ネア、何故不死性が消えていない?」
「そこ、ですね。私は知りません。師匠、処刑とか何か言ってましたよね?······何か、あるのでしょう?」
ネアの視線、そして決意を全身に受けて問い詰められたカルトナは、大きく息を吐く。その仕草は、果たして是非を考えているのか、それとももう言うことを整理しているのか。
いや────この現状。そして、知っていることが、前者の選択を無かったことにする。
「いいぞ······何でも聞いてくれ。聞かれなかったことは話さないからな」
ネアは容赦をしなかった。
「世界の管理者について。何者なんですか?また、師匠との繋がりは?」
「この世界を管理しているのは、コズミック・グレーデという奴だ。おそらくスミレより長く生きてるぞ。······世界の管理者の役目は、世界全般の管理······例えば魂の数を一定に調節したりな。そして俺は······管理者がへまをした時に処刑する······『処刑者』の当代だ」
「············こうなった理由、とか······予測できますか?」ネアは努めて平静に尋ねる。
カルトナはそれを聞いて微笑み、あくまで予測だぞ?と前置きして、
「そう······だな。スミレは不死だろ?つまり、魂がかなり大きくなってる。最も、最近まではほぼ何もなかったから、コズミックも何もしなかったみたいだが······さて、ここに来て誰かのお陰か、魂がまた肥大してきてしまった。さあ、面倒臭がりのあいつは大変だ。それに、またこうやって不死の存在が誕生してしまった。······実力行使に出てもおかしくないだろうよ」と、わずかに冷笑を交えて語る。
「子供なんですかね?」とネア。
「後天的だろうよ」とはカルトナの苦笑である。
「さて────ネア。俺に策があるぞ。······いやな?そうしょんぼりするな。お前は何も知らなかっただろ、仕方ないさ」
「······私は、」「大丈夫。お前の決意は、きっと伝わってるさ。······何より、スミレが」「いいです、分かりましたよ、わかりましたから·······」
このままだと劣勢になると見て、ネアは強引にカルトナの話を遮る。何より、······分かっているのだ。······
そして一分後、カルトナは口を開く。それを聞いて、アヤメはおろか、ネアまでも驚愕した。······当然である。
[切ります]
『神殺し』────それは、世界の中で二人しか知らない魔法。その名を聞いても、ネアは首を傾げるだけ。
「ん?あー、なるほどな。」とカルトナは呟く。「まあ大層な名前ついてるだけなんだが······要は世界の管理者を処刑するために使う魔法だ」
処刑。カルトナが、管理者に対してそれを実行するための者だということは今知った。だが、
「何故私に?」
「まあ待て。順に話してやる。まずはどうして教えなかったについてだが。」
カルトナによると、処刑者以外がその魔法を管理者に使う、というか『撃つ』と全身から血を吹き出して死んでしまうらしい。だから教えなかったのだ、とも。
そしてカルトナは、
「実際に見てもらおうか。『神殺し』」
ネアは、今までほとんど見たことがなかったカルトナの杖が、彼の右手に握られていることに気づいた。その黒と銀の杖が────変形する。ぐにゃり、ではなく。ぶわぁ、かちゃり。と、ゆっくりなようで、一瞬。
その形は、今まで誰も見たことがないようで────しかしスミレは知っているであろう形だった。引き金を引き、金属でできた弾を放ち相手を殺傷する凶器の形、と言えば分かりやすいだろうか。
そう、銃である。
カルトナの手に収まったそれを、ネアとアヤメは興味津々に眺める。
「一回撃ってみるか?」
「え、ちょ師匠、これを使ってどうするんですか」
「当たり前だろ?少しあいつは痛い目に遭わせてやらないとな」
「神『殺し』······」アヤメが久々に口を開いた。「それ、当たりどころが悪いと······」
「死んでもいい。まあ処刑用だからな、もう俺は諦めた」
さらっとその一言。これでなかったようなものの、許可は降りた。だが、ネアにはまだ疑問がある。
「師匠?これで、本当に終わるんですか?そもそも、そのコズミックとやらはどこに居るんですか?」
カルトナは黙然と大規模索敵魔法を発動する。そしてそれを、ちょうど均一な壁に投影した。二人がそれを見ると────ある。縮尺は分からないが、蒼い城が、北に。
「ここ、だ。ちょっと前までは無かったはず」トントン、と指で示す。
「ここに、傍迷惑な奴がいる。痛め付けてこい······ということだ。で、そのためにはこれが必要になる」拳銃を手のひらで回しながら、しかも厳かにカルトナは言った。
「そしたら······スミレは」
「不死を取り戻すはずさ。何だかんだでコズミック、あいつは義理堅いところがあった······でもな。もしあいつが何もしなかったら。容赦なしで殺せ。あいつを魔王だと思え。それでも管理者の制限は無くなるはずだ。」
ただ、と彼は一拍開ける。
「『神殺し』を修得する必要がある······三日で。しかもだ、処刑者ではない者が。失敗したら全身から血が噴き出るぞ?」
────「師匠?」
その時。ネアの放つ雰囲気が、目に見えて替わった。カルトナは、思わず気圧されるのを実感した。
「私がそれしきで止まるとでも?大切な人を危険に晒されて?もう二度とあんな思いをしたくないのに?······」
「「······」」二人に、絵に書いたような『沈黙』が降りた。
「いいですか?私は何故かまだ不死身です。つまりは────文字通り、スミレのために、何でもできるんですよ」
それを聞いたカルトナは思わず、暴発した。
「よーし、言ったな何でもするって言ったな??」
「ええ言いましたとも、生理的に無理なこと以外は」
「あるじゃねぇか、ともかくそれで失敗したら練習の時点で身体中から血が噴き出るぞ?今から脳内に投影してやるから待ってろよ?」
「いや師匠あなた止めたいのかやってほしいのかどっちなんですか」
「·····························すまん。」
「いえ、私も少し熱くなっちゃいました」
「────覚悟は出来てるんだな?」「スミレのために。」
「アヤメ」「はいっ」「お前もサポートする覚悟はあるか?」「···皆のために」
抵抗せよ。
大切な人のため。
[ユノグ回です。]
王国の中心にそびえる城。そこには、職務を行う最低限の家臣達が集められて、毎日王国の面倒事を片付けている。もう中年と言ってもいい賢(剣)王、ユノグ・レイヴンと共に。
「中年は余計だ」
「一応貴方負け組なんですよ陛下?妃居ないでしょう?」
「······王が私でよかったな、大臣とかだったらとっくに処刑されてるぞ」
いつものように遠慮しない側近に適当な返しをする────が、状況は芳しくない。何せ、ワープ魔法や念話魔法、その他いくつかの魔法が、突然使えなくなったのだ。当然国民からは困惑の声が上がる。
「······それに乗じて大臣が何かしてくるかも知れないしなぁ······」ユノグはこめかみの辺りを揉みながら呟く。
大臣はユノグのことを快く思っていない。そのため、今回の混乱に乗じて悪辣な手段を取ってくることが予想される。
例えば料理に毒を混ぜる、単に暗殺者を送り込むなど様々だが────前者は侍女が普段から何とかしてくれている上にそもそもユノグ自身の毒耐性もかなりのものなのでほぼ意味はなく、暗殺者もユノグに勝てるとは思えない。いくら年齢を重ねても強い者は強いのである。
「そう考えると可愛いものですねぇ」
「言ってあげるな」
本人が居ないことをいいことに好き放題言う王国の重要人物たちであった。
─────────────────
とすっ。
「────」
直後······側近の首から鮮血が迸る。
そこには、棒のようで、先端が鋭利なもの────つまり矢があった。
ユノグの体は、思考を置き去りにして動く。
座っていた体勢から一瞬で立ち上がりつつ玉座の後ろに回る。そこに、一瞬前まで彼の頭があった場所に矢が突き刺さる。それには頓着せず、側近を長い腕で玉座の後ろまで引っ張る。
────側近が射られてからここまで、わずか五秒。
彼の顔面は失血で蒼白になり────そして呼吸困難になっていた。
ユノグは少し考える。今の状況では回復したとしてまた射られるのがオチだ。なので、ここは。
彼は玉座の真後ろの壁にある宝剣を手に取る。そして襲撃者を玉座の影から見る。
やはりというか、大臣だった。しかも単体。だが神器レベルの弓を持っている。そして大臣が何かを唱える。すると、事前に後ろに下がっていたユノグの目の前で、玉座が火球に包まれて吹っ飛んだ。なかなかの威力である。
だが、大臣はそこで油断してしまった。
まだ煙が晴れないうちに、ユノグ達の生死を確認しようとしてそこに近付き、
金属音と共に吹っ飛ばされた。その音は、宝剣と弓が衝突した音である。
「かはっ······」
化け物を見たかのような目になる大臣は、しかし弓を手放さない。折角安全圏に吹き飛ばされたことだ、安心して狙える······と馬鹿な思考をした。
結末は、周りの誰も予想していない形で訪れた。
『────大規模浄化光魔法『裁き』!』
光の柱と共に、消えた。
跡形もなく。
ユノグが目を開いた時、辺りにはおよそ20人程度のシスターが右往左往していた。ついでに何故か侍女も混じっている。
ひとまず侍女に、すでにある程度治療された側近を休養室に運んで欲しいと頼んだ。まだ若い彼女は軽く顔を紅潮させてうなずく。
それを見送った後────シスター達の中に、見知った顔を見付けた。
「シスター・コトミ」
「はい、何でしょうか」
「貴女方がやってくれたんだな。感謝する」
「どうも。でもこれはついでなんですよ。ユノグ様、教会にいらしてください。······詳しくは後で説明します。」
そういえば教会には蒼い王城の絵が飾られてあった、と何故か思うユノグだった。
[ちょっとあとがき]
二話連続で1500文字超えた······
[自分でも書いたことが意味不明だと分かります。ご注意ください。]
何処か遠くで悪が消えたような気がして、アヤメは見当をつけてそちらを眺める。
島から大陸は見えない。当然、そのようなものも見えなかった。
一瞬首を傾げた後、また素振りを再開する。────そう、彼女は両親ほど強くはない。下手をすると、スミレより弱いかも知れない。
だが、今動ける人数は限られている。そもそも、そうでなくとも。こんな状況で、真っ先に動かなければ、両親に示しがつかない。たまにネアが何も食べずに練習していることもあり、そのサポートも加わって今までで最高に忙しい時間となった。
さて、ネアはというと。
「(どうすれば実体化できる?杖を変形······というか、そもそもあの形は何だろう?明らかに今の時代には無い形。······そうか、処刑だから正義と、覚悟が必要············)」
持てる魔法知識と技術、経験を総動員。それでもまだ、何かしら足りない────というか、根本的に少しズレている気がするのは、きっとネアの方向性とは違う魔法だからだろう。
絶対的強者を倒そうという考えなど、彼女はこれまで全く持ったことが無かった。
だから。
考え方を変えよう。
この世界に絶対は無い。
でも。
私達なら、法則を超越して、絶対を作ってみせる。
「(············嘘だろ)」
カルトナは静かに、驚愕の嵐に呑み込まれていた。
「(俺が先代から教わった時なんて一年だぞ?······ははっ、どうしてこんな秀才が真人族なんだと思ってたが······なるほどな)」
未来は誰にも想像がつかない。だが、過去と現在にあった偶然の集合体であることは確かだ。つまり、起こった事は、確実に未来にも影響する。
こうしてネアが不死身になって、最強の魔法使いになるのも────何処かで決まっていた未来なのかも知れない。
そして今日も日が暮れる。夕暮れの太陽が、光と闇を伝えてきた。
[久々の百合。注意です。]
「······少し聞きたいんだが」
「何でしょうか?私に答えられることなら」
「あの時何故大臣を消し飛ばした?」
「え、駄目でした?」
「そうじゃない。理由を聞きたい。まさか私怨とか私が心配だからとかでは······いや、だけではあるまい?」
「············そうですね。前々から言おうと思ってたんですけど、大臣に魔王の魔素が組み込まれてました」
「はあ?」
「魔素には善と悪があるって習いませんでしたかね」
「それは馬鹿にしてるだろ。仮にも王が習っていなかったらその国は終わりだ」
「ですね。失礼しました。とにかく、このままでは新しい魔王になる可能性があったので消させていただきました。」
「なるほどな············所でだ、············絵に入るのか?」
「私に聞かないでください、と言えれば良かったのですが図星です。さあ、大聖堂ですよ」
「····································」
日が完全に暮れた。それでもなおネアはやり続ける。一秒でも時間が惜しい、という風に。
試して、試して、試し続けて············月も傾き始めた頃。
ついに魔力が練れなくなったネアは肩で息をする。
数秒考えた後、周りに誰も居ないことを悟り、そそくさと家の中へ。
念の為に取っておいた魔力結晶(魔力が封じ込めてある。恐ろしく高い)の欠片を砕き、お湯を温めて1人で入浴する。
スミレに教わったこの入浴という行為はとてもリラックス出来るものだった。
しかし今はスミレが居ない。
ぶくぶく、とやって頭の中の考えを大体排除し、そのまま出る。お湯は収納魔法に収めておく。どうやら何かに使えるらしいから。
そして風呂場から出た所でネアの記憶は途切れている。
次に彼女が目を覚ましたのは部屋だった。
ぱっ、と飛び起きるとすぐ側にはスミレがいた。苦しそうだが、しかしどこか安心したような顔をして、眠っている。
何故か一週間以上会っていないような感覚がして、思わず愛しい彼女の額を撫でていたネアだった。
しばらくした後で、もしかしたら自分をここまで運んできたのはスミレかもしれない、とネアは考えた。とても申し訳ない気分になる。
せめて彼女の額に、冷たい氷の入った袋を当てて感謝する。
空が明るくなっていく。時間だ、とネアは家を飛び出し、また練習を始める。
「············まけないで」
そんな声は、誰の声だっただろうか。
[はい、本日三つ目。相変わらず意味不明ですが興味無ければスルーしてください。]
「────『神殺し』」
そうネアが唱えると、彼女の杖が変化していく。棒状から縮まり、持ち手が曲がり。······カルトナよりも変形時間はかなり長いが、しばらくすると、その手には拳銃が握られていた。
練習時間はたったの二日半、予定よりも半日早かった。
「······マジか」
カルトナは、もはや絶句するしかなかった。
それでも気を持ち直し、軽く息を吐いて、
「······よし。少し貸してみろ」
「どうするんです?」
「撃てるかどうか確かめる」銃を受け取りながら彼は言った。
先を持ち、軽く振ってみて、
「撃てるな。ほい」
と一瞬で返す。重さの問題だったようだ。
「お疲れさん。多分これで俺が教えることは······本当に無くなった。······安心して逝けるぜ」
「こちらこそ、今までありがとうございました」
ネアもそれを了解し、お辞儀と型通りの謝礼を返す。
と、その時。彼女の重心が軽く揺らぎ、倒れそうになる。近くに来ていたアヤメが慌てて支えたため倒れなかった。だが、
「やっぱり負担がかかるか······仕方ないな。ネア、時間まで休んでろよ」
ネアは反論しようとした。が、こうなった以上外で時間まで待つ理由もない。
ありがたく休ませてもらうことにしたようだ。
「······さてと。」
カルトナは、大陸にある大聖堂を思い浮かべていた。それは懐古ではない。あくまでも彼らしく────
「あいつらは、果たしてあの絵に気付くのだろうかね?」
「ここですよ」
「これか。······あー、予想はしてたがね、やっぱり浮いてた城が着水してるなぁ!」
大聖堂の中だと言うのに叫ぶユノグ。だがここには、案内してきたコトミと数名のシスター、そして何故かついてきた侍女しか居ない。徹底的に人払いがされている。それは、この後起こることを秘匿するためである。
そして、ユノグも絵の中に飛び込むことになるのだが────ここで問題がある。王の不在中、国政をどうするか?
「異変解決に時間がかかった場合······そうだな、側近、······ヴァンスに頼むか。あいつ今頃は起き上がってきて何食わぬ顔で仕事しているだろうよ」
「分かりました。ええとアニー、そのようにヴァンス様に伝えてください」
コトミは近くにいた三つ編みのシスターに言伝する。と、ここでユノグが気付く。
「待て?シスター・コトミ、貴女もなのか?」
「そうですよ?何ですか、私にはおねえさまの仲間と友達を見捨てることなんて出来ませんよ」
「はっ?」
ユノグは混乱した。コトミがおねえさまと呼ぶのは、『聖女』リリーのみだ。そしてその仲間というと、勇者達しか居ない。つまりはネアのことである。そして友達とは?────スミレだ!
「····························································」
何となく、何があったのか察する。彼のため息は深い。
そして、瞳に炎を宿した。
「了解。行くか。············はっ?いやいやいや、アリシア!?」
······侍女がユノグの後ろに着いてきて離れない。このまま一緒に行きます、という覚悟が伝わってくる。
「······えーと」
言葉もない。ユノグは軽く頭を掻く。
そして、死ぬんじゃないぞと念を押して、絵に飛び込んだ。
水の中に居るような感覚────しかしそれは長続きしない。後ろから着いてくる、アリシアを含めた何人かが見えた頃。蒼い城に一番近い陸地に、道が繋がった。つまり、そこは············島だった。
「························································································································」
長い時が過ぎた。そう言っても気が立っている状態のカルトナの感覚なので実際は6時間程度である。
だが状況から言って少々まずい状態であることには変わりなく────そろそろ、スミレの精神力次第では衰弱するリスクがあるレベルまで到達する。その先は············言わなくても分かるはずだ。
だから余計に気が立つ。待たなければどうしようもないと考えつつも。
突如、彼の視線の先で、空間が歪んだ。
ぐにゃりという音はしない。
水が跳ねる音が聞こえる。
その直後、ちょうど蒼の城が一番大きく見える場所に、水色の板が現れる。
ちょうど、空気とコップの水が触れ合う場所をそのまま切り取ったような────そんな板が。
「······来たな。気付いたらしい。············ふぅ、賭けは成功か」カルトナは大きく息を吐いた。
その数秒後、板から男が出てくる。······彼の名はユノグ=レイヴン。王国の当代王である。
「来たかユノグ。よし、わけは後で話すから少し作戦を練ろうや」他の何人かが出てくるのを眺めながら、カルトナは手を叩く。
「それは後で良いんですかね?············何なんですか一体?」「単刀直入に言う、あの城を攻めて管理者を降伏させろ」「すいません、わけも話しやがれください」
スミレが不死生を失い流行病のピンチ、という内容を大体把握したユノグは、いくつか引っ掛かりを感じたのでカルトナに質問する。
「早計過ぎないか、という事だな。······まあ、気持ちは分かる。だがな、普通考えてみろ?この島は他の大陸から隔絶されている。病気など入ってくるわけが無い」
「お出かけはどうでしょう」
「ちょっと過去の記録を調べてみたんだが、感染から症状の発現までは一週間弱······確かアヤメが、最後に行ったのは三週間前と言ってたな?」
「······ふむ。」
「あ、一応ですが全員清めておきましたよ。」コトミが横から入ってきた。
「それはありがたい」
夜が迫ってくる。
────夜は、目が利かなくなり一見不利なのだが、実は魔法が見やすくなるという利点もある。そこに高度暗視魔法をかければ、完璧と言っても良いほどになるのだ。
日が落ちて────コトミの光魔法が周囲を淡く照らす。
嵐の前の静けさ、と言うべきなのだろうか······今少し、安寧が訪れた。
[ご都合主義が嫌いな方は見ないようにお願いします。]
[百合があります。]
スミレが目を覚ましたのは、周囲が薄暗くなってからだった。
外は夜の抱擁が迫りつつある。そして、スミレには死の抱擁が。────まだ精神力で回避できる。だがそれもいつ折れるか分からない。ネアが近くに居なければ折れてしまいそうだった。
倦怠感と筋肉痛、頭痛と息苦しさ、そして寒気と疲労感。······つまりは、この病気は完全に心を折りに来ている。今現在でも少しずつ大きくなっていくそれに、抵抗も風前の灯火に······
────じゃあ、何故スミレは折れない?
簡単だ。『大切な人が頑張っているから』。
「······ん」
混濁した意識を無理やり戻す。体の芯から倦怠感が襲ってきて力が抜けそうになる。手を突こうとするがその手もふにゃり。がくがく震える手で何とか起こした上半身を支えた。
気が付けば、涙が出てきていた。もはや昔のように無感情などではないのだ。············それも逆効果になりつつあるが。
ゆっくりと体を動かして、全体的に力が抜けていく。筋肉痛で様々な場所が痛い。そして何する気力も無くなって、ぽすっと横になるのがいつもの流れだ。
何故か今日は下半身が重い。つまりは動けないという事だ。
はー、とため息をついて、毛布を被ろうとした時、気付く。感覚も失われているのだろうか、今まで分からなかった······ネアが腰の辺りに抱きついたまま、眠っていた。
びっくりした。いや、それよりもネアの足がベッドから出ている。姿勢を調整して、また毛布を掛ける。
少し元気が出てきたので、まじまじと彼女の寝顔を見詰める。世界でも有数クラスの魔法使いとは思えないような、可愛く、無防備な表情────スミレにしか見せない顔だった。
外にはなぜだか光球が浮かんでいる。どっぷりと日が落ちても、そのまま緩やかに時間が過ぎていった。
[ゴミ文章注意。]
[百合が苦手な人はブラウザバックしてください。]
無限に続くと思えた時間は、しかし数分で終わった。ネアが目を覚ましたのだ。彼女は寝起きでぼんやりとしながら自分の位置を慎重に把握して、
数秒間ぽかんとしていて、······
「······わーっ!?ごめん、本当にごめん!」
ぱっとベッドから離れようとして、
「待って」スミレの手に、その動きが止まる。
「いかないで」
「······うん」
ネアは微笑み、スミレの隣にもぞもぞとたどり着く。
ここで彼女はちらりと外を見た。次第に薄暗くなってきている。それは光球があっても、空を見ればわかる事だ。······まだ、大丈夫。真っ黒になるまでは、ここにいられる。
それまでは。どうかお願いだから、この時間がゆっくり流れますように。
気付けば二人は眠っていたようだった。いつの間にか手が繋ぎ合わされていた。
今度は早く起きたのはネアの方だった。スミレの愛しい手を握りつつ、顔色を見る。
やや青ざめているが、······ネアがいるからか、流行り病に抵抗できているらしい。その顔色は重病とはとても思えないほどだった。
────だが、一時的だろう。根本を絶たなければ、どんどん悪くなるだけなのだ。
スミレの髪を撫でつつ、ネアの心は静かに燃えていた。冷たい炎、熱い氷。矛盾しているが、暴発はしない。人は誰でも矛盾を抱えているからだ。
······だから、不死者の恋人の命が助かることも、許容されると思うのだ。
実の所、ネアは頭が良いとは言えない。だから考えも安定せず、正しいことを選べない可能性が大いにある。
これも本当は間違っているかも知れない。············けれど。
反論されようと、もう止まらない。彼女を救うまでは。
「············ん」
スミレが目を覚ます。決していい目覚めとは言えないたろうが、あっという間に霧散したらしかった。
「おはよー、スミレ」
「ん、おはよう······どのくらい寝てたのかな」
「うーん······」空を見てみると、ほとんど黒であった。「結構寝てたかもねー」
そろそろ起きなくちゃ、とネアがベッドから離れる。スミレは追わなかった。なんやかんやでもう、タイムリミットが近いのだ。自分の体で痛いほどわかる。
ネアが休んでいたのは数時間だったが体は固くなるし疲れは取れる。いくらか体を伸ばしつつもあちこち歩き回る。名残惜しそうに。
丁度その時、アヤメが入ってきた。
「なにか食べます?」
「ごめん食欲無い······」
「失礼しました······」
入ってきたと思ったら直ぐに出ていく。案外一番の苦労人はこのアヤメかも知れなかった。
アヤメは色々と考える。ギリギリで決められる構成のこと、相手のこと、そして······恐らく、今までに出会った何人かのベルを提げた少女たちが相手になるであろうことも。その中に、黄色髪の、あの大人びた少女もいる。
時間はあと30分程度。それまでに各々やるべき事をして、······皆は一人のために動く。一見奇妙だが、······それだけの価値はあるのだ。
[お久しぶりです、作者の百夜です。]
[今回は多分過去最大の百合なので、ご注意ください。]
日は完全に落ちた。だが辺りは白く、明るい。
少し窓から外の景色を覗くと、それはまあ光の反射などでモノクロに染まっていた。······ネアは普段のカラフルで綺麗な感じも好きだったが、このような白黒も逆に趣があってなかなかいい。
······それはスミレも感じている事らしく、ベッドから上半身を起こしながら外を見つめる。······命の危機が迫ると急に自然が美しく見えるらしく、半ば陶然としていた。
······病気はそうそうかかるものでは無いが、思わずその姿に見とれてしまうネアだった。
「スミレ」
「······なに?」
振り向く暇を与えずに、後ろから抱き着く。
当然ながらスミレは耐えられなかったので一緒にベッドに倒れ込む。つまりは押し倒す格好になった。
「··················」「··················」
双方どうしたものかと固まる。
少しの間抱き合った後、ネアはスミレを起こす。そのついでにひょいとお姫様抱っこで抱える。······軽い。
「······遊んでない?」
「ないよー。」
「本当に?」
と、スミレがややジト目になる。まあ一連の動作で体力は消耗するので当然のことだろう。いくら愛があっても僅かに辛いものがあった。
すると、ネアの動きが止まった。
「······ごめんやりすぎた」素直に頭を下げる。
「············えーと」
正直なところ少しの意地悪のつもりで行ったのだが、結構重く捉えられていた事に微妙な気分になるスミレ。その時、身体のことは一時的に思考から追い出されていた。
考えるより先に心と体が動く。
出会ったばかりの時の心で、ますます強くなる愛の心で。
大丈夫、あなたは私の大切な人だから。私、絶対恨まないからね。
その場でネアに突進し、頬に唇を押し付ける。
────矛盾のようだが、数秒間だけ時が止まった。
廊下から足音がする。それを聞き、お互い慌てて我に帰って離れる。
頭がふわふわして働かない。多幸感に満ち溢れる。
「姐さん、そろそろ」
アヤメがノックもせずに現れ、久しぶりに姐さん呼びをしてくる。······何か察したのだろうか?ほとんど呆けたまま動いているネアにはわからない。
頭を振って無理矢理働かせる。だがその代わり謎の感情に満たされて、またもやふわふわと、ともすれば浮かびそうになる。
「······行ってきます」
「······うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
扉が閉められた直後、スミレは勢いをつけて思いっきりベッドに倒れ込み、ネアは意味もなく階段を数段飛ばしで駆け下りた。
彼女らが我に返ったとき、一体何を思うのだろうか。
[寝ぼけながら書いたのでおかしい部分が多々あります。]
ネアが家から出ると、見慣れたようで見慣れない面々が勢揃いしていた。
アヤメ、カルトナ、ユノグとその侍女、コトミとシスター六名。合計ネア含めて十二人────人数に僅かに不安があるが、全員戦闘は出来るだろう。······ただ、不安なのがユノグの侍女、アリシアである。
「アリシア?申し訳ないが······」
「いや行きますよ、人数は多い方がいいでしょう?」
「死ぬぞ?軽く」
「やってみないと分からないでしょう。······一応私結界魔法と回復魔法マスターしてますし!それに剣技だって、ユノグ様のおかげで上手くなってる事も実感してます!······それに」
ここでアリシアは言葉を切って俯く。
「······それに、もし貴方が居なくなってしまった時······知らない事が怖いのです」
その言葉に対して、ユノグは答えを持っている。
「悪いな、私は有能な部下······つまりお前の方が大切なんだ。······死んで欲しくないのはお互い様だ」
このような台詞を恥ずかしげもなく言えるところがまた半端ではない、とネアはまだぼんやりとしている頭で思う。
······だがアリシアも引かないようだ。······自滅しそうな事など眼中にない。そして、その事を的確に突いてくるカルトナの存在も。
やはりというか、カルトナの柏手が素晴らしいタイミングで決まる。
「はいはい、お前らの主張はよく分かった。······だがアリシア、考えてみろ?······ユノグは今何て言った?」
それを聞いたユノグは思わず頭を抑えた。
······まあ、アリシアがきょとんとしていたのは救いだっただろう。······もう少し思考を戻せば言質を取れるレベルだったのだから。
「······?えーーと······」口を開けば疑問符だけのアリシアに、ユノグは向き直る。
「··················これ以上言わせるなよ、王族命令出さなきゃいけなくなる」
彼の雰囲気が変わったことを何とか把握したアリシアは頷くしかない。そしてようやく思考が追い付いたのかここで顔を赤くする。
その景色を無心で見ていたシスター達は戒律で禁止されている、そのようなことについて自分たちの将来を考えてしまった。神が居ないと助かりますね、と聖職者の立場はどこへやら。
それをこれまた無心で見ていたコトミが聞き、······教皇になった時は独断で戒律をねじ曲げてやろうと思ったのだった。
想いはどうであれ、時間である。大分小さくした光球はアリシアに手渡され、残りは全員闇に紛れつつ城を目指す。舟は使わず、風魔法の応用で飛ぶか、または水上を走るか。
······その点でユノグはアリシアを護れるか心配だったので、そっと息をついた。
一面は魔法でも使ったかのような闇。
後ろにある光を見失わないようにして、城へと急ぐ。
[ゴミ文章]
「────来るぞ」
上位暗視魔法と索敵魔法をかけていたカルトナが真っ先に気付く。
「どこから?」「正面、『範囲暗視』────ほら、アレだ」
カルトナの警戒は一瞬。その数秒の間に、飛んできた。
「ベルシリーズ一番槍ぃ、オレンジベル!いっくよーー!」
────オレンジの少女が単身、突っ込んでくる。
「うわきた」
その勢いを使った剣の一撃はユノグに止められる。だが、なかなか重い。しかも動きが早い。
「まだまだこれから!『縦回転』!」
そう唱えたオレンジベルの四肢の先が刃に変化し、······そのまま前に、空中で回転する。············刃の車輪である。
「目が回るーっ!でも、ここでお前らには消えてもらうんだよー!」
一瞬スカートが危なかったがもはや気にしていられる回転ではなかった。油断すれば細切れにされる。
だが、ユノグは落ち着き払っている。策でもあるのだろうか。
「(······回転は一方向。なら楽だ。)······さて。それで終いか?」
必殺級の回転斬撃を全ていなしつつも喋る事ができる彼に、オレンジベルは僅かに戦慄した。······
「······でも押されてるよね?ここから何ができるの?」
それは確認と挑発を兼ねる呟きだった。······実は無意識のうちに気休めの要素も入っていたが。
ユノグはそれには取り合わず、魔法を発動させる。
「『マジックパリィ』」
ガキンッ!という音がして、オレンジベルの回転がぶれ────左に弾かれていった。
その一瞬の隙を見逃すユノグではない。大剣を持ち替え、剣の腹を叩きつける。
「はぐっ······ぁ············」
オレンジベルの肋骨が嫌な音を立てた。その細身に衝撃が余すことなく伝播し、耐えられずに気絶する。······そしてそのまま、海へと真っ逆さまに倒れていった。
「······こんなものか」
落としたオレンジの少女が浮いてきたこと、そして気絶していることを確認し一同は軽く息をつく。
「······水飲んでるかもしれませんよ?いいのですか?」
「いや、そこまでは。いちいち時間取られる上に相手が相手だ。······せめて峰打ち程度にするのが精一杯だろう」
もはや戦闘と言っていいのか分からないほど短時間で決着がついた。
だが、これは前戯も前戯。本番は、蒼の城にたどり着いてからである。
蒼の城内部。薄暗いが、数名を除いて集まるベルシリーズの全員がよく見える場所に、他とは明らかに雰囲気が違う少女が二人立っていた。
方や青のロングヘア、やや鋭い目、青のノースリーブ······そして首のベルに僅かな光沢と、服装もやや違う。彼女こそ、これまで話題にも出ていた、戦闘のブルーベルだった。どうやら間にあったらしい。
そしてもう1人、その隣にいる少女······こちらはさらに異色だった。水色の髪、服は他の少女の場合と大して変わらないが······深めの帽子を被り、そして本来なら首元にあるはずのベルが、持っている杖の先にあり······丁度羊飼いの杖のようになっている。
こん、と床を突くとちりん、と鳴る。その目は瞑想だろうか、薄く閉じられている。
······眺めていると、どこか幽玄とした風を感じる。彼女の名前はアクアベル。後衛向きなのだろうか?
そんなアクアベルが目と口を開く。
「オレンジベルがやられたよ」
交信か、千里眼でもしているのだろうかという的確さである。そして隣のブルーベルに視線を送る。
「まあ 仕方ないね。······さてと······城に入ってきたらよろしく そこからは分断して······1対1ならいけるよね。カルトナは私がなんとかする」このやや特徴的な話し方はブルーベルだった。
『了解ー』
全員が思い思いの配置につく。ブルーベルは遊撃にまわるようだ。······アクアベルは全員にこんな声をかける。
「皆、私たちはコズミック様の手駒だよ。だけど具体的には指示されてない。皆なんでもいいから戦って、危なくなったら逃げてもいいんだよ。······あと、自分の良心には従うこと」
「お母さんかな」ブルーベルが茶々を入れる。それに対して彼女は意味ありげなほほ笑みでこう言うのだ。「だってお母さんだもん」片目を閉じる。
「······そう」
それきりブルーベルは駆け出していく。それを見送ったアクアベルは、「············ね」と一息ついてから、また目を閉じる。
鈴の音と、杖が床を叩く音が響いた。
─────────────────────
城に向かう者たちの中で、一番後ろにいたコトミは目撃した。遥か後ろで浮いていたオレンジベルが突然の波に攫われたこと。······そして、城の入口に着いた時······突然出口がなくなり、部下のシスター以外の者、全員が消える瞬間を。
「────────······っ、警戒!」
たった一秒で我に返り号令。その間に、どこかで轟音が響く。まだ遠いが、いずれこちらにも同じような事態が起こるだろう。部下のシスターたちが我に返ったことを確認して、落ち着くように、と言い聞かせる。自分も戦闘経験はさほど無かったが、年長者、聖女の跡継ぎ(これはコトミが勝手に自負しているだけである)たる者はそう何度も狼狽するものではない、と。
覚悟に関係なく、声は響く。
『さて。私たちにどこまで戦えるか、見せてもらおうか?』
「············やあ」
「······黄色······貴女は」
アヤメが邂逅したのは────いつしか刀を自分に作ってくれた、黄色の少女だった。
「······まあ見た目で分かるだろうけど。私はイエローベル。······巡り合わせは不思議なものだね」悠然と、ほほ笑みつつ彼女は言葉を発する。
「························」
アヤメは軽く額を押さえた。というのも、目の前の少女から、敵意はあれど害意は感じなかったから。······と言うよりは、彼女自身は口調から気付いていないだろうが────揺れている。
刀のせいか、とも考えたが、あの時の彼女の態度からそれは考えられない。物に愛着がないような軽さだったのだ。
······なら何だ?
そんなアヤメの内心を見てとったか、彼女は目を閉じる。そして口を開けばこんなことを。
「············実はアクアベルに良心に従えと言われててね。······君は知らない人じゃないし、丁度私の刀も持ってる。······出来れば退いてもらえないかな?」
アヤメは言いたいことがいくつかあったのだが、まず今浮かんだことを自然と口に出していた。
「いや出口わかりませんし、他のベルシリーズが見逃すとも限りませんよ」意地悪である。
「······君、変わったね。······じゃあ、ちょっと心苦しいけど、やろうか?」
「見逃すと言ってもその程度なんですか。······いいですよ。言っておきますが、私あまり弱くないですよ?」
イエローベルが微笑んだ、と思った直後、鼻先に殺気を感じたので後ろに跳ぶ。一秒おいて、上からギロチンが落ちてきた。
「(······殺気大ありじゃないですか!)」
心の中で毒づくと、今度は前方から、もしくは後ろから、左右から刃物が飛んでくる。
数分が経った。飛んでくる刃物やギロチンを避けつつ、アヤメはイエローベルの能力について考える。
「(······全部刃物ですね······なら、刃物を召喚する魔法······能力、でしょうか)」
この世界は魔法の世界だが、相手が管理者の部下?である以上魔法ではない可能性もある、とはカルトナの言である。ならば魔力切れは狙えないだろうし、そもそもこの相手に時間をかけていたら色々と怖い。
また、もう一つ分かったことがある。一回刃物を出現させると、それはもう操作できない。ただ出したらそのまま飛んでいったっきりだ。そこにどうにか活路を見出せないだろうか?
「『リフレクト』」
目の前に中くらいの大きさの、のっぺりした板を出す。これは物理攻撃を反射するものだ。
予想通り、前から飛んできた斧がそのまま跳ね返されてあらぬ方向に飛んでいく。が、その代わり背後から槍が飛んできて────間一髪、避けた。
その時、ありえないような跳ね返り方をした槍が、それを出したらしい魔法陣に吸い込まれるのをアヤメは見た。そして、イエローベルが体勢を崩したところも。
[ちょっとあとがき]
投稿量多いって出たので断腸の思いで分けます。
瞬間、アヤメは彼女の前に飛び込む。
刀と慌てて出したらしいダガーがぶつかる。────力の差は分からないが、そもそも刀とダガーの鍔迫り合いなど成立するはずがない。
イエローベルは何をしてくるのだろうとアヤメは警戒する。
次の瞬間、後ろから何かが飛んできた。それはまあ確実に刃物、当たると刺さる。なので離脱しようとした────────イエローベルが刀を掴んで離さない。
一瞬思考が止まる。
刀はびくともしない。
「(······まずっ············────ならっ!)」
この時アヤメには刀を手放してでも避けるという、ほぼ一つしかない選択肢があった。だが、アヤメはあえて選ばない。
背中に大型のナイフが三本刺さり────そして、『体内に出しておいた』リフレクターが、ナイフの向きと勢いをひっくり返す。
もう一度身体が抉られるが、それは問題ではない。むしろ体内のリフレクターで内蔵が圧迫、もしくは傷つく方が問題だった。
だが、イエローベルにも三本のナイフが刺さる。
────そう、魔法陣にそのまま返せば、それは相手にも影響を及ぼすという弱点を、アヤメは一瞬で見抜いたのだ。
血を吐きそうになりながら、ふらつくイエローベルを渾身の力で投げ、そして喉元に刀を突きつける。何故か彼女は抵抗しなかった。
「······負けたよ。油断してたね。······さ、やっちゃっていいよ」
半ば諦めた彼女の言に、しかしアヤメは首を振る。
「············できません」
「どうして?」イエローベルは本当に、本当に不思議そうに聞く。
「······だって貴女は恩人なんですから」
「············それだけなら、」
「いいえ。とにかくなんでもいい、貴女は斬りたくないんですよ······」
刀を鞘に収める。
「············後悔するよ」
「とか言って、もう殺気ないじゃないですか」
またもや意地悪が炸裂した。······今度こそ、イエローベルは天を仰ぐ。
「························あぁ、もう······」
両手で起き上がり、散乱した刃物を魔法陣に収めていく。当然ながら、アヤメの刀はそのまま。
そしてあらかた終わった時、
「いや、もうさ。······恥ずかしくないの?あと、疑わないの?」
「······目を見れば分かりますよ」前者の質問は完全無視。スミレやネアと接するような暖かさで、金の瞳と黄の瞳を合わせる。
顔を背けるのはイエローベルである。
「······天然怖い······」
「ふふふ······」
アヤメの微笑みは止まらない。イエローベルは心臓が動くのを感じて、そそくさと立ち去っていく。
「······じゃあね、今度は敵じゃないといいね。」
それを見送ったアヤメは、最後まで後悔はしなかった。
その代わり、色々あって傷ついた体の治療を始めた。
所変わって。
カルトナは伝説の魔法使いである。彼を超えるような存在は、不死身でもない限り現れないだろう············丁度、ネアのように。
だが彼にも脅威は存在するのだ。
「おい出て来い。見てるのは分かっているんだ」そう、今のように。
彼は全神経を索敵に集中させる。その位置からは見えない、上の死角に誰かがいる。まあ間違いなく敵だろう。それも、かなり有能な。
軽く左に跳ぶと、丁度そのゼロコンマ数秒後にカルトナがいた場所へと、寸分違わずに青髪の少女のドロップキックが炸裂する。亀裂が走った。
「ブルーベルか。面倒な」
「それはこっちの台詞 ······すっごく面倒」
決戦のゴングは鳴らない。その代わり、城中余すことなく轟音が響いた。
ブルーベルの全力の蹴りを、カルトナは岩を出して防御する。しかしそれは一瞬で砕け散った。だが、カルトナには当たらない。ブルーベル共々涼しい顔である。
そのまま飛び蹴りが放たれるが、カルトナとて黙ってはおらず、相手の顔面が通るルートに火球を放ち爆発させる。
······下をくぐり抜けるか上半身を反らすかして避けられたら串刺しにする予定だったのだが、しかしブルーベルは上に跳ぶ。
常人を遥かに乖離した反応である。······が、それでは終わらず、あろう事か魔法陣からもう一人のブルーベルを生成した。
一人、二人、四人────カルトナを包囲しようと、浮いたままじりじりと距離を詰めようとして────
一瞬後、本体を残して、噴き上がる炎により彼女の分身が全て、消し炭になった。
また、それは一本などでは無い。彼女の逃げ道、もしくは攻撃の手を塞ぐようにして、何本も、何本も。
だが、彼女は笑っていた。
「────あまり見くびってもらっても困る」
「(······まあそうだよな。せいぜい時間稼ぎか)」
カルトナは心の中でため息をつき、次の魔法の準備にかかる。いや、正確にはかかろうとしていた。······丁度そこに、炎を裂いてブルーベルが飛んできた。
────その手にはいつの間にか斧が握られている。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「想像以上だまったく!『身体強化』!」
砲弾のようになったブルーベルが飛び込んでくる。首を落とすつもりだったらしい斧の軌跡は、しかしとっさに身を引いたカルトナの肩を抉る。
肉が裂かれ、血が噴き出すが、斧は骨を通らない。十分な威力があったはずなのに。
「身体強化······ そういうことか」
ブルーベルに大きな隙ができたその瞬間、彼女の体が竜巻に呑み込まれる。
数秒間耐えたが······『竜巻が』敗北した。
廊下を埋めていた風の奔流が、刹那の声無き悲鳴の後に消え去った。
······そのまま向かってくる姿に、流石に余裕が崩れ始めるカルトナだった。
「(······怪物だな······相変わらず············)」
······だが、全ての実行者たる彼女もかなり傷を負っている。全身に軽い火傷、切り傷。わずかにふらつく。
だが、決して倒れなさそうな芯がその大して筋肉質でも大きくもない体に宿っていた。
さて······傍目から見たらどちらが悪役に見えるだろうか······?······そもそも『絶対善と絶対悪の戦い』が存在しない以上、この現象は時たま起こりうるものなのだ。
今度の彼女は魔法陣から衝撃波を出してくるようだ。身体強化をかけているカルトナにはあまり効果がないが、それが解かれると軽く吹き飛ばされそうな威力があった。······しかも、見えない。
しかし、まだ彼には手が無数に近いくらい残されている。
「(この場合は読心だ。これでどこに来るのか見えるぞ!)」
人の心を読むのは僅かに残っていた良心が痛むが、やむを得ない。
······次第に状況が悪くなってきたことを察したブルーベルは、一度カルトナから距離をとる。そして気付いた────彼女の戦闘に特化した感性で無ければまず気付くことのないような、読心魔法特有の不快感に。
「························」
そのまま慎重に距離を計るブルーベルに向けて、大分余裕を持ち直したカルトナは一歩踏み出す。その身に伝説の魔力を宿しながら。
「さて、相手が悪かったな············!」
鈴の音が響く。
彼が我に返ったとき、そこにブルーベルの姿はなかった。
【ちょっとあとがき】
ベルシリーズの裏話書きたくなってきた
【軽いグロ注意】
······血が、散らばっている。
ネアがその長い長い廊下に出た時には、大軍と大軍がぶつかったのだろうかと思うほどの有様だった。······何故だか死体や臓器はないが。
先程味わった、この城は何が待っているか分からないという教訓を胸に進む。血を避けながら。
「························痛っ」
その時だった。左手の子指が小さく切れていたことに気付く。
強く押せば血が出てくる程度の、軽い傷だった。それこそ日常でいくらでもあることのような。
実際ネアは一瞬立ち止まったくらいで気にも留めない。
そのまま歩いて行こうとして、
────索敵魔法に強烈な反応があった。どこ、と一瞬の時間の中、その方へ目を向けると。
いつの間にか立っていた赤黒い見た目の少女が、血溜まりだったものを、ネアに向けて伸ばした所だった。軽く、早く。
咄嗟に避けようとしたが、指を押さえていたためか、左手の動きが一瞬遅れた。
そのままそれは小指の傷に到達し、
【記録削除済み】
「(────············っ!?)」
ネアには今の一瞬で何があったのかは分からない。······だが、思わず両手を交互に見てしまう。······それは元のようにしっかりとしていた。
────だが、一つ確かなのは。
どこかから聞こえる鼓動が、恐ろしい音を奏でているということだ。
ドグン、という焦燥感を誘う音に責め立てられ、一瞬で決断する。
あの少女の色は赤黒────つまりは血の色だった。なら先程、一瞬見えた光景のように血に関係した魔法か能力が大体だろう。
それなら、炎で血を焼き尽くせば解決だ。
【投稿量が大きいと出たので断腸の思いで切ります】
【続きです】
先程ネアに最高威力の攻撃────自らの血を接続させ、その血に乗り移り『破裂』させる────をお見舞いした血の少女は、まだ相手が動けることに驚いていた。
肉体面では不死があるのでまあ再生されるだろうとは思っていたが、その攻撃がが精神に与える影響は計り知れないであろうと思い込んでいた。
それが蓋を開けてみると、まだまだ動けるように見える。ともかく、今度はどうしてやろうと血を先程の攻撃で出来たもう少し大きな傷に向ける。一瞬でも血液が混じればこちらの勝ちである。
『炎陣』
突然焼き払われた。
ネアを中心として、恐るべき範囲が。
思わず血の少女は足元の血の中に逃げ込もうとするが、焼かれるということで思いとどまる。そして血溜まりがない場所まで下がる。
その目の前で全てが焼かれていった。相手が撒き散らしたものも、苦労して撒き散らした己の血も、全部。
焼いた張本人であるネアは知る由もない。今焼いた有機物の中に、自らの記憶を自らの手で操作した証拠があったことを。
······そうだ。そうなのだ。あれだけのことがあって、普通なら無心では居られないだろう。
··················だが、もしどこかで自分がした事を知ったとしたら、彼女はどう思うのだろうか。
烈火と煙が晴れた時、そこには血の少女はいなかった。燃え尽きたか、逃げたか。血溜まりはほぼ燃やしたので、あるとすればその二択だろう。
だがともかく、さしあたっての恐怖は消えた。
やや安心したネアは大切な人のことを思い出して士気を上げようとして、頭痛を感じた。
別にスミレを思い出したからでは無い、事実他のことを考えていても痛みは浮き上がる。
······だったら多少痛くても大切な人の事を考えてれば良いよね、との思考でいろいろと思い返す。
············あれはどういうつもりだったのだろうか?そう考えると頬が熱くなる。
立ち上がってまた歩き出す彼女の姿は、当然のようにアクアベルの知るところだった。だが、様子がおかしい。
「······いくら不死身でもあんなことできる人って限られてると思うんだけどなぁ············」
その呟きには畏怖が含まれていた。丁度そこに『戻されてきた』血の少女────ブラッドベルも、それに同意の頷きを見せた。
ネアは無意識だったが、大切な、平和な毎日の為にはなんでもするという心があったのかもしれない。
「······ふむ?············三人か」
ユノグは煙の中に居た。と言っても何かが燃えた煙ではなく、視界を奪う目的らしい。灰色に染まる。
······だがここは魔法の世界。索敵魔法が使える以上、敵の位置は明白である。
「(······左)」
おおよその気配から、左の敵は細剣を持っているらしい。······タイミングを読んで避け、相手の手を掴んでその勢いで投げる。············スミレはこれを見て合気道みたいだと思うかも知れない、そんな立ち回りだった。
数秒、煙が晴れる。
ユノグの視界に映ったのは、無表情でこちらを眺めている灰色、受け身に失敗して今まさに顔面から床に落ちた桃色、そして好戦的な笑みを浮かべる肌色。
────────の、少女たち。
最早そのはっきりと分かる色がトレードマークである。
灰色のグレーベルと目が合った瞬間、また煙が周囲を包み込む。······その時、彼女が微笑んだような気がした。
「(······索敵魔法が使える以上、マシか············なら、グレーベルから潰す······)」
色合い的に、おそらくグレーベルを倒せば鬱陶しい煙も晴れるはずだ。······だが、そのためにはピンクベルとパールベルの攻撃を受けないようにしなければならない。まあユノグは躱すなら気配だけでできる境地まで達しているのだが。
「せいっ!」
「声だけは可愛らしいなぁ!わざわざアリシアに合わせやがって!」
再びのレイピアを躱した直後、ピンクベルの腕を蹴り上げる。腕が棒のように伸びきっている。ユノグにとっては格好の的であった······が。
第六感のおかげで避けた彼が一瞬前までいた場所に、パールベルが何かを投げていた。······何かが焼けるような音。酸だろうか?
再び煙が晴れる。
そのまま消えていく。······と思っていたら、グレーベルが翳した手から、いくつかの灰色の玉が出てきた。
「死煙球。······包み込んだ相手は窒息して死んでいくんだよ」無言、無表情を貫く彼女の代わりに、予想通り床を溶かしたパールベルが言う。
······その彼女も、周囲を酸で埋める準備は出来ているらしい。
そしてまた立ち上がったピンクベルもそれに倣う。
「(お遊びは終わりか。······なら、私も本気でいくか」
自身の体に身体強化の魔法をかけようとする。······すると、ピンクベルが顔に満面の笑みを浮かべて、
「『ハートキャンセル』」
······途端、魔法が使えなくなった。
「······························」
ユノグは思わず一歩下がっていた。体がわずかに重くなってる。
「······なるほど、こんな感じなのか············」
飛んで来た灰色の球を走って避ける。······普段から身体強化魔法をかけていたツケで、跳んで避けるということに慣れてしまっていたのだが、ここは冷静に判断できるあたりユノグだった。
もし跳んでいたら、確実に先読みして投げられていた酸の球にぶち当たっていただろう。
じゅっ、という音が響く。
「(······さて、どうしたものか······流石に全員を一度に相手するのは無理がある······)」
避け続けながら思考を進めていく。······息が少しずつ上がる。スタミナも人間離れしているユノグだが、あまり時間はかけられないようだ。
「(────まずは)」
左で様子を伺っていたピンクベルを強襲する。彼女の気配を感じて今思い付いたので、本当に付け焼き刃の作戦である。
だが効果はあったらしい、驚いた彼女は防御もままならずユノグの近くから跳んで離れる。
······だが、スイッチだと言わんばかりに他の二人も突撃してきた。
「(······まあそうだろうな。······その展開は読めてた)」
真っ先に懸念要素のパールベルを狙う。突撃してきてもグレーとピンクからは一歩下がったところに居たので、格闘は苦手らしい。
それでも持っていた剣で鍔迫り合いしようとするが、ユノグが持つ剣は大剣の宝剣である。······そもそも、身体強化がかかっていなくとも彼は強い。
パールベルが体勢を崩し、隙と時間が出来た瞬間に、頭に回し蹴りを食らわせる。容赦などなかった。
その時、脇腹に激痛が走る。
······追いついてきたピンクベルのレイピアが炸裂したらしい。
わずかに顔を歪めつつ、吹っ飛んで行ったパールベルの行き先を一瞬見て、
「そこは心臓狙えよ!」
返す刀で、背後にいた少女に肘打ちを食らわせる。······と、その時、正面から灰色の球が飛んできたのでわざと屈む。
······当たった。
ピンクベルが悶え苦しんでいるのを見て、グレーベルも流石に無表情を崩す。やったのは自分であるが、原因はユノグなので、ちょうど刺さったレイピアを抜いた彼に向けて今までにない密度の煙を放つ。
「······黒雲煙。帯電してるよ」
「雷雲、って所か」
「逃げても意味ないよ、まとわりつくから」
「············へぇー······」
煙で視界が消える寸前、グレーベルの正面にたどり着き、······そこで『金属』らしき何かに止められる。
「あって良かった盾······!」
「············阿呆か」
その時、雷が生まれた。
「えっ?」
グレーベルに炸裂した。
彼女は、消えていく視界の中で何を思ったのだろうか?
「············」
ゆっくりと煙が晴れていく。
周囲には、倒れて動かない、もしくは動けない少女三人が転がっていた。
100レス!
(100話ではないですが)
ありがとうございます!マイペースですが、これからも更新していくのでよろしくお願いします!
───────────────────
アヤメは身震いする。
······それは悪寒だった。
先程の傷を抉られるような────そんな、激烈な悪寒だった。
強者からの圧迫感、······カルトナや、ユノグの比ではない。いや、彼らは味方だ。
なら、この感じる視線は?簡単だ、敵だ!強い!
「『マッハスピード』!『タイタンパワー』!」
「っ、ブルー······!!」
ベル、までは言わない。
咄嗟に刀を地面に着け、そのまま力を込めて跳ね上がる────瞬きしないうちに、地面が抉り取られていった。
アヤメの数十センチ下だった。間一髪······というか、もはや別の何かを感じる。
ブルーベルのオーラが消えたのを確認したと同時に、空中で一回転······そして、下に回ってきて迎撃しようとする彼女に向かって刀を投げる。
切っ先は下に。つまり彼女の顔に。
まさか投げてくるとは思いもよらなかったらしい、反射的に避ける。······その隙に着地、刀を掴んだ。
······やや乱暴な使い方をしているが、刀は決して折れない。アヤメのように。······また、作者の願いのように。
そして跳んで距離を取り、
「······やるね。 ······さて、本気出そうかな······」
ブルーベルはまだ本気ではない。
魔力が凝縮される。
ぴょん、とそこで一回跳ねる······そして、両手に剣を持ち、アヤメに殺到した。
連撃、······鉄と鉄、元より材質は互角······ならば、速く、多い方が勝つ事は目に見えている!
しかし、それをするには相手も黙っていない。
ちょうどアヤメが、連撃に辟易して一歩下がる。
それを追おうとしたブルーベルは反射的に身を引いた。······一瞬前まで彼女がいた場所に、リフレクターのギロチンがあったのだ。
「······っ!」
リフレクターを避けてブルーベルが突っ込んでくる。障害はもはや何も無かった。
アヤメもここは正々堂々と受けようとして、······二十秒。······それだけで、体幹が崩れ、姿勢がガタガタになった。
その一撃は体の芯を壊す。
「『身体強化』」
容赦などなかった。
「(············これは、きついですかね······)」
一瞬、アヤメの意識が浮上した。向かってくるブルーベルには勝てる気がしない。······なら、自分の出来ること······すなわち、やるべき事とは?
今でも城の各地で戦いが起こっているだろう。
······信じたくはないが、もしかしたら負けてしまった者も居るかもしれない。
······それに、今アヤメの目の前に立つ少女────ブルーベル。アヤメは知らなかったが、カルトナと戦って、決着つかずになったほどの強者だ。
······しかもそれでいて、まだ力の全貌ははっきりしない、とは。
「『身体強化』······いくよ !」
「(二段目っ!?)」
先程の攻撃は防ぎきったものの、体幹はほぼ無くなってしまった。······それでも動かなければ、粉砕される。
「上っ············!」
「······なるほどね ······けど」
一旦上に逃げて体制を立て直そうとするも、衝撃波がアヤメを襲う。······全身を捉える魔法陣。
「っ、ぐぅ······!」
全身が痺れ、口の中を鉄の味が支配する。そうして吹き飛ばされた着地点に、既にブルーベルは回り込んでいた。
「······はっ!」
左手を突き出して突風を起こし減速、ついでにブルーベルの位置をずらす。
そうしてできた一瞬の時間のうちに回復魔法を構築し、それを自身にかけながら着地、そして本能に突き動かされ回避······アヤメの眼前を、岩砕きの蹴りが通り過ぎていった。
······ここまで十秒足らず。
戦況はさらに加速する────
「まだまだ」
アヤメの目には、相手が瞬間移動でもしたかのように見えた。······明らかな不利。追いつかない。
しかし······彼女の父は······?
「(············最期になるにつれて強くなってましたよね)」
最期────単身魔王と渡り合うほどの底力。······彼はその時まで無傷で、なおも誰かを守ろうとしていた。
············そうだ。
諦めるな。
とっくに傷は負っている。
もう、もはや止まれない。
······こんな言い方をすればあの二人は悲しむかも知れないが······、
『命を懸ける。』
死んだら終わりであるが······だからこそ!
命を懸ける価値、というより意味がある!!
「······っ!」
全てを破壊するはずの拳が、刀によって留められる。血が噴き出た。
衝撃波はリフレクターによって受け止められ、跳ね返される。······それでも一部はアヤメに吸い込まれるが、ずっとよかった。
分身は放たれた光球により浄化された。············聖女の血。
世にも珍しい刀と拳の鍔迫り合い。
······それは、ブルーベルが根負けする形で終わりを迎えた。······骨まで達したらしく、その手はぶら下がっていた。
アヤメも、もはや意思によって練られる魔力によって立っているといった形だった。
······また、残った拳と刀とが激突した。
────次の瞬間、刀は上に舞って、
拳は腹に突き刺さった。
周囲が血の泥濘に埋まる────────勝敗は決した。
さて、カルトナは先ほどの戦闘でやや消耗していた。コズミックを除けば、敵の中でも最強であろうブルーベルと戦ったのだ。
有利だったとはいえ、向こうは身体強化を使っていなかった上での互角であった。
出来れば仕留めたかったのだが、逃げられた以上どうしようもない。早目に裏で糸を引いているアクアベルを倒してしまいたいな、と思うのだった。
······と、思考に没頭していた彼は、そこで部屋に突き当たる。
今まで見てきた限りでは廊下だけで到底部屋などなさそうなのだが、と思いつつ通り過ぎようとしたその時。
────宝物庫らしく、そこそこの金が見えていた。······それが熔けて、一つになった気がした。 思わずそちらを見る。
何もなかった。
······その代わり。部屋の壁を破り、金色の波が押し寄せた。
常人ならまず右往左往、立ち往生するだけになりそうなその恐ろしい波に、生ける伝説たるカルトナは立ち向かう。
目が眩みそうになりながら、
「『キングダムアクア』」魔法を唱える。
その水は全てを呑み込む。
「『アクアランス』!」
続いて射出。金の波の各所に次々と穴が空いた。······数秒。不思議な水と、大量の金がせめぎ合う。
「『シャットダウン』」
金の流動性が、一時的に消える。 ······その時、全てが金色で、輝く少女が現れた。
「ゴールドベル。······金のお風呂はいかが?」
「遠慮する。······金の融点······分かって言ってるんだろうな?」
「······じゃあいくよ。背中流してあげるね?『溶融』······そいっ!」
熔けた金が上から降ってくる。灼熱は溶岩にも勝るとも劣らない。
身体強化を施し、横に跳ぶ。
「······そうだ。ゴシゴシしなくちゃね!」
────その方向から、(幸いにも)『固体』の金が迫る。
丁度、カルトナを殴りつけるような勢いで。
「痛っ············!」
自らの勢いを殺せず、また水が間に合わず、したたかに打たれた。
······が、それでは終わらない。
「············呑み込め、『黄金狂』」
【ちょっとあとがき】
Googleレンズの試験運用です。
見苦しい文章、おゆるしください。
「············呑み込め、『黄金狂』」
「······ははっ」
カルトナは薄く笑う。
不思議な水が間に合った。······『黄金狂』の圧倒的な波に対し、数秒拮抗する。
それでも金に包み込まれていく方が早い、だが。
その間にカルトナは体勢を整えた。
「どうした?そんなものか?」挑発する。······手段はまだまだ豊富だ。その上での挑発。
「······へぇ?」
······ゴールドベルはそれに乗ってしまった。さらに金の量を増やす。······もしかしたら、ここの宝物庫はこの為にあったのかも知れない。
慢心、余裕、焦り────彼女の心に、三つの不純物。
読心魔法が入り込むには十分過ぎた。
さあ、反撃が始まる。
ゴールドベルの真後ろから爆音がした。前方を固めた上で彼女が見ると、炎が今にも触れんとしていた。······金の鎧で受け止める。
その間にもカルトナは走る。
相手の心を読み、然るべき場所に攻撃を叩き込み、相手の攻撃を避け、気付かれないままに一手ずつ追い詰めていく。
······読心のお陰と思うなかれ。むしろ、脳で大量の情報を処理しなければならない以上、平常時より数倍負担が増す。
カルトナの他には、到底出来ないようなことだった。
そんなカルトナの動きに、金を操作することで夢中なゴールドベルは気づかない。
······ただ、「よく避けられるようになったなぁ」とか「攻撃が届くようになってきたなぁ」······そんな程度であった。
だが相手の動きを制限する所までは思考が割かれたらしい。
溶融した金を地面に流す。
······だが。
その時すでに、カルトナは用意を終えている。
反撃────そして逆襲。
突然、廊下を埋め尽くす程の洪水が彼の背後に生まれる。色は何故か透明に近い────深い、碧。
その色に、恐怖を感じてしまうほどに。
水と金がぶつかる。
一瞬で蒸発する────が!それよりも押し寄せる水の方が多い!
金が凝固し、ゴールドベルは手段を失う。······と思われたが、······固められたままで、それを浮遊させた。
そして、息が切れぬうちにそれを極限まで細く············。水を切って、カルトナまで届くような。······そう、銛。
ゴールドベルに泳ぐ力はない。······それでも金に押されて、洪水の中をカルトナ目掛けて突進してくる────!
······カルトナはそれに応えた。自らの杖で銛を、払おうとして────
······その前に、ゴールドベルが力尽きた。水を飲み、息が消え、······浮いていく。
意識が消えたことを確認した上で、カルトナは洪水を引かせる。
後には、歪な形の金が、点々と残っていた。
【ハロウィンハロウィン!
間に合いました、番外編です!】
────もし、文明がもう一度崩壊したとして。
それでも貴女は、隣に居てくれるのだろう。
······管理者がやけを起こして、ゾンビウイルスをばら蒔いても。
············それでも、貴女と私は生き残って······変わらず、平和に生きていくのだろう。
そんな夢を見て、······目を覚ます。
············確か今日はハロウィン。文明が変わっても、管理者が変わらなければ、これも変わらないのだ。
あぁ、何か不思議な夢を見た気がする。······そうだ。猫耳でもつけて、ネアが起きるのを待っていようかな。
────────────────
起きたら天使がいた。
······私の錯覚だっていうことは理解してる。············いや、本当に。
猫耳のスミレ······
何かあったっけと脳内を探ってみれば、今日はハロウィン。仮装してお菓子を貰うんだっけ、確か。
······スミレは霊魂が何だとか言ってたけど、······どうでもいいや······
えいっ、ぎゅー!
────────────────
この世界にもお菓子というものは存在するのであった。
いっそ二足歩行の怪物の街という様相を呈している王都を二人はゆく。猫耳スミレと、普段着ない典型的魔女の格好をするネア。
······魔女と、使い魔の猫?それとも、猫を可愛がり振り回される魔女?
どちらでもよかった。
共に寄り添って生きていけるなら。
共に平和を謳歌できるなら。
城の窓からお茶目なユノグと付き合わされたアリシア、ヴァンスが、魔王の仮装をしたカルトナの協力で大量の飴を降らせている。
修道女達は鎮魂にあちらこちらと駆け回り。
アヤメはさらに和服少女の趣を強くし、のんびり喧騒を眺めている。
······そんな、様々な様相を眺めていた色とりどりの少女達は············どこか、寂しそうに街を歩いていた。カボチャに扮した、楽しそうなオレンジベルは例外だが。
「イエローベルさん」
「············あれ、······え?」
他のベルシリーズから離れた路地を歩いていたイエローベルの前に、降り立つ和服少女。
「······あー。そういうことですか······行きましょう」
「······え?いや、アヤメ······私は、別に」
「本当に?············あれだけ寂しそうにしていて、ですか······?」
······アヤメの声に僅かに悲しみが混じる。まるで本当に心配しているかのような。······いや、本当に心配して、来てくれたのだ。
────祭なんですよ。仮装?そんなの二の次です!一緒に行きましょう!
······イエローベルの性格を考慮した一言だった。
「······ありがとね、」
その一言は、ハロウィンの喧騒に紛れて、············温かく、消えていった。
ネアは方角を測っていた。城の中心に近いのはどこだろうか、という考えだがなかなかそのような廊下が見えてこない。
急がねばならないのだ。
城の各地から戦闘音が響いてくる。それでも、大規模策敵魔法を使うとまだ敵は半分以上いることがわかる。
――――もちろん敵を皆殺しにする必要はない(はずだ)。気絶に追い込めば心が痛まないで済む。相手もそのようなことを思ってるとは限らないのでこちらの命も危ないのだが。
ただ、ネアは死なない。まだ不死が残ってる時点で信じられないのだが、もう利用し尽くすしかないだろう。
スミレは利用の仕方に少し快く思わないだろうが、ネアとしては彼女を助けるならある程度は無茶をするつもりである。
強力な魔法使いの無茶。でなくとも、この城の構成物質が違ったら既に半分消し飛んでいるレベルの戦闘が起こっている。
……人間は、どこまでやれるのだろうか。
「……痛、い?」
突然だった。
ネアの全身を痛みが襲う。
物理ではない。音はしない。
どのような方法で、どんな攻撃をされているかはわからない。しかし、一つ確かなことは、
策敵魔法。今自分がいる廊下の先に、誰か――――敵が立っている。
廊下を塞ぐ大きさの火球をそちらに放つ。気絶に追い込むとは一体。
―――が、次の瞬間、ネアの心臓が 止まった。
胸に突然起こった灼痛に思わず蹲る。
意識が遠くなる――――しかし次の瞬間拍動は正常に戻っていた。
冷や汗を感じる。今まで経験したことのない感覚だった。
よろつきながら立ち上がる。
視線の先には、不思議な色をした少女が歩いてくるところ。
「……さすが不死。すごいねぇ……心臓止めたくらいじゃ堪えないか」
「……何を……何をしたの」一言目がそれだった。もはや間抜けなようである。
予想外に遭遇すると人は思考を止めてしまう。それが長いか一瞬かが、素人とプロの違いであるのだろう。
「心臓を止めたんだよ。……ん、そう言うことじゃない?いいよ教えたげる。ただし、私に勝てたらね!」
よく喋るがさすがに相手に対策されそうなことは言わないようだった。
「私はパドマベル。地獄で裂け、咲け――――蓮の花!」
紅蓮。
それは地獄の名前である。……そこに落ちた罪人はあまりの寒さに体が折れ裂け、紅い蓮の花のようになるという。
そして、サンスクリット語では紅蓮を――パドマと言うのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
パドマベル。まさしく髪、服の色は蓮の花のようだった。
ネアはまだ彼女の能力が何かということはわからない。
彼女には仏教の知識はない――そもそもこの世界に存在するのだろうか。
もう一度不可視の攻撃が来る。
再び心臓が止まる、が、今度は一瞬だけ見えた。
――空気が一瞬にして冷やされ、液体となることで見える、霧が。
つまり、急激な温度変化によってネアの心臓を止めたのである。
だが、彼女の思考は先程より早く戻ってきた。
常人なら既に二回死んでいる。
なので本来ならこのようなことは起こらない。
しかし――人間とは順応する生き物である。
そして、彼女は簡単に死ぬ常人ではなく――不死身の人間だ。
すぐに立ち上がる。血流が悪くふらつく。
しかし三度目はないとばかりに、先程より大きい火球を連発した。
だがパドマベルも常識外れである。
なんと彼女は炎を凍らせて消した。
もちろんこれは比喩であり、単純に周囲の空気の温度を零下二百五十度程度、つまり酸素すら凍る温度まで下げただけなのだが。
空気すら固体になる。
そして――大抵の衝撃は楽に受け止める壁が、みし、と悲鳴をあげた。
――――異様な空間だった。
まるで時が止まっているかのように――だが、確かに。
その絶望的な冷気は、少しずつネアの方へ迫ってきていた。
ネアも気配から察する。何かがおかしい。
なら、こちらは、
つい、とパドマベルの上の空間に指を向ける。
……次の瞬間、大量の水――否、『凍りすぎた』氷が出現し、上から落ちてくる。
現れた瞬間凍り、そしてすぐ下の氷と結合し――大きさと質量は膨れ上がってゆく!
その間にネアは何かの準備をしているようだった。
パドマベルは急いで氷の範囲から脱出しなければならない。
実際全力で逃げ出す準備はできていた――が。
さすがに無茶だったらしい。その場で倒れ込む。
「……氷に潰されるとは……これじゃあこっちが蓮の花だよ……」
「……いや、潰さない」ここでネアが口を開く。
「えっ?それはどういう――」
「ただし。ちょっと熱くなってもらうよ」
氷の真上から、どうしようもなく朱色の半固体が降り注ぐ。
……あぁ、これこそが普通考えるであろう『地獄』の色だ。熱さだ。
溶岩が、氷に触れた。
秒を数えぬうちに空気は温まり、氷を一瞬で水蒸気に変える――爆発的な体積の増加。
文字通り、爆発が辺りを席巻した。
逃げ切れなかったネアは少し飛ばされた。だが、中心部のパドマベルが意識を保っている筈がなかった。
息を整え、また城を歩いていく。
【番外編時空:冬至
百合注意】
「さむーい」
「ねー……そろそろ中はいろっかー」
島はちょうど冬真っ只中であった。
薄暗く厳しい寒の中、スミレとネアは震えながら家へと入る。
「最近日が落ちるのすごく早いですよね」
アヤメが二人を出迎えながら言う。
リビングにある暖炉は既に火がつき部屋を暖めていた。
「だね。もうそろそろ長くなり始めると思うんだけ……ん」
そこでスミレは窓を開けて、沈みつつある太陽を眺めた。
数秒何かを考える。
そして、
「あ、今日冬至だ」
「「……冬至」ー?」
ネアとアヤメは同時に首を傾げる。
「えっと。一年の中でも一番日が短い日なんだけど……私のいた時代だと、健康を願ってカボチャとか食べたりゆず湯に入ったりするんだよ」
「……いいねー」
「スミレ姐さんの料理食べたいだけじゃ……まぁいいですけど」
即答したネアをアヤメはジト目で見るが、……その気持ちは凄くわかったのであった。
「いとこ煮とゆずの絞ったやつを薄めた飲み物だよ。お好みではちみつをどうぞ」
晩御飯はサンドイッチだったのだが、同時にこれも出た。見事な和洋折衷である。
ちなみにカボチャを切るとき、手伝ったネアが手を切ってしまいスミレに絆創膏を貼ってもらうという一幕があったが割愛。
この世界にも絆創膏はあるようだ。
「……甘い、おいしいー」「ほんとだ……」「どんどん食べてね。来年も健康に過ごせるように」「ありがとねーほんとに……もぐもぐ」「食べてる途中は……いや、いいや」
お風呂回。
二人ではやや手狭だったが……スミレとネアは柚子湯を一緒に堪能していた。
「私を作った人たちの一人がね、年中行事にすごく熱心だったんだよ」
「……うんー。それ、すごくいいと思うよー」
「うーん……ちょっと文化違かったけど」
「ううん全然ー。……というか正直言って文化なんてどうでもいいかもー……。スミレとこうやって、美味しいものを作ってもらってさ……本当に、幸せだな、って」
えへへー、と心から幸せそうな顔をする。
スミレの中で何かが切れる音がした。
「…背中流すよ」
「ほんと?ありが……ひゃっ」
ネアの背中に、抱きつく。
……言葉はない。
ただ、愛しい人の火照った温度を感じていたかった。
「……スミレ、あの」「……ネア」「はい」
「もう少し、このままでいても、いい?」
「…………うん」
冬至なんて関係なかった。
今日も、星が瞬いている。
城に入った六人のシスターとコトミはある部屋に入っていた。
大量のベッドが壁に固定されていて、全体的な碧という色、薄暗さも相まって、なんとも表現し難い光景の空間だった。
……で、おそらくそこは保健室のようなところなのだろう。
――すでに十人近い、色も怪我も十人十色な少女がベッドに横たわっていた。
当然ながら味方はこの中に一人もいない。
……そしてこの中には、どう考えても命の危機が迫っている少女もいた。
それを見て、どうしようもなく立ち止まってしまう。
その時だった。
突然、まるで最初からそこに無かったかのように、部屋が霧散した。
……そして、天井近く、あまりに高すぎて見上げても見えないようなシャンデリア――その上に誰かが立ってこちらを見つめていた。
というか、嫌でもわかる。
あんな能力を持つのは、城でただ一人。
アクアベルだ。
「……うんうん。見せちゃいけなかったかな――」彼女はいきなり言葉を発した。
その声はやや低い。複雑な感情が見え隠れしていた。
「でも、もういいや。……ところで団体さん。純白と一番『組み合わせてはいけない』色って、何だと思う?」
――――これは罠だ。
そう理解しつつもコトミは考える。やはり黒だろうか?
「正解はね」
「あっ……全員こっちへ!」
「……血の色」
どこからそんなものを持ってきたのか――はたまた生成したのか。
数秒前までシスター達が居た場所に、血の色をした――大剣が、降ってきた。
「みーんな、染まっちゃえ」
その顔に凄惨な笑みを浮かべながら、出てきたのはブラッドベル。
全部血の色だった。
――だが、シスター達の視線は、天井の半分ほどある大剣に集中する。
当然持ち運びはできない。どうやって使うのだろうか、と疑問に思ったところだった。
こうするんだよ、と言わんばかりに――――一部が破片となって外れて浮き、まるでクナイだかのように鋭く変化する。
そして、その破片は一個二個程度ではない。
無数。
その破片が――一気に。
こちらへ向かって飛んでくる!
「「「「「「『セイントプロテクト』」」」」」」
「『祝福の光』!」
シスター達の展開した光の壁が、飛んできた破片たちの威力をかなり削いでゆく。
撃墜はできなかったが、致命傷となる体の芯に当たる前に余裕で回避できる。
その間コトミは後ろで光を浴びていた。
……そして、すぐ近くのシスターの傷を癒してゆく。
とはいえ、このままではジリ貧である。
なので、彼女は考えて――といっても策という程のものではないが。
……それは間違いなく成長だった。
「(見ててくださいね)――皆さん、少し耳を貸してください」
「サリヴァン、ヒナ……お願いできますか?」コトミが二人のシスターの方を向く。
「「はいっ」」
「……では、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサは牽制しつつ私と二人を守ってください。……私は」
彼女はちらと手に握る杖を見て、
「別で詠唱します……。さあ、いきましょう」
天の光に照らされるコトミの足元から、負けないくらい純白な魔方陣が展開する。
……救済を詠う詠唱と共に、魔法使いのそれとは性質が違う魔力が凝縮していく。
しかし、その後ろの二人も、荘厳を超えていっそ神聖な魔力を練って――それは紛れもなく必殺に足る技である。
その少し前のところ。
牽制と言われたがどうしようかと思って止まっていたムギの頸動脈を、他のそれより大きく速い刃がかすっていった。
タイミングは完璧だった。
「〜〜〜〜〜っっ!?」
痛みと違和感に突き動かされ、光の網を乱射する。
もはや牽制ではなく、傷が塞がるまでの間に大量の刃がそれに絡め取られて消えていった。
……シスター達からは見えない位置、そこの血の池にブラッドベルはいた。
相性がとことん悪く、刃が消えると血も残らない――つまり、少しずつ彼女の力は弱くなっていく。
シスター達に接近して切り傷を負わせられれば勝ったようなものだが、そう易々と近付けない。
……瞬殺の技も対処されれば無用の長物となる。
……突撃して血を撒き散らすという考えに至ったのはすぐだった。
まだまだ巨大な血剣の裏側にまわり、一割程を切り離して大剣を形成する。
そしてそれを、棒でも扱うような気軽さで手に持ち、突撃する。
アイサが放つ光剣が突っ込んでくる少女に命中する。
止まらないのでもう一発。
……血が飛び散る――が、それでも動きは止まらない。
血を操る……というかむしろ体が変化する血であるブラッドベルに、生半可な攻撃は効かない。
そして彼女は大量の刃で標的を抹殺しようとして、
「『聖版バニッシュメント』」
……コトミが間に合った。
ブラッドベルは振り出しに戻らされる。
まだ巨大な血剣の裏、そこには血の池が残っていた。
……戻された以上仕方ない。
残った部分すべてを刃に変換する。
そして、その勢いで全てを呑み込もうとしt
「間に合った」「いきますよ」
――――閃光。圧倒的な質量を持った光の柱が、落ちて――――
「「大規模光審判魔法、『裁き』!」」
天井は無力だった。
一瞬にして血の少女が呑み込まれる。咄嗟に創った盾ごと。
光が消えて――サリヴァンとヒナは互いに手を合わせて、笑みを交わす。
二人でもあれほどの威力。
血剣は跡形もなく消滅し、できたクレーターの中心には、横たわって土気色の顔をしたブラッドベル。
息を吐いて、全員がその場所を後にしようとする。
しかし、あれほどの超攻撃。気取られていないはずがない。
「…あれま。ほいほいブラッドちゃーん、おきておきて」
闘いは、まだ終わっていない。
【番外編次元:クリスマス前編(イブ)】
(今回はメインキャラクターが違います)
「今年もこの時期ですね……クリスマス」
「……あの、聖女様」
「なんでしょう。遠慮なく聞いてください」
「……クリスマスって、……何と言うか、なんで起こったのでしょうか。」
リリーは考え込んでしまった。
……そう、王国ではクリスマスを盛大に祝うのだが――聖女リリー、つまり神の申し子ですら、起源は知らない。
「……やっぱりあれですか、管理者様の誕生日とか……」「いやそれはわかりません」「……では、創造主s「それは15日に終わりましたよ。盛大にやったじゃないですか」
リリーも可能性を潰す有機生命体と化してしまう。
……こんな時は、どうすればいいのだろう。
「……誰かに聞いてみましょうか。総大司教さまは……」
「現在遠征中です。……アレですか、カルトナ様とか知ってそうじゃないです?」
「……その手がありましたか。ありがとうございますクリス」
そう言うなりリリーは駆け出して行った。
……護衛もつけないとはこれいかに。
クリスというシスターは慌てて彼女の後を追いかけた。
「……そういえば、だな……」
カルトナも考え込む。
「……カルトナ様の人生経験であれば、何か知っていることがあるかと思って参ったのですが」
「……えっ、それだけで?」「えぇ」
……ここは山の頂上である。
生半可な覚悟では登れない、との評判なのだが――だからカルトナはここにいたのだが。
「……すまん、俺もよく知らん」
「……そうですか」
「何なら今日明日の礼拝で聞いてみたらどうだ?」
「……それも視野に入れておきます」
それじゃ、とカルトナはリリーを見送る。
……そこで彼は、向こう側に微かに見える海を眺めた。そして、
「……お前のことだ、何か意図があるんだろ?……コズミック」
一瞬。
一瞬だけ、反射で煌めく蒼が見えた、気がした。
「……無駄足でしたか」
大聖堂に帰ってきたリリーは一つ伸びをする。
……経緯を知らない者達からは相変わらず畏敬の念を、知っている者達から苦笑を向けられる聖女。
鐘が鳴る――重く、綺麗な。
「おねえさま、どうしたんですか?」
はっとした。
……考えに沈んでいる所、気付けばコトミがすぐ傍に来ていたのだ。
「え、ええと……どうしましたか」
「いや、それはこっちの台詞なんですけど……」
首を傾げるコトミ相手に経緯をざっくりと説明する。
そしたらコトミも難しい顔をした。
「……確かにそうですね……おねえさまの知り合い全員そう言ったんですか?」
「……全員ではないです」
「……なら全員行きましょう。前おねえさま言ってたじゃないですか……ダンジョン探索の時に不思議な少女と出会いました、って。案外その人とか知ってたりするかもですよ?」
「…………」
確かにそうだ。
今は魔王も鳴りを潜めている。心置きなく行けそうである。
「ありがとうございます、コトミ。明日にでも皆さん連れて行ってきますね」
「えっ、礼拝は――」
「……代わりに、すごいニュースを持って帰ってきますからね」
【番外編次元:クリスマス(後編)
前回の続き】
「……で、あの時聞きに行った結果がこれですか……」
とあるシスターが大聖堂の周りを歩く。
……前々代の聖女リリーは、クリスマスの起源を明らかにした。
その経緯を知っている聖職者はもうほとんど居なくなっている。
なので、今は――神様の教えを世界に広めた者が降臨した日という、内容のみが残っている。
たった十数年の間に、それは王国の常識として広まっていた。
「……まぁ、意味がある行事というものは大切ですよね」
彼女は当時の状況を知るシスターの一人――というかクリスだった。
今でも思い出す、あの時のリリーの顔を。
「クリス様ー。次の大規模礼拝の準備ができましたよ」
「あ、ありがとうございます。今行きますね……って、コトミさん……貴女も担当でしょう」
クリスはまだ年若いシスターに呼ばれて大聖堂の中に戻ろうとしたが、そこでコトミと行き逢った。眉をひそめるが、……
「……ああ、来てますね……よかったです」……彼女は、心の底から楽しそうな顔をしていた。
「えっと、……」
「あ、すいません、こっちの話です。……さぁ、頑張りましょうね」
そう言って踵を返したコトミが今まで見ていた方向を、興味が湧いたクリスは眺めてみた。
……若葉色の髪が見えた気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「綺麗だねぇ……」
「……ねー。スミレもだけど」
「あの、こっちが恥ずかしくなるので二人の時にやってください」
いつもの三人が王国の城下町を歩く。
街路樹の葉はほとんど落ちているが、生き残った木やモミの木などに色とりどりの飾り付けがされている。
常緑の木は、雪と闇に閉ざされる真冬に陽光を願う強い期待感が込められている。
まさしく道には雪が降り、固められ、空は曇りである。
ただ――そんな絶望の中でも救いを見出だすのは、人間自身だ。
「えっと、礼拝終わったから……ご飯食べようか」
「うんー。たまにはいいよね!」
「あ、あの店空いてますよ!行きませんか?」
彼女達にとっての救いは、お互いの存在だ。
……きっと、分かっているのだろう。
「ネア、プレゼント……どうぞ」
「……スミレ、これ……あげる」
……メリークリスマス。
今を生きる人達に、祝福を。
「ねーこちゃーん!!」
「ニャーっ!??」
時系列は正常です。
ともかく、今の状況を説明しよう。
アクアベルが黒猫を追いかけている。説明おわり。
「つっかまえたー!さあおとなしくモフモフされるがよいさー!」
そして彼女は黒猫を捕まえた。
布団干しの体勢にされた黒猫はひたすら暴れる。
……引っ掻かれてもおかしくないが、そんなことには欠片も頓着せずひたすらモフる。撫でる。
じたばたじたばた。
「もふもふなでなで」
「フシャー!…………にゃー」
暴れる黒猫は次第に疲れてきたらしい。
諦めた様子で、もうどうにでもしてくれと言っているかのように力を抜く。
それを見たアクアベルは猫を地面に下ろす。
……しばらくして、黒猫は口を開いた。
「……にゃあ、この乱暴者……」
……――――世界には色々な人族がいる。
身体や性格、または言語の違いこそあれ――それらは全て『人』だ。
『人』と動物の違いの一つに、言葉を話せるか否か、というものがある。
言語はともかく、言葉を話せる動物は人もしくはそれに近い生物――逆に言えばそれ以外はすべて動物である。
そこまで重要な要素なのだが……ともかく。
猫が喋った。
四足歩行の黒い、長い尻尾がついたもふもふが。
……首に、まるで闇夜のように真っ黒な鈴をつけている。
「しょうがないでしょ、癒しだよ癒し。……え、そんな目で睨まないで撫でたくなるから」
……今起こった衝撃的な事象にも一切頓着せずにアクアベルは喋る――いや、話しかける。黒猫へと。
「にゃー……疲れたぁ……」
「というかさ、そんなに嫌ならさっきみたいにしてればいいと思うんだけど」
「名案思い付いた、みたいに言わないで……まぁ、私のために変わるけどにゃー」ふあぁ、とやりながら黒猫が起き上がる。
一瞬、視界が消失する。
直後――猫がいた場所と一切変わらない所に、少女が立っていた。
真っ黒な猫耳がこれまた黒い髪から覗き、そして首には闇夜のような鈴。
その小柄な少女の名は、ベルシリーズの一席。
ブラックベルだった。
「でさ、ブラックベル」
「何だにゃ?というか何で変身しても撫でるのやめないの?」
「ちっちゃくて可愛いから」
さらりと言い放つアクアベル。
「それはともかくとしてそろそろ危なくなってきたよ」
「……それはそれは。大丈夫だよ、って始まる前言ってなかったかにゃー?」
「うーん。さっきブラッドベルやられちゃったし……その時の攻撃で二対一をつくれてた上の階のうち一人が落とされてた」
だからそろそろブラックベルにも動いてもらいたいな――と、撫での手は止めずにそう言う。
「……だったら素直に言えばよかったんだにゃ」
「いやいや、これは幸福追求権だから」
それを聞いて、私の幸福って……と呟くブラックベル。
……その時だった。
殺意を感知し、猫耳が跳ねる。
「……了解だにゃー。それじゃ私はここで」
猫特有の素早さでどこかに行ってしまう。
「あっ、ブラックちゃ――「アクアベル?」――え」
アクアベルが震えながら振り向くと――そこには。
怖い顔をしたブルーベルが立っていた。
【番外編次元:年末】
この世界に年の瀬がやってきた。
一年の歓喜。一年の葛藤。一年の反省。一年の追憶――
全てを押し流し、また次の年を迎えるための。
普段バカ騒ぎをしている悪ガキが、神妙な面持ちで大聖堂にて話を聴いている。
ユノグも執務を止め、外に出て遠くを眺めている。
その目線の先には時計台。
謎の力で――魔法でも説明がつかない――動く時計台は、毎年の終わり――始まり――に鐘を打つ。
いつから存在しているのかは知られていないが、一年の終わり始まりを知り、決意を新たにするために昔から利用されてきた。
思えば今年は様々なことが起きた。
数える気力も無くすほどの。
幸せであれ、不幸であれ……それらは紛れもない今年の出来事だ。
しかし、つまりは終わったことである。
今の自分達に必要なのは、過去ではなく未来だ。
終わったことは、最悪気にしなくても生きていける。
だから、鐘の音で、気持ちを新たにするのだ。
「……で。また外出ですか」アヤメがジト目で周囲を見回す。「新年くらい家で過ごしましょうよ」
その声にスミレは苦笑する。
「……確かにね。でもこういうのも良くない?」
その目の先には広場があった。
ちょうど年の瀬ということで、様々な人がパフォーマンスを披露している。その中にはネアの姿も。
「……ネア姐さん見たいだけなのでは?」「うん」「即答ですか。まぁいいですけど……」
数時間前、ネアはカルトナから依頼されてここに行かされたのだった。
「ネア、本当に格好いいよ……」
「スミレ来てたんだ……確かに、そんな気はしたけどねー」
魔法早撃ちで完璧な技能を見せたネアが出てくると、顔を紅潮させたスミレがすぐさま駆け寄る。
「……あ、さっき屋台でこれもらったんだけど食べるー?」
「食べる!」
公衆の面前であーんとかやらないでくださいね!?とのアヤメの念が通じたらしく容器を手渡すだけだった。
「(……まぁ、それはそれで……いいんですけど)」
邪魔したら悪いだろう、ということでアヤメは脇道に入る。
いつぞやかの鍛冶屋のある通りだった。
「にゃー」「……ん、アヤメ……?奇遇」「イエローベルさん……えっとこんばんは……その手の黒猫はなんですか?」
「いる?」
「……うちの二人がいいかどうか」
真面目に答えたアヤメに、イエローベルは「冗談だよ」と呟き残して去っていこうとする。
だがアヤメはその背中を両手で押さえる。
「……ちょっと待ってください、どうせだから一緒に年越ししません?」
「なんで」真顔でイエローベルは反問する。
「……いや、ちょっと……言いたいことがあるので。あ、そっちの事じゃないですけど」
サンシャイン様ぉぁがめるしょぉせつぉかきなさぃ
115:◆hJgorQc あばばばば(^q^) :2021/01/03(日) 07:35 その時だった。
高いとも低いとも言えず、大きいとも小さいとも言えない――そんな鐘の音が鳴り響いた。
人々は一斉に時計台の方を眺める。
白っぽい光が靄のようにかかっていた。
「……新年ですね。おめでとうございます」
アヤメが清楚な笑みを浮かべて対面のイエローベルへと話しかける。
「……あ、うん……と、それだけ?」「ふにゃっ」
やや困惑しながらイエローベルが首を傾げる。
同時にその腕の黒猫が不意に絞められ悲鳴をあげる。
「いいえ、……
今年も――これからも、よろしくお願いします」
起こったことには頓着せず。
微笑んで一礼しながら、アヤメは告げる。
「……うん、よろしく」
イエローベルも、今度こそ真剣に呟き返したのだった。
「……ところでさ、これからもって……」
「あっ、すいません、言葉の綾です……だけじゃないかも知れませんが」
想定外の方向から攻撃を受けてわたわたしながら口走るアヤメ。
そんな彼女を見て、今の言葉を吟味することも忘れて――――
しばし、心が洗われるような思いを味わったイエローベルだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ネア、また今年も……ううん、いつまでも。よろしくね。」
「こちらこそー。ずっと一緒だからね。」
初挨拶と初いちゃいちゃを済ませたスミレとネア。
そして、アヤメはどこだという話になる。
「……まぁ、そんなに遠くには行ってないよね」
とはいえ、年明けであちらこちらに光魔法による色とりどりの明かりが浮かんでいる通りでも、深夜、つまり今は相当暗い。
アヤメの瞳の色は両親譲りの輝く金と、このような時ではなかなか目立つのだが、反対に髪色は闇に溶け込む漆黒である。
そのため見つけにくいこと請け合い……と思われていたが。
「……ん?あれって……」
ふと横の道を眺めると、色とりどりの少女達が集まって何かを話していた。
何気なさを装ってその横を通る。
「あーー!」とか「うーん、どうして……」とか「まだまだだね」とか「いっちゃえばよかったのに」……のような声が聞こえてきた。
それに首を傾げつつ角を曲がる。
……と、丁度アヤメが向こうから走ってきた。
「あっ、明けましておめでとうございます」
ぺこりと一礼。
それを見た二人も慌てて頭を下げる。
「今年もよろしくね」「おめでとうー」
空はひたすら真っ暗だったが――数時間後の日の出を予感させる空気が流れていた。
【ちょっとあとがき】
3日遅れですが明けましておめでとうございます。
今年も、貴女に沈丁花を――この小説を、よろしくお願いします。
イエローベルの心は揺れていた。
自分でも理由はわからない。
しかも――心が揺れるだけではなく、そこには熱い炎が燃えていた。
顔が火照る、胸が痛くなる。
どうしてこんなことになったのか、彼女は自分なりの答えを見つけていた。
「(……そんなのあり得ない。あり得ないんだ)」
ただし、答えを見つけるのと納得するかは別問題である――例えそれがどれだけ魅力的であろうとも。
彼女の心が、その想いを拒絶していた。
ふらふらと、城のどこかを、どこへと言うともなく歩いていた。
彼女はベルシリーズの第一線、つまりは強い存在なのだが、この様では見つかったら簡単に撃破されそうである。
しかし運良くアクアベル以外誰にも会わなかった。
そのアクアベル自身、やや焦っていたのでイエローベルの状態を口に出すことができなかったのだ。
ただ一言、「忘れないでね」と。
……何を?
それすら考えられずにいた。
「……落ち着け、私」そう自分に言い聞かせる。
が、その直後である。
前の壁際に血溜まりを発見した。
ブラッドベルのものかと無意識に判断して視線を切りかける。
……が、どうやら違うらしい。
よーーーーく見てみると……
アヤメである。
金瞳。黒髪。……で、血の泥寧。
……思考停止
「……いや、これはおちちゅ……落ち着いちゃ駄目……!」
急いで駆けつけ脈を確認する。
腹部に大きな穴が空いているが、微かに脈はあるようである。
間違いなく常人なら死亡している出血と深い傷だが、それにここまでアヤメは耐えていたのだ。
……拙い回復魔法で傷の治療を始める。
平行してメスを作り出して軽い手術を行う。
感染症が怖いが回復魔法でなんとかなると信じたい。
「これは……ブルーベルかな」
描写不能なほど、内蔵がグチャグチャにされていた。
人体にこんなことをできるのはブルーベルの一撃くらいである。
イエローベルも匙を投げかけた。
……が、なぜかは知らないが、諦めない。
人命がかかっているというだけなら彼女は捨てていただろう。
……無論それはない。つまりは彼女はアヤメに何かがあるということである。
その時、近くから轟音が響いた。
ゆっくりとそちらを向く。
ここから数十メートルの距離を挟んで、ネアとブルーベルが対峙していた。
「不死身ね …… 殴り甲斐がありそうだよ」
アヤメとイエローベルから十数メートル。
そこで対峙しているのはブルーベルとネア。……言うなれば、大将同士の一騎討ちとでも言うのだろうか。
その二人はこちらに気付かない。
だが、アヤメに回復をかけつつも、イエローベルの視線はその二人の戦闘に固定されてしまった――――実力行使の前に戦闘は始まっている。
二人の距離は約ニメートル。
不審者に襲われそうな時でも安心な距離感だ。
が、その二人には数メートルの距離などあってないようなものである。
……ましてや、彼女らは二重の意味で不審者などではないのだ。
先に動いたのはブルーベルだった。
瞬間的に近づき、常人の目では追えない速度で足を振るう。
ネアもそれに対して反応してのけた。……が、間に合わない。
蹴りが命中した脇腹が、抉られる。
…………いや、別に特殊な武器を使った訳ではなく、蹴り用の靴を履いていたという訳でもない。
ただただ純粋な力。
それがネアの体を襲う。
痛みに耐えつつ後ろに跳ぶ。
直後に、一瞬前まで彼女の首があった場所へとラリアットが入る。
もしそれに当たっていたら、首がへし折れるどころか下手したらもぎ取られていたかも知れない。
その勢いのまま突っ込んでくるブルーベルの体を、彼女のそれとは比較にもならない威力の蹴りで制止させ、その瞬間に距離をとる。
脇腹は既に再生している。
ブルーベルは魔法を警戒して体勢を下げる。
戦況は一種の膠着状態に陥っていた。
その隙に、ネアは周囲を見渡して――ある一点へと視線を送った。
そここそが、イエローベルのいる場所だった。
「……っ?」
ネアも驚いていたようだがイエローベルも固まった。
偶然とは恐ろしいものである。
ただ一人、この状況を作った元凶であるブルーベルのみが首を傾げて――その姿勢のまま岩砕きの拳を、動きを止めたネアへと振るう。
血を撒き散らしつつ吹っ飛ぶネア。
何を思ったのかはわからないが――――イエローベルを見逃したあたり、何かを感じたのかも知れない。
手元を見れば、手術は終わりかけていた。
床も天井も自分も、目の前にいる少女も――――すべてが赤熱し、燃えていた。
手段が乱暴すぎる――ユノグは致死クラスまで上がる体温を感じながら考えた。……まさか床を熱するとは。
「さっさと骨になってくれないかなぁ……ホワイトベルも気になるし」
「……」
駄目だ、相性が悪すぎる。
レッドベル――今ユノグの前で、細長い城の破片を手に持つ、真っ赤な少女だ。その能力はシンプルに発火、もしくは発熱。
何回か鍔迫り合いを演じてみたものの――こちらが手に持つ大剣が熔けかけた。それほどの熱を持っても赤熱するだけで溶けもしない城の構造物質もおかしいのだが。
ともかくこのままではユノグは死ぬ。掛け値なしに。
ワープ魔法で緊急脱出しようかとも考えたが今は国全域がその魔法を使えなくなっている。
「まだ耐えるの?ここサウナじゃないよ?」
煽られている。
「…………クソが」
なんとか手を動かして背中に回っていた鞘を掴む。そしてそれを腕の力だけで、レッドベルの方向に投げた。
「……何のつもり?」
簡単に避けられるがそれが狙いではない。
「『バーニングオブジェクト』」
丁度真横を通った瞬間に起爆させる。……一応命中し、レッドベルがその煙の中から出てくる。やはりそこまで応えていないようだった。が、それも狙いではない。
その時、大量の水が唐突にその広間を席巻した。
唐突に周囲が水で満たされる。ユノグもレッドベルもお構い無しに飲み込まれ溺れてゆく。
特にユノグは体の内部まで焼けている。その分死に近かった。
……が、丁度良いタイミングで水が引いていく。
ユノグが首だけ動かして周囲を見回すと、意識を失ったレッドベルが倒れていた。
……そして仕掛人――カルトナが魔力で精製したロープを抱えて彼女に近づく。
「…………」
喉が、肺が焼けて声が出ない。
……だがこれだけはどうしても言いたい。……あっけなさすぎる。
と、カルトナが倒れたままのユノグに気付き声をかけてくる。
「よう、無事か」
「……」
「……なるほどな、無事じゃないか」
そして片手間で回復魔法を操り、彼に軽い治療を施し始めた。
全身重傷者にいきなり水をぶっかけてはならない。
…………で。
「よく思い出したじゃないか、鞘に危害が及んだ時の救援要請」
種明かしの時間です。
カルトナは今まで百人近い人間を教育してきた。もちろんその中にネアもユノグも含まれている。
……ユノグ。忘れているかも知れないが王族である。もちろんカルトナはユノグ以前にも何人かの王族を教育している。
……そしてそのうちの一人の王が、カルトナに向けてこんな依頼をした。
「緊急事態の時、教育係が助けに行けるような細工を施してくれ」――大きな宝剣をカルトナに手渡しながら、そう言ったのだ。
その剣は数世代を経た今でも現存し、効力を失っていない。その効果は、魔力の伝達強化……そして、一部部位の一定条件下での破損で、カルトナを呼び寄せる。
ユノグはそれを鞘の起爆という形で再現し、カルトナを呼んだという訳であった。
「……助かりました」やっとユノグは声を出すことができた。
「あー気にすんな。むしろお前の先祖何人かはまともに使わなかったんでうんざりしてたところだ」
片手を振りつつ軽い調子でカルトナは喋る。
……そして、そのすぐ側で縛られたレッドベルを眺めて、
「ま、無理はすんなよ。じゃあ俺は行く」
「そういうのも無理って言うと思いますがね?」
彼は空いている大穴を見逃さなかった。索敵魔法に反応がある。
「知るかよ。老い先短いんだから勝手にさせろ」
そう言って薄く笑い、ローブをはためかせて飛び降りていった。
視線の先には、無数の白い光線が煌めいていた。
【ちょっとあとがき】
酷使されるカルトナ
【番外編時空
バレンタイン 前編】
バレンタインデー。女性が親しい男性にチョコレートやお菓子などをプレゼントする行事と化しているその日────前日、『彼女ら』は。
「······アリシア様?」
「ふぁっ、はいっ!?······あ、ヴァンスさん」
場所は王城。所在なげにしていたアリシアへとヴァンスが声をかける。
······ユノグの侍女と側近。立場関係は微妙だった。
「······今年はどうなんですか、」
「えっ?······え、なんの事です?」
「明日ですよ」
シラを切ったアリシアにやや強めの口調で詰め寄るヴァンス。······これは反感などではなく、応援の気持ちの表れだった。
「······そうですね。······大丈夫です。もう私もそろそろいい歳ですから······」
「大丈夫ですかね······?早くしないと世継ぎ生m···」
その時、セクハラまがいの発言をしたヴァンスの口に超小型結界が突っ込まれる。
「黙っててください」
「············(はい)」
──────────────────
「······困った」
クールな口調で困っていたのはイエローベルだった。その隣にはブルーベルがいる。······どういう状況なのかと言えば、城の皆のための買い出しであった。ジャンケンで負けたエリート二人。
「······困った って?」
「······バレンタイン、明日でしょ?」
「大体 察したよ······ああ、 ······うーん······」
二人してため息をつく。······片方は面倒臭さゆえ、もう片方は方法の難解さゆえであった。
──────────────────
「明日だねぇ」
「そうだねー」
「あの二人と······あの二人。どうなるかな?」
「······うーん。出来ればいい結果になってほしいなー」
「······」
「······」
「······ネア」
「······んー」
「楽しみにしててね」
「······うん。無理はしないでね」
【ちょっとあとがき】
久々の更新がこれという
【番外編次元
バレンタイン後編】
【百合注意】
王城には大量の荷物が届いていた。天井に達する程の量のその内容は、チョコレートをはじめとしたお菓子······その一言だった。
「···全く、何が悲しくて自分宛のチョコレート掘り出さなきゃいけないんですか」
愚痴るヴァンス。···すると、
「······おや、これは」
山の中から何かを見つけ、眺める。···決して小さくない麻袋の中には、手のひらサイズのチョコレートがぎっしり詰まっていた。
それに付属するカードには、
『お疲れ様です。皆さんでどうぞ』
······シスター達の気遣いによって、大部分の兵士は救われた。
「ユノグ様ー」
「どうしたアリシアー」
「あの、······ふふっ」
なるべく心を無にして話しかけようとしたアリシアだったがユノグの返事で笑ってしまい、そこで色々と心の準備が崩れていった。
···頭が真っ白になる。
「······あ、えっと、あの······今日、」
後手に回したチョコレート。
震える手で、差し出す。···
「感謝の気持ちです。······受け取ってください」
「······ありがとう」
ユノグは目を丸くしたが、大きな手でそれを受け取る。
「···っ、それでは!」
「あっ、おいアリシ······」
······逃げていった。
ユノグは手元に視線を落とす。ハート形のチョコレートが、そこにはあった。
「ブルーベル。どうだった?」
「渡してきたよ ······いつも通りの反応だった」
黄色と青が並んで座る。······門の上。そこからの景色は絶景だった。······色々な意味で。
「で······ そっちはどうなの?」
「どうって······」
「多分皆知ってるよ、 イエローベルが好······」
喉に短剣を突き刺され悶絶するブルーベルを後目に、黄色が門から飛び降りる。
そして、大通りを走り抜けて、パン屋を物色していたアヤメの横にたどり着く。
「やあ、アヤメ」
「······イエローベルさん。こんにちは······」
よく見たら彼女は小脇に小包みを抱えている。どこかで軽食でも買ったのだろうか、と思いつつ小包みを渡す。
「はいこれバレンタインのチョコレート。······頑張って作ったから」
顔を逸らしつつ言う。
······受け取った方のアヤメはしばらくぽかんとしていたが、笑顔になって、「ありがとうございます······」と言う。······そして、
「こっちからも、これ、どうぞ」
もう片方の手で、抱えていた小包みを渡した。
「······えっ、······あ、ありがとう···」
「······皆渡せたかなぁ」
「だといいねー。······スミレ、これ、私から」
「······えっと、これ······ゆび、わ?」
「······うん。······スミレ、
············私と、結婚してください」
「えっ······
······え
······
っ······
よろ、こんで!」
天井に空く大穴。
······そこからカルトナが下に降り立った時、勝負は既に決していた。······倒れ伏す七人のシスターの中心で、ホワイトベルが退屈そうに立っていたのだ。
「············」
さすがに動きが止まる。
······そんなカルトナの気配を見て取って、ホワイトベルは顔を上げる。そして周囲を見回し、笑った。
「······死んでないよぉ?······けど貴方が何かしたら、巻き添え食らって止めになるかもね」
彼女は、くすくすと楽しそうに笑う。······格好はそのまま聖衣······もしくはそれに近い代物だが、······悪い意味でその力が発揮されていた。
カルトナは動けない。······相手を確実に打ち負かす威力の魔法を撃ったら相手の思う壷である。
そんな彼を眺めて、ホワイトベルはもう一つ笑う。······そして、いつの間にか手に握っていた、白の光を放つ棒を相手に向けて、
「『バニッシュメント』」
······容赦なく、消滅魔法を放った。
「『アンチバニッシュ』!」
────しかし、だ。
カルトナ特製の迎撃魔法が、それを止める。······目に見えない嵐が吹き荒れ、『バニッシュメント』は不発に終わった。
「······流石は伝説だね?」
「うるせぇ······さて。圧倒させて貰おうか」
二人は同時に動いた。
カルトナの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから放たれた炎の魔法が、消えて、······寸前で身を躱したホワイトベルの残像で小規模の爆発を起こす。
「あはははははははっ!!!!!!」
彼女はシスター達を踏みつけつつ、真の不可視攻撃を避けていく。白い衣服が、赤黒く染まってゆく。
そして────それを吸い取って、中央からゾンビが立ち上がる。······ブラッドベル。
その目は虚ろだった。······生きてるとしても、おおよそ正気ではない。······何故ここまでするのか?カルトナはついに重力魔法までもを持ち出しつつ、背筋を凍らせた。
一旦重力魔法でブラッドベルを天井の染みにしつつ、カルトナは考える。······潰されているシスター達はもう行動出来ないだろう。なら、独力でホワイトベルを排除しなければならない。それも、できるだけ早く。
今撃ってる魔法はむしろ相手の動作的な意味で駄目なので、別の魔法に切り替える。
いや、切り替えようとした時────相手はレーザーを放ってきた。······正に光の一撃······それが数十発。
最初の一光が足に突き刺さり、カルトナの動きを鈍くする。
しかし彼も、その後のレーザーはリフレクターを駆使して別の方向に逸らした。
一進一退、千日手。どちらかが動けば他方は確実に防ぎ、逆もまた然り。膠着する二人の間で不確定要素は倒れ伏すシスター達だけだった。
······逆に言えば、彼女らが動けば形成は大いに変わるが、カルトナは治療する暇がない。彼の限界も少しずつ、だが確実に近づいていた。
────その時────
『神を騙る者に裁きを』『聖女の御許に集うのだ』との囁き声。······そして、
「······ここで終わりですか?」
厳かな声が聴こえた。
「······は······?」
カルトナは驚き、声の主を探す······も、その位置は掴めなかった。······しかし、声には聞き覚えがあった。
「リリー「おねえさま」······?」
カルトナとコトミの声が重なる。思わずそちらを見ると、まるで幽霊かのように、コトミが立ち上がっていた。
「何をしてるのかなぁ?」
それを見たホワイトベルはレーザーの照準をそちらに向ける。リリーの声は聞こえていないようだった。
「······何が何だかは知らないが······邪魔するな」
今度のカルトナは、膨大な魔力でレーザーの軌道を曲げる。そして復活して、天井から落下して彼を刺そうとしたブラッドベルにそのレーザーを数発当てる。
······その間にも対話は進んでいた。カルトナには聞こえなかったが、コトミは数回頷く。目に光が戻ってくる。そして────
「『ジャッジメント』」
光の剣を握り────すぐ側にいたホワイトベルの胸を、貫いた。
「······は?」
傷口から血が垂れる。
そしてそれは次々に、純白の光へと変換されていく。その光は次第にホワイトベルを呑み込み、······その欠片は一点に集まり、どこかへと飛んでいった。
二つの相反する『聖』。······その終わりは呆気ないものだった。
唐突に訪れた決着、もう動かないブラッドベル、恍惚とした表情で崩れ落ちるコトミ────全てを眺めて、カルトナはしばらく動くことができなかった。
【ちょっとあとがき】
更新が遅すぎて申し訳ありませんでした。
─────────────────
今までベッドで死んだような状態でいたスミレは、ふと身体が軽くなっていることに気が付いた。···一瞬、とうとう死んだかと思ったが────どうやら少し違うらしい。頬をつねってもしっかり感覚があった。
掛かっていた布団を払い除けて起き上がる。そして、庭···島を見下ろすと、アリシアが腰を抜かして座り込んでいた。
身体の不調は未だに続く。······というより、感覚的に『一時的に抑え込まれている』といった感じであった。階段を降りる足が震える。一歩ずつ、慎重に。
玄関のドアを開けた。
突然開いたドアを見てアリシアが飛び上がるが、出てきたのがスミレだということを知ると落ち着く。······いや、そこから『スミレ』だと脳が認識した時、再び彼女は飛び上がった。その顔は「なんで」と言っているようであった。
スミレはアリシアの元に近づく。その歩みはやはり遅い。
「何があったんですか?」
到着してすぐに質問を投げかける。
「······光が···墓地から、光が」
アリシアは途切れ途切れに話す。どうやら攻撃を受けたのではなく、単純に起こった現象に驚いたかららしかった。これで直接攻撃を受けるような危機は迫っていないと理解したスミレは、念の為アリシアに警戒するように言って、一人墓地に向かう。
墓地と言ってもかなり小規模────そこに眠るのはたった四人だが、スミレにとってはある意味世界の中でも最も大きい墓地だった。
その中で、一つ······聖女にして英雄の一員、リリーの墓が光り輝いていた。······スミレはそこに近付く。すると、どこからか声が聞こえてきた。
『お久しぶりですね』
「······リリーさん」
思わず辺りを見渡すも、あの四人の面影はどこにも見えなかった。ただ、一つの墓に宿る光だけが存在を認めていた。
『······こういう形になってしまったこと······まずは謝らなくてはいけませんね。単刀直入に申しますが······ごめんなさい。貴女が生きているということは······やはりそういう事だったのですね』
リリーは勝手に話し始める。どこか彼女は予感していたらしい、というところまではスミレでも分かった。しかし、なぜリリーがここに居るのか?
『······はい、どうして私がここに居るのかというと······貴女はコトミというシスターを知っていますか?』
「はい。貴女の事を慕っている様子でした」
それを聞いたリリーはどこか微笑んだようだった。
『私がエインさん達と魔王を倒しに行く時······コトミにですね、ペンダントを渡したのです。私の魔力を込めたペンダントを』
つまり、今リリーがここにいるのはペンダントの魔力故だという。封じ込められていた魔力が何かの拍子で解放されたらしい。······そして、今のリリーはコトミ達の手助けをして、もう存在を保てない状態らしかった。
『······ネアは元気でしょうか?』
「はい!···えっと、その」
『分かっていますよ。世界の誰でも、幸せになる権利はあるのですから────では、どうか···』
祈りを捧げるような気配を残して、光が消えた。
スミレの身体は再び重くなる。······しかし彼女は、その目に強い意志の光を宿し、真っ黒な空を見上げた。
蒼の城。残った数名のベルシリーズは顔を見合わせて会議をしていた。議長はアクアベル。欠席は戦っているブルーベルと、不明のイエローベル。
「······まずは。カルトナどうする?」
銀色の格好をした少女────シルバーベルは辺りを見回して尋ねる。······そう、彼女たちにとって、目下最大の懸念は伝説の魔法使い、カルトナにあった。既に彼によって主力級はほぼ壊滅させられていたのだ。
「どうするって言われても、何とかするしかないよね?」
不敵な笑みを浮かべたアクアベルに視線が集中する。
「別に倒さなくてもいいんだ、無力化できればね」
それならやりようがあるでしょ、と彼女は続ける。
「とどのつまり······封印するとか、ね」
「封印って······確か、魔王が······」
ブラックベルが呟く。それに「よく覚えてたね。その通り」と返すのはやはりアクアベルだった。
「でも問題は手段な訳だけど······あ」
再びブラックベルが呟くが────何を思ったのか、その目はシルバーベルの方に向いた。彼女は、······鋭くもどこか鈍い光沢を発する瞳を瞬かせた。
「······アクアベル」
銀色の髪を軽く振って、彼女はここに居る中心人物へと主語がない問いを投げかける。そして、その意味が分からないアクアベルでもない。
「···コズミック様はこの世界でも銀に魔封の力を与えたんだよ。だから」
特効だよ、と付け加える。
その一言で方針は決まった。再び少女達は城のあちこちへと散っていく。
それを眺めていたアクアベルはため息をついた。一つ彼女が床を鳴らすと、その目の前にはどこかに繋がっているらしき穴が現れる。······ワープ魔法の一つ、『ゲート』だった。······そう、『ワープ魔法』。
「······気付かれないうちにできるかな」
彼女も、その一言だけを残して、遥か上にあったシャンデリアに着地した。
「あれか······」
カルトナはとある場所を目指していた。······そこは今、城の中で最も熾烈な戦いが続いている場所────つまりは、ネアとブルーベルが戦っている場所だった。
いくらネアが不死身だと言っても、相手が相手なだけに心配が残る。そのためさっさと加勢しなければ────そう思っていた彼の元に、一つの弾が飛んできた。
身を翻してそれを避ける。······溢れ出る魔力が彼に一瞬遅れて続いたが、······魔力は弾を避けられず、貫かれ────かなりの魔力が封じられた。
カルトナの思考が一瞬止まる。
「······誰だ」
「ふふん、私──シルバーベルだよ」
その声が聞こえてきた方向へ、もはや小さな太陽のような火球を飛ばし一気に決着をつけようとするカルトナ。······だが、彼がそちらへ向いた時、銀色の壁以外には何も残っていなかった。······そして、彼は理解する。『これは勝負にならない』。
魔封じの銀────カルトナとは相性が悪いどころの話ではない。最悪······災厄レベルである。
「ほんとだったら、強さで言えば私は多分貴方に敵わないんだけどね?」
弾を撃ち、銀の壁を創りながらシルバーベルは言う。
「でも······実力差でのゴリ押しはね、しばしば相性で無効化されるんだ」
炎を消し、水を引かせ、光を反射し、闇を祓う。雷は銀が金故に伝わり、また熱も次第に伝導されるが、その頃には既にその銀は引っ込んでいる。
「(······やれやれ)」
カルトナは心の中でため息をついた。
「(思ったよりも苦戦しそうだ······なら、折角だから俺が持ってる魔法全てを受けてもらおうか?)」
······果たしてそこまでの時間があるのか、と思ったが、まずは罠魔法の構築を始める。座標は自分に指定······そしてそれが終わると、今度は重力をかけてシルバーベルを押し潰そうとする。
「っ、これはダメなの······?」
顔をしかめて彼女は一歩下がる。重力の範囲から脱し、鈍りかけていた動きが元に戻る。
その間にも今度は周囲の景色が歪み始める。······幻術。敵に幻を見せ、狂気に落としたりする、魔法の一種である······が、脳に直接作用するので、銀の壁では防げなかったようだ。
次第に幻術は強くなっていく。
流石に決まったか、とカルトナは思い、周囲に無数の雷弾を浮かべる。警戒は絶対に怠らない。数十年前、魔王カースモルグに不覚を取って封印されたあの日から、彼はそう決めていたのだ。
しかし。
「······『銀の足枷』」
床から、銀の蔦が這い出て、彼の足に巻き付く。それは切断魔法により一瞬で消滅するが────前方からはシルバーベルが迫っていた。
重力魔法で一気に決める、と魔力を移動させたカルトナだったが、
背後に突然現れた黒い猫耳の少女が、
カルトナが移動させた魔力を銀に変換して、
そして、
シルバーベルは持っていた盾を突き出して。
············彼を中心にして、牢獄のような魔法陣が展開される。
小松雅弘は市にましたとさ
めでたしめでたし
「――――――――」
時間の流れが鈍化した。カルトナの意識は急速に落ちていく。
彼はこの感覚を覚えている。……封印だ。
昔、魔王カースモルグが王国の城下町へ侵攻してきた時……彼は一瞬の隙を突かれ、封印されたのだ。
抗おうとしても叶わない。猛烈な勢いで魔力が封じられていく。
体は微塵も動かない。
ただ自分を取り囲む銀の魔法陣を、呆然と眺めることしか出来なかった。
――――しかし。呆然とする時間が終われば、まだ彼は諦めない。
意識は薄れていくが、抵抗する意識と魔力が残されている以上、体は封印されず残り続けるのだ。
「(……くそ。考えろ……せめてこいつらだけでも、道連れに……)」
考える。
もはや大魔法を構築するほどの時間と魔力、集中力は残されていない。だが生半可な魔法だと封印が進行しているので吸収される恐れがある。八方塞がりだった。
「(……いや、待てよ)」
自身の身体の中心部を意識する。……そういえば、罠魔法を仕掛けておいたはずだ。……今から魔力を最大限に注ぎ発動させれば、道連れはできる。
……魔力を集める。最後の足掻きだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
シルバーベルは、まだ完了しない封印に驚嘆していた。単純に魔力が膨大すぎるのだ。加えて相手のプライドというものもある。
しかし、それでも感じる魔力は少なくなっていき、ついには消える。
彼女は満足したように、封印されていくカルトナの方を見た。……
その時、相手が一瞬笑ったような気がした。
封印は成就し、カルトナの姿は消える。地面に銀色の小さな魔法陣が浮かぶ。
――――しかし、直後……それとは比べ物にならない大きさの、紫色をした魔法陣が周囲を包み込む。
シルバーベルは息を呑んだ。真下――――防御ができるか怪しいところである。
しかし次の瞬間彼女は、咄嗟の出来事に反応できなかったブラックベルの姿を目に留める。
……考えるよりも先に体が動いていた。全力で疾走し、ブラックベルの小さな体を突き飛ばす。紫の外へと。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……げほっ」
咳き込むと血が飛び出てきた。……さらに、重度の目眩が起こり、思わず地面に倒れ込んだ。
立ち上がろうとするが、手に力が入らない。
その間にも意識が翻弄され、身体中を激烈な痛みが襲う。
動けなくなった彼女の傍で、いつの間にか猫の姿になっていたブラックベルが泣きそうな声を漏らす。
「……大、丈夫……だよ……」
手を伸ばして頭を撫でる。弱々しく、優しい手つきだった。
「……私が耐えるだけ……封印は伸びる……だから、ブラック…ベルは、自分が…やるべきことを…やって……」
「でも……」
「いいから」
最後の口調は、やや強かった。
座り込んでいたブラックベルは、尻尾を伸ばして立ち上がる。
彼女には、全てを見る義務があるのだ。
【百合注意】
イエローベルの手術の成果もあり、アヤメの傷はほとんど治っていた。······しかし、腹部を貫通されて、一時は瀕死だったこともあり、まだ意識は戻らない。
イエローベルはそんな彼女の手を握り、顔を見つめている。その顔は敵対しているとは思えないほど真剣だった。······もう彼女はその想いを自覚している。
これが『正しい』想いなのかは分からない。そもそも同性への恋······これこそこの世界ではまだ異常に近い。しかし、アヤメを見ていると、そんなことはもうどうでも良くなってくるのだ。
相手と一緒に居たいという気持ち······これこそが愛だろう?
「······ん······」アヤメはゆっくりと目を覚ます。
自分の腹部に手を当てる······そこで傷が癒えている事に気づいた。そして混乱する前に、今度は目の前にいるイエローベルに気付いた。
本当に驚いたらしく、数回口をぱくぱくさせる。
「······えっと」
それを見たイエローベルは、心からの笑みを浮かべた。
「······おはよう」
良かった、と呟く。胸に手を当てて、熱い吐息を吐く。······目には軽く涙が溜まっていた。
それを見たアヤメは軽く驚く。······自分が今まで見てきたこのクールな少女は、こんな顔が出来たのか、と。そして、······ああ、もう我慢が出来ない。
実は······まあ、そうだろう。アヤメもイエローベルの事を好きになっていたのだ。あれだけ関わる事が多かったのだから······。
「イエローベルさん」「······どうしたの?」「私を治療したのって······貴女ですか?」「······うん、そうだけど······」
もしかして失敗しただろうか、などと一瞬焦るイエローベル。······しかし────
アヤメの唇が、彼女の唇を奪う。
唐突だった。
思考が溶かされてゆく。
言おうとしていた言葉も、取ろうとしていた態度も、この後の考えも。全部、流されていく。
後には抜け殻となった黄色の少女と、顔を赤くする黒髪金瞳の少女が残された。
「······ありがとう、ございます」
「な······に?」
声が震える。
「······だって······だって、貴女は······傍に居てくれたんですよ······?」
アヤメは涙を拭う。······それを見て、イエローベルも胸がいっぱいになった。
「···気付いてたんだね、······私が君を想ってるってこと······」
そうでなければキスは出来ない。
「······はい!気付いた時は、本当に······本当に、嬉しかった、です」
顔を真っ赤にさせながら、アヤメは思いの丈をぶつける。
そしてしばらく二人は抱き合っていた。どちらからともなく。
「······アヤメ、私は······まだやり残した事があるんだけど······」
イエローベルはばつが悪そうに告げる。
「······何ですか?」
「ちょっとね」
そう言って、魔法陣を展開させる。······周囲にはいつの間にか誰も居ない。······が、進めば居るだろう。
そうだ、······倒さなければならない。愛する人を苦しめた者を。
「······頑張ってください」
「大丈夫。アヤメがいるから」
そう言って、次の一歩を踏み出す。
これは『違う』戦い······それでも。
「……まだやるの?」
「まだ…諦められないからねー……!」
ブルーベルとネアの戦いは何にも変化がなかった。……近接最強のブルーベルが一方的に相手に攻撃を加え続けているが、ネアはずっと折れていない。頭をかち割られようとも、腹を貫かれようとも。
いくら不死身であっても、心は不死身ではないのに。……さらに、もともとネアは精神が強い方ではないのだが――――
こうして立っている理由は、彼女ですら知らない。
……ふと、ブルーベルの攻撃の手が止まる。
何があったのだろう、と振り向くと、そこにはこちらに向かって歩いてくるイエローベルの姿があった。……彼女の周囲には魔法陣が大量に浮かんでいる。紛れもなく最高火力を出せる態態勢だった。
……しかし、彼女は近くに寄ってきたきり動かない。目を閉じて、胸に手を当てている。
「……イエローベル ?」
その様子を数秒眺めていたブルーベルは、思わず声をかけていた。……それが地雷だとも知らずに。
イエローベルは軽く顔を上げる。あまり反射しないその目に、青の厄災の姿を映す。
厄災……ブルーベルと目が合った瞬間、彼女は小さく微笑む。
そして、
大量のナイフが降り注いだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
それはもはや雨を超えて滝のようだった。
辛うじて滝から脱出したネアはブルーベルが居ないことに気付き、刺さった数本のナイフを抜いてナイフの滝を凝視する。
……滝が止まる。その中央にはブルーベル。……軽い切り傷がその顔に刻み込まれていた。……「やってくれたね」という表情をしていた。……しかし。問題は別のところにある。……何故イエローベルがブルーベルを攻撃する?
「……よくわからないという顔をしているね。……一応言うと、これは裏切りでも何でもない……個人的な戦いだよ」
ネアの表情を見て察したらしきイエローベルは笑ってみせる。
……どうもよくわからなかった。……相変わらず。……しかし、敵が一時的にせよ一人減った……そう思ったネアは、足がいつの間にか魔法で動かなくなっていることに気付く。
「…………………………え、」
ネアの足はどう足掻いても動かない。……途中でバランスを崩し、前のめりに転んでしまう。……それでも足は動かない。骨が折れる音がして、慌てて姿勢を元に戻す。
……その間に、イエローベルとブルーベルの戦いは始まっている。
ギロチンを召喚して四肢を切断しようとすればそれを常人離れした速度で回避し、懐に蹴りを叩き込む。
そのコースを刃物を飛ばす勢いでずらし、血を飛び散らせる。
「……あぁ 、大変だなぁ ……これは」
心から忌々しそうにブルーベルは呟く。……そして、彼女も魔法陣を展開させる。
……衝撃波魔法。それだけで追撃の刃物が全部急停止して落ちてしまう。
二発目、今度は飛び退いたイエローベルの左腕があり得ないような角度に曲がる。……欠損は免れたが、回復魔法を使わない限りその腕はもう使い物にならない。……そして、そんな時間は与えられる筈もなかった。
分身を召喚、三人のブルーベルが戦闘能力の低下したイエローベルに攻撃を仕掛ける。……そして、動けないネアのことも忘れていない。今度は不死身の効果で治療されないギリギリのダメージを与えようと本体が彼女の真後ろから近付く。
あっという間に不利に追い込まれていた。
……油断はなかった。これもブルーベルが強すぎるせいであった。
ネアは近づいてくる本体を狙って火柱や闇魔法を使って攻撃するが、後ろが見えないためそもそも当たらないか簡単に回避される。
イエローベルは三者三様の攻撃をしてくる分身に向かって横殴りの刃の雨を降らせる。……しかし、怯まない。ついには雨をくぐり抜けた分身が彼女の細身を蹴りで吹っ飛ばす。
その時だった。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
遠くから気合いの入った叫びが聞こえた、と思うと――――分身のうち一つに、大剣が突き刺さった。
完全に想定外な方向からの攻撃に、分身は呆気なく消える。
……その場にいた全員は、乱入者の方向へと目を向ける。
廊下の奥―――そこに、ユノグが立っていた。
【ちょっとあとがき】
実質最終決戦はじまるよー。
「……ふむ、タイミングは完璧か……さて、反撃の時間だな?」
ユノグはふてぶてしく呟き、魔法で大剣を手元に戻す。
再び時間が動き出した。残った分身のうち一人が彼に向けて飛びかかる。
蹴りが炸裂する寸前で剣を立てて防ぐ。……剣が軋むが、それでも防いだ。
本体のブルーベルは一瞬の隙を突かれ火球によって吹き飛ぶ。
そしてイエローベルは、1対1の状況に持ち込んだことで先ほどより動きに違いが見えた。吹き飛ばされた体は悲鳴をあげているが、分身の攻撃を避け、防ぎ、いなしている。
状況は膠着していた。……そして、ブルーベル側は実質一人である。どちらが優位かはほどなくして決まるだろう。
しかし、
「……もういいよね?」
彼女はそう呟いた。すると、……次第に空気が変わる。
青い少女は瞑想する。……その間に、分身が二体とも撃破された。
……瞬間、彼女は目を見開き、
「『身体強化』――――『タイタンパワー』『ソニックスピード』!!」
一気に三段。……彼女がアヤメに放った攻撃よりも強く速い攻撃が、三人に向かって押し寄せる。
見切りなど不可能。
ユノグは横っ飛びで一撃を回避するが、余波でダメージを食らってしまう。
……ネアは避けられる筈もなく、一撃を食らって肉片へと化した。……再生には時間がかかる。
イエローベルは?
「……」
彼女の正面、20cmほど。……息がかかる程の距離に、ブルーベルが現れる。
「…… イエローベル? 一体どうしたの ?」
いつでも一撃を叩き込める位置に来た彼女の顔は、それはもう楽しそうであった。……血に染まり、サディズムを感じられるような表情を浮かべている。
イエローベルはそれを機械のような無機質さで眺めている。
「別に……貴女に恨みがあったから」
「ふぅん…… もしかしてあの子のことかな?」
後ろを振り向く。……しかしアヤメの姿は見えない。
「……どうだっていいでしょ、そんな事は」
「いや ?駄目だよ。 駄目でしょ ?だって、私達は 世界の管理者の部下なんだから」その口調は諭すようだった。
一歩、迫る。
「だからさ。 どっちか選ばせてあげる。 あの子を貴女の手で殺めるか …… それとも、私が今ここで貴女とコズミック様の繋がりを消去して、 貴女を鮫の餌にするか 」
丁度その時、波の音が響いた。
月が瞬く。
【ちょっとあとがき】
【急募】青鈴さんの倒し方
「……じゃあ」
いつでも殺し殺される距離にいるブルーベルへと、イエローベルは指を立てる。
「第三の選択肢……私が貴女を倒す」
直後、拳が彼女の腹部に突き刺さる。
「うん―――― やれるものならやってみてよ」
血が飛び散った。貫かれた場所から……そして、口から。
……しかし、イエローベルは笑っていた。
「(……私の考えが正しかったら……接続は途切れない)」
霞む視界、痛みと出血で薄れゆく意識。
……その中で、彼女は自分の能力に意識を集中させる。
ブルーベルの後ろ、そして自身の後ろに魔法陣を浮かべ――――大剣を飛ばす。……決して避けられることがないように。
「ぐっ、」「がっ……」
貫いた。
……驚き、苦悶に満ちた表情をするブルーベルに、もはや意識を手放しかけているイエローベルは一方的に種明かしをする。
「……コズミック様は、……面倒臭がりなんだ。……いくら、貴女が強くても……すぐには、接続解除は……されない、よ」
3つの物に貫かれた彼女は、程なくして目を閉じた。
ブルーベルは痛みと出血に耐えながら、背中と腹に刺さった剣を抜こうとした。……が、相当長く大きい剣であるらしく、柄が見えなかった。剣身を掴んで強引に抜こうとしたが……それは、気味が悪いほどに手を滑らせる。
やがて彼女も抵抗をやめる。……「 負けたよ 」と呟き、意識を空に委ねた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ようやくネアは自分が再生したことを悟る。なぜか服まで再生していた。……胸に悔しさが溢れるが、足が封じられていた以上どうにもならなかったと自分に言い聞かせる。
……そして周囲を見渡すと、何故かイエローベルとブルーベルが串刺しになって倒れていて、ユノグは血を流しながら床に倒れていた。
いつの間にか足が動く。急に静かになった空間を見渡し、しばらくネアは呆然としていた。
「……ユノグ、大丈夫ー?」
倒れているユノグの側にきて声をかける。……すると、うめき声が聞こえてきた。
ひとまず安心したネアは、今度はカルトナを呼ぶ。
…………反応はどこにもない。音もしなかった。
彼女は嫌な予感がして立ち上がる。……すると、向こうの方から黒猫がやってくるのが見えた。
「にゃー」
ネアはそれを見なかった事にしようとした。……が、しかし……どこかその猫に見覚えがあるような気がして、目を留める。
「……これ、あの時の……大聖堂にいた……」
「にゃー」
猫が鳴いた。
すると突然、猫の傍にアクアベルが現れた。
【登場人物の性格を完全に忘れてしまったため閲覧注意です】
アクアベル。ベルシリーズの保護者を自認する者。······彼女がここに出てきた以上、もはやこの蒼の城には戦力はほぼ存在していないことをネアは理解した。鈴を付けている黒猫にも注意を払いながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「······何しに来たの?」
それを聞いたアクアベルは苦笑する。
「そう言われても返答に困るんだけど······」
そして彼女は辺りを見渡した。······静かだ。倒れているイエローベル、ブルーベル、ユノグ······それ以外に動きはない。
「······まあ、楽にしていいよ。貴女に危害を加えるつもりはないから」
「······」
楽にしていい、とは言われたがどうすればいいのか分からないネアだった。話すことは殆ど無いし、そもそも時間もかなり押してきている。なのですぐに本題に入ることにした。
「······私を管理者の所まで案内して」
「······おやおや」
そう言ってアクアベルは肩を竦めかけて、────やめた。ここで返答を間違えたら双方にとって最悪な結末になる。
「······そっちは?······貴女以外、全員戦闘不能になってる?」
「············」
そう尋ねられると、ネアはしばらく索敵魔法で城を走査する。
······ユノグはいつの間にか意識を失っているようだった。
今居る場所の向こうには生命力が9割程失われたアヤメが座り込んでいる。彼女はもう戦えないだろう。
シスター達は全員倒れていた。しかし死んではいない。
······カルトナは······反応がない。ネアの背筋に冷たいものが走った。
「にゃー」
その時、黒猫がネアに擦り寄ってきた。
「······?」
彼女は一瞬よく分からないという顔をしたが、
眩い光が周囲を包む。
次の瞬間、黒猫は猫耳の少女、ブラックベルの姿になった。そして、
「にゃー。カルトナはシルバーベルが封印したにゃ。······シルバーベルが力尽きるまで、そのまま」と、起こった事を語る。
ネアは思わず空を見上げる。······恐ろしく高い位置に天井が見えた。
ともかく、これで······こちらはネア一人である。
「一人っぽいね。······じゃ、いきますか。······『オープン』」
アクアベルが杖を振る。鈴が揺れ、澄んだ音が響く。
そして────ネアの目の前に、光の道が開かれた。
「さあ、私はこれ以上何もしないよ。······さて、貴女はどんな未来を掴み取るのかな?」
アクアベルは微笑みながら告げる。その目には敵意はなかった。······なら、ネアにもこれ以上ここに留まる理由はない。
そして、光の道に足を踏み入れ────
「······間に合った」
その寸前。
彼女は視界の隅に、ワープ魔法『ゲート』によって穿たれた穴を見つけた。······そこから聞こえてくる声は────
······声と共に『ゲート』から出てきた者は、
「······おまたせ」
既に満身創痍、立つどころか目を開けていることでさえ辛そうなスミレと、
「······はぁ」
慣れていない魔法を行使したからか、自分が行った事の異常さを理解したからか······冷や汗をかいているアリシアだった。
ネアの思考は止まった。
······それでも、思考ではなく身体が動いた。春風のようにスミレの方に駆け寄り、肩を貸す。同時に残り少ない魔力を振り絞り、少しでも病の進行を遅らせようと回復魔法を彼女に掛ける。
「······ありがと······ネア」
スミレの顔色がほんの少しだけ良くなった。······それでも、根本的解決にはならない。······ここでネアは気付く。彼女は、世界の『管理者』との取引でこちらが有利になるように、との想いでここまでやって来たのか······と。
アリシアの方を見る。······彼女は、倒れているユノグの傍に座り込んでいた。どうやら目を覚ますまで付き合うつもりらしい。
······なら。
なら······
「······行こうかー。大丈夫、歩かせないから······」
ネアはスミレに向かって微笑む。
「······いや、自分で歩ける、よ······」
スミレは拒否しようとしたが、既に足が震えている。全身の衰弱が既に相当進んでいるらしい。······ネアはそれを見てため息をつく。······そして、
「よっこいせー」
······軽い掛け声と共に、スミレの身体を抱えて、背負った。
「ふぇっ?」
背負われたスミレはそんな声と共に時を止めた。
「······我慢しててね?なるべく揺らさないようにするからさー」
「いや、そうじゃなくて······って、あれ」
顔を発熱以外の理由で赤くした彼女は辺りを見回すが、気付けばアクアベルやブラックベルは居なくなっていた。自分が来た時にはまだ居たのに────と思うが、······察する。······自分も耐えて、応えなければならない······
スミレは愛しい人の背中で改めて覚悟を決めた。
「いくよ」
ネアは短く言って、光の道に足を踏み入れる。
そして、······光の先へと駆け出していった。背には救いたい者。その事も気にしながら、彼女は自身に何度も身体強化を掛けてゆく。
色々な要素が絡み合い、ネアに背負われていた間の時間の記憶がほとんどないスミレだったが、······開けた空間に出た時、我を取り戻した。
······開けた空間────そこには、誰かが居た。
高い背、それでも床に着くほどの長い黒髪の端の部分が、まるで星空のような紫色。
立ち振る舞いは気だるげだが······それでも圧倒的な存在感を醸し出している。スミレとネアは同時に結論付けた。······この人が、『世界』の管理者、コズミック······その人だ、と。
不意にコズミックが二人の方を向く。それはそれは、振り向くタイミングを伺っていたかのような雰囲気で。
「ふぅん?来れたのか······これは驚きだなぁ」
そして、その端正な顔に微笑みを浮かべた。その笑みには、驚いたという感じは全くなかった。······純粋な興味がそこにはあった。
「蒼の城からここまでは徒歩で数日かかる······まあ、アクアベルが近道を作ってたとしても、三日はかかるだろう······そういう場所なんだけどなぁ······ここ」
そう言って、コズミックは困ったように笑った。
「······私達から貴女に求めたい事は、たった一つだけです」
言葉を発することさえ辛そうなスミレの意志を念話魔法で受け取り、ネアはコズミックを見つめる。
「······一応聞こうか?」
「スミレに不死性を返してください」
簡潔明瞭にして、至上の願い。
······だったが、コズミックは拍子抜けしたようだった。
「···軽いなぁ······簒奪とかじゃないのね。······························でも、無理だなぁ」
「············」
ネアは身構えた。戦いになると不利は確定している。······『神殺し』を使っても、当たらなければ意味は無い。······だから慎重に、言葉を選ぶ。
「もし仮に、返しても良いとしたら······どういう条件の時ですか?」
「ふぅん?」
相手は僅かに考える。······と言うより、もはや余興のようであったが────やがて答えは出た。管理者にしか分からないだろう、答えが。
「まず不死はね、単純に魂の量が多いんだ。あたしでも管理出来るのは数個······これはあたしの性格もあるけれど。だから、······出来るとしたら、ネア······君が死なないと」
微笑みながらえげつないことを言うな、と相対峙するネアは思う。······念話魔法で繋がるスミレからは、死なないでと全力の想いが流れてきている。
······活路を探す。今まで見てきたものの中から────引っかかったものを。
見つけた。
「······ベルシリーズ······彼女らも不死身ですけど、あれは一体?」
それを聞いたコズミックは苦笑いする。
「ああ、あれは私と魂を共有しているんだ。まあ、共有と言っても、魂を分けていると言う方が────」一文目······それだけ聞いたネアは、
「なら」
「んん?」
「私の不死身の魂を······スミレと共有する、というのは?」
「······························」
コズミックは完全に黙ってしまった。······彼女でも反論を見つけるのはかなり厳しい······つまるところ、それは盲点だった。
「なるほど······それなら······」
数分の沈黙の後、彼女は首肯した。
「······でも、それにはかなりの覚悟がいる。あたし達みたいに、部下と上司の関係ならまだしも······そっちは、伴侶としてでしょ?」
······つまり、対等な二人の間で魂を共有するということは、その永い年月を共に過ごすという覚悟がある必要だ、ということらしい。
だが、その言葉は、ネア(そしてスミレ)の頷きを誘っただけだった。
「······決意は固いみたいだなぁ。はぁ、面倒臭い············あ、そうだ」
コズミックは何かを操作している途中、ふと手を止める。
「もし仮に、あたしがスミレの病を癒さなかったら······ネア、君はどうするのかな?」
「撃ちます」
返答に秒もかからなかった。顔を青くしたコズミックは即座に作業に取り掛かる。
変化は直ぐに現れた。
ネアの背中でもはや石のようになっていたスミレの身体が、少しずつ柔らかさを取り戻してゆく。熱は次第に冷め、程よい体温にまで低下する。低下は再生となり、柔化は復活となる。
失われかけていた命が、再び戻ってくる。······それは、もう二度と手放せられないものであろう。
スミレは、自身の思考が完全にクリアになっていることを実感して思わず震える。······本当にどうにかなった、と歓喜と呆然が入り交じった呟きを発する。
······しかし、それも一瞬だった。
ネアの背中から舞い降りる、天使。死にかけの少女は生を得て天使のようになったのだった。
「······うん。完璧」
コズミックはそれを見て頷いた。そして、
「とは言ったものの、魂の同化はまだ済ませていない。なら······どうせなら、然る場所でやりたいと思わない?」
二人は後半の言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「分からないかぁ」コズミックは苦笑する。
······しかし、その目に宿る光は、まるで子を見る親のようだった。
「結婚式、挙げちゃいなよ。そこであたしに誓ってもらう。······生涯────永遠の生涯を共に過ごすことを誓います······ってね。」
【貴女に沈丁花を
S2最終話まであと 2話】
そこから先の展開は速かった。
蒼の城に戻り、コズミックが手を叩く。それだけで、今まで起こったことが全て無かったように、元に戻っていく。
少女たちに刻まれた無数の傷も、崩されたり穴を空けられたりした城の構造も。
気づけばベルシリーズの全員が、今まで戦ってきた者たちが大広間に集結していた。······彼女らは起き上がると、呆然としたり、歩き回ったり、何やら話をしたりと思い思いの行動をしている。とはいえそれも仕方ないだろう。いくら主たるコズミックが居るとはいえ、今まで戦ってきた相手もその近くに集結しているのだから。
そしてその相手も半ば呆然としていたが────封印が解けたカルトナがネアの方に近寄る。
「······その様子だと、成功したみたいだな」微笑を向けて弟子を称える。
「師匠······」ネアも彼の方を振り返るが、「あの、『神殺し』使わなかったんですけどー·····」
折角教わったのに何たることだ、と言う意味で、半ば嘆きつつ報告をする。······しかし、
「いや。言っただろ、痛めつけてこいと。つまりは使うに越したことはないということだ、よくやったな」
聞いたネアはさらに、コズミックには何のダメージも与えてないということを言おうとしたが、······やめた。あまりにも無益である。
カルトナが引き下がり、次に目が合ったのはユノグだった。傍にはアリシアが居る。
「······お疲れさん。まぁ、何とかなったみたいだな。私はついていけなかったよ」
「······ユノグ。それは言っちゃいけないよ────生きてるんだから」
そのネアの言葉を聞いた彼は目を瞬かせる。そして、
「はは、そうだな······ま、これからは平穏な余生を過ごすことにするさ────」「私と一緒に、ですよ」
語尾にアリシアの言葉が重なる。
いたたまれなくなったネアはそこから離れることにした。
次に会ったのはシスター達であった。
彼女らは未だに恍惚とした表情を浮かべていた。ネアが訳を尋ねてみると、
「リリー様の御加護のおかげですよ」
とよく分からない返答が返ってきた。······しかし、何かに納得する。ある程度の超常現象には慣れている。······それに、『これ』なら大歓迎である。
アヤメはイエローベルと一緒にいた。戦いの後、間違いなく一番幸せなのは彼女らであろう。具体的には言えないが、その距離感が全てを物語っていた。
「姐さん、お疲れ様です」
アヤメの声にネアは微妙な顔をする。
「······どうでもいいけど、距離感近くないー?」
「本当にどうでもいいですね······ほら、スミレ姐さんが待ってますよ。早めに行ってあげてくださいね」
その声が消えた時、ネアは後ろを振り向く。······大広間の中央部······そこにスミレが立っていた。
彼女はネアを認めて駆け寄ってくる。その足取りは、まるで夜明けの春風のようだった。
気づけば、外は白み始めていた。
「······とは言ったものの、やっぱり面倒だねぇ!」
そうコズミックは愚痴るものの、言った以上もはや逃げることは出来ない。
実の所彼女はまだ悩んでいた。······最大限に譲歩されたのはわかる。それでも、無限の命────それにより少しずつ肥大を続ける魂は、いつかこの星の許容範囲を超えてしまうだろう。
ため息をつく。
「······おや、随分と陰気だな······管理者さんよ」
気づけば後ろにカルトナが立っていた。······彼こそこの事態の仕掛け人と言っても過言ではない。
ネアに神殺しを教え、そして自らも蒼の城に乗り込みこちらに多大な被害を与えた男。
「まあそんな顔をするな。別にいいだろ······今すぐどうこうとかいう事じゃないし」
それを聞いたコズミックは思わずキレそうになった。
「あぁ?管理者以外の人に······神ならぬ者にどうしてあたしの苦しみが理解できるって?」
「ははは、すまん。······そら、出番だぞ。投げてこい、誓いの言葉を」
カルトナの笑いを見て、もう一度彼女は深めのため息をついた。······そして、花園をかき分けながら、中央へと進み出ていく。
────────────────────────
スミレとネア。
二人はいつもと変わらない服装で、二人で語り合っていた。
「ネア、私思ったんだけどさ、」
「なにー?」
「結婚しても、私達の毎日に変化って······多分ないよね」
「だねー。···まぁ、それでも······意味はあると思うよ」
そうネアが強く言った直後、「ほい、二人ともいいかな?」とコズミックが出てきた。
「誓いの言葉を······いっていきましょうか!それと同時に魂の共有を始めるよ。準備できてる?」
返答は簡潔をきわめた······「「もちろん」」。
『貴女二人は、お互いを妻とし······病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、最後まで愛と忠実を尽くすことを────ここにおわす神と出席者の前で誓いますか?』
コトミはそう言葉を紡ぐ。
「「誓います」」との返答があった直後、その隣に居たコズミックが二人に向けて手をかざす。
白に染まった、表現のしようも無いものが二人の胸から出てくる。
······そして、コズミックの手に包まれて、一つ盛大な光を発したかと思うと、
「······それでは、永遠を······改めて」
────二つに分裂して、お互いの胸の中へと入っていった。
こうして二人は幸せになった。
ようやく、······ようやくである。
集まった少ない者から祝福されて、同じようで少しだけ特別な日々······その一歩目を踏み出す。
その結末を私たちが見る日は恐らく来ないであろう。それでも、魂には刻んで欲しい。
未来のために。
【ちょっとあとがき】
······はぁ。エピローグに続きます。S2あとがきはその後です。疲れました。
蒼の城。
「······よし。これから200年くらいはこのまま下げておくことにするよ」
アクアベルが杖で床を叩きながら言う。
偶然その近くにたくさんの少女達が集まっている所だったので言おうと思ったらしい。
当然それに対して疑問が殺到する。···それに対する返答は、
「まず第一に、この時代結構良いでしょ。ね、イエローベル?」
彼女は唐突に黄色の少女へと話を振った。
話を振られた方の少女はその意味を瞬時に理解して顔を赤らめつつ、
「······うん、そうだね。私たちみたいに変な格好してても何も無いっていうのは···結構やりやすいかな」
「うん。二つ目は······まだ終わっていないことがある」
先程とは打って変わって、アクアベルは真剣な顔をする。それを見た周囲の少女は聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「魔王カースモルグっていたでしょ。そいつの子供が魔王だったんだ」淡々と喋るその声は不思議な響きを以て耳に入ってゆく。
「······って、···おかしくない?魔王って少なくとも周期は聖女の二倍だったはず···」
誰かが言った。
「うん、その通り。······その通りだったんだけど······」
「変異でも起きたのかにゃ···?」
壁に寄りかかっていたブラックベルが核心を突く。
「そう。それも、結構ヤバい方の変異なんだ。······ありえないんだよ、二世代連続で魔王が出ることなんて」
周囲は完全に押し黙ってしまった。────当然だ、下手したら世界滅亡のピンチなのだから。
「まあ、多分あと100年は大丈夫。封印してブルーベルに見張りをさせてるから。封印が解けてもブルーベルなら鎮圧できる」
「100年を過ぎたら?」
「それは後で考える。···まあ、ともかく。私たちは······あれを守るために居るんだよ。さあ、イエローベル、時間取ってごめん。行っていいよ」
「平和だねー」
「そうだね······ネア、これで良かったの?」
スミレの抽象的な問いかけにネアは片目を閉じる。
「スミレとの日々に勝るもの無し、ってね。······愛してるよ」
そう言って彼女はスミレの頬にキスを落とした。
「······っ、」
まだ慣れないらしく、明確に顔を赤くするスミレだった。
外で素振りをしていたアヤメのもとにイエローベルがやってくる。それを見たアヤメは素振りの手を止めて目を輝かせた。
「イエローベルさん!」
そのままの勢いで飛びつく。
「っとと······うん、来たよ」
辛うじて受け止めて微笑むイエローベルの体を離し、「何します?」と尋ねる。
「アヤメといっしょにいる」
「···ふむ、お前らは式を挙げないで良かったのか?シスター・コトミとかすごいやる気だったんだが」
カルトナの苦笑にユノグも苦笑を返す。
「別にいいだろ。王は式を挙げなければならないとかいう法律はない」
「···はい。それに式なんかなくても······私はずっと愛せます」
アリシアの目付きが本当だったのでカルトナとしては引き下がるしかない。
呆れのため息をつきつつも、彼の口許は緩んでいた。
······さて。
ハッピーエンド、と言ったところかな?
では────
貴女に沈丁花を、
シーズン2、
おしまい。
【シーズン2あとがき】
まずは謝辞を。
この小説を見てくださっている方々、本当にありがとうございます。あなた方のおかげで水色は生きています。これからもできることなら沈丁花をよろしくお願いします。
思えばS2は本当に思いつきで始まりました。前にこの小説のテーマを聞かれた事があるのですが、僕は何も答えられませんでした。強いて言うなら『戦闘、たまに百合』ですかね。
多分こういうのに詳しい人が見るともっと色々言ってくれると思うのですが、そこまで凄い人はこのような小説を読むことはないと思いますのでこの話題はここまでにします。
······さて、次はいよいよシーズン3です。シーズン1のあとがきではこれが最後と言いましたが、唐突に構想が浮かんできたためもうひとつ伸ばす運びとなりました。
正直大風呂敷を広げすぎた観はありますが、どうにかしたいと思います。
それでは、みんなの益々の幸せを願って!
しばらく後のS3をお待ちください!
光があれば闇もある。······その例に漏れず、王国の地下には大きな牢屋があるという噂である。······あくまで噂だ、誰もそれを知る者は居ない。······そう、そこは王国の中で最も重い刑罰、終身刑に処された者のみが入る暗黒の場所である。
1000年以上昔に造られたと言われているそれは、今までの王国の闇を種族問わず全てそこに内包して、世間から隔離してきた。大量殺人、国王に対する謀反未遂、違法薬物の闇取引······
その中で、一人、計略を巡らせる者がいた。種族は魔人族······と言ってもまだ年齢は20代に届くかどうかである。一体何をしたのだろうか、彼はこれから寿命が尽きるまで────最低でも300年以上生き続けなければならないのだ。石の壁、所々にランプが置かれているとはいえ、ようやく手元が見えるくらいの薄暗さである。この暗さでは誰でも摩滅する······そんな場所で。そんな場所を逃れ得ようと、彼はまだ若い頭を働かせているのだ。······ただし、やろうとしていることは若さ故の希望ではなく、世間から見ると絶望寄りの行為だろう。
「······仲間、集めないとか······」
彼はそう呟くとおもむろに鉄格子に触れた。······直後、それが······細く、だが確固とした武器に······細剣になった。
彼はその鉄格子だったもの────細剣の持ち手を掴む。それは簡単に抜けて······鉄格子が二つ、脱落した。
看守が慌てて駆けつけた時、既にその魔人の姿はなかった。······またそれと前後して、数名の罪人が謎の失踪を遂げたのだった。
【説明】
魔人族・・・小人族を寿命と魔力以外の面で真人族に寄せたような種族。
【ちょっとあとがき】
オフシーズン。S3に向けての準備とか日常とか。
某日、王国城下町、大聖堂。その日のそこはやけに人で賑わっていた。
普段なら荘厳な沈黙が支配するその空間は、一種の熱気で満ちていた。······何があるのかと言うと、本日は······
「さて────皆様。近日中などとは言いましたが、ここまで伸びてしまった事······お詫び申し上げます」
初老のシスターが群衆の前に進み出て一礼する。それだけで賑わいは消滅した。······後に残るのは、張り詰めた緊張の空気である。
「本日は勇者の遺品にお祈りを捧げます。本来であれば身体を用いるのですが······神の意思ゆえ。······では、シスター・コトミ。シスター・アリサ。モンク・ライツ。モンク・スティン。四つの武具を、ここに」
「「「「はい、ネム枢機卿様。ここに、捧げます」」」」
ネムという初老のシスター······枢機卿の前に、コトミを含めた四人の聖職者が進み出た。その手には剣、長杖、ダガー、盾。5つ目の杖はない。持ち主は······
「············」
その様子を、無言で見守っていた。
とあるシスターが水で満たされた盥を運んできた。一つの動揺もないそれは、まるで鏡のように見える。ネムはその鏡面を眺めて、······そして、いつの間にかその近くに居た老人へと目を向ける。
「教皇様」
教皇と呼ばれた聖職者。その姿は一見他の者と変わらないように見える。······実際その通りである。その通りであるのだが······その場に居た全員は、息が詰まる思いがした。実際何人かは自分でも知らないうちにひれ伏していた。······神聖、ここに極まれり────等と言っている場合ではない。
教皇は無言で剣を取り上げ、一礼······そして、それを水が満ちた盥へと静かに入れる。
波は立たなかった。······その代わり、剣も消えていた。······まるで呑み込まれたかのようだった。······そして、それを確認した教皇は、同じような手順で長杖、ダガー、盾と、それぞれ水の中へ落とし込んだ。
彼が一歩下がる、······次の瞬間、盥から水柱が上がった。────渦巻きながら、大聖堂の天井へと······届く。そしてそれは4つに分かれて、最初に武具を持ってきた四人の元へと殺到した。
直後、眩いばかりの光が周囲を席巻した。
────全員が目を開いた時、四人はそれぞれ宝玉を掲げていた。······これにて祈りは完遂された。
その様子を見守っていた群衆は緊張の糸を解き、ただ、天に捧げられた勇者たちの為に祈った。
「······ふぅ······終わった······終わったんだ、なー」
群衆の中に混じってスミレ、ネア、アヤメの三人もいた。ただし今回は誰も気づかれなかったようである。
「皆······これで、いなくなったんだ······」
「······お父さん、お母さん······もう一回くらい、呼んで起きたかった······」
想いはどうであれ······これで、一つの区切りとなったことは紛れもない事実であった。
王国の裏山。そこに名前は付けられていない。別段珍しい物もない。······そして、入れもしない。王妃にして、結界魔法の第一人者でもあるアリシア自ら張った結界が、そこへの万物の侵入を拒んでいた。
······今や要塞の様相を呈しつつあるその場所に、二人の少女がやってくる。青と銀······ブルーベルとシルバーベルだった。
「······ ちょっと空けたけど 大丈夫かな」
「まあまあ。私がいるよ。······じゃ」
そう言ってシルバーベルは銀でできた拳銃のようなものを懐から取り出した。当然王国の技術力ではまだ作られていないものである。能力と、世界の管理者の部下である以上、銀で作れる物であれば何でも出来るのだが······ほんの少しだけ違和感を感じる二人であった。
それはともかくとして、彼女は拳銃を結界に向けて······一発、撃つ。
銀の弾丸が放たれた。
この世界でも銀は吸血鬼に効くものとして有名であるが、シルバーベルの場合······それは魔力を封じるものとなり得る。弾丸は結界を貫いた。······そしてそこを中心として、半径1メートルほどの部分に穴が空いた。
「ありがと。 ······じゃ、行ってきます」
「ほーい」
そしてそこに入るや否や、入口だった穴が完全に閉じた。······ブルーベルは試しに結界を蹴ってみる。
ずがぁん、という盛大な音と共に衝撃波が発生した。······周囲の木が簡単に薙ぎ倒されていく。······しかし結界には傷一つついていなかった。
「······ここまでいくと もはや怖いかも」
そう呟きつつも、彼女は背を向けて歩き出す。向かっているのは、『魔王』の封印場所である。緩い勾配をひたすら登っていく。魔王はおおよそ中央に封印されているが、ブルーベルの足でもかなりかかる距離である。
そして数分。彼女は紫色をした等身のガラス玉のようなものを木立の向こうに見出した。近づくと、封印されている魔王だということが分かった。
······どう見ても少年にしか見えないのだが······ブルーベルは覚えている。封印されるまでの間、邪悪な魔力がこの少年から発せられていた事を。
······退屈だ、と彼女は空を見上げた。そこには青空の影もなかった。
王国某所。そこでは広大な王国の土地々々を担っている貴族達が一同に会していた。……憲法によって定められた貴族会議。参加者の数は500人を超える。もちろん半円形の座席の正面側にユノグが座り、貴族からの質問を受けたりしている。権力があるとは言えども所詮は立憲君主制、どんな無能の意見も一応耳に入れる必要があるのだ。
これだったらいっそ貴族を整理してやろうか、とユノグは考える。流行り病が王国に蔓延したのも元はと言えば『流行り病など大したことではない』などと唱える一部貴族のせいだったのだ。
「……して、こちらから提案することは以上だ。だいぶ譲歩はした……受け入れぬとは言わせぬぞ」
「アホかお前ら……」
かなり苦々しい顔で貴族の代表が提案を締めくくる。それを見てユノグは頭を抱えた。……到底とまではいかないが、容認できる提案ではない。貴族の財力から見ても余裕はかなりあるのだ。……それを無視して私腹を肥やそうとするのは、彼の父が遺した数少ない負の遺産だろう。
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その後なんとか説得し、渋々ではあるがユノグの意見が通された。……一部、彼の目から見ても悪くない提案があったのだが、それを採用すると手が回らなくなる恐れがあったためまとめて却下した。
「大臣を選任せよ、」との声もある。至極その通りだった。……ただ、探し回ってもそのような地位に容れるに値する人物はなかなか現れない。
いっそもう……と執務室に戻った彼はとある人の姿を思い浮かべるが、頭を振ってその考えを追い出す。
ゆっくりと、非常に緩慢に……だが確実に、滅びの予兆は鮮明な物となりつつある。ユノグはゆっくりとため息をついた。……その横顔を、たった今紅茶を運んできたアリシアが不安そうに見つめる。
夕暮れの近い城下町。……そこに灯りが灯される。次第に増えていくそれが、今日はいつにも増して暗く見えた。
「魔法を教えてください」
ある日のこと。縁側で日向ぼっこしていたネアの正面に立ち、アヤメは教えを乞う。……乞われた方のネアは溶けかけていた表情を慌てて引き締めて、
「……それは……どうしてー?」
そう尋ねた。そしてその返答はこうである。
「いざというときのために……もっと強くなりたいんです」
魔法という得意分野で、本来ネアは嬉々として教えるべきだったが、どうもその内心は複雑なようである。……まぁつまり、アヤメがどこか遠いところに行ってしまうような――――スミレの次に重要な人が居なくなる――――そんな感覚を覚えていたのだ。
しかしまあ、その感覚は分からなくもない。ネアの場合は料理だったが、アヤメの場合は戦闘というだけのことである。
ちょっとだけ考えた末、彼女は頷いた。
魔法の基礎となる知識についてはアヤメが幼い時から叩き込んでいる。そのため、今回は使える魔法を増やしたり、効果を調整する目的のようだった。なかなか地味な作業である。……しかし、ネアが眺めていると……なんと、アヤメの持つ刀に炎魔法が付与されたことに気付く。しかも本人は気付いていない。
後からやって来たスミレもその様子を視認した。
「アヤメー。ちょっとその刀、魔力をちょっとずつ通わせながら振ってみて」
「……こう、ですか?」
ネアの言葉通りに刀を振る。……刀の軌跡に一瞬だけ遅れて、炎の筋がその後を追った。
アヤメは驚く驚かないの騒ぎではない。つい数分前までは炎魔法の練習をしていたのだが……こうして刀にいくつかの魔法を宿らせる実験が始まってしまった。
丁度用事があったらしく、イエローベルまでもがその様子を見ていた。ついてきたグリーンベルも同様である。……そんな彼女らは遠くでこんなことを喋った。
「……ねえイエローベル、あれ作ったのイエローベルだよね?何したの?」
「……まだこの世界では発見されてない鉱石を地下深層から採ってきただけ。……まさか魔力をよく通すなんて、思いもよらなかったけど」
そして彼女はアヤメの方を眩しそうに眺めた。どうやら、成長はどこまでも続くようだった。
本日のスミレとネア(そしてアヤメ)はお出かけ中である。と言ってもお出かけ先は王国、それも大体は市場ぐらいしかない。······まあ、市場は買い物デートするには絶好の場所ではあるのだ。
その中で、市場へお忍びで────側近の話を聞くといつもの事らしい────視察に訪れていたユノグと偶然鉢合わせた。デジャヴを感じつつも三人は十数年前に訪れた店にやってくる。
「この辺も結構変わったね······」
「·····んー、そのセリフ、結構効くねー······」
「······ははは。まあ変わらないものなどないさ」
「························」
スミレが黙り込んでしまった。それを見て、やってしまったかと思ったネアは無理やり話題を変えることにする。
「······ところで。ユノグさ、最近何かあったー?顔つきが変わったようなー」
「老けたって言いたいのか?まあそうだろうな、昔からネア姉はのんびりと毒を吐く」
「いやそうじゃなくて」
「······?」
そこで少し黙っていたスミレも何かに気付いたらしく、「······もしかして」と口を開いた。······アヤメだけが気付かない。まあ、これは······二人の人生経験が為せる物だろう。
「「······アリシアさん······おめでた」ですか?」
息ピッタリだった。
それを受けたユノグは意味ありげな微笑を顔に貼り付けつつ、
「······ははは。まあ、······シスター・コトミの言い分なら······ってとこだ。······それよりも······良く気づいたな?」
その場にいた女子三人は一瞬歓喜に包まれそうになった。······しかし今回は前のようにユノグもやらかしていないのですぐに沈静化する。
「まあねー······なんか、『父親』みたいな雰囲気が漂ってるよー」
「分かるもんなのか、それ······?」
彼の問いにスミレは首肯を返した。
······ユノグの懐を痛めるのもほどほどに。三人はその後表現しがたい感情に包まれて家路についたのであった。
【おしらせ】
_人人人人人人人人人人人人人_
> 小説家になろう様へ掲載 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
https://ncode.syosetu.com/n3562hd/
※だいぶリメイクしてます。あとここの投稿をやめる訳ではありません。
「…………………………ひま」
ブルーベルは薄紫の天井を見つめて無気力な呟きを漏らした。
暇というのは地味だが、人――――いや、すべての命あるものにとって、実はかなりの難敵である。流石に暇が原因で憤死したという話は聞かないが、何もすることがないという状況はもどかしさを育てるには十分である。
そしてブルーベルほどの者でもその難敵を倒す術はなかなかない。ましてや、今のように完全に外界から隔絶された空間の中とあっては。
「……これも あの子たちの おかげなのかな」
ブルーベルは前まではあらゆる任務を無感情でこなす少女だった。無感情、つまりは感情がほぼないので、体内時計、つまり時間感覚が壊れていた。そう、いつぞやかの誰かのように。
しかし……最近になって、どうもそれが元通りになりつつあることを否定できない。これは実際由々しき事態であった。理由は前述の通り暇が増えるからである。
彼女としてはもっと仲間を派遣してほしいところである。想い人は絶対不可能だからともかくとして、あまり当たり障りのないメンバーを。グリーンベルとか。
……と、そんなことを考えていると、外側から叩く音。……そのパターンから仲間ではないことを察知した彼女は、緊急時権限を用いて結界の外側にワープする。……そこにはいかにも悪ガキですという風貌の少年がやはり結界を叩いていた。
ブルーベルはそれを視認して、威力を全力で抑えた攻撃を放つ。
……少年が紙切れのように吹き飛んだ。
「……アクアベル」
そのまま空に手を掲げるようにして、報告する。
「認識阻害フィルターを 、もう一段強くして」
返答はすぐだった。
『わかったよ。……やっぱり『漏れてる』感じかな?』
「多分 。あとは…… 何人か派遣してほしい かな」
『はーい。でも少し待ってて』
……と、そのような会話を10分程度。今のブルーベルにはそれだけでもありがたかった。
『……それじゃあまたね。……何かあったらまた連絡するように』
アクアベルはそれだけ言い残して通信を切った。
ブルーベルが結界の中に戻ると、それだけで中に溜まっていた禍々しい魔力が霧散する。……それを今の今まで産み出していたのは、明らかに封印対象しかいない。
彼女はゆるりとため息をつく。
「……………ひま」
リーベライヒ。
その魔人族の若者が逮捕された回数は20を下らないと言われている。······その容疑の殆どは武器の密売であった。
彼が持つ、魔法とは少し違った能力は『触れたものを武器へと変換する』というものである。これにより彼はいとも容易く金を稼ぎ、犯罪を犯すことができた。······そして牢屋に入れられた後も、主には鉄格子を細剣に変換し、幾度となく、しかも容易に脱走してのけた。
そんな彼はついに王国の地下牢······永遠に出ることは許されないという絶望の牢屋に収容される。······しかし、彼はそこすらも脱走した。しかも二度も。
一度目は単独で脱走したため、地上に出てからおよそ3時間で確保された。······しかし二度目は、自分一人ではなく、他の凶悪な犯罪者達も共に脱走させたのだ。
そして、脱走から一ヶ月近く経つ今も、目撃されたという情報はどこにもない。
「ちょっろ······」
そして、闇に紛れる路地裏。そこには人相が悪い者が何人かたむろしていた。······その中にはリーベライヒの姿もある。
「なるほど······前のは下見というわけか。よくやったな······若造もたまにはやるじゃないか」
「······くれぐれも油断はするなよ。見付かって捕まったら元も子もない。······この中で念話魔法使えない奴居たら手を挙げろ」
その声を聞いて、手を挙げた者は一人もいない。凶悪犯罪者は高位の魔法使いであることが多い────というか、使える魔法の幅が広くないと凶悪犯罪は起こせない。まるでそれを象徴したかのような結果だった。
「······よし。全員俺を中心として繋ぐんだ······いいか?主導したのは俺だ。よって俺が指揮を執る」
リーベライヒは静かに言った。その手には細剣が握られている。
······周囲の犯罪者達は彼に従った。細剣が怖いからでは無い。どちらかと言うと、彼の手によって文字通り武器にされる方が怖いので従うのであった。
「······よし。最初の命令だ。全員王国中をくまなく探せ。使えそうなものがあったら何でもいいから報告しろ。見つかった場合はこの集団のことは一言も話すなよ······そうなったら俺が直々に出向いて『使って』やるから」
闇が、動き出す。
ドラム公爵領。
世にも珍しい「当主の名前がついている」公爵家が支配する、王国北側の大地である。
王都の人間は滅多に訪れることのない土地だが、シスター・コトミはその場所へと足を踏み入れた。彼女も王都の人間なので自主的ではない。もはや彼女唯一の直属の上司と言っても過言ではない、枢機卿ネムからの指示であった。
というのも、ここには先の儀式に参加したシスター、アリサがいる教会が存在しているのだ。儀式が終わった後、数日は本物の宝玉が大聖堂に置かれるが、そこから先は二つを除いてレプリカになる。そして、本物は地方の教会に送られる――――これが決まりであった。
神聖な宝玉を運んでいるためワープ系の魔法を使うのは禁止されている。一応付き人としてシスターのクリスもいるのだが、最近歳を感じるコトミにとってはなかなか大変な旅となった。
さて、コトミの苦難ばかり語っていてもつまらないだろう。
ここからは公爵家の話をしよう。
先ほど「当主の名前がついている」と書いたが、実のところこの表現は正しくない。矛盾しているのだ。……正確に言えば、『当主自体が「家」である』。
その当主こそ、ドラム・ドラゴンである。龍人族――――戦闘能力では随一の種族――――であり、ここの人口比のうち龍人族は30%を占めている。王国に存在する種族は20を超えていること、また人口比は真人族が75%を超えていることを考えるとなかなかの数字である。
……それだけならまだ普通だ。ドラムが特別な理由――――それは、そこに混じったもうひとつの「血」にある。
単刀直入に言おう、彼は『吸血鬼』だ。大方飢えた吸血鬼にでも襲われたのだろう(無理もない。龍人族の血を吸えば並の吸血鬼は1ヶ月何も食べなくても生きていけるのだ)、今でも首筋にはその時の傷痕が残っている。
……吸血鬼の特性の一つとして、直接吸血した対象を吸血鬼にしてしまうというものがある。それが嫌な者のために王国では「献血」というシステムを導入しているのだが、その話は置いておこう。
ドラムから血を吸った吸血鬼は見事なまでの返り討ちに遭った。即死である。吸血鬼は不死性からくるゴキブリのような生命力をその身に宿している、のにも関わらずである。……さあ、その特性は今や彼のものとなった。吸血鬼を瞬殺できるほどの力と不死性が交わる時――――生まれた場所が違えば、英雄、または怪物と呼ばれていたであろう生命が爆誕した。
そんな彼の生きてきた年月は王国の歴史よりも古いと噂されている――――超然的な彼の性格と相まって。
さて、コトミはそんな領主の治める土地へとやって来た。と言っても今回領主に用があるという訳ではなく、教会である。
領主館の横を通り抜け、石畳の上を歩く。だいぶ足元が楽になった。
「……クリス、大丈夫ですか?休憩しましょうか?」
「私はまだ平気です。……が――――あれ、気になりません?」
クリスが指差した先を目で追うと、そこには酒場……いや、食堂があった。
「……せめて用事が終わってからにしましょう。全く、神様が寛容で本当によかったですね」
コトミは表面上そう言った。……しかし彼女も疲労で空腹になっていたので、その提案が有り難かった。
クリスはわずかに微笑みつつ、彼女の隣にいる人を見上げた。
歩くこと数分。教会へと二人は到着する。……慌てて奥の部屋に通された。どうやら向こうはもっと大規模に来ると思っていたらしく、多少遅れるだろうと見当をつけていたらしい。
シスター・アリサはしばらくしたら来るとのことだった。待たされることになった二人は会話を始める。
「ところでコトミさん。あの人達についてなのですが……」
「……スミレさんたちですか?」
「流石ご明察です。少々小耳に挟んだのですが、なにやらアルファ枢機卿が彼女らを崇拝対象にするべく教皇に働きかけているそうですよ」
それを聞くなりコトミは腕を組んだ。
「……それ、当人達からしたら迷惑なのでは?」
「ですよね。コズミック様――――神様は別として、あの方々はまだ生きてます」
「別に生死が崇拝に関係する訳ではありませんが……それでも道行く人々が全員、突然ひざまずくと考えたら不気味なものがあるでしょうね……」
どうしましょうか、と顎に手を添える。
スミレとネア、アヤメとイエローベル。彼女らは全員デートで王都にやってくることがある。そんな中崇拝されたらやりづらい筈だ。
「……クリス、もう少し情報を集められませんか?何とかしてみましょう。最悪の場合、私が直接あの人たちのところに行って説明しなければなりません」
「はい」
こくり、とクリスは若々しい顔を縦に振った。
「(……それにしても、デート、ですか……)」
コトミは心の中で呟く。少し前に、教皇になったら恋愛関係の戒律を改めようと誓った。……その目標まで、近いようで遠い。達成する頃には自分ももはやデートとか言っていられる年齢ではなくなっているだろう。……聖職者、という身分上仕方のないことだということは理解している……が、どうしても彼女は諦められない。
……すると、その思考を知ってか知らずかクリスが突然爆弾を投下してきた。
「早めに終わったらデートと洒落込みません?」
「はい?」
コトミの目が点になった。
「いや、流石にこのままじゃ寂しいので」
「そうですか……そうですよね」
「あれ?まさか期待してました……?」
クリスが少しずつ暴走する。
「い、いえ、そんなのでは……というか、もう私は……」
「それでも、……って言ったら?」
……と、そこまで進んだ時。少しだけ開いた扉から、一人のシスターが顔を出した。
「…お待たせしました」
……扉から、顔だけ出してシスターが言った。……彼女こそ、シスター・アリサ――――先日の儀式に参加した四人のうちの一人である。
彼女の外見的特徴を言葉で具体的に表現するのは難しい。……簡単に言えば、「虚弱そうな」出で立ちとでも言った方がわかりやすいだろうか。……とは言っても、神経質そうな雰囲気ではなく、どちらかというと可愛い部類には入りそうである。
コトミとクリスはあわててそちらに向き直る。
「……こんにちは」
挨拶。何気ない一言だが、「気にしてないですよ」という意味が言下に含まれているのだ。アリサの方もそれを理解した上ですぐに本来の用件の方へと話を進めていく。
「……ええと、本日はお越しいただきありがとうございます。本来であれば私自らドラム公爵領の案内をしたかったのですが……そのような場合ではありませんね」
こちらにどうぞ、と彼女は扉の向こうへと姿を消した。
残された二人も立ち上がり、その後に続く。
教会の廊下は長い。コトミとクリスは体が弱いアリサにすぐに追い付いた。……しかし、抜かしたり並ぶようなことはしない。……宗教の教えがその体に染み付いていた。
やがて奧の部屋に到着する。……コトミは肩から下げた鞄より、綿で包まれた物を取り出す。……そう、それこそが宝玉だった。
包みを解いてゆくと、次第に灰色の輝きが綿の隙間から漏れ出す。……灰色の「輝き」。変な表現だが、改めてそれを目にした彼女からでも、その表現以外に適当なものが見当たらなかった。
アリサに案内された先、奥の部屋のさらに奥。そこには台座が置かれていた。……それは質素だったが――――そのことが逆に、この宝玉には相応しく思える。
落とさないように、慎重に、台座に載せる。コトミはその時間こそまさに今までに生きてきた生の半分を象徴するかのような錯覚を覚えた。
アリサが何かを唱えている。入り口の方まで下がったクリスの姿も見えた。……やがて、宝玉が一瞬光り――――不思議と、もう動かないような感覚を周囲に味わわせる。
超強力な保護魔法の定点照射。やはりアリサの腕も素晴らしいようだった。
その後は特にすることもなく、再び挨拶をして別れるだけである。……のだが、その一瞬前、アリサはコトミに耳打ちした。
「……大丈夫なんですか、あの人……かなり高位の呪いがかけられてますよ」
言ってくださればおそらく解除はできます、とも彼女は言った。……だが、
「分かってます……大丈夫です。……第一、そんな事をしたら……私が破門されますよ」
と、コトミは呟く。その瞳には、欠伸をしているクリスの姿が映っていた。
「……ここは……」
聖女も死んだ。
盗賊も死んだ。
盾使いも死んだ。
そして魔法使いだけが生き残り、幸せになり――――勇者は死んだ。
おとぎ話にすらならない、残酷な現実だ。
ネアは常にその事を気に病んできた。それは並大抵のものではない――――『一人だけ』生き残った時の悲哀。自分もあのとき死んでいった仲間と共に逝きたかった。そんな思考を、スミレには見せまいと思って一心に隠してきた。
しかし、死んでいった者たちは、それを望まないだろう。……死人に口なし、とも言うが――――少なくとも、ここにおいてはそうだった。なぜなら、
「……ここは……」
勇者――――エインは目を覚ます。そこは草原だった。青々とした、丁度よい高さに切り揃えられた草がそよ風に吹かれて揺れる。……それはやがて波となり、水平線の向こうへと消えていく。
そんな雄大なる自然の中に、彼はいた。
……いや、彼だけではない。聖女リリー、盗賊ブロウ、盾使いアルストも、そこにいた。
「…………………………」
今、目覚めているのはエインだけである。……しかし彼には自分が殺された時の記憶が残っていた。なので、目覚める、というよりかは――――復活した。
「お目覚めかな?」
エインの横に、突然とある女性が現れた。……不思議な髪の色をしている。紫のグラデーション……まるで宇宙の煌めきのようだった。
……しかし、エインはそのような女性の容姿も気にせず、即座に質問を投げかける。
「……この際あなたが誰だとかいう問いは野暮だろう……単刀直入に言う。ここはどこだ」
「ここ?英霊の世界。……つまりだ。現世で助けを求めている奴らがお前らを呼ぶまで……ここが住む世界となる」
……どうやら復活という訳でもないらしい。
やはり死は絶対だ、と改めて――――死んでから、ようやく――――認識したエインだった。
「······はぁ。僕達は······そこまでこの世界に功績を残せたのか?」
まだ周囲の勇者達は起きない。横に居る女性が全く動かないので、退屈しのぎにエインは色々な事を質問してみる。
「まあ、だろうね。見せようか?」
「あー············」
······このやり取りでようやく相手の正体に気付いたエインだった。······流石の彼でも世界の管理者にして神に等しい存在であるコズミックを前にしてはいつもの態度はとれない。
「······いや。お断りさせて頂く······」
「おやおや。······かつてのお仲間が幸せになってる様子を見たくないと?」
「············」
この神、絶対一部の人から嫌悪と言ってもいい程には嫌われてるだろ、と思ったエインだった。
「それよりも······英霊?どういう事だ?」
ここで彼は疑問を素直に口にする。
「おや知らない?······まあそうか。そうだろうな。あたしが創った勇者の中で非業の死を遂げた奴らはこれが初めてだから······」
コズミックは一瞬目を伏せる。······が、エインがそれと気付く前にはすぐに調子を元のように戻していた。
「まあ······もう一度だけ、勇者達に『誰かを救う権利』をやる、っていう話だ」
今度はエインでも何となく分かった。コズミックの言を聞いて軽く頷く。
「タイミングはこちらに一任させてもらう。まあそれ以前に宝玉は各地に散らしてある。······見てろよ」
コズミックがそう言った直後、······エインの目の前で、転がっていたブロウの姿が少しずつ薄れていく。まるで砂嵐のように······その身体にノイズが走る。それはアルストも同じだった。
「丁度儀式が始まったみたいだな······」
事情を全く知らない者からすれば軽く悪夢を見そうな光景だった。────しかし、
「······いつか再び集う時が来るんだな?」
「······現世の奴らが望めば」
「ならいい。······っはは······」
エインが笑った直後────ブロウとアルストの姿は草原から掻き消えた。見れば、いつの間にかコズミックの姿もない。その場に残されたのはエインとリリー、ただ二人だけだった。
温かな風が二人の頬を撫でてゆく。
「······やあブルーベル。終わったよ」
結界に綺麗な穴が空いた。······シルバーベルの来訪である。
「宝玉 ······ もう 大丈夫なの?」
「まだ1年半も経ってないんだけど。······はぁ、まあだいぶ短縮されそうなのは事実かな?······いや、それはいいとして。休暇の時間だよ」
彼女がそう言うと、入れ替わりにグレーベルが入ってきた。
「······························」
相変わらず喋ってくれない。表情もほぼ無である。しかし、だからこそこの任務には向いている、とアクアベルに判断されたのだろう。
彼女が結界の中に入った直後、ブルーベルは空いた穴が塞がれないうちに地面を踏み込み、大跳躍────脱出する。
「······んじゃ グレーベル、しばらくよろしく」
その直後に穴が塞がれたため、その言葉が向こうに聞こえているのか不安はあったが······確かに、彼女は頷いたグレーベルを目視したのであった。
「今回の休暇は どのくらい?」
即座に王都中心部に到達し、鈴の音を鳴らしながら屋根を蹴る二人組。ものすごいスピード────まるで飛ぶようになりながらも会話を進める。
「1ヶ月くらいかなぁ······タイミングが良ければ王子の誕生も見られるかも?」
「そんなのに 興味なんかないよ······」
ブルーベルは心底面倒くさそうに言う。······しかし、彼女の記憶にはユノグの治世ほど強烈な印象(いい意味でも悪い意味でも)を残した時代はこれまでに記録されていなかった。
······もし本当に何の印象も持たなければ、「何それ」で終わっていただろう。それどころかグレーベルが話を振ったかどうかすら怪しい。
グレーベルは軽く笑っただけで何も言わなかった。······王都を抜け、平原に出る。今日は二人とも、ワープを使わない。······そういう気分だった。
やべえやらかした。
真ん中あたりの改行からの『グレーベル』は『シルバーベル』です。
「恋人みたいなことがしたいです」
「······························」
市場。アヤメとイエローベルは二人で買い物をしていた。······そんな中唐突に落とされた爆弾が上記の台詞である。傍から聞いている分には衝撃的な言葉だった。······何せ、彼女達は既に手を繋いでいたからだ。
間一髪のところで噎せるのを我慢したイエローベルがアヤメの手を握る力を少しだけ強める。
······それにしても、少し前まではスミレとネアの関係で頭を押さえていたはずの彼女が一体どうしてこうなったのだろうか。まさに『恋は盲目』である。
「······急にどうしたの」
ようやく立ち直ったイエローベルが隣にいる恋人に声をかける。その恋人はというと、
「あ······いや、何と言いますか······こうやって手を繋いでいるだけでも幸せなんですけど······」そう言って顔を赤らめながら、「でも、もっと色々なこと······したいなって」
「············(まずい可愛い)」
イエローベルの心拍数が上がる。······でも、それを隠さないでも良いのが今の彼女の立場なのだ。
「······で、具体的に何か案はあるの?」ほんの少しだけうきうきしながら恋人に問う。
「······そうですね、······屋台で何か買って······分け合って食べる、とか」
先程のやり取りからは想像出来ないほど具体的な答えが返ってきた。······だが、確かに。恋人らしい────と思ってしまうのは、イエローベルも皺が伸びたということだろうか。
「(······いやいや、皺伸ばしって老人の気晴らしだよね?)」
とセルフ突っ込みを入れる。
そんな彼女をアヤメは不思議そうに見ていた。······そして微笑む。「行きましょう、イエローベルさん」
······きっと彼女らの繋がりは、永遠に続くだろう。
『······おい。おい、リーベライヒ!聞いてるのか?』
「うっせえ。そんなに大声出さなくても聞こえてるわ。念話魔法だぞ?」
『すまん。······いや、それより······凄い物を発見したぞ!』
「どうせつまらないものだろ?こないだなんか市場の安売りに反応してたしな」
『······いや、今度のはこれまでとは格が違う。とにかく裏山に来い、今すぐに』
「あ?おい······クソが」
商店街の建物の屋根に座っていたリーベライヒは念話魔法による通信を受けた。······反応すると言った以上彼にはどんなつまらないことでもその場所に行かなければならないのだ。
「裏山に一体何があるんだよ······」
そう言いつつも、認識阻害魔法を自分にかけるところを見るとまだ期待を捨てていないらしい。そのまま立ち上がり、屋根を伝って走り出す。
魔法と王子誕生間近の二重奏によって誰も彼に気付く者は居ない。易々と商店街を脱出し、そのまま裏山へ駆けてゆく。
「これだ、これ······いや、あれだと言った方がいいのか?」
仲間によって裏山に呼び出されたリーベライヒは、確かに期待感を擽るものを見た。どう考えても中にいる何かを封印しているとしか思えない厳重な結界である。試しにレイピアで一突きしてみたが、傷すらつかなかった。
「マジか······よくやったな。さっさとずらかるぞ」
「逃げるのか?」
嘲笑うような口調でそう言われたが、リーベライヒにはまったく応えなかった。
「いやそうじゃない。こうまでして封印したい物が中にあるんだ······おそらくこれ以上ここに居たら殺られるぞ」
と言って仲間を待たずに走り出す。
「······チキン野郎め」
残された者はその場でいくつかの魔法を構築して結界へと一斉に放つ。
光が飛散した。まるで金属を加工する時に出る火花のようである。
······金属加工。その名の通り――――むしろ傷は付かない。むしろ結界の輝きが増していくように思えた。
「······」
流石に気味が悪くなった彼は攻撃を諦めて戻ることにした。――――その直後、彼の背中めがけて、灰色の少女が出現する。
『あらら、一人取り逃がしちゃったかぁ······』
もはや赤い塊となった煙の弾を見つめるグレーベルの耳に、アクアベルからの通信が入る。
『······うん、私のミスだね······明後日あたりにでもオレンジベル送るよ』
通信を切ったグレーベルは煙の弾を地面に打ちつけた。
······瞬く間に、周囲が血の海になった。
「「············」」
スミレとネアは息を殺していた。······と言っても別にどこかに潜入した訳では無い。······現在の状況が彼女達を緊張させていた。
ここは王城······二人の目の前にはとても建物の中とは思えないほど重厚な扉がある。その扉に付与されている結界魔法は、今や王国屈指の結界魔法使いであり王妃のアリシアによって創られたものである。もはや扉ではなく壁に近い。
······そして、その扉の内部には······アリシアがいる。スミレの予想では、本日が出産予定日の。
「······時間が経つのって早いね」
「だねー。······歳を取ると体感時間が早くなるって聞いてたけど······もうアリシアさんもかー」
スミレがしみじみと言うのに対してネアも相槌をうつ。そして感慨深そうな様子を見て、スミレはやや興味をそそられたようである。
「ねぇネア、アリシアさんって、ユノグさんの侍女だったんだよね?」
「そうだねー。まあ今もだけど······王妃兼侍女、って言ってたよ」
「あはは。······アリシアさんの出自って何か知ってない?」
それを聞いて、ネアは少しだけ考え込んだ。······やがて、昔話をするような調子で語る。
「······アリシアさんは、産まれてすぐの頃、路地裏に捨てられてたんだって。そこをユノグが見つけて拾ってきたんだよー。······私も勇者のメンバーになる前だったからよく覚えてる。まあ、その時は王国が混乱してたから······『魔王』のせいで。もしかしたら、アリシアさんもそのせいで捨てられたのかもしれない」
「············」
スミレは唇を噛んだ。蘇生に成功したとはいえ、ネアを殺した魔王に良い思い出は全く無い。しかし、その思考を察してか無意識かどうかは知れないが、ネアはこんなことを言った。
「······もしあの『魔王』が生きてたらさ、今の状況をどう思うんだろうねー?」
「今の······?」
「絶望に叩き落とした筈の人々が生き延びて、恋をして、結ばれて······子供を作った人もいる。『魔王』には理解できないことだと思うよー」
「······!······」
「······だからね、」
その時である。今まで沈黙を保っていた扉が突如として開いた。······ユノグが立っていた。
彼は一瞬面食らったようだが、2人に向けてとても嬉しそうに手招きをする。······口元に人差し指を当てた。
彼の大きな背中の横から二人は部屋に入る。······すると、
【ちょっとあとがき】
あと数話でS3に突入します
「······おい爺さん。あんた某エルフの貴族家から土最高位魔法の技術を盗んだんだって?」
「······そうじゃ。······直ぐに取り返されたがな。まだいくつかの土魔法は使えるぞい。······『メテオ』とかな」
「ふむ。······じゃあ爺さん、あんたを今ここで幹部に任命する。俺の計画では、一番強い魔法を使えるのはあんただ」
「······何をするんじゃ?」
「まあちょっと聞いてくれや。計画をな」
暗澹とした路地裏、相変わらずそこには数人の男が集まっていた。もはや軽い拠点のようになっているそこは、あらゆる犯罪者が集まると言っても過言ではない。
そして今日は老年の犯罪者がその集まりに合流した。······早速リーベライヒは彼を利用することに決めたようである。
「······勝算はあるのかね?」
「正直言って五分五分だな。まだ俺らはあの中に何があるのかを知らない」
「なるほど······まあよい。もしあれが貫けなければ王城に落とせばいいだけのこと」
「うわ。容赦ねえな爺さん」
どこかから飛んだ野次に周囲の雰囲気がやや弛緩した。それを見てリーベライヒは士気を高めるような情報を落とす。
「そう言えばこの間、あの結界を張った王妃が王子を出産したらしい。しばらくは魔力が戻らないだろう······つまり結界はいくらか脆くなっている筈だ」
同時に彼は前にあの結界を細剣で突いた時のことを思い出していた。······あの頃は攻撃の性能も悪かった事もあるのだが、時期が悪かったのだ。
「マジか?」
「マジだ。······まあ聞いた話なんだがな。そいつらはどうやら王家に関わりがあるらしい」
そう言って独り頷く。······犯罪者達は顔を見合わせた。
「実際に聞いたのか?」
「いや。盗み聞きだ」
つまり罠である確率はかなり低い。
「······さて、今から計画を練ることにする。使えそうな技術を持ってる奴は俺に言ってくれ」
ある日のことである。スミレとネアは珍しくユノグに呼び出されていた。
いつもの店ではない······王城である。しかも奥の部屋。何やら他の者には聞かれたくないような物事を話すらしい。
「······さて、何処から話したものか······」
「理由もー?」
「あぁ、そうだ。······二人呼ぶ必要はなかったかもしれん」
そう言いながらユノグは微妙な表情を浮かべたが、実のところ二人とも呼ぶのは悪くない選択であった。······というより、スミレとネアはもはやセットである。
「まあそれはいいとしよう。······言いたくなければ結構だが······貯蓄はあるか?」
「······えっと、スミレ?」
スミレは家事能力が高い。なので家の経済も一手に引き受けている。そんな彼女の答えは、
「収入がネアの勇者補助金だけなので······あんまり芳しくないです」
であった。
その途端ユノグは苦虫を噛み潰したような顔をした。······これには二人も驚く。そしてどちらも聡明である以上、答えは直ぐに出た。
「「まさか······」」
ゆっくりと口を開く。
「そう、そのまさかだ······この度の臨時貴族会議で、勇者補助金の廃止が決定された」
僅かながら心の準備が為されていたからであろうか、彼が予想していたよりは二人の反応は重々しくなかった。
「···何とかならなかったのー?」
面倒臭いことになった、と言わんばかりのネアの声である。
「いくら賢王でも多数決には勝てない」
「憲法停止したら?」
「ネア姉ってそういうキャラだったか···?」
···よくわからない言い合いが始まってしまったので少々割愛する。
「まさか、そのままという訳じゃないですよね······?」
「ああ。これに関しては二つほどカルトナ様から助力を頂いた。······まあ、ネア姉がどちらも無理だと言ったら、駄目なんだが」
確認するかのようなスミレの問いに対して、ユノグの返答は安心感のあるものだった。
「ネア、」
「うんー?よっぽどじゃなければ大丈夫ー。それに師匠は倫理観の消えてる仕事持って来ないしね」
伝説の魔法使いに対する圧倒的な信頼である。弟子が二人、そして一見無関係だが何度も助けて貰っている一人によりスムーズにやり取りが進む。······そして、
「······で、その仕事って?」
とうとう説明のお時間です。
「簡単に言うと、魔法学校の講師をやってもらいたい、という話だ」
「魔法学校って······」
「そうだ。カルトナ様が名誉校長やってる所だな。というより、優秀な魔法使いは大体そこから輩出されるから······ネア姉も確か通ってたよな?」
「そうだねー。······なるほど、魔法学校かー······一日待っててくれる?ちょっと考えるから」
ネアの反応はそこまで悪くない。ユノグは多少安心したのかため息をついた。
「二人でゆっくり考えてくれ」
さて、二人が家に戻ってきてからすぐのこと。ちなみにアヤメはまだ帰ってきていない。どうやら今夜は長くなりそうである。
ほぼ無に近い荷物を下ろしながらネアはスミレに話しかける。
「スミレ、どう思······」
「良いと思うよ!!」
即答だった。
思わず面食らう彼女が目にしたのは、目を輝かせる大切な人の姿だった。久々に見るそんな顔に再び恋に陥りつつ、ネアは何とか思考を動かす。
······確かに、ネアも魔法学校の教員には憧れていた。ただ、それとスミレとでは方向性が違う。
何故だろう、と少しだけ考えて、分かった。前に彼女から少しだけ聞かされていた、気の遠くなるような過去の話。
スミレは『造られた』存在である。だから知識は専門の機関で学ばなくとも、元々入れられている。······それだから、新鮮な『教育』というものに、惹かれるのであろうか。
「(······)」
ただ、ネアにも一点だけ不安な所があった。本来ならスミレが全力推奨した時点で即行動なのだが──仕事時間の間は、スミレと会えない。当たり前といえば当たり前なのだが。
それでも、この生活を始めてから、このようなことは初めてだった。まだ100年と生きていない以上、当然なのだが······
未経験の事象を前にしては、尋常の人物は誰しも混乱するものである。何も物騒な場だけではない。日常でもしょっちゅう起こりうる。
「ネア?」
「ひゃっ!?」
ネアが考え込んでいた所にいきなりスミレの声が降ってきた。思わず可愛らしい声と共に顔を上げる。
「えっと······大丈夫?」
「······うん。ちょっとあんまり即答だったから、びっくりしただけー」
深呼吸をし、体勢を整える。
大丈夫。スミレに認めてもらえば、きっと上手くいく。
「ちゃんと毎日帰ってくるよー」「それで、何があったか報告するから!」「だから、スミレも、大丈夫だよ?」
「······ありがとう、ネア。頑張ってね」
そう言って微笑む彼女は、まるで聖母のように美しかった。
「じゃあ、決まりー。明日辺りにでも言っておくよ」
「うん。お土産話、いっぱい聞かせてね?」
「気が早い。······元々そのつもりだよー」
彼女らの歴史に、また一枚の紙が浮かび上がる。そこに何が記されるのかは──さあ、この後のお楽しみだ。
久々に家にネアがいない日がやってきた。ひたすら手持ち無沙汰になったスミレは島を歩き回る。······家からでも見えるのだが、端の方まで行くと蒼の城が見えた。······それも、少しだけ鮮明に。
あそこにいる人々は、今は何をしているのだろうか。外見も性格もカラフルで、知れば知るほど憎めなくなる者たちは──。
少し場所を変えて、別の島の端······それも大陸がある方に足を向ける。当然だが靄がかかっていて見えない。舟で2時間はかかる距離は伊達ではないが、それにしては靄が濃すぎると思った。······どうやら雨が近づいているらしい。
あそこにいる人々にも、随分と助けてもらった。これからも助けてもらう予定だが······それでも一人になると感傷に浸らざるを得ない。
そして、今まで長く付き合ってくれた二人······ネアとアヤメ。
あの二人は、自分と関わって幸せだっただろうか、と考える。······分からない。それどころか、個人的には厄災しか呼んでいないような気がする。
でも。
それでも。
逆に言えば、スミレ。
彼女が中心になる事で、あの二人は幸せになれる。
そして、この物語も、いつまでも続いていく。
人の入れ替わりはあるものの、無限の平和と共に。
······と、なる筈だったのに────
【S3 On the verge of opening】
【ご注意】
これよりS3の執筆を開始します。それに伴い、いくつかご留意して頂きたい点があります。
・S3は、今までのS1、S2とは本当に別物(悪い意味で)です。
・一応伏線は張ったつもりですが、恐らく、いや確実に読者を置いてけぼりにすると思います。
・それでも良い、という方は、のんびりお付き合いください。
・わずかな百合
・わずかなご都合主義
・アドリブ故の意味不明展開
・わずかなチート
上記を許容できる方以外はブラウザバックを推奨します。
ネアが魔法学校の非常勤講師となってから早数ヶ月。まるで嘘のような、平和な日々が流れていた。······でも、これが当たり前なのかも知れない。
今日はネアが家にいる。そしてアヤメは買い出しに行った。······つまり、久々に水入らずで過ごす事ができるのだ。
「寒くなってきたね」
「ねー。······もう冬かぁ」
このような会話が交わされるのも、なかなかない事である。そんな生活に大分慣れてしまったことを思うと、少し寂しい物を感じる二人ではあったが······そんな気持ちも一緒に過ごしていると霧散してしまう。
「(窓にもガラスみたいなの嵌めようかなぁ······)」
スミレはそんな事を考えつつ窓の外を見た。······大陸は相変わらず遠すぎるせいでよく見えない。
だが、その日は少しだけ違った。
光の柱のようなものが見えた、気がした。
「······?」
二人同時に窓の傍に近付く。······その頃には、柱は跡形もなかった。
「何だったんだろ······」
「流れ星······じゃないよねー」
彼女らは今見た景色について見解を語り合う。······昼でも見える程の光。まるで王都に突き刺さるようだった。
だが、そこから数分過ぎても何も起きない。結局二人は見間違えと判断し、昼食の用意に取り掛かった。
昼食を食べ終わり、片付けも終わりかかった頃、突如としてアヤメからの念話魔法が飛んできた。
『······さん······姐さん達、聴こえますか!?』
「······アヤメ?」
『すいません、緊急事態です!いいですか、今からイエローベルさんからの伝言をお伝えし············』
────恐るべき轟音が二人の耳を貫いた。
······そして、慌てて大陸の方を見れば······再び、光が迸るのが見えた。
『······っ······すいません切ります!とにかく、大陸には来ないでください······絶対に。······大丈夫です、私は大丈夫です!!』
僅かに動転しているような、叫びに似た声を残して念話魔法は途切れた。
スミレとネアは顔を見合わせる。······そして、もう一度大陸の方を見た。
二人の意識は、そこで途切れた。
【ちょっとあとがき】
今まで全然書く気が起きなかったんですが、書き始めたら止まりませんでした。はい。
どんな物事にも終わりはやってくる。
日々が途切れたのも、これもまた偶然ではないだろう。
頭の中で、何かが解けた気がした。
その感覚で意識が覚醒し、ぱっと飛び起き────ようとした。
その瞬間、スミレの身体を異様な倦怠感が襲った。······この雰囲気は······あの時とよく似ている。
筋肉が固まってしまい、ほとんど動けない。······しかし、今は動かねばならない。
幸いにもここはベッドである。なので、下りるときに工夫をすれば立ち上がることも出来る。······だが、スミレに気力を与えたのはその事実ではない。
今、彼女はベッドに一人だ。でも、その横は······明らかに数分前まで使われていたようで、暖かかった。
それから少しばかりの時間を要した。筆舌に尽くし難い苦労をして、どうにか壁に取り付く。そして身体を支えて、歩き出す。
まずは部屋から出るところだ。
その間にもスミレは様々な事を考える。······目覚める前、最後の記憶は······ネアと謎の光を見た所で終わっている。
あの時何が起こったのだろうか。これからどうなるのだろうか。
ふとそこにあった窓を見ると、蜘蛛の巣がかかっていた。
やっとの思いでリビングに到着する。軽く見回すと、ネアがいる。それしか目に入らなかった。
飛びつこうとしたが、それをすると軽く死にそうなので自重する。
そのうち、向こうの方が気付いた。······しかしそのネアもどうやらスミレと同じような状態らしく、冷や汗を浮かべている。
焦らずに、ゆっくりと近付いていく。体力もかなり減っているのが悩ましかった。あぁ、こんなにも会いたい人が居るのに······近付くにつれて苦しくなってくる。
スミレはふらつきながらネアの元にたどり着いた。その瞬間、二人を淡い光が包む。
「ネア······」
「うん、スミレ······おはよう。とりあえず、ちょっと休憩しようか」
その一言で、今の光は回復魔法系統だとわかる。そして、ゆっくりと湧いてくる力······身体強化魔法も掛けられたようだ。
要するに、この事態を解決するために動く気満々である。
スミレはそんな彼女の横顔を見る。色々な思考が渦巻いている、その表情に引き込まれる。
それは、絶望を希望に変える、勇者の心境が蘇ったかのようで。
全てが動き出す。世界の命運を載せて。
【???】【phese1】
衝撃は唐突だった。結界に隕石が直撃し、砂塵が舞う。
ブルーベルは何とか堪えたものの、傷だらけになった彼女の眼には今まさに吹き飛ばされているグレーベルの姿が映った。
「······!」
だが、様子がおかしい。砂塵の隙間に見えた灰色の相貌は、何かに怯えるように歪んでいる――
直後、彼女の姿が空中に縫い付けられた。
その胸から、形容し難い暗黒の煙のような刃が生えていた。
ブルーベルはそれを視認するや否や地面を蹴り、砲弾のごとき迅速さで仲間の救出を試みる。
ちょうどその時、砂塵が晴れた。
暗黒の根元、そこには一人の少年が鎮座している。···彼こそが、今までブルーベル達が封じ込めてきた存在――――次期魔王だった。
彼は突撃してくるブルーベルを認めると即座に立ち上がり、横っ飛びをして回避する。
どうやら彼は未だ不完全のようだ、とブルーベルは判断した。
そのまま衝撃波魔法で追い討ちをかけようとした刹那、グレーベルの姿が目に映った。
何かを言っている。叫んでいる。
聞こえなかった。
――――二発目の隕石が直撃した。
「(······ これ程の威力 どうして ······?)」
薄れていく意識の中、彼女は必死に思考を回す。
あのカルトナの魔法ですら意識を刈り取るのには届かない耐久性を以てしても、二発。
不思議だった。しかし、
「(··· 鉄片 ?)」
スローモーになっていく景色は、崩れた隕石がもたらした舞う破片。その中には、金属が含まれていた。
それについて彼女の脳が合理的な回答を導き出そうとした時、再び衝撃が襲った。
今度はかなり軽かったが――ある意味では隕石より致命的な衝撃であった。
胸に暗黒の刃が刺さり、貫かれる。煙のような材質ゆえだろうか、貫通しても痛くはなかった。
むしろそれによって意識が活性化し、起き上がろうとする。···ベルシリーズに死の概念はない。
しかし、だ。
ブルーベルは起てなかった。
力が抜けていく。吸われていく。意識が再び消えていく。
グレーベルが何かを言った理由が、少しだけわかった気がした。
『······アクアベル!』
無理やり念話魔法を起動させ、アクアベルに知った情報をありったけ流す。
『············』
相手はそれを黙って聞いていた。その沈黙の意味は計り知れない。
ブルーベルはもう限界が訪れたことに気付いた。思考以外、何も動かせない。
それもすぐに停止するだろう。
だから、最悪な一言を残しておくことにした。
『ごめんね 、アクアベル ······ 大好き』
奈落へと、落ちていく。
【???】【phase2】
裏山に直撃した隕石は、王都に二重の意味で激震をもたらした。
「······よりにもよって、今日ですか······!」
病み上がりのアリシアは痛切な悲鳴をあげる。そう、今日――長らく放置していた結界の張り直しを行おうとしていたところであった。
だがまだそこにいた、ユノグを含めた人々は事態を本当のところまでは理解できていなかった。
何せそこには『管理者』配下の一番手であるブルーベルが駐屯しているのだ。楽観視していたのも無理はなかった。
そんな幻想が微塵になったのはすぐのことだった。部屋に駆け込んできたヴァンスが、
「ユ、ユノグ様!!新魔王が······復活しました」
との報告をもたらした。
「······脱獄者が何かやっている、とは思っていたが···これは予想外だな。使われた魔法は『メテオ』か···後であの貴族を処分しないとな」
ユノグの顔はかなり苦りきっていたが、声は案外冷静だった。結論がずれているのは置いておくとして。
「だが復活したとして何かできるとも思えないが······」
「違います!物見によると既に『管理者』配下二人が倒されてますよ!」
途端に場の空気が変貌した。
「それを早く言え!それでどうした、何か変化は···」
「···そういえば、彼女ら、何かに突き刺されていたような···と」
ユノグもヴァンスも首を傾げた。
だがここはやはり王である。
「···まさか、力を吸収している···?」
結論は簡潔にして明瞭であった。
「だとすれば···無闇な鎮圧は危険なのでは?」
「······」
場が静まり返る。居合わせた貴族の何人かを見ると、大方ヴァンスと似たような意見らしかった。ユノグは独り呟く。
「······そこまで悠長にしていられるものかな?」
直後――念話魔法で報告を受けたらしきヴァンスの間抜けな声が響いた。
「···何だって?」
【???】【phase3】
カルトナは街を悠々と歩いていた。裏山から逃げていく人々とは、反対方向へ。
隕石が裏山に直撃して結界が吹き飛んだところは見ていたのだった。
そんな彼の耳へ、ユノグからの念話魔法が飛んでくる。
『カルトナ様!』
「おう。どうした?魔王でも復活したか?」
分かりきっていることを軽く返すカルトナ。やはり余裕である。
「そんなに心配しなくてもいい。もう向かってる」
『管理者の手下が捕まり、力を吸収されていると言っても?』
「······ふむ」
流石の伝説も足が一瞬止まった。だが、彼は再び足を進める。
ブルーベルの力――つまるところ管理者の力――が吸収されているとは言っても、カルトナを超えるほどの力はすぐには集まらない。
だが、そこで思わぬ妨害があった。
前方から、不思議な鎧を着けた、人型のなにかがやってくる。
「なっ······」
流石のカルトナも驚いた。
見たこともない敵である――索敵魔法にかからなかったのも当然だった。
なぜ敵だと理解したかというと、その『なにか』は、家を壊し···逃げる人々を殺傷、あるいは捕らえ始めたからだ。
即座に正確無比な炎球がそれを射抜くが、犠牲は少なくない。······それどころか、さらに『なにか』が向こうから走ってくる。
「こいつらは···ユノグ!」
『先程報告があった!知ってます!』
「そうじゃない!兵士を出せ。魔王は無理だがこいつらなら一般兵士でも戦える!」
俺は――大元を叩きに行く、と言って、カルトナは走り出した。
老いつつある彼の足でも、裏山には程なくして到着した。
巨大なクレーターの中心部は、当然だが何もなかった。
「逃げたか」
と言ってさらに奥へと進もうとした時である。真横から短槍を携えた男が、カルトナを串刺しにすべく飛び出す。
しかし同時に展開された結界が槍の一撃を阻んだ。
「っ···!」
そのままカルトナは氷の刃を瞬時に生成、襲ってきた男を貫こうとしたが、···方針を変えた。
腹部に衝撃魔法を食らわせ、男が地面に投げ出された瞬間、その四肢を落ちてきた氷柱が固定する。
「がっ···は···」
「残念だったな。···いくつか質問がある。全て吐け」
そう、捕虜(と言うのかは微妙であるが)にして、情報を聞き出すのである。
「···言うと思ってるのか、この老いぼれめ」
「まあ読心すればいい話なんだがな。なるほど···お前らの幹部は10人。名付けて黒旗十手か」
「くっ······!?」
「案外抵抗しない方が幸せだぞ?」
そんなこんなで、彼は情報を一通り吐いてしまったのだった。
···だが、根本的解決には、至らない。至る筈もなかった。
【???】【phase4】
ところどころに不思議な色の物体がちらつく。人型のその『なにか』は、恐怖に立ちすくむ、あるいは逃げ惑う人々を斬り伏せ、叩き潰し、また捕らえていった。
感情など微塵も存在していなさそうな動きだった。
初めは王国の危機だとばかりに士気に満ちていた兵たちは、その敵の特性に愕然とした。――硬いのだ。剣も、並大抵の魔法も通らない。
そして分断され各個撃破、というまさに最悪のパターンへと繋げられていく。
そんな中で、兵士の増援と共にこんな声が響いた。
「敵の身体をよく観察しろ!関節部分、特に首元···あそこには装甲がないぞ!」
ヴァンスの声だった。
「具体的にどうやって狙えば···」
即座に返ってきた悲鳴に、彼は答える。
「三人ずつで固まれ。二人が引き付け、その間にもう一人が後ろから攻撃するんだ!相手はあまり頭はよくないぞ!」
そんな具合で、ヴァンスの指揮によりしばらく一進一退、膠着状態が続いた。
そして別の場所、もう一つの戦場と化した住宅街では、またご存知の人物が戦っている。
最初は敵の観察に徹していたが、兵士が次々と無力化されるのを目の当たりにしたアヤメだった。
「『フレイムボルト』」
爆発する炎弾を飛ばし、敵の一体を数メートル吹き飛ばす。
その場にいた数体の敵が、一斉にアヤメを睨んだ。いや、目はないのだが、そのような感覚を彼女は覚えたのだ。
そして敵は、その背中から兵器を『生やした』。
もしスミレがそれを見たら、まるで砲のようだと思うかもしれない。そして、敵――『何か』も、機械兵のようだ、と。だからここから先、敵の名称を『機械』と記すことにする。
ともかく、アヤメはそれを目にすると高く跳んだ。
一瞬後には、大量の細かい石が彼女のいた場所へと放たれ、殺到する。――たかが石と思うなかれ。高速で放たれれば、その威力は銃弾にも匹敵する。
ただ彼女は察して避けていたので、最初の斉射は空気を撃ち抜くだけだった。
そして近くの建物の陰に入り、隙を窺う。石弾はその周囲に音を立てて命中するが、流石に地面はびくともしない。
敵の姿を一時的に見失った機械の群れはそこで一旦動きを止めた。
ただ、いつの間にか上へと回っていたアヤメはその隙を見逃さなかった。
風の刃を複数同時に生成し、首を狙わせると共に、自らも飛び降り、刀を振る。
そうしてできた切れ目を彼女は力ずくで広げ、中を見ようとした。
だが、中身は空だった。念のため殻の中心で光を発する妖しい部分を砕いて、他の機械も調べる。しかしどれも、
「······無人······?」
人が入れるほどのスペースは空いていた。だが、無人だった。
誰が、何のためにこんなものを作ったのか。念のためにあの二人に警告した方がいいだろうか――――そこまで考えて、アヤメは立ち上がる。だが、その右から
±
「······」
瓦礫が一面に転がっている。帽子を被った少女は、その中心部に自若として突っ立っていた。まるで眠っているかのように目は閉じられ、羊飼いがよく使うような杖に両手を添え、口元をやや綻ばせながら、そこにいた。
何があったのだろうか?この瓦礫の山である。感情に届いた希望と絶望の順序が逆になったのか?
────そうではない。
彼女の名前は、アクアベル。瓦礫に囲まれた中でも、『ベルシリーズの母』と(勝手に)渾名された程の頭脳は鮮明である。
「······来たね。待ちくたびれたよ」
ふと、そんな呟きを彼方に投げる。そして手に持った杖で地面を突いた。
鈴の音が鳴り響いた瞬間、スミレとネアの姿がアクアベルの前に現れた。相変わらずではあるが、突然すぎた。
二人は驚いている────だが、その表情には別の成分も入っていた。
「「アクアベル······!」さん······!?」
「どこから説明しようかな······聞きたいことはある?」
「「······」」
一面の瓦礫、更地の中で、テーブルが一つ、椅子が三つ並べられた。その一つに座り、何でもないような調子でアクアベルは口を開く。
二人はなにも言えない。そんな状況を見て看って、アクアベルは説明の方向を変えた。
「いや冗談······まずは状況把握からだよね。単刀直入に言うと······二代目魔王が復活した」
「······!?」「······えぇ······?」
単刀直入過ぎて今度は二人が絶句してしまった。だがアクアベルはこれ以上端的に説明できないと言って、
「まあまあ。二人ともあの光は見たよね?」
「あの光って······柱みたいな物は見えましたけど······」
「······あれってあんな感じに見えてたんだ。まあいいや。······とりあえず、経緯を簡単に説明するね」
アクアベルの説明によると、こんな感じのことがあったという。
結界が二発の隕石によって完全崩壊したこと。ブルーベルとグレーベルがその時無力化されて力を吸収されていること。その後謎の機械兵が大量に生産され、王国を蹂躙したこと。二代目魔王は王都に巨大な魔戦車を作り、魔族以外に圧政を敷いていること。王都にいる生存者は『レジスタンス』として、ドラム公爵領に逃げた生存者と連携を取っていること。
······ここまで説明したアクアベルは、その表情に憂いを湛えてこう付け加えた。
「······途中、ここにも襲撃が来た。既にベルシリーズのほとんどが捕まってた。······だから、コズミック様は······」
────『世界』の管理者故の、無限に近い膨大な魔力。それが全て敵の手に落ちた。
「待ってください······権限は、」
「大丈夫。だいたい危ないところで私が引き継いだから」
聞くに、もう敵はここを殲滅したものと見なして攻撃はしてこない模様。······そんな時に、二人が起きたのは僥倖に近いという。
蒼い瞳が、二人を熱心に見つめた。
【???】【phase5】
次第に王都は包囲され始めた。南でヴァンスの指揮により善戦を続けている軍隊、南東で単身敵の本陣を指して進軍しているカルトナ、それらを回り込むようにして機械兵達は動き始めた。
「······」
その様子を王城の天辺から眺めていたユノグは眉を曇らせる。その腕には、歴戦の相棒である宝剣が握られていた。
既に城まで届く戦禍の声、彼の肺腑を衝くには十分すぎたのだ。────しかし、王子が生まれてからまだ1年も経っていない。ここで生命を捨てるには早すぎる、とも思っていた。容易には動けない。そうしているうちに、民衆は次々と死に、捕らえられていく。
次第に心痛に堪えきれなくなったのか、そこを飛び降りてバルコニーに着地する。そして廊下に向けて歩き出す、その時。そこに、誰かがいた。
「······小僧。随分と優柔不断ではないか?」
────ユノグを小僧などと呼べる者は王国でも限られている。カルトナは稀に戯れで言うこともあるが、それよりも、この世界の誰しもを『小僧』と呼べる人物がそこにいた。
ドラム・ドラゴン。
ドラム公爵領、領主である。
「······随分と出し抜けな訪問ですね?」
ユノグはこの、龍人族にして吸血鬼でもある男に常々経緯を払っていた。自分の50倍は軽く超えるであろう相手の年齢のこともあるが、並み居る貴族連中の中でもドラムは、数少ない『まとも』な人物であるのだ。······それ故にやり込められる事も数度ではないのだが。
だが、今は貴方と話している場合ではない──というように、言い足す。
「貴方に構っている暇はないのだが······」
とだけ言っておいて、その右側を通り過ぎようとした。······のだが、直後。信じられないような言葉が左側から落ちてくる。
「王都の民を、我が領地に避難させてもいい······と言えば?」
「······は?」
「ワシは本気だぞ?······安心しろ、人口密度が低すぎて退屈してたところだ······小僧さえ良ければ何万人でも受け入れるさ」
足は止まっていた。······ユノグは少しだけ考えようとした。
その瞬間、外から一際大きい爆発音が聞こえてきた。──決断は早かった。
「そこで二人に頼みがある。······大陸に散らばっている『宝玉』······それを私たちに代わって集めてきて欲しいんだ」
その瞳のままで、二人に向けて真剣な頼みを向ける。
蒼の城跡地はしばし無音だった。
「でも──······私達······いや、私に出来ることって······」
スミレは迷っていた。自分が戦闘能力を持っているならいさ知らず、いくらネアが常にそばにいるとは言え、今や敵地と化した王都に行くなど無理がある。ましてや、まだ身体機能は完全に回復していないのだ。
だがアクアベルには備えがあった。即ち、生き残ったベルシリーズをダンジョンに避難させていたのだという。
「それに······多分、レジスタンスの皆もまさか協力しないとは言えないよ」
分が悪い賭けでもないんだよ、と彼女は続ける。現在、宝玉の在処は全て判明している。避難していたベルシリーズも、ダンジョンで経験を積んで前とは比べ物にならない程成長している。そして、もう一つ打っておいた手が、そろそろ芽吹く頃だという。
力説するアクアベルを目にして、スミレはまさか嫌とは言えなかった。隣にいるネアをちらと見ると、「スミレに任せるよ」という意味の視線を送ってくる。······覚悟は決まった。だが、
「いくつか、聞きたいことがあります」
紫色の目に真剣な光を宿らせて、スミレは姿勢を整えた。
「まず1つ目。私たちは、どのくらい眠ってたんですか?」
彼女は見ていた。木の家の各所に蜘蛛の巣がかかっていたことを。花の島の植物が、まるで無人島かのように、野放図に成長していたことを。数十年ではきかないだろう。
「······ショック、受けたりしない?······200年以上」
「「······!」」
二人に軽い衝撃が走った。当然ながら、ネアの方がショックを受けている様子だった。
「······ということは、ユノグとかは······」
「残念ながら。······でも、死因はそっちじゃないよ」
またもや跡地を沈黙が覆った。多少重苦しさが増しただけで、先程から全く明るい方向に進まない。
その時である。
アクアベルが突然立ち上がり、地面に杖の先端を打ち付けた。
「「······!?」」
スミレとネアは、恐らくその『本気を出した』アクアベルを見るのは初めてだっただろう。
「姿勢を低くして」
との声に、何も考えずに揃って伏せる。座っていた椅子は放り出されていた。
そのまま、数分。······何が起こっているのかはわからなかったが、妙に時間が長く感じられたことだろう。
「······ふぅ。もういいよ。······勘付かれたかな?」
気楽な調子でアクアベルは呟いた。その声に僅かな諦観を感じたので、ネアは慌てて割り込む。
「······今のは?」
「大規模索敵魔法。······実はあれ、常人どころか、魔力感度が高い人でも感じる事はできないんだよね。ちょっと反応遅れたけど······多分防げたと思う」
索敵魔法を防ぐ方法なんであるのか、と一瞬感嘆したが、気を取り直したスミレの質問は続く。
「······アヤメは?」
ただ、その返答は曖昧なものだった。
「わからない」
とだけ短く答えるアクアベル。嘘を言っているようには見えない。だがそれだけではさらに不安を煽る事になるかもしれないと思ったらしく、少しだけ付け加える。
「······少なくとも、新魔王の復活から数ヶ月の間は反応があった。······けど、気付いたら反応が無くなってた。捕まったのか、殺されたのか、生きているのか······わからない」
「······でも、あの子が簡単にやられるとは思えないよー」
ネアは憂いを湛えた表情に、僅かな希望を込めて呟いた。アクアベルもそれには賛成のようで、
「まあそうだね。······イエローベルの反応がまだ王都に残ってる。だいぶ弱ってるみたいだけど······捕まった訳じゃないみたい」
と言って、テーブルに何かを投影する。それは、地図へと整理された現状を記入したようなものであった。見れば、今まで王城があった位置には謎の巨大建造物が鎮座している。裏山にはクレーター。······そして、数多くある地区のうち一つ、一際人間の密度が高い場所に、『レジスタンス奪還』と書かれたものがあった。その中に宝玉の反応がある。
そしてさらに遠くに目を向けると、『ドラム公爵領』に大量の人間が居ることが分かる。そしてそこにも宝玉が一つ。
────そして今、スミレとネアに協力して宝玉を集める『ベルシリーズ』は、······オレンジベル、レッドベル、シルバーベルの3人である。
「······!」
その三人について、二人は知っている。あの騒動の後、ベルシリーズのほぼ全員と会話を交わしたのだが、今でも印象に残っている数人の中に彼女達は入っていた。
オレンジベル。ユノグに速攻で落とされたが、そのスピードと『大回転』の攻撃力は侮れない。
レッドベル。これまたユノグの機知によりカルトナによって倒されたが、物体を遠くから熱する力はどんな相手にも通用するだろう。
そして、シルバーベル。魔法を無効化する銀を自在に操り、あのカルトナと相打ちになった程の魔法キラーである。
ブルーベルが既に敗北して力を吸収されているのはかなりの懸念事項だったが、これでもこちらには頼りになる者がまだ居る。少しだけ元気を取り戻したスミレは、最後の質問に移る。
「······そういえば、宝玉って確か4つあったような······この地図を見ていると、2つしかないように見えますが」
それを聞いたアクアベルは少し思案していた。どう説明しようか、と言ったような表情である。
「あぁ、それは私が持ってる。······けど、今すぐどうこうはできないんだよね······」
「······どうしてですか?」
「宝玉を『起動』すると面白い事が起こるんだよ。······けど、宝玉は1つより2つ、2つより3つ、3つより4つ、みたいな感じで一緒に起動すると安定するんだよね」
滔々と説明していくアクアベル。
「······でも、宝玉はすごい魔力が凝縮されてるから······4つを一緒に保管していると、魔力が暴発する」
それを聞いてスミレは思い当たることがあるらしく、手を叩いて呟いた。
「······あ、だからあの後······」
「そういうこと。······まあ、2つでも起動出来なくはないんだけど。出来れば4つ集めてもらえれば助かるかな······って」
そう言ってアクアベルは説明を締めた。······付け加えて、仮に起動できたとしても、それが現状を打破できるかは五分だ、とも。
······『起動』することで何が起こるのかに疑問は残ったが、先程の索敵魔法のこともあり、これ以上ここに居られないことは分かりきっていた。
「今頃花の島にあの3人が着いている頃だと思う。システム的妨害結界はまだ残ってるから······今のうちに情報を共有しておくのもいいかもね」
彼女の言葉にも早く行けという意味が言下に含まれている。······もう行くしかない。
こうして、再び戦いが始まった。
【???】【phase6】
ゆっくりと、だが着実に、王都は暗黒に染まりつつあった。
しかしその中心というと────新魔王の配下、黒旗十手。いきなり一人を失った彼らは、カルトナ一人によって壊滅寸前にまで追い込まれていた。
「あいつ······」
「······『伝説』か。噂には聞いていたが」
リーベライヒの呟きに対して魔王は飄然たるものである。
「······魔王。ここは退いた方が良いんじゃないか······?」
危機感を感じてか、リーベライヒは先程迎えたばかりの魔王に向けてやや急いた様子で進言する。
だが、彼は相変わらず落ち着き払っていた。まだ幼い外見とその態度がアンバランスである。
「よく見ろ。私があそこに敷いておいた大量の瘴気······今も尚吸い取っている力で強くなってゆく瘴気。奴はそれを吸って歩いてきている」
「······!」
「······とはいえ気づいているだろうな。だから速攻をかけてきたのか」
そう言う彼が眺める先でたった今、隕石を落としたあの老人が電撃、氷柱、火炎球に射抜かれるのが見えた。
「こんなものか······」
澱んでいく瘴気と魔力の中心近くにまで立ち入りながら、カルトナはなお悠々と歩みを進める。その後ろには、幾人もの魔王の協力者······犯罪者達が倒れていた。
まだ彼は魔王、そして最後の中心人物であるリーベライヒを見つけることができなかった。その理由は、敵の周辺は一際瘴気が濃くなっているということもあるが、
「(······索敵魔法まで弱まるか。急がないとな)」
体を蝕む瘴気が、カルトナの魔法を少しずつ、だが存分に阻害していたのだ。ただ、それでも。荒れ狂った魔力の残りカスは、未だ盛大に空間を震わせている。
一際濃く、まるで濃霧のようになっている瘴気の向こうへと足を進める。すると、空気を切り裂く音を響かせながら、いきなり砲弾が飛んできた。
人体に向けるにはやや殺意が有り余るようなそれを横っ飛びで回避しながら、カルトナはそちらへと一瞬で狙いを定める。────まだ着地しないうちに、全身の魔力を込めたかのような火球を、撃った。
そして、全身を、
真後ろから、貫かれた。
【???】【phase7】
王城から、拡声魔法で住民に向けてのアナウンス。
『住民の皆さん!!!······王都に安全地帯はありません!ドラム公爵領に逃げてください!ワープ魔法が使える方で、まだ行ったことがない者はビーコンを貸しますので至急王城に来てください!その他の方々は紅林の並木道入口まで来てください!そちらは安全です!
繰り返します、······』
そんな内容の事が爆音で流されていた。しかも大規模拡散念話魔法により、耳が聞こえない者、寝ている者にまでその内容は伝わった。街が動き出した。────考えている暇などない。
「······あんな爆音で。大丈夫なんですかね?」
「どうなんでしょう······」
大聖堂にて、若いシスター達が不安そうに話している。彼女達は後方で、担ぎ込まれてくる重傷者達に対して前線では出来ないような回復魔法を施す担当だった。
元々重傷者の数に辟易していたところへこの騒ぎである。こんな空気になるのも仕方がなかった。だが、
「大丈夫ですよ。あの魔法には聖属性が付与されています。······魔王、そしてその魔力の下に入っている者達には聞こえません」
シスター達の後ろからそんな声。彼女らは振り向くと同時に、飛び上がった。
「ネ、ネム枢機卿······」
「はい。もう一度説明が必要ですか?」
大聖堂内でもかなりの地位を誇るネムの言葉である。シスター達はひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げた。
『も、申し訳ござ······』
「謝罪の前に、貴女達に伝達事項があります。今すぐ礼拝場へ来てください」
そう言ってネムはぷいと背を向けて別の場所に行ってしまった。シスター達の予想に反して、彼女は別に怒らなかった。ただ、その目に映ったのは、
「······枢機卿、ご様子がいつもとは違うような······」
「何があったのでしょう?」
「ひとまず行きましょうか。遅れると今度こそ怒られそうです」
[王国に迫る危機に対して、王は住民の避難という決断を下されました。つきましては、住民の護衛にと我々の助力を所望されております。次に命じる者には、住民達に······]
[······第7班。サリヴァン、ヒナ、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサ、そしてクリス。引率として、シスター・コトミ。第8班······]
そこに掲示されていた名前に、ネムという文字はなかった。
>>176
行きはアクアベルの力でカットされたが、帰りは自力で帰らなければならないスミレとネアだった。······索敵魔法が飛んできた場合の対処はしてくれるらしいが。
まだ身体が思うように動かないので、必然的に優れた身体強化魔法を扱えるネアがスミレを背負って帰ることになる。水の上を歩いて。
「スミレ、姿勢なるべく崩さないでねー?······走れたら安定したし早いんだけど······まだ走れないやー」
申し訳なさそうに言うネアに対して、スミレは首を振る。
「ううん。こっちの方が······あったかい」
「······そっかー。私も、この方がいいかな······」
そんなこんなで花の島まで戻ってくると、アクアベルの地図の通りベルシリーズの3人が集まっていた。
「はーい!オレンジベルだよ!2人とも、今回はよろしくね!」
「レッドベル。······まあ、がんばろうか。」
「シルバーベルだよ。ふふん、魔法対処なら任せて」
そんな感じで、普段とは何ら変わらない様子で彼女らは名乗る。しかしよくよく観察してみると、その瞳には様々な感情が蠢いているのがわかる。
「······」
その内心を察したスミレは何も言えなくなってしまった。────仲間の敗北、捕囚に対する怒り、悔しさ、絶望。『最後のチャンス』に向けた、投げやりともとれる熱情、希望、そして向け先を失った愛情が渦巻いていた。
ただ、戦場に出る前から意気消沈しているよりはマシである。ネアは頃合を見計らって先程の地図の写しを開いた。
「多分3人はアクアベルから聞いてると思うけど······まずはどんな感じで大陸に行くか決めようかー」
「そうだね。正面から行っても見つかって撃墜されるのがオチだから······オレンジベル」
「······き、聞いてるよ?」
無策に突っ込むのは言語道断である。この中で一番それをしでかしそうなオレンジベルに釘を刺したレッドベルだった。
「魔法対策では一番頼りになりそうなのがシルバーベルさんですよね。その銀ってどのくらいまで展開できるんですか?」
スミレの質問に対してシルバーベルは少しだけ考えていたが、
「うーん、あんまり広がらなきゃこの5人は守れるけど······」
と、どこか煮え切らない回答だった。見かねたレッドベルが何かしらの活路を見出そうと乗り出す。
「······シルバーベル。あれから銀を結構改良してたよね。そろそろその性能を教えてほしいな」
「······うーん······いいや。背に腹はかえられないからね」
シルバーベルの説明によると、色々と試行錯誤した結果、彼女が操る魔封の銀には様々な改良が施されたらしい。特に顕著なのは、もはやそれを近付けない程まで成長を遂げた、読心魔法や幻術などといった目に見えない『魔法の波』への耐性である。
ただ、如何せん一度に出せる量は変わらなかった、というが。······だが、ここにおいては関係なかった。
「······それ!シルバーベルさん、銀って切り離しても効力は続きますか?」
「え?うん、2時間くらいなら」
スミレはその答えを聞いて、
「近付けさせないくらいでしたら······小分けにして、5人がそれぞれその銀の欠片を持っていれば······読心魔法や索敵魔法を防げるのでは?」
「あ、そっか。なるほど······移動時間中はこれでどうにかこうにかして······」
動力があるとはいえ、花の島から大陸までは舟で1時間程度あれば着く。ならば水上を身体強化魔法をかけて走れば、効果時間内に大陸に着くことも可能な筈だ。
早速5人は準備にかかった。······その前に。
「オレンジベルさん、ちょっと頼まれてくれますか?」
ネアがスミレを背負って移動するということで、準備に少しだけ時間がかかっている、ちょっとした時間。
「なに?」
オレンジベルは怪訝な顔をしながら振り向いた。そんな彼女に対してスミレは単刀直入に言う。
「ちょっと、この辺りの草刈りを手伝ってくれませんか?」
数分後。
体を最大限まで沈め、人間の邪魔をするためだけに生まれてきたかのような高さの雑草を、回し蹴りで刈り取るオレンジベルの姿がそこにはあった。右足のみを刃に変形させることで最大効率での草刈りが実現している。
「······いっそこの辺全部焼いちゃう?」
「それだと地中に引っ込んでる花······不死身の花も燃えそうなのでちょっと······」
途中から様子を見ていたレッドベルがやや過激な呟きを漏らすも、スミレは苦笑して首を振る。
いつしかネアも準備そっちのけでこちらにやって来ていた。
また数分後。
「準備はいい?」
4人全員に銀の欠片を渡しながら、シルバーベルは一同に向けて訊ねる。
「大丈夫です!」「はーい」「おっけーだよ!」「いつでもどうぞ」
それぞれ、準備出来た由の返答をする。
前口上はなかった。オレンジベルが真っ先に「いっくよー!」と飛び出していき、それをシルバーベルが「ちょ、待って!」と追いかける。やれやれといったような感じでレッドベルも海の上へと足を進めた。
スミレはネアの背中へと抱きつき、その耳元に口を寄せる。
「がんばろうね」
「······うん。······じゃあ、いくよ。掴まっててねー
」
風はなかった。海は平穏に、凪いでいた。
初っ端から全速力で走り、後半にバテて歩いていたオレンジベルと、歩きだがスミレを背負って身体強化を三重にかけたネアはほぼ同時に大陸へと到達した。
見れば周囲は、薄く赤黒い瘴気に覆われている。
「これでも昔よりは薄くなったんだよ。······」
シルバーベルの言葉によると、一時期はカルトナですら長時間活動出来ないほどの瘴気で大陸が覆われていたというが────それだと奴隷が即死してしまう、ということでこの濃度になったという。
「······とりあえずは周囲の安全を確保しておく。正面は私がやるから、オレンジベルは左、レッドベルは右を。ネアはスミレを守ってて。二人とも捕まったら世界が終わっちゃう」
では来なければ良かったのではないか、とは行かないらしい。
三人は規律のとれた動きで駆け出していった。
「······200年かー」
自らの杖を取り出しながら、ネアはゆっくりと呟く。
「とりあえず今のうちに体ほぐしておく?」
「······どっちの意味で?」
「え?」
「え?」
そのまま微妙な時間が過ぎていく、······と思われたが、
ちょうど左前方にあった廃墟────あの三人の捜索から逸れたらしい────から、人型の、鎧を着けた『何か』が現れて、場が殺気立った。
向こうはこちらに明確な敵意を向けている。一歩下がるスミレと、それを守るように前に出るネア。
「······あれが『機械』なんだねー······」
弱い炎魔法を放つが、その鎧に容易に阻まれてしまう。
「もっと強い魔法撃つか、関節狙わないと······」
敵の弱点を一瞬で見抜いたスミレのアドバイスに、ネアは首を振る。
「······火力とか、精密さとか············衰えてる」
じりじりと彼我の距離が縮められていく。
この状況を打破するには、スミレの存在や衰えなどを無視して大魔法を撃つかなどだが、ネアにはそれは出来なかった。
────しかし、現状打破は想像もしない方向からやってきた。
キン、とやけに軽快な音を立てて、機械の首が落ちた。
一瞬。ネアですら辛うじて認識できた程の、早業である。
倒れ伏す機械の向こう側には一つの人影があった。······漆黒の髪を揺らした、金瞳に眼帯をつけた女性だった。
「······大丈夫でした?」
スローモーになっていた空気を強いて戻すようにして彼女は二人に呼びかける。言葉の雰囲気が明確に気さくな様子だったので、スミレとネアはほっと息をついた。
「「ありがとうございます······」」
「いえいえ」
女性はここで刀を鞘に納めた。······刀。もしや、と思ってネアは彼女に質問する。
「えっと······私たちに見覚えは?」
先程もそうであるが、敬語になったのは、女性の雰囲気が、明らかに自分たちの知らないものだったという理由がある。
そしてそれを裏付けるように、女性は小首を傾げた。
「······ありませんが。······あ、ひょっとして刀ですか?それならレジスタンスは皆持っていますので······それで誤解したのではないでしょうか?」
「······いや、わかりました。······ありがとうございます」
これで女性がレジスタンス側の人間だということ、そしてイエローベルがまだ生き残っていることが分かった。ただ、アヤメの行方は知れない。
と、そこで三方に散っていたベルシリーズの3人が戻ってくる。そして女性を見るなり、
「あ、イリス······ラッキー!」とオレンジベルが叫ぶ。
「ちょ、オレンジベル······こほん。ええと、イリス······どうしてここに居るのかはともかくとして、レジスタンス奪還地区に案内してくれる?」
シルバーベルがオレンジベルを窘めると同時に、彼女────イリスに用事があることを告げた。どうやらレジスタンスの中心人物であるらしい。
「この人達が機械に襲われそうだったので······と、用事ですか。最近機械の攻勢が激しいので······あまり歓待はできませんが」
「そのことなんだよ。この二人が、魔王軍を破る鍵になるんだ。······いつまでも防衛戦はしたくないよね?」
どうやら謙譲するらしいイリスに対してシルバーベルは詰め寄る。攻勢が激しいと聞いて、もはやのんびりしてはいられないという感じであろうか。
その勢いに押されたのだろうか────ともかく、6人に増えた一行は、レジスタンス奪還地区を目指すことになった。
道中ばらばらと機械が襲ってきたが、4人、そして「リハビリ」としたネアの活躍で特に何事もなく目的地へと近付く。
すると遠くに見える、巨大な物体。かつて王城があった位置の筈だが、それとは似ても似つかない、漆黒の要塞のようなものが鎮座している。
「あれですか?······要塞だったら、まだ良かったのですけど······」
そう言うイリスの口調は苦い。────恐らく、あれが『魔王』の本拠地なのだろう。
「「······」」
スミレとネアは何とも言えないような顔でそれを見ていた。
裏路地をいくつか曲がると、ふと開けた場所に出た。広場らしく、中央には枯れた噴水が取って付けたように置いてある。
人は数える程しか居ない。周囲の、分厚い壁も兼ねている住居に籠っているのだろうか。
ひとまず、広場に面した建物に5人は案内された。会議室を兼ねているのだろうか、椅子と机が綺麗に並ぶ建物だった。
「······早速本題に入りましょうか。どういうご用件で?」
全員が椅子に座ったところでイリスは口を開く。だいぶ真剣な口調である。······当然だ。レジスタンスは、既に全域が手に落ちた王都で唯一組織的な抵抗を行う集団である。今でもこの地区の外はかなりの激戦が繰り広げられている事は想像に難くない。
ひび割れた天井を一瞥したスミレはそのような感想を抱いた。
「まずは単刀直入に言うんだけど······宝玉をこっちに渡してくれるかな」
「······ほう?」
何のために、と問わんばかりなイリスの口調だった。とはいえそれは興味故のものであり、頼まれたなら仕方ない、という雰囲気である。
「詳しくはこっちも分からないけど······」
とシルバーベル。······アクアベルの目的は誰にも知らされていないようである。
それを見てイリスは少しだけ考えていたが、
「······はい、分かりました。元々何に使うかも分からなかった物です。······生かせるのでしたら、差し上げましょう」
話は一瞬でまとまった。
「少し待っててくださいね、」
そう言ってイリスは出て行った。······花の島を出発して以来、5人がのんびりできる時間がやってくる。しかし、
「······ごめん」
シルバーベルは真っ先に頭を下げた。そう、先程は偶然イリスに救われたものの────一歩でも間違えれば、スミレとネアはここに居なかっただろう。
「あっ······ごめんなさい」「こっちも。ごめんね」
オレンジベルとレッドベルも同じように頭を下げる。······実際、言い訳しようとすれば出来ただろう。今までこの三人は、誰かを守るように行動することを知らなかったに違いない。だが、それをしなかった。
スミレとネアは一瞬だけ目を丸くしたが、やがて顔を見合わせて微笑む。
「良いんですよ。······これから気をつけて頂ければ」
「······でもあのままだと捕まってたのでは······」
「いや、捕まらなかったとは思うよー。何せ私達だから、ねー」
謎理論である。······だがそれだけで二人には十分だった。この世界では、平気な顔をして奇跡が起こる。
そのまま数分が経ち、ふと足音が聞こえてきた。イリスか、と思ったが違った。ひょっこりと入口から顔を出したのは、少年であった。
「······?」
「······?」
入口から5人を眺めてくる少年と5人の間で、しばらく微妙な空気が流れた。遠くから爆音が響く中ではあるが────この瞬間は、ここは確かに無音だった。
やがて沈黙に耐えられなくなったのか、少年がこの部屋に入ってくる。そして開口一番、こんなことを言った。
「鈴のお姉さん······?」
鈴のお姉さん。······というと、間違いなくこの場にいるベルシリーズの3人のことだろう。
「······何で知ってるの?」
レッドベルは胸に抱いた疑問をそのままぶつけた。······要するに、その少年の態度が、自分達を初めて視たにしては、どこか違和感を感じるものだったのだ。
「知ってる、というか······色が違うね。黄色のお姉さんの友達······というか、仲間?」
少年は疑問に答えた。巨大な爆弾という形で。
たちまちシルバーベルが少年に詰め寄る。
······その様子を、いつの間にか帰ってきていたイリスが目を丸くして見ていた。
とりあえず少年は質問攻めにされた。······アクアベルの千里眼でも見えないものはあるらしい。ベルシリーズの中でもそこそこの地位である筈のシルバーベルの反応を見て、スミレはそう思った。
蚊帳の外に置かれたスミレとネアの二人は、丁度同じような様子で突っ立っているイリスを見つけてそちらへと寄っていった。
「······あの男の子は?」
「あの子は······ティケッツといいます。一週間前に両親が殺されたんですが······気丈な子ですよ」
「······」
迂闊な質問をした、とスミレは一瞬だけ絶句する。イリスの答える口調が何でもないような調子であったのも、それを深刻なものにしていた。
慣れているのだろう。王都にいる人々の殆どが隷属階級に落とされた中、抵抗を続けるレジスタンスのリーダーとしては······こんなことでいちいち動揺してはいられないのだ。
「そういえば、さっきあの子が『黄色のお姉さん』って言ってたけど······何か知ってるのー?」
こういう時ネアの性格は役に立つ。イリスですら救われたかのような顔をした。
「はい······そうですね。だいたい······いや、何年前かは忘れましたけど······肌以外ほとんど黄色な、妙な格好をした人が、この地区に迷い込んできたんです。首に鈴を付けていたので、不思議だなとは思ったんですが······」
そこでイリスは未だにわちゃわちゃしている方を見て、
「······そこに居る方達の仲間だったんですね。······良いでしょう。丁度その方は······宝玉を安置してある方向にいるのですよ。ついでに案内しましょうか」
話は一瞬でまとまった。今度はティケッツ少年に群がっていた三人が、事の急展開に目を丸くしていた。
建物から出た瞬間であった。風切り音が聞こえたと思えば、正面にある広場へと、砲弾が直撃している。石畳が割れ裂け、剥き出しの地面が隙間から見え隠れしていた。
「こ、これは······?」
ここにいるメンバーの中で、唯一王国の技術しか知らないネアは思わず飛び退いた。
「······見た通りですよ。これを食らえば人体どころか最悪建物が吹き飛ばされます」
前を見つめつつ、唾棄するかのようにイリスが答える。
「とりあえず急ぎましょう」
その言葉に頷いたスミレではあったが、もう少し砲弾をよく見ておきたいという気持ちもあった。······この時代にしては、その球形がやけに綺麗に見えたのだ。
しかし、今はそのような場合ではない。身体強化の魔法が全員にかけられ、一行は地区の深部へと向かう。
いくつかの路地裏を駆け抜け、やがて一行は地区の奥へ足を踏み入れる。
そこには緑があった。半ば崩れかけた建物に囲まれ、まるで木漏れ日のように陽の光が射し込む。苔や低木、蔦、雑草と取り合わせは決して良くはなかったが······それでも、この空間がもたらした影響は馬鹿に出来ないだろう。
まだ道は続いていたが、ここで一旦足を止めた。そして、
「······」
一体何時から居たのだろうか。スミレがふと辺りを見回した時────黄色の少女が、壁に寄りかかって立っていた。
勿論。彼女こそ、ティケッツ少年が言っていた者······イエローベルであった。
再びイリスが「ちょっと待っててくださいね」と言ってこの場から離れる。空気を読んでいるのか、それとも他に何かがあるのか。そこまで考える余裕はなかった。
スミレとネアは元より────ベルシリーズの三人も、久々の再会を喜んだ。
「うん······みんな、久しぶり」
そう呟いたイエローベルの口調には覇気がない。怪我をしているらしい、と直ぐに見抜いたのはネアだった。
「とりあえず言いたいことは色々あるけど······何から聞きたい?」
ネアの目には頓着せずにイエローベルは言葉を繋げる。あくまで事務的なところが彼女らしい。
「······アヤメの居場所について······何か知ってる?」
ネアの質問はいきなり深刻であった。聞かれた方が一瞬表情を消す程に。
「············結論から先に言うと、わからない。······でも、多分······あの子は生きてるし、捕まってないと思うよ」
そして、それの回答もだいぶ深刻なものであった。付け加えられた言葉も、主観的な希望的観測に過ぎないものである。
結局アヤメの事については分からなかったが、イエローベルが語ったのは次のような事だった。
即ち、怪我をしたアヤメを助けて行動しているうちに、自分も戦闘の最中で何度も怪我をしたこと。
コズミックが捕らえられたことにより、傷の回復も死亡した時の復活もだいぶ遅くなったこと。
それでも100年は何とか耐えていたが、ついに二人とも動けなくなったその時、イリスによって助けられたこと。
自分は武器を作り出してイリス率いるレジスタンスを支え、そして動けないアヤメの治療にも専念していたこと。
やがてアヤメが回復して、一緒に戦闘に参加できるようになったこと。
······だが、彼女は、いつか「ドラム公爵領の支援に行く」と称して内緒で抜け出し、それから行方が知れないこと。
そして、既にこの大陸全体は、下手な念話魔法や読心魔法は使えなくなっていること······
花の島を出て以来、何度目かもわからない沈黙が訪れた。
「ちょうど皆も宝玉探してるんでしょ?······だから······ドラム公爵領、行ってみたらどうかな?」
場に流れる沈黙を見かねるかのように、イエローベルは言った。と言うより、呟いた。
まるで自ら言い聞かせているかのような調子に、嫌でも動かなければ行けないのは五人である。
「そっか······分かった。情報ありがとねー」とはネアの声である。
沈んだ空気を無理やり浮上させようと語尾をいつも通り伸ばした。······のだが、それが僅かに上ずっている事にスミレは気付いた。
ひょっとしたら、ネアは何かに勘づいたのだろうか。大事な時に鈍であるスミレには、隣にいる彼女の手を握ることしか出来なかった。
「······では、皆さんはドラム公爵領に行く、ということで宜しいのですね?······」
いつの間にかイリスがやって来ていた。僅かに寂寥感のある言葉と共に。
「イリス。······」
オレンジベルはその様子を見て何かを感じたようで再び黙る。彼女らしくもない、と思った者も居たが、それを口には出せなかった。
「あぁいや、すいません······もうここもほとんど人が居ないもので······数時間とはいえ、皆さんにお会いすることができて、楽しかったですよ······」
レジスタンスの現状をそのまま反映したかのような悲痛な口調であった。それで、今までイリスが何度も席を外す理由も分かった。······魔王の攻勢に押されているのだ。
確かにイリスは戦闘が上手いようではあるが、それでも指導者として、何度も最前線に出るようではここもそう長くはないだろう。見たところ傷は目以外にはないものの······今の言葉といい、いつか戦いで倒れそうな程の危機感を感じる。
かと言って、それをどうにか出来る状態では······
「じゃあ私が残るよ。······イエローベルはどうする?」
その時、そう口を挟んだのは、レッドベルであった。
レッドベルの言葉が、全員の動きを止めた。
イエローベルはしばらく面食らっていたようだが、それでも顔を上げて抗弁を試みる。
「······ちょっと待って。レッドベルって確かスミレ達の護衛に派遣されたんだよね······?」
「そうだけど?」
「······じゃあ駄目だよ。代理とは言っても······今はアクアベルが『管理者』なんだから。従わないと······」
「まあそうだね。······でも、その時の判断である程度自由に行動してもいい······とも言われたんだよ」
冷静なのはレッドベルの方であった。普段はイエローベルがその立場に立っているが────焦燥からか、簡単に論破出来そうにも見える。
勿論論破と言っても、する方は口だけではない。行動を伴う保証が確実にあるのだ。
「······判断、かぁ。どの辺にそれを感じたの?」
軽く息を吐いてイエローベルが尋ねる。どちらにせよ、会話は早目に終わらせるべきだと判断したのかもしれない。
「ここに来るまでに分かったんだけど······ネアの調子がどんどん上がってきてる。スミレも身体強化は必要だけど十分動けるようになってきた。ドラム公爵領に到着するまでにやられるとは思えない」
「······信じていいのかな?」
「うん。······で、イエローべルはどうするの?」
レッドベルはそこで黙らずに続けて質問をした。対する相手は、少しだけ口を閉じて考え込んだ。
このままここに留まることの危険、怪我、恩義、貢献······様々な事柄が脳裏に閃く。
「······いや、私はここに残るよ。恩義もあるし······皆に武器を供給しないとだから」
それを聞いてレッドベルは笑った。
「よし、······じゃあ決まりだね」
ほとんど捕まるも同然の決断をしても、彼女達の表情は晴れやかであった。
「······じゃあ二人を頼んだよ、シルバーベル、オレンジベル」
「こっちこそ。もし危なくなったら何時でもドラム公爵領に来てね。······イリスも」
シルバーベルは既に切り替えていた。今までまじまじと一同を見つめていたイリスにも声を掛ける。
「······え、っと······はい、分かりました」
彼女はこくこくと何度も頷く。そして辺りを見回して、
「あ、そうそう。案内としてティケッツ少年を付けましょう」
とおもむろに言う。
······何でも、彼だけが知る抜け道があるのだと言う。無論その方向には機械が殆ど居ない。
「······分かりました。ありがとうございます。······どうか、ご無事で」
「こちらこそ」
スミレとイリスは互いに手を握って無事を祈った。
それから約1分後、一行は既に森の中に居た。
「······お姉さん達、着いてこれてる?」
「勿論。······それにしても随分慣れてるね······」
「まあね。ここは何度も通ってきてるから」
抜け道を先導するティケッツの足には迷いがなかった。シルバーベルの質問に対してもさらりと答える。
······イリスから聞いた出来事の余韻など、全くと言っていいほど感じられなかった。
「······」
スミレは一行のおおよそ真ん中で早歩きをしていたが、ふと右手を見る。それは、丁度イリスと握手をした方の手だった。
「······どうしたのー?」
それを見つけてネアが声を掛けてくる。はっとしたかのようにスミレは首を振った。
「······いや、何でもない。······でも、何か······」
「······だよねぇ······」
不思議な感覚を下手な言葉で訴えたのだが、何故かネアには伝わった。愛故の以心伝心、という以前に、恐らくネアもイリスから何かを感じていたのだろう。
「それに今考えてみれば、どうしてイエローベルが動かなかったんだろう······とか」
「確かにあの子は義理とかそういうタイプじゃ無さそうだし······何かありそうだねー······」
「あ、ちょっと」
次第に二人が考察の深みに陥りかけていたところ、それを切る声があった。シルバーベルである。
「······どうしたのー?」
「そろそろ外に出るって。······で、ティケッツをどうしようかの相談なんだけど······」
どうするか、と言っても取って食う訳ではない。彼をドラム公爵領に連れて行くかどうかの話らしい。······他の三人の会話は聞いていなかった二人であった。
「······ティケッツ君はどうしたいって言ってました?」
「一応戻りたいとは言ってるけど······」
「······」
少し不安げな様子で顔を見合わせた。
······小休止。一行は静かな小道の広場にて休憩をとる。
「もうここから先曲がり道はないよ。抜け道から出ても······そのまま直進すればドラム公爵領に着けるから」
今すぐにでも戻りたいような雰囲気を漂わせているティケッツの言葉だった。
「······で、ここから先ティケッツ君はどうするの?」
「帰るよ。レジスタンスの地区に戻ってこれまで通り過ごしていくんだ」
そこへネアが口を挟む。
「······イリスには何か言われたの?」
「いや?別に何も······それが?」
まだ若いティケッツには、その意味が理解できなかったらしい。
「······じゃあ、帰ってこいとは言われてない訳だ」
「······!?」
恐らくイリスは、ティケッツを送り出す際にわざと何も言わなかったのだろう。それをこうしてネア達が利用する事も分かっていたかも知れない。
「······でも、行けとも言われてないけど」
ティケッツは抗弁を試みた。······無言は解釈しだいでは雄弁になり得るのだ。しかし、
「いや、帰ってこさせない方が良いって言ってたよ」
そこで久々に口を開いたのはオレンジベルだった。彼女は続ける。
「若い人達には未来がある。だから一人でも避難させたいんだ······って。両親の形見も持たせてるから、そこは大丈夫······だって」
「············」
ティケッツはその言葉を無視出来るほど勇敢でも無謀でもない。······ついには、折れてしまった。
「······分かった。分かったよ。······生きるよ······」
彼もまた迷っていたのだろう。その決断の後は、心做しか足取りがしっかりしているように見えた。
「······じゃあわかった。抜け道道出るまでは僕が先頭になるよ。そこからは危険だからお姉さんのうち誰かが先頭になって欲しい。どうせ真っ直ぐだから······」
「大丈夫。私が先頭やるよ!」
ティケッツの声に意気込みを返したのはオレンジベルであった。······確かにペースは乱されそうではあるが、先頭には適任だろう。
そして一行は方針が決まると直ぐに出発した。
「······でオレンジベル。さっきのイリス云々は本当なの?」
「いや?」
ふと横に来たシルバーベルの問いを、オレンジベルは明快に否定してみせた。
「全部私が適当に作って言った。······形見のところはそれとなくイリスから聞いたんだけどね」
「······」
シルバーベルは息を呑んだ。一見馬鹿のように見えるこの少女は、ひょっとしたら特定の場面で頭脳が覚醒するのかも知れない。しかも返答もしっかり小声である。
······ベルシリーズの一員として、誰よりも知っていた筈の仲間達が······このような状況に置かれて、それぞれの能力をより高めているのだ。もしコズミックがこれを見ていたら······きっとあのよく分からない笑みではなく、本心から笑って見守るのだろう。
よく分からない感情が芽生えるのを実感しつつ、彼女はオレンジベルの顔を見つめた。
────やがて、左右を覆っていた建物や木々が少しづつ少なくなっていくと同時に、二人はゆっくりと警戒を強めていく。その距離は、普段より近いように見えた。
「ここから外だよ。······機械どもにバレたらまずいから、急いで越えよう」
「りょうかーい!」
ティケッツの声が終わるか終わらないかのうちにオレンジベルが先頭に躍り出た。
途端に早くなるペースに、全員は必死になって追いついていく。それでも追いつけるペースにしている······とは、やや好意的すぎる見方かもしれない。
────そのまま数分走った時だった。
「······ちょっと皆いいー?」
突然ネアが呟き、全員に何かしらの魔法をかける。
「これは······認識阻害魔法······?」
魔法に伴う光の粒の色から使われた魔法を判別したスミレだった。
「うん。······誰か······いや、何か来る。敵意はないけど······今のところは」
「えっと······こんな荒原に、人が······?」
オレンジベルを呼び止めつつ、シルバーベルが呟いた。
「さあ······。どうするー?やり過ごす?それとも······」
とのネアの声に首を振ったのはシルバーベルだった。
「いや、もう遅い。······気付かれてる。とりあえず、機械ではないんでしょ?······魔力吸収か、洗脳されてない人は奴隷化されてるんだって。······なら、もしかしたら話は通じるかもよ······?」
はっと周囲を見回すと、遠くから二つの人影がこちらに近付いてくるのが見えた。
······もう採る手段は少ない。全力で警戒しつつ、一行はやってくる者を瞳に捉えるのだった。
「誰だ!」
やってきた者は青年と、全身をフード付きのローブで覆った女性だった。
「······」
こちらの台詞だ、と言いたくなるのを抑えて、シルバーベルは相手の観察に努める。
青年の方は精悍であり、腰に無造作に差している剣も相まって中々強そうに見える。······恐らくは、機械と遭遇しても苦もなく倒していったに違いない。
女性の方は······というと、これがよく分からない。フードを被っているというのもあるが、何か······『知る事を拒否されている』としか言いようのない雰囲気が、彼女の周辺を覆っているのだ。
「誰だと聞いている!言わなければ······」
シルバーベルの思考は青年の大声で中断された。
「······うるさいなぁ。そんなに高圧的な態度だと、教えてもらえるものももらえないよ?」
と、適当に言うシルバーベル。それを受けて青年は黙ってしまった。
「っ······」
······この青年は一体誰なのだろうか?
言葉を交わすまでは特に何とも思わなかったが、今や全員がその事に注目していた。態度といい、服装といい、どうも一般人のようには見えないのだ。
「まぁまぁ。こんな荒原で偶然誰かと会えたんだし······口論してても始まらないよー」
仲裁に入ったのはネアである。のんびりした、だが確実に冷静な口調が、下手をすれば一触即発になりそうだった場に春風を吹き入れる。
「そう······だな。すまない」
「こっちこそ。······でも、まずはそっちから名乗ってもらいたいんだけど······」
「······あぁ。俺の名前はアレク。真人族で······世界を救うために旅をしているところだ」
世界を救う。······随分と大言壮語を吐くものだ、とはこの場の中で何人が思ったのだろうか。
「······で、こっちはペレア。何でも、ホワイト······サキュパス?って言うらしい。人間には害を与えないらしいから安心しろってさ」
アレクの紹介に従って、ペレアと言うらしい女性はぺこりと頭を下げる。······よく見れば、フードの合間から悪魔的な耳が覗いている。
「うん。······で、世界を救うって言ったよね?······誰かから言われたの?」
シルバーベルの隣に進み出てきたオレンジベルはそう問いをぶつけた。正直言って不謹慎である。
「いや、自分の意思······でもないな。神の声が聞こえたんだ······『世界を救え、君は勇者だよ』ってな」
「「「······」」」
これを実際に聞いた一同の心境は分からない。ジャンヌ・ダルクのようだと思ったスミレや、変なのと思ったネアとティケッツもいる。
······しかしいつか、その言葉の意味を知ることになる時がやって来るのだ。
アレクとペレアへの自己紹介は極めて簡素なものだった。急いでいる、ということもあるが、あまり個人情報を露出してしまっては何が起こるか分からないのである。特にシルバーベルとオレンジベルは、お互い全員と示し合わせて偽名を使うという徹底ぶりであった。
「······そうか。これからドラム公爵領に······」
「うん。そっちは?」
「俺らはレジスタンスの所に行くつもりだ。用事もあるしな」
「······あそこ、そろそろ危ないらしいですよ。用事があるなら急いだ方がいいと思います······」
アレクはどうやらレジスタンス本部に行くらしい。スミレは一応それについて注意喚起した。
「ああ。······さて、引き止めて悪かったな。無事を祈る」
「こっちこそ。また会えるといいね」
アレクは豪快に手を振り、ペレアは軽く会釈をして去っていく。
後には、今まで通りの荒原が残されていた。
「······何だったんだろう」
「味方······なのかなー」
スミレとネアは、去っていく二人を見送りつつ互いに呟いた。どうも再び波乱が加わりそうだ、と言いたげである。
「まあアレクの方には多分敵対心はないと思うよ。······でも、連れてたもう一人がちょっと怪しいなぁ······」
シルバーベルがそこにやって来てそう話す。訝しがっている、と言うほどでは無いものの、どうも引っかかる、という様子である。
「······まあ、今から考えてても始まらないよ!······それより!」
と元気のいい言葉を発したのはオレンジベルである。······確かに彼女の言葉は一旦全員を鼓舞することにはなった。しかし、それに続いた発言が問題である。
「話してる間に方向忘れた!ドラム公爵領って······どっちだったっけ?」
「······はぁ!?」
思わず乱暴な口調になってしまうシルバーベル。
「えっと、いや、その······ごめん!」
何かを言おうとしていたようだが、悲しいことに語彙が足りなかった。それでこの状況はどうにもならないが、ひとまず謝罪をする。
「ごめんって······このままここで立ち往生してるといつか機械に囲まれるんだよ!どうしよう······」
「ま、まぁまぁ落ち着いて、お姉さん達」
見かねて間に入ったのはティケッツであった。
「念の為僕が目印を付けておいたんだ。ほら、この石を見て」
彼が下を指差すと、そこには2つの石が並んでいた。
「えっと······こっち側から来たから······うん、あっち側!まっすぐ進んで!」
それで二人は黙って顔を見合わせる。
「······シルバーベル、ごめん。あとティケッツ君、ありがとう」
「私もちょっと熱くなっちゃった······。私からも。ティケッツ君にありがとう、だね······」
連続する厄介事を乗り越え、一行はドラム公爵領へとひた走る。
このまま荒原が続くのか、と思われたが、いつの間にか草がまばらに生え始めていた。その草もやがて芝生のように一面に広がり、草原を形成する。
また数分間進めば、木がまばらに生えるのが目に映ってきた。その木もやがて集まって林を形成し、林は次第に森へと変貌する。一行はいつしか森の中を歩いていたのだ。
今までは視界の端に機械が映ることも多かったが、ここに来れば木々で遮られていることもあり、殺気というものはほとんど感じられなくなった。······機械が皆無、という訳ではないだろうが。
『真っ直ぐの道』は不思議なことに前を遮る木がほとんどなかった。分かりやすいものである。
「そろそろ見えてくるかな?」
シルバーベルが列の中程で呟いた。
「何か標識とかあるんですか?」
ふと呟きを耳にしたスミレはそう尋ねる。
「いや······標識というか。まあ行けばわかると思うよ」
返ってきたのはそんな曖昧な答えだった。何か奇抜な建物でもあるのだろうか?などと考える彼女だった。
「······でもまさか結界くらいは張ってるよね?流石にこの状況じゃ······結界なしでは守れないよ」
「うん、その通り。······まあ行けばわかるよ」
『行けばわかる』との台詞を繰り返すシルバーベル。とはいえ知りたいものは仕方がないので、少しだけ教えてくれた。
「ドラム公爵領には、ものすごい結界が張られてるんだよ。誰が張ったのかは私にも分からないけど······多分凄腕の結界魔法使いでもいるんじゃないかな?」
結界魔法使い、と言えば即座に思い浮かぶのはアリシアである。······だが、彼女は、恐らく······
と、先頭を行くオレンジベルが突然振り返って声をかける。
「見えてきたよー!······ほら!あの結界が覆ってるところ······あそこからがドラム公爵領!」
彼女に追いついて眺めてみると、確かに巨大な、そして頑丈そうな結界が見えてきた。······いよいよ、物語が進むのである。
程なくして一行は結界の前に辿り着いた。半透明なので内部は一応見えるものの、分厚いことと僅かに青い色合いのせいで極めて見えにくくなっている。
「ここ······入るにはどうすれば?」
たった今オレンジベルが手を触れたところ、思いっきり弾き飛ばされたのを目撃したスミレがシルバーベルに質問する。
「ベルシリーズはこのままじゃ入れないんだよ。······でも、三人はそのままでも多分入れると思うよ。試しに手を入れてみて」
半信半疑な様子でネアは結界に手を触れてみた。······すると、ぬるっと手が吸い込まれる。
「ひえっ」
軽く悲鳴をあげてしまう彼女を見て、一体どんな感覚なのだろうと少し躊躇するスミレ。
しかしもたもたしていては後ろから機械が来るかもしれない······と思い手を差し入れてみると、まるでゼリーに手を入れているかのような感触である。声こそ出さなかったものの、一瞬背筋がぞわっとしたようだ。
「そうなってるんだ······」
とのオレンジベルの呟きには耳を貸さず、ネアは一旦シルバーベルを見やる。その口から出た指示は次の通りだった。
「······とりあえずそのまま入っちゃって。私達が入るまでは動かないでね」
「はーい」
そう返事をすると、躊躇なく結界の内側へと入っていくネアだった。最初の方に上げた悲鳴は何だったのだろうか。
······ただ、ネアが迷わず結界の内側へと入っていったのは、スミレにとって逆に救いでもあった。そのお陰で、勇気が出せたのだから。
およそ1メートルに及ぶゼリーを通り、すぽんと結界の内側へ抜ける。この時スミレは少し勢いをつけすぎたのか、出た瞬間にバランスを崩して前のめりになる。
ただ、丁度そこにネアがいた。
「うわっとと······」
二人して倒れ込む、ということはなかったが、受け止めたネアもスミレと一緒によろめいてしまった。
「······えへへー」
まあ、これなら大丈夫だろう。
そのうちティケッツも真顔で入って来、後はベルシリーズの二人を残すのみとなる。
内側から外は、その逆と同じように極めて見えにくい。ぼんやりと人影のようなものは見えたが、何をしているのかまでは分からなかった。
しかし。結界が円形に抉れたのを見た瞬間、内側の三人はシルバーベルが何をしたのかを瞬時に理解した。
その手には銀の銃。······かつてカルトナや、新魔王を封印していた結界に向けて使用した、魔封じの銃である。それを使って、結界に穴を空けたのである。
「乱暴だなぁ······」
オレンジベルが苦笑した。······だがその直後、彼女もシルバーベルに手を掴まれ、引っ張られるように結界の中へと入っていた。
······さて、ここで一行は結界の内側へと意識を向ける。
そこは、集落だった。
林と民家が共存し、数世代にも渡って受け継がれてきた建物があちらこちらに存在する、歴史ある町だった。
······ドラム公爵領。今や人類最後の町とも言える、箱の中の世界である。
「ここが······」
ティケッツが呟いた。
恐らく、人類最後の町と聞いて、もっと深刻な様子を想像していたのだろう。
「······ドラム公爵領。······ここならやっと落ち着けるかな······」
珍しくシルバーベルがそんなことを口にする。それだけここは安全だという認識があるのだろう。だが、スミレとネアはそう簡単に止まる訳にはいかなかった。
「······「まず、どうすればいいのか教えて」ください」
見事に声が揃った。シルバーベルは面食らった体で頬を掻く。
「って言われてもね······」
と呟いた所で、お腹が鳴った。
······そう、忘れているかも知れないが、ベルシリーズにも不死者にも空腹の概念はある。今まで張り詰めていた空気が急に弛緩したので、これも仕方ないことなのである。
その音を聞いてオレンジベルはまたも苦笑を浮かべた。······だが、スミレとネアは顔を見合わせる。
「······まあ、すぐに行動するとしても、ここに来た以上、色々と話さないといけないこともあるし······まずはみんなでご飯食べようよ。そのくらいなら、レジスタンスも結界も持ちこたえてくれるよ」
シルバーベルは取り繕うようにして言った。······しかし、それは十二分に健全な提案であった。
今日は何かの行事があるらしく、露店があちらこちらに出ている。
その喧騒の中でも、俊敏なティケッツが席を確保したお陰で、五人全員が久々にまともな食事にありつくことができた。
『いただきます』
「えっと······いただき、ます?」
ティケッツは見よう見まねで四人の仕草を真似する。······実際のところ、これはスミレが決めたマナーであり、シルバーベルとオレンジベルはそれに乗っかっているのに過ぎないのだが。
ピザとチーズたっぷりなサラダを一通り食べ終わったら、五人は再び真剣な顔に戻る。
そして話し合いを再開しようとした、その時だった。ふとスミレが顔を上げたかと思うと、
「あれ······?」
人混みの向こうの方に、誰か居るのを認めたらしい。······ネアもそれに釣られて顔をそちらに向けたかと思うと、
「あ、あの人は······」
と驚きを込めて呟く。
それについていけないのはベルシリーズの二人とティケッツだった。
「······え?······どこ?」
「あの人がどうかしたの?」
「······?」
この場の過半数が混乱している中で、ネアは声を張り上げた。向こうに届くように。
「アリサさーん!······シスター・アリサ!!」
シスター・アリサ。
そう呼ばれた彼女も、ここに居る五人を驚きの表情で見詰めていた。
「······で······」
困惑と感激と衝撃が混ざり合った表情を浮かべながら、アリサが五人の所へやって来る。
最初に現状整理の意味を込めた呟きを放つも、それから二の句が継げない。ただ五人を均等に見詰めて、目を白黒させているだけである。
「何でここに······ですか?」
スミレが彼女の台詞を代弁すると、彼女はこくこくと頷いた。
「何でここに······って言われても、どこから説明すればいいんだろー······」
「えっと、」
ネアが率直な感想を浮かべると、アリサは食い気味にそこへ割り込んだ。
「えっと、ですね······ひとまず、貴女二人がそういう存在なのは存じています。そちらの鈴を付けた二人も、神の使い······ですよね。この男の子は······まあ、保護した······と解釈しています。私が聞きたいのは······どんな目的を持ってここに来たか······です」
彼女は時々つっかえながら早口で言った。
······さて、記憶にないという方も多かろう。シスター・アリサについて、おさらいをしよう。
彼女はここ、ドラム公爵領のシスターであり、ここにある教会を実質まとめている存在である。
彼女は勇者の遺品に祈りを捧げた四人の聖職者の一人であり、またドラム公爵領に到着した宝玉を保護する者でもあった。そう、あの時コトミとクリスが長い道を歩いて運んできた、灰色の輝きを放つ、宝玉。
あの時から虚弱そうに見えたが、何故か今でもそのままの姿を留めている。スミレとネアは祈りの現場ではっきりと目視したため、今ここで、彼女の姿があの時からほとんど変わらないということをすぐに認めたのだった。
それでも特に何も思わないところを見ると······最早慣れてしまったのだろうか。
さて、宝玉を集めているという話と、それに付随する形でここまでの経緯を軽く聞いたアリサは、軽くため息を吐いた。
「はぁ······お疲れ様です。······良くぞここまで······」
「いえいえ······色々な人の助力があったので······」
スミレは心からそう言った。勿論微妙な表情を浮かべるベルシリーズの様子も知った上で、である。
「······では、とりあえずティケッツくん······ですよね?······は、こちらで預からせて頂きます。仕来りがありますので一応領主に諮りますが、······まあ大丈夫です。······で、宝玉についてですが······一日待ってください」
ティケッツの問題が解決して胸を撫で下ろす一行だったが、その次に言われた事には首を傾げる。というのも、説得しようとはしたが、アリサの様子から、どうしてもすぐの引渡しは不可能だということが察せられたからだ。
「······この祭りに宝玉がそれなりに関係しているのです。······明日になればお渡しできますので······」
その説明を聞いて、納得した。······確かに、このような状況下においては、祭りをするにはそれだけの理由が必要なのである。
ついでにアリサは町を案内して回ることを約束してくれた。······どうやら、つかの間の安息はまだ続きそうである。
「······さて、どこからどうしましょうか······」
アリサは二人に向けてのんびりと言う。······二人というのは、スミレとネアのことである。何せ安全さが今までとは天と地ほども違う。そのためベルシリーズの二人とは、明日は教会の前で落ち合うとの約束を交わし別れたのだった。
「とりあえず······何か質問はありますか?ほとんど聞いた話ですけど······答えられるものには答えますよ」
ゆっくりと歩きながらアリサは言った。
ネアはそれに敏感に反応する。
「うんー······聞きたいこと、いくつかあるんだけど······まずは、ここの結界について。······誰が張ったの?」
結界。町を守る、あの青色の分厚い膜。あれほどの大きさ、あれほどの分厚さ······生半可な結界魔法ではとても間に合わない規模の結界である。
それを誰が張ったのか······ネアだけでなく、スミレも気になっていたことである。
「あー、あれは······誰、というか。王都から逃げてきた六人のシスターが、王子と一緒に持ってきた魔石······そこに込められていた結界魔法によるものです。誰が付与したのかは分かりませんが······相当な能力を持っていたようですよ、その人······」
アリサは滔々と述べる。しかしそれを聞いた二人の反応は、いずれも驚天動地と言っても相違なかった。
「王子······?六人のシスター······?あと······」
やっぱりアリシアさんだ、との声は出てこなかった。······だが、魔石に付与してシスターに手渡したのだとしたら······彼女は、あえて······
そこから先は考えないことにした。それにしても、
「シスター、というとー······」
「······はい。もう200年も前のことになりますので······申し訳ありません、名前は忘れてしまいました。ですが、今でも当時のことは······鮮明に覚えておりますよ」
アリサは瞑目した。
【!!!】【phase1】
とある場所。
黒、と言うより褐色や灰色、濃緑色を基調とした風景が広がる廊下。そこをピンク髪の女性がのんびりと歩いていた。
禍々しい雰囲気の空間ではあるが、彼女は気にも留めない。······何故なら、そここそが彼女達の居場所なのである。
新魔王の居城、『魔戦車』────それがここの名前だった。
そんな彼女は前方に何かを発見し、足を早める。
「あ、魔王様。ちょっと報告が」
というか、魔王だった。このピンク髪の女性は魔王の配下なのであろう。
「どうした?」
「ちょっとオーバースコープで遠くを眺めてたら大発見が」
「······?」
オーバースコープ。スコープというくらいだから遠くを見られるものであろう。それで発見となると、
「鈴の少女の残党を確認しました。二人······です。」
「レジスタンスにも一人入っただろ。······これで全部か······」
「鈴は全部ですね。」
「何処へ行った?」
「二人はドラム公爵領に向かいました。また、別の人間を3人ほど連れてましたが」
「あそこか······」
魔王は心底厄介そうな顔をした。ドラム公爵領の結界の効力は確かなようである。
「あそこはまだいい。今まで通り適当な機械に散発的な攻撃をさせてやれ」
「承知しました。······というよりなんで私に?御前会議で言えばいい話ですよ」
「······」
めんどくさいなこいつ、と言わんばかりの魔王の表情である。正論ではあるがロマンが足りない、との意味も込められているだろう。
「それより問題は連れていた3人です。一人はただの男の子でしたが······もう二人が問題なんですよね······」
「何だ?簡潔に言ってみろ」
「はい。片方はあの魔法使いに匹敵する程の力を持っています。もう片方は······わかりません」
「ほう······そいつを捕らえたらもう終わりだな。······で、分からないというのは何だ?」
魔王はまず前者の方に興味を示した。······あの魔法使いというのは、おそらく······
しかし、もう一人が分からない。彼はその詳細を聞きたがった。
「分かりません。詳細が確認できないんです。······なぜか」
「······は?」
「捕まえてみるしかないと思います。オーバースコープで解析ができないなら······」
「············」
ピンク髪の女性が至極当然の帰結をしたところで、魔王は黙った。採る方針を考えているようである。
そして口を開いて出てきたのは、
「よし。まずはレジスタンスに総攻撃をかける。数波くらいは耐えるだろうが物量で推し潰す。洗脳機械の投入も認めることにするか」
「ですからそれは······いや。まあ確かにレジスタンスが落ちれば色々と楽になりますね。鈴の少女が二人に首領······そいつらを捕らえて力を吸収すればもう勝ったものですね」
「まだ油断するな。そもそもあの魔法使いがかけた厳重なロックがまだ解除できていない。中から何が出てくるか見ものだが······」
「はいはい。では報告は以上です」
ピンク髪の女性は話を適当なところで切り上げ、再び廊下を歩き出す。······不気味な薄笑いを浮かべながら。
【???】【phase8】>>178
「······っ······どういうことなんですか!?」
大聖堂にいるあらゆるシスターは声を上げた。いや、それどころではない。普段から影のように働いているモンク、また声には出さないものの、一部の枢機卿さえ色めき立った。
「王はどうなさると······?」
「いや、その前にネム枢機卿は······」
「いやいや、それより負傷者の看護を優先すべき────」
等の声が飛び交う。混乱状態だった。
その中では、第7班と呼ばれた8人は、比較的冷静であった。······というのも、彼女らは経験が違う。クリスを除き、かつて神の化身とも戦ったことがある上、引率はコトミである。
しかし、彼女らはこの後とんでもない任務を頼まれることになるのである。
「さて······と。あなた方の任務は、ワープ魔法が使えない住民をドラム公爵領まで送り届けることです。ドラム公爵領に着いたらあとはその地で過ごしてください。王都に戻ってはなりません」
ネムは礼拝場にシスターやモンクをあらかた集め演説する。······どことなく早口なその様子が、皆が事態の緊急さを理解するのに一役買っていた。王都に戻るな、という異様な命令もあり、一気に全員の表情が引き締まる。
「さて、伝えたいことは以上です。既に結構集まっていますので······1班から順に向かってください。あと7班は別に伝えることがありますので残っててください。解散」
解散、との命を受けて、集まった全員は整然と散っていった。かなり早い終わりだったがそういうことも言っていられないのである。
そして、7班。コトミを筆頭とした8人は、それから数分後、前の祭壇の所に集まっていた。当然ながらネムもいる。
まず彼女が口を開いた。回りくどい質問など許さないといった様子である。
「7班には······その実力を見込んで、特別な任務を与えたいと思います。あぁ、ちなみに······申し訳ありませんが拒否権はありません」
これまた異様な言葉だった。ここに居る全員が訳が分からないというような表情をする。······コトミ以外。
「7班には······王子の護送を頼みたいのです」
······そして告げられる、あまりにも重大な任務。シスター達の表情が、衝撃で一気に染められた。
>>197
「······歩きながらする話じゃないですね。この話はまたの機会にしましょう」
ゆっくりと目を開きながらアリサは言った。······果たしてその『またの機会』は来るのだろうか。不満というより不安である。
「······もう少し見ていきますか?」
その代わりとでも言うかのように、アリサは後ろの方を指差す。
「もうあんまりお腹空いてないんだけどー······スミレはどうする?」
「私もいいかな。······アリサさんが行きたいならついていきますけど······」
元々アリサは一人で屋台や露店を回っていた。自分たちが現れたことでそれが中断されたのではないか、ということをスミレは考えていたのである。
いや、それよりも深い所まで見ていたのかもしれない。
「······着いてこなくていいです。ちょっと一分ほど待ってください」
そう言い置いて人混みの中に消えていくアリサ。虚弱そうな外見で、いや実際そうなのだが、驚く程の俊敏さであった。
「ふぅ。お待たせしました」
戻ってきたアリサの手には小さめの瓶が握られていた。一体何を買ってきたのだろうか。
「いえいえ。······もう大丈夫ですか?」
「はい。······って、駄目ですね、案内する側なのに······」
彼女はその顔に軽い苦笑を浮かべた。少しだけ申し訳なさそうな成分も混じっている。
そしてスミレ達が何か言う前に先程までのような調子に戻り、
「そういえば、ここ······ドラム公爵領には城が建てられてるんですよ。勿論王都にあったものより規模は劣りますが······逃げてきた当時の王子の為に建てられたものでして······見ていきますか?」
そう言った。
公爵領の中心と言えば領主館であるが、その隣に建てられたのが話題に上った城であるらしい。
「城、かぁー······」
城があるということは、王家は未だに続いているのであろう。呟いたネアの表情には複雑なものがあった。しかし、
「まあ無理にとは言いませんが······」
「······うん、行くよ。出来ればだけどー······王家の人にも会いたいしねー」
アリサの言葉が決め手となった。この辺りは話術なのだろうか。
······ともかく、三人はドラム公爵領の中央へと足を向ける。
【ちょっとあとがき】
200レス(話ではない)!?200レスですよ!?
ここまでずっと見てくださった方、本当にありがとうございます。これからもだらだらと広げた風呂敷を畳んでいきますので、のんびりとお付き合いくださいませ。
「······」
ここはドラム公爵領、臨時王城。臨時、とは言っても200年である。ここでは既に3世代もの王が生まれ、そして死んでいる。
大理石で出来た白亜の城もいい、と当代の王······いや、女王は言うのであったが、それを耳にする度、元の王都にあったという城の素晴らしさを語り聞かせる王女がいる。無論彼女は実際に城を見たことはない。長命種の人族から聞いた話の受け売りだった。
······彼女は不安だった。生まれてからずっとこの城で生活をしてきた母親から、捲土重来の気概が少しづつ失われている事を。······女王は生来病弱であった。魔法が発達したこの世界でも、治せない病気は多い。······病魔に蝕まれる身体を支えてきたのが、先祖代々の王都をいつか奪還するという意思であったのだが、それも最近はほとんど感じられないのである。
仕方のない事だとは思う。王族を保護している公爵の気が変わって、自分達が殺害されないとも限らない現状なのだ。ただ······
「女王様······あ、姫様もいらしたのですね。シスター・アリサが訪ねてきておりますが······」
その時、彼女達が居た部屋の扉が開き、軽装の鎧に身を包んだ青年が入ってくる。歳は王女とほぼ同じだろうか。
王女はそちらを振り向いて何とも言えない顔をした。
「······用件は聞いた?」
「とある人を王家の······まあ女王様と姫様に会わせようとしてるみたいですが」
「何よ······それなら会う必要はなさそうね」
彼女は青年の返答を聞き、特に取り合わずまた元の方を向こうとする。······しかし、その彼女に次のような言葉が届いた。
「いや······そんな簡単に片付けてもいい相手ではないらしく······片方は6代前のユノグ王の知り合いにして、当時の勇者の一員だそうですが」
「······!?」
王女は表情を変える。6代前の王の知り合いという部分は彼女にとってはどうでもいい事だったが、勇者という言葉は大きな感銘を引き起こしたらしい。
「······母上はどうします?」
彼女は女王にそう尋ねた。······見れば、その女王も心持ち姿勢を正している。
「······そうね。まずは······アイン。貴女が会ってみなさいな。貴女は私と違って気力も強さもある······未来もある。きっと何か起こしてくれるに違いないわ」
「······わかりました。······それじゃ、行ってきます。······謁見の間に通しておいて」
王女────アインは母の許可に応えた。青年に命令して、ゆっくりと歩き出す。······まずは服装を整えなければ。
······レイヴン朝の生き残りとして、相応しい振る舞いを。
削除
203:水色◆Ec/.87s:2022/11/24(木) 22:46 「······姫様。······いえ、アイン・レイヴン様。お目通りを許可して頂き······」
「御託はいいのよ。それに普段と随分態度が違うじゃない······どうしたの?」
やや質素で簡素だが威厳のある椅子に座る、悪戯っぽい表情を浮かべる王女────アイン。ここは臨時王城の謁見の間である。
どうやら常に似合わないらしい慇懃な態度を取ったアリサの表情にも少しばかりの緊張が伺える。······後ろからそれを眺める2人も、この少女はどことなく『違う』と実感したのである。
「······実はですね。この2人が今の王族にお会いしたいと申しておりましたので······」
「······ああもうやりにくい!いつも通りでいいよいつも通りで!······それで、後ろに居るのがその2人?」
ぴしっ、と音がしそうな程に言い切ったアインはアリサの後ろに顔を向けた。スミレとネアである。
「そうですよ。ちょっと返答が遅かったので受理してくれないのかと思ってました」
ふっとアリサの纏う雰囲気が和らいだ。僅かな緊張の面持ちは変わらないものの、それだけでどことなくやりやすくなるのである。
まずネアが一歩前に出る。
「······ネアです。数世代前の勇者でしたが、色々あって何百年も生きてます」
ネアの服装はパステルカラーを基調としている。それでアインは彼女にどことなく淡い印象を抱いたらしい。
「ふぅん······貴女がイヴァンが言っていた『勇者』の一員なんだ······」
感心したかのように呟く。······どうやらこの王女には、人を外見で判断する傾向があるらしい。なら、下手したらスミレは相手にもされない可能性があるのでは無いだろうか。
······スミレはいつもと変わらない肌色のワンピース姿であり、そしてまあ実際そうなのだが、およそ戦闘も魔法も出来ないような容姿でもある。
彼女は実際、反抗の為の大きな役割を担っている、らしい。······だが知らない者からしたら、何の為に来たのか疑問を抱かない事はないだろう。
だがスミレは踏み込んだ。
「あの。アインさん。······今、『こんな女の子が』って思いましたよね?」
「······へ?」
予想外の所から横槍を入れられたからか、脳内を大体言い当てられたからか、ともかくアインは一瞬硬直した。スミレはそれを逃さず追撃を入れる。
「そんな風に人を見掛けで判断するのは······良くないですよ!」
「······っ!だって!どう考えても胡散臭い!何百年か前の勇者なんて······それに貴女は一体何なのよ!」
「······ネアの、パートナーです」
アインの追求に対して、一呼吸置いて応じる。······そこに嘘偽りはない。真実である。真心である。
アインはその返答にいささか毒気を抜かれたような形になった。······そして、僅かに項垂れつつ呟く。
「そりゃ不快にもなるか······ごめん。これでもこの悪癖······直そうとしてるのよ······」
「······落ち着きました?」
期を見計らってアリサがそこに割り込んできた。······このシスターこそ虚弱そうで、アインが本当に外見で人を判断しないように努力していなければ、きっと面会もままならなかっただろう。
だが少しばかり傷ついたのは確かである。······アリサが何やら話をしている間、2人はこっそりと手を触れ合わせていたのだった。
「だいたいわかった!」
「······何がですか?」
突然アインが叫び、アリサが条件反射でそれに応じる。
「スミレ······だっけ?と、ネア!宝玉持って行っていいよ!」
「!?」
と、予想外の言葉である。
またもや真っ先に反応したアリサは絶句してしまった。それも当然である。祭りに必要な宝玉、と2人に説明した手前、まさかこのような形でそれがへし折られるとは思ってもみなかったのだ。
「······今回の祭りに関わってくる、という話を聞いたんですけど」
スミレは少し躊躇しつつもアインに向けてそう質問する。
「でも急ぐんでしょ?世界を救うために······必要なんでしょ?」
面倒くさいなぁという表情をしつつもアインは答えた。確かにこう言われれば一言もない。
「で、でも、宝玉がないと分かったら······」
「その時はアリサが何とかしなさい。ちょうど宝物庫にそれっぽい玉があるから······あの魔法を使って覆えば絶対バレない筈よ」
アリサは抗弁を試みたものの、どうやら既に様々な手段を描いていたらしきアインに封じられる。······そこまで言われたら、彼女も動くしかない。
「······わかりました。すぐに取り掛かります」
一礼して、恐らく彼女が出せる最速の駆け足でアリサは謁見の間から出て行った。
······後に残された3人は、しばらく沈黙の波に身を委ねていた。
「お待たせしました!」
10分程経っただろうか。出て行った時と同じくらいの速度でアリサが戻ってきた。その後ろには、急な事で目を白黒させている、オレンジベルとシルバーベルの姿があった。
「も、もう引き返すの······?」
「さすがにここまで早くなるとは思わなかったよ」
などと言い合う彼女らを見て、最初は怪訝な顔をしていたアインも少しだけ笑顔を浮かべた。
「なるほどね。······その2人が誰なのかは知らないけど······一緒に来たんでしょ?」
「そうみたいです。······お願いしても宜しいでしょうか」
彼女の言葉に応じた後、続けてアリサがオレンジベルとシルバーベルに言う。······その頃にはもう2人は冷静さを取り戻していた。
「勿論。アクアベルのところまで、すぐにでも」
「はーい!」
スミレとネアも最初は驚いたが、瞬く間に進む話に何とか順応していた。
「えっと、では······こちらが宝玉になります」
綿で包まれた丸いものが、アリサの細い手からスミレに手渡される。
受け取ってすぐ、彼女は隙間から漏れる『灰色の光』としか表現出来ない光景にぎょっとした。これは間違いなく、重要な物である、と────気持ちが一挙に引き締まる。
「······ありがとうございます」
「······では、お願いします。······貴女方に、神の御加護があらんことを」
アインの期待、アリサの祈り。その二つだけで十分だった。
受け取る物を全て受け取った一行は、薄暗くなり始めたドラム公爵領を後にする。
【???】【phase9】>>199
「王子の護送······」
次第に慌ただしさが増してくる王都を駆けながら、7班のシスターのうち一人が呟く。その声音は畏れ多いというか、面倒なことを押し付けられたというか、こんな状況以外では間違いなく表に出ないであろう感情が混じっていた。
不思議なことに恐怖はない。元々シスター達は神に仕える身。死を伴う恐怖には、例えそれがどうにもならないと分かっていても、強いのだ。
「まず王城で王とアリシア様に面会して、そこからすぐに出立しますよ。先程ネム枢機卿も言っていましたが、恐らく······もう王都には戻れないでしょう。やり残したことはありますか?」
コトミが走りながら全員に向かって呼び掛ける。内容の深刻さに比して、その表情はあまり深刻でもなかった。
「やり残した事······仮にあったとしても、やる時間がないような······」
そんな苦笑交じりの声が返ってくる。一行はしばし暖かい雰囲気に包まれた。
王城は静かだった。普段からいい意味で賑やかとは程遠いい場所なのだが、今日はそこに鉛のような重苦しさが混じっていた。
一応門番は居たが、恐らくシスター達が出てくる頃には居なくなっているだろう。王自身の布告のおかげでもあるが、もはや逃げる以外の事は頭にない────そんな様子であったので。
「······どこに行けば良いのでしょうか?」
「とりあえず謁見の間に直行しません?」
ヒナが誰へともつかない問いを投げかける。クリスに受け取られたようで、真面目に言っているのか怪しい返答があった。
「······まあ、そうですね。まだ居らっしゃるみたいですけど······逃げるにしても急がないと駄目でしょうし。······皆さんはここで待っててもらえますか?」
コトミはそう自分の見解をまとめ、誰も連れずに、謁見の間へと駆け足と早歩きの半分くらいの速さで向かう。大所帯で押しかけても迷惑だろう、との考えからだった。
「あぁ、来たか······シスター・コトミ。用件はだいたい把握してる。今アリシアが連れてくるから少し待っててくれ」
「お手数おかけします」
ユノグは入ってきたコトミを見ると、用件も問いも告げもしなかった。結論だけを言われたコトミも儀礼的に応じる。時間がないのだ。
とはいえ僅かな間があったので、コトミはユノグと会話を試みる。
「ユノグ様は······これからどうなさるおつもりです?」
「どうって。······まあ、ドラム公爵領に行くさ。勿論国民皆の避難を確認してからだがな······」
「そう······ですか」
いわゆる殿である。······君主が殿を務めるというのもおかしな話だが。
コトミが続けて何か言おうとした時、アリシアが専用の籠に入れた王子を運んできた。
「コトミさん。······いえ、皆さん。王子を······私たちの息子を······お願いします······!」
見れば、王子は寝息をたてながらこんこんと眠り続けている。魔法でも掛けられているのだろうか?
「······お任せください」
この年齢の幼児の重さは、おおよそ4kg。コトミはそれを抱えて、シスター達と一緒に王都から脱出し、そして王子をドラム公爵領に届けなければならない。
困難な仕事になりますね、と彼女は思った。しかしそれは諦めたり投げ出す理由にはならない。諦められない。投げ出せない。場合によっては────彼女が運ぶのは、レイヴン朝の運命にもなりうるのだから。
【???】【phase10】
王城の窓から、一塊となって駆けてゆくシスター達の姿が見えた。ユノグはそれを見送って、深いため息をつく。
「······アリシア」
「······お茶ですか?」
彼は王妃であるアリシアを呼ぶ。勿論、すぐ側にいる。
「そうじゃない。······本当にいいのか?」
「はい。死ぬ時は一緒と。誓いを立てた通り······です」
「······そうか。ありがとうな」
ユノグの問いには主語が欠けていた。しかしアリシアは、その意味を完璧に理解している。
微笑んだユノグは軽くアリシアの頭を撫でると、王座から飛び降りた。────そして、背にした壁に飾られている大宝剣を手に取り、勢いよく、引き抜いた。
その少し前。シスター達が王都へ繰り出すと、既に機械が街への侵入を始めていた。
「······!」
「ちょっと強引に通り抜ける必要がありそうですね······!」
彼女らはそれぞれ思い思いに魔法を放つ。────7人もいると流石に強い。あっという間に機械の一塊を粉砕し、敗走してきた王国兵達と合流する。
「ぐぅ······申し訳ない······」
兵士達のリーダーはヴァンスだった。所々に深手を負っているが、まだ魔法で回復できる範囲である。
「いいのです。ここまで食い止めて下さり誠にありがとうございます······」
他の兵士と同じくシスター達の介抱を受けるヴァンスの、悲鳴にも似た声にコトミは応える。軽く周囲を見回して、
「それより······住民の避難は終わりました?」
「······やれる範囲は。でもまだ······」
明らかにヴァンスはまだやる気である。コトミはそれを止めて、
「後はユノグ様が何とかしてくれると仰りました。私たちは······この子を護りながら逃げなければなりません。それに、貴方には······配偶者がいるでしょう」
「······」
「さあ、······もう走れるでしょう。行きますよ!」
その頃になると、大聖堂にも機械が侵入し始める。
「窓を厳重な結界で覆いなさい!右、火力集中!そこに機械が固まってます!」
もはやこうなっては残った者も逃げ遅れた者も構わず指揮系統に組み込むしかない。······元々指揮官向きとは言えないネムには頭の痛い作業である。
「うっ、中に人が入ってる機械もいますよ······!?」
「······今は目の前のことに集中してください!第1波を凌いだら丁重に弔いましょう!」
ぞっとしない報告を受けたものの、ネムの声はまだ鋭さを保っている。今は大聖堂中の全てが彼女の双肩にかかっていると言っても過言では無い状況である。我を失う暇など皆無だった。
しかし、そんな彼女にも気がかりな物がある。
「(······どこか、タイミングを見つけて······宝玉を······)」
そう、大聖堂に安置されている二つの宝玉である。
機械がそれらを狙うかどうかは分からない。が、もし破壊されたら、どのような結末をもたらすか。およそ今の絶望が数倍にまで増幅されることだろう、と彼女は読んでいた。
この状況を打開するにはどうすれば良いのか。いや打開とまでは行かなくても、宝玉を安全な場所まで運ぶのはどうすればよいだろうか。······ネムの脳内で、それらの声がネズミのように増え始めている。
────大聖堂は今や包囲されつつあった。
>>204
数時間前に来た時と同じ道を通りながら、4人はドラム公爵領を離れていく。恐らくまた来る機会はあるだろうが······それでもこの滞在は流石に短すぎた。
「次来る時は······どうなってるのかな······」
気丈なシルバーベルですらそう呟く程である。何しろ今までの展開は全て急だった。次の自分たちの目的は固まってはいるものの、その過程で何が起こるのか、どのような結果がもたらされるのか、まるで見当がつかない。
全知で全能である筈の神は居ない。今や明確な敵の側が、文字通り最も大きな知と能を得ている。······ネアですら燃えてこなかった。
幸い抜け道はその名に恥じない活躍をした。全員が欠片も油断していないとはいえ、なるべく会敵はしたくないのが人情である。
荒原に出ると、遠くに機械の姿が見える。結界を出た瞬間ネアが全員に認識阻害魔法を付与したため、こちらに気付いている様子はない。
「早いところ通り抜けよう。ここは見通しが良すぎるからねー」
ネアは快活に一行に指示を出す。
────ひたすら無言、全員が集中している復路だった。
道を間違えることもなく、不用意な行動を取ることもない。ここまでスムーズに行って本当にいいのか、とスミレが思う程に。
次第に建物がまばらに見え始める。────王都に戻ってきた。
ここで一行は進路を少しだけ調整した。このまま直進すると色々と気まずい事になりそうなので、······即ち、レジスタンスの地区を避けるように、少しだけ回り道をする。
「海にさえたどり着ければ大丈夫だよ」とはオレンジベルの言だった。
────だが、ここで初めて────
「······微細索敵魔法に反応。近くに何かいるぞ」
明確な敵が、やって来る。
『······っ!?』
4人はほぼ同時に身を壁に押し付ける。
姿は見える範囲にない。声は壁の向こう側から聞こえてきた。つまり、敵はまず間違いなく壁1枚隔てた向こう側に居るということになる。
オレンジベルが音もなく右手を刃に変形させる。ネアが何かの魔法を構築する。シルバーベルは銀の銃を取り出す。
足音が聞こえてきた。
「······奴隷か?」
声は男のものが一つだけ、足音も一つ。奴隷という単語が気にかかったが、今はその事よりも逼迫した危機を片付けなければならない。
『敵はあんまり強くない。オレンジベル、好きなようにやっていいよー』
ネアの念話魔法が全員に届く。この4人の中では先頭に居るオレンジベルに向けてのものだった。
『わかった』
オレンジベルがそう応えた瞬間、まさにその目の前に男が現れた。
彼は抵抗を想定していたらしく、棒を携えていたが────流石にここまでの敵が居るとは想像もしていなかったらしい。
オレンジベルがかけた速攻によって、男は無惨にも右手を切断された。棒と共に飛んでいく腕の撒き散らす赤が、壁の灰白色によく映えていた。
「な······」
「ふん!」
衝撃で姿勢を崩した男に追い打ちが飛ぶ。オレンジベルの足を刃に変形させた飛び蹴りによって────心臓がある部分を、蹴り抜かれる。
倒れた彼の胸部から大量の血液が流れ出してくる。もはやピクリとも動かなかった。
「······こんなもん?」
刃を肉体へと戻しつつ、オレンジベルが呟く。
「······尋問とかしたかったんだけどなぁ······」
やや顔を顰めながらシルバーベルが言った。体を預けていた壁から離れ、男が倒れている場所、つまり角のところまでやって来る。
「······まあ、いいよ。怪我とかしてない?」
彼女の問いにオレンジベルは無言で首を振る。その頃にはスミレもネアも追いついてきた。まさに惨事と言っていいこの状況に、敵とはいえ一瞬だけ男に黙祷を捧げる。
「······ということは、この先は······」
『奴隷』がいるかもしれない、とスミレは呟く。男の独り言の調子からして、その可能性はかなり濃厚だった。
「行くしかないよねー······どっちにしても······こっちの方が海に近いから······」
ネアの声もやや沈んでいる。今更にして、ここからが正念場だと理解したかのように。
シルバーベルはオレンジベルの、スミレはネアの手を握る。
頼りになる仲間、伴侶を、少しでも鼓舞するために。
4人はまだ見えない海を目指して急いだ。
「······左手に見えますのが、あの敵の本拠地······『魔戦車』でございます、ってね」
「シルバーベル?」
途中、来た時も見えた謎の要塞が、今度はより近く、大きく4人の目に映った。
少しでも緊張を緩めようとしたのか、ガイドのように呟いたシルバーベルの言葉でスミレはあの建造物の名前を知った。
『魔戦車』。近付いた今なら分かる。下部に、大量の車輪────と言うより履帯が取り付けられている。
「あれ······どうしようー?」
「ネア、吹き飛ばせたりしない?」
「うーん······師匠ならともかく······私はあんまり大規模な魔法構築したことないんだよねー。いけるかなぁ」
そう言って構えようとしたネアをスミレは慌てて止めた。結果の是非に関わらず、この距離だと即座に捕捉されそうである。
······というより、もう既に、四人は捕捉されていた。
その時だった。
「!」
魔戦車の最上部、屋根に相当するであろう場所の一点が、光った。
宝石に光を当てたかのような、その鋭い光は────彼我の距離を一瞬で詰める、弾丸の前触れであった。
スミレの額は、寸分違わず撃ち抜かれていた。
「!?······っ······!?」
彼女は不死身である。額を撃ち抜かれたからと言って死にはしない。数秒後に復元されるまで、血が弾痕から溢れ、脳がめちゃくちゃになるだけである。
「なっ······」
スミレが倒れ伏して我を取り戻すまでの数秒間に、ネアは状況と敵の位置と相手の武器を全て把握する必要があった。
声こそ混乱していたが、彼女はほとんど本能でそれをやってのけ、遠距離用の火球を数十発程も撃ち返していた。
撃ち合いが始まった。
風を切って飛んでくる敵の弾丸を、2回目はやらせじとシルバーベルの銀板が防ぎ、その間を縫ってネアの火球が群れを成して光の元へと突進する。
巻き起こる轟音に、近くに居た機械も次第にその場所へと集まってきた。最初はうろうろしていたオレンジベルも、横っ腹を突こうとする機械を殲滅する為に駆け回る。
騒ぎは光が消えるまでの2分半ほど続いた。
その2分半が過ぎた。
いつの間にか魔戦車からの光が消え、冷静さを取り戻した一行は、気付けば周囲を機械に取り囲まれていた。
「······なるべく減らそうとしたんだけど······」
今まで群がっていた機械兵を相手取っていたオレンジベルは気息奄々といった様相である。身体の各所に傷を負い、額に浮いた汗を拭いながら全身で息をしている。
「······」
数分とはいえ、途切れもせずに魔法を撃ち続けていたネア、一対多の戦闘力はさほどないシルバーベル、手傷を負ったオレンジベル、そして戦闘は得意ではないスミレ────四人の状態を知ってか知らずか、囲む機械兵はじりじりと包囲の輪を縮めてくる。
「······まあ、何とかしなきゃだよねー」
ネアは疲れた様子も見せず、軽い調子で言いながら魔法の構築に取り掛かった。
「······『ホワイトランス』······」
魔法名を詠う。ゆるく纏まった四人の上に、光を放つ大槍が形成されていく。
「······『ジャッジメント』!」
そう彼女が叫ぶと、大槍がまるで意思を有するかのように飛ぶ。
何かを構えようとしていた機械兵に向けて、正面、単純にして最大威力の破壊。────槍の太さはネアの背丈程もある。光魔法が故の効果だろうか、直撃したであろう敵はほぼ全てが消滅していた。
「今構えようとしてたやつ、見えた?······あれはあの穴から石とかとにかく硬いものをすごい速さで撃ち出してくる兵器。スミレならわかるよね」
ここでシルバーベルの解説が入った。ネアの服の裾を摘みながら様子を伺っていたスミレに話が振られる。
「あ、えっと、······わかる。わかります。ガトリング銃みたいなものですよね」
しどろもどろになりながら彼女は答えた。······銃。まだこの世界には紛れもなく存在しないものであるが、ネアはその話題についていった。
「神殺しのー······特殊機能がなくなって殺傷力が落ちて連射できるようになったやつ?」
「そういうこと。話が早くて助かる。······当たったら痛い筈だからなるべく······」
────彼女の的確な返答を聞いたシルバーベルが言葉を結ぼうとした、その時だった。
自分たちの遥か後方、機械による包囲網の端の部分。
そこが、轟音と共に崩れ始めた。
────4人はほぼ同時に振り向いた。
崩れた包囲網が、彼女たちの目からはっきりと視認できた。
「(······今っ!)」
ネアはその機を見逃さない。彼女が腕を振るうと、浮かぶ光の大槍が宙を乱れ飛ぶ。
先程の衝撃も回復しておらず浮き足立つ機械兵の集団に向け、破壊と消滅を叩きつけていく。
······直撃した敵は消滅、あるいは割れ散り消えていく。また別の方向へ槍が舞うと、そこにいた機械はまるで木の葉のように千切れ飛んでいった。
「す、すごい······」
「あんまり長時間はできないけどねー。······さ、今のうち!『マッハスピード』!」
スミレの呟きにネアは心なしか上気した頬を掻きながら応じる。
続いて行使するのは、身体強化魔法の上級、それも速度に重点を置いた魔法。いつぞやかにブルーベルが使っていた、あれである。
包囲が大崩れした部分に再び一撃を叩き込んでおいて、4人はそこから足早に脱出する。────彼女らの背中を、いくつかの機械と小石弾が追ったが、捉えられる筈もなかった。
そこから数分。彼女達は、旧────物寂しい言い草である────王都の郊外にある建物で小休止をしていた。
コズミックからの供給が止まっているので回復が進まないオレンジベルを一旦休ませる為であり、また現状の整理をする為でもある。
「回復魔法いる?」
「んー······」
ネアの問いにオレンジベルは首を傾げる。彼女が負っている傷はそう凄惨でもないが······回復をせずに放置していると悪化しそうである。少なくとも、スミレとネアはそう捉えた。
「······じゃあお願い。あんまり魔力使わせても悪いから程々でいいよ!」
「りょうかーい。てんてこ舞いだー······」
現状魔法のスペシャリストはネアしか居ないのである。スミレはどうも魔力が上手く練れない。シルバーベルはむしろ魔力を消す側である。
霧を少し濃くしたかのような白色光が、オレンジベルの全身を覆っていく。
「······ところで、さっき包囲網を崩したのは······誰なんでしょうか」
待ち時間の間、スミレは記憶を頼りにしてシルバーベルに疑問をぶつけてみた。
「誰なんだろう······イリスが察知したとは思えないし」
どうやら彼女も分からないようである。それなら、
「ネアって索敵魔法張ってるよね。分かったり······しない?」
「んー······」
話を振られたネアはというと、オレンジベルの傷を粗方回復し終えて、一息ついているところだった。
「あの時はー······ホワイトランスを操作するのに夢中だったから、索敵魔法がちょっと弱くなってたよー」
だが、誰なのかは分からない、とは言わなかった。
彼女はかつてカルトナがしたように、壁に索敵魔法を投影した。3人はそれに目を向ける。
すると、
「これー。この青い点。ちょっとづつこっちに近付いてきてる」
インクをそこに一滴垂らしたかのような青が、二つ。連れ立って、自分たちが今いる建物目指して、歩いてきている。
「······多分、さっき会った······アレクとペレアかなー?」
世間は狭い。そして滝のようである。
数時間前に邂逅した相手と、また邂逅する事になるのだ。
それからさらに数分後。
「······驚いたな。こんな所に居たのか」
シルバーベルの声かけによってこちらに気付いたアレクとペレアが、建物の中へと入ってくる。
「誤解しないでねー。行って帰ってきたんだよ」
「というと?」
「ドラム公爵領で用事を済ませて、引き返してきたんだよ」
アレクは訝しげに問い質してきたが、ネアはそれをものともせずに答える。
······しかし、その答えが悪かったらしい。彼の表情が一気に険しくなる。
「嘘つけ。こんな数時間で往復できる訳が無い······」
文字通り剣でも抜きそうな剣幕である。
が、こちらは実際に往復しているので弁解のしようもない。ネアが返答に迷っていると、今度はシルバーベルが間に入ってきた。
「私たちは身体強化魔法を使った。善は急げだからね。······あと一応これでも道には詳しいんだよ」
やや煽りの成分が含まれていた数時間前の会話と違い、これは比較的理路整然としている方である。多少言葉選びが刺々しいのは愛嬌であろうか。
アレクの方も身体強化魔法の有用性や地の利の重要性を理解しているらしく、それ以上は問い質さなかった。
彼は照れ隠しらしく話題を変える。
「······分かった。ところで、えーと、シルヴァンとオリオンだったか?」
前者はシルバーベルの偽名、後者はオレンジベルの偽名である。
「うん。何か······?」
「······鈴を首に付けてるのには何か理由でもあるのかな、と思ってな······」
名指しされた二人は顔を見合わせた。
······それだけでない。何が始まるのだろうか、と様子を傍から見守っていたスミレとネアも、思わず目を瞬かせていた。
考えてみればそうだ。〜ベルという名前だから、というだけではあるまい。
「······私たちの上司が最初に部下にしてた人の名前がね、『ベル』っていうんだ」
答えないという選択肢もあった。しかし、シルバーベルは滔々と話し始める。
「でも、そのベルさんはすごく強い魔物······モンスターに負けて殺されちゃった。······多分、上司はその人の事を忘れたくなかったんだと思う」
首に提がる銀の鈴を撫でながら、彼女は呟くように語る。
「そうだったんだ······」
「オリオンは比較的最近つ······入ったんだったね。まあこれも確証は取れてないんだけど······」
「分かった。軽々しく聞いてしまい申し訳ない」
彼女は言い終わるとすぐ、申し訳なさそうなアレクに直面した。
「別に頭下げなくても······」
困惑である。闇夜でも目立ちそうな金色の髪────紛れもない勇者の象徴が目の前にあるとなると、本来の立場は比べ物にならない筈なのだが、つい気後れしてしまう。
「まあ、いいよ。さっき助けられた分はこれでチャラってことで。いいよね?」
相変わらず変なところで入ってくるオレンジベルである。だが今回は、微妙になりつつあった空気がやや換気されるという役割を果たしているだけマシである。
軽く咳払いが挟まれた後、話題が転換した。
「······で······これからどこに行くつもりなんだ?」
「海岸に出てそのまま海に」
「「海······?」」
なんとここでペレアも呟くのである。アレクの声と重なっていたが、一度聞けば忘れそうにない声だ。······間違えようもない。
しかし、その呟きだけでは事は終わらなかった。アレクが、一瞬の戸惑いの後────腰に差していた剣を引き抜き、シルバーベルの胸に擬したのである。
「······っ!?」
「悪いな。お前らは俺らの敵ということが確定した。ここで死んでもらう」
────彼の目は、使命感に燃えていた。
このような展開、予測できる筈がない。
……突然の出来事に場が硬直する中、真っ先に動いたのは────
「やっ!」
オレンジベル。
彼女は咄嗟に指先を小さな刃に変化させ、アレクの剣を弾くべく、飛んだ。……今さっき治療されたばかりの病み上がりであると言うのに。
「なっ!?」
だが効果はあった。奇襲を察知できなかったアレクは剣こそ取り落とさなかったものの、大きく弾かれて仰け反ってしまう。
その隙に、
「起きて!」
性別相応に尻餅をついてしまったシルバーベルを助け起こし、頬を軽くぴしゃりと叩く。
……そのお陰で、直後に体勢を立て直したアレクによる攻撃が、銀の盾で防がれた。
「な……」
片手でスミレを後ろに庇いつつ、半ば叫ぶようにしてネアは尋ねる。
「なんで私たちに……!?」
「簡単な話だ!分からないのか!お前らが魔王の手先だと……今ので知れた!もう隠しても無駄だ!」
話が通じないな、とネアは直感する。
……無論、彼女らは魔王の手先ではない。アクアベルやコズミックも、魔王等では断じてない。
目の前の青年は洗脳されているのかもしれない、と思いつつ……彼女は読心魔法の準備に入った。
その間にも、
「ええい鬱陶しい……くらえぇっ!!」
裂帛の気合と共に剣が振り下ろされる。
対峙していた2人は反射的に身を引く。……その眼前では、剣が火花を散らして銀の盾と激突し、後者が石で出来ている筈の床にめり込んだ。
アレクはどちらかと言うと細身である。使っている剣も、長剣ではあろうが大剣とはいえない。恐ろしきは勇者の力である。
「……えいっ!」
────その時だった。ネアが後ろから、アレクの顔面に向けて椅子を投げた。
何の変哲もない、ただの木材でできた、やや古ぼけた椅子である。目標を達成する遥か前に、正確無比な剣撃で叩き落とせれるのはむしろ当然のことであった。
……しかし、隙が生まれた。4人にとってはそれで十分だった。
「アレク!どこをどう曲解したかは分からないけどー……私たちは魔王の敵だよ!魔王は私たちの敵だよ!!」
ネアが代表でそんな事を言って、すぐ横の大窓から外に飛び出していく。……逃げるのである。
「……逃がした……くそ、あの魔法使いめ……!」
「……」
アレクの悲憤にペレアが気の毒そうな表情で応える。2人は出来うる限りあの4人を追ったが、ついには見失ってしまったのであった。
「あいつらドラム公爵領にも行ったとか言ってたな······あぁ、このままあそこも機械に占拠されるのか······」
彼の嘆きは絶えない。先程の諸々も演技ではなく、どうやら本気のようであった。
「······その事だけど······あの様子からして、魔王の配下って決めつけるのは早いと思う······」
ペレアは控えめに反駁を試みた。先程の乱闘で欠片も動いていないだけに、少々遅すぎる介入である。
「······いや······だが······」
それでも剽悍なる勇者の進路を迷わせる程度の効果はあったらしい。首を勢いよく振ろうとした、······その速度を少しだけ緩めさせたのである。
「······ともかく、明日はもう一度レジスタンス地区を訪れる。あいつらの爪痕······今日は気付かなかったが、探せば出てくる筈だからな······」
憎しみは深い。それも、多少なりとも信頼関係を築きつつあった間柄が変化した物なのである。反動は重かった。
ペレアはそれを聞いて、意味ありげに片目を閉じた。再び両目を開き、「それならそれで」と勇者の考えに従う旨を述べる。
今日はこれ以上進まないようである。彼女が今日の終着点はここだということを、欠伸と伸びで示したからであった。
······夜は次第に深まっていく。
【!!!】【phase2】
とある場所。黒、と言うより褐色や灰色、濃緑色を基調とした風景が広がる廊下を有する────つまるところ、魔王の居城たる『魔戦車』だった。
そこをピンク髪の女性が歩いていた。無論、この前見出したのと同じ女性である。
ただ、足取りは前と少しだけ違う。のんびり、ではなく、何かに苛立っているらしく、足音が音高く廊下に響く。
そんな折、彼女はふと一人の男とすれ違った。
「お、ガートルード。どしたん?」
「······デュロス。見ればわかるでしょ?イラついてるの」
男の名前はデュロス。そしてピンク髪の女性はガートルードという。
ガートルードの声は苛ついていると言われなくても明確に刺々しい。デュロスは軽く肩を竦める。
「そんなに苛立たなくても。もう俺らの優位は確立されてるんだ、じっくり叩き潰してけばいいんだよ」
「実戦で真っ先に突撃して叩き潰しにいくデュロスには言われたくないんだけど······」
「そうか。で、どうしたんだ?」
軽く言葉の応酬を交わした後、元の質問を繰り返すデュロス。それも、先ほどよりかは丁寧に。
これにはガートルードも少しだけ頭を冷やした。口調に僅かばかりの平常心が戻ってくる。
「······実は、さっきあの辺を通った若葉色の髪をした······人間?を狙撃したんだけど」
「あ、魔王様に報告してた奴らか?」
「そうそれ。まさか数時間で引き返してくるとは思わなかったけど」
「ドラム公爵領から拒絶でもされたんじゃないか?閉鎖的な空間は大抵そんなもんだからな」
彼女らの行路が彼の予想とはまるっきり逆になった事まではデュロスも知らなかった。とはいえこれについては彼の悪意ある見方も問題だろう。
······というより、悪意がなければ、この場には留まることすら出来ないのだ。今は、そんな時代だった。
「······で、額の真ん中を確かに貫いた筈だったのに、倒れるだけで死ななかったんだよそいつ」
「なんだそら。龍人族ではないよな?」
「体弱そうな真人族······っぽい奴隷だったよ。そもそも銃弾受けたらどんな種族でも死ぬでしょ」
勿論撃たれたのはスミレである。となると、ガートルードが彼女を狙撃したことは容易に想像がつく。
「ほーん。俺がちょっと行って捕まえてくるか?」
「んー······守ってた鈴も魔法使いもかなりの手練だよ。いくらデュロスでも······」
「無理だって?······まあやらないがな。めんどくせぇ」
ガートルードは、目の前に居る相手が本当にやる気だと思っていたらしく、面倒くさいとの返答を受け取ると絶句してしまった。
そのまま立ち去っていくデュロスの背を見送る彼女の表情からは、呆れが多分に含まれる苦笑が見て取れた。
>>213
蒼の城。······の、跡地。
心なしか、スミレ達が来た時より足場が狭くなっている。────たった半日のうちに。とはいえアクアベル1人ではまだまだ持て余しそうな程である。そんな歪な円形をした足場の端の方に、瓦礫を椅子にして、アクアベルは座っていた。
手にはいつもの杖。嵌められている碧色の鈴が、宵闇の中で微かに音を奏でている。
────彼女の目は閉じられている。だから海を見ているのか、それとも別の何かを何処か見ているのかは分からない。そもそも何も見ていないのかもしれない。無限に続く、暗闇以外は。
「······無限だった方が良かったかもね」
アクアベルが立ち上がる。その時杖が瓦礫の一つに当たり、微かな不協和音を奏でた。
「······その方が、諦めもつくから」
それでも、独語は止まらない。
全てを諦めたかのような静かな声調からは、表面上は何も感じられない。しかし、裏を返せば虚無なのである。希望も絶望もない、平坦な────平淡な、未来が······彼女には見えるのだろう。
しかし彼女にはまだ仕事が残っている。それは、その未来を破壊するための芽を育むこと。即ち────
「あった!······蒼の城!」
「······っ!」
今朝語ったばかりの事を、こんな早いうちに実行してくれた、4人を迎え入れ────
「······来たね。待ちくたびれたよ······っ!」
────予め作っておいた然るべき手段で、反撃の狼煙を上げることである。
およそ1時間強かけて大陸から戻ってきた4人は、今や大量の機械兵に捕捉され、全力の逃走劇を繰り広げていた。アクアベルからしたら、もはや蒼の城が殲滅済みと看做されなくなるので文句の1つでも言っていいところだが、そんな場合では無い。
計画の第2段階の時点に至っては、実行されたら後は比較的どうにかなるのである。それこそ、この後アクアベルが捕まりでもしない限りは。
杖を床に打ち付け、4人を瞬時に足場へと転送する。ネアに抱えられていたスミレを除き全員が走っている姿勢のままだったので、転送した後にすごい音がしたが気にしない。
そして、猛スピードで迫ってくる機械兵を引き付け────下からの一撃を食らわせた。
「あれは······蒼の城の構造物······!?」
あんな使い方もできたのか、といち早く現状を把握したスミレが目を瞬かせる。
彼女の目には、およそ5cm程に分割された構造物が、物理法則を無視した速さで下から機械兵を襲い、その装甲を次々と打ち破っていく光景が映っていた。
無人の機械兵が辿る運命はバランスを崩したことにより海の底に沈むか、核を撃ち抜かれ動きを止めて海の底に沈むか、その2つに限定されていた。しかしごく一部ではあるが、中に人が入った機械兵もいる。遠目でも、そして薄暗い中でも、肉が裂け血が噴き出す様がぼんやりと目視できる。
4人はどうしても陰鬱にならざるを得なかった。
途中からネアが魔法で参戦したこともあり、無数に居た機械は次第に数を減らしていった。ただし、
「そろそろ残弾も打ち止めだよ。まあ結構減らしたから後は何とかなると思うけど」
とのアクアベルの警告が入る。「必死にかき集めてた構造物の欠片が······」とのぼやきも併せて。
「······このために?」
「どうだろうね?······でもここで役に立ったのは事実だし······」
城を復旧させずに土台や足場を野ざらしにしていたのはこの為だったのか、と言わんばかりにスミレはアクアベルの方を見て質問する。若干躱される形にはなったが。
······元の城の大きさを考えると、構造物の破片はもっと多くなる筈である。更に遠くへ吹き飛ばされたか、粒子レベルまで粉々になったか。それはなかなか頭が痛い疑問であった。
出し惜しみか本当に無いのかは分からないが、途中から途切れがちであった欠片が途絶えた。それと同時に、ネアが放った氷魔法が最後の敵の腕を凍りつかせ、バランスを崩した機械兵が海の底へと消えていく。
「お疲れ様ー。みんな怪我は無い?」
「こっちの台詞だよ。······大丈夫、だよね?」
「2人ともそこまで。まずやることを終わさないと······」
早速2人の世界に突入しそうになったスミレとネアをアクアベルが引き戻す。······相手が相手なら叩き直すという表現が使われていたかも知れないが、それはともかく。
懐に仕舞っておいた2つの宝玉が、スミレからアクアベルに手渡される。
「暴発······しなかったみたいだね。よかった」
渡された側がそんな軽口を叩く。しかしスミレはやや本気にしてしまったらしく、不安そうに、
「······4つ一緒に置いておくと暴発、って言ってませんでしたっけ······?」
「実は4つ未満でも稀に暴発するんだよ。勿論確率は結構低いけど」
2つだったら無いに等しいから大丈夫、とアクアベルが付け足す。······果たしてそれは本当なのか、不安を払拭させる為の嘘なのか。
────ともかく、無事に運べたのである。スミレはそれ以上考えないことにした。
「じゃあいくよ。ちょっとだけ離れてて────」
気付けば、アクアベルは宝玉を並べ終わっていた。四角形か、円形か······等間隔に、それぞれ違う光を放つ玉が鎮座している。
······奇妙なものである。白、黄色、緑は勿論、灰色でも、光としか言い表せない光景が目の前にあるのだから。
ふと目線を逸らすと、シルバーベルとオレンジベルがいつの間にかアクアベルの傍に寄ってきていた。何かしらの力でもやり取りしているのだろうか、後者2人は触れ合いそうなほど近付いたきり、動きを止めてしまった。呼吸で僅かに動く胸のみが、彼女らが動いている証拠だった。
幻のような時間は終わる。
「······さぁ!起きて!もう一度······勇者達よ!!」
敵に居場所が悟られていることなど気にされなかった。
大袈裟な程の身振りと共に、呼び声が海の彼方まで響いていく。
「みんなー。起きてる?」
と、声が降ってきた。
どこまでも続く草原の中、『彼』は我を取り戻す。いや、そこにいる『彼女』も、同様に。
そこには、アクアベルがいる。4つの光球の中心で、いつもの杖を持ち······不思議と、傷も憔悴した様子もない姿で。
彼女以外の声はなかった。いや、人の姿形すらなかった。光球しかない。ここはそんな空間なのだろう。
「起きてる······かな。うん、そうに決まってる······じゃなくても、もう時間ないから······」
容姿こそ綺麗であったが、アクアベルは普通に追い詰められている。恐らくこっちの世界に入る時間すら惜しいのだろう。その時間を犠牲にしてまで、彼女はここで多少の仕事をしなければならない。
────ここで、『彼』がこの空間を認識した。同時に、光球だった『彼』の姿が変化する。金髪の凛々しい勇者······エインの姿へと。
他の光球も彼の姿を認めたようだった。そしてそれぞれ、各々の姿へと戻っていく。変わっていく。
勇者エインは元より。聖女リリー。盗賊ブロウ。盾使いアルスト。先代の勇者達が────この空間に、揃い踏みした。
「······完璧!みんな違和感とかないかな?」
「それよりも······軽くでいいから現況を教えて欲しいんだが」
アクアベルが勇者達を見て満足気に頷く。そんな彼女に対して真っ先に問いを投げたのはブロウであった。
「そうだね。まず······本来ここに来るのはコズミック様な筈だった」
「······なるほど?」
時間が無いのに回りくどい言い方をするアクアベル。やはりというか、エイン以外は皆要領を得ない顔をする。
「でもコズミック様はここにはいない。新魔王に捕まっちゃったんだよね」
彼女は結論までさらっと繋げた。なるべく衝撃を和らげようとする努力なのだろうか。
「······え、それって」
「そう!神様はいなくなった!······今、色々な人に頑張らせてるけどこのままじゃジリ貧なんだよね」
最も衝撃を受けたらしいリリーに対して、両手を広げて大仰に話すアクアベル。しかし続く言葉はややトーンが落とされた。ふざけている場合ではないのである。
「魔王にあの神が捕まったことまでは分かった。······僕はそれで復活されることには異論はない。······」
ここで、エインが初めて口を開く。他の3人も、エインが賛成するなら致し方ない、という風に────実際はそこそこ興奮していたが────姿勢を整える。
しかし。
「······だが、一つ聞かせてくれないか?」
「ん。なんなりと、勇者様?」
早速勇者を現世に戻すための何かに取り掛かろうとしていたアクアベルが、その動きを中断する。集まりかけていた光が、その勢いを弱めた。
────真正面から受け止めるには、何もかもが足りなかったのである。彼女はわざとふざけるようにして、真剣な質問に相対した。
「魔王が全てを握っても······『世界』としてはそれで良いのではないだろうか?」
アクアベルは少しだけ微笑んだようだった。そのまま左手で握った杖を掲げ、光を集める。そうしてようやく彼女は口を開いた────と思えば。
周囲は瞬く間に、白に塗り潰されていた。
途端に。
元の世界にも、光が溢れ出した。
「わっ······」
「······成功したかな?それとももう暴発したかな······?」
思わず悲鳴をあげたスミレと、やや不謹慎な事を言うアクアベル。言っている事が本当にしても嘘にしてもやめて欲しい所である。
どこから光が飛び出しているか分からない。言葉を聞くに、アクアベルは戻ってきたのだろうが、そこで何が起こっているのかも分からない。
だが不思議と、目が潰れるということはなかった。その光は──優しかった。
「······光だ」
そう、誰かが言った。
いつの間にか閉じられていた目を開く。
青。────どこまでも続くかのような海原と、人の姿。
光は消えていた。しかし宵闇の中でも、魔法を使っている訳では無いのに、何故だかそれは鮮明に見えた。
「······あ······!」
「······」
「成功したみたい。よかったよかった」
「やったあ!これで100人力!」
「まあまあ。······"勇者達"。異常はない?」
先代勇者、4人────ネアを除く────全員が、ここに蘇る。
······迎えた者がそれぞれ違う反応をする中、当の本人達は。
「······色々聞きたかったことはあるけど······まあ、仕方ないか」
「······まさかもう一度甦れる措置があるとは思いませんでした」
「やれやれ。······で、状況は?」
「······よう。久しぶり」
こちらもバラバラであるが······ともかく、復活される事に異論はないようだった。
そして何より、
「······スミレと、ネア。元気そうだな」
この二人を前にしては、彼らは動かないという選択肢を取れないのである。
「······皆さん、本当に······本当にぃっ!」
「あっ、······泣かないでください!私たちは、大丈夫でしたから」
泣き出してしまったスミレの肩を軽く押さえながらリリーは言う。······視線は表情が暗いネアに向けて。······むしろ、そちらの方が本題であろう。
「······色々葛藤はあるかもしれないけど······その辺説明してる時間はないんだ」
アクアベルの杖の音が響く。いつの間にか大規模索敵魔法を起動していたらしく、床を叩く音と共に、まるで波紋のように地面へとそれが投影された。
「第二波だよ。疲れてるかもしれないけど······こんな狭い足場じゃいつか圧殺される。打ち破りつつ大陸に向かってほしい」
「······あいつらは人なのか?」
「操り人形みたいなものだよ。まあだいたい鎧は空洞だけど······中には人が入ってることもあるからね」
「傷はどのくらいまで耐えられるんですか?」
「うーん······宝玉のエネルギーで動かしてるから······」
アクアベルはやや軽装なリリーの胸元を指差す。見れば、そこはじんわりとした光を放っている。
「っ······」
「心臓さえ壊されなければ死にはしないよ。まあでも自然回復は遅いから······回復魔法が大事だね」
「······分かったからその指を下ろしてくれ」
少し恥じらいの表情を浮かべたリリーを見かねてエインが間に入る。
「(心臓······)」
スミレは心の中で呟く。······そう、だいぶ頑丈になったとはいえ······彼女とは違い、勇者は死ぬのである。
あまり負担はかけられない。······が、頼りになってしまう。
安心感と不安感に挟まれつつも、彼女は数分後に訪れるであろう出発に備えるのだった。
「······さて······あれか」
蒼の城跡地を飛び出してから、1分もしなかった。全員が舟よりも早い水上走行を選んだため、仕方ないのだが────少し向こうに、まるで蟻の群れのような機械兵達が現れたのである。······しかし、その邂逅は一瞬の事だった。
まずエインが呟く前に、いち早く察知したブロウがダガー投擲でいくつかの機械兵を刈り取っていた。
次に、一歩前に出たネアが、先程の葛藤もどこへやら、炎弾やら氷弾やらを出して次々と機械兵を屠ってゆく。
弾丸が飛んできたとしても、アルストの盾魔法が受け止める。傷を負ったとしても、リリーが瞬時に回復できる。そして接近戦になれば────ただでさえ万能なエインの独壇場である。
「通す訳にはいかないんだよなぁ?」
「ダンジョンの位置バレたらまずいからねー」
「······弱いな······」
「傷を受けないのが一番ですけど······私が居ますので。安心して戦ってください!」
「まだ僕の出番はなさそうかな。いいことだ」
勇者達がそれぞれ色々なことを喋りつつ、敵を殲滅していく。
「す、凄い······」
スミレは実のところ、勇者達が共闘している様子を直で見た事がない。魔王を倒す、ということの凄さはなんとなく分かっているが────最低限の連携でも、機械兵を楽々葬れるという所を見せつけられれば、嫌でも実感せざるを得ない。
シルバーベルとオレンジベルが、後ろをちらりと見る。そこには、もはや影も形もなくなってしまった蒼の城と、ダンジョンがあるはずであった。
『私はダンジョンに隠れるよ。あそこはまだ見つかってないし────外から索敵魔法は通らないからね』とのアクアベルの声が思い出される。
彼女のお墨付きならば恐らくは大丈夫であろう。ただ、どちらにせよ時間はかけられない。────勇者たちも、同じ気持ちだった。
機械兵が視界から消えると同時に、一行は再び走り出す。来ないのが一番ではあるが、第3波は地上で迎えたいものである。
【!!!】phase3
とある場所。······もう察しはつくだろうが、魔戦車、その一室である。
「ガートルード」
「はい」
ピンク髪の女性────ガートルードが、彼女より身分も立ち位置も2段ほど上の相手に向けて跪く。
「あれから200年だ。体調に変わりはないか?」
「えぇ。そもそも我々は魔人族ですし······魔王様から力を受け取っていますから」
「そうか。そうだったな。······おっと、本題はそこじゃない。これを見てくれ」
どうやら、その相手というのは魔王らしい。彼はガートルードに向けてある黒い塊を差し出してきた。
その黒い塊というのが、
「······これは······?」
「ガートルードが使っている銃を短くしたものだ。······外見はな」
ガートルードはいわゆる狙撃銃のようなものを使っている。勿論銃弾ではなく、小石を超高速で撃ち出すものだ。とはいえ、スミレの頭を貫いたことから、威力は申し分ないことがわかる。
魔王はガートルードにその拳銃のようなものを握らせる。
「······あの魔法使い、カルトナと言ったか。かけてあったロックの底の底にある物を取り出すことにようやく成功したんだ」
「はあ······」
ガートルードはいつぞやかと同じような薄笑いを浮かべた。どうもこの件に関しては信頼していないらしい。
「ロックの何段か目で見つけた······銃?のデータで十分だと思うんですけどね······」
どうやら機械兵の装備である小石機関銃、そしてガートルードが持っている狙撃銃はカルトナを解析したが故の産物なようである。
······だが、カルトナはただの魔法使いではない。
「そうじゃない。これはな······世界の管理者や不死身の者を殺せる武器らしい」
誇るかのように魔王は言う。そしてその銃から手を離し、
「これをどう使うかは任せる。もう1000年は保つ力は吸収したからな······」
「······!」
その言葉が意味するところをガートルードは理解した。······単に奴隷の威圧には留まるまい。
解散、と言わんばかりに去っていく魔王の後ろ姿に向けて、彼女は一礼したのだった。
>>219
「さて。まずは何をすればいい?」
砂浜。蒼の城跡地から、大陸まで一直線の場所である。最短距離かどうかはともかくとして────水ではないし、狭くもない。腰こそ下ろせないものの、ちゃんとした足場なのだ。
落ち着いた所でエインが口を開く。その目線の向こうには、魔戦車がうっすらと見える。······心なしかライトアップされているようにも見えた。悪趣味である。
「ええと、まず······レジスタンスの所に向かいましょう」
恐らくこの中では一番の穏健派であろうスミレが答えた。魔戦車から意識的に視線を逸らしながら、彼女は続ける。
「勇者の皆さんの姿を見れば······きっと生き残りも奮い立つはずです」
「レジスタンスか······アクアベルから聞いたが、結構危ないんだろ?」
「はい。だからなるべく急がなきゃ······」
ブロウの問いに答えると、彼女は小さく欠伸をした。······やはり疲れているようである。その他、一日中駆け回っていた3人も同様に。
「······疲れは魔法で癒せますが、精神的な疲れは癒せませんからね」
リリーがズレているのか真っ当なのかよく分からない発言をした。魔法世界でも科学者みたいな事を言う人はいるらしい。
それよりも、
「······なるほど。生き残りが奮い立つかはともかくとして······一旦休める場所があるのに越したことはないな。行こうか?」
今日のうちに何が起こったかほとんど知らないのにも関わらず、全てを諒解しているかのようにエインが頷く。
大所帯。意見の統一は難しい。そしてこの状況においてはそれこそが何よりも重要であるが、不思議と意見の相違は起こらない。
機械兵が集まってこないうちに、一行は王都の方へと向かってゆく。
「······酷い有様だな······」
無口なアルストがそう呟いた。逆に、それ以外の者は皆黙っている。
スミレとネア、シルバーベルとオレンジベルは知っている。破壊は中途半端なのが一番悲惨だ。修復できる範囲だったり、新しい物を作った方が早いだろう更地であったりしたら心のダメージは多少なりとも抑えられる。
家の上半分が吹き飛んでいたり、外見上は辛うじて残っていたり、はたまた完全に瓦礫と化していたり。かつて勇者達が歩いた光の王国、それを象徴する王都はまさに崩壊の2文字を体現していた。
「······創造を伴わない破壊に、価値などない」
入れ代わり立ち代わりやって来る機械を片付けつつ、前へと進んでいく。
人間であればとっくに寝静まる時間帯。
レジスタンスを運営しているのは、その人間である。······しかし彼ら彼女らはどうしても休めない。休むことを許されない。
「索敵魔法よし!北から3体、南から5体!」
「了解!他には?」
「他······ああ、難民らしき人が何人か」
「はい。······うーん、やっぱり念話魔法が使えないのは痛いですね」
「······イリス様。前々から気になっていたのですが、そのネンワ魔法というのは」
「あ······ええと、その······」
「今日という今日は教えてもらいますよ!古代の失われし魔法だか何だか知りませんが!」
「い、いいから迎撃です!北は私が片付けるので、動ける方は南をお願いします!!」
いつもこんな感じです、とでも言うかのような騒がしさである。これで絶望感を上書き出来ていたら良いのだが、
「······っ!」
────屋根の上に上がってきたのは3人。人的不利は免れ得なかった。
瞬時の交差で、イリスが機械のうち1体の頭を斬り飛ばす。レジスタンス本拠地への襲撃を優先したらしき2体には、まず片方に追い付いて至近距離からの風の刃。きっちりと胸元を貫き、更に急所となる妖しい宝石も砕いた。
もう1体はというと、俊敏にイリスに銃口を向けて発射したところを、
「『リフレクト』!」
イリスの正面に展開された、攻撃を問答無用で反射する板が、弾を完璧に発射主の元へと送り返す。······建物を破壊できるくらいに威力を調整していたのだろう、機械兵の体はそれだけで木っ端微塵になった。
「······」
あれを受けていたら、と一瞬ぞっとするも、彼女は再び駆ける。
不利な状況下にあるであろう味方を救うべく、平和な時代であれば苦情不可避な高速屋根走りを行う。────慣れとは凄まじいもので、ある程度派手な動きをしても彼女は全く危なげがない。
屋根と屋根の間を一回転して飛び越し、そして風魔法の補助も受けつつ、まさに先ほど味方が飛び出てきた場所に着地し、
「君がここのリーダーかな?」
「······はい?」
光を、見た。
「な、」
突然現れた男に対し、イリスは一瞬警戒心を抱いたようだった。
「······誰ですか!こっちは忙しいの······」
やや激しい口調で詰め寄ろうとするが、その向こうの方からやってくる数人の人影を認めると、彼女は黙ってしまう。何を隠そう、その中にはスミレ達が居るのだ。そして勿論、突然現れた男というのはエインのことである。
「この方向に来てた機械は全て倒したよ。こっちにも······勿論お仲間にも被害はなしだ」
「それは······どうも」
エインの言葉に、イリスは深く頭を下げる。レジスタンス内で機械兵3体を単独で処理できるのは彼女だけであり、即ち5対3という状況であれば突破されてしまう公算が大きかったのだ。
「······なるほど、こういう······」
呟く。彼女はほっとしたような表情のスミレを見た。それで宝玉を集めていた理由と、宝玉が集まったことと、そしてそれを用いた『何か』が成功した事の全てがわかったようだ。
「······貴方達について、深くは聞きません。ただ、滞在するのなら、防衛に参加して頂けると······」
イリスの目はまだスミレ達の方にあった。スミレとネア。そしてベルシリーズの二人に疲労を見て取ったようだ。
「勿論。そのつもりで来たからね」
「······助かります。元は宿屋に使われていた建物に案内しましょう」
イリスは少し大きめの建物の前に一行を案内した。······看板と明かりこそ無いが、確かに宿屋らしい構えである。
「ありがとうございます······」
「いえいえ。状況を変えてくれる······そんな気がするのです」
スミレの感謝の言葉にイリスは首を軽く振る。本心なのだろう。
「······それじゃ、僕は早速行ってくるよ。女性陣はしっかりと休むように。······あぁ、リリーは来なくていい」
「ええっ!?······まあ、確かにそうですけど······」
「そういうこった。······そうだ、それならそこのリーダーさんをここに押し込んでおけよ」
「「······はい?」」
戦闘狂でもないのに早速エインが反対方向へと歩き出す。ブロウがそれに続くが────何やらとんでもない一言を残していった。リリーとイリスが同時に間抜けな声を発する。
「そ、それはどういう······」
イリスは無言で去っていくアルストの背中に問いかけるが、当然返答は無い。······そればかりか、
「······た、多分こういうことなんだと思います······失礼しますよ!」
彼女を宿屋の中に引き込もうとするリリーが右手を掴み、その動きを止めた。
「私も助太刀します」
「えっ、ちょっと待って離してくだ、私にはやることが······あれ、力が······ぬけ······て······」
抵抗しようとするイリスであったが、シルバーベルが反対側の腕を掴んだ途端、気が抜けたようにへたり込み────そのまま、眠ってしまった。
「······やっぱり。魔法でずっと疲労とか眠気とか痛みとかを無視してたみたい」
宿屋のエントランス部分。いくつかの椅子と机が散乱とも整然とも表現出来ないほどに散らばっている空間。とりあえず石ではない床にいくつかの布を重ねて敷いて、その上に昏々と寝息を立てているイリスを寝かせている。
シルバーベルの呟きはほとんど正解であった。『金属』故の制約はあるものの、魔法や魔力のほとんどを消し去る彼女である。そんな彼女が触れるだけで倒れたというのは、相当厳重に魔法が掛けられていたのだろう。
「······さて」
リリーが咳払いした。
「まず、スミレさんとネアは休みましょう。ええと······シルバーベルさんとオレンジベルさんはどうします?」
どうやら前者2人が休むのは決定事項らしい。スミレはともかくとしてネアは頬を僅かに膨らませたが、この場にいる誰もがリリーの意見に賛成であった。
「私はまだ動けるよ。仮眠は必要かもしれないけど」「私に休息の二文字はなーい!」
冷静なシルバーベルと明快なオレンジベル。仮にもイリスがいないレジスタンスのこともあり、流石に否とは言えない一同であった。
「分かりました。とりあえず私はここで詰めてるので、怪我したりしたら遠慮なく寄ってくださいね。······あ、念話魔法でレジスタンスの皆様にも伝えておかないと······」
「あ、それなら私に任せてよー」
「え?いや、ネアは休むべきで────あぁ、なるほど······」
ここに来てようやく念話魔法が扱えないという現象にぶち当たったリリー。······だが彼女ならともかく、魔法使い、文字通り魔法の専門家であるネアならどうか?
『────レジスタンスの皆にお知らせだよ。今から数日間────』
だいぶ疲れているであろうに、いとも容易く強力な念話魔法を繋げる。双方向とまでは行かないものの······全員にアナウンスするには十分だった。
「こんな感じかなー。······それじゃ私達はそろそろ。行こっか、スミレ」
「うん!······何かあったら呼んでくださいね!」
「いやスミレは大丈夫だって。私が行くから」
一仕事終えたネアはスミレを連れて割り当てられた一室に引っ込んだ。そして同じような雰囲気を醸し出しながら、シルバーベルとオレンジベルが無言で外に出ていく。
リリーはそれに毎回軽く手を振って応じていた。しかし誰も居なくなった瞬間、周囲は猛烈な静けさに襲われる。────さすがに寂しいとは言えなかった。
明かりを一段弱める。薄暗さがエントランスに淡く影を落とした。
孤独の時間は長く続かなかった。
「な、何だ今のは!?」
まず兵士がそんな事を叫びながら入ってきた。しかしリリーの見立てでは彼は怪我した訳ではないらしい。
「······どうしました?」
「いや······脳内に声が······ここに行けと······」
「······?ええと······怪我していないならお引取りを」
まさか念話魔法の存在すら知らない者が居るとは思わなかったリリー。兵士が何を言っているのかよく理解できず、とりあえず帰ってもらうことにした。
薄く漂う瘴気の影響で、下手な念話魔法や読心魔法が使えなくなっている事は既に明らかになっている。しかしあくまでも『下手な』ということなので、ネア程の魔法使いの前ではその障壁は消え失せる。
────しかし逆を言えば、それ程の魔法技術を持った者でない限り、念話魔法や読心魔法が扱えないのである。衰退するのもむべなるかな、ということだ。
そしてその辺りの経緯をリリーは知らなかった。責める訳ではない。当然の事だ。今この時代では、いやそれ以前に平和な時代でも、使えもしない魔法に労力を傾ける程無益な事はないのである。
しかし、である。変化は想像以上に早くやって来た。
「······聖女様かぁ」
開いた入口から、無感情な声がリリーへと投げかけられる。
「······どなたです?」
「イエローベル。······あ、もう1人いるけど······いい?」
「ええ。勿論ですよ」
イエローベル。────黄色の少女が、首の鈴を揺らしながら入ってきた。そして、もう1人。彼女に肩を借りる形で入ってきたのは、赤色の少女。血濡れではあるが、それ以前に彼女の赤色は血液の赤とは少し違う。レッドベルである。
「私は後でいい。まずはレッドベルを見てあげて」
2人ともシルバーベルやオレンジベルの仲間なのだろう、と理解するリリー。しかし元々レッドベルがスミレ達に着いてくる予定だったという事までは知る由もなかった。
「······これは酷いですね。一体何が······?」
回復魔法をかけつつ、斜め後ろで様子を覗き込んでくるイエローベルに向けて彼女は問いかける。
「ちょっと色々あって。攫われたりしなくて良かったけど······」
「そうですか······」
深くは聞かないリリー。恐らくスミレとネア、そして橙と銀の2人が前にいる2人のことをよく知っている筈である、と彼女は治癒魔法を掛けつつも軽く思考を回す。
「そうだ。ちょっと確認するけど······」
「はい」
しかしその思考は相手からの問いによって中断した。一体なんだろう、と思って続く言葉を待ち受ける。
「聖女とは言っても、リリーで間違いないよね?」
「そうですが······」
「それなら良かった。······アヤメのことは覚えてる?」
「······忘れてる訳がないでしょう。実の娘なのですよ」
何を聞かれるのかと思えば、といった風にリリーは答えた。
「うん。······お義母さんと呼んだ方がいいのかな······」
「?」
イエローベルは満足気に頷いた後、少し顔を染めながら口の中で呟いた。しかしその理由と内容はリリーには伝わらなかったようである。
「······もしかして、アヤメは······まだ生きているのですか······?」
だいたいの治療が終わった頃、リリーは唐突に顔を上げた。その問いと勢いに少し面食らいつつ、イエローベルは簡潔に事実を伝える。
「生きてるよ」
「······そ、それは······えっと、今、どこに?」
なんで、という質問はしなかった。ネアが生きている以上、色々と察したのかもしれない。
「······言わない。というか言えない。知ったらがっかりするだろうし······」
「······まさか、敵に捕まって······」
「ある意味ではそう言えるかな······」
イエローベルは首を振った。そして治療は終わったものの未だ気絶しているレッドベルの頬をぴしりと打ち、
「ほら、レッドベル。······もう動けるでしょ」
と言った。やられた方の反応はというと、頬を打たれてから数秒して声にならない声を発し、やがて次のように呟いた。
「······もう起きられないのかと思ってた」
むくり、と音が出そうな調子で彼女は立ち上がる。そしてリリーの方を見、
「スミレ達は上手くやったのか。······戦力としては十分」
「あ、まだ動いたら危ないですよ────失血が」
「ふぶっ」
······ちょっとだけ格好つけたところで、バランスを崩して倒れてしまった。
その後、宿屋のエントランスはしばらくの間懇談室として機能した。
不思議と引き留められてしまったイエローベルと動くに動けないレッドベル、そして時々やってくる負傷者の治療を行いながら二人の語る諸々の話に耳を傾けるリリー。
リリー達が死んだ後の出来事、英霊としての祝福、蒼の城での激闘、そしてここまで······と、その他重要不要問わず様々な話を彼女は聞いた。しかしアヤメの所在と、イエローベルとの関係の話は語られなかった。
リリーはその辺りを知りたがったが、イエローベルは上手く躱し、レッドベルは語らない。そしていつの間にか"休憩"するのに十分な時間が経っていたようで、上からネアが降りてきたが当然ながら知っている筈もなく。
「戦況は今の所膠着状態みたいだねー。イリスが抜けた穴を他のみんなが十二分に埋めてくれてるよ」
大規模索敵魔法はリアルタイムの戦図として機能する。それで上から眺めると、質の差か数の差かはともかくとして、人々はよく戦って機械の侵攻を防いでいるようであった。
「······イリスさんはまだ目覚めないのでしょうか」
「······私が思うに、イリスはここ50年は寝ていないだろうし、まだ難しいんじゃないかな······」
リリーの問いにイエローベルが答えた。魔法の力恐るべしなのか、彼女の精神力恐るべしなのか。恐らく両方であろう。
「······」
昏々、という表現が似合う程の眠りに陥っているイリスを見て、リリーは何か考えている様子だった。
「······そういえば、リリー?」
欠伸を噛み殺しつつ、ネアがリリーに話しかける。
「なんでしょう」
「イリスが起きてからでいいけど······ここに変な二人組が来なかったか聞いてくれるー?」
変な二人組。言い方が悪いが、恐らくアレクとサロメのことであろう。
「変な······まぁ、ここに誰か来るという事自体が稀でしょうしね。わかりました」
リリーは軽く頷いてみせた。何故ネア本人が聞かないのか、という疑問は彼女の中には湧いてこない。降りて来るまでの時間からして、恐らく睡眠以外の事をしていただろうし、休憩さえできればネアは戦いに行くだろう。そのくらいの事ならわかるのである。
「······寝てませんね?」
「スミレが寝かせてくれなくてさー」
「逆では?」
「······そうかもしれない」
ふぁ、と彼女はもう一つ大きな欠伸をした。油断すれば今にも寝てしまいそうである。このまま惚気談義に花を咲かせるのも悪くはないだろうが、それよりもこのままだと悪影響が出るかもしれない、とリリーが動いた。
「それはそれとして、ネア。今の力なら余裕とか思っているのかもしれませんが······寝る時はちゃんと寝ましょうね?」
諭す口調。まるで母親か師匠のようであった。ネアはそこに聳え立つ氷山のような物を幻視して、素直に引き下がる。
「うん。······何かあったら呼んでねー」
また大きな欠伸をしつつ、ひらと手を振って彼女は二階へと戻っていく。展開・投影された大規模索敵魔法はそのままに。
「······」
リリーはその地図にも似たものを見上げる。右下の一角では赤・青・緑の三点が建物らしき物を挟んで対峙している様子が見えた。青・緑は味方、赤は敵である。恐らくその二人は、孤立した機械兵を二対一の条件で葬ろうとしたのだろう。······しかし、緑の点が回り込んで側面攻撃を仕掛けようとしたらしい所で────何が起こったのか、その二つの点は何の前触れもなく消えてしまった。
「······!」
思わず、眠っているイリスを見る。起きる気配すらない。口が動かなければ眼帯の関係上片方の目許から状態を判断しなければならないが······安らかとしか言いようの無い寝顔である。
「······そろそろ私達も出た方がいいかな?」
今まで黙っていたイエローベルが不意にそう言った。
「私達、と言うと······レッドベルさんも行くんですね」
「そうなるね。······失血がどうとか言ってたけど、実の所それも何とかできるんでしょ?」
それにリリーは答えず、おもむろに座り込んでいたレッドベルの頭へ手を触れたかと思うと、
「······『ブラッドリジェネ』。複製魔法の応用ですよ」
「これは?」
「失われた血液がゆっくりと複製されていく魔法です。······多分、最終的には現在量の1.5倍くらいになるかと」
「······なるほど。ありがとう」
憔悴からかレッドベルは素直に礼を言った。そして立ち上がる。今度はふらつかずに。
「よし、行こう。シルバーベルとオレンジベルに休む時間をあげないとね」
そしてそのまま、駆け足とまではいかないものの、小走りくらいの速度で外に出ていく。イエローベルもまた、それに五秒ほど遅れて出ていくのだった。
「······回復、まだほとんどされてない筈なんですけど······」
思い込みの力は凄いですね、とリリーは独りごちる。······そう、彼女はまた一人の時間に沈んでいくこととなった。
そしてまたしばらく経った。とは言っても、今度は数分程度で済んだ。リリーが無心で索敵魔法の投影図を眺めていると、入口の扉が開いたのである。······入ってきたのは誰だろうか。先程言われていたシルバーベル達だろうか?それとも単純に負傷者だろうか?
どちらでもなかった。長くも短くもない金髪を若干乱しながら入ってきたのは、リリーが敬愛する······どころか、文字通り愛する者、エインだった。
「!!······あ、どこかお怪我を······?」
「怪我じゃない。嫌な予感がしたから戻ってみたけれど······杞憂でよかった」
エインの無傷伝説は未だに継続中である。そうでなくとも、彼が怪我をしたかもしれないという思考は一瞬リリーを慄かせた。
「そう、······ですか。嫌な予感というのは······?」
「······」
エインはそれには答えずに、一瞬階段の方を睨んだ後、
「リリー、これから僕はしばらくこの辺りを巡回する。強い魔力を持つ人、もしくは魔力を消している人が来たら注意してくれ」
「······はい。でも何故?」
理由は聞くが、特に反論はしない。リリーは勇者パーティー時代の経験を思い返す。その性格故かエインは多くを語らなかったが、危機察知・回避能力の高さは勇者だという事を抜きにしてもリーダーを任せるのには十分だったのだ。
「遠くから、善の魔素の持ち主が近付いてきている。それも······僕によく似た性質の」
「······それってまさか、この代の勇者なのでは······」
「僕もそう思う。でも不可解なのは、魔力がやけに弱い事なんだ。仲間も一人しかいないらしい。······リリー、君の聖女の力はどの程度行使できる?」
「え?えーと······」
エインが身を乗り出してきた。よく真顔でこういうことをする、とリリーは考えるふりをして視線を逸らし、そして数秒した後、思い出したふりをして目線を戻す。その間エインの真摯な目は全く動かなかった。
「元の4割ほど。最大限頑張っても、蘇生魔法が限界です」
「悪の魔素を上書きするには足りないか······仕方ない。何かあったらすぐに呼んでくれ」
エインは返答を待たずに出ていこうとした。······そこで、リリーは思わず立ち上がり、ドアノブに手を掛けたエインの服の裾をきゅっと掴む。
「······リリー?」
「あの、······もうちょっと、ゆっくりしていきませんか、"あなた"」
「······」
「あ、······ご迷惑でしたら別に、っ!?」
リップ音が響く。本人達にしかわからない程小さい音だったが、その意味は大きかった。
「······いいよ。何かあるまで、ここでのんびりする事にしようか」
悪戯少年のような表情を浮かべつつ、エインはそう言う。
そして留まることを決めた彼が最初に行った事は、へたり込んでしまったリリーを助け起こすことであった。
>>227の地の文の『恐らくアレクとサロメの事であろう』は『恐らくアレクとペレアの事であろう』の誤りです。申し訳ありません。
230:◆Ec/.87s:2023/11/21(火) 08:24 一方その頃。
「あぁキリがねぇ!どこから湧いてくるんだこいつら!」
「大元から叩く必要がありそうだな」
盗賊のブロウと盾使いのアルスト。軽装と重装、速度と防御。これはこれで能力的にはなかなか相性のいいペアである。しかしそんな彼らは質では他の追随を許さないものの、所詮は二人である。ネアのような範囲攻撃の手段も乏しいため、圧倒的な数を誇る機械兵が相手では戦線を維持するのがやっとであった。むしろその面では、地の利があるレジスタンス解放区の兵士達の方が優秀である。
「とはいえ色気がないのは如何ともし難い所だよな······」
「······」
ブロウの呟きを丁重に無視しつつ、アルストは盾でひとまず最後の機械兵を潰す。
「来援感謝します······危ないところでした······」
「良いってことよ」
一人の兵士がそこにやってきて二人に深々と頭を下げた。······ともすれば、そのままの勢いでのめって倒れそうな程に疲労の色が濃い。休息すらまともに取れていないのだろう。
「······」
感謝の声に快く応えたものの、ふとブロウは押し黙ってしまった。間接的にではあるが、イリスが眠ってしまったのは彼が原因と言っても過言ではない。彼女の指導力と戦闘力でここまで保ってきたレジスタンスである。一時的にしてもその核が失われたとなると、影響は小さなものに留まらないのではないか?────そう考えたからで。
しかし目の前の兵士はそんな事を気にする視野も余裕も欠けていた。
「ええと······アルストさんはここに留まって頂けると。ブロウさんは王都中心部に繋がる抜け道の監視を」
「抜け道?」
「抜け道、というか······反攻作戦の際の通路でしょうかね。我々がここに入る時もそこを使ったものです······」
何だか要らない事まで語られている。この際過去の話が未来に役立つ保証は薄いので心の片隅にでも仕舞っておいて、ブロウは具体的な持ち場を聞き、足早にそこを後にした。
ブロウが言われた通りの場所までやって来ると、そこはやや広めの路地裏であった。砲撃でも受けたのだろうか、いやむしろ受けていないとおかしいのだが、崩れかかった建物や散らばる瓦礫がこの区域を陰の方向に彩っている。
ここには数人の兵士が詰めていた。彼らから会釈を受けつつ、ブロウはひとまず近くの石に腰掛け、疲れた足腰を癒しつつ軽い索敵魔法を起動する。······そう、軽い索敵の筈であった。
索敵範囲に何か奇妙な存在が映り、それが少しづつ近付いてくる事を理解するまでは。
【ちょっとあとがき】
●『魔素』とは?
魔力の素材、略して魔素。善・悪・中庸に分かれている。人族は生まれる際にその比率が決定されるのだが、特定の比率になると魔王・勇者・聖女など特殊な役割を持たされる(それぞれ数百年毎にしか生まれないようになっている)。
【???】【phase11】>>206
その時だった。
「······えーいっ!!!」
状況に見合わないほど元気な掛け声と共に、大聖堂の壁が一部吹き飛んだ。すわ突破されたか、とネムは一瞬固まったものの、その隙間から入ってくる少女達を見て軽く息を吐いた。
「······貴女達は······」
「ギリギリ間に合ったみたいでよかった。私はシルバーベル」
シルバーベル。······彼女を先頭にして、数人のベルシリーズが大聖堂の中に入ってきた。その色合いは十人十色である。文字通り十人いるかは不明だが、ともかく下手したら目に染みるほどの色彩の豊かさであった。
「はーい、ゴールドベルだよ。空けた穴は今塞ぐから待っててね」
最後尾で入ってきたゴールドベルが、金で空いた穴を塞ぐ。それだけでほとんど元通りになった。
「······その首元の鈴······聞いた事があります。神の遣いだとか······」
状況をどうにか呑み込もうと、色とりどりの少女達を見回しながらネムは呟く。
「神の遣いって言うと大袈裟だけど······まぁそんなものかな。それより!私達はただこの大聖堂を救いに来た訳じゃない。宝玉あるでしょ?」
シルバーベルの早口に、周囲のシスターのみならず他のベルシリーズも目を瞠った。
「ありますね。······もしかして、」
「うん。危なそうだから回収しに来た」
ネムは若干の期待を込めて問い掛ける。それに応じるのは冷淡なレッドベルであった。
「あぁ······ええどうぞ、こちらに!」
ネム自ら大聖堂の奥へと駆け出して行く。その姿をブラックベルや他2人が慌てて追いかける。
······後に残された面々が口を開かぬうちに、再び轟音が大聖堂の残ったガラスを震わせる。
「また来た······!援護、頼めますか?」
一人のシスターが背筋を伸ばし、レッドベルに問い掛ける。
「宝玉を回収できるまでは。ところで······ここ、人少なくないですか?」
「そうでしょう。シスターもモンクも関わらず王国中に駆り出されていますので」
もはや言うことはない、とばかりに彼女は魔法陣を展開し、そこから光線を撃ち出した。そしてまさにガラスを破って飛び込まんとした機械兵の胸元に寸分違わず命中させた。被害者はというと、撃たれた鳥のように墜落していった。
「······!」
戦いはまだ始まったばかりである。それを証明するように、数多の機械兵が大聖堂を取り囲む。それを見てレッドベルも、拾った棒を力強く握り締めた。
痛い
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